大学生を勉強させる「現実的」な方法
日本の大学生が勉強すれば「日本」が強くなる
辻 太一朗 :NPO法人DSS代表
2013年04月17日
国内350人に対して、海外1,100人(パナソニック)。
国内500人に対して、海外950人(ファーストリテイリング)。
これは、2013年度の新卒採用の人数だ。
日本の大学生は今、
海外の大学生と職を奪い合う状況におかれている。
そんな中、ついに大学教育のあり方そのものが問われ始めた。
あまりに勉強しない日本の大学生に対して、
海外の大学生は4年間みっちりと知的能力を鍛えられており、
日本の大学生の不利が徐々に明らかになってきているからだ。
日本の大学生は、どうすれば勉強するようになるのだろうか?
リクルートで全国採用担当者を務めた後、
さまざまな角度から就活にかかわり、
大学教育と就職活動のねじれを直す活動を著書
『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』にまとめた筆者が、
大学生に勉強させるための「現実的」な解決策を提案する。
写真:本の表紙
連載第2回目で、
勉強しない大学生を生み出す構造的なメカニズムについて解説しました。
要は、大学生・大学の先生・企業の採用担当者の3者が、
自分の利益を最大化するように行動した結果、
「勉強しない大学生」を生み出す負のスパイラルが回ってしまい、
大学生が勉強しなくなっているのです。
誰も悪くないからといって、
全体で見ればこの構造は大問題です。
経済は容赦なくグローバル化していますし、
アジア圏を中心とした新興国で大学進学率が高まり、
日本の大学生のライバルは増える一方です。
そして彼らは、大学において必死で勉強し、
知的能力を鍛えているのです。
ではどうすればいいのでしょうか?
本連載の最終回では、
この問題に答えていきたいと思います。
「考える力」を育成・評価しているのはどの大学か?
私が代表を務めるNPO法人DSSでは、
首都圏主要9大学28学部の大学4年生2,000人に、
ある聞き取り調査を実施しました(調査の詳細は最終ページを参照)。
この調査では、
大学4年生に成績表を持参してもらい、
自分が受けた授業の中から
「考える力を育成している授業」
「考える力を評価している授業」を挙げてもらいました。
どの授業が「考える力」を育成・評価しているのか、
またそのような授業はどの大学・学部に多いのかを明らかにするためです。
なぜ「考える力」を重視するのでしょうか?
それは、「考える力」こそが、
まさに企業が大学生に求めている力だからです。
連載第1回で、海外の大学生は、
・すでにある知識を組み合わせて新しいことを生み出す力
・問題を分解・分析して解決策を導く力
・さまざまな新しい情報を既知の知識と組み合わせて状況判断する力
に秀でているとお話ししました。
これこそがまさに考える力であり、
企業が評価する力なのです。
「育成」では立教が大健闘、早慶は残念な結果に
調査結果の詳細は拙著
『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』に譲るとして、
ここでは全体の傾向を見ていきましょう。
下の表をご覧ください。
これは、「考える力を育成している授業」として
大学生が挙げた授業の数の平均を見たものです。
まず目立つのは、立教大学の健闘でしょう。
特に立教大学経営学部は、
全体の平均4.1のおよそ1.7倍です。
立教大学経営学部が高い評価となったのは、
同校が実施している
「ビジネスリーダーシッププログラム」が大きく影響しています。
このプログラムは
グローバルに活躍できる人材の養成を目的に開発されたもので、
経営学部の学生全員が履修するコア・カリキュラムです。
ディスカッション、プロジェクトの実行などを中心に進められ、
知識の習得にとどまらず、
与えられた知識を活用するためのスキルを
身に付けさせることを主眼においています。
このような取り組みの効果が、
数字で立証されたと言っていいでしょう。
一方、私立大学の雄と言われる早稲田大学と慶應大学はぱっとしません。
平均の4.1を超えているのは早稲田法学部のみで、
あとは軒並み平均以下という結果になっています。
「評価」では東大が別格、やはり立教が健闘
次に、「考える力を評価している授業」の結果を見てみましょう。
下の表をご覧ください。
ここで目立つのは、東京大学の圧倒的な強さです。
これには理由があって、
東京大学法学部と経済学部では、
学生につける「優・良・可・不可」の割合が決められていて、
いいかげんな勉強では簡単に単位を落とされてしまうからです。
逆に言うと、成績に差をつけなくてはならないので、
暗記しただけでは太刀打ちできない、
「考える力」が試される論述問題を出題しているとも言えます。
そういった特殊な事情がある東京大学を除けば、
やはり立教大学経営学部の健闘が目立ちます。
東大を除いた8大学26学部の平均は3.2ですので、
2.5倍も、考える力を評価していると言えるのです。
先ほどお話しした
「ビジネスリーダーシッププログラム」では、
普段の授業の活動経過を評価しています。
ディスカッションでの発言内容、
チームへのかかわり方、
プロジェクトの進行過程も評価の対象となります。
これはまさに、アメリカの大学流の評価方法と言えるでしょう。
一方、やはり早慶は平均点を超えているのが早稲田の商学部だけと、
残念な結果になっています。
調査の目的は、「正のスパイラル」を回すこと
このような調査をした真の目的は、
調査結果を公表することで、
連載第2回目に紹介した「負のスパイラル」が反転し、
「正のスパイラル」になる一助とすることです。
どういうことかご説明するために、
まずは、正のスパイラルが回っている社会では
何が起きているのか、見てみましょう。
正のスパイラルが回っている社会では、
学生はバイトやサークルだけでなく、
授業にも力を入れざるをえなくなります。
なぜなら、企業が採用の際に、
大学の成績を参考にするようになるからです。
そうなると、海外の大学生のように、
日本の大学生も大学の勉強に時間をかけるようになりますし、
真剣度も増します。
学生が授業にまじめに取り組み出すと、
内容や評価がいいかげんな先生の授業は取らなくなります。
さらに学生は、どうせ授業に力を入れなくはならないのなら、
より質の高い教育を求めるようになります。
何を教えてもらえるのか、
どのような時間を過ごさせてくれるのか、
授業を見る目が厳しくなります。
そうなると、先生も授業の質を高めざるをえなくなります。
また、質を高めても学生はそれについてきます。
学生と先生が、互いに高い要望を持てるようになってくるわけです。
さて、授業と評価の質が高くなると、
企業は大学の成績を信頼できるようになります。
採用選考の基準として、
たとえば学生の事前選考に利用できるようになるわけです。
企業が大学の成績を参考にするようになると、
大学生は勉強して少しでも成績を上げようとします――
これが正のスパイラルです。
正のスパイラルが回り始めれば、
大学生は晴れて勉強するようになるのです。
これを、絵空事だと思いますか?
しかし、アメリカをはじめ海外では、当たり前のことです。
日本だけが実現できない理由など、どこにもありません。
大学生・大学から手をつけてもうまくいかない
正のスパイラル
正のスパイラルを回せばいいということは、
ご理解いただけたかと思います。
では、負のスパイラルを正のスパイラルに変えるためには、
どこから手をつければいいのか、
考えてみましょう。
まず、学生に「もっと勉強しろ」というメッセージを送る、
というのはどうでしょうか?
これでうまくいけばたいへん美しいのですが、
残念ながら期待薄と言わざるをえません。
ご自分に当てはめればわかっていただけると思いますが、
私も含め多くの人間は、楽しくもなく、
何の得もない行動を続けられるようにはできていません。
メッセージを送っただけでうまくいくと考えるのは、
牧歌的にすぎます。
では、大学の先生を変えるのはどうでしょうか?
大学の先生を評価し、
きちんと指導・評価していない先生をクビにする。
あるいは単位認定を厳しくし、
きちんと勉強しない大学生は卒業できないようにする。
このような改革は、たしかに一定の効果をもたらしそうに思えます。
ですが、私にはあまりうまいやり方だとは思えません。
その理由は、規制強化による改革には、
多くの抜け穴があることです。
たとえば大学の先生を評価するとなった場合、
その評価基準をどう決めるのでしょうか?
学生へのアンケートで決めればよさそうですが、
残念ながら現時点の学生は「楽に単位をくれる」先生を評価し、
厳しい先生に悪い点をつけるでしょう。
また、単位認定を厳しくするという方法にも、
学生をどういった基準で評価するのかという問題があります。
たとえば、膨大な量の暗記をしないと単位が取れないようにすれば、
たしかに卒業は難しくなります。
ですが、ただひたすら暗記をしてきた大学生を欲しがる企業はありません。
評価基準が企業の求めるものと違ってしまっては、
正のスパイラルを回す第一歩にはなりえないのです。
企業を手始めに、大学を変えよう
そうなると、企業から変えていくしかありません。
連載第2回で、
企業が大学の成績を採用の参考にできないのは大学の成績が信頼できないからだ、
とお伝えしました。
ということは、大学の成績の信頼感を取り戻せば、
企業は成績を参考にできるということです。
これまで日本の大学教育をさんざんやり玉に挙げてきましたが、
実は、大学の先生の中には、
きちんと授業に力を入れ、
評価を適正に行っている方も多くいらっしゃいます。
ですので、そういった授業の成績は、
本来企業の採用の参考にできるはずなのです。
問題は、どの先生がきちんと授業や評価をしているのか、
企業側には情報がないことです。
先生の研究業績は調べればわかりますが、
授業への熱意を知る方法はありません。
大学の授業はまさに玉石混淆。
「悪貨は良貨を駆逐する」理屈で、
企業はすべての成績を信頼できなくなっているのです。
だったら、どの授業が採用の参考にできるのか調べて、
企業に情報提供すればいい。
そう考え、冒頭の調査を実施したのです。
学生を採用するときにどこに着目すべきか
もちろんこの調査は、対象大学・学部も少なく、
対象人数も十分とは言えない、不完全なものです。
さまざまな制約から、9大学28学部、
2,000人を対象といたしました。
ですが、大切なのはこういった調査をきっかけに、
企業の人事部の皆さんに大学の授業や、
そこでの成績に興味を持ってもらうことです。
たとえば、「早慶を普通に卒業した学生よりも、
立教経営学部を優秀な成績で卒業した学生のほうが、
知的能力が高いかもしれない」と思ってもらうことで、
大学の授業内容や成績にも目を向けてほしいのです。
そのうえで採用選考時に、
考える力を育成・評価している授業の評価を参考にし始めることが、
変化のスタートになります。
こうして、正のスパイラルが回り始めるのです。
また、ここで紹介した9大学28学部以外の大学・学部に関しても、
企業の方が成績を活用する方法はあります。
面接で大学生に、
1.授業選択の考え方(どのような授業を選択していたか)
2.授業への向き合い方(授業にどのように取り組んできたか)
を質問したうえで学生の成績を見ることで、
その大学生の知的能力の高さや
勉強への意欲の高さを知ることができるのです。
さらにNPO法人DSSでは企業に対して、
応募者・内定者の成績を収集して、
利用しやすいように編集するサービスを
今年6月より無料で提供する予定です。
これらを通して、企業が学生の授業に対する取り組み、
そしてその結果の成績に興味をもち、採用選考で活用する。
そのような企業が少しでも出てくることが、
負のスパイラルを正のスパイラルに変え、
日本の大学生が勉強する環境を作り、
強い日本の基盤となる、第一歩になるのです。
最後に、少し宣伝をさせてください。
本連載では紹介しきれなかった調査結果は、
拙著『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』に掲載しています。
調査結果のより詳細な分析はもちろん、
9大学28学部のうち特に評価の高かった68の授業に関しては、
「授業ミシュラン」という形でその詳細を紹介しています。
ご興味をもたれた方は、書籍のほうも手に取っていただければ幸いです。
調査の概要
○調査期間:2011年10~12月
○調査数:約2000人(各大学・学部4年生の約10%)
○調査対象大学・学部:下記9大学、28学部
青山学院大学(法学部、経済学部、経営学部)、
慶應義塾大学(法学部、経済学部、商学部)、
上智大学(法学部、経済学部)、
東京大学(法学部、経済学部)、
一橋大学(法学部、経済学部、商学部、社会学部)、
法政大学(法学部、経営学部、社会学部)、
明治大学(法学部、政治経済学部、経営学部、商学部)、
立教大学(法学部、経済学部、経営学部、社会学部)、
早稲田大学(法学部、政治経済学部、商学部)
○調査方法
成績表を見ながら、
過去に登録した授業から下記A、Bに該当する授業(語学は除く)を挙げてもらい、
その授業内容を聞き取り。
A:「『考える力』を育成している授業」
(次の2点のいずれかに該当すると思われるもの)
1.授業中に質問・ディスカッション・課題等を実施し、
学生に授業中に考えることを意図的にさせている授業。
2.授業だけでなく、それ以外の時間でも考えさせるよう課題、
準備等をさせている授業。
B:「『考える力』を評価している授業」
(次の2点の両方に該当すると思われるもの)
1.試験、レポート、課題の内容が個人の「考える力」のレベルによって
完成度が変わるようなテーマで選考をしている授業。
2.A、B、C評価のばらつきがあり、
A評価以上は3割以下程度の難しさがあると思われる授業。
より詳しい内容は、
NPO法人DSSのホームページ(http://www.npo-dss.com/method.html)を
参照してください。
※本調査は2011年10~12月における学生への聞き取りをベースとしています。
そのため、現在と状況が異なっていたり、
事実誤認がある可能性があります。
http://toyokeizai.net/articles/-/13671より
日本の大学生が勉強すれば「日本」が強くなる
辻 太一朗 :NPO法人DSS代表
2013年04月17日
国内350人に対して、海外1,100人(パナソニック)。
国内500人に対して、海外950人(ファーストリテイリング)。
これは、2013年度の新卒採用の人数だ。
日本の大学生は今、
海外の大学生と職を奪い合う状況におかれている。
そんな中、ついに大学教育のあり方そのものが問われ始めた。
あまりに勉強しない日本の大学生に対して、
海外の大学生は4年間みっちりと知的能力を鍛えられており、
日本の大学生の不利が徐々に明らかになってきているからだ。
日本の大学生は、どうすれば勉強するようになるのだろうか?
リクルートで全国採用担当者を務めた後、
さまざまな角度から就活にかかわり、
大学教育と就職活動のねじれを直す活動を著書
『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』にまとめた筆者が、
大学生に勉強させるための「現実的」な解決策を提案する。
写真:本の表紙
連載第2回目で、
勉強しない大学生を生み出す構造的なメカニズムについて解説しました。
要は、大学生・大学の先生・企業の採用担当者の3者が、
自分の利益を最大化するように行動した結果、
「勉強しない大学生」を生み出す負のスパイラルが回ってしまい、
大学生が勉強しなくなっているのです。
誰も悪くないからといって、
全体で見ればこの構造は大問題です。
経済は容赦なくグローバル化していますし、
アジア圏を中心とした新興国で大学進学率が高まり、
日本の大学生のライバルは増える一方です。
そして彼らは、大学において必死で勉強し、
知的能力を鍛えているのです。
ではどうすればいいのでしょうか?
本連載の最終回では、
この問題に答えていきたいと思います。
「考える力」を育成・評価しているのはどの大学か?
私が代表を務めるNPO法人DSSでは、
首都圏主要9大学28学部の大学4年生2,000人に、
ある聞き取り調査を実施しました(調査の詳細は最終ページを参照)。
この調査では、
大学4年生に成績表を持参してもらい、
自分が受けた授業の中から
「考える力を育成している授業」
「考える力を評価している授業」を挙げてもらいました。
どの授業が「考える力」を育成・評価しているのか、
またそのような授業はどの大学・学部に多いのかを明らかにするためです。
なぜ「考える力」を重視するのでしょうか?
それは、「考える力」こそが、
まさに企業が大学生に求めている力だからです。
連載第1回で、海外の大学生は、
・すでにある知識を組み合わせて新しいことを生み出す力
・問題を分解・分析して解決策を導く力
・さまざまな新しい情報を既知の知識と組み合わせて状況判断する力
に秀でているとお話ししました。
これこそがまさに考える力であり、
企業が評価する力なのです。
「育成」では立教が大健闘、早慶は残念な結果に
調査結果の詳細は拙著
『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』に譲るとして、
ここでは全体の傾向を見ていきましょう。
下の表をご覧ください。
これは、「考える力を育成している授業」として
大学生が挙げた授業の数の平均を見たものです。
まず目立つのは、立教大学の健闘でしょう。
特に立教大学経営学部は、
全体の平均4.1のおよそ1.7倍です。
立教大学経営学部が高い評価となったのは、
同校が実施している
「ビジネスリーダーシッププログラム」が大きく影響しています。
このプログラムは
グローバルに活躍できる人材の養成を目的に開発されたもので、
経営学部の学生全員が履修するコア・カリキュラムです。
ディスカッション、プロジェクトの実行などを中心に進められ、
知識の習得にとどまらず、
与えられた知識を活用するためのスキルを
身に付けさせることを主眼においています。
このような取り組みの効果が、
数字で立証されたと言っていいでしょう。
一方、私立大学の雄と言われる早稲田大学と慶應大学はぱっとしません。
平均の4.1を超えているのは早稲田法学部のみで、
あとは軒並み平均以下という結果になっています。
「評価」では東大が別格、やはり立教が健闘
次に、「考える力を評価している授業」の結果を見てみましょう。
下の表をご覧ください。
ここで目立つのは、東京大学の圧倒的な強さです。
これには理由があって、
東京大学法学部と経済学部では、
学生につける「優・良・可・不可」の割合が決められていて、
いいかげんな勉強では簡単に単位を落とされてしまうからです。
逆に言うと、成績に差をつけなくてはならないので、
暗記しただけでは太刀打ちできない、
「考える力」が試される論述問題を出題しているとも言えます。
そういった特殊な事情がある東京大学を除けば、
やはり立教大学経営学部の健闘が目立ちます。
東大を除いた8大学26学部の平均は3.2ですので、
2.5倍も、考える力を評価していると言えるのです。
先ほどお話しした
「ビジネスリーダーシッププログラム」では、
普段の授業の活動経過を評価しています。
ディスカッションでの発言内容、
チームへのかかわり方、
プロジェクトの進行過程も評価の対象となります。
これはまさに、アメリカの大学流の評価方法と言えるでしょう。
一方、やはり早慶は平均点を超えているのが早稲田の商学部だけと、
残念な結果になっています。
調査の目的は、「正のスパイラル」を回すこと
このような調査をした真の目的は、
調査結果を公表することで、
連載第2回目に紹介した「負のスパイラル」が反転し、
「正のスパイラル」になる一助とすることです。
どういうことかご説明するために、
まずは、正のスパイラルが回っている社会では
何が起きているのか、見てみましょう。
正のスパイラルが回っている社会では、
学生はバイトやサークルだけでなく、
授業にも力を入れざるをえなくなります。
なぜなら、企業が採用の際に、
大学の成績を参考にするようになるからです。
そうなると、海外の大学生のように、
日本の大学生も大学の勉強に時間をかけるようになりますし、
真剣度も増します。
学生が授業にまじめに取り組み出すと、
内容や評価がいいかげんな先生の授業は取らなくなります。
さらに学生は、どうせ授業に力を入れなくはならないのなら、
より質の高い教育を求めるようになります。
何を教えてもらえるのか、
どのような時間を過ごさせてくれるのか、
授業を見る目が厳しくなります。
そうなると、先生も授業の質を高めざるをえなくなります。
また、質を高めても学生はそれについてきます。
学生と先生が、互いに高い要望を持てるようになってくるわけです。
さて、授業と評価の質が高くなると、
企業は大学の成績を信頼できるようになります。
採用選考の基準として、
たとえば学生の事前選考に利用できるようになるわけです。
企業が大学の成績を参考にするようになると、
大学生は勉強して少しでも成績を上げようとします――
これが正のスパイラルです。
正のスパイラルが回り始めれば、
大学生は晴れて勉強するようになるのです。
これを、絵空事だと思いますか?
しかし、アメリカをはじめ海外では、当たり前のことです。
日本だけが実現できない理由など、どこにもありません。
大学生・大学から手をつけてもうまくいかない
正のスパイラル
正のスパイラルを回せばいいということは、
ご理解いただけたかと思います。
では、負のスパイラルを正のスパイラルに変えるためには、
どこから手をつければいいのか、
考えてみましょう。
まず、学生に「もっと勉強しろ」というメッセージを送る、
というのはどうでしょうか?
これでうまくいけばたいへん美しいのですが、
残念ながら期待薄と言わざるをえません。
ご自分に当てはめればわかっていただけると思いますが、
私も含め多くの人間は、楽しくもなく、
何の得もない行動を続けられるようにはできていません。
メッセージを送っただけでうまくいくと考えるのは、
牧歌的にすぎます。
では、大学の先生を変えるのはどうでしょうか?
大学の先生を評価し、
きちんと指導・評価していない先生をクビにする。
あるいは単位認定を厳しくし、
きちんと勉強しない大学生は卒業できないようにする。
このような改革は、たしかに一定の効果をもたらしそうに思えます。
ですが、私にはあまりうまいやり方だとは思えません。
その理由は、規制強化による改革には、
多くの抜け穴があることです。
たとえば大学の先生を評価するとなった場合、
その評価基準をどう決めるのでしょうか?
学生へのアンケートで決めればよさそうですが、
残念ながら現時点の学生は「楽に単位をくれる」先生を評価し、
厳しい先生に悪い点をつけるでしょう。
また、単位認定を厳しくするという方法にも、
学生をどういった基準で評価するのかという問題があります。
たとえば、膨大な量の暗記をしないと単位が取れないようにすれば、
たしかに卒業は難しくなります。
ですが、ただひたすら暗記をしてきた大学生を欲しがる企業はありません。
評価基準が企業の求めるものと違ってしまっては、
正のスパイラルを回す第一歩にはなりえないのです。
企業を手始めに、大学を変えよう
そうなると、企業から変えていくしかありません。
連載第2回で、
企業が大学の成績を採用の参考にできないのは大学の成績が信頼できないからだ、
とお伝えしました。
ということは、大学の成績の信頼感を取り戻せば、
企業は成績を参考にできるということです。
これまで日本の大学教育をさんざんやり玉に挙げてきましたが、
実は、大学の先生の中には、
きちんと授業に力を入れ、
評価を適正に行っている方も多くいらっしゃいます。
ですので、そういった授業の成績は、
本来企業の採用の参考にできるはずなのです。
問題は、どの先生がきちんと授業や評価をしているのか、
企業側には情報がないことです。
先生の研究業績は調べればわかりますが、
授業への熱意を知る方法はありません。
大学の授業はまさに玉石混淆。
「悪貨は良貨を駆逐する」理屈で、
企業はすべての成績を信頼できなくなっているのです。
だったら、どの授業が採用の参考にできるのか調べて、
企業に情報提供すればいい。
そう考え、冒頭の調査を実施したのです。
学生を採用するときにどこに着目すべきか
もちろんこの調査は、対象大学・学部も少なく、
対象人数も十分とは言えない、不完全なものです。
さまざまな制約から、9大学28学部、
2,000人を対象といたしました。
ですが、大切なのはこういった調査をきっかけに、
企業の人事部の皆さんに大学の授業や、
そこでの成績に興味を持ってもらうことです。
たとえば、「早慶を普通に卒業した学生よりも、
立教経営学部を優秀な成績で卒業した学生のほうが、
知的能力が高いかもしれない」と思ってもらうことで、
大学の授業内容や成績にも目を向けてほしいのです。
そのうえで採用選考時に、
考える力を育成・評価している授業の評価を参考にし始めることが、
変化のスタートになります。
こうして、正のスパイラルが回り始めるのです。
また、ここで紹介した9大学28学部以外の大学・学部に関しても、
企業の方が成績を活用する方法はあります。
面接で大学生に、
1.授業選択の考え方(どのような授業を選択していたか)
2.授業への向き合い方(授業にどのように取り組んできたか)
を質問したうえで学生の成績を見ることで、
その大学生の知的能力の高さや
勉強への意欲の高さを知ることができるのです。
さらにNPO法人DSSでは企業に対して、
応募者・内定者の成績を収集して、
利用しやすいように編集するサービスを
今年6月より無料で提供する予定です。
これらを通して、企業が学生の授業に対する取り組み、
そしてその結果の成績に興味をもち、採用選考で活用する。
そのような企業が少しでも出てくることが、
負のスパイラルを正のスパイラルに変え、
日本の大学生が勉強する環境を作り、
強い日本の基盤となる、第一歩になるのです。
最後に、少し宣伝をさせてください。
本連載では紹介しきれなかった調査結果は、
拙著『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』に掲載しています。
調査結果のより詳細な分析はもちろん、
9大学28学部のうち特に評価の高かった68の授業に関しては、
「授業ミシュラン」という形でその詳細を紹介しています。
ご興味をもたれた方は、書籍のほうも手に取っていただければ幸いです。
調査の概要
○調査期間:2011年10~12月
○調査数:約2000人(各大学・学部4年生の約10%)
○調査対象大学・学部:下記9大学、28学部
青山学院大学(法学部、経済学部、経営学部)、
慶應義塾大学(法学部、経済学部、商学部)、
上智大学(法学部、経済学部)、
東京大学(法学部、経済学部)、
一橋大学(法学部、経済学部、商学部、社会学部)、
法政大学(法学部、経営学部、社会学部)、
明治大学(法学部、政治経済学部、経営学部、商学部)、
立教大学(法学部、経済学部、経営学部、社会学部)、
早稲田大学(法学部、政治経済学部、商学部)
○調査方法
成績表を見ながら、
過去に登録した授業から下記A、Bに該当する授業(語学は除く)を挙げてもらい、
その授業内容を聞き取り。
A:「『考える力』を育成している授業」
(次の2点のいずれかに該当すると思われるもの)
1.授業中に質問・ディスカッション・課題等を実施し、
学生に授業中に考えることを意図的にさせている授業。
2.授業だけでなく、それ以外の時間でも考えさせるよう課題、
準備等をさせている授業。
B:「『考える力』を評価している授業」
(次の2点の両方に該当すると思われるもの)
1.試験、レポート、課題の内容が個人の「考える力」のレベルによって
完成度が変わるようなテーマで選考をしている授業。
2.A、B、C評価のばらつきがあり、
A評価以上は3割以下程度の難しさがあると思われる授業。
より詳しい内容は、
NPO法人DSSのホームページ(http://www.npo-dss.com/method.html)を
参照してください。
※本調査は2011年10~12月における学生への聞き取りをベースとしています。
そのため、現在と状況が異なっていたり、
事実誤認がある可能性があります。
http://toyokeizai.net/articles/-/13671より