中学生の頃、私はなぜか剣道部に入っていた。二つ上の学年のキャプテンはUさんという、まじめで成績優秀しかも生徒会長という人だった。八〇年代初頭の中学校は全国どこでもそうだったように「金八先生」と「横浜銀蠅」の世界で、変型学生服にパーマをかけたいわゆるつっぱりの一群が幅をきかせていた。そして、Uさんはそんな不良たちにも一目置かれる存在だった。ある日の放課後の体育館裏で、東京から転校してきたひときわ目立つ不良からの理不尽な挑戦に一歩も引かず、気合いで退散させていたその勇姿を、今でもはっきり思い出すことができる。
私はUさんと同じ高校に進んだのだが、高校時代の彼は特に目立つ存在ではなかった。確か水泳部か何かに籍を置いていて、黙々と練習している姿をちらりと見かけたことがある程度である。もとより私からすれば遠くから見ているような存在で、特別親しかったわけではない。一年生の終わり頃、同じ高校の一学年上にいた従兄弟(中学時代は同じ剣道部にいた)に、「そういえばUさんは大学どうするのか知ってる?」と聞いたみたところ、「よく分からないけど、突然『俺は絵描きになる』って言い出して、浪人して芸大を目指すとか言っているらしいよ」という話だった。特に絵の才能があるとは聞いたことがなかったのだが、その一年後に本当に芸大の合格者に彼の名前が出ているのを見て、何という意思の人だろうかと軽い畏敬の気持ちを持ったものである。
それから二十五年あまりの歳月が過ぎ、すっかり忘れていたUさんの名前を、思いがけないところで発見した。先日の参議院選挙の立候補者として、新聞に出ていたのである。彼が所属しているのは、まあ、何というか、仕合わせを実際に現出させようというポリシーを持っている政党なのだが、どのようなゆくたてを経てそのような場所に行き着いたのかは分からない。ただ、まったく意外であるという感じでもないのである。魯迅「故郷」のような、若き日の偶像が破壊されるといった大げさなものではないのだが、深夜の開票速報で他の候補者より二桁少ない投票数を確認しながら、何とも言えない思いを抱いた。