日系アメリカ人の末日聖徒で、学者、著者として知られたメリッサ・W・井上が4月23日、結腸癌で亡くなった。享年44歳。
彼女はハーバード大学で博士号を取得し、ニュージーランドのオークランド大学で教鞭を執っていた。カリフォルニア州で育った彼女は日系・中国系4世のアメリカ人で、日本で伝道したディロン・井上の姪にあたる。
彼女の関心は、平和、人種差別、女性の果たす役割、民主主義などで著書を多数残している。M.井上は多くの人を励まし、感動を与えてきた。彼女の急逝を惜しみ、悲しむ声がソルトレークの新聞やSNSに寄せられた。私沼野も彼女の死を悼み、本当に残念で仕方がありません。今後の活躍に期待していたからです。
彼女の詩「母親たちに捧げる」(Crossings, 2019, p. 55)の一節です。
「あなた方を日々の苦労から解任します。
仕事から、教会や家の責任から、
周りの人々とつき合っていく立場から。
そして思う存分自らや子供のことに心を向け、
くつろいで、力を大切に使ってください。」
メリッサ・井上は教会が国際化するの (globalization) は喜ばしいけれども、各地の文化や特色を尊重し、それらが教会を創りあげ、育てていくこと (glocalization) を望むと語っていました。
Melissa W. Inouye による論文、著書(一部):
“The Oak and the Banyan: The Glocalization of Mormon Studies” in Neal A. Maxwell Institute “Mormon Studies Review” Vol. 1 2014
“A Tale of Three Primaries: The Gravity of Mormonism’s Informal Institutions” in “Decolonizing Mormonism - - Approaching a Postcolonial Zion” edited by Gina Colvin and Joanna Brooks, University of Utah Press, 2018
“Crossings” published by A Living Faith Book, 2019
自身の身近な経験から紹介させていただきます。
長男と結婚した女性は出身が東欧の一国でそこで高校生の時改宗し、SLのテンプルスクゥエアーで宣教師として奉仕し、援助を受けてBYUHで学び、そこで長男と出会って結婚し、英国でしばらく過ごし、日本に来て子供たちを産み育てました。(13歳の長男を筆頭に3歳の男女の双子を含めて5人)
そして、40歳を過ぎていましたが、昨年長男と離婚して、大学院で再度学ぶためにユタに子供5人と一緒にいくために日本を離れました。
現在は学生ビザで滞在許可が下りていますが、米国籍を持たない彼女と子供たちの将来を心配しています。米国での正式な就労は難しく思われます。
幸い子供たち(私にとっては孫たちですが)は新しい生活環境に慣れて、友達もでき、楽しく過ごしているようです。学校生活も「日本に比べて宿題が少ないので楽しい」のだそうです。
二人の離婚についての詳しい事情は何も聞いておりませんが、彼女の気持ちとしては「これ以上日本に住みたくない」だったようです。
「globalization」と「glocalization」を身を持って体験した彼女がどのような思いであったのか今は確かめるすべもありません。
ただ、彼女が自分自身の人生を考えて、決断したのだと思います。長男も子供たちの養育費として少なくない金額を送金しています。
自分自身を苦労から解任する人生の選択も新しい苦労があるようで、決して楽なものではないように思いますがいかがでしょうか。
元ご長男のお嫁さんの人生について知って、驚いています。今日の夕方、改めてお返事させていただきたいと思います。
関係する皆さんが知恵を用いて(奨学金があれば応募するなど)、よく耐え、前進されますよう、祈るばかりです。(そう言えば、小生も無鉄砲と言えるような家族連れの留学を致しました。)
その最中にワードの不活発会員の一部を訪問するという長老定員会主催の取り組みがありました。
ワードの会員記録上のすべての会員ではないにしろ、全体で200件ほど訪問しました。
この取り組みにより、はっきり覚えていませんが、100人程度の会員が、その会員記録上の
住所には住んでいない、つまり転居したことが判明しました。
そしてそういったことに対する記録上の手続きがあるので、その情報は書記に渡されます。
当時の吉祥寺ワードの会員記録上の会員数は700名前後だったと思います。
それが先の取り組みでガバっと減って500名台になりました。
そして当時の聖餐会の出席は100名程度(旧吉祥寺ワードと旧三鷹ワードの統合後、杉並ワードとの統合前)
でしたので、これで活発率が20%を割る程度だと知りました。
当時も今も関東の支部ではなくワードはそれぞれ数十人は活発会員がいます。
関西もおそらくそうです。地方のユニットや支部は数名程度のところもあれば、
熊本や金沢のように100名程度の活発会員がいるワードもありますので、
一概に数十人、とは言えません。
以前のこちらのブログやコメントにもありましたとおり、活発率は日本の場合は
平均すると15〜20%程度ではないでしょうか。
穏当な数字ではないかと思います。具体的な例を添えたコメントをありがとうございました。
どのような会員を活発と見るかによりますが、出席人数にプラスアルファすることを忘れてはならないと思います。
都合や病気で集会に来れない場合や、あまり出席できていなくても、心の中では末日聖徒であると思っている人もいるからです。
3年前に高木信二兄弟らによって行われた調査が、書籍の形で結果がまとめられています。書評の形でこのブログに紹介したいと思っています。
Unique but not different という題で、Greg Kofford Books という出版社から出ています。
JMR調査レポートと検索するとプロテスタントの出席率が見れますが、だいたい5.60パーセントくらい、カトリックは25パーセントくらいありますが、イエス・キリストの教会はダントツに圧倒的に低いというか、そもそも出席率を高評すらしていません。
↑カトリックがこちらですね、
で、
https://www.churchofjesuschrist.org/study/history/global-histories/japan/jp-by-the-numbers?lang=jpn
https://news-jp.churchofjesuschrist.org/%E4%BA%8B%E5%AE%9F%E3%81%A8%E7%B5%B1%E8%A8%88
イエス・キリストの教会ではこの何年かで2000年魁夷が増えているのにユニットの数が30個ほど減っていますが、4.50人きてるとしたら2000人分くらい減っていますので、つまりこの何年かで4000人会員が消滅時効してるわけですね、不思議です
そこで、一つの奇跡について証したいと思います。私は2世ですが、大人になってある日宣教師から模擬レッスンを受けたのですが、宣教師が罪を悔い改めたらゆるされるという話をするわけですが、その罪とは「嘘をつく」「悪口をいう」「人を助けない」とか言うわけであります。私はとても驚きました。それまで教会で罪と聞いたとき、警察に捕まる犯罪のことであり、贖いとは犯罪者を救うためにあると思っていたのです。教会とはコーヒー紅茶酒タバコをやってはいけない、責任を果たすためのものと思っていたのです。おそらくお休み会員になる人には、理解が不十分なままバプテスマをうけて責任や長いプログラムに疲れてこなくなった人がたくさんいるのだと想います。
私はイエス・キリストの教会のやり方は、一人ひとりの違いに時間をかけなくて良いので、利点はあると想います。たくさんバプテスマを受けさせて責任を与えて理解できたものだけ残れば、神学校もなしに指導者を養成できます。しかしお休みになるひとにとっては時間の無駄で、さらにバプテスマを受ける人がたくさんいなければ教会は衰退していきます。背教した忌まわしい教会ではだいたいプログラムが1時間から1時間半くらいですので、プログラムの時間が削減されたのは素晴らしいと思いますが、さらに忌まわしい教会に近づく必要があります。しかしバプテスマがただの習慣だとみとめるのはイエス・キリストが間違いを犯したことになるし、イエス・キリストの教会にプログラムに時間をかけても人に時間をかける余裕はあまりありません。
さらなるプログラムの短縮、責任の軽減を提案するしかないでしょう。みなさんの負担がかるくなりますように
専任宣教師時代、多くの時間を割いていたことの一つが、お休み会員の訪問でした。
そもそも転居していることも多いですし、居留守を使われたり、自分は経験がありませんが、激しく拒絶されることもあるようです。
そんな中、あるユニットでは信仰を固く守っているお休み会員が多くいました。
毎日祈り、モルモン書を読んでいるそうです。宣教師が突然訪れることはあまり喜ばれませんが、
でもそういうことを話してくださいました。
どうもそのユニットでは悲しむべき経験があったようで、それを境に教会に来なくなってしまった人が多いようなのです。
教会に通い、出席を求められている集会に出席することは、聖約を交わした人の義務です。
しかしこのように、キリストが救い主であることを否定せず、信仰を守る行いを続けている人がおられるのは事実です。
理由は色々あるとは思いますが、沼野様のおっしゃるとおり、教会に来ずとも来れずとも、
末日聖徒であることを自覚している人たちは確実におられます。
しかしそれは統計には表しにくいことかと思います。ですから、
数というのは一つの指標に過ぎず、目安の一つでしかないと思っております。
そもそも統計というのは、統計の取られ方が統一されていることが前提のはずで、
そうでない統計を比べることは意味があまりありません。
そう考えると、数字というのは魔物のように思えます。
善意や悪意を込める余地がある。操作の余地がある。
以下に書きます事柄は、私個人の思いや印象であって、霊感や刑事ではありません。
前述のユニットで信仰を固く守るお休み会員の人達と接したときに、
私はこの人は教会に行かないことによって、そのことによって受ける害から守られているのかもしれない、と思いました。
そしてそれは、別のユニットのお休み会員と接しているときにも何度かそう思ったことでした。
教会は生きている人をも益するもののはずですが、実際にはそうでないことも往々にしてあるように思います。
この点について私は以前から懸念しています。キリストを救い主として受け入れようとしている人が、
実際には教会に行くことによって害を受けたとき、それは教義と、人がその教義に従うかどうかは別だと
判断できるかどうかということです。つまづきの石につまずいても、起き上がること立ち上がることを
あきらめてしまわないかを心配しています。
またまた長文になりまして申し訳ありません。
3年前の調査というのは、比較的新しいように思います。
高木兄弟も精力的に活動されているのですね。
また時々こちらのNJwindowを拝見するようにいたします。
佐久間智樹
高木兄弟の新著は英語ですが、必見の書だと思います。
順が逆になりますが、もうひとりのunknown さん、4件のコメントをありがとうございます。貴重な情報です。
13404.(untitled) 返信 引用
名前:もるもん 日付:2024/6/4(火) 14:22
いま、バートDアーマン著「捏造された聖書」という本を読んでいます。この本によると、古代のキリスト教は女子供奴隷など貧しいものが多く、ほとんど読み書きができないもののために色々な福音書や手紙を朗読していたわけですがが、高額で貴重な神を節約するためにスペースや句読点を省いたり単語は短縮したり、さらには素人の書記が書き写していたので、テキストによってかなりの書き間違いやら書き写すときに行を飛ばしたと思われる箇所が大量にあるそうです。ローマ皇帝が改宗しキリスト教が国教となるとソノサイはへり、印刷機ができるまで完全な複製が難しかったそうです。具体的に何が変わったかと言うと、姦淫の女の話やルカ伝のイエスがゲッセマネのそので血の汗を流したなど、マルコの最後の12節などは最古の写本には載っておらず、他にも姦淫が邪悪、怒りが憐れみに書き換えられているのだそうです。さらにはマルコ伝が最初に書かれそれを参考にしたルカ伝はイエスの怒りや絶望がかなり変わっており、福音書を書いた当人らも自分の考えに合わせて福音書の改変を行っているのです。
こんどみなさんも読んでみてくださいって
「結婚、家族法、そして神殿」ブルース・C・ハーフェン(名誉七十人)より引用
「最近の憲法の動向について話している時、私たちは二人とも、個人の権利という強力な考えが公民権運動に活力を与え、それが米国が人種差別という恥ずかしい歴史を克服するのに役立っていることを喜びました。また、同じ考えが女性差別を根絶するのに役立ち始めたことにも拍手を送りました」
家族法の家庭関係における社会的利益と個人的利益
ロスコーパウンドの論文から引用して家族法における「社会的利益」は「安定した社会制度としての結婚を維持する社会の利益、つまり、親が子供を守り、育て、安定した社会を維持する性格の資質を教えるという社会の利益」と定義し「家族関係における個人的利益」と呼ぶものと区別し、
「法制度が特定の個人の利益を認める時、それは・・・社会全体がそれによって利益を得るからである」と述べています。
大きな変化
過去半世紀にわたり、米国の裁判所と議会、法学者は個人の利益が社会的利益よりも「根本的」または「説得力がある」と考えるようになった。
個人の利益は憲法の大きな波に乗せられ、現代人は結婚と子育てに関する私たちの法的および文化的理解に社会的利益をほとんど見ないようになっている。
1960年代以降、私たちの文化が家族生活に影響を与える態度や価値観に大きな変化を経験してきたことです。
(この変遷を)擁護する人たちは、安定した家族構造における子どもと社会の利益を支援することを目的とした法律に意義を唱えるために、「個人の権利」という憲法上の意味を持つ言葉を使い始めました。
そして、米国憲法における個人の権利保護は、もともと国家による侵害から個人を保護するために制定されたもので、自分の家族など、国家の行為者ではない人々から個人を保護するために制定されたものではないにもかかわらず、裁判所はこれらの主張を受け入れはじめました。
(双方の)無過失離婚
無過失離婚は人々の結婚に対する考え方を大きく変えました。
個人の過失に関係なく、修復不可能な結婚の破錠を離婚の根拠として追加し、離婚手続きが簡素化され、面倒な個人訴訟が減少するという価値ある目標がありました。また、無過失離婚は女性の経済的利益に対する法律の見方も改善しました。
しかし、実際には、家庭裁判所の裁判官はカップルの個人的な好みに従うようになり、最終的にはどちらかのパートナーが結婚を終わらせたいと望む方に従わざるを得なくなりました。
無過失離婚はもはや「結婚を『社会制度』として見なすことはありませんでした。むしろ、無過失離婚は、離婚が社会に与える影響は言うまでもなく、子ども絵の影響を考慮せず、結婚を『どちらかの意思で終了できる、成人同士の本質的に私的な関係』とみなしました。
やがて、社会が結婚の誓いを矯正する権利について裁判官が疑念を抱いたことで、、結婚したカップルは、自分達の個人的な約束には大きな社会的価値も道徳的価値もないという誤った印象を抱くよになった。
これらの新しい法的前提がより大きな文化的変動と融合するにつれ、ほとんどのアメリカ人はもはや結婚を比較的永続的な社会的制度とは見なさなくなり、むしろ一時的、個人的な充足感の源泉と見做すようになった。
そのため、結婚の約束が個人の好みを侵害すると、人々は離れていく可能性が高くなる。(引用終わり)
ここで述べられている「大きな文化的変動」につては個人的にもその影響を少しは経験してきたように思います。
1970年代に米国からきた宣教師たちの中にも両親の離婚を経験した人達も少しですが聞くようになり、日本の教会員の中にも見聞きすることもありました。その中で、1978年の公式の宣言二や「家族:世界への宣言」などはこれらの大きな変動の中で発表されたものと受け止めています。
そして、子どもたちの結婚相手の親御さんの中にも離婚された方がおられたり、現在、我が子の離婚(現序では双方の無過失離婚あると受け止めており)を見守ることになりました。
教会員においての結婚・夫婦関係で1960年以前が良かったというつもりはありません。メリッサ・W・井上姉妹が取り組まれてきた事柄も問題解決のためにとても大切なことであったと思います。
そして、結婚における社会的な利益と個人的な利益のバランスについて考えてみたいと思っています。
後にコメントいたします。→ daikondai
変化していく社会があり、個人的な充足感を尊重するようになっていること、そしてそれが結局は社会的利益に繋がっていく(私の短絡的理解が間違っていなければ)という観点に立てば、大根大のご子息の結婚がたどっている道も無過失離婚の例として認められるのではないかと思います。
ご子息が離婚されていても、関係する当事者たち、その子供たちが苦労によく立ち向かい、意義ある人生を切り開いていかれるようにお祈りいたします。
「無過失離婚」ではあってもやはり本人たちに何らかの歩み寄りの努力はできなかったものかと考えてしまいます。最後にはお互いに話し合うことさえも拒絶する状況になっていました。そこに至った原因などはほとんど聞く機会さえもなくわからずじまいです。
私の妻も自分が何らかの原因になったのではないかと心配しています。
ある時、妻と「自分達の離婚について考えたことはある」と聞くと、「子供たちが起こす様々な問題解決のために必死になっていたのでそんなこと考える余裕もなかったは」という返事でした。
「あなた方を日々の苦労から解放します」と言って、行うのはまず最初に伴侶の方が取り組むべきことではないかと思います。なぜなら、「苦労」に対する受け止め方、「解任」されたと感じる喜びは女性一人ひとり異なっているからです。
「家族ー世界への宣言」にあるように「夫婦は、互いに愛と関心を示し合うとともに、・・これらの神聖な責任において、父親と母親は対等なパートナーとして互いに助け合うという義務を負っています。」
1960年以前も、それ以降もこのことを実践されて来られた方々は共に日々の苦労を分かち合い、くびきを負って来られたのだと思います。
「Unique But Not Different」購入して読んでいます。とてもわかりやすく、読みやすい図書だと思いました。
そういえば、だいぶ前にMeagan Rainockの名前でオンラインでアンケートがきて、それに返信したことがあったことを思い出しました。
その当時、何のことか分からず、教会からの正式なアンケート調査なのかどうか半信半疑でした。それがこの本として出版されたのですね。
Cyril Figuerresの名前も見えて懐かしく思い出しました。
「日本語要旨」が添えられているのも理解するにとても役立ちます。
回答者が、ほぼ例外なく、末日聖徒として強いアイデンティティを持つ、いわゆる「活発」会員であること、「改宗の問題」、「定着の問題」は本研究の対象外であることを踏まえて読んでいければと思っています。
紹介ありがとうございました。
人によって認識は違うと思いますが、基本「24時間、飲まず食わず」かな?
食べる方はともかく、この猛暑の中「飲まない」と言うのは、人命にかかわることになってしまいます。
「断食は、それぞれの体調を考慮して、内容や時間を決めてください」とか、アナウンスした方が良いような気がします。
高齢者が多い教会ですので、「高齢者が霊柩車に・・」って洒落にならない。
なんか投稿しないと消えてしまいそうなので投稿します。
ちなみに私は、どこかでいつか聞いたと記憶していますので、すでに実施しています。水分、乾パン、飴を少し口にする程度ですけれど。
せっかくNJブログが再開したのに、ざんねんです。
小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
今ひとたびの みゆき待たなむ
これは藤原忠平の歌です。忠平道長の曽祖父だそうです。
「みゆき」は「行幸」の事で「天皇がおいでになる」との意味です。(釈迦に説法キリストに聖句?)
小倉山の紅葉よ、お前に心が有るならば、もう一度天皇がおいでになるまで、散らずに待っていてくれないか・・・。
ブログにて NJ紅葉よ 心あらば
今ひとたびの 投稿待たなむ
藤原の豚長
嵐(荒らし)に負けず散らずに・・・。
え?いやいや。断食日に2食抜くのが定番というか、
結構関東では浸透してました。
オムナイは概ね朝・昼抜いて夕飯がっつりみたいなw
https://www.churchofjesuschrist.org/topics/fasting-and-fast-offerings?lang=jpn
今日の教会では,毎月1回の安息日を断食の日に定めています。
教会員は24時間の中で続けて2食断ち,食べるはずだった食事に
相当する額を助けの必要な人々のために献金します (アルマ34:28参照)。
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