はがきのおくりもの

 思い出したくなったら、ここに帰っておいで!!!
 元気を補給したら、顔を上げて、歩いて行くんだよ!

教頭の役目

2008年06月15日 | 柿の木高校物語 2001

 先日、本校初めての授業参観が第一学年で実施された。好評であった。PTA会長や後援会会長の要望でもあったが、渉外主任と第一学年主任の積極的な取り組みのお陰である。今後、PTA総会での全学年実施を目指すという。
 第一学年主任は朝礼後毎日、昇降口に立ち「おはよう」と声を掛ける。放課後も教室を回っている。各担任も協力して指導している。三年間の継続はきっと生徒の大きな財産になる。
 現在、新教育課程編成、総合的な学習の時間、朝の読書、校務分掌などについて、具体的な編成や案作りの真っ最中である。総合学習はディベートやスピーチ、論文などの表現方法を学ぶ時間にするという。先生方の熱心な取り組みに教頭の出番はない。
 教育課程検討委員会の委員長は、新教育課程編成は始まりに過ぎないという。新教育課程の目的である基礎・基本の徹底と進路実績の向上を目指して授業改善に取り組むつもりでいる。
 教頭の役目は耕すこと。耕すとは耒(好き)で土を治めること、土づくり。問題を整理し、検討すべき点を明確にする。ともに考える土づくりに努めていると、いつの間にか解決の芽が生まれている。
 希望がなければ人は生きていけない。黙々と耕すことで希望を広めたいと思ってきた。気がつくと先生方が耕し始め、教頭の仕事が少なくなった。嬉しくもあり、寂しくもある。
 これからは裏方に徹する時期。見守る根気を己に育てるとき。それもまたよし。先生方の活躍を見ているのも愉快である。
 順調なときばかりとは限らない。反対に会い、希望を見失うこともある。そこが教頭としての踏ん張りどころ。希望を抱き、前を向いて歩く。無理をしても強くあらねばならない。
 「本当に偉い人間などそういるものではない。人間は誰でも時々偉くなれるのものだ」学園紛争当時、京都大学総長であった岡本道雄氏の言葉。偉くなれるときに出会わなければ幸い。幸せを噛みしめつつ、目の前にある小事を一つひとつ大事にしていきたい。<2001.11.15>



 岡本道雄氏の言葉、好きですね。覚えておきたい言葉です。

「本当に偉い人間などそういるものではない。人間は誰でも時々偉くなれるのものだ」

 以前、奥井に聞いたことがあったのですが、よく覚えていなくて困っていました。奥井に聞いても忘れたなんていうものですから、ここで出会うことができて感謝しています。忘れないようにしようと思います。

 神様は気まぐれで、普通の人にある使命を与えるってことがあるんだと勝手に思っています。
 そういうとき、人は偉くなれるのでしょう。そして、その使命を終えたら、普通の人に戻るのです。そう考えると、気が楽になります。

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