世態迷想・・抽斗の書き溜め

虫メガネのようであり、潜望鏡のようでも・・解も掴めず、整わず、抜け道も見つからず

無慈悲変じて正義・・

2022-03-30 | 国々の正義・・・

 

📌

人が人に対して、いかに無慈悲でいられるか、

どれほどの残虐な行いをできるのか、

 

歴史には、その証拠ばかりが並んでいる。

だが、加害に周った人間たちは、言葉を駆使してそのことを糊塗してきた。

当事者でなくても、そうした人間の一面に触れたくない人々も、

それを覆い隠すことに手を貸してしまっている。

 

いま現在の世界の至るところでも、

それは一向に変わっていない。

個人レベルでも、組織レベルでも、国家レベルでも 

その無慈悲は、隠れながら又は平然と横行している。

 

社会はそれをどう抑制できるのか、

世界中の様々な抑制システムが作動はしているが、

その効果が疑われる事態が次々と発生している。

 

人々は、生まれてからから成長するまで、家族の温もりのなかにいる。

同じく社会からは、長い時間の教育を受けている。

良とする生き方の法則を学び取っているはずである。

 

だが、ある場面を引き金に無慈悲な人間に変身してしまう。

その多くは自分が優位に立っている時に、それが顕になる。

そんな弱点がどの人間にも潜んでいる。

その弱点を自分の中でいかに抑制できるか、常に問われる。

 

無慈悲と残虐を支えているのは、生命に対する鈍感さである。

 

それに陥る根源はなんだろう、優位意識からくる強い差別観に違いない。

その反対に強い被害意識からくる絶叫かもしれない。

その抑制が効かなくなると冷淡さと無感覚が一方的に増幅していく。

それを自分の正義と変じている。いや快哉と思っているのかもしれない。

 

 

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良いこと

2022-03-27 | 迷想が誘う寸言もどき

 

📌

人は良いことを考えるし、良いことをする。

優しいし、他人の立場を理解するし、尊重する。

だれも親切であるし、周りに配慮するし、協力し合う。

と、夢のようなことを、少年時代は心底信じていた。

 

ところが成長するにつれ、

そのどれもが、実はそうではないと気づかされる。

少年が信じていた、人の心と振る舞いの像が定まらなくなり始める。

何事か異変を感じた時、人の反応にとてもばらつきがあることを知る。

少年はそれをどう受け止めていいのか判らない。

そのころから長く、少年のものの見方が彷徨い始める。

 

なぜ、あんなひどいことを人は出来るのか、

どんな心の動きであんな恐ろしいことが出来るのか。

人の振る舞いの源を想像できなくなっていく。

 

考え始める。

良いこととはなにか、悪いこととはなにか、

何故良いことなのか、なぜ悪いことなのか。

そんな素朴で、誰にも等しくあると信じていた事柄の内側には、

実は他者から見えにくい野望や攻撃性が潜んでいる。

それが時の事情に応じて、ぬっと現れるものだということを、

知りたくないけど知るようになっていく。

 

それらの事情や潜んでいる欲望を、

他者が透視することなど出来るわけがない。

であるから、良いことは必ずしも良いことではなく、

悪いことも実は悪いことではないかもしれないと思い始める。

 

ものの見方や捉え方は、全く状況に相対的なもので、

絶対的基準というものが、人の考えのなかには、

ほんのわずかしか存在しないことがはっきりしてくる。

 

昨日も今日も、さまざまな社会的な事象は、どれをとっても、

人を破壊しないという価値の順位は、後方においていかれる。

そう意図してないにしても、現実は具体的な実利が最優先される。

人間から人間を守るために、人間集団から人間集団を守るために

様々に戦略というものが編み出されている。

 

かつての少年は、

重層的な社会の現実の課題や状況をとても解きほぐせない、

人間の営みに正解などあるのだろうか。

たくさんの正義と正解が・・・、だから人は”悪いこと”をする。

 

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破壊の知恵だけが・・・

2022-03-11 | 国々の正義・・・

📌

国際政治の争いは、何千年経ってもその収束の知恵が進化していない。


つまるところ、金と火力を背景にして、狡猾で脅迫的で、露骨な圧力をかけてくる。

起こるはずもない戦争が現実になっていく。


多くは、一方が戦争状態になるように仕向けている。

言い分などなんでも有りで、相手のせいにして強弁する、見え見えの常套手段である。

こういう時の外交戦は、非難合戦であって、事態の収拾にはほぼ無力である。

興奮にした戦争当事者は、すでに難聴になっている。


聞きたい情報しか聞こえない耳になっている。

この世紀も、これまでの世紀と同じにやはり、

国際や宗教や民族の間で紛争が絶えないのだろうか。

狂気の先には、核の恐怖と絶望が待ち構えている。

破壊の知恵だけが進化している、

それが人間社会の辿りゆくところではないと信じたい。

 

サプライチェーンの相互依存、情報技術の共有など、

世界が新しい環境と課題に挑んでいる21世紀にあって、

隣国に軍事力で、露骨な脅しを仕掛けたロシアは、

世界の潮流に対し、後ろ向きな姿をはっきり見せた。

世界がいつか来た道を再び、野望と恐怖心を自ら増幅させて、

自国領土に一歩も踏み込んでいないウクライナに、大規模な攻撃をかけている。

暴力剥き出しの破壊で、自己陶酔の正義を振りかざしている。

 

 

 

 

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トップの意思

2022-03-01 | 国々の正義・・・

📌

どんな政体であろうとトップの思考と決裁に国の行方が委ねられてしまう。

一国のトップの判断は、緊急な事態にあるほど、その見識と能力が問われる。

時として、思い込みの強い戦略や拘りが、狭隘な戦術に偏っていき、

或いは政治家の野望が露骨になって、

事態はたやすく一変する、悲惨な政治的決裁となってしまうことがある。

 

強権プーチンのロシア、習近平の中国一党独裁はよくそれを暗示している。

彼らのなかに個人的な冷徹な野望が、必ずや潜んでいる。独裁者たちの共通項だ。

 

例え、野望や策略や感情が過多で、まるで賢明な判断でなかったとしても、

トップの決済は、国家の組織力を背景に強権を発揮する。それが権力だ。

疑問や惻隠をないまぜに官僚組織もこれに追従していく。

愚かな決裁であっても、社会全体が愚かさをも政治の遂行だとして従わさせられる。

一政治家が、まさに独裁的な判断者になる。賢明な決裁であるのか否か。

 

 

我が国では、第2次世界大戦終了後、58人が我が国の首相職についた。

直接選挙で選ばれたわけでなく、

いずれも党派の相克の末に捻り出された首相たちである。

一国の首相たる能力と見識が、その政治家にどれほど備わっていたのか、

計りようがない。国民は全く関われない。預り知ることができない。

だが選ばれた人は、あたかも国民に選ばれたが如くに振る舞い始める。

 

振り返れば、58人のなかで国民にその仕事を知られている首相は多くない。

講話条約と吉田茂、安保条約と岸信介、池田勇人と所得倍増、

佐藤栄作と沖縄返還、列島改造と田中角栄、民営化や年金改革と中曽根康弘、

郵政民営化と小泉信一郎、政治に疎い者としてはそれぞれの功罪をおいても、

印象に残ってるのはそんなところだ。

あとは、そういえば、そんな元首相もいたなという程度だ。

国民から遊離した尺度で選出される首相たちだから、印象は薄い。

 

最長内閣の安倍晋三にはTPPがあるが、憲法改正も一部だけに拘るなど、腰が座っておらず、

もりかけさくらマスクなど、お粗末な公私混同や愚策ばかりが目立った。

最長内閣といっても、世界趨勢のデジタル化に緩慢で、その戦略性も具体化も推進力も

欠如していた。IT技術の充実は、すでに国家力を示すという認識を持てなかったようだ。

貧しい先見力だ。9条削除ばかりに目がいく国家防衛が笑わせる。

政界のプリンスと祭り上げられてお山の大将を気取り、首相の座に長くいたものの、

日本社会にいかなる建設的な変革をもたらしたか、その見識と能力は無残である。

国会での答弁ぶりに高慢さ丸出し。心構えを知らない横綱みたいだった。

この一派に多くの党員が参集しているということこそ、議論や異論を殺してしまった。

日本を世界から置いてきぼりにさせた安倍内閣ではないかと。

 

政治家たちは、意図的に何かを見ようとしていない、そうも思う。

自分の選挙力や集合力だけを優先することが、政治家たる仕事なのだろうか。

 

野党力が日々減衰している今日、

国民によく見える議論が、日本の政治にますます失われていくのではないかと、

大いに不安である。

岸田政権は何を成すのか、やはり党内バランスだけに終始するのだろうか。

 

 

 

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