日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

最後のランチ(16)

2014-03-11 22:48:22 | B級グルメ
赤坂で最後に行きたい珠玉のランチを綴ってきたこのネタも、気付けば丸々三週分に達しました。最後の最後は、今はなき、しかし一方ならぬ思い入れのある名店をいくつか取り上げて締めくくります。何分再訪したくともしようのない店だけに、自身の記憶だけが便りです。往年の名店の雰囲気を伝えきれるかどうかは未知数ながら、まずはイタリアンの「京屋」から始めます。

この店が過去帳入りしたのは比較的最近のことです。昨年末、「再開発」の名の下に、一帯が根こそぎ立ち退きの対象となったとき、この店も運命を共にしたのでした。
"grigio"に"ESSE DUE"と、これまでイタリアンを二軒ほど取り上げてきましたが、それらの二軒と比べても、内容面ではこの店が一枚上手でした。二種のスパゲティとペンネが選べ、これにサラダとパンと食後の飲み物を加えた基本のセットが1000円。これに前菜を付けたり、デザートを付けたり、さらにはパスタを大盛りにしたりという選択肢があり、全てを選ぶとそれなりの金額にはなります。しかし、たとえば150円追加してパスタを大盛りにすればかなり分量が増え、デザートを選ぶと、これが400円かと思うほどの盛り合わせが出てきます。全てのオプションを選ばなくとも、払った金額以上に満足できるという点では、この店も"ESSE DUE"と甲乙付けがたいものがありました。
主役となるパスタは日替わりで、しかも固定観念を打ち破る斬新な一工夫を施されているのが特徴でした。たとえばカサゴを軽くスモークして、細かく刻んだ皮付きの柚子とともに塩味のパスタに仕上げるところなどは、そこらの店に思いつく芸当ではありません。どこから発想するのかと感嘆するような引き出しの豊富さは、この店の真骨頂というべきでしょう。青い日除けを下ろした小さな店構えも、瀟洒な店内の居心地もよく、味、雰囲気、接客の三拍子揃った名店でした。
唯一にして最大の難点は、あまりの人気でなかなか入れないということです。赤坂といっても繁華街を遠く離れた一丁目、周囲は無機質なビジネス街で、他にめぼしい選択肢がない中、この店だけが突出しているのですから、ある意味当然の結果ではありました。席の数が少ない上に、まずパンとサラダが出て、次にパスタが出て、最後にお茶が出てくるという流れ上、必然的に回転率が下がるということもあるでしょう。確実に着席するなら、11時半の開店に先んじて並ぶのが必須であり、12時台などもってのほか、14時の閉店間際に駆け込もうとしても、一組二組待ち客がいるのは日常茶飯事でした。客層も十中八九、いやそれ以上が女性で、野郎の一人客でも気兼ねなく入れる"ESSE DUE"に比べると、その分敷居が高く感じられたのは事実です。

このように、入りづらいという唯一にして最大の難点はあったものの、それを除けば何もかも非の打ち所がない名店でした。そんな店が再開発の名の下に駆逐され、跡地には威圧的な高層ビルが建ち上がって、企業が経営するつまらぬ大店などが入るのですから、何とも無粋な話というしかありません。しかし、この店を作り上げた手腕があるなら、どこへ行っても繁盛するでしょう。移転するといいつつ、結局移転先が告知されないまま閉店を迎えてしまい、どこへ落ち着くのかは分かりません。しかし、近くの街で再開したという風の便りが届いたら、新装なった店を一度訪ねてみたいものだと思います。
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