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もんく [とある南端港街の住人になった人]

スペインかポルトガルの港町に住みたい
日本→インドネシア→台湾→マレーシア→日本
since Oct. 2004

本は内容より書き方が大事

2009-12-23 21:23:24 | まさか、マレーシア!
マレーシアに古本屋さんがほとんど見つからないのは何故なんだろう。

新しい本が好きだから?
図書館が発達してるから?(多分これは無い。)
インターネットで読むから?
もともと本をあまり読まないから?

コピー本が安く作れるから、だろうか?
100ページ以下の本をコピーして製本までしても5リンギットまでで収まるから誰かが持っている本(やそのまたコピー)を安く複製できる。そう言う本をたまに見かける。

そう言うことなら逆手にとってオンデマンド書店ができそうだ。大げさな機械はいらないのだし。



ところでインターネットで読むってのは電子書籍のようになっている場合は有りだけれど、普通のWeb上ではそれに相当するものは少ないだろうと思う。著作権の切れた昔の名作はそうして公開されているけれども現代小説のようなものや現代人の興味を引く完結した読み物はほぼ無いだろうと思う。そう言う意味でインターネットが書籍の代わりをするのはもうちょっとだけ先だろうか。レコードがCDやダウンロード販売になってそれが普通になったのと同じようにその時代はすぐ来るだろうけれどもほんのもう少し時間が必要かもしれない。


本で大事なのはその内容だと思われているけれども、本当に大事なのは書き方の方だ。内容は悪くても他の本をたくさん読めば悪い事は相対化されて薄めてしまうことができる。だから内容は大切でないとは言わないけれども別にどうと言うことも無い。

書き方の方が実は大きな問題で、一つの文章が冒頭や表題にあげたテーマに沿って一貫した書かれ方をしていて最後にきちんと完結できなければ読んだ時間が全て無駄になってしまう。結局何のために書かれたのか、何が言いたいのかが汲み取れる文章になっていることが大事だ。そうした文章に数多く触れて慣れる事がコミュニケーションの手段であり文化の継承でもある。

少し昔、国語の文章問題の解釈で人それぞれ感じ方が違うのだから正しい答えなんか無いと言うもっともらしい事を言うのが流行ったけれど、著者の意図も汲み取れないのに解釈も意見も感想も無いわけで、それは訓練ができていないかしたくない言い訳にしか過ぎないのだ。その意味でも本は内容より書き方なのだ。


そうした文章が"数多く"このネット上に普通に現れるにはもう少しだろうし、そうならなければネットが書籍(雑誌などでなく)の代わりをする事はできないだろうと思う。


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