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大野克夫さん、インタビュー

2016年03月23日 | JULIE

 

昨日のTBSラジオ「夕暮れ阿久悠」のコーナーは最終回だったそうですが、最後の曲はジュリーの「ヤマトより愛をこめて」J友様は、ご主人と聴いていたそうです。

『ラジオ夕暮れの阿久ゆうで、ヤマトより愛をこめてが流れました。初め大野さんが歌う「ヤマト」を少しのあと、ジュリーのを。このコーナーもラストで、ラストにふさわしいジュリーの熱唱でした♪ 主人も上手いねと聴いてました!』

J友様、お知らせ有難うございます(^-^)


 その大野さんのインタビューはこちら⇒http://www.ntvm.co.jp/int/b5.html

※音楽一家の子供時代、スパイダース時代、作曲家時代と、詳しくご自身の話をされています。ジュリーについてのところだけ、抜き出しました。「時の過ぎ行くままに」の作曲がコンペになって、井上さんが カンカンになって怒ったとか・・・(‐”‐)↓

 

 『三つの顔・その(2)…時代をになうヒットメーカー』

 作曲家としては、作詞・阿久悠氏とのコンビによる沢田研二の一連のヒットシリーズ「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」「サムライ」等々-まさに沢田研二のヒット曲全盛時代を作り出されてこられました。

 続いては、大野先生のもうひとつの顔である、時代をになうヒットメーカーとして、沢田さんとの思い出などお伺いしてみました…
 「彼(沢田研二)は、ヴォーカルとしては絶品の楽器ですね。(僕が)まだスパイダースの頃から、彼の声の強さを羨ましいと思ってましたね。日劇ウエスタンカーニバルなんかは、ぶっ続けで一週間もあるんですが、スパイダースのマチャアキ(堺正章)なんかは、3日目位で声がかれちゃうんですよ。ところが彼は、まったく平気で、その強さたるや…物凄いものがありましたね。」 
  
 大野先生が、歌手・沢田研二の曲を初めて手掛けられたきっかけは、TVドラマ「悪魔のようなあいつ」の挿入歌「時の過ぎゆくままに」からでした。 しかし、この曲が大野サウンドに決まるまでには、当時、阿久悠氏の作詞を、当代の人気作曲家たち6人が競作の末、みごと大野作品が選ばれたというだいそれた逸話が残されています…。その時のいきさつからお聞かせ願いますか? 


 「当時、久世さん(ドラマ演出家の久世光彦氏)のところに、井上堯之と一緒に打合わせに行ったんですが…彼はコンペ(競作)と知ってカンカンになって怒りましてね。(笑)『とんでもないよッ!』て。

でも僕は、打ち合わせの段階で早く(家へ)帰りたいなって…というのも、もう頭の中で(作曲した)メロディーが充満してるんですよ。だから(久世さんの)話し半分位聞いて、もう家へ帰ったらすぐ作って、あくる日持って行きました。さすがに久世さんも『もう出来たの!?…』と驚いていましたけどね。(笑)」 
 
 その後は、作詞家・阿久悠氏とのゴールデンコンビにより、沢田研二の大ヒットブームを巻き起こす訳ですが…そもそも、沢田さんの曲を作られる時は、どの様なことをイメージされたのでしょうか? 

 「彼(沢田研二)の曲を作る時には、まず歌う姿が頭の中にでてきて…テレビの映像ですね。 どういう音程から声を発しているか?が聞こえてくるんですよ。この音だッ!ていうそんな所から発想するんですけどね。
 例えば“勝手にしやがれ”だと、あまりデレっとしたものじゃあない、ちょっと強いもの。それに阿久さんとのコンビは、殆ど詞が先(に作られること)が多かったですね…
当時“勝手にしやがれ”というタイトルが、ちょっとキツいんじゃないかって言うんで、もしボツになった時、もうひとつ代わる曲を用意しとかなきゃならない。そこで2曲目はメロ先(=先に作曲すること)で作って、詞をあとでつけた…それが、次に出すシングルのB面になって、結局(1曲目の)『勝手にしやがれ』を出すことになった。
でもあの時は、『勝手にしやがれ』のレコーディングを明日にひかえて、普通ならアッという間に出来るはずの大野克夫が…出来ないんですよ、曲がね。
 井上堯之に『あすレコーディングだけど、まだ出来ないんだよ…』って言ったら『出来なきゃしょうがない。スタジオ、キャンセルだよね』と。
そういう話をしながら家に帰ってピアノに向かうと、あっという間にイントロが出てきた…ちょっときわどかったですね。
でもそんな具合なのに、当時沢田研二のLPを年間2枚も出していましたからね。僕は『2枚は無理じゃない…1枚でいいんじゃない?』と言ったんだけど、当時所属していた事務所が、いや2枚出すと言って譲らなかったですね。


スパイダースや井上バンドの大野さん、作曲家としての大野さん以外は、意外に知らない大野さんですが、ちょっとだけ知った気になりました。

 

          井上バンドの変遷

         

(1972年)
井上尭之
(ギター)【元・スパイダース】【PYG】
大野克夫
(ピアノ、キーボード)【元・スパイダース】【PYG】
原田裕臣
(ドラムス)【元・ミッキーカーチスとサムライ】【PYG】
岸部修三(ベース)【元・タイガース】【PYG】

(1974年)
井上尭之
(ギター)
大野克夫
(キーボード)
岸部修三
(ベース)
原田裕臣
(ドラムス)
 →ミッキー吉野グループ
速水清司(ギター)【元・ジプシーブラッド】

(1974年)
井上尭之
(ギター)
大野克夫
(キーボード)
岸部修三
(ベース)
田中清司
(ドラムス)【元・ソウルメディア】
速水清司(ギター)

(1975年)
井上尭之
(ギター)
大野克夫
(キーボード)
佐々木孝典
(ベース)
鈴木二郎
(ドラムス)
速水清司(ギター)

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蒼い月の唄

2016年03月23日 | JULIE

J友様から情報です、有難うございます。☆彡


 

あの頃ナウ (20日記事) http://middle-edge.jp/articles/UK8Qy

『エキゾチックス  実はすごいメンバーだった!』(懐かしいYouTubeがたくさんあり) ※エキゾティクスが凄いメンバーだってことは、ジュリーファンなら知ってますけどね。

先日のsongs大滝詠一特集に、縁のあるメンバー集結に 上原ユカリ裕さんがドラムで出演でした。


 

日曜劇場  新スタートの松潤主演  ドラマツイッター、
皆さん差し入れが~ サリーから叙々苑のカルビ弁当80人分  写真美味しそう! 香川さんから和幸のひれかつサンド。

※保釈された清原も、張り込みの記者に 焼き肉弁当を差し入れしていましたね。(ー_ー) 


 

Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160321-00000040-sanspo-musi
ワイルドワンズ加瀬さん、遺作あった!一周忌前に夫人が譜面発見

昨年12月に加瀬さん遺作譜面が。自宅机から発見。
「蒼い月の唄」4月21日  ワイルドワンズ結成50周年・加瀬邦彦追悼公演 なかのZEROホールにてお披露目される。

加瀬さんの遺作、聴いてみたいです♪゜・*:.。. .。.:*・♪


 

 J友様のお宅の桜草、キレイ。.。.:*・゜:*・゜。:.*。.。.:*・゜:*・゜。:.*   

 

       我が家の青いヒヤシンスが伸びてきました。

        

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『JULIE ROCK'N TOUR ’74』 1974年7月30日大阪

2016年03月22日 | JULIE メモリーズ

J友様から教えていただきました。先日紹介した、いしのようこさんのインタビューがネットで読めます。 いしのようこインタビュー ⇒http://blog.livedoor.jp/enbublog-forecast/archives/51992751.html 

 


こちらもJ友様から教えていただいたYoutubeですが、もう すご~く嬉しくって!!
『JULIE ROCK'N TOUR ’74』 1974年8月1日大阪

YoutubeはこちらのURLで見てね⇒ https://www.youtube.com/watch?v=__t7MX7r7s0&feature=youtu.be

 

※下のものでは見られません

 

Youtubeを聴いていたら、映像に出てきたチケットの画像はどっかで見たな~??と、昔のチケットを探し出しました。やっぱり! 以前にブログに貼った私のチケットの席と全く同じ、そのものだった。あらま!

どなたかの作ったYoutubeで、まさか自分自身のチケットを見るとはね(笑) 他にも74年のコンサートの記事など、自分が前にブログで紹介したものがYoutubeに使われていました。席はZ・・(ノ∀`) 最後列だね。

74年のロックンツアーは、私が初めて行ったジュリーのコンサート。 思い出が深く、それを40数年も経って聴けるなんて、ほんとに嬉しいです(感涙)しかも、録音状態も良い!あの当時の自分のドキドキが蘇ります♦♫♦・*:..。♦♫♦*゜¨゜゜・*:..。♦

ジュリーの歌声の素晴らしさはいうに及ばず!ああ~素敵! もっともロックなジュリーは TVの甘い綺麗なジュリーのイメージとは全然違っていて、当時の私は少なからず面食らいました。TVのジュリーの方がいい・・と、その時に思ったのも確かですけど(^^;

40年目の夏⇒  『JULIE ROCK'N TOUR ’74』 1974年7月30日大阪 - (移転しました)Saoの猫日和/old

41年目の夏⇒ http://blog.goo.ne.jp/nagatasatoko/m/20150

Youtubeは、「8月1日」の大阪となっていますが、私の行った日は7月31日、大阪は複数日のコンサートだったのでしょうね(当時の大阪フェスは複数日のライブが普通)。 これは、ナベプロのコンサートのツアーリストに載っているはずなんですが、すぐに見当たりませんでした。

最近のライブの内容も覚えていられない私ですが、さすがに念願の初生ジュリーだったので42年前の事でも、まだ ちょびっとは記憶に残っています。

衣装がとても印象深くて、初めに白い羽のついた帽子を被った、全身白のまさに王子様のロマンチックスタイル!でもタイガース時代の王子様スタイルとは、ちょっと違うの。大人になってます(^-^) ジュリーはまだ26歳。若いな~✨

下の画像はツアーのものではないけど、同じ74年のハワイ、ホノルルでのコンサートのもの。衣装は同じです。真っ白い衣装でムチをふり・・(多分持ってたと思う)颯爽と登場したジュリー、もちろん当時は最後列の席でも、高校生の私の眼はハートマークです。日頃は記憶力減退の私でも、これはいまだに忘れません。

画像はJ友様から、有難うございます(^-^)

         

そして、やっぱりこれも忘れない。下は7月24日の日比谷野音の画像ですが、この可愛いインディアンスタイルは当時の雑誌で紹介され、ネットでもよく見られるので有名ではないかと思います。 どんどん、服を脱ぎ捨てて身軽になってゆくジュリー。ついに半パンのみに。赤いインディアンの衣装が、ジュリーの若さを引き立てて、可愛い!

最後には上半身は裸だったんじゃなかろうか。初生ジュリーの私は、大音量のロックコンサートも初めてなら、どんどん衣装を脱ぎ捨ててゆく、ジュリーのステージに眼を丸くして見入っていました。

        

    

40数年たって、また当時の音源が聴けてほんとに嬉しい!

アップしてくださった方に感謝です

♦♫♦・*:..。♦♫♦*゜¨゜゜・*:..。♦  ♦♫♦・*:..。♦♫♦*゜¨゜゜・*:..。♦ ♦♫♦・*:..。♦♫♦*゜¨゜゜・*:..。♦ 

 

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ロームシアター京都オープニング記念事業 

2016年03月21日 | ライブ・公演・舞台

ロームシアター京都のHPに、ジュリーのライブの告知がアップされていると、教えていただきました(^-^)


 ロームシアター京都オープニング記念事業 http://www.otonowa.co.jp/schedule/julie

沢田研二 LIVE 2016 un democratic love

待望4年ぶりの京都公演が決定!ちょうど50年前の1966年5月、京都会館第1ホールで開催された「全関西ロックバンド・コンテスト」で優勝したグループが、沢田研二がヴォーカルを務めたファニーズ。その年には上京しザ・タイガースと改名、翌年2月のデビュー以後の活躍ぶりは皆さまご承知の通りです。アマチュア時代のファニーズからザ・タイガース、萩原健一とのダブルヴォーカルで話題を集めたPYGを経てソロへと、2012年の閉館まで京都会館のステージで歌い続けてきた沢田研二が、生まれ変わったロームシアター京都で4年ぶりの京都公演を行います。時代を超えて走り続けるジュリーのステージにご期待ください。

 京都会館に、もう4年ぶりのような気がしませんが、2011年が最後だったので、ほぼタイガースの時ですね。 


 

      

白い桜草からだいぶ遅れて、やっとピンク色の桜草も咲いてきました。

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ゆりの木会館

2016年03月20日 | 紀行(建築・桜)

いよいよ4月2日の最終回に向けて大詰めの「あさが来た」

今日の放送は、念願の日本初の女子大学校での入学式でした。

その大学校のロケ地は、実はH市。

あさが来たロケ地!兵庫県姫路市 兵庫県立大学姫路環境人間キャンパス!日の出女子大学校入学式シーン
http://asadra.xblg.net/archives/236
ゆりの木会館
http://www.city.himeji.lg.jp/s110/2212786/_5222/_5237/_5241/_5618.html

  

もう去年の5月には撮影が始まっていたんですね。

お城からも近い、兵庫県立大学の「ゆりの木会館」は旧制姫路中学校で、亡父の母校です。同級生には、亡くなった桂米朝さんがいます。若き日の亡父がここで学んでいたのかと思うと、また感慨が深い。

ずーーーーーと前に見たきりの、このゆりの木会館、今度またゆっくり見に行きます(^-^)

 


 朝日新聞の土曜版be、【もういちど流行歌アンケート】 「1977年4月」

今回のランキングには、「スカイ・ハイ/ジグソー」や「すてきなサンデー/バスター」といった
洋楽がチャートイン。キャンディーズや山口百恵といった人気アイドルのヒット曲のほか、
「青春時代」「昔の名前で出ています」など、大人向けの歌謡曲も目立ちます。

カルメン’77 ピンク・レディー
フィーリング ハイ・ファイ・セット
やさしい悪魔 キャンディーズ
夢先案内人 山口百恵
帰らない/恋人よ 清水健太郎
雨やどり さだまさし
津軽海峡冬景色 石川さゆり
Hi-Hi-Hi あおい輝彦
昔の名前で出ています 小林旭
失恋レストラン 清水健太郎 等

1977年なら、ジュリーは「勝手にしやがれ」の年だ!今週も、投票しなくっちゃ!

と、勇んでHPにログインしたら、「勝手にしやがれ」が選択肢にない・・・・

1977年の2月に「さよならをいう気もない」、5月に「勝手にしやがれ」が出たので、ジュリーにはちょうど狭間の時期だったのだ。出ていなくても仕方がないです(+o+) 、

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ビビット・加藤君と、郷ひろみという生き方

2016年03月19日 | TV・ラジオ・CM・映画

ある番組を見ようとBSをつけたら、今日はやっていなくて、やっていたのは・・

「郷ひろみという生き方」60歳を迎えた歌手・郷ひろみ。新たな挑戦の舞台裏とプライベートに密着した初のドキュメンタリー。ストイックなまでに「郷ひろみ」という生き方を追求する男の物語に驚かされると思います。

いつも見ている番組をやっていなかったので、すでに15分も過ぎていたが「郷ひろみという生き方」を、パソコンでジュリーのYoutubeを見ている途中 斜めの体制で見た。

それほど注意深く見ていたわけではないけど、なかなか郷さんの生き方はストイックで、興味深いものでした。

2001年から郷さんは、3年間もニューヨークにいたという。3年間も日本にいなかったとは知らなかった。郷さんに限らず、芸能界という立ち止まれない世界にいると 誰もが壁にぶち当たり、道に迷い、自分を見つめ直す時間が必要なんだろうな、と思う。ジュリーも80年代に休養したもんね。

ニューヨークでボイストレーニングで声を作り直した。トレーナーによると「声帯をコントロールして、精神的なものまで引き出す」のだそうだ。かつて、ビブラートをきかせて歌っていた曲も、情感を込めて歌えるようになった。

番組は半年間に渡り郷さんに密着、病院で診察中の姿も映す。実は秘密にしていたが、1年ほど前に喉のポリープを手術したという。歌手生命の危機に瀕していたのだ。郷さん自身の声帯までもがTV画面に映し出され、あまりにもナマナマし過ぎて いささか引いた(*_*)

2月のサントリーホールでは、フルオーケストラとの共演を果たし バラードを熱唱した。日頃のトレーニングを欠かさず「歌謡曲のど真ん中を突っ走る」というナレーションに、まさにそのとうりだと思う。オーケストラの前で歌う郷さん、確かに昔の歌声とは違う、その声は鍛錬の賜物と思った。

郷さんを映す 我が家のTVの横のパソコン画面には、ジュリーのYoutubeが延々流れていた。「沢田研二」とバックに書かれたセットの前で歌うジュリーは、1年間の休業明けの「夜のヒットスタジオ」だろうか?買っても全部視てない・・・(ノ∀`)  特に80年代以降はあんまり視てない

 沢田研二の名前を背負って歌うジュリーは、真面目で少し眩しいような目をしていた。

 

今のジュリーは「歌謡曲のど真ん中を突っ走る」場所からは降りたのだろうか。いや、「歌謡曲のど真ん中」とかには関係なく、今のジュリーがフルオーケストラの前で歌ったらどうだろうか?と想像してみる。まさに大人の包容力がある、艶麗で、豊穣な歌声を聴かせてくれるに違いないと思う。

ストイックに「郷ひろみ」を演じ続ける郷さん。この先も不老不死で頑張るのだろうな。対するジュリーは、年齢に抗わず 自然に、その年齢のジュリーで有りたい、その時の自分の気持ちを歌い続けたいと思っているのだろうか。

郷さんのストイックな生き方は確かに素晴らしい!と賞賛する。でも私はやっぱりジュリーの今の声を聴きたいの。 

コラム http://www.nhk.or.jp/bs-blog/2000/239677.html  年齢を経ても衰えさせることのない「喉」へのこだわり。「歌の力は肉体から生まれる」との確信のもと、いまなお日々鍛え上げられる肉体。さながら修行僧のような自分を律したライフスタイル。番組をご覧になった方は、誰もがストイックなまでに「郷ひろみ」という生き方を追求する男の物語に驚かされると思います。ファンの方にも、そうでない方にも、どなたにもご覧になっていただきたい、郷ひろみという「60歳のエンターテイナー」の魅力の秘密が詰まった60分間。ぜひお楽しみください。

 


いつもは見ないTBSの、真矢みきさんと国分太一さん司会の「白熱ライブビビット」を出勤前に少しだけ見た。「日本シネ!」の匿名の書き込みに、区議が「便所の落書き」と切って捨てたという話題を取り上げていた。

今の現状を見もせずに「シネ」の所だけ取り上げる区議に 物凄く怒りを覚える。今はその問題じゃないでしょ?なんで、お母さんたちの声を全く聞かないの?と腹が立って腹が立って・・・

ビビットのコメンテーター達、この問題にどれくらい切り込むのかと思ったら、ヒロミなど(郷さんじゃないですよ)全然当たり障りのない意見。そんな程度のことしか言えないの? もっと胸のすくようなこと言ってよ!

一番まともだったのは、アイドルであるNEWSの加藤さんだった。

『日本死ね。の杉並区議のブログを受けて。 加藤シゲアキ<日本に住むな。って政治家が言ってはいけないと思います。 シゲアキ<便所の落書き。をなくすことが政治家の仕事だと思います。 決まった。ポスト櫻井翔はシゲアキだわ。#ビビット』

ビビットのコメンテーター達、アイドルに顔もコメントでも負けるやん。視聴率が上がらないはず(‐”‐)

とてもわかりやすい解説⇒http://bylines.news.yahoo.co.jp/tokurikimotohiko/20160317-00055563/

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いしのようこさん

2016年03月18日 | JULIE

今月発売の「演劇ブック」に「悪名」に出演の いしのようこさんのインタビューが載っているそうです。J友様から、ごく簡単に・・


 

「悪名」のオファーが来た時はビックリしました。「え?誰から?」
ジュリーと聞いて「誰かと間違えているんじゃないの?」
歌もあると聞き、迷惑をかける「無理無理」とお断りしました。
沢田さんが「全然構わないから」歌の仕事は避けていたので
物凄く勇気がいったけど、沢田さんの胸をお借りしようと
お受けしました。

お絹さんが素敵でなかったら、朝吉さんの男が下がります。
お絹は儚げだけど、実は「強い逞しい」と感じさせられる。
演じた女性たちのエッセンスが自分の中に残る。

作品は戦後の混乱機が舞台、人間たちの「生きるんだ」という
エネルギーと輝きが詰まっている。その熱さや匂いを
感じていただければ 嬉しいです。


前回の舞台の時のいしのさん、着物がよく似合って 夢二の絵の女のようだと思いました。歌は避けていたそうですが、元はアイドル歌手ですよね。

お姉さんの石野真子さんはジュリーファンには「ジュリーがライバル」でお馴染みですが、1961年生まれ。1968年生まれの ようこさんとは、だいぶ歳が離れていたんですね。

「ジュリーがライバル」の作詞は阿久悠さんじゃなかった、松本怜二さんでした。

 

 

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六本木のパブ・カーディナルで

2016年03月17日 | JULIE メモリーズ

最近、ひょんな事からブログを介して素敵なマダムと嬉しい出会いが有りました。もちろん、その方もジュリーファンです。(^-^) 

マダムからジュリーとの初めての出会いの思い出を聞かせていただきました。あまりに羨ましい思い出だったので、ご了承をいただいて紹介させていただきます。

時は1972~1973年ごろ


 

昔~~、六本木のパブカーディナルというところで
(夜は子供には敷居が高過ぎだったので)

昼間、ドアをバン~!と開けたら
目の前に毛皮のコートを肩掛けしたジュリーが!!
撮影中だったんです。

もう、この世のものとは思えないオーラと美しさ。
頭が真っ白になってその場に倒れそうになりました…

スタッフの方が「すみません、撮影中なので」と
いっそ、その場に倒れて死んだふりでもすればよかったかしら。

でも、ジュリーに抱きかかえられでもしたら…(ないって)
その場で即死。今、生きていないと思います(笑)
この日から、ジュリーの虜になりました。


 

マダム、羨ましいお話を有難うございます。。.。.:*・゜:*・゜。:.*。.。.:*・゜:*・゜。:.*   

パブ・カーディナル⇒ http://www.cardinal-japan.com/restaurant/pub/ 残念ながら、六本木のお店はもうないようですね。

「毛皮のコートを肩掛けしたジュリー」それには見覚えがあるかも?と探してみましたが・・

         

残念だけど、この撮影場所は原宿で違っていました。(撮影は立木義浩)

パブ・カーディナルのジュリーの写真を知りたかったわ~


 

 

パブカーディナルのHPを見ていたら、グループに「サバティーニ・ディ・フィレンツェ 銀座(ソニービル7階)」の店名を発見。数十年ぶりに蘇る記憶 懐かしや・・・

80年代当時、とても有名なイタリアンだったので、1回行ってみたくて、お昼にたった1人で予約もせずに乗り込みました。お店の人が一人だけで現れた客に変な顔していたわ。

で、その時に着ていった服さえ覚えているのに、料理に関しては全く記憶がなし。それほどでもなかったのかしらん? 今はキャンティに行きたいで~す。

 

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さくらんぼの成る樹

2016年03月16日 | 花・ガーデニング

今日からCS・ファミリー劇場で「あまちゃん」が再放送(^o^)丿

「あまちゃん」ファミリー劇場
https://www.fami-geki.com/amachan/
毎週水曜日、夜9時~11時(毎週6回放送) 再放送(毎週日曜 10:00~12:00)

朝ドラは「カーネーション」が1番の私だけど、「あまちゃん」大好き!あまちゃんは2番かな・・去年の朝のBS放送は時間的に見られなかったけど、今回は夜だから見られます。今見ていますが、やっぱ 面白いわ~ 

「カーネーション」も毎月曜から木曜、夕方6時から始まります。(^-^)


 毎年咲くのを楽しみにしている、住吉川沿いの さくらんぼのなる樹。今朝、横を通ったら もう盛りを過ぎていた。先週、見たときには まだまだ つぼみは堅そうだったのに、先週の暖かさで 一気に咲いてしまったらしい。残念、一番綺麗な盛りを見逃しました。

5月のさくらんぼの実る時期には、見逃さないようにしなければ。

木蓮の花も今が一番の見頃を 1昨日の雨のせいで、いっぺんにショボクなってしまい、ああ 残念。昨日の朝は六甲山が雪で真っ白でした。3月に雪で白いのは珍しいです。

我が家のパンジーはこれからが見頃です。

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稲葉さんの「勝手にしやがれ」

2016年03月16日 | TV・ラジオ・CM・映画

昨夜のcovers、高橋優さん、もうYoutubeがアップされていますね。

高橋さんが聞いたという稲葉さんの「勝手にしやがれ」は2003年11月26日
『THE HIT PARADE』(ザ・ヒット・パレード)、日本の音楽ユニットB'zのギタリスト松本孝弘が、「TAK MATSUMOTO」名義でリリースしたカバー・アルバム。その中の1曲です。 

勝手にしやがれ(featuring 稲葉浩志) 原曲:沢田研二「勝手にしやがれ」(1977年)フジテレビ系『あなたの隣に誰かいる』挿入歌。松本のソロ・アルバムであるため、B'z名義にはなっていない。第1話ではクレジットがなかったため視聴者から「沢田研二の曲を歌っているの誰?」との問い合わせが殺到した。

『あなたの隣に誰かいる』で、ジュリーの曲を稲葉さんがカバーして流れるというので、放送前から話題になっていました。もちろん、私も気になってドラマを見ました私もそうだけど、ネットのジュリーファンの間では『カバーなんてして欲しくない、ジュリー以外の人が歌うなんて!』と、かなり怒ってました。でも稲葉さんファンには好評だったようです。

このドラマには いかりや長介さんが出ていて、病気の為にもう声がガラガラで 凄く聞き取りづらくなっていて、見ているファンにはかなり辛いドラマでした。この後、亡くなられた。

 


 

Youtubeで、ジュリー以外の人が歌う「勝手」がアップされています。もう削除されているのもありますが・・・ あの破壊力抜群の、田島貴男さんの歌も聴けますよ~(笑)

沢田研二の名曲『勝手にしやがれ』をSHOW-YAがカバー。本家沢田研二や
B’z稲葉、高橋真梨子、田島貴男など『勝手にしやがれ』を歌った人と動画で比較。
http://middle-edge.jp/articles/I0000977

 田島さんの歌には「独特の歌い上げにより相当癖の強い歌になっている。
好きか嫌いかはっきり分かれるのでは。」という評がついてました。

 


 

以前にThe Covesでカバーされた、ジュリーの曲のブログ

 田島貴男さん 勝手にしやがれ 2014/5/13
http://blog.goo.ne.jp/nagatasatoko/d/20140513

 吉井さんの歌うサムライ 2015/3/31
http://blog.goo.ne.jp/nagatasatoko/e/686156833212d955471ccdf05fb3e48b

 

 

 

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