碧田直の いいじゃないか。

演劇ユニット、ミルクディッパー主宰の碧田直が、日々を過ごして、あれこれ思ったことを、自由気ままに綴ります。

無題そのにじゅうろく

2016-05-14 13:27:21 | 日々
今日は決戦当日だ。
一週間前に俺の意志を尋ねることなく決められた、糖尿病検査の日である。
決戦は前日から始まっていた。夜九時までに食事を終え、あとは水分だけを補給しながら、ひたすら明日に備えるのだ。まるでタイトルマッチに挑むボクサーのように神経を研ぎ澄ませ、夜が更けるのをじっと待つ。敵は手強い。が、怯んではならない。

夜が明けた。睡眠は充分だ。前回はここでしくじっていた。多少睡眠不足だったのだ。しかし、前回はまさかの不意討ちだった。診察だけと思い込んでいたところが不覚を招いた。今回は完璧だ。来るなら来い、俺はここにいるぞ!!

……ま、実際に行くのは俺なのだが。
病院に着くや、採尿と採血。左肘が痛む。実は家を出てすぐに、二つ隣の空き部屋の窓の柵に肘をぶつけてしまい、青くなってしまったのだ。出かける直前に見た星占いは十一位だった。早くも試練か。
採血はベッドに寝かされる。前回車椅子のお世話になったことが病院中の話題になったのか、有無を言わさず案内された。
しかし、どの看護師さんたちも口許がにやけている。俺を侮っているのか。こんな採血、どうということなどない。ナメてもらっては困る。椅子に座ってやってやってもいいんだぜ!!

……まあ、用意してくれたのだからと、仕方なくベッドに横たわり、一度目の採血。『ちょっとチクッとしますよー』と言うや、グサッと突き刺さる針。負けてなるかと腕に力を込める。血が吸われる。歯を食い縛る。後頭部が重くなりかけた頃、一度目の採血が終わった。

糖尿病検査は、ここからが本番だ。サイダーのような味の炭酸水を飲み、三十分ごとに二度目、三度目の採血をする。そのたびごとに『チクッとする』と言われるのだが、回を重ねるごとに言い方がぞんざいになっていく気がするのは思い過ごしか。二度目はともかく、三度目は『チクッ』しか言ってなかったようだが、まさか策略か。それを合図に気合いを入れているのがバレたのか。そんなわけはない。よーし、三度目の採血も終わった。あとラスト一回だ。

一時間が経過し、最後の採血の時間となる。まず採尿をし、それから採血だ。
『採血あたしやります』
と、それまで採血をしていた方から、別の方に交代する。彼女から見れば一度目の採血にあたるから、きっと丁寧に『チクッとしますよー』と言ってくれるはずだ。戦いは俺の勝利に終わった。やった、俺は勝ったんだ。あははははは!!!

……見立ては甘かった。彼女は何も言わずに、ブスリと針を突き刺した。気合いが一瞬遅れた。鋭い痛みが腕を貫く。うーっ、油断するんじゃなかった。涙が滲みそうになるのを必死でこらえる。
『細い針だから、血を取るのに時間かかりますよー』
ここにきて、初めて言う言葉がこれか。何だこの攻撃は。伸ばした脚に余計な力がこもる。早く終わって、早く……も、もう……ギ、ギブア……。

『はい、終わりでーす』
悪魔から天使へ。針が抜かれ、すべてが終わった。ホッとした顔を見られたのか、明らかな含み笑いに見送られながら病院を出る。強い日差しと、涼やかな風が心地よさを誘う。

俺は勝ったのか。ギブアップしかけたが、しかし断じてギブアップはしていない。しかけただけだ。ギブア…まで思ったではないか、と言われるかもしれないが、ギブアップとギブアの間には相当の距離がある。ギブアンドテイクかもしれないではないか。しかし心身ともに疲労した。家へ帰ろう。今日は痛み分けといったところか。仕方ない、これくらいにしておいてやろう。決戦での勝利は次回にとっておいてやる。とっておいてやるが、次回がしばらく来ないことを神に祈っておこう。アーメン。
コメント
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