日本の旅の記録です・・!!

国内旅行をはじめハワイや沖縄、世界遺産など国内各地の旅の記録です。


平成日本紀行(125)熊本 「加藤氏と細川氏」(Ⅱ)

2016年06月30日 16時46分12秒 | 長崎、熊本県



九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)






 平成日本紀行(125)熊本 「加藤氏と細川氏」(Ⅱ)   






https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/ce/Kumamoto_Castle_01n4272.jpg/1024px-Kumamoto_Castle_01n4272.jpg
熊本城の石垣と宇土櫓




https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQP3OA0FlWJUt2nL8qzfsMJ_y1auK10Jl9cjbtkd0-tPVmKWCqu
細川三代目忠利;加藤氏に代って54万石の熊本藩主となる、




「日本一周の旅の記録」へリンクします
 

熊本・細川氏について・・、
細川氏は、源氏創家・清和源氏(清和天皇)の一派で河内源氏の流れを汲む足利氏の支族であり、室町時代には有力守護大名および管領家の一つとなる(三管領・室町幕府の主要な職制、交代で将軍を補任した細川・畠山・斯波氏をいう)。 

室町中期の管領・細川家は、細川勝元と山名宗全(持豊)との将軍家(足利家)の跡目相続の争乱である「応仁の乱」は有名である。 

戦国期、傍流の細川藤孝(幽斎)は、織田信長と羽柴(豊臣)秀吉に従い家運を回復する。
関が原の戦いでは藤孝の息子忠興(妻ガラシャ:明智光秀の長女)は東軍に属し、江戸期に細川氏は小倉藩主と成る。 
そして忠利(忠興嫡男・三代目)の時代に加藤氏に代って54万石の熊本藩主となる。 

江戸中期の細川重賢は、「宝暦の改革」と呼ばれる藩政改革や藩校・時習館での人材育成を行った事で知られる。 
明治維新後に細川韶邦(よしくに)が版籍奉還に応じ侯爵となる。 
近衛文麿の首相秘書官である細川護貞は政治的活動も行い、護貞の子で1993年(平成5年)に日本新党代表として非自民党連立政権を成立させた細川護熙(もりひろ)は、第79代・内閣総理大臣となる。 
護熙氏は、細川藤孝直系の18代目の子孫に当るという。


宮本武蔵」が細川家と縁が有ったことはよく知られる。
武蔵は、足利将軍家の剣の師範である吉岡一門を倒し、奈良・宝蔵院流槍術の達人に完勝。又、徳川家指南役・柳生新陰流の弟子達を破り、兵法家としての名を高めていった。 

1612年、藩主・細川忠興の小倉に移り、そこで細川家に武芸の指南役としていた佐々木小次郎との勝負を希望する。
これを忠興は認め下関と小倉の間に浮かぶ舟島「巌流島」で勝負し勝利した。 
所謂、「小次郎敗れたり」の巌流島の決闘である。

小次郎の剣法を「巌流」と言われたので、この舟島を巌流島と称してしたとある。(この決闘は真偽不明説もある)

剣豪・宮本武蔵は寛永17年(1640年)57歳のとき、藩主細川忠利公に招かれて晩年を過ごしたという。 
武蔵が熊本に来たのは終焉の地を求める他に、武蔵が剣の道から得た真理を治国経世に役立つよう願ったともいわれる。 

武蔵はこの地で自ら創始した「二天一流兵法」を大成して、「兵法三十五ヶ条の覚書」、「五輪書」などを著し、また茶、禅、書画製作の日々を送ったという。 
城内で62歳の生涯を閉じ、生前の希望どおり大津街道の林の中に甲冑姿で葬られたという。
この地が選ばれたのは、恩顧を受けた細川藩主の江戸参勤交代を、草葉の陰から拝し、守りたいという武蔵の願いだったといわれる。


次回は、熊本・「西南の役

  
「日本の世界遺産の旅の記録」へリンクします



 




【小生の主な旅のリンク集】

《日本周遊紀行・投稿ブログ》
seesaaブログ    fc2ブログ    gooブログ    googleブログ

《旅の紀行・記録集》
「旅行履歴」
日本周遊紀行「東日本編」   日本周遊紀行「西日本編」   日本周遊紀行 (こちらは別URLです)  日本温泉紀行 

【日本の世界遺産紀行】   北海道・知床   白神山地    紀伊山地の霊場と参詣道   安芸の宮島・厳島神社   石見銀山遺跡とその文化的景観   奥州・平泉   大日光紀行と世界遺産の2社1寺群   

東北紀行(内陸部)    ハワイ旅行2007   沖縄旅行   東北紀行   北海道道北旅行   北海道旅行2005   南紀旅行2002   九州の旅    日光讃歌

【山行記】

《山の紀行・記録集》
「山行履歴」   「立山・剣岳(1971年)」   白馬連峰登頂記(2004・8月)   八ヶ岳(1966年)   南ア・北岳(1969年)   南ア・仙丈ヶ岳(1976年)   南アルプス・鳳凰三山   北ア・槍-穂高(1968年)   谷川岳(1967年)   尾瀬紀行(1973年)   日光の山々   大菩薩峠紀行(1970年)   丹沢山(1969年)   西丹沢・大室山(1969年)   八ヶ岳越年登山(1969年)   奥秩父・金峰山(1972年)   西丹沢・檜洞丸(1970年)   丹沢、山迷記(1970年)   上高地・明神(2008年)

《山のエッセイ》
「山旅の記」   「山の歌」   「上高地雑感」   「上越国境・谷川岳」   「丹沢山塊」   「大菩薩峠」   「日光の自然」





この記事をはてなブックマークに追加