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平成日本紀行(131)九重 「寒の地獄温泉」(Ⅱ)

2016年07月24日 17時21分28秒 | 宮崎、大分県



九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




 平成日本紀行(131)九重 「寒の地獄温泉」(Ⅱ)  






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瀟洒な「寒の地獄温泉」正面入口



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寒の地獄温泉の冷泉浴槽




「日本一周の旅の記録」へリンクします
 

ところで、寒の地獄温泉の売りは冷泉で、摂氏14度の恒温は通常の湧き水よりも冷たい温度らしく、2分も浸かっていることシビレがきて、その名前の通り「地獄」のようだという。 

この冷泉と温泉を交互に入ると更に効果が上がるといわれるが、冷泉は水着着用(混浴)であり、行ったり来たりが大変だろうなと変な気をまわす・・?。 

思案しながら湯上りに冷泉場を覗いて見た、開けっぴろげの湯小屋に大きくて深そうな浴槽に満々と「入れず」の冷泉が溢れている。

それにしてもエメラルドグリーンの透明の冷泉は見とれるほどの美しい冷湯である。
単純硫化水素冷泉、水虫などの皮膚病・リュウマチなどに特効があるという。 
浴場奥には薬師如来の祠があり、1857年以来に当時の人がこの温泉に入って不治の病を治したとの銘文があるので、江戸の頃からすでに知られていたようである。



先ほどの帳場へいって温泉タマゴとビールを注文した。 
例の美人女将が・・、
「どちらから・・?」と声を掛けられて、今の状況など掻い摘んで話すと
「まあ・・素敵・・」といってオドケテ見せている。 
「こちらは日本秘湯の宿の会員らしく、昨日、黒川温泉の新明館に行きましたヨ・・」と言うと、またまたビックリして、
「あたしも知ってますはヨ」といって、「日本秘湯の宿」の本を持ち出してきて話し始めた。

彼女、余ほど話し好きで、更に旅行好きで各地の温泉地巡りをしているらしく、半ば見聞、見学をも兼ねていると言う、イヤー、実に結構な身分である。 
小生が既に巡った北海道や東北の名湯を話すと目を輝かせて聞いている。

「あたし、北海道は未だ行ったことないの、是非今度行ってみるわ」と羨ましげである。
長野に知人がいてその周辺も承知のようで小生の白馬別宅のことを話すと、その知人宅から白馬へスキーに出かけたこともあるという。 

話が盛り上がってしまったところへ、お客がきたので退出したが、帰り際、何故か(商売っ気もあって・・?)宿張にサインをさせられた。 
別棟、囲炉裏を施してある休息コーナーで、一味、美味しくビールを飲み干した。




追悼;小沢昭一

「旅まくら」 小沢昭一的こころ』 TBSラジオより

「 寒の地獄は、標高1000メートルの長者原にわく鉱泉でありまして、浴びてよし、飲んでよし、当初は傷ついた猿が入ったのだそうでありまして、不思議に思った土地の猟師が自分でも浴びてみると、実によく効く。 以来、この鉱泉が開かれたと言われております。 硫黄泉でありまして、皮膚病、神経痛、リューマチ、痔、婦人病、胃腸病、ぜんそく、中風、精神病、性病に効能があるとございます。ま、何にでも効くようでありますが、性病は淋から梅、わけても変性梅毒にいいとある。変性の梅ちゃんとはどんな病気か存じませんが、プロデューサーには、なにやらうってつけのお湯でありましょうヨ。それにしても、プロデューサー氏の悲鳴はいったい何なのか。 “小沢さん、こ、これ温泉じゃない、温泉じゃない。 み、み、み、水だ、 チ、チ、チメタイ、 ブルブルブル。” だからご注意申し上げたでしょう。寒の地獄という以上、身を切るような冷たい水に相違ないって。あんた、自業自得だよ。」
(TBSラジオ12時15分頃、全国30曲ネットでオンエア中のラジオ番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』。)より



「やまなみハイウエイ」を更に進めると、山峡のヘアーピンカーブを繰り返しながら上る、ドライブ中に目に入ってくるのが硫黄山である、長者原のシンボルとも言われる。

その途中に、「牧の戸登山口」の駐車場や休憩舎があり、ここからも大勢の登山客が山を目指している。
硫黄山は活火山である九重連山のシンボルで、立ちのぼる噴煙によりその様子を覗える。崩れ落ちる急峻な涸れ沢には何箇所かの堰堤が施してある。
その先は火山性の荒涼たる世界が広がっていて、山頂直下は噴煙が絶え間ない。 
その両側の谷間から山肌の斜面にかけては赤と緑の絨毯、花の大競演であった。 
赤は勿論「ミヤマキリシマ」の大群落である。

硫黄山は古くは信仰の対象として崇められ、修験道の盛んなところとして知られていた。 
近世に入り、産業用火薬の原料となる硫黄の採取地であったが、石油精製の過程で硫黄ができるようになったため、今はその役割を終えている。 

近年(1995年)に水蒸気爆発による噴火によって噴火性活火山であることを証明されたが、現在は小康状態を保っているという。 
近付くと、迫力ある活動中の鳴動音も聞くことができると。


次回は、「九重、久住・・?」

  
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