goo blog サービス終了のお知らせ 

ふぅん

闇閃閑閊 ≡ アノニモス ≒ 楓嵐-風

東京湾のオヘソ

2010-08-02 19:38:10 | 夜々懐想
うみほたる


初めて来たのは もう十年くらい前のこと
まだ 昔のエンジ色の車で
助手席に 彼女を乗せて


長い海中トンネルを抜けて
再び青空が見えた時
見渡す限り 四面海歌を眺めた時


僕らは うわーって 感動したっけ


あれは 確か 僕の誕生日の頃
だから 館山に着いても 水着は着なかったし
そうだ 彼女がケーキを予約していてくれてたんだ


翌日 南端の灯台に行って
フェリーに乗って 東京湾を横断して
僕らの ささやかな旅は あっという間に終焉


時間の速度は
充実に比例して
願望に反比例して


遠い思い出なんか
過ぎ去った時間の中で
濾過されて 結晶化して
今じゃ 琥珀のように優しい輝き


今朝の うみほたる 一人で見回せば
蒼い空 青い海
記憶より 遥かに大きかった


ふうん


僕達の七夕

2010-07-07 01:59:14 | 夜々懐想
専門学校 2年の夏休み
僕は 家族で天童に旅行に行った
隣の街には 彼女が帰省していた


僕は 旅館の公衆電話から
彼女の実家に電話した
お母さんが出て 初めましての挨拶をして


凄く緊張した


とりついでもらって 電話に出た彼女も
とっても ヒソヒソ声で
嬉しかったのと ビビっていたのと





「なんていう旅館に泊まってるの?」
僕は 十円玉を足しながら 宿の名前を伝えた
「わかった じゃあ 抜け出して行くから 2時間後に」


僕は 家族の待つ部屋に戻って
浴衣から 普段着に着替えて
『ちょっと 近所を散歩してくるね』 嘘をついた


すぐに帰ってきて 普段着のまま寝た振りをして
約束の時間の少し前に 再び部屋を抜け出した
もう ハタチだったのに そんなコトすら大冒険だった


山形の夏は 夜でも暑かった


温泉街だったから 夜中になっても
わずかな人通りは あって
ボンヤリ眺めながら 彼女を待った


約束の時間を 少し過ぎた頃
彼女は 自動車でやってきた
幸か不幸か 僕は 彼女の教習所の失敗談を聞いていた


助手席に乗って 隣の街の 彼女の実家を見た
「ここが 私の家」
『ふうん』


会えて 嬉しかったことより
家族を出し抜いた 緊張より
彼女の運転は 恐怖だった


絶対に翌朝の 地方新聞に載るだろうな
今まで聞いた どんな怪談より
背筋が凍った 真夏の夜だった


『せいちゃんと 会った?』
「ううん せいちゃんは 仙台にいるから」
『ふうん』


その夜 交わした会話で
記憶に残っているのは
それくらい


夏休みで 帰省すれば
きっと 元彼に会ったんだろうなって
嫉妬な動機で 聞いてみた


「でも 仙台は 仙山線で一本なんだ」
『ふうん』


あれだけ 会いたかったのに
嫉妬と 恐怖で
僕は 真夜中の邂逅を激しく後悔した


再び 旅館の前まで 送ってくれて
じゃ 二学期に会おうと
あまり さわやかでない別れ方をした


それから 一年後
僕は 浜松にいて 彼女は 実家にいて
僕等は終わってしまった


猫よりも 雷を怖がって
プリンさえあげれば 機嫌が直って
寂しさに耐えられない人だった


でも 彼女は もういない


たしか あの夜は 旧暦の七夕だったんだ


1年に1度しか会えない 織姫と彦星だって
もともとは 激しく愛し合い過ぎたから 引き裂かれたんだし
それでも 会えるんだもんね 1年に1度


せめて そっと 思い出してあげたい
少なくとも 1年に1度くらいは
僕等の天の川は 生と死の間に流れているから



おやすみ

2010-02-16 01:29:06 | 夜々懐想
悔しいのは 大好きな 舞茸の天婦羅が 食べられなくなったこと


彼女は 笑いながら そう言った
病気が やや回復して
初めて サシで飲んだ夜だった





僕等が 初めて会ったのは
もう 覚えてない
きっと 遠い日


でも ソウルの夜
コンサートで合流した 街角で
彼女は 完璧な英語を喋っていて
僕は 凄く驚いた記憶がある


彼女の ホームページで
毎日 日記が更新されていて
だから 僕は ブログを始める時
毎日更新を 目標にしたんだ


波長が合ったんだと思う
それぞれ 自分の夢を持っていて
だから よくメールもしたし 電話もした


ちょっとだけ 病気が回復したから
日本酒が飲みたいって 言ったから
僕等は 新宿で 杯を重ねた


「音大も出てない ヴァイオリニストって いないでしょ?」
自嘲気味に 彼女は 話してくれた
『でも そんなの 関係ないじゃん』


ダイエットしていた僕と
少しでも 太らなきゃいけない彼女と
不思議な晩餐だった


最後に電話したのは いつだったか
二人とも レッズファンで
『高原は いらない』 そんな話題で 言い争ったっけ


彼女は スズキメソードで
ヴァイオリンの先生をしていて
最後の日記には 生徒を信じているコメント


体調が悪くなってから
日記は まばらだったから
気長に待っていたんだけど


届いたのは 訃報だった



辛かったね いろいろ
舞茸の天婦羅より
奪われた 様々な思い


末っ子は いつだって
頑張って 笑顔で話す
でも 末っ子が 最初に逝くなんてね


馬鹿


でもね
様々な 苦しみが 終わったのなら
本当に よかったね


ナオポン


幾つかの約束 反故されたけど
いつか そっちに行ったら
また 語ろうぜ


レッズには 柏木が来たんだぜ!
素敵な ヴァイオリンの曲も 見つけたんだぜ!
なのにさ なんで?


おつかれさま
本当に 頑張ったよね
ゆっくり 安らかに 眠って そして 笑ってください


ちょっと 待っててね
そっちに行く前に
もう少し 頑張るから


君の分まで 頑張るから


なおぽん おやすみ

闇より暗い影

2010-02-02 22:01:13 | 夜々懐想
あの頃とは すっかり変わってしまった
かつて 少しだけ 住んでいた街
でも それは ほんの駅前だけのこと


ちょっと 路地を入って
消防車も通れないような ぎっしりした
アパートの密集地


そこは あの頃と同じ
なんだか 覇気のない 静寂の澱
陽の当たらない道は 昨日の雪が凍っていた





浜松での修行を終えて
調布の音大で 仕事を始めた頃
2年ほど住んでいた 立川


今日は 近くで仕事だったので
スタッフを駅に送った帰り
記憶を頼りに かつての住居を見に行った


1階が コインランドリーで
風呂も 換気扇もない
4畳半一間の 神田川の唄の世界


あの 音大時代の二年間
僕は 暗い記憶しかないのは 何故だろう
技術を磨いたり チェンバロと出逢ったり
それなのに 生活の記憶に太陽は出てこない


貧しかったからかな
ううん きっと違う
何かが きっと違う


毎日 銭湯に通っていたっけ
網戸が無い窓に すだれをかけて
汗だくになりながら 蚊取線香をくぐらせていた夏


石油ストーブを 背中であび
綿の半纏を着込んでるのに
部屋の中でも 息が白かった 凍える冬


初めて自炊を始めて 
レバーで死にかけたり
揚げ出し豆腐で 火事になりかけたり


全てが みじめに思えて
自分を 哀れんでいたんだろう きっと
誰かに 認められたかったんだろう きっと


ふうん


暑さや熱さはあったけど 温かくなかったんだ
寒さや冷たさはあったけど さわやかじゃなかったんだ
飢えてはいなかったけど 満たされてなかったんだ


そして 心のどこかで
そういう哀れな自分に 酔っていたんだろう
悲劇の主人公になりきって


そうやって 鍛えられたのは
暑さと寒さに強くなった体だけ
あの頃から 風邪などひかなくなっていったんだ


それから とにかく
なんでも料理するようになったし
一人で生活することが 基本になった


あの頃の夢は 
独立して 音楽の傍で仕事をすることだった


古ぼけた かつて住んでいた 2階の部屋の窓を見つめ
かつての自分に 聞いてみたかった
どうだい あの頃の夢は叶ったけど 満足かい?


今の僕を見て きっと彼は首を横に振るだろう
そんな暗い目をしてるようじゃ ダメだなって
だから あの時 将来なんか見えなくて よかったのかも知れない


でも 今は 
温かい時も さわやかな時も あるんだぜ
満たされてる瞬間も あるんだぜ
こんな目をしていても


闇は 決して光を生み出せないけど
光は 必ず影を生み出すんだ


あの頃の暗さは 闇だったかも知れないけど
今の暗さは ただの影なんだ


そんな 弁解を 過去へぶつけながら
滑らないように クラッチをつないで
ウインカーをつけた


後方を確認すれば
ミラーの上に 紫のネコがちょこん
ほら 僕には今 たくさんの光がある



蒼い月

2010-01-31 12:30:52 | 夜々懐想
昨夜 玄関を出て 見上げれば
東の空に まるい月
ひとつきに2回目の満月を ブルームーンというらしい


ふうん


願いごとはしなかったけれど
太陰暦だったら
存在しなかった 蒼い月





何度目かの食事の時
彼女は 涙を流しはじめて
満月の話をしてくれた


満月の夜は 妹と一緒に
ベランダに出て 食事をするの
そして 弟も一緒に食事をするの


てっきり 二人姉妹だと思っていたのだけれど
彼女には 20代で急逝した 弟さんがいた
病魔に憑かれて 若くして 逝ってしまった


とても美しくて まるで女優さんのような顔なのに
いつも どこか影がかかっていたのは
その弟さんのことだったんだ


ふうん


涙を拭いて 無理して笑って
変な話をして ごめんね と言った
いや僕こそ 何の力にもなれなくて ごめん と言った


僕には なぐさめたり いやしたり
そういう能力がない
だから 言葉も表情も 不器用なままだった


ただ 嬉しかったのは
その次に会った時から
彼女の美しい顔から 影が消えていたこと


満月の夜には 僕らは 会ったことがない
きっと 寒い夜でも ベランダへ出て
兄弟揃って 一緒に食事をするのを 邪魔したくなかったから


でも メールはした
「今夜も満月だね」
『ありがと 明日 会える?』


もう 十年近く前の話


あの人も 昨日の蒼い月を 見上げていただろうか
姉妹それぞれ 結婚してるから
それぞれの場所で それぞれの人と 見上げていただろうか