田熊みうま会 尾道市因島から発信中

昭和40年度生まれで 田熊小学校・田熊中学校に通った人のブログ

田熊村四国八十八ヵ所札所 不明だった3か所発見

2020年03月08日 | 令和2年因島・田熊・仲間の話題
昨年3月に田熊村四国八十八ヵ所札所を巡った際、たどり着けなかった五十四~五十六番札所を知人Oさんの案内で発見することができました。
前回は呉田池の東側の小道にある四十六番札所分院から登って五十四、五十五、五十六番札所を目指しましたが、全く道がなくなっていて断念。引き返して保育園近くの三角寺から上り五十七番札所をお参りしてから、上方からチャレンジしましたが、こちらも途中で道が途切れて進むことができませんでした。
以前Oさんにその旨を話したとき「その道はワシの実家から中学校への通学路じゃった。確かに札所があったわい」と聞いていました。今日「あんたが、あ~よったけぇ、行ってみたんじゃ。今ならまだ草木が枯れとるけぇ通れるで。長靴履きないよ」とのことで早速案内してもらうことに。。(やや長編です)

先ずは、前回同様、呉田池東側の四十六番札所分院から進入




田熊こども園を眺めながら進みます


確かに以前来た時より草木が少ないようです。前回はこの先で断念しました。


五十六番札所発見


思った以上に道が良いと思ったのはここまで。足元も悪く、草木をくぐりながらの前進です。
右に行くと旧中学校へ行けるそうです。
Oさん「この道通って行きょうたんで。昔はもっと道がはっきりしとった。鐘が鳴り始めて家を出ても遅刻せんかった」(そりゃウソでしょ)
目指す札所には左へ進みます。


屈強なOさんはどんどん進んでいくのでなかなか追いつけません


Oさん「あんた山には向いとらんの~笑」
判ってますとも笑・・・







一度見てみたいと思っていた「心中場池(しんじばいけ)」も発見。鬱蒼としていますのでわかりにくいですが。。
この辺りは字"大将軍(だいしょうぐん・だいじょうご)"
この池も「大将軍池」と呼ばれていたはずです。
名前の由来もそのうち調べてみたいと思います。
「因島市建設計画書」(昭和34年)には、面積:992㎡、平水量:1.900㎥、最大水深:(増水期)8.10m(渇水期)0.90mと記載されています。
これで田熊町にある、池をコンプリートです♪(瀬川池、呉田池、安土池、金栗池、埋め立て廃止の鷺田池)。



頑張って進むと竹林が
Oさん曰く「ホンマの道は崩れて通れんけぇ、こっちを進むわ」
どこからホンマの道でなくなったのか、全然気づきませんでした。
なので、ここは道ではありません(ホンマの道は画面右側の方になります)。


ひたすら進むと五十五番札所


モノラックのレールが残っていました。
Oさん「この辺はミカン植えとったけぇの」
現在はその面影はありませんね。


無人の民家の傍を抜けて


五十六番札所
これで田熊村四国八十八ヵ所札所もコンプリートです。


もうすぐコール。振り返ってみました。


ようやく一般道が見えてきました。


一般道の入り口から振り返ってみました。
Oさんは「ワシはもう一回下って帰るけど、アンタはそのまま普通の道で帰りんさい」
言われなくてもそのつもりでした(笑)。。。

直線距離だと200m程ですが、結構なお遍路旅でした。案内してくれたoさんありがとうございました。

※令和2年3月13日 加筆修正しました。
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