「競争の罠」
2013年04月24日
栗木 契
神戸大学大学院経営学研究科教授
マーケティングの基軸は顧客創造です。
しかしマーケティングの実践では、
この顧客との関係の追求が、
競争のなかで行われることを忘れてはなりません。
競争を通じても、企業や地域の強みは弱みに転じ、
弱みは強みに転じていきます。
今回はマーケティングの実践において生じる思考の罠の第3弾として、
この競争を通じた反転が導く
マーケティング思考の罠について検討します。
競争下での顧客創造--脱コモディティ化という課題
「コモディティ化」とは、
類似の製品やサービスが数多く存在するなかで、
企業が価格に訴える競争から抜け出せず、
利益水準の低下を余儀なくされる現象を指します。
皆さんの会社の製品やサービスも、
デフレが続く国内市場で、
販売価の低下に苦しんではいないでしょうか。
さて、その原因として、
企業が差別化された製品やサービスを提供していないことが、
しばしば挙げられます。
企業が提供する製品の形態や機能、
あるいはサービスの内容に
何らかの独自性がなければ--
つまり他の製品やサービスとの差別化がなされていなければ--、
買い手が注目する違いは価格の高低だけになってしまいます。
そして当然の帰結として、
価格を軸とした選択にさらされ続ければ、
製品やサービスの利益水準は低下していきます。
とはいえ、今の日本の国内市場は、
企業にとってはさらに厳しい環境であるようです。
少なからぬ数の優良マーケティング企業--
他社が容易には模倣できない独自の製品技術、生産設備、
あるいはノウハウを持つはずの企業--が、
価格に訴える競争を抜け出すことができず、
利益水準が低迷しているのです。
ニーズの追い越し
差別化はできているのに、
相変わらずコモディティ化の問題から抜け出せない。
この深刻な事態を
「コモディティ化の再来」と呼ぶことにしましょう。
では、なぜコモディティ化の再来が起こるのでしょうか。
第1の理由は、
「ニーズの追い越し」です。
ニーズの追い越しについては、
前回紹介した『イノベーションのジレンマ』のなかで、
クレイトン・M・クリステンセンが、
次のような説明を行っています。
多くの健全な企業は、
製品やサービスの差別性を高めようとして、
スペックや品質の改善に取り組みます。
しかしその結果、
製品やサービスの客観的なスペックや品質の水準が高まったとしても、
その水準が顧客の求めているスペックや品質を上回ってしまうと、
コモディティ化の圧力をかわすことは困難になります。
このような状況下では、
仮に製品やサービスがスペックや品質において差別化できていたとしても、
その違いに買い手がこだわらないため、
価格を基軸にした選択が行われてしまうのです。
使用シーンの取り違え
ニーズの追い越しは、
差別化を行っているはずの企業が、
なぜコモディティ化の再来に直面するかを明快に説明してくれます。
とはいえ、私たちが収集した事例を検討してみると、
ニーズの追い越しだけがコモディティ化の再来の要因ではないようです。
コモディティ化の再来の第2の要因は、
「使用シーンの取り違え」です。
ニーズの追い越しは、
企業がスペックや品質という「既存の便益」を向上させることで、
差別化の実現をはかろうとすることから生じます。
したがって、ニーズの追い越しを避けるには、
「新たな便益」の提供という課題に、
企業が、独自の製品技術、生産設備、
あるいはノウハウを活かしながら取り組むことが必要です。
だがさらに企業は、
この便益を活かす使用シーンを
どのように設定するかを取り違えないようにしなければなりません。
独自の技術や設備やノウハウに支えられた新たな便益が、
買い手に「他の製品やサービスでは代えがたいもの」と認識されなければ、
この新たな便益も
またコモディティ化の再来を
逃れることができないのです。
「マルちゃん鍋用ラーメン」
事例に目を転じてみましょう。
私たちの研究事例では、
東洋水産の「マルちゃん鍋用ラーメン」が、
このニーズの取り違えの問題を乗り越えることで、
脱コモディティ化を果たしています。
東洋水産は、
差別化された生産技術を確立していました。
それは「半なま乾燥麺」という、
半生状態に乾燥させた中華麺の製造技術です。
半なま乾燥麺には、
通常の生麺タイプの中華麺とは違って、
打ち粉が使われていません。
そのため、半なま乾燥麺は、
直接スープに入れることができます。
別の鍋で麺をゆでて、
打ち粉を落とす必要がないのです。
半なま乾燥麺の製造技術を確立した東洋水産は、
最初に、1つの鍋で本格的な
生ラーメンがつくれることをうたった商品を販売しました。
しかしこの商品は、
市場におけるコモディティ化の圧力をかわすことができませんでした。
家庭で1つの鍋で生ラーメンの調理ができるという便益は、
買い手から見れば、
他の中華麺では代えがたいものではなかったのです。
たしかに、台所に鍋やコンロが2つ以上あれば、
1つの鍋で調理ができなくても、
さほど不便ではありません。
そのためでしょう。
この商品は、特売を行うことで販売量は確保できるのですが、
利益は出ないという状態に陥ってしまいました。
そこで東洋水産は、半なま乾燥麺を、
鍋料理に使う専用商品として仕立て直しました。
これが、「マルちゃん鍋用ラーメン」です。
この仕立て直しの最大のポイントは、
鍋料理に使用するのであれば
独自の便益を買い手に感じてもらえそうなことでした。
半なま乾燥麺なら、鍋料理の締めに、
直接麺を鍋に入れることができます。
しかし、通常の中華麺だと、
鍋料理の終盤に誰かが台所に立って、麺をゆでて、
湯切りをしなければならなりません。
中華麺にはこうした手間があったため、
雑炊やうどんが鍋の締めの定番となっていたのです。
この見通しは当たりました。
「マルちゃん鍋用ラーメン」は特売を行わなくても、
毎年売上げが伸びていく、
利益の出る商品へと育っていきました。
このように同じ差別化された便益を持つ商材であっても、
どのような使用シーンに結びつけるかによって、
買い手が他の製品やサービスでは代えがたいものとして
認識するかどうかが異なり、
ひいては競争関係、そして脱コモディティ化を
実現できるかどうかが異なっていきます。
企業が苦心の末開発した独自の技術や設備やノウハウから、
収益を生み出すことができるかどうかは、
それをどのような便益、
そして使用シーンに結びつけるかにかかっているのです。
(図)脱コモディティ化の条件
http://www.dhbr.net/articles/-/1761
2013年04月24日
栗木 契
神戸大学大学院経営学研究科教授
マーケティングの基軸は顧客創造です。
しかしマーケティングの実践では、
この顧客との関係の追求が、
競争のなかで行われることを忘れてはなりません。
競争を通じても、企業や地域の強みは弱みに転じ、
弱みは強みに転じていきます。
今回はマーケティングの実践において生じる思考の罠の第3弾として、
この競争を通じた反転が導く
マーケティング思考の罠について検討します。
競争下での顧客創造--脱コモディティ化という課題
「コモディティ化」とは、
類似の製品やサービスが数多く存在するなかで、
企業が価格に訴える競争から抜け出せず、
利益水準の低下を余儀なくされる現象を指します。
皆さんの会社の製品やサービスも、
デフレが続く国内市場で、
販売価の低下に苦しんではいないでしょうか。
さて、その原因として、
企業が差別化された製品やサービスを提供していないことが、
しばしば挙げられます。
企業が提供する製品の形態や機能、
あるいはサービスの内容に
何らかの独自性がなければ--
つまり他の製品やサービスとの差別化がなされていなければ--、
買い手が注目する違いは価格の高低だけになってしまいます。
そして当然の帰結として、
価格を軸とした選択にさらされ続ければ、
製品やサービスの利益水準は低下していきます。
とはいえ、今の日本の国内市場は、
企業にとってはさらに厳しい環境であるようです。
少なからぬ数の優良マーケティング企業--
他社が容易には模倣できない独自の製品技術、生産設備、
あるいはノウハウを持つはずの企業--が、
価格に訴える競争を抜け出すことができず、
利益水準が低迷しているのです。
ニーズの追い越し
差別化はできているのに、
相変わらずコモディティ化の問題から抜け出せない。
この深刻な事態を
「コモディティ化の再来」と呼ぶことにしましょう。
では、なぜコモディティ化の再来が起こるのでしょうか。
第1の理由は、
「ニーズの追い越し」です。
ニーズの追い越しについては、
前回紹介した『イノベーションのジレンマ』のなかで、
クレイトン・M・クリステンセンが、
次のような説明を行っています。
多くの健全な企業は、
製品やサービスの差別性を高めようとして、
スペックや品質の改善に取り組みます。
しかしその結果、
製品やサービスの客観的なスペックや品質の水準が高まったとしても、
その水準が顧客の求めているスペックや品質を上回ってしまうと、
コモディティ化の圧力をかわすことは困難になります。
このような状況下では、
仮に製品やサービスがスペックや品質において差別化できていたとしても、
その違いに買い手がこだわらないため、
価格を基軸にした選択が行われてしまうのです。
使用シーンの取り違え
ニーズの追い越しは、
差別化を行っているはずの企業が、
なぜコモディティ化の再来に直面するかを明快に説明してくれます。
とはいえ、私たちが収集した事例を検討してみると、
ニーズの追い越しだけがコモディティ化の再来の要因ではないようです。
コモディティ化の再来の第2の要因は、
「使用シーンの取り違え」です。
ニーズの追い越しは、
企業がスペックや品質という「既存の便益」を向上させることで、
差別化の実現をはかろうとすることから生じます。
したがって、ニーズの追い越しを避けるには、
「新たな便益」の提供という課題に、
企業が、独自の製品技術、生産設備、
あるいはノウハウを活かしながら取り組むことが必要です。
だがさらに企業は、
この便益を活かす使用シーンを
どのように設定するかを取り違えないようにしなければなりません。
独自の技術や設備やノウハウに支えられた新たな便益が、
買い手に「他の製品やサービスでは代えがたいもの」と認識されなければ、
この新たな便益も
またコモディティ化の再来を
逃れることができないのです。
「マルちゃん鍋用ラーメン」
事例に目を転じてみましょう。
私たちの研究事例では、
東洋水産の「マルちゃん鍋用ラーメン」が、
このニーズの取り違えの問題を乗り越えることで、
脱コモディティ化を果たしています。
東洋水産は、
差別化された生産技術を確立していました。
それは「半なま乾燥麺」という、
半生状態に乾燥させた中華麺の製造技術です。
半なま乾燥麺には、
通常の生麺タイプの中華麺とは違って、
打ち粉が使われていません。
そのため、半なま乾燥麺は、
直接スープに入れることができます。
別の鍋で麺をゆでて、
打ち粉を落とす必要がないのです。
半なま乾燥麺の製造技術を確立した東洋水産は、
最初に、1つの鍋で本格的な
生ラーメンがつくれることをうたった商品を販売しました。
しかしこの商品は、
市場におけるコモディティ化の圧力をかわすことができませんでした。
家庭で1つの鍋で生ラーメンの調理ができるという便益は、
買い手から見れば、
他の中華麺では代えがたいものではなかったのです。
たしかに、台所に鍋やコンロが2つ以上あれば、
1つの鍋で調理ができなくても、
さほど不便ではありません。
そのためでしょう。
この商品は、特売を行うことで販売量は確保できるのですが、
利益は出ないという状態に陥ってしまいました。
そこで東洋水産は、半なま乾燥麺を、
鍋料理に使う専用商品として仕立て直しました。
これが、「マルちゃん鍋用ラーメン」です。
この仕立て直しの最大のポイントは、
鍋料理に使用するのであれば
独自の便益を買い手に感じてもらえそうなことでした。
半なま乾燥麺なら、鍋料理の締めに、
直接麺を鍋に入れることができます。
しかし、通常の中華麺だと、
鍋料理の終盤に誰かが台所に立って、麺をゆでて、
湯切りをしなければならなりません。
中華麺にはこうした手間があったため、
雑炊やうどんが鍋の締めの定番となっていたのです。
この見通しは当たりました。
「マルちゃん鍋用ラーメン」は特売を行わなくても、
毎年売上げが伸びていく、
利益の出る商品へと育っていきました。
このように同じ差別化された便益を持つ商材であっても、
どのような使用シーンに結びつけるかによって、
買い手が他の製品やサービスでは代えがたいものとして
認識するかどうかが異なり、
ひいては競争関係、そして脱コモディティ化を
実現できるかどうかが異なっていきます。
企業が苦心の末開発した独自の技術や設備やノウハウから、
収益を生み出すことができるかどうかは、
それをどのような便益、
そして使用シーンに結びつけるかにかかっているのです。
(図)脱コモディティ化の条件
http://www.dhbr.net/articles/-/1761