~「区別・差別・人権」の項:前半のまとめ~
【定理1】結果事象Aが「差別事象」と認定されるには、①Aが差別事象である可能性があることと、②Aが生じた直接的な原因(の一つ)として、ヒトBの内心の「差別心」があること、の二つが、③両方とも、認定されなければならない。(※差別認定は、上記3つの必須条件がそろう必要がある。=どれか1つでも欠けたら、それは差別事象とは言えない。)
【努力義務1】差別認定者には、当事者である被差別主張者と差別被疑者のほかに、《公平で合理的な判断ができる(と思われる)第三者》を加えるのが望ましい。(※「第三者」=裁判官、人権擁護委員など。/以上とは別に、要望があれば、各当事者の協力者や弁護人なども認めなければならない。)
【「差別」の定義】(現段階の案)
・差別1=区別+仲間はずし行為
・差別2=特定の集団Aが、特定の属性をもつ集団Bとそれに属する個人B´に対する差別心をもち、B・B´の不利益になる仲間はずし行為をすること。(※今後、「差別心」「不利益」「仲間はずし行為」の定義が必要)
3 「人権」について考える
⑴ 言葉(言語)と現実世界との関係
ヒトが創り出してきたもののなかで、もっとも複雑でやっかいなものは、「考え、思想」。「人権」とは「人権思想」によって定義されるのだから、やはり複雑でやっかいだ。したがって、「人権」については、もっとも基本的なところから考えたい。
① 言葉があらわす(表現する)ものは、なにか? (=言葉の「意味」とはなにか) ~とばし可~
現実世界のすべての事象は、外的事象と内的事象に分類できる。
●外的事象=物(自然物、人工物)+できごと(自然現象、社会現象) ← ヒトが指し示すことができる。→ 人々が共通体験できる。
●内的事象=脳内事象=欲求、感情、{考え:思考、思想など}+{脳内バーチャル世界}。←自分しか認識できない。→ 言葉や映像を使って、間接的に(疑似的に)あらわす(示す)ことができる。
・{考え}+{脳内バーチャル世界}・・・これをとりあえず「思考」と呼んでおく。 (※{ }は脳内の内的事象であることを強調するときに使う記号)
思考は、《さまざまな外的事象を脳に取りこんで創りあげつづけている、自分しか認識できない{世界}》のなかで、{「外的事象」}や{内的事象}を素材に使ってする脳内作業のこと。
※「脳内作業」=思考により新しい{考え}や{世界}を作ること。
/思考が苦手なヒトは、さまざまな脳内作業のほとんどを ”前と同じように”などの ”反射的作業” ですませているらしい。(※現実対処の方法:仕事として、”効率的”ではあり、実際に効率的な結果になるかどうかは場合によるようなので、”反射的作業”そのものがよくない思考だとは言えない)。
”思考の材料は言葉”、であり、”思考の過程や結果を他者に対して説明する材料は言葉しかない” と言われている。
※1 自分の内的事象を表すのに、言葉、映像、音などを材料として使う「芸術的表現」という方法はある。それは「説明」ではない。
※2 「直観」や「直観的思考」と言われる”特殊な思考”では、言葉だけでなく、映像(視覚)、音(聴覚)などの「六感」に関するなにか、を使うらしい。
※3 《言葉をあらわす記号(材料)として使われる「音声」・「文字」そのもの》は、「外的事象:空気の振動というできごと(現象)・物」である。だから、だれでも認知できる。認知⊂認識)
② ヒトAの{脳内世界}と、現実世界(=外的事象)の関係
”ヒトが思うこと” と ”現実” との間には、けっこうくいちがいがある。つまり、ヒトの脳内バーチャル世界と現実世界は、数学のような正確な ”1対1対応”をしているのではない。
(※ヒトBは、ヒトAの脳内世界を直接認識することはできないが、ヒトAが表現(アウトプット)した言葉と、自分:Bが認識した現実世界を比較研究することで、ヒトAのくいちがいが間接的にわかる。あるいは、ヒトBが自分の ”ある外的事象についての認識” について、継続的に比較検証していけば、直接的にわかる。)
つまり、誰の{世界}でも、それなりの個人的な「ゆがみ」(=傾向、偏向、バイアス、意識的あるいは無意識的な”情報変換”、などと呼ばれている)をもっている。
だから、ヒトBが、《ヒトAの{考え}や{世界}》について、できるかぎり正確に知ろうと思うならば、Aが表現した言葉やAの人格・経歴・体験などを材料にして「ゆがみ」を想定しながら、想像したり推理したりする必要がある。
(※他者の言葉は、「解釈」しなければ ”妥当な理解” にはならない。残念ながら、”他人の言葉をなんの疑いもなく信じてしまう人”は、何度も”痛い目”にあっているはず。)
「人権(思想)」は、言葉で表現されている複雑な{(脳内の)概念}なので、理解するのはとてもやっかい。厳密(=原理的)には、そもそも ”一人ひとりちがう” ”個人的な” 考えなのだから。しかも、数百年(in西欧)の歴史をもっているのだから。
~次回、⑵ 西欧世界の「人権」の歴史と現状~
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