電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

『父親が教えるツルカメ算』

2006-09-10 21:09:10 | 子ども・教育

 新潮新書のベストセラーに藤原正彦さんの『国家の品格』があるが、この三田誠広さんの『父親が教えるツルカメ算』というのも、同じ新潮新書であり、しかもこちらは、藤原さんが、国家の品格の基礎作りになるいわば人間の品格の基礎として国語力をあげているのと対照的に、作家が「算数」の大切さを説いている。数学者が国語を持ち上げ、文学者が算数を持ち上げているところが、とても面白い。三田さんは、藤原さんのように国家などと言うことは持ち出さないで、忙しいサラリーマンの父親が、子どもとどう付き合ったらいいかを説いている。そのツールとして、算数があり、ツルカメ算があるというわけだ。

 ここで、三田さんが「ツルカメ算」ということで算数を象徴させているのは、算数を通じて培われる論理的思考力の大切さである。私には、武士道などを中心とした日本的な情緒を核に据えた国語力より、和算に代表される論理的思考力のほうが、分かり易いと思った。藤原さんは、ある意味では数学者としての論理的思考力を使って、国語力の大切さを強調しているが、三田さんは作家としての感性を上手く使って、算数の面白さを説いている。

 算数は、ただの計算問題ではない。たとえばツルカメ算というものがある。ツルとカメの合計の数がわかっている。足の数の合計もわかっている。そこから、ツルの数、カメの数を求める問題である。
 これを解くためには、全部ツルだと考えるか、全部カメだと考える。そういう極端な想定をしてから、最終的な結論に近づけている。こういう思考をたどって正解にたどりつくためには、「シミュレーション能力」といったものが必要だ。
 算数は、シミュレーション能力を鍛える。(三田誠広著『父親が教えるツルカメ算』新潮新書/2006/7/20、p11・12より)

 三田さんは、この本で、ツルカメ算のほかに和差算、差集め算、ニュートン算、ソロバン、流水算や図形の世界まで、およそ24種類の問題を取り上げ、とても面白く解説してくれる。ここで、三田さんが強調していることは、中学校に行ってから「数学」というものを習う前に、これらの問題を解くことの面白さと大切さであり、論理的思考力を鍛えることへの有効性である。確かに、ツルカメ算などは、連立方程式を使えば、簡単に解けてしまう。しかし、それでは、論理的思考力が養われない。こうした問題は、現在の小学校の教科書では出てこない。そこが問題でもある。

 三田さんは、自分の子どもの中学受験に関わったことがあり(『父親学入門』集英社刊/1995.10.30)、私立中学の入試問題を研究したり、塾の勉強を研究したりしていて、そこで算数の問題の面白さを発見したようだ。長男を公立中学校に行かせ、次男は私立中学校に行かせるという経験を経て、三田さんは学校の在り様を自分の体験と比較しながら理解している。『父親学入門』は10年前の本だが、そこで彼が考えていたことは、今でも十分通用している。そこで、彼は、「中学受験の効用」ということで次のように述べている。

 多くの人々は誤解しているのではないだろうか。中学受験というのは、決して苦行ではない。一種の知的なゲームのようなものだ。子どもというものは、知的好奇心をもっている。知性を刺激すれば、目を輝かせて、新たな知識を求めるようになる。
 それに、子供は自然な向上心をもっている。以前は出来なかった問題がうまく解けるようになると、それは子供にとって大きな喜びとなる。お金で買える玩具やゲームがもたらす喜びとは本質的に異なった、本物の喜びだ。
 中学の入試問題は、実にうまく工夫されている。なぜかと言うと、私立中学は、知的好奇心をもった生徒を必要としているからだ。知性がないのに塾で無理にマルバツ式の暗記だけをした子供では、太刀打ちできないような、深い問題を出す。
 そういう問題がうまく解けたときの喜びは、計り知れない。(『父親学入門』p151より)

 この三田さんの考えは、10年経った今もぶれてはいない。三田さんは、小学校の高学年という時期に論理的思考力を育てることの大切さを訴えているが、もちろん、それ以降も論理的思考力は常に鍛えていないと退化してしまうに違いない。私は、『父親が教えるツルカメ算』中の問題を考えながら、久しぶりに興奮した。というわけで、せっかくの休み、5年生の息子に、いくつか問題を出してみた。

【問題⑤】神社の長い階段で、太郎君と花子さんがジャンケン遊びをしました。勝った人は階段を5段上り、負けた人は2段下がるというルールです。25回ジャンケンをした結果、太郎君は花子さんより、35段上にいました。太郎君は何勝何敗だったのでしょうか。(『父親が教えるツルカメ算』p51より)

 この問題に対して、息子は少し考えて、ツルカメ算だということに気がついて、すぐに解けた。三田さんが言ったように、太郎君が全勝したとしたらという仮定をして計算してから、実際の結果との差を出して解いていた。そのほかのツルカメ算に類する問題や、差集め算というのは、図を書きながら解いていたが、おそらくその解法は塾で習ったものに違いない。三田さんもそうした図を使った解法について触れていた。しかし、次のニュートン算というのはダメだったようだ。私と同じように、ヒントを言われるまで、わからないようだった。

【問題⑫】一定の面積の牧場があります。ここに牛を20頭入れると8日で草を食べ尽くしてしまいます。25頭入れると6日で草を食べ尽くします。では牛を45頭入れると、何日で草を食べ尽くすでしょうか。

 実を言えば、私は説明されるまで、これが全くわからなかった。草は、毎日生えているのであって、1日に少しずつ増えているということに気づかなかったので、三田さんが言うように、私は迷路に入り込んでしまった。それにしても、私は、ニュートン算という名前があることを知らなかった。なぜこれをニュートン算というのかについて、常に一定に草が生えていくというところが、常に一定の力が働いている「重力」に似ているからだろうと三田さんは言っているが、塾ではこうした問題が色々工夫されて子どもの論理的思考力を育てるために勉強させているらしい。方程式を学び、いろいろな変数を数学的に処理して答えを出すということに慣なれてしまうと、こうした問題が方程式を使わないで解けなくなってしまう。

 ここに紹介されている24問だけでも、かなりの脳のトレーニングになりそうだ。5問程息子にやらせたが、かなり楽しそうに挑戦していた。ひょっとしたら、息子のほうが私より柔軟な思考力を持っているのかもしれない。三田さんは、この本を書くにあたって、啓明舎という塾で算数を担当されている後藤卓也先生の『秘伝の算数』(東京出版)というシリーズを参考にしたといっているので、私も読んでみようと思う。「脳を鍛えるドリル」よりは面白そうだ。普段は、口げんかばかりしているダメな親子だが、今日は久しぶりの知的な対話だった。三田さんに感謝。

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