世の中には科学や理屈などでは説明がつかない、信じられない現象というものがある。世界のどこかにいる誰かしらはそういった体験をしているのだろう、とは思っていた。
だが、僕自身がそういう現象とニアミスを起こしてしまうとは夢にも思わなかった。
自宅近くの公園に大きな桜の木がある。その木はこの辺でも一番背が高く、幹も太いため、地元の人間なら誰でも知っているものだった。ちょうど今のような季節、春になると、皆から花見だなんだとたいそうもてはやされている。
その桜の木の下で、僕は降り積もった桜の花びらを踏んでいた。地面に広がる花びらは、昼間見た時は“桜でんぶ”のようだったが、こうして暗闇で見ると雪のようだ。こうなるともう見頃も過ぎたようだ。
僕は木を見上げた。
なぜ、こんな真夜中に出歩いているのか。まあ、心の何処かで何か行き詰まりを感じていたのは確かだが。
冷たくない風が吹いた。眼前に桃色の雨、もしくは雪が舞った。
何だろう。なぜだか子供の頃によくやった遊びを思い出した。そして、やってみた。
『後ろの正面だ~れ』
本来、ひとりでやる遊びじゃないよね。それに、かなり割愛してしまった。“♪かごめ かごめ 籠の中の鳥は……”という歌が足りなかったね。
そう苦笑いしながらも、半ば真面目に答えた。
『う~ん……誰もいないよ、きっと』
ふう、と軽いため息を漏らして、振り返ろうとした。
あるいは、この瞬間僕は期待していたのかもしれない。振り返ったら世界が変わってるかも、と。そこに僕の人生を1°でも動かしてくれる人物が立っているかも、と。
『10年後のお前だ』
それが、振り返りきる前に僕の耳に流れ込んできた声だった。
つづく。(第2回は10月1日、月曜日に更新予定です。)
作:笛吹みずいろ