天才棋士藤沢秀行に50年間連れ添った妻が、秀行の破天荒な生活を赤裸々に描く。
「酒に女にギャンブル三昧、大借金はするし、口を開けば悪態をついて怒鳴りまくる。こんな人間だと初めからわかっていたら、わたしだって結婚なんかしなかったでしょうねえ。いえ、結婚前はお酒も飲まず、無口で、それはまじめな人だったのです。」
「ほかに縁談がなかったわけでもないのに、なんだってよりによってこの人と一緒になろうと思ったのか、正直なとこと自分でもよくわかりません。」
一度だけ本物の藤沢秀行を見たことがある。金沢で棋聖戦が行われていた時、昼食休憩のときに乗ったホテルのエレベーターにたまたま秀行先生が一人で乗っておられたのである。ぼーっとした表情をしていたから、頭の中は対局中の碁のことでいっぱいだったのだろう。とても声を掛けられるような雰囲気ではなかった。40年以上も前の話である。
「一生懸命遊ぶことすらできない人間にいい仕事ができるか」というのが私の若いころからの信念なのである。しかしこの定義に従えば、最近はいい仕事ができていないのかもしれない。