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日頃のあれこれ

日頃の思いやマンション管理について書いてみます もうすぐ禁煙も11年を迎えます。

結果は左上腕骨粉砕骨折

2012年04月30日 | 日頃思うこと
結果は左上腕骨粉砕骨折ということで、全身麻酔での5時間に及ぶ大手術となりました。
ねじ14本 人工骨チタンプレート の大手術でして、まだ痛いので自宅リハビリ中です。

退院が早かったのは入院環境がらみて帰ったほうがよかったから、かな?

でも右手 両足は無事なので先週末から仕事へも復帰(手は釣ったまま)完治には
当分かかりそうですし、肩は70%しか戻らないそうで身体障碍者になりそうな見込みです。

みなさんもけがには注意してください。脳出血後2年でまた入院する羽目になるとは思
わなかった、、、。

大コケしました

2012年04月12日 | 日頃思うこと
せんぱいといっぱいやって帰り道に駅で濡れていた階段を踏み外し、前のめりに転倒して体を支えた左肩を骨折、顔面を強打して大出血して救急車で徳州会に搬送されました。歩けるので痛み止をされて一旦帰宅し明日整形外科の外来にいくことになりました。写真で見ると肩のつけねの骨がおれているのでどうなるかわかりません。手術が必要かもと言われましたが今は家で寝ています。右手は動くのでメールできます。左は指や手首は動きますが腕はいたくてダメです。顔面の出血は止まりました。以上です。

暖かな心になった日曜日、、映画:オーケストラ

2012年03月25日 | 日頃思うこと
 暖かな心になった日曜日、、かな?

昨日、今日とマンションの映画会を主催。
今日午後にやった、「英国王のスピーチ」と「オーケストラ」 ・・・良かった==

特に、オーケストラの最後の演奏は涙がでて(止まらなくて)困った、

何に感動したのか? 音楽に、、、としか言いようがないほど感動した。

家で小さな音で見たときはそれほど感動しなかったが、生のコンサートと同じほどの
音量と空間を感じられる場で見ると、まったく違った、、別物だった。

その場で聞いているほど、、そして素晴らしかった演奏時に感じるものを感じることができた。

とてもいい休日で、こころが洗われたような気がした。

マンションの友人たちがいつも手伝ってくれるのでやれる映画会、みなさんに心からの感謝!です。

脳出血から早1年と3か月。

2011年11月08日 | 日頃思うこと
 気が付けば倒れてからもう1年と3か月、まだ1年と3か月でもありますが、
 何とか生きています。
 
 退院時に言われたように、日常生活には何の支障もありませんが
 仕事上のミス、長文を論理的に書く能力が落ちた事など、
 年齢のせいか病気のせいか、はたまた相乗効果か、、、、
 能力が落ちてきたことを自覚せざるを得ず、さみしい限り、、
 思い出せないことも最近増えてきて、、老化か、、、
 
 脳の欠損(死んだ細胞は戻らなくて、代替機能に頼るしかない)
 のせいにしたくはないが、何となくバカになったなあ、、と
 思うこのごろ、、、、

原子力発電

2011年03月31日 | 日頃思うこと
原発は「危険なもの」だけど注意して扱えば大丈夫。と、周囲には言ってきた。

だけど、こういう事態になってみれば扱い損ねた時のリスクが
現実化するという想像力がなかったことが悔やまれる。

<>「直ちに健康被害が出る線量ではありません」??
=累積すると体に影響が出ます。
 時間当たりの線量を年あたりの線量と比較する詐欺に近い政府と専門家。
 たとえば時間あたり7マイクロ(飯館村)年にすると61ミリシーベルト
 一般人の年間制限の61倍! 職h超人は100ミリだけどね。
 まあ、即刻退避とは思わないけどずっと住むって不可能だと思う。(線量が減らなければ) 
 
<> 「冷静に行動してください」
 =自分で線量をカウントし(想像し)危ないと思えば自己責任で行動してください。
そのままいて将来影響が出ても、冷静に行動してくださいとアドバイスした政府は責任を果たしています。自己責任です。

今の政府はこういう詐欺的なセリフをう言ってると思います。

関東が今すぐ退避エリアという数字ではないけど、注意深く見ていないといけないと思います。

大みそかになりました。

2010年12月31日 | 日頃思うこと
今年は、脳出血という思いもよらない大病をして、
危うく三途の川を渡りかけましたが、無事に
Uターンして、今日を迎えられました。

思えばありがたいことです。

半年前から禁酒してましたが、明日(1月1日)解禁する予定で
シャンパンを用意しました。

新しい年を迎えられたら、お祝いということです。

初詣はとても寒そうなので今日、寒川神社にいって
お礼のお祈りをしてまいりました。

来年は生き方を変えて、と思いながらおみくじを引きますと

「狭いかごから解き放たれたような快適な
 状況になります。苦しかったことから
 解放されますから人のために生きなさい」とありました。

自分でもそう思ってたところですので納得しました。

1年間 皆様 ありがとうございました 来年もよろしくお願いします。

脳出血を起こし、しかし、そこからから復帰した年でした。

2010年12月26日 | 日頃思うこと
脳出血で入院しました。リハビリを兼ねて、記憶や携帯メールを参照しながら入院から退院後までのメモを作成。
(発症日)
8月1日(日曜) 午前10時過ぎ車で平塚図書館へ向かう。図書館で、CDを選択しているときに左唇から涎が糸を引くように垂れるのを知覚、(おかしい、これはなんだ?)
また、左手に力が入らないことも自覚。しかし、そのまま運転して、近所のスーパーへいわれた買い物をしに行く。ここでも左手に力が入らず、何度も籠をおとす。帰宅中にも買い物をおとして、(おかしい!)ことを実感。帰宅後、言葉が正常に言えなくなっていることを家族に伝える、症状を入力してgoogleを試みるも、入力がうまくできず。その後、寝不足を指摘され、無呼吸のC-PAPを装着して2時間寝る。その後、光線治療器で2時間治療。やや症状は好転。家族が病院へ行こうというも拒否する。その後、空腹を覚え、自分でラーメンを作って食べる。そして、夕食、入浴して就寝。(知らないとはいえ無謀の極み)

8月2日、(月曜)出勤するも、キーボードがまともに打鍵できず、誤字がいっぱい。上司からは帰宅して病院へ行けとすすめられる。自分でもこれはおかしいと思い昨日よりよくなってはいたので、近傍の脳外科を探して、夕方自分で運転し家内を連れて受診。その場でMRIを撮影され、3センチ大の脳出血が発覚、即刻徳洲会病院へ紹介となる。職場に脳出血していることを電話。医師から運転を禁じられたので、家内の運転で徳洲会病院へ。外来で待っていたら、ERへ呼びこまれて、即刻絶対安静、臥床を命じられる。血圧(191/155)脳出血の患者が歩いてきて画像まで持ってると医者がびっくり。トイレも禁じられて尿瓶を使う羽目に、、、最新鋭の320列CTで再度撮影され、即刻入院となる。しかし、言葉はしゃべる(症状は治まってました)反応はする麻痺はない、、で医者は??状況(しかし最低1週、長けりゃ3週間入院と宣告、、ゲッ!)そうなると人間は弱いもので、ぐったり、点滴3本(降圧剤、脳圧降下剤ほか)を繋がれて重病!しかし、看護師の目を盗んでベッドで携帯を操作、友人たちに入院を連絡。その後寝る。しかしその夜は呼吸が浅くなり酸素吸入となる。強い降圧剤があっても血圧なかなか下がらず。
意識はあったが、もうろうとしていたような気がする。
8月3日。(火曜)目が覚める。主治医(神経内科のボス)から診察、後遺症なしで復活できそうなことをおしえられ、尿瓶からポータブルトイレへと介護付きでちょっと動けるようになる。また、リハビリも開始され夕食から食事が始まる。ただし、ほとんど食欲なし、でも携帯はいじくりまわして、あちこちとメール。家族へ交換用バッテリーを依頼、点滴が24時間、血圧測定も頻回で眠れず、昼間もうつらうつら、、おかゆが360gと大盛りでびっくり。まあ、人と会話すると疲れて血圧が上がり、ねたまま状況。職場から上司が来る。家内が職場へ当分休むようになることを連絡したようだ。実家の弟へもメールした。
夜間のナースコールの多さにびっくり、呼ぶのが気の毒になるくらい、、、激務だ。
まだ、安静でテレビも見ることができない。小型ラジオを置いてひっそりと聞く。
8月4日(水曜)
看護師から「食事ができないと、点滴が終わらない」と脅されて朝食から全部根性で完食。
入院3日目となり、やっと便秘が解消。今日夕方も会社の友人が来てくれた。家内に家からC-papを持ってきてもらって、寝られるようになる。その夜は熟睡したみたい。
点滴(利尿剤)のせいでやたらのどが渇く

8月5日(木曜)。病室内は点滴を引っ張ったまま、動けるようになる。地域の友人たちからくるメールを楽しみにする。リハビリで少しずつ動くようになり、車椅子でリハビリ室に搬送され、パズルのようなものをやらされる。結構難しい。最後のほうはやっとできた。
食事は相変わらず完食。血圧は127/67 健常者よりやや注意力が落ちているとのこと。
いずれもとにもどるよ思うので心配しないでとのリハビリの杉森先生の言葉
会社から友人が来る。お見舞いをいただきお花ももらう。

8月6日(金曜) トイレまでの歩行が解禁。やっと動ける。(点滴はまだ継続)
さっそく嬉しくて、あちこちにメール 血圧が上がる。今日は、歩いてリハビリ室へ移動。
食事は相変わらず完食。かなり元気になったと看護師にも言われる。

8月7日(土曜)学生時代からの友人が見舞いに来てくれた。夜は茅ヶ崎市の花火大会で、寝たまま花火を見る。こういうシチユエーションでなければ贅沢な話、、、

8月8日(日曜)降圧剤の点滴が終わる。さっそく血圧が上がってきて、リハビリ中止になる。上が150/99 脈拍も101  なんで? 北村さんが来る。
ただ、連続点滴の跡が炎症を起こして痛む。静脈炎と先生に言われる。

8月9日(月曜)stによるリハビリ&テスト続く。
絵の間違い探しはあまりできない。注意力低下か、、、?言葉系のテストはばっちり。Stより上の成績みたい、、、職場から部長がお見舞いに来訪される。

8月10日(火曜)朝の回診で翌日退院の許可が出る。友人たち&家族へメール。

8月11日 (水曜)退院。血圧管理、食事制限、しばらくの安静など条件付き。
絶対再発させないよう管理が必須。

8月12日から15日自宅で静養ほとんど何もしなかった、動いたりPC触るとまだ疲れる。

8月16日 (月曜)退院後 初通院(やっと外出)血腫は8.・7(入院中)のCTより
縮小していて、主治医からも回復は順調といわれる。帰りにちょっとだけ運転し、できることを確認。友人たちに少し良くなったメールを発信。

8月17日から18日 自宅静養中300m先ローソンまで行っただけで疲労。まだだね。

8月19日 職場からメール。電話で返信。9/3から復帰予定だが疲れそうな予感。

8月20日 動くことがリハビリと勉強、マンション周りを散歩し、事務所へ顔をだした。
自分で運転してガソリンを入れ、洗車して帰った。もっと動けるようにならないとね。
キーボードのリハビリはこれからも必須ですね。まだ完全ではありません。

8月23日は藤沢へ通院。8月28日は東部病院へ(バスで行けとさ)8月30日徳洲会と県の循環器センター(病院だらけだ)

9月3日はどんな顔していけばいいやら、、、

デスクトップPC更新の顛末(まだ終わってないけど)

2010年07月30日 | 日頃思うこと
家のデスクトップPCが、あまりに遅くなったたので、(起動後つかえるまで20分!)思い切ってリプレースすることにした。2002年春からだから8年以上無故障で動いてくれたことになります。

で、WINDOWS7にして、新しいPCが来たまでは良かったのですが、、、

まず、「電源を入れたら、ガラガラガラとファンが当たった音が、、、、!」
で、早速販売店に電話したら、「その現象が起きることはそのケースの場合あることでして、、、で部品の一部を外し、やすりで削ることで治ります、、、!」さすがにびっくりしたが最近こういうことは多いのでまあ、そういうものかとやってみた。しかし、不器用なのでケースの爪を折ってしまい、販売店に取り替えるためのふたを送ってもらうことに、、、、(やれやれ)

で、立ち上がりまして、転送ツールで前のPCからデータのお引っ越し。
さて、メール、ウイルスソフト、オフィスは順調にインストールしまして、周辺に移ったところでいろいろとトラブルが、、、

まず、音楽プレーヤ(東芝のGigabeatというもう作っていないのがメイン)の
ソフトが動かない、、が、これはVISTA対応のCDを思い出して何とか解決。

次は電話、、、今までISDNを使い続けたけど、とうとうTAにアクセスできなくなった。昔のXPブックを持ち出して、シリアルポートをつくるソフトとケーブルをつないで、何とか少し動くけど、もう限界、、、ということで、NEKO2も遅ればせながら、Bフレッツのひかり電話に変えることになりました。
ISDN歴は、1996年からだから14年か、TAは3代目ですね。
災害対応を考えると、?だったけど、携帯 無線 Eモバイルとあるので
もう要らないか、、となりました。

その他のソフトも動かないのが結構、、(Win7 64ビットなので)あります。
まあ、この際リニューアルしましょう、、、夏休みはこれでつぶれました。

明日は交通量調査で地域活動です。古いパソコンのHDDを外して、ごみに出さないといけません。メモリーと基盤類も外すかな? のNEKO2でした。

ps:新しいマシンは6コア、8GB、2TBってわけで、早いことは早いです。
使いこなすのはこれから、、、ちなみにコストダウンで、ディスプレイ、キーボード、マウスは昔のままです。移行用途で1980円のキーボードを買ったけど、PFUのHAPPYHACKKINGとは比べてはいけないみたい、、、できればディスプレイは
新しくしたかったけど、、、当分は我慢です。

一周忌です

2010年06月25日 | 日頃思うこと
早いもので、母が亡くなって1年がたちました。
で、今週末は郷里で一周忌。

 母の葬儀でお寺の住職とお会いし、「ご無沙汰しております」
 とご挨拶して、祖父の葬儀以来で30年ぶりであったことを
 教えられ、時の流れを実感しました。

 考えてみれば30年、一所懸命に走ってきたような気がします。
 ここで一区切りということかも?と思いました。

 そしてこの1年、生きているってことはありがたいことだなあと
 つくづく思いました。1日1日が「生かされている」っていう
 実感があるような気がします。

 そして、周りの人々とのつながりもまた、ありがたいこと
 と思うようになりました。

 父が亡くなって43年。時間が流れるのは本当に早いものです。

プレ アルコール依存

2010年06月01日 | 日頃思うこと
もう数年前から、飲みに行くと、とことんまで飲んでしまい、記憶が飛んだりすることが
増えてきていた。先日も、祝賀会で飲みすぎて、記憶がなく、かえってきてから翌日に
結石の痛みが起きて2日間寝た。

さすがにおかしいと思っていろいろ調べたが、どうも「プレ アルコール依存」といって
間違いないらしい。ドクターに相談してみたら、「間違いないです」とのご託宣

このままいけば本当の「アルコール依存症」が待っているようです。

ということで、アルコールは「卒業」することになりました。