平成7年(1995年)のNTT因島支店の広告です。
「家庭でもファクスの時代」というフレーズが時代を感じさせますね。価格もまだ良いお値段です。
管理人が初めてファクスを見たのは昭和56年頃で、2枚目の画像よりもまだ大きく、黒電話が横にセットされていて、まず送信相手に電話をし「ピ~ヒョロロ」という信号音が聞こえると送信ボタンを押すというものでした。A4の用紙1枚を送るのに3分くらいかかったでしょうか。
因島(田熊)では大正7年(1918年)に電信電話が開通して以来、通信事情は発達を続けてきました。昭和34年の因島の市勢要覧によると、電話の普及率は10.6世帯に1台、昭和38年の要覧では7.9世帯に1台となっています。昭和43年発刊の因島市史には記載がないようですが、広島県統計協会の資料によると、同年、人口100人当たり9.8台、昭和47年には20.8台の普及となっています。当時1世帯を4人とすると、それぞれ2.5世帯に1台、1.2世帯に1台くらいでしょうか。今や携帯電話やメール、LINEやFB等が普及して、同窓会の連絡やイベントの案内もとても簡単・便利になりました。もちろん其々の時代で文明の利器は活用され「世の中便利になったの~」と言われていたことと思いますが、これからはどんな世の中になっていくのてしょうか。楽しみですがついていけるか心配です。。。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/14/2d821b82316402f00c60da13f34ec4cc.jpg)
「家庭でもファクスの時代」というフレーズが時代を感じさせますね。価格もまだ良いお値段です。
管理人が初めてファクスを見たのは昭和56年頃で、2枚目の画像よりもまだ大きく、黒電話が横にセットされていて、まず送信相手に電話をし「ピ~ヒョロロ」という信号音が聞こえると送信ボタンを押すというものでした。A4の用紙1枚を送るのに3分くらいかかったでしょうか。
因島(田熊)では大正7年(1918年)に電信電話が開通して以来、通信事情は発達を続けてきました。昭和34年の因島の市勢要覧によると、電話の普及率は10.6世帯に1台、昭和38年の要覧では7.9世帯に1台となっています。昭和43年発刊の因島市史には記載がないようですが、広島県統計協会の資料によると、同年、人口100人当たり9.8台、昭和47年には20.8台の普及となっています。当時1世帯を4人とすると、それぞれ2.5世帯に1台、1.2世帯に1台くらいでしょうか。今や携帯電話やメール、LINEやFB等が普及して、同窓会の連絡やイベントの案内もとても簡単・便利になりました。もちろん其々の時代で文明の利器は活用され「世の中便利になったの~」と言われていたことと思いますが、これからはどんな世の中になっていくのてしょうか。楽しみですがついていけるか心配です。。。
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