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もんく [とある南端港街の住人になった人]

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映画「Music and Lyrics」 -重くて大きな

2010-02-11 23:14:24 | 映画って !
邦題は「ラブソングができるまで」。

最近音楽を聞くことはめったに無くなった。ずっと以前はiPodのようなものが無くてカセットテープ式のウォークマンやCDウォークマンだったけれど、その時代にはいろいろな音楽をよく聞いていた。仕事はみんなが休んでいる休日とか早朝にするのが好きでパソコンで何か長時間かかる処理(あの頃はパソコンが遅かった)をしながら書類を読んで耳にはヘッドフォンと言う状態だった。

今は本当にときどきしか聞かない。なぜかと言うと聞けば聞くほど現在の音楽より過去の音楽がたまっていってしまって、広がりが無くなってくるように感じてくるからだ。その音楽の快適さがたまらなく嫌になることがある。だったらたまにしか聞かない方が良いよう思うのだ。

人間は歳を重ねるとどうしても過去が溜まってきてしまう。ずっと以前、電車に乗って周りの人々を眺めていた時に、どうしてこの人たちはこんな顔つき、こんな姿に、こんな振る舞いになってしまったのだろうかと思ったことがある。普通に考えるとそんな"変さ"は不要だと思うのだけれども、なぜかその変さがその人には必要なのかとも思った。ニュートラルのままではいられないものなのかと。

しかしながら自分が歳をとってくるとその意味もわかるようになってくる。小さなことでも、他人にはどうでも良いことであっても自分にはその過去はどうしようも無く必要なものであったり、どうしようも無く捨てられない何かであったりするものだとわかるのだ。そうして自分も全くニュートラル位置からは遠く離れてしまっているのだと意識せざるを得ない。

ただ、過去がどうしようもない大きくて重い肩に背負った役にたたない捨てられないただの袋であるかと言うと、これがそうでも無い。ときどきあれがその袋のどのあたりに有ったかを思い出してはちょっと眺めてみたり、使ってはまたしまいこんで見たりすることもできる。せっかく持っているのだから有効に使わない手はないのだ。もちろんそう思えるのも歳をとったせいだろうけれど。

しかし、やはり古い音楽を聞くのは時々にしておこう。


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