電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

「ご入会ありがとうございます」というポップアップ画面

2010-10-24 14:49:58 | デジタル・インターネット

 あるアダルトサイトに行って、そこでダウンロードボタンを押したら、突然「ご入会ありがとうございます」というポップアップ画面が出て来た。そこには、「御入会お手続きが完了してあります。」と書かれ、ご丁寧にも「この度は有料アダルト動画サイトにご契約頂き有難う御座います。御入会に伴い料金が発生しておりますので、上記確認ボタンからご契約内容等の詳細をご確認ください。」という。勿論、確認のボタンは、クリックしないで、右上の終了ボタンを押して、消した。当然、放っておいていいと思ったが、数分経つと、同じポップアップ画面が出て来る。これが、消えてくれない。

 そんなサイトなど見るべきではないと言われれば返答のしようがないが、時にはそういうものを見てみたいと思うときがあるから仕方がない。私は、聖人君子ではないので、ゲームに熱くなったり、アダルトビデオを見たりする。そういう点では、あまり自分に自信がない。昨日も、自分に課したルール(1日2勝か2敗したら、その時点でネット碁を止める)を破って、3連敗してしまった。かなり前に、休みの日に熱くなって、8連敗したことがあるが、昨日は一応3連敗で止めた。と言うような心境で、ちょっとばかりアダルトサイトを覗いてみて、引っかかってしまった訳だ。まったく、自分が情けなくなる。でもまあ、そこが、私の若さ(?)だと思って、納得していたりする。

 ところで、このサイトは、まず、自分が未成年かそうでないかでクリックしないと次の段階に行けない。そして、また、その次に、ビデオをスタートさせるボタンをクリックするという仕組みになっていた。少なくとも、私は、このサイトで、2回は、クリックした。すると、問題のポップアップ画面が出て来るのだ。とても巧妙だが、ひどいなと思うのは、ビデオはまったく始まらないと言う点だ。もし、かなり面白いビデオが見られるのなら、ひょっとしたら、お金を払わなければいけないのではと思うかもしれない。しかし、この場合は、ビデオも見ていないので、そういった罪悪感はまったく感じない。むしろ、ひどいサイトだと思うだけだ。私の知っているサイトでは、面白いサンプルビデオがアップされていて、もっと見たくなったら、入会してくださいと言うのが普通だ。

 さて、このポップアップ画面は、IEのツールから、履歴やクッキーを削除しても消えないし、再起動しても消えない。Windowsを立ち上げていると数分すると、また出現する。実にしつこい。もし、本当に申込をしてしまっていて、このまま放置していたら契約違反になると思い込んでいたら、確認ボタンを押したり、多少ならお金を支払ってもいいと思ってしまうかもしれない。実際、ネット上にいろいろな情報が載っている。ネットで「ご入会ありがとうございます」と入力してググってみるととても興味深い。

 いくつか有益なサイトがあったが、Yahooの知恵袋は、少し問題だと思った。確かに、回答の中に、「tsuruokakotaroさん」という人が「退会して必要に応じてお金を払いましょう。そのあと消えなければ、いやだと思いますが、リカバリーしましょう。」というものがあり、ベスト回答がそれに対する批判という点では、それでいいのだが、無料のスパイウエア駆除ソフトをダウンロードしてきてインストールしなさいというのは、よくないと思う。それは、別の危機に直面することになるかもしれない。特に、PC初心者にはよくないと思った。

 どうしたらいいかという点については、一応の回答としては、こちらのほうが、適切だが、こちらはこちらでおそらくPC初心者には理解できないと思われる。こうした場合は、本当は、よく知っている先輩に聞くとか、専門家に相談するというのがいちばんいいのではないかと思った。「マジプラ豆知識ブログ」というのは、多分専門家と思われる人のブログだが、なかなか適切な対応だと思う。また、こうした問題をIPAでは、「ワンクリック不正請求」に関する相談として報告しているが、なかなか大変な問題のようだ。

 さて、私は専門家ではないが、以上のような、サイトを参考にして一応問題を解決したので、何かの参考になるかもしれないし、自分の覚えのためにも、ここにまとめておく。

 何かトラブルが起きたときのツールとして、「Ctrl+Alt+Del」(タスクマネージャの起動)があるのでこれを利用する。まず、問題の画面になったとき、タスクマネージャを起動してみた。すると、すると今動いているプログラムが出て来る。分からなければ、その場で、先ほどのポップアップ画面を消してみる。そうすると、状態が変化する。そして、問題のタスクを選択して、プロセスを見てみる。そうすると「mshta.exe」というプルグラムが動いていることが分かった。でも、「mshta.exe」はWindowsの標準プルグラムであり、それを消すわけにはいかない。

次に、コマンドプロンプトの画面から、「msconfig」と入力して、実行する。すると、「システム構成」の画面が出てくる。そこで、常に勝手に出てくると言うことで、「スタートアップ」のタブをクリックする。そして、そこで、「mshta」というコマンドがどんなファイルを参照しているか確認して見た。すると、次のようなコマンドがあることが分かった。「mshta C:\ProgramData\adhhh\26262664.hta"」となっている。そして、場所は、「HKCU\SOFTWARE\Microsoft\Windows\CurrentVersion\Run」となっている。取り敢えず、スタートアップ項目のチェックを外し、適用をクリックして、無効にした。これで、一応、例の画面は出なくなった。

 しかし、そのデータを消したわけではない。そこで、「C:\ProgramData\adhhh」の中に何があるか確認したところ、次の3つのファイルがあった。「2.dat」、「 26262664.hta 」、「bg.2pg」である。「2.dat」は空ファイルだが、「bg.jpg」は、ポップアップに出てくる画像だし、「C:\ProgramData\adhha\」はIEで開くことができる、htmlファイルである。この三つのファイルを消した。これで、起動しないはずだが、試しに、「システム構成」の画面で、もう一度、有効にしてみた。すると、空のポップアップ画面が開いた。

 そこで、さらにコマンドプロンプトの画面から、「regedit」と入力して、レジストリーエディターを開いた。そして、「HKCU\SOFTWARE\Microsoft\Windows\CurrentVersion\Run」を探したが、そこには、そんなデータは入っていなかった。それで、「編集→検索」の画面で、「mshta」と「C:\ProgramData\adhhh」で検索をかけた。すると、「MuiCache」に中に、「mshta.exe」という名前と「Recent File List」の中のFile4と5に「2.dat」、「 26262664.hta 」というデータが設定されているのが分かった。多分これを両方とも削除してしまえば完璧のはずだ。今までのところ、特に問題は発生していない。その後、私の引っかかった事態は、「HTAを利用したワンクリックウエアの新たな手口」であることが分かった。

 ここまで、書いてきて、時間になった。今日は、日高市にある長澤酒造の酒蔵コンサートの日である。久しぶりにクラシック生演奏を聴いたり、美味しい吟醸酒を友人と飲んだりする。このコンサートについては、前にもブログに書いた

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「野生植物が語る武蔵野の景観」

2010-10-17 22:40:41 | 自然・風物・科学

 入間市博物館で、9月23日から11月23日まで、アリットフェスタ2010特別展「野生植物が語る武蔵野の景観」が開催されている。やっと時間がとれたので、かみさんに送ってもらい、9時に博物館に行った。博物館の隣が、甥が通っている東野高等学校だとは気が付かなかった。現地に行って、初めて知った。なかなかいい環境だと思う。初めて来た私は、博物館はすでに開いていたが、博物館の周りを少し歩いてみた。博物館の入り口前の市民広場の片隅に、いろいろな茶の木が植えられていた。さすがに、狭山茶の産地入間市の博物館だと感心した。この博物館のHPのお茶のコーナー「お茶の博物館」は、とてもいいページだと思った。

 ところで、「アリットフェスタ」の「アリット」とは何かというと、「ALIT」のことで、これは、市民からの案の中から選ばれた博物館の愛称だそうだ。意味は、「 Art・Archives」・「 Library」・「Information」・「Tea」の略であるという。この中にも、お茶が関係している。市民広場の横にレストラン「茶屋町 一煎」があり、いろいろなお茶を出してくれたり、そこから南に少しくだったところに、茶室「青丘庵」があったりする。博物館の前に、和服姿の女性がちらほら見られるのは、今日もそこでお茶会があるからだった。博物館の裏には、雑木林があって、そこには、入間市のあちこちから、消えてしまいそうな植物が移植されている。私は、この博物館がすっかり気に入った。

 不思議なもので、そういう気持ちで中に入ると、私の気持ちを察したかのように、受付の館員態度がとても親切に思える。特別展と常設展があり、それぞれ200円ずつの入館料が取られるのだが、両方見る場合は、割引で300円になっていた。特別展は、武蔵野の野生植物について、常設展は、それだけではないが、入間の歴史とお茶の展示である。どちらも見たくなってくるから不思議だ。もっとも、お客は、その時間は私一人であり、のんびりと展示を眺めることができた。野生植物の展示の方は、市内で採集した野生植物の押し葉標本が約160点と市民が市内の野生植物を描いた植物画約80点が主で、後は武蔵野の歴史の中で変化してきた景観がよく分かるような図や資料の展示がなされていた。

 その中で、興味深かったのは、「入間市の潜在植生」についてと、「自然景観の変化」についてだった。入間市の自然植生については、勝山輝男著『野山の野草』(2001年)によると、氷河期は、寒さの厳しさに適応した落葉広葉樹林帯(ブナ、ミズナラなど冬に落葉する樹木からなる植生帯)であり、間氷期である現在は、シラカシなどの常緑広葉樹による照葉樹林帯が自然植生だという。ということは、放っておけば、入間市の森は、シラカシなどが中心の森ができるということになる。

 というわけで、武蔵野台地は、昔は、落葉広葉樹林が中心だったが、その後常緑広葉樹が中心の森になっていたが、そこに人間が住むようになり、一部森が切り開かれて、草原になったらしい。そして、人々は、そこを秣場として、馬などの家畜の飼料採取や放牧をはじめ、肥料としての芝草や、食用の山菜を採取するなど、生活の必要な場所として活用していたという。中世までには、武蔵野台地はほとんど草原のようなところだったようだ。『伊勢物語絵巻』の武蔵野の場面(第12段)の様子や、『太平記絵巻』での合戦の場所は、小手指ヶ原をはじめ、武蔵野大地上の「原」が合戦場所に選ばれていることからも、そのことがよく分かる。

 万葉集の巻14にある、武蔵の国の相聞歌9首のうちの第4首から7首までの4首(ある本の歌を入れると5首)は、すべて草(植物)に寄せる恋を歌っている。

恋しけば 袖も振らむを 武蔵野の うけらが花の 色に出なゆめ(3376)
武蔵野の 草葉もろ向き かもかくも 君がまにまに 我は寄りにしを(3377)
入間道の 於保屋(おおや)が原の いはゐつら 引かばぬるぬる 我にな絶えそ(3378)
我が背子を あどかも言はむ 武蔵野の うけらが花の 時なきものを(3379)
                   (集英社文庫・伊藤博著「万葉集釈注7」p296・297より)

 ここで、具体的な植物名として、「うけら」と「いはゐつら」が出てくる。そして、「於保屋(おおや)が原」というのは、埼玉県入間郡越生町大谷あたりかと言われている。(実際は、いくつか、ここがそうだという説があるが)というわけで、私たちは、この武蔵野で、万葉の時代から「うけら」や「いはゐつら」が親しまれていたことが分かる。このうち、「うけら」は、現在の「オケラ」のことだとされている。オケラは、山野に自生するキク科の多年草で、秋に白またはピンクの筒状花をつけるとても面白い植物だ。今日の展示にも、オケラの押し葉標本があったし、写真もあった。

 一方、「いはゐつら」については、いろいろあり、「スベリヒユ」・「ジュンサイ」・「ネナシカズラ」・「ミズハコベ」などの説がある。確かに、どれも、引っ張るとするすると引き寄せられて来る。それは、とにかくとして、植物をじっと観察している万葉人の眼を感じる。つまり、あるとき、ふっと、そうした植物をよく見て観察した時が必ずあったに違いないのだ。おそらく、「うけら」も「「いはゐつら」も万葉人にとって、食用になっていたに違いないと思われる。

 さて、近世の武蔵野は、「草原」から「雑木林」へということになる。武蔵野の雑木林というのは、管理された森である。まあ、人工林というように呼んでもよい。江戸時代になると、武蔵野台地は、新田開発の対象となり、寛永16年(1639)から、川越藩主・松平信綱が野火止新田(新座市)の開発を始め、元禄7年(1694)からは、川越藩主・柳沢吉保が三富新田(所沢市・三芳町)の開発に着手した。こうした新田開発は、道路に面した表口を屋敷地とし、後方に、畑と雑木林を配置した「短冊型」の地割りで計画されたそうだ。そして、雑木林には、肥料用の落ち葉や燃料用の薪にするための落葉樹で、萌芽更新に適したコナラを植えたようだ。萌芽更新というのは、「樹木の伐採後、残された根株の休眠芽の生育を期待して森林の再生を図る方法」である。

 そして、現在は、こうした雑木林が消えつつある。一番大きな要因は、農業の変化である。人々は、肥料や燃料を提供してくれた雑木林を必要としなくなった。そして、農地ではなく森林である雑木林は、税金も高く、売って宅地化されてたり、商業地やゴルフ場になったりする一方、放置され雑木林は土地本来の潜在植生であるシラカシを主とした常緑広葉樹からなる照葉樹林へと遷移しつつあるところがあるそうだ。それが、いいことかどうか分からないが、そのために、いろいろな問題が起きている。いわゆる、生物の多様性というわけではないが、絶滅危惧種が増えてきているのだ。

 牛沢のカタクリ自生地は、入間市の景観50選に選ばれている。カタクリだけでなく、入間市には、ヒロハノアマナ、ヒメニラ、アズマイチゲ、ヤマブキソウ、ニリンソウ、イチリンソウなどの春に可憐な花を咲かせる植物がある。これらは、皆、氷河期の生き残りの植物たちである。こうした植物は大体において、今から1万年くらい前に氷河期が終わって、暖かくなると、落葉広葉樹林と一緒に、より気候の涼しい高緯度地方や高山に移動した。しかし、生き延びることができる場所もあった。カタクリの自生地は、そうした植物が生きていくのが可能な場所なのだ。それが、武蔵野台地の段丘崖である。しかし、そうした場所があるにもかかわらず、更に、「盗掘」のために、絶滅の脅威にさらされていると言う。

 1時間ほど、特別展にいて、それから、常設展に入った。入間市の歴史の展示を抜け、お茶の展示室に入る。茶の木も植物である。植物は、動物と違って動かない。しかし、茶の木は、中国の雲南省から始まって、日本にやって来た。そして、茶を飲む習慣は、中国から日本、日本からヨーロッパへと広がったらしい。そして、人々は、茶の木の生存に適した土地を探し、茶の木を広げていった。同じことは、葡萄にも言える。人間は、必要なら、このように植物を育て、広げることができる。お茶のことは、また、別の機会に書いてみたいが、博物館の売店で、美味しいお茶を出していただいた。そのお茶を味わいながら、植物の生き方について、思いを馳せてみた。

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ヒガンバナとコスモス

2010-10-03 21:04:04 | 自然・風物・科学

毎年の恒例になった、巾着田探訪。ヒガンバナ(曼珠沙華)については、6年ほど昔に、「曼珠沙華、花言葉は『悲しき思い出』」という題でブログに書いた。 今年は、その時より更に暑い夏で、お彼岸の頃にやっと咲き始めたという感じだった。しかし、涼しい日が続いたせいか、先週から見頃になっていて、今週は沢山の人々が訪れていた。訪れた人たちは、いつもヒガンバナ(彼岸花)を見ながら、同じような疑問を持つらしい。今日は、「こんなに沢山どうやって増えたのかしら?」と話していたのを聞いた。このほかに、「葉っぱがないのに、どうして花が咲くのかしら?」というのもある。

 巾着田については、2年ほど前に、ミクシーで次のようなことを書いた。

私が行ったのは、1時少し過ぎだったが、行く人も多いが、帰る人も多かった。多分朝早くから行った人たちだろう。通り道には、地元の人たちが、地元でとれるものを売っていた。最近、何となく、そうした店が様になってきたような気がする。こうして、いつか、日高の名産になっていくものもあるに違いない。

巾着田は公園になっていて、曼珠沙華のシーズンだけ200円の入園料が取られる。つい数年前までは無料だったが、最近有料になった。しかし、管理面を考えると、まあ必要な経費だと思われる。それだけのお金で、巾着田の曼珠沙華が管理できるのなら、安いものだと思う。曼珠沙華は赤い花をつけるのが普通だが、時には白い花をつけるものがある。巾着田にも白いものがあり、その周りで、カメラマンたちが固まっている。中には、場所取りでいざこざを起こしている人もいた。管理人さんが、中に入ってなだめていた。こんな仕事もやらなければならないのだ。

巾着田は、早咲き地と遅咲き地とあるが、どちらもほとんど満開に近い。見事と言うほかない。花を見ていた子供が、曼珠沙華にはどうして葉っぱがないのと聞いていた。しかし、その返事に両親も不思議だねと答えていただけだ。是非、家に帰ってから調べて、子供に教えてあげてほしいと思った。曼珠沙華は、まっすぐな茎の上に真っ赤な花だけをつける。葉は花が散って後にゆっくり生えてくる。そして、光を浴びて、栄養を根に蓄える。春になると葉は枯れ、夏が終わりに近づきやがて涼しくなってくると、茎が伸びてくるのだ。

そんなことを思いながら、ひとりで、一面の咲き誇る曼珠沙華を眺めながら歩いていると、なんだか別世界に来たような気がしてきた。日常の世界にぽっかり開いた異空間。そして、曼珠沙華の一輪の花をじっと眺めていると、その複雑な構造に目眩がしてくる。巾着田には、曼珠沙華のほかにコスモスもたくさん生えていて、こちらも見頃だった。曼珠沙華の季節が終わると、季節は急激に秋をらしくなって来る。(2008/9/23の日記一部略)

今年から、公園の早咲き地点あたりの川に板の橋がかかっていて、ひょっとしたら、滝不動尊の方から、入って来られるのかもしれない。橋を渡った所に、入園料を払う受付があった。受付のところが少し広くなっていて、そこから、川の向こうに巾着田が見渡せられるようになっている。少しずつ、巾着田は、変わっているようだが、大体においては、同じ風景だった。

 冒頭の疑問については、以前ブログに書いた記事を読んでほしいが、ヒガンバナ(曼珠沙華)については、もう一つ、知っておいたほうがいいことがある。ヒガンバナは、中国から輸入されたものだそうだが、日本のヒガンバナは、全て遺伝的に同一であり、三倍体であるということだ。だから、雄株、雌株の区別が無く種子ができない。ウィキペデイアによれば遺伝子的には雌株であるらしい。つまり、中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったのであり、すべてのヒガンバナは遺伝子的にはまったく同じクローンだということになる。

 ところで、ヒガンバナは、赤い花だとばかり思っていたら間違いで、巾着田にも白いヒガンバナがある。この白いヒガンバナは、どうしてできたかは、謎である。なぜなら、皆クローンなら、白い花になったというのは、突然変異が起きたということになる。ただ、ショウキズイセンという黄色い花を咲かせるヒガンバナの仲間があり、このショウキズイセンと赤色のヒガンバナが中国で交配して、白いヒガンバナができた可能性もある。あるいは、黄色いヒガン花が、日本で白いヒガンバナに突然変異したのかもしれない。ただ、高麗駅から巾着田へ向かう道の売店で、この黄色いヒガンバナを売っている店があり、その近くの軒下に黄色いヒガンバナが咲いていた。これは、今年始めて気がついたことだ。このショウキズイセンは、久米島で売っているそうで、そこから来たものかもしれない。こちらは、種子がちゃんとできるという。、

 また、さぬき市にある、「みろく自然公園」には、実際に、黄色、白、赤のヒガンバナが咲いている。こんなにあちこちで、ヒガンバナの突然変異ができるのだろうか。しかし、こんな、話を推理するのも面白そうだ。そして、こうしたヒガンバナに惹かれて、「ヒガンバナの民俗・文化誌」というとても刺激的な論文をWeb上に書いてくれた栗田子郎先生という生物学者がいる。ヒガンバナについて、何か語ろうと思ったら、まず参考にしてほしい。

 さて、この記事のタイトルを「ヒガンバナとコスモス」とした以上、コスモスについてもふれておきたい。まず、コスモスは、キク科に属しているということである。菊はもちろんだが、タンポポやヒマワリもキク科の花である。そして、これらに共通しているのは、みんな一つの花のように見えるが、それらは、みな「頭状花序」と呼ばれ、多数の花が集まって一つの花の形を作っているということだ。コスモスでいえば、外輪の八枚の白やピンクの花びらのようなものを「舌状花」と呼び、内側の花びらがない花を「筒状花」と呼ぶ。これは、キク科の特徴である。だから、一つの花にたくさんの種子ができる。

 また、コスモスというのは「秩序」と「調和」を持つ世界を意味し、「宇宙」をさす語であるが、どうしてこんな名前がついたかについては、田中修さんの『都会の花と木』(中公新書/2009.2.25)の文章を引用して参考にしておく。

 ニつのつながりに、思いをめぐらすことはできる。コスモスの花のまわりには、花びらに見える八個の舌状花が規則正しく並び、中央には数十個の筒状花が集まっている。「その秩序正しさと、花としての調和のとれた姿は、宇宙の秩序と調和に相通じるものである」と感じても、唐突なものではないだろぅ。
 これに加えて、私の勝手な想像を加えてよいなら、花の中央にある小さな筒状花の一つひとつに注目して目を凝らしてほしい。これらは、興状花、あるいは、管状花といわれるので、筒や菅のょうに丸い姿であると思われがちである。
 しかし、目をすえてじっくり観察すれぱ、コスモスの開く前の筒状花は、五角形の星形である。そして、開いた筒状花は、五角形の星が輝くような形に花弁を広げている。それぞれの筒状花が、きれいな星形に花弁を開くのだ。
 これらの筒状花は、いっせいに開くわけではない。まわりの花がまず開ぎ、徐々に中央のものが開いていく。この星形の筒状花の開花を星の輝きに見立てれぱ、「コスモスの花の中央には、星がいっぱいあり、次々と秩序と秩序正しく輝いていく」と感じられる。(『都会の花と木』p159・160より)

この文章をじっくり味わってから、ヒガンバナより長く咲いているコスモスを、ゆっくりと見てみるのも楽しいと思う。

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