みちのくの風の旅人 [ 愛と義の街(上杉の城下町)から情報を発信中 ]

米沢・山形・東北の自然や文化・風土を季節の便りとして届けています。HP[新・天空の流れ雲]と合わせてご覧ください。

上杉鷹山公の足跡を巡る 2017春 ④敬師郊迎跡:普門院と羽黒神社

2017-04-09 06:12:31 | 米沢の自然と文化

 普門院には、最近では2年半前にも来ているが、その時は保存修理中だった。もう修理は終わっているだろうと期待して訪れたが、またもやシートに覆われたままだった。足掛け5年以上は修理している様な状態が続いている。 

 岩上山普門院の赤い門をくぐると、鷹山公の師である細井平洲先生の出身地、東海市から寄贈された敬師の像には、まだ雪囲いが架かっていた。先月の30日、午前11時頃のことである。

  

 

 羽黒神社の山門は、苔むした雰囲気がした。 ↓

 

 市内から普門院に向かう途中、南原地区の海老が沢大橋を渡り、関根方面に向かった。橋のたもとの駐車場はまだ雪で覆われていた。見上げると直江石堤の標識が立っていた。ここには、芋煮会などで数回訪れている。

 



  ※ 2年半前に訪れた時の記事をそのまま抜粋し、掲載しています。

     ↓        ↓   

みちのくの秋2014 ~10:普門院と水窪ダム周辺の紅葉 ~

2014-10-31 09:27:30 | 米沢の自然と文化

 福島からの帰り道、米沢スキー場で紅葉の写真を数枚撮ってから、国道13号線を再び米沢市内に向かった。建設中の東北縦貫自動車道路に並行して2・3分走った所で左折し、曲がりくねった湖岸道路を走り水窪ダムに到着した。春は雪解け水で満水に近い水を湛えているが、今は底の部分に少し溜まっているだけである。栗子山もきれいに見える所があった。

 関根の普門院には2・3年振りに来た。その時も本堂改修の足場が組んであったが、今回も変わらなかった。しかし、シートに覆われた中を見ると、屋根の新しい骨組みが見えた。この調子だとあと2・3年はかかりそうに思う。
 山門の脇に今年の9月末、敬師の像が出来た。ニュースでも取り上げられていたので、今回米沢スキー場から自宅に真っ直ぐ戻らず迂回した一番の目的は、この像を見ることだった。上杉鷹山公の師である細井平洲先生を、藩主自ら普門院まで出迎えたと伝えられている。「なせばなる秋祭り」の時に東海市(師の出身地)の関係者も参加し、除幕式が行われた。同じ像が愛知県の東海市にも同時に設置されたとのことである。

 

 

 


 

  ふらり歴史探訪の一部の記事を以下に掲載しました。

     ↓     ↓

  普門院  米沢市大字関根13928
    鷹山公と恩師細井平洲ゆかりの地 往時の面影を今に

普門院は真言宗智山派の寺院で、山号は岩上山。上杉鷹山が恩師、細井平洲を迎えた地として知られ、昭和25年には国の史跡に指定されました。
 寛政8年(1796)9月6日、鷹山は平洲の3回目の米沢来訪を、郊外の関根の地で出迎え、新築まもない普門院に案内して、旅の労をねぎらいました。現在、休息をとった部屋や茶器・湯桶などの諸道具が当時のまま残っています。3回目の来訪は両者の再会への強い願いによって実現したもので、時に平洲69歳、鷹山46歳、十数年ぶりの対面でした。
 鷹山が高齢の師をいたわりながら案内した様子は、平洲が高弟樺島石梁(かばしませきりょう=久留米藩の儒学者)に送った手紙に詳しく記されています。

      <  以下、略    >

 

「 鷹山に学ぶ 第3回 師との出会い 」 も、参考にご覧下さい。

 

 *:*:* < 次回のブログには、30日訪れた場所の詳しい地図を掲載予定です。> +:+:+

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上杉鷹山公の足跡を巡る 2017春 ③籍田の遺跡

2017-04-07 06:27:03 | 米沢の自然と文化

  愛宕小学校の西側の住宅街に、籍田の遺跡がある。米沢藩上杉家の歴代藩主の墓所である御廟所の次に、散歩の途中に通る回数の多いところである。

 先月の30日はとても天気がよかった。小さな田んぼには、まだ雪が残っていた。後ろに見えるのは斜平山(なでらやま)、左側の高い所は愛宕山、右端は羽山、それぞれに神社がある。愛宕山には広場もあり、鷹山公雨乞いの大きな石の記念碑(今回のブログ本文に2年前の記事を参考に掲載中)が立っている。

 

 


 

 「ふらり歴史探訪」の14番目の記事の前半部をそのまま掲載しています。

     ↓   ↓

  籍田の遺跡 遠山町現在の御廟3丁目)   勤労を尊ぶ鷹山公の心 

 上杉鷹山が農業・耕作を励ますため「籍田の礼」(せきでんのれい)を行ったことは有名ですが、今月は米沢市遠山町にあるその遺跡を訪ねてみました。
 「籍田」とは古代中国の周の国で行われた儀礼で、天子(君主)が国内の農事を励ますため、自ら田を踏み耕し、収穫した米を祖先に備えたことから始まったものです。
 この故事を学んでいた鷹山は、凶作などで困窮し、働く意欲を失ないかけていた米沢藩の農民を奮起させようと、安永元年(1772)自ら籍田の礼を行うことを決心しました。鷹山22歳、明和6年の初入部に続く二度目の米沢の春でした。

    <  以下、略  >

 



 ※ 前々回からのブログシリーズ「上杉鷹山公の足跡を巡る」の記事には、米沢市役所の秘書広報課のWEBページからの引用が多数あります。興味のある方は、以下のタイトル画像をクリックしてみて下さい。

 城下町ふらり歴史探訪     ↓     ↓

← 市役所のホームページの特集記事、「米沢ふらり

 歴史探訪」にリンクを貼り付けています。

 

← 市役所のホームページの特集記事、「鷹山に学ぶ

 にリンクを貼り付けています。

   第6回 民に寄り添う① に、籍田の碑の詳しい記事が掲載されています。

 



 

 ブログを始めて6年以上になるが、過去記事を検索してみたら、籍田の遺跡が5・6回登場していた。その一部を紹介します。

       ↓     ↓         ↓

 (1)1年前の田植えの季節のブログに、以下の記事と写真が掲載されています。

   みちのくの春2016 ~ 籍田の御田植祭 ~

     2016-06-01 10:51:44 | 米沢の自然と文化

  昨晩の雨が上がり、今朝はとても爽やかな6月のスタートになった。しかしながら風がとても強かった。

 さて、今年も愛宕小学校西の田んぼで、籍田のお田植えの神事が行われたと、きのう(31日)の米沢新聞に掲載されていた。

 早速きのうの朝6時過ぎ現地に向かい撮影したのが、下の写真です。ここから北へ約1kmの所には、上杉家歴代藩主の墓所がある。また、東へ約1kmの所には鷹山公の隠居所の餐霞館遺跡(上杉神社の南:城南1丁目)がある

 

 ところで5月29日の五月晴れの朝にも、籍田田んぼの近くを散歩した。日曜日の7時前ということもあって、たまにすれ違うのは散歩中の人ばかりだった。

 

 ←の写真は、その時のものである。雑草が沢山生い茂っていた。

 

 

 

 

  

(2)3年前の秋のブログにも、籍田の様子が写っている写真がありました。

  その一部を抜粋し掲載しています。

   南原地区文化祭の見学  2014-10-23 23:25:04 

 愛宕小学校近くの籍田の田んぼは、刈り入れが終わり切り株だけがきれいに並んでいた2週間ほど前に通った時には、3・4本の稲杭に稲の束が掛けられていた。

 


 

 ※ 2年前のブログ記事   ↓    ↓  

 第1回鷹山公をしのび「雨乞いの道」登山    2015-06-08 20:41:41 | 米沢の自然と文化

 

 

 

 
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上杉鷹山公の足跡を巡る 2017春 ②藩校興譲館

2017-04-05 06:20:31 | 米沢の自然と文化

 新年度もスタートし、何かと慌しくなっているが、定年退職して丸3年、のどかで平和な毎日を過ごしている。今朝は雲一つない青空が広がり、霜が降りて0℃前後まで冷え込んだが、日中は20度近くまで暖かくなるらしい。約1週間前も春のポカポカ陽気だったので、市内をいろいろと訪ね歩いた。

 


 

  

 藩校興譲館の場所もいろいろと変遷しているが、中央2丁目には立派な記念碑が立っている。市内中心部から西に少しはずれた飲食店街の道路沿いにある。

 30日、隠居後の住まい餐霞館(さんかかん)を見学した後に訪れた。

 

 

 
 
 ※ 前回のブログに掲載した、米沢市役所のホームページ、秘書広報課のところに、詳しく記載されています。   

   第7回 鷹山の人づくり① ( ← 藩校興譲館について詳しい記述があります)  

 

          ↑  リンクを貼り付けていますので、クリックしてみて下さい。

 http://www.city.yonezawa.yamagata.jp/4509.htm



 平成25年11月、キャロライン・ケネディ駐日大使の「父(ジョン・Fケネディ元大統領)は上杉鷹山を賞賛していた」という発言から、大使の米沢訪問への期待が高まりました。
 そのような機運の中、「鷹山に学ぶ」は市民が上杉鷹山について学ぶきっかけとして、「広報よねざわ」平成26年3月15日号~9月1日号に連載されたものです。(全12回)

 鷹山の生い立ちや藩政改革、鷹山の死後も引き継がれる精神など、上杉博物館監修の下、分かりやすくまとめました。

 一緒に鷹山の偉業を学びながら、その精神を実践していきましょう!

 




回数     タイトル             内容
 
第1回    鷹山、江戸に誕生    鷹山の幼少時代とは?
第2回  鷹山、家督を継ぐ     鷹山はなぜ米沢へ?
第3回  師との出会い         鷹山の人生に大きく影響を与えた「師」とは?
第4回  ふたりの妻            正室と側室、「ふたりの奥さん」のエピソードとは?
第5回  抵抗勢力との戦い     七家騒動~鷹山の前に立ちはだかる試練
第6回  民に寄り添う①      度重なる災害と農村復興
第7回  鷹山の人づくり①     鷹山が行った人財育成とは?
第8回  鷹山の人づくり②     鷹山の人材育成の成果が徐々に実を結びます
第9回  鷹山のものづくり     試行錯誤の中でヒット商品が生まれます
第10回 民に寄り添う②       寛政の改革がいよいよ始動!
第11回 民の父母ー社会福祉政策の推進
                             安心して暮らせる社会へ~今に通じる社会福祉政策
第12回 引き継がれる精神     鷹山の精神を引き継いだ二人の藩主とは?

 



 

 現在の米沢興譲館高校は、市内南部の笹野地区にあるが、約30年前には西大通りにあった。現在は、すこやかセンターや、アクティー米沢などがあるところである。

 かつての学校の正門からは、すこやかセンターなどの駐車場には車で入ることが出来ないので、とてもひっそりとしている。正門を入って右側の松は昔の面影を残している。その足元に石碑が建っている。

       ↓

 

 かつて校舎のあった付近は、小高い丘になっている。まだ積雪が深い所で30cm程ありそうだった。丘の向こうには、すこやかセンターや。アクティー米沢の建物が見えた。

 建物の北の道路沿いには、桜の古木が何本か並んでいるが、正門付近の松と同様、数少ない昔の面影を残す木々である。

 

 


 

 

 4月5日の午後、約30年前に興譲館高校があった場所にある、すこやかセンターに、退職者団体の会議出席のために出掛けた。

 3階から、昔の面影を残す正門付近が良く見えた。石碑もしっかりと見えた。

(写真の左側、赤茶の屋根の左の松の木の下、黒いものが石碑である。)

  →  →

 

 

 

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上杉鷹山公の足跡を巡る 2017春 ①隠居後の住まい餐霞館(さんかかん)

2017-04-03 14:54:28 | 米沢の自然と文化

  今日から新年度の仕事が本格的にスタートしている。孫娘たちもそれぞれ進級して、新しいクラスになったらしい。

  ところで先月末の30日は、珍しく春の暖かさに恵まれ最高気温が10℃を越えた。しかし、その後はまた寒さが戻り、肌寒い日が続いている。東京は桜が満開になったらしいが、米沢の田んぼにはまだ雪が残っている。

 上杉神社から南へ歩いて5分、住宅街の中にひっそりと、上杉鷹山公の隠居後の住まい餐霞館(さんかかん)がある。年に2・3回散歩の途中に近くを通ることがある。

 目立ちにくい場所にあるので、ほとんど観光客を見かけたことはない。米沢に住んでいる人でも、この場所を知らない人の方が大多数である。近所の人達が除雪機で雪を飛ばしたのか、積雪が30cm以上あった。

     ( ↑  上の画像は、最初にUPした画像が不鮮明のため、2日後に差し替えています。 )

 

  ふらり米沢歴史探訪(関連情報リンクに掲載中)の中に、餐霞館(さんかかん)について書いたページがあります。

           ↓  クリックしてみて下さい。リンクを貼っています。

         餐霞館遺跡 城南1丁目 鷹山公隠居後の住居跡

 

  *******  関 連 情 報 リンク  *********** 

  米沢市役所ホーム → ページ組織別ページ → 企画調整部 → 秘書広報課

      URL ; http://www.city.yonezawa.yamagata.jp/1075.htm

      ↓ 秘書広報課のページの一部を、そのまま掲載しています。

   市の広報紙「広報よねざわ」は、市政の現況や将来の計画、各種の催しなど、皆さんの日常生活に必要な情報や地域の出来事などを毎月2回(1日号と15日号)お届けしています。PDF形式で掲載してありますので、ページをめくるようにご覧いただけます。

   市民が上杉鷹山について学ぶきっかけとして、「広報よねざわ」平成26年3月15日号~9月1日号に連載されたものです。(全12回)鷹山の生い立ちや藩政改革、鷹山の死後も引き継がれる精神など、上杉博物館監修の下、分かりやすくまとめました。

  姉妹都市・歴史親善友好都市・友好都市について

 
 

  米沢市上杉博物館(伝国の杜)前の広場には約20cmの雪が残っていた。

      ↓  ( 3月30日午前9時30分撮影 )  ↓

  

 

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