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大菩薩峠・紀行(38) 「奥多摩湖とむかし道」 .
小河内ダムと奥多摩湖(奥は水と緑のふれあい館)
奥多摩むかし道MAP(奥多摩町観光)
青梅街道(国道411号線)の舗装道路を歩くのは若干しんどいが、渓谷沿いの道なので意外に楽しい。
余慶橋辺りが中間点であろうか、丹波のバス停まではあと少々である。
まもなくキャンプ場や山の家、民宿などが現われて、間もなく丹波の集落に到着した。
バスの停留所は、停西東京バス氷川駅行(昭和46年から奥多摩駅に改称)となっていた。
又、道際の近くにに旧青梅街道・大菩薩峠の案内板が立つ。
そう、この集落は大菩薩峠越えの甲州街道裏街道として発展した宿場集落でもあった。
かつての裏甲州街道(青梅街道)であった大菩薩峠への登山口でもある。
ところで、大菩薩峠が多摩川水系と富士川水系との分水嶺となっていて、この分水嶺や山岳尾根の様子,そしてバスの路線などから考えると丹波山村(小菅村も同様)は東京都に属していそうなのであるが,そうではなく実は山梨県となっている。
実は現在も山梨県側の丹波や小菅は、同県内からの路線バスは走っておらず,全て東京都側の奥多摩駅からの便となっている。
氷川(現奥多摩駅)との交通事情がよくなったのは大正時代における改修や昭和になってからの小河内ダム建設(奥多摩湖)に伴う補償としての道路改修により、車の通行ができやすくなったのである。
奥多摩湖の堰堤・小河内ダムは東京都奥多摩町(都心から約65km)にあって、標高530mに位置し、多摩川上流域を水源とする集水域は東京都奥多摩町、山梨県丹波山村、小菅村及び甲州市の4市町村にまたがる。
ダム上流域に降る雨や雪(年間約1,600mm)が丹波川、小菅川などに流れ込んで集まり、貯えられた水は、ダム直下の多摩川発電所で発電に使用後、多摩川に放流され、水道原水として取水されている。
集水域面積は約263km2(都内区部面積の約40%)の広がりをもっておりその内の60%以上が東京都の水源林となっている。
建設計画自体は昭和初期に遡る。
だが、ダム建設予定地である旧小河内村の用地買収の難航、着工寸前に起こった水利紛争、戦争激化による建設工事の中断等により、着工から19年の歳月をかけて竣工した。
主要堰堤工事は1938年(昭和13年)に 起工、1957年(昭和32年)に竣工している。
完成当時は、東京の水源は主に多摩川水系に依存していたが、現在は都の水源の約20%となっています。 しかし、小河内ダムは東京都の独自水源として、利根川水系の渇水時や事故時には放流量を増やすなど、住民の安定給水の確保に重要な役割を果たしている。
尚、小河内ダムは、建設から50年以上が経過しているが、耐震性調査を行った結果、想定される最大級の強さの地震に対しても安全であることを確認している。
堰堤の規模は、標高:530m(堤頂の道路部)、型式:非越流型直線重力式コンクリートダム、高さ:149m、長さ:353m、流域面積:263km2、有効水深:101.5m、有効貯水量:185,400千m。
奥多摩湖から下流、氷川(奥多摩駅)から昔の青梅街道(旧青梅街道)が、「奥多摩むかしみち」として保存されていたて、山深い道を通り、奥多摩駅から奥多摩湖まで歩くことができる。
初心者向けのハイキングコースで、舗装路・未舗装路・アップダウンとそれなりに変化のある道で、全工程の距離は約9km、ゆっくりで凡そ4時間の行程である。
奥多摩駅前の観光案内所ではコースマップを無料配布している。
主な見所は奥多摩駅より湖にむかって、羽黒坂、羽黒神社、小河内ダム建設のための鉄道廃線、人馬の休憩所跡、馬頭観音、不動の上の滝、巨岩を御神体とした白髭神社、耳神様
谷底へ落ちて死んだ馬を供養するための馬頭尊、縁結びの地蔵尊、馬の水飲み用の石桶、むし歯直しのお地蔵さん、中山集落、青目不動尊(非公開)、そしてゴールは奥多摩湖畔で
「奥多摩水と緑のふれあい館」(入館無料)がある。
『終』
【小生の主な旅のリンク集】
《日本周遊紀行・投稿ブログ》
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《旅の紀行・記録集》
「旅行履歴」
日本周遊紀行「東日本編」 日本周遊紀行「西日本編」 日本周遊紀行 (こちらは別URLです)
【日本の世界遺産紀行】
北海道・知床 白神山地 紀伊山地の霊場と参詣道 安芸の宮島・厳島神社 石見銀山遺跡とその文化的景観
東北紀行2010内陸部 ハワイ旅行2007 沖縄旅行2008 東北紀行2010 北海道道北旅行 北海道旅行2005 南紀旅行2002
【山行記】
《山の紀行・記録集》
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《山のエッセイ》
「上高地雑感」 「上越国境・谷川岳」 「丹沢山塊」 「大菩薩峠」
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大菩薩峠・紀行(38) 「奥多摩湖とむかし道」 .
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青梅街道(国道411号線)の舗装道路を歩くのは若干しんどいが、渓谷沿いの道なので意外に楽しい。
余慶橋辺りが中間点であろうか、丹波のバス停まではあと少々である。
まもなくキャンプ場や山の家、民宿などが現われて、間もなく丹波の集落に到着した。
バスの停留所は、停西東京バス氷川駅行(昭和46年から奥多摩駅に改称)となっていた。
又、道際の近くにに旧青梅街道・大菩薩峠の案内板が立つ。
そう、この集落は大菩薩峠越えの甲州街道裏街道として発展した宿場集落でもあった。
かつての裏甲州街道(青梅街道)であった大菩薩峠への登山口でもある。
ところで、大菩薩峠が多摩川水系と富士川水系との分水嶺となっていて、この分水嶺や山岳尾根の様子,そしてバスの路線などから考えると丹波山村(小菅村も同様)は東京都に属していそうなのであるが,そうではなく実は山梨県となっている。
実は現在も山梨県側の丹波や小菅は、同県内からの路線バスは走っておらず,全て東京都側の奥多摩駅からの便となっている。
氷川(現奥多摩駅)との交通事情がよくなったのは大正時代における改修や昭和になってからの小河内ダム建設(奥多摩湖)に伴う補償としての道路改修により、車の通行ができやすくなったのである。
奥多摩湖の堰堤・小河内ダムは東京都奥多摩町(都心から約65km)にあって、標高530mに位置し、多摩川上流域を水源とする集水域は東京都奥多摩町、山梨県丹波山村、小菅村及び甲州市の4市町村にまたがる。
ダム上流域に降る雨や雪(年間約1,600mm)が丹波川、小菅川などに流れ込んで集まり、貯えられた水は、ダム直下の多摩川発電所で発電に使用後、多摩川に放流され、水道原水として取水されている。
集水域面積は約263km2(都内区部面積の約40%)の広がりをもっておりその内の60%以上が東京都の水源林となっている。
建設計画自体は昭和初期に遡る。
だが、ダム建設予定地である旧小河内村の用地買収の難航、着工寸前に起こった水利紛争、戦争激化による建設工事の中断等により、着工から19年の歳月をかけて竣工した。
主要堰堤工事は1938年(昭和13年)に 起工、1957年(昭和32年)に竣工している。
完成当時は、東京の水源は主に多摩川水系に依存していたが、現在は都の水源の約20%となっています。 しかし、小河内ダムは東京都の独自水源として、利根川水系の渇水時や事故時には放流量を増やすなど、住民の安定給水の確保に重要な役割を果たしている。
尚、小河内ダムは、建設から50年以上が経過しているが、耐震性調査を行った結果、想定される最大級の強さの地震に対しても安全であることを確認している。
堰堤の規模は、標高:530m(堤頂の道路部)、型式:非越流型直線重力式コンクリートダム、高さ:149m、長さ:353m、流域面積:263km2、有効水深:101.5m、有効貯水量:185,400千m。
奥多摩湖から下流、氷川(奥多摩駅)から昔の青梅街道(旧青梅街道)が、「奥多摩むかしみち」として保存されていたて、山深い道を通り、奥多摩駅から奥多摩湖まで歩くことができる。
初心者向けのハイキングコースで、舗装路・未舗装路・アップダウンとそれなりに変化のある道で、全工程の距離は約9km、ゆっくりで凡そ4時間の行程である。
奥多摩駅前の観光案内所ではコースマップを無料配布している。
主な見所は奥多摩駅より湖にむかって、羽黒坂、羽黒神社、小河内ダム建設のための鉄道廃線、人馬の休憩所跡、馬頭観音、不動の上の滝、巨岩を御神体とした白髭神社、耳神様
谷底へ落ちて死んだ馬を供養するための馬頭尊、縁結びの地蔵尊、馬の水飲み用の石桶、むし歯直しのお地蔵さん、中山集落、青目不動尊(非公開)、そしてゴールは奥多摩湖畔で
「奥多摩水と緑のふれあい館」(入館無料)がある。
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