曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・立ち食いそば紀行  東京の東の端

2012年09月15日 | 立ちそば連載小説
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》
 
 
東京の東の端
 
 
しばらく前に入った焼き鳥屋でのこと。一人だけどいいかと聞いたところ、
「焼きあがるまでに3時間くらいかかるなぁ」。
他に客がいない状況でだ。冗談とも思ったが店主の顔に笑いはなく、わたしはすごすごと退散した。
こんな、飲み屋ではときおりある苦い経験も、立ち食いそば屋では皆無。未入店の店だってなんの不安もなく入っていける。そんなところも立ち食いそばの魅力の一つだ。
 
で、今回食したのは船堀駅の「船堀そば」。改札を出てほぼ目の前にある。訪れたのは初めてだったが、さすが立ちそば、なんの怖れもなく入っていけた。
 
船堀は江戸川区で、東京の東の端。もうちょい東に進めば千葉県の浦安市か市川市に入ってしまう。
端っこというものはどん詰まりの地点ということで、ちょびっと哀愁がわくもの。しかし東京の東端に関してはそれがまったくない。なにしろ東京の東側は23区で、どこを取っても閑散とした場所など一つもない。これが西の端であれば、いくら東京都とて端っこの哀愁は感じられるが、東端に関してはそれが微塵もない。
 
そのうえこの船堀はギャンブル場の最寄り駅になっているので、哀愁など通り越して雑然としている。立ちそば屋も、ビジネス街のそれと違って切れ目なく混み合っている。広くない店舗なので、昼以外でも席を確保するのがひと苦労というほどなのだ。
 
ここが最寄り駅となっているのは江戸川競艇場。これはわたしの私見だが、同じギャンブルでも中央競馬より競輪競艇の客の方が、立ち食いそば率が高い。小腹を埋めるにあたって中央競馬の客たちはハンバーガーやコーヒーショップが重要な選択枝だろうが、競輪競艇の客は、カタカナの食事は選択から除外といった感じ。また、服装からして立ち食いそば屋にピタリはまっている。
 
「船堀そば」は表に券売機が一台。わたしはシンプルに月見とした。いなりのボタンもあって迷ったが、押さなかった。もう一軒寄りたかったので、軽めにしたのだ。
 
店内は中央に立ち食い用のテーブル、二つの側面に椅子席となっている。店員のおじさんに渡し、そして短く、「そばで」。
 
一応ウリは天ぷららしい。ゴボウ、玉ネギなど数種類ある。しかし作り置きはかき揚げだけで、あとは見当たらない。こだわりがあって注文後に揚げるのかもしれない。
わたしの頼んだ月見そばはすぐに出てきた。迅速なのが月見のいいところだ。
 
椅子が空いていたので、水を汲んで席に着いた。
目線よりちょっと高いところにとても小さな棚が作られてあり、そこに唐辛子と楊枝が置かれていた。わたしは手に取り、中央の玉子に沿って一周分かけた。
そして食していく。ギャンブル場の最寄り駅ということで味に期待はしていなかったが、なかなかのものだ。これなら天ぷらも味わってみればよかった。
 
わたしは5分もかからずに平らげ、混み合う店をあとにした。そして船堀駅前に聳え立つタワーを見つめたあと、都営新宿線の改札に向かって行ったのだった。
 
 
(東京の東の端 おわり)