電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

グローバル経済ということ

2013-01-04 22:53:14 | 政治・経済・社会

 年末の選挙で、小選挙区制のメリットを生かして、自民党が得票数以上に圧勝した。この選挙では、今までの民主党政権のだらしなさに対する不満のようなものが追い風となり、反民主党の受け皿として自民党が選ばれたと思われる。その風向きを安倍自民党は、経済成長戦略と頼れる国づくりというように総括し、「経済、教育、外交、安心」を取り戻すという言い方で、「日本を取り戻す」というスローガンを掲げていた。前回の安部自民党に比べて、今回の安部自民党は、円高・デフレ脱却による経済成長とナショナリズム的な政治と教育により力点が置かれているように思われる。それで本当に、経済が成長し、「世界に貢献し、信頼される国」になれるのだろうか。

 民主党が迷走し、自ら墓穴を掘って、政権から転落していったのは、政権担当能力がなかったったからだと言われてしまえばその通りだが、民主党政権が目指していたのは、安部自民党と同じように、円高・デフレ脱却による経済成長と日本という国の威信を高めることだった。野田総理が、玉砕的に三党合意を図ったのは、彼らが共通の方向を向いていたからだ。それゆえに、私は、民主党政権が崩壊したのは能力の問題だけではなく、現状認識に問題があったからだいうことも考えておいたほうがよいと思う。おそらく、円高・デフレ脱却による経済成長戦略もナショナリズムも、グローバル化した世界と国民国家との間に起きた矛盾から生まれた国民国家的な幻想だと思われる。だから、新しい政権も、このままでは、同じ過ちをくり返すことになるに違いないと思う。

 ヒト・モノ・カネは、国境を越えて、世界中を駆け巡っている。同志社大学教授の浜矩子の言葉を借りれば、グローバル化したヒト・モノ・カネは、クニを翻弄しながら、新たなワクを創り出そうとしていると言うべきかもしれない。浜矩子は、グローバル時代の特徴を次の6項目で示している。

①グローバル時代はグローバル・スタンダードの時代にあらず
②グローバル化は均一化にあらず、多様化なり
③グローバル化は巨大化にあらず、極小化なり
④グローバル時代は国民国家の危機の時なり
⑤地球の時代は地域の時代にほかならず
⑥グローバル時代は奪い合いの時代にあらず、分かち合いの時代なり
(浜矩子著『新・国富論 グローバル経済の教科書』(文春新書/2012.12.20)p50~51より)

 森山たつをが、「月給1万円のカンボジア人が『日本語入力』 日本人に残された仕事はあるのか?」という記事を書いている。森山たつをは、「海外就職研究家」と呼ばれているが、日本の普通の人の生活が苦しくなるのに比例して、アジアの途上国の暮らしが豊かになっていく状況を次のように述べている。

 今回、カンボジアで衝撃的な光景を見ました。10年前に日本人のアルバイトがやっていた文字データ入力の仕事を、カンボジア人が行っていたのです。
   日本語が分かる人は少ないのに、なぜそれが可能なのか。それは、マウスでできる画像データの修正と、アルファベットの入力作業のみ行っているからです。その作業が終わると、次工程の中国やタイにデータを飛ばしていました。
   日本人がインターネットで送った元データを、カンボジア人が一次加工し、中国人やタイ人が完成データにして日本の顧客に戻してくる。データの移動コストは、金額・時間共にほぼゼロです。
「日本語が話せるタイ人が月給5万円でこれだけ仕事をしてくれるのに、日本人に20万円払う必要はどこにもないよね?」
   こう言うと、「日本は生活費が高いんだから仕方ないだろ!」と反論がきます。確かにその通りなのですが、そんな個人の事情とは関係なく、仕事は無情にも月給5万円の人のところに流れていきます。
   そうやって、月給20万円の日本人の給料は少しずつ下がり、月給5万円の日本語が使えるタイ人の給料は少しずつ上がる。そしてタイ人の仕事も、少しずつ月給1万円のカンボジアに流れていくのです。(J-CASTニュース・上記記事より)

 森山は、ここで、グローバル化した経済の仕組みを述べている。ここで、日本人は、次の二つの選択肢を迫られている。一つは、そうした仕組みを作り、仕事を回す側になるか、それとも自分たちの給料を下げてタイ人と競争するかの二つの選択肢である。森山は、前者を選べば、日本人はさらに豊かになれるという。

 例えば、カンボジアにデータ加工の仕事を発注しているのは、他でもない日本人です。ひとつの仕事を複数工程に分割し、タイ人やカンボジア人に効率的に振り分ける仕組みを作ることで、低コストで制作する方法を編み出したわけです。
   この仕組みは会社に毎月何百万円もの利益をもたらすので、仕組みを作って維持管理する人は数十万円の給料をもらえる価値があります。
   我々日本人が考える「普通の生活」は、世界からしてみたら「あこがれの生活」であり、世界中の人から狙われている特権階級の生活です。そのポストを守りながら、他人を幸せにする道はないのか。私は、あると考えています。
   日本が仕組みを作り海外に発注している仕事が、多くのカンボジア人の生活を豊かにしているように、日本人の技術や知恵をアジアに展開すれば、世界のもっとたくさんの人を幸せにし、我々の生活も豊かにできるものだと信じています。(同上)

 これは、ある意味では、アップルのビジネスモデルでもある。iPhoneやiPadは、確かにそうしてつくられている。浜矩子が言うところの「羊羹チャート型分業」(浜矩子『新・国富論』p131~136)である。考え方としては正しいのだが、雇用を失ったすべてのヒトが、そうしたビジネスモデルをつくり出せるということは、多分不可能だ。だから、依然として、日本は、より格差を広げていくことになる。やがて、タイ人やカンボジア人と同じ給料の水準に落ち着くことになる。そのとき、円高がいいのか、円安がいいのか、考えてみる価値はありそうだ。そして、この場合、経済成長とは何を意味するのか。アップルのような会社が、日本に乱立することになるのだろうか。

 朝日新聞の1月1日の朝刊は、トップ記事といい、社説といい、少し変わったという印象を受けた。その社説は、「『日本を考える』を考える」というタイトルがついている。なかなか興味深い社説だと思った。相変わらず、広告の多い誌面ではあるが、新しい冒険をしているように思われる。この記事は、日本=国家を相対化して眺めてみようという提言だ。そして、私は、久しぶりに、朝日の社説に拍手を送った。

「(国境を越える資本や情報の移動などによって)国家主権は上から浸食され、同時に(国より小さな共同体からの自治権要求によって)下からも挑戦を受ける」
 白熱教室で知られる米ハーバード大学のマイケル・サンデル教授は17年前の著書「民主政の不満」でそう指摘していた。これから期待できそうなのは、国家が主権を独占しないで、大小の共同体と分け持つ仕組みではないかという。
 時代はゆっくりと、しかし着実にその方向に向かっているように見える。「日本」を主語にした問いが的はずれに感じられるときがあるとすれば、そのためではないか。
 もちろん、そうはいっても国家はまだまだ強くて大きな政治の枠組みだ。それを主語に議論しなければならないことは多い。私たち論説委員だってこれからもしばしば国を主語に立てて社説を書くだろう。
 ただ、国家以外にプレーヤーが必要な時代に、国にこだわるナショナリズムを盛り上げても答えは出せまい。国家としての「日本」を相対化する視点を欠いたままでは、「日本」という社会の未来は見えてこない。(「朝日新聞」1月1日朝刊社説より)

 ところで、『国富論』の原題は、An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nationsであり、そのまま訳せば「諸国民の富の性質並びに原因に関する研究」である。浜矩子は、アダム・スミスの『国富論』を踏まえて、『新・国富論』を次のような言葉で結んでいる。

 さてそこで、グローバル長屋の合言葉である。それは、「差し伸べる手」なのだと思う。「見えざる手」に代わるものは、決して国々の「見える手」ではない。諸国民がお互いに対して差し伸べる手、やさしさの手、勇気ある手、知恵ある手だ。
 さらにいえば、差し伸べる手を持つ人々は、実は諸国民に止まっていてもいけないのだと思う。本当に力強い差し伸べる手を持つためには、我々は諸国民から「全市民」に脱皮しなければいけないのではないかと思う。国境をまたぐグローバル市民の視野があればこそ、お互いに慮りの手を差し伸べ合うことが出来る。そういうことだろう。そのようなグローバル市民の活動拠点はどこにあるのか。
 それは「地域」にあると思う。(『新・国富論』p243・244)

 私たちは、世界経済を読み解いたからと言って、幸せになれるわけではない。しかも、浜矩子の主張は、なんだか、「世界経済がグローバル化するなかで、国全体で経済の成長戦略を策定するのはもはや難しいと僕は思っています」(橋下徹・堺屋太一共著『体制維新―大阪都』)と述べた大阪市の橋下徹市長の応援演説のような気がしてくる。私は、橋下徹の主張が私たちを幸せにしてくれるとは思っていないが、時代の流れをつかんでいることだけは確かだと思われる。そうした流れの中に私たちは必然的に巻き込まれていくに違いない。年の初めに、グローバル化した時代の大きな流れの方向だけは、つかんでおきたい。

コメント
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