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ふぅん

闇閃閑閊 ≡ アノニモス ≒ 楓嵐-風

金曜の夜は船の上

2010-03-16 23:21:38 | 日々随想
「コノ カナグモ オナジイロノカバン モッテマスカ?」
『いや これだけだけど』
「ソウデスカ ソックリナヒト ヨクキマス」


ふうん





僕は 会計で 不思議な質問を受けた
最寄の駅の 中華料理屋
カメ出し紹興酒を デキャンタで乾して


その 女性店員は
僕の勘では 韓国人だったのだけれど
不思議な質問をしてきてくれたついでに 聞いてみた


『どちらから いらっしゃったんですか?』
「キタノホウデス」
『中国ですか?』
「ハイ キツリンショウデス」


ふうん


キツリンショウが どこにあるか
さっぱり 分からないんだけれど
言葉のナマリからして きっと 彼女は韓国人だと思ってた


でも ここは 中国料理屋だし
ま そうか


「ソノヒトモ ショウコウシュ デカンタデノンデマシタ」
『もしかして その人 坊主頭だったんじゃない?』
「ハイ カミノケ ミジカカッタデス」


アハハ


『僕も 半年前まで 坊主だったんです』
「ア ソウデスカ ソックリダッタカラ」
『これ かつらなんです』


かつら という単語が 難しかったのか
彼女は 14時くらいに 頭をかしげて
でも 笑顔で言ってくれた

「ソノカミノホウガ ニアイマス」


ふうん


いつも とっても 無愛想な人だったから
まさか 話しかけられると思わなかったし
遠くで聞こえる 同僚との会話は 韓国語に思えたのだけれど・・・


でも いつになく笑顔で
まるで 日本人のような 世辞を述べて
オツリを渡してくれた


はぁ?


きっと 彼女は 公文に行ったほうがいい
それくらい 多すぎるオツリ
というか 安過ぎる会計


同じ人だと 覚えておいてもらえる間に
もう一度 訪問しよう
また ショウコウシュのキャラフェを頼んで


そして そっと 質問してみよう
今度は 韓国語で・・・
彼女が うっかり反応してしまったら・・・


ニヤリと笑って
感謝と イタズラをしてみよう
『チョヌン プッカネ カンチョビヤ』


わたしは 北韓の間諜です・・・

ほんの少しだけ

2010-03-15 22:49:26 | 日々随想
少し 疲れた





ちゃんと 切り替えないと
散らかったまま
次々と 新しい日々がやってくる


よく眠れた
それなのに
ぼんやり


まあ 原因は
きっと 自分では
分かってるんだけどさ


少し 疲れた


でも 生きてくことは 休めない
長い長い 全休符の連続じゃなくって
短くても 楽章と楽章の間のように


しっかり 充電しなきゃ

白い日

2010-03-14 23:06:47 | 日々随想
煙と馬鹿は 高いとこが好き
その言葉を 立証するかのように
僕は 高いとこが好きだった


だった


いわゆる 過去形


ふうん





今日は 横浜のホール
せっかくだから 三階席で リハを聞こうと
三階の最前列の席から 下を見たら・・・


えーと


数年前 バンジージャンプをしたんだ
川から 60メートルくらい上の橋から
ドッカーンってやつ


高いとこ へっちゃらだったし
僕にとって 恐怖なんて
暴力団とか ヤクザとか 虫歯とか


現実的に痛みを伴うものだけだったから
絶対に 痛くない バンジージャンプ
初めて 挑戦したんだ


ま 最初は ぜんぜん ふうん って感じだった
だって まあ 平気なんだしさ
高いトコ 好きだったし


でも 人間って 不思議だね
飛び込む 数秒前になって 下を見て
初めて ちょっとだけ 恐怖心が湧いたんだ


でも 3 2 1 って感じで
僕は 60メートル下の川へ ダイブ!
たぶん わめきながら 下降していった


残念ながら その時 
オーストラリア人が 撮ってくれた写真を見ると
僕は 飛び込む瞬間 膝が曲がってるんだよね


膝は まっすぐにして 飛び降りないと・・・


今日 慣れない照明の中で
僕は 3階から 1階席を見下ろした
ちょっとだけ 三半規管が反応して・・・


もう一度 水上に行って
バンジージャンプしないと・・・
高所恐怖症のまま 老人になってしまいそうだ


いや でも やっぱり
晴天の下の バンジーより
薄暗い 3階席のほうが 怖いよな


そんな 真っ白な一日でした!


フルート

2010-03-13 21:29:24 | 日々随想
今日は 相模大野グリーンホール


十年くらい前
僕は このホールに ランパルを聞きに来た
その半年後 彼は 亡くなった





僕は クラシックの楽器の中で
フルートが 一番 嫌いだった
あの息が漏れる音が 辛かったんだ


喘息を患ってる者にとって
気管支に障害のある音 あるいは それに似た音は
聞いただけで発作が 起きそうなくらい 怖い音


だから フルートが大嫌いだった


キリトモで 仕事をしてた頃
バロック時代のフルートの音を聞いた
現代のそれより もっと冴えなくて もっと人間の声のようで


その 棒っきれ みたいな横笛を聞いて
僕は バロックの仕事も ちゃんとやろうと誓った
だから チェンバロも 真剣にやろうと思ったんだ


それから独立して いろんな偏見が無くなって
現代のフルートの仕事も たくさん するようになって
巨匠ランパルの演奏を 聞きにいった


ちょっと 痛々しいくらい
年配の彼に フルートの輝きはなかった
でも ランパルおじいちゃんは すっごく 楽しそうだった


今日 同じステージで
僕は 自分の楽器を持ち込んで
調律をしていた


大嫌いだったフルートは
僕の中で 大きく 方向性を変えてくれた楽器だった
そのおかげで 今日 この舞台で仕事が出来た


音楽が好きな おじいちゃん

演奏家になりたくて 音楽をするのでなくて
音楽が好きだったから 演奏家になった人なんだろうな


僕も 調律師に憧れたことなんて なかった
でも あの頃も 今も 
調律は 難しくて やっかいで 大好きだ


おじいちゃんになっても
ポーン ポーンと 鍵盤を叩いて
調律をしていたいな


そんな 相模原だった