雨の中を歩いて「独酌三四郎」にやってきました。教祖が幾多の著作で絶賛してきた名店中の名店ですから、不肖私が今更多くを語る必要はないのかもしれません。しかし、この店について、教祖が言及していなかったことが一つあるのに気づきました。それは意表を突く店の佇まいです。
駅前の宿を出て「2条通5丁目」という所在地を手がかりに歩くと、向かって行くのは呑み屋街とは違う薄暗い市街でした。たしかに何軒かの呑み屋がまばらに散らばってはいるものの、以前歩いた呑み屋街とは明らかに違う場所です。半信半疑になりながらもそのまま歩くと、ようやく店の明かりが見えてきます。しかし、これより先には街灯以外の明かりがなく、一軒の呑み屋もないのが一目瞭然です。要は呑み屋街のまさに終端ということで、自力でたどり着かなかったのも無理はありません。仮にたどり着いたとしても、店先に品書きも何もないこの店に、何の手がかりもなく飛び込むことはできなかったでしょう。教祖が紹介する名店の中にも、店構えからして期待できるところと、事前に知らなければおよそたどり着かないところがあります。この店は明らかに後者の部類です。
実は、この店を訪ねるにあたり、一つだけ懸念していたことがあります。教祖が激賞し、口コミサイトでも全国トップクラスの高得点を叩き出す有名店だけに、たとえば秋田の「酒盃」のように予約満席という事態にならないかというのが一つです。仮に入店できたとしても、道外から来た一見客でカウンターが埋まっていたとすれば、これまた興ざめというものでしょう。わずかに開いた障子から中をのぞくと、平日の少し遅い時間ということもあるのか、少なくとも小上がりについては先客の姿がないようです。とりあえず前者の事態だけは回避できると一安心して暖簾をくぐりました。
北国らしく二重になった玄関をくぐると、まず見えるのが左手にある畳の小上がり、次いで飛び込むのが、分厚い白木の一枚板を奢った右手のカウンターです。ここから先は教祖がつぶさに語ってきたことなので繰り返しませんが、それでも百聞は一見に如かずと思ったことがあります。カウンターの一番手前に三つの竈がL字型に並んで、右は炉端、左は燗付け場となっており、そこが店主の仕事場となっているのです。しかもこの燗付け器というのが、見たこともないような風変わりなもので、羽釜の蓋の代わりに丸い穴をいくつも穿った銅板を乗せ、穴の一つ一つに酒器を落とし込んで燗をするという仕掛けになっています。その酒器の独特さについては教祖の著作で何度も語られてきたことですが、果たして現物は一見醤油差しのような焼締の器で、たしかに他の店では絶対に出会わないであろう唯一無二のものです。酒器は先代店主が京都の骨董品屋で掘り出したものだといいますから、おそらくこの燗付け場も酒器に合わせて設えたのでしょう。長年の煙と油で燻されたこの竈周りで、店主が仕事をこなすのを眺めるだけでも楽しいものがあります。
座布団敷きのベンチシートと止まり木を合わせたカウンターは、十人弱掛ければ一杯といったところで、奥にも同じ造りのカウンターがもう一本あるようです。しかし、この店の特等席はなんといっても店主の前でしょう。一見にもかかわらずその特等席にいきなり陣取ることができたのですから、まさに僥倖だったということになります。
木の皮に筆書して束ねた品書きには、北海道らしさと秋らしさが随所に表れ、店の造りと同様眺めるだけでも楽しめます。その中からまず選んだのは〆さんまです。秋の北海道といえば秋刀魚の刺身という素人考えの裏をかいたこの品ですが、実際箸をつけると、酢で締めることにより秋刀魚のくどさが和らぎ、酒の肴としてはむしろ合っているということに気付きました。簡素ながら上品な器と盛りつけも、割烹の華やかさとは一線を画す、やはり正統派の居酒屋といった感があります。このように、酒との相性を考えて一つ一つの品を作り込むのが、「独酌」の看板を掲げる所以なのでしょう。竈の炭で野菜を直に焼くところは北海道らしく、これまた眺めていて楽しいものがあります。店の造り、品書き、仕事ぶりのどれをとっても北海道らしさが随所に滲み出て、眺めるだけでも楽しめるという点で、ここが道内屈指の存在だということだけは間違いがないようです。
ただ一つ難癖をつけるとすれば、あまりに完成度が高すぎるということでしょうか。もし自力でここを発見したとすれば、一生通い続けるほどの愛着が湧いただろうと推測します。しかし、「北海道一」との評判を事前に聞き、元々の期待感が高すぎるため、その期待をも上回る感動まではなかったというのが率直なところでした。この店のよさを理解するには、一度訪ねただけでは足りず、二度、三度と足を運ぶ必要があるのでしょう。明日からは、道北を二、三日旅して旭川に舞い戻ってくるという展開が予想されます。もしそうなったときには、再びこの店の暖簾をくぐることになるかもしれません。
★独酌三四郎
旭川市2条通5丁目左7号
0166-22-6751
1700PM-2300PM(日祝日定休)
風のささやき・冽・麒麟山
お通し
〆さんま
鰊飯寿司
焼き茄子
宗八焼
きのこ汁
駅前の宿を出て「2条通5丁目」という所在地を手がかりに歩くと、向かって行くのは呑み屋街とは違う薄暗い市街でした。たしかに何軒かの呑み屋がまばらに散らばってはいるものの、以前歩いた呑み屋街とは明らかに違う場所です。半信半疑になりながらもそのまま歩くと、ようやく店の明かりが見えてきます。しかし、これより先には街灯以外の明かりがなく、一軒の呑み屋もないのが一目瞭然です。要は呑み屋街のまさに終端ということで、自力でたどり着かなかったのも無理はありません。仮にたどり着いたとしても、店先に品書きも何もないこの店に、何の手がかりもなく飛び込むことはできなかったでしょう。教祖が紹介する名店の中にも、店構えからして期待できるところと、事前に知らなければおよそたどり着かないところがあります。この店は明らかに後者の部類です。
実は、この店を訪ねるにあたり、一つだけ懸念していたことがあります。教祖が激賞し、口コミサイトでも全国トップクラスの高得点を叩き出す有名店だけに、たとえば秋田の「酒盃」のように予約満席という事態にならないかというのが一つです。仮に入店できたとしても、道外から来た一見客でカウンターが埋まっていたとすれば、これまた興ざめというものでしょう。わずかに開いた障子から中をのぞくと、平日の少し遅い時間ということもあるのか、少なくとも小上がりについては先客の姿がないようです。とりあえず前者の事態だけは回避できると一安心して暖簾をくぐりました。
北国らしく二重になった玄関をくぐると、まず見えるのが左手にある畳の小上がり、次いで飛び込むのが、分厚い白木の一枚板を奢った右手のカウンターです。ここから先は教祖がつぶさに語ってきたことなので繰り返しませんが、それでも百聞は一見に如かずと思ったことがあります。カウンターの一番手前に三つの竈がL字型に並んで、右は炉端、左は燗付け場となっており、そこが店主の仕事場となっているのです。しかもこの燗付け器というのが、見たこともないような風変わりなもので、羽釜の蓋の代わりに丸い穴をいくつも穿った銅板を乗せ、穴の一つ一つに酒器を落とし込んで燗をするという仕掛けになっています。その酒器の独特さについては教祖の著作で何度も語られてきたことですが、果たして現物は一見醤油差しのような焼締の器で、たしかに他の店では絶対に出会わないであろう唯一無二のものです。酒器は先代店主が京都の骨董品屋で掘り出したものだといいますから、おそらくこの燗付け場も酒器に合わせて設えたのでしょう。長年の煙と油で燻されたこの竈周りで、店主が仕事をこなすのを眺めるだけでも楽しいものがあります。
座布団敷きのベンチシートと止まり木を合わせたカウンターは、十人弱掛ければ一杯といったところで、奥にも同じ造りのカウンターがもう一本あるようです。しかし、この店の特等席はなんといっても店主の前でしょう。一見にもかかわらずその特等席にいきなり陣取ることができたのですから、まさに僥倖だったということになります。
木の皮に筆書して束ねた品書きには、北海道らしさと秋らしさが随所に表れ、店の造りと同様眺めるだけでも楽しめます。その中からまず選んだのは〆さんまです。秋の北海道といえば秋刀魚の刺身という素人考えの裏をかいたこの品ですが、実際箸をつけると、酢で締めることにより秋刀魚のくどさが和らぎ、酒の肴としてはむしろ合っているということに気付きました。簡素ながら上品な器と盛りつけも、割烹の華やかさとは一線を画す、やはり正統派の居酒屋といった感があります。このように、酒との相性を考えて一つ一つの品を作り込むのが、「独酌」の看板を掲げる所以なのでしょう。竈の炭で野菜を直に焼くところは北海道らしく、これまた眺めていて楽しいものがあります。店の造り、品書き、仕事ぶりのどれをとっても北海道らしさが随所に滲み出て、眺めるだけでも楽しめるという点で、ここが道内屈指の存在だということだけは間違いがないようです。
ただ一つ難癖をつけるとすれば、あまりに完成度が高すぎるということでしょうか。もし自力でここを発見したとすれば、一生通い続けるほどの愛着が湧いただろうと推測します。しかし、「北海道一」との評判を事前に聞き、元々の期待感が高すぎるため、その期待をも上回る感動まではなかったというのが率直なところでした。この店のよさを理解するには、一度訪ねただけでは足りず、二度、三度と足を運ぶ必要があるのでしょう。明日からは、道北を二、三日旅して旭川に舞い戻ってくるという展開が予想されます。もしそうなったときには、再びこの店の暖簾をくぐることになるかもしれません。
★独酌三四郎
旭川市2条通5丁目左7号
0166-22-6751
1700PM-2300PM(日祝日定休)
風のささやき・冽・麒麟山
お通し
〆さんま
鰊飯寿司
焼き茄子
宗八焼
きのこ汁