1971年(昭和46年)引退相撲横綱土俵入り。(蔵前国技館)
太刀持ち玉の海、露払い北の富士の両横綱を従えて最後の土俵入り。
日本の高度経済成長期を象徴するかのように番付けを駆け上がり若干21歳3ヶ月で横綱に。
昭和36年10月2日横綱に推挙される。
巨人、大鵬、卵焼きの流行語が生まれ、国民的スターに。
大鵬使用の横綱。
厳しい稽古に耐え、努力に努力を重ね綱を締めるまでに出世。
横綱の土俵入りに使用した心、技、体の化粧回し。
「大鵬」左から3番目は故自民党副総裁の大野伴睦の書、大関時代に使用。
幕内優勝32回、六場所連続優勝2回全勝優勝8回をはじめ数々記録を打ち立てた。
引退後は一代年寄大鵬となり大鵬部屋を開設し関取14人を育て、また協会理事としても活躍。
停年退職後は相撲博物館館長を務めた。
残念ながら後半は長く病との闘いであったが、社会貢献にも熱心で日本赤十字社へ献液運搬車「大鵬号」の寄贈を長く続けたことでも知られている。
32回の優勝レプリカと大鵬直筆の書「夢」。
平成25年1月19日に正四位、旭日重光章を安倍晋三総理大臣より授与。
今月 25日午後6時から首相官邸で国民栄誉賞表彰式が行われる。
昭和の大横綱第48代大鵬(納谷幸喜)
心よりご冥福をお祈りいたします。
両国相撲博物館で4月19(金)まで開催