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わたしの趣味&道楽  久保田 良雄 JA3MVS

ようこそ当ブログへ・・・ 令和7年3月10日

鉄道ファン

2015年06月01日 | 阪急電鉄 京都線

 上記 「引込線」の 架線は 「アルナ工機」と「阪急正雀工場」間 で デッドセクション
 で 区切られていた
       写真:撮影小生      文責:小生    013-010

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2015年06月01日 | 阪急電鉄 京都線

「阪急レールウェイフェスティバル」 で 一番の人気は やはり 昭和3年「新京阪電
気鉄道」開業に備え 建造された社内呼称「P6」の「100系」「116号」車 が 
動態保存車輌で 「正雀車庫」内 留置線を 来場者を乗せて走るのだが 何百人
待ちの行列での大人気行事である  この 「P6」車輌は 当時日本の鉄道の権威を
誇っていた国鉄の前身「鉄道省」時代の 超特急上り「つばめ」を 「大山崎」付近で
抜いていったと云う伝説が残っている
    写真:撮影小生      文責:小生     013-013

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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

明治5年9月14日(旧暦)に 我国で最初の鉄道が 「新橋」「横浜」間を イギリス人技師の指導の下で開通したのが我国最初の(岡蒸気 別名 陸蒸気)鉄道であった、その明治5年に(旧暦)から 現在の暦に変更され この明治5年は 約1か月短く 明治6年を 迎えることになり 日本国中 大騒ぎになったそうである この(旧暦)9月14日は 現在の10月14日にあたることから この日が鉄道記念日に制定された そこで各鉄道会社では記念行事が毎年行われている 特に今年は 10月14日が(日曜日)で 天気も良かったため賑わったようである
阪急電鉄では「正雀工場・車庫」で フェスティバルが行われた そこで今回はその模様を UPしたいと思います 両写真とも 「正雀工場」 入場者受付風景
       撮影:小生           文責:小生                008-001


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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

   

10月14日鉄道記念日「阪急電鉄フェスティバル」  写真は 阪急京都線沿い「阪急電鉄正雀車庫・工場」 引込み線
          撮影:小生         文責:小生       008-002


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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

10月14日 鉄道記念日 「阪急電鉄フェスティバル」  各写真は 正雀工場にて 車体の傷 及び 腐食部分を修復中の車両
        撮影:小生          文責:小生          008-003


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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

10月14日 鉄道記念日 「阪急電鉄フェスティバル」   正雀工場内風景 左下写真は 工場内にスペースが設けられ 「ミニ阪急車両」に 子供たちを乗せて運転されていた
            撮影:小生           文責:小生          008-004


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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

10月14日 鉄道記念日 「阪急電鉄フェスティバル」  阪急電鉄正雀工場内   写真上:整備済み主電動機(メインモーター)   写真中:回転子を抜かれ整備中のモーター  写真右:整備中のモーター群  写真下:整備中の回転子
         撮影:小生           文責:小生           008-005


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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

鉄道記念日の 10月14日 「阪急電鉄フェスティバル」  「阪急電鉄正雀工場・車庫」見学会  写真上: トラバーサー(車両を乗せて横方向の他線路へ移動さす設備)   写真中:上写真のトラバーサーに乗せる位置に留置中の車両   写真中下: トラバーサー移動場所が昼食場所に利用されている    写真下: 同じく昼食場所に利用されている
           撮影:小生         文責:小生         008-006


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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

10月14日 鉄道記念日 「阪急電鉄フェスティバル」  「正雀工場敷地内」にある 阪急電鉄系の車両製造会社 「アルナ工機」の 建物である
2段目の写真は 「JR 岸辺駅」付近から 3線(広軌と狭軌)の引込み線で (JR在来線は狭軌 阪急は広軌のため) 他社で製造された車両が 「JR」の車両に牽引されて納入され  また「アルナ工機」で 製造された車両 搬出用の線路である  判りにくいが 左側前方に見えるのが 「JR」東海道線である  写真3・4段目の写真は 「アルナ工機」建物の各シャッターで トラバーサーにて 「阪急」から「アルナ工機」 「アルナ工機」から「阪急」へ 車両の受渡し口である
       撮影:小生        文責:小生      008-007


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2012年11月01日 | 阪急電鉄 京都線

鉄道記念日10月14日 「阪急電鉄フェスティバル」 正雀車庫留置線の写真で 3段目の写真は 阪急電鉄 鉄道技術遺産として(元新京阪電気鉄道車両)動態保存されている名車と云われていた(デイ100系)116号車で、連結されている左側の車両 これも保存車両の 「阪急神戸線」で名を馳せた(900系)900号車(電装なし)を連結して 記念日等に入場者を乗せて 車庫留置線内 約300m内往復を 繰り返し運転されていた パンタグラフのある車両が(116号車)で このパンタグラフが珍しい空気上昇式でスプリングがない 4段目の写真で連結されているのが (900系)900号車である
       撮影:小生           文責:小生             008-008


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2010年05月27日 | 阪急電鉄 京都線
昭和24年頃まで 各電鉄会社も貨物輸送を行っていたが、その名残りとして当時 「京阪神急行電鉄」(戦時中阪神急行電鉄「現阪急電鉄」と「現京阪電気鉄道」が合併)でも貨物電車を運行していたが その名残りが今もそのまゝ残されている、写真は京都線上り 「西京極駅」 手前から分岐し 「天神川通り」 に掛けられたガーターが60年以上経った今も何故か残されている
    写真:「河原町」方面行き車両より  平成22年4月   小生   001

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2010年05月27日 | 阪急電鉄 京都線
昭和24年頃まで各電鉄会社でも貨物輸送が行われていたが、当時 「京阪神急行電鉄」 「現阪急電鉄」 も貨物電車が運行されていた、その名残りとして 「西京極駅」 より「西院駅」地下入口北側 まで 貨物線 として使用されていた軌道跡が 今もそのまゝ残っている、写真は現線路の左側に1線分の道床と 現架線2線を含む 3線分の鉄柱が「西院」地下入口付近まで続いている
  写真:「西京極駅」を発車した車両より河原町方面を望む 小生  平成22年4月
              002

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2010年05月23日 | 阪急電鉄 京都線

阪急京都線 「元新京阪」 が 昭和3年に 「西院地上仮駅」 まで開通させ、その後「河原町駅」 まで地下線で建設の予定であったが、当時の世相諸般の事情等で 昭和6年に「大宮駅」 まで開通させるのがやっとであった、この「大宮駅」が 昭和38年まで京都側のターミナルであり、こゝから「河原町」までは「阪急」の手で開通させ、やっと「新京阪」初期の目標 「河原町」 まで結ぶ事が出来たのである、時に昭和38年6月18日であった
    写真 : 西院駅地下線出入口   平成22年4月   小生   003