福島原子力発電所の事故から1年、内外のメディアに事故に関連するニュースが多い。海外では、ニューヨークタイムスの「福島の事故は避けられたのではなかろうか」、ABCテレビの「日本は原子力規制システムに何ら改善を加えていない」など批判的なものが見られる。これに対して、日本の新聞、テレビ番組から受ける印象は、政治家、原子炉専門家、メディアが、福島原子力発電所事故の教訓を真摯に受け止めていないということである。
福島原子力発電所事故の最大の問題点は、燃料のメルトダウンに起因する放射性物質の撒き散らしである。もし燃料が運転時の位置に置かれたまま冷却停止状態が実現したならば、放射性物質の撒き散らしもなく、事故は東京電力の問題で日本政府の問題にならなかったはずである。発電所周辺から多くの人々が避難する必要もなかったであろう。原子炉事故で絶対に避けるべきは、放射性物質の撒き散らしである。護るべきなのは周辺住民であって原子炉ではない。今回の事故で撒き散らされた放射性物質の量は原子炉内に含まれる放射性物質の数%に過ぎない。これがもしその2倍、3倍であったら、その被害はますます深刻なものであったろう。
今回の事故で、もし非常用発電機が水没しなければ燃料のメルトダウンなしに冷却停止状態に持ち込めた可能性が大である。そもそもアメリカで設計された原子力発電方式をそのまま地震国日本に持ち込んだのが今回の事故を誘発した根本的原因であろう。原子炉が制御不能に陥ったとき、まず制御棒を戻して核反応を停止しかつ燃料棒を水冷し続けるという基本的な操作を維持出来ない可能性がある原子炉を、地震国の海岸で運転し続けていたことが問題なのである。
アメリカ、EUでは、福島原子力発電所事故後いち早く原子炉安全対策に関して検討し、膨大なレポートを発表した。いずれも福島と同様な地震・津波が発生する可能性がないとしながら、その他の要因による事故対策を詳細に検討したものである。今回政府が発表した事故発生後の議事内容報告書をアメリカの原子炉安全対策レポートと比較しているテレビ局もあったが、日本では原子炉安全対策に関する政府・有識者による検討は全く行われていない。日本では、原子力安全・保安院が各原子力発電所に緊急安全対策を講じるように命じ、その回答を原子力安全・保安院が検討したものが緊急安全対策としてまかり通っている。両者とも原子炉推進派であるので、その結果は当然既存の原子炉の存続を前提としたものになっている。多くの原子力発電所では、非常用発電機が水没する可能性はあるが、非常用発電車で代行出来るという。メディアも専門家もこれに対してなんら疑問をはさまない。
いつどこで大地震・津波が発生するかわからない地震国日本での原子力発電所安全対策は、欧米のものと本質的に異なるべきである。東京電力は想定外の津波が発生したと言い訳の材料にする。今回の事故を教訓に日本の原子力発電所がとるべき安全対策は、震度ならびに津波の高さの想定値を過大にとり、その上で燃料が運転中の位置に存在したままで冷却停止状態に持ち込めることを最優先にするべきである。そのためには恒常的非常用電源・給水システムを何重にも確保する必要がある。
原子力安全・保安院が行った大飯原子力発電所のストレステストの結果も満足すべきものではない(2/1参照)。その報告によると、全く安全なのは津波の高さが4.65メートル以下の場合であって、それ以上の津波の場合11.4メートル以下では補機冷却水が、11.4メートル以上では全冷却水が止まるという。恒久的非常用電源の必要性を認識しているようではあるが、目下準備中とある。当面は非常用発電車で代行するとあるが、非常時にうまく通用するものであろうか。しかも、4.65メートルと11.4メートルとの間は、緊急安全対策として実施した扉や貫通部のシール施工によって保護されているに過ぎない。11.4メートル以上の津波では、福島原子力発電所の事故と同様の災害を受ける可能性がある。IAEAのお墨付きを得たと報じる日本の新聞もあるが、ニューヨークタイムスによると、IAEAのスポークスマンは「危険性と安全性とを天秤にかけて再稼働するかどうかを決めるのは日本政府である」という(2/1参照)。この言葉は、この原子炉に危険性が潜んでいると明言しているのにほかならない。
メディアは原子力安全・保安院の発する情報に全く疑問をはさまないのは何故だろうか。科学技術に弱いのか(9/3,4参照)または官僚に弱いのか。メディアは専門家とともに大飯原子力発電所を調査し、シール施工がどのようなものかまた非常用発電車がどのように設置されているかを報道すべきである。もう一つ、日本の専門家やメディアに関心が薄くアメリカの専門家やメディアが心配しているのは、地震国日本の原子力発電所の燃料貯蔵プールが建屋の高い階層に設置されていることである。運転停止中の原子炉であっても、地震などによりその冷却が止まると今回の4号炉事故と同様放射性物質が撒き散らされる可能性がある。あるテレビ番組で新潟県知事がこの点を指摘したとき、同席していた専門家もメディアキャスターもその発言を無視してしまった記憶がある。
ある原子炉専門家が、太陽光発電や風力発電が安定性に欠くことを原子力発電所再稼働が必要である理由に挙げていたのを記憶する。この態度は容認出来ない。不安定な電源に対する対応措置は揚水発電所などほかにもある。どのように措置するかを決めるのは政府の責任だ。原子炉専門家は、科学者・技術者として「万全の安全対策をとったから再稼働しても問題ない」と言われなければいけない。そう言えるようにすることまたは提言することが科学者・技術者の責任である。いわゆる原子力村の専門家たちは、他の発電方法と比較して原子力発電が有利であるとしか言わない。
原子炉専門家に対するもう一つの不満はもんじゅ(9/16,11/22,2/13参照)に関してである。もんじゅはナトリウム冷却型高速増殖炉で、我が国はもんじゅを実証炉としこれが成功すれば何台かのナトリウム冷却型高速増殖炉を建設しようとしている。しかしながら、冷却材ナトリウムが漏えいしたナトリウム冷却型高速増殖炉は水冷不可能である。水とナトリウムが反応して爆発を起こすからである。ナトリウム冷却型高速増殖炉は地震国日本で建設することは許されない。それにも関わらずもんじゅ計画を中止すべきであるという専門家がいない。
政治家、官僚、原子炉専門家は、福島原子力発電所の事故を教訓に、地震国日本では、原子力発電所に特別な配慮が必要であることを認識すべきである。地震が起こらない国への原子炉の輸出は許されよう。日本で再稼働してもよい原子炉は、少なくも海抜30メートル以上の土地に建設された原子炉、または水没の可能性がない場所に非常用発電機・水冷システムが設置された原子炉であろう。もちろん原子炉本体は出来るだけ新しいものでなければならない。このようにすれば周辺住民の理解が得られやすいであろう。
日本の原子炉専門家は、いつまでもアメリカ発の現在型熱中性子原子炉やナトリウム冷却型高速増殖炉にしがみついているべきではなかろう。強い地震にも耐え得る熱中性子型原子炉や高速増殖炉の開発を目指すべきであろう。アメリカでは、計算機上ではあるが新しい型の原子炉SMRやTWRの開発が進められている(2/13参照)。後者は高速増殖炉の役割も果たすもので、Toshibaもこの計画に関与している。
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