古稀背包客放浪記

古稀バックパッカーの東南アジア見て歩る記

東チベットの旅 瑪多(黄河源頭の街)

2015-06-20 12:24:25 | 旅行

瑪多の街並み(青海省果洛蔵族自冶州瑪多県)

黄河源頭近の湖 阿涌貢瑪錯(アヨンゴンマ・ツォ)(瑪多県)
古稀背包客(gu xi bei bao ke)放浪記 その212
5月25日(月)その2
瑪多の街の滞在時間は一時間にも満たない。
三叉路口の街並は黄河源頭第一県と横書きされた看板が掲げられ、何処かしら醒めていて、レストランとお土産屋と数軒の旅館があるだけだった。
時計は17時を指しているが、まだまだ陽は高い。
人気の無いモスリムレストランの店員に尋ねると、確かに玉樹行きのバスが隣の駐車場に停まり、運転手が食事をするという。
時間は19時頃だという。
花石峡の公安が言っていた玉樹行きのバスが18時だったので、それがここ三叉路口では19時で丁度話が合う。
その他のバスは無いのか尋ねるが、18時30分頃に西寧からの拼車(ミニバンの乗り合いタクシー)が在るかもしれないと言う。
何とも頼りない返事だ。
わずかな情報ででも、それを待っているしかない。
公共の交通機関が一日数本のバスだけとすれば、あとはヒッチハイクをするしかない。
大型のトラックが頻繁に通り過ぎる。
近距離と遠距離のトラックが通り過ぎる。
通行量の半分くらいは大型トラックだ。
二時間をブラブラ過ごす。
拼車(ミニバンの乗り合いタクシー)らしき車は一台も通らない。
当然客引きも居ない。
圧倒的に車の量が少ないのだ。
この先玉樹まで行けるのか心配になる。
公交バスも一台も通らない。
来たぁぁー
19時を少し過ぎて、大型バスが来た。
西寧ー玉樹と書いたステッカーがフロントにおいてある。
よし、、
乗客が三々五々降りて食事に向かう。
車掌を探し、乗車の交渉を始めるが、没有の一点張りである。
他のバスは通路にも乗せているではないか、一人二人定員オバーでもOKだろう。
車掌は没有だけしか言わない。
運転手に交渉するが、高速の降り口の交通検問所を指差す。
其処では交通警察が乗車人員、荷物の検査をしている。
ああー
このバスを逃したら、次のバスは何時に来るの、、
いや、この次のバスって、そもそも有るの、、
解らない。
泣き出したそうな風情で頼むが一向にOKの返事はもらえない。
そして、運転手、車掌は車に鍵を掛けて夕食に行ってしまった。
まいたなあー
其処にぎゅうぎゅう詰めのミニバンが停まった。
わあーっと人が降り、、、
あっつ、拼車だ。
何処かに行こうとしているミニバンの運転手に玉樹に行くのか尋ねると、有、有と答える。
やったぁぁー
一寸待てよ、さっき降りた人間は定員以上だったはずだが、、、
まあいいや、乗る、乗ると答える。
夕飯は食ったかと聞いてくるので、済んだと答える。
自分の席を確保する方が先だ。
後ろに乗れという。
一人だけ乗せて、街外れの修理工場へ向かった。
なんと、前輪のブレーキパッドの交換だ。
痕跡しかないようなブレーキパッドを交換している。
おいおい、大丈夫かい、、
とにかく、玉樹までの足は確保できた。
朝の8時30分に達日を出発して11時間が過ぎたがまだ道半ばだ。
しかし、あとはこの車にしがみ付いていれば何とか玉樹へ行ける。
大型バスは19時30分過ぎに出発した。
交通検問所をどうやって突破するのかと思ったら、定員だけ載せて発車した。
3人くらい居ない。
検問所を出て200mほど行った所で人が待っていた。
先程降りた3人だ。
11人定員のミニバンに14人が乗って、夜の高速国道をぶっ飛ばす。

日が改まった午前0時30分頃に玉樹(結古鎮)に着く。
瑪多三叉路口ー玉樹(結古鎮)(330km) ミニバス 120元 約5時間
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東チベットの旅 花石峡(西寧と玉樹の略中間点)

2015-06-12 16:24:26 | 旅行

達日から花石峡まで乗ったバス(青海省果洛蔵族自冶州達日県)





車窓からの黄河源流高原(青海省果洛蔵族自冶州)

花石峡T字路、西寧と玉樹の略中間点(青海省果洛蔵族自冶州瑪多県)
古稀背包客(gu xi bei bao ke)放浪記 その211
5月25日(月))
8時30分発花石峡行きのバスは西寧行きのバスだった。
達日から西寧行きのバスは大武経由ではなく、花石峡から国道218号を通っていくものだった。
達日から花石峡までは東チベット高原の大草原を行く快適なドライブコースだ。
途中一部未舗装区間があるが、非常によく補修されており中国にしては珍しい区間だ。
交通量は少ないが、大型トラックの利用が多いようだ。
乗客は18人、三四人の漢族の観光客と小生以外は全て現地の人だ。
眼を怪我して、ガーゼから血がにじんでいる小さな女の子は西寧の病院に行くに違いない。
途中で数人の客が乗り込んできたが、花石峡で降りたのは小生一人だった。

11時45分には花石峡に着いてしまった。
達日公交坫ー花石峡(200km)46元 3時間15分の道中は何とも素晴らしい。
花石峡は大草原の一寸した岩山の裾に開けた小さな街で数十軒くらいしかない。
あっちこっちで、今まさに大増築工事中といった趣の街だ。

花石峡での乗換えが大変だった。
まず、停留所が無い。
何処でも良いのだそうだ。
当然時刻表が無い。
何処に行くバスがあるのか解らない。
それらしき人に訪ねるが要領を得ない。
最後はメインストリートをパトロールしていた公安に聞いた。
さすが公安、15時に瑪多行きが、18時に玉樹行きが通ると、
バス停は何処でも手を上げれば良いとのこと。

18時の玉樹行きに乗れば、簡単に玉樹に行けるが、夜行になり景色が見られなくなるので、今日は瑪多まで行き、明日玉樹に行こうと思い、15時の瑪多行きに乗ることにする。
瑪多行きはほぼ定刻に着き、小生を入れて3人があっちこっちから乗って出発した。
それでも、半分ほどの乗車率だ。
西寧、玉樹線は東チベットの主幹道路で、高速化が進んでいる。
完全供用はされていないが大部分は開放され100km/h以上で飛ばしている。
花石峡ー瑪多(80km)20元 1時10分、実に快適。
直線区間が20km近くもありそうな箇所もあった。

到着後、瑪多公交坫に行く。
瑪多公交坫からのバスは始発、終着も西寧から瑪多の一本のみで、瑪多からその他に行くバスは無い。
西寧、玉樹の便は公交坫に来なく、瑪多の入口の三叉路口でしか乗れなく、伴車も街ではなく、三叉路口からだという。
そんなことが瑪多のたった一人しか居ない受付(交通賓館と同じ窓口)でやっと解った。
いずれにしても、高速の降り口まで3km程の道を戻るしかない。
吹っかけの10元だ、協定料金らしく、交渉の余地も無い。

タクシーの運転手に玉樹行きのバス乗り場と思しきところまで連れて行ってもらう。
そこはバス運転手が食事を取るというレストランの前だった。
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東チベットの旅 達日(非解放都市?ダーラ)

2015-06-09 01:00:01 | 旅行

達日(ダーラ)の街並み(青海省果洛蔵族自冶州)

黄河の北岸から南岸の達日を望む

峠は冬景色で雪が舞っていた

阿バから大武(瑪沁)行きのバス

達日で見かけた子供のチベッタン(青海省果洛蔵族自冶州)


古稀背包客(gu xi bei bao ke)放浪記 その210
5月24日(日)
昨日、切符を買ったときに、窓口のおばちゃんが五時半、五時半(ウーデンバン)というので、五時半出発なのかと思い5時15分に阿バ公交駅に行くと、なんと一番乗りだった。
五六分して従業員が入口のドアを明け、電気を点けた。
大武(青海省果洛蔵族自冶州瑪沁県マチェン)行きのバスは41人乗りの大型バスだ。
今日はその途中の達日(青海省果洛蔵族自冶州達日県ダーラ)まで行くのだ。
その荷物室の大きいこと、乗客用では無く、貨物専用車みたいだ。
乗客の持ち込む荷物も半端ではない。
60kg位の荷物と、大型バッテリーを積み込もうとしてたら、さすがに文句を言われ、荷物料金を払っていた。
それでも人の運賃が165元で荷物代は55元だった。
何やかやで発車は定時だが、またもや、公交駅を出て直ぐに一人乗り込み、その後も膨れ上がった。
しかし、この車は助手が帳面様のものに記録をしていたから、正規の客なのだろう。
当初、24人だった乗客が街を出るときにはほぼ満員になった。
2時間程でついた久冶では五六人が降り、20人くらいが乗ってきた。
通路も満員になった。
白玉を過ぎて班瑪(バンマ)との分岐点で交通公安の検問があったが、助手の伏せろの声に通路の全員が身をかがめた。
公安は運転手のやり取りだけで、中の確認に乗車してこなかった。
前のバスは荷物室まで開けられてチェックを受けているのに、我々のバスは何事も無い。
公安の皆と、運転手も助手もにこやかに声を掛けあっている。
相当の賄賂が動いているに違いない。
前のバスがまだチェックを受けているが、その横をサッサッと行けと合図している。
馴れ合いもいい所だ。
11時45分から12時25分まで、草原の一軒家の食堂で昼食休憩になる。
半分以上の乗客は外の草原で思い思い過ごす。
13時35分に大武から来た阿バ行きとすれ違う。
14時35分達日(ダーラ)到着、下車する。

非開放都市の達日では次の街までの切符を買い、宿を見つけること専念しなければならない。
達日が現在も非解放都市か如何かは確認してないが、公安、人民軍共そう目立たなく、普通の田舎町なのだが、どこと無く緊張する。
昔の物の本には近在の主だった街は全て非解放都市とあった。
達日公交駅の窓口で玉樹(ユイシュ、ジェクンド青海省玉樹蔵族自冶州)行きは無いか訪ねるが、没有の返事だけ。
どうにか、玉樹に行きたいことが伝わり、途中の花石峡までの便は有るか訪ねると、やっと「有」の返事。
即刻、明日の花石峡までの切符を入手する。
宿は二軒目に飛び込んだ××旅館のシングルに40元で決める。

その後街をブラついてみるが、今までの中国の田舎と少しも変わりは無い。
しかし、チベット度が限りなく100%に近い。
食堂に行っても、中国普通語(多分、強力な方言訛りでだろうが)で話しかけてくるが、皆目検討がつかないので、紙に書いてくれるようにと、普通語で書いてみせると読めないと云うし、漢字を知らないという。
さすがにお手上げだが、ここで小学校の3、4年生ぐらいの子供が出てきて、普通語を読んで母親に通訳し、母親のしゃべってるチベット語を中国普通語に翻訳して小生に見せてくれる。
中国では全国何処へ行っても中国普通語を子供達が勉強しており、全国の共通語なのだ。
だから、小学生の書く中国普通語は非常にわかり易い。
そして、やっと、さっき隣で食べていた同じ「片面」を注文することが出来るのだ。

阿バ公交駅ー達日公交駅(350km)125元 約8時間30分
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東チベットの旅 阿バ その2

2015-06-07 01:10:40 | 旅行

郎衣寺(ナーシュルス)(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

郎衣寺(ナーシュルス)大経堂(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

郎衣寺大経堂(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

郎衣寺大経堂内部(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

雍仲ボン(クサ冠の下に本)教講修学院で学ぶ坊主達(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

奪登寺(ドウデンス)遠望(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

郎衣寺付近の蔵族民家(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

古稀背包客(gu xi bei bao ke)放浪記 その209
5月23日(土)
郎衣寺(ナーシュルス)に行く。
阿バの街の入口にある賽格寺の前から北に延びている道を行く。
3km位とのことだが、3300mのこの高度では息が切れる。
写真を撮りながらノンビリと行く。
1km位行った郎衣寺と奪登寺(ドウデンス)との分岐点でトラクターの荷台に載せてもらう。
トラクターはガ(乃の下に小)休村に行くので、500m位行った所で降りて分岐した登りを行く。
10分位登ったら、後ろからトラクターの音がするので暫く待って乗せてもらう。
このトラクターは荷台に砂利を満載していたので、トラクターと荷台の連結部に立って乗る。
運良くこのトラクターは目的地の郎衣寺に砂利を運んでいた。
結局、3kmの内、歩いたのは半分で半分は二台のトラクターに乗せてもらった。
阿バから標高差にすると170m程高いので、結構楽をさせて貰った。
郎衣寺は東チベット最古の最大のボン教の寺で規模も大きく、チョルテン、大経堂等の全ての建造物も立派なものだ。
寺域の中には多くの僧坊が有り、またボン教の学校も有って、坊主が庭のあちこちに円座をつくって講義を受けていた。
寺域内は他の寺に比べて格段に綺麗になっていた。
野良犬も少なく、感心させられた。

行き1時間、見学1時間。
帰りは、2時間程かけて、周りの景色を楽しみながら、尾根道の踏み後を辿って降りてきた。
久しぶりの高原漫遊だ。
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東チベットの旅 阿バ(土偏に貝)

2015-06-05 20:23:18 | 旅行

格爾登寺(ゲールデンス)(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

阿バの街並み(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

格爾登寺(ゲールデンス)白塔(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

格爾登寺でお参りしている親子

賽格寺(セース)(四川省阿バ蔵族羌族自冶州阿バ県)

賽格寺(セース)でコルラするチベッタン

賽格寺(セース)の仏学院を退校する小坊主達

阿バ公交坫の時刻表

古稀背包客(gu xi bei bao ke)放浪記 その208
5月21日(木)
宿を5時45分頃に出る。
直ぐに蓉城公司のタクシーが来る。
直近のルートで23元、12分で茶店子公交坫に着いてしまう。
バスの待ち時間は丁度一時間だ。
成都発阿バ(土偏に貝)行きの大型高級バスは定刻に公交坫を発車した。
しかし、公交坫を出て、50mも行かない内に停車した。
員数外の客を、もう拾ったようだ、、何時ものことだが、、、
途中4回程のトイレ休憩があって、9時間で、あっさり阿唄に着いてしまった。
成都から阿唄まで、500kmとは思えない快調な道のりだ。

宿探しをと思うが、声を掛けてきたおやじが目の前の××賓館の主だった。
値段を聞くと30,40,50,100元と云うので見せてもらう。
ツインの部屋で、綺麗なので即決。
30元也。
しかし、五分もしないうちに相方の客が入ってきた。
足の悪いチベッタンだ。

3780mの峠を越えて3260mの阿バに着いたが、やはり、少し息切れがする。
それでも、街をふらつこうと思ったが、雨が降ってきた。
初日だし、高度も上がったしで部屋で時間をつぶす。
同宿のチベッタンは青海省へ行くと云っているので、明朝は6時前に出発しそうだ。

成都(茶店子公交坫)ー阿バ公交坫(510km)165元 約9時間

5月22日(金)
8時から15時まで街の南外れと北外れにある二つの寺と阿バの街をぶらついた。
格爾登寺(ゲールデンス)(街の北側)も賽格寺(セース)(街の南側)もその規模の大きさにびっくりした。
どちらの寺も再建途中で、大きな建築物が何棟も工事中だった。
格爾登寺をコルラするチベッタンは老若男女を問わず、熱心に経を唱えもくもくと歩いている。
そのかず数百、いや数千人か、、
そのパワーを垣間見る。

格爾登寺の裏山に上って街を一望する。
成都で阿バの宿を訪ねたときに、宿はいっぱい有るし、六星の特別ホテルも有ると言う。
裏山から街を一望して、その北側に、かなり広い面積に高い塀をめぐらした立派な建造物の有る
施設が望めた。
一寸の時間考えて、ああ、あれがそうか、あれが六星特別ホテルかと合点が云った。
監視所の様な高い塔もあり、、多分×××かもしれない。
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