今、僕の目の前には、ひとりの男が立っている。タバコをくわえて。
こんな夜間に突然、男が出現したのだから間違いなく驚いたのだが、不思議と恐怖はなかった。彼が発した、『10年後のお前だ』という言葉が気になったせいかもしれない。
可能性がゼロだとわかっているけど、公園内に他の人がいないかどうか、ひと通り見渡してみた。
やっぱり誰もいない。
あの人、僕に話しかけてるんだ。やだなぁ。
『え~っと。僕…ですか?』
『10年後のな』と答えながら、彼はジャケットのポケットから取り出した携帯灰皿に、吸いかけのタバコを押し付けた。『信じられないだろうが』
『ええ、まあ……』としか僕には答えられなかった。
でも確かに、月明かりに照らされて見えた彼の顔は、僕のそれと似ているのかも。
彼はこちらに向かって歩きながら、話を続けた。『俺の時代でもまだ完全には解明されていないんだが、要は“タイムスリップ”の一種だ』僕の横を通り過ぎたところで彼は尋ねた。『お前、“10年後に自分はいったいどうなってるのか?”とか考えてたか?』
『…それに近いことは。……実は進路について悩んでいるんです』
そう言った後で、余計なことを付け足してしまった、と後悔した。進路の悩みなど親兄弟にもきちんと話したことがないのに。
『お前は自分では意識していないだろうが、心の何処かで10年後の自分、つまり俺に会いたいと思った。俺は俺でお前に会いたい、というより10年前に思いを馳せていた。こういう具合に、違う時間を生きている自分どうしの思いがリンクする。その時にタイムスリップが実現する、という寸法さ』
『はぁ…』
そう言われても簡単には信じられない僕は、手っ取り早い確認方法を思い立った。
『あの、いくつか僕に関する質問をしますから答えて下さい』
『それなら、俺が知ってることを暗誦していったほうが早い。……つ~か、“僕”って言ってんのか、自分のこと。いつから“俺”に変わったっけ?』
ぼやきながらも彼は、僕のプロフィールを始めとして、家族構成、初恋について、僕しか知らない秘密まで暗誦して見せた。何から何まで言い当て、言わなくてもいいことまで…。
『…お母さんのお財布から盗った5000円……』
『あ~、もういいです!わかりましたから!』
途中までは、変なことを言ってるから酔っぱらいなんだと思っていたけど、違った。
『120点です。僕が忘れていたことまで言ってくれたので』
彼はおそらく10年後の僕、すなわち32歳の僕である。
つづく。(第3回は10月5日、金曜日に更新予定です)
作:笛吹みずいろ
こんな夜間に突然、男が出現したのだから間違いなく驚いたのだが、不思議と恐怖はなかった。彼が発した、『10年後のお前だ』という言葉が気になったせいかもしれない。
可能性がゼロだとわかっているけど、公園内に他の人がいないかどうか、ひと通り見渡してみた。
やっぱり誰もいない。
あの人、僕に話しかけてるんだ。やだなぁ。
『え~っと。僕…ですか?』
『10年後のな』と答えながら、彼はジャケットのポケットから取り出した携帯灰皿に、吸いかけのタバコを押し付けた。『信じられないだろうが』
『ええ、まあ……』としか僕には答えられなかった。
でも確かに、月明かりに照らされて見えた彼の顔は、僕のそれと似ているのかも。
彼はこちらに向かって歩きながら、話を続けた。『俺の時代でもまだ完全には解明されていないんだが、要は“タイムスリップ”の一種だ』僕の横を通り過ぎたところで彼は尋ねた。『お前、“10年後に自分はいったいどうなってるのか?”とか考えてたか?』
『…それに近いことは。……実は進路について悩んでいるんです』
そう言った後で、余計なことを付け足してしまった、と後悔した。進路の悩みなど親兄弟にもきちんと話したことがないのに。
『お前は自分では意識していないだろうが、心の何処かで10年後の自分、つまり俺に会いたいと思った。俺は俺でお前に会いたい、というより10年前に思いを馳せていた。こういう具合に、違う時間を生きている自分どうしの思いがリンクする。その時にタイムスリップが実現する、という寸法さ』
『はぁ…』
そう言われても簡単には信じられない僕は、手っ取り早い確認方法を思い立った。
『あの、いくつか僕に関する質問をしますから答えて下さい』
『それなら、俺が知ってることを暗誦していったほうが早い。……つ~か、“僕”って言ってんのか、自分のこと。いつから“俺”に変わったっけ?』
ぼやきながらも彼は、僕のプロフィールを始めとして、家族構成、初恋について、僕しか知らない秘密まで暗誦して見せた。何から何まで言い当て、言わなくてもいいことまで…。
『…お母さんのお財布から盗った5000円……』
『あ~、もういいです!わかりましたから!』
途中までは、変なことを言ってるから酔っぱらいなんだと思っていたけど、違った。
『120点です。僕が忘れていたことまで言ってくれたので』
彼はおそらく10年後の僕、すなわち32歳の僕である。
つづく。(第3回は10月5日、金曜日に更新予定です)
作:笛吹みずいろ