曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・死者ノ遺産ヲノムナ (4)

2012年10月21日 | 連載ミステリー&ショートショート
《2012年秋のGⅠの日に更新していく競馬小説》
 
 
(4)
 
 
テレビモニターを見つめている周囲の連中からざわめきが上がり、それが段々大きくなっているのは、最低人気の馬がどうやら逃げ切ってしまいそうだったからだ。
 
4コーナーをまわって直線に向いても、2番手の馬と10馬身以上の差があった。普通そんな馬は直線では歩くようになってしまうものだが、モニターに映る馬は脚色がちっとも鈍っていない。
亮一は思わず拳を握り締めた。心臓の高鳴りがはっきり感じられる。その最低人気馬から総流ししているのだから当然のことだ。
1着はもう確実だった。あとは2着にどれくらいの人気薄が来てくれるかが、亮一の最大の関心となっている。
2番手は3番人気の馬だったが、最後方から1番人気の馬が追い上げて来ていた。
 
─― そのまま! ねばれ、ねばれ!
亮一は心の中で絶叫していた。声を出さなかったのは隣にクーさんがいなかったからで、一人だとどうにも声を発しにくい。
久方振りに亮一の願い通りとなり、2着には3番人気の馬がねばり切ってくれた。1番人気馬がその馬にハナ差まで迫った所がゴール板で、亮一はその瞬間まで息ができなかった。
 
数分後にモニターに配当が表示され、レースの時以上のどよめきが上がった。100円が給料に近い額に化けた亮一は、声を抑えるのにひと苦労だった。
こういう時にクーさんがいてくれたら、と周囲を見回したが、やはりクーさんの姿は見当らない。昨年暮れの有馬記念から急激に仲よくなって四ヶ月。その間にクーさんが姿を見せなかったことは二、三回程度だった。それにしてもこんな日に、と亮一は思った。今日なら何軒ハシゴしても大丈夫だというのに……。
 
払い戻しの列は短く、亮一は特権階級になったような気分でそこに並び、払戻し機に馬券を入れた。
札束と小銭が同時に吐き出され、彼はいつものように小銭をポケットに、札束を札入れに入れた。しかしいつもはズボンの尻ポケットに差し込む札入れを、今日はなんとなく不安でジャンパーの内ポケットに収めた。
 
こういった大穴を当てた時が、競馬をやっているうえでの亮一の至福の瞬間だった。
以前は中々味わえなかった大穴的中の快感も、最近は高配当の出やすい馬券が数種類売られているお陰で、そこそこの金さえ出せば割と頻繁に味わえるようになった。
亮一が競馬を始めた頃は1、2着を当てる馬券は枠連というものしかなかった。枠連には8枠までしかなく、8頭を超えて出走する場合は、9頭目が8枠、10頭目が7枠と、外枠から順に増えてゆく。16頭でちょうど各枠2頭となり、17頭目からはまた8枠から順に3頭同居の枠となってゆくのだ。
競馬はなにぶん動物が走るものなので、人気馬がそう度々1、2着に来ることはないのだが、枠連の場合、せっかく狙った人気薄が連に絡んでもそれが人気馬と同枠だと配当がつかなくなってしまう。
逆に狙った人気馬が凡走してしまっても、同枠の人気薄が激走して助かるということもある。そういったケースを、競馬ファンの間では代用品と言っていた。
そんな特色があるので、枠連は当てやすく儲けづらい馬券といえた。これは亮一が競馬を始める以前のことだが、フルゲートが30頭に近いレースもあり、これだと一つの枠に四頭同居してしまう。ひとつの枠に人気薄が集まって、それが連に絡まない限り、高配当の馬券は出なかった。
 
平成に入って馬番の連勝も売られ始めた。これは馬一頭一頭の番号で1、2着を当てるものだ。枠連がゾロ目を入れてもたったの36通りの組み合わせなのに比べ、馬連は、現在フルゲートが18頭なので、フルゲートかそれに近い頭数出走していれば、組み合わせは軽く100を越す。代用品が効かずに当てにくい反面、高配当が出やすい。
さらに今現在では1着、2着と着順まできっちり当てる馬単や、3着までを当てる3連複、さらにはその3着までもを着順通り当てる三連単と、より高配当が出やすい馬券が売られている。3連単では、たった100円200円の購入で、宝くじに匹敵する配当になる場合もあった。
 
亮一は馬連が発売されて以降、一度として枠連を買っていない。勿論少ない投資で高配当狙いだから、というのが第一の理由だが、そればかりではない。その証拠にワイド馬券はちょくちょく買っているからだ。ワイド馬券とは馬単の少し前に売り出された馬券で、買った2頭が3着以内に入っていればよいという馬券だ。つまり1着3着、2着3着でも的中というわけだ。だから当然配当は低くなる。
いずれにしろ枠連以外は、昔から売られている単勝、複勝も含めて全て、馬一頭一頭が付けている番号が対象なので、その選んだ馬が走るか走らないかで結果が決まる。そこがいいのだ。機械類が発達していなくて複雑な馬券を全国規模で発売できなかった時代ならいざ知らず、何故今現在も、自分の選んだ馬が走らなかったのに馬券は的中、などという運の要素の大きい枠連を売り続けているのかと、亮一はその表示を見る度に腹立たしく思った。
 
その日、最終レースが終って下りエスカレーターに乗った時、亮一の財布の中身はさらに膨らんでいた。メインレースでもう1本、万馬券を取ったからだ。
亮一のように、早くから来て一日遊び続ける者は、前半の的中は相乗効果を生み出す。資金が潤沢になってその後のレースで手広く流せ、的中する確率が格段に増すのだ。メインの万馬券も、最後の最後に買い足したものだった。反対にハズレが続くと、押さえ馬券を買うに買えず、金が減っていくうえに的中から遠ざかっていくという悪循環に陥っていく。
 
年に数回あるかないかの大儲けの日。こんな日にクーさんがいないのが、亮一は残念で仕方なかった。二人で飲みに行く分は次回クーさんと会った時まで取っておけば問題なかったが、それよりもせっかくの大穴的中の瞬間に、喜びを抑えつけなくてはいけなかったことが残念だった。もしクーさんがいれば、あのいつもの笑い顔で共に喜んでくれた筈だ。
「すげえなぁ、亮さん」
目を丸くして驚く、亮一が気に入っているあの仕草を、今日隣にいてくれたら二回味わえたのだ。
 
日差しは傾きかけているものの晩春の穏やかな陽気は残っていた。財布の中身と相まって気分もよく、真っ直ぐ帰るのが勿体ないような気がした。だが一人で飲みに行く気が起きず、亮一は早目の夕食だけ牛丼屋で腹に詰め込むと、さっさと駅へ向かって下り電車に乗り込んでしまった。
 
 
(つづく)
 
 
・菊花賞  12番コスモオオゾラの複勝