身の程知らずの独り言

音楽的にも文学的にもダメダメな♀が、身の程もわきまえず、好き勝手な戯言(主に、中島みゆきさん)を記しております。

みゆきさんカラオケその7、アルバム「問題集」

2015-03-27 23:48:00 | 中島みゆきさん(カラオケ)
先日、カラオケ(JOYSAWND )に行いってきました。

「歌手から選ぶ」で、「な」をいれると、ご親切に画面右端に「もしかして」と複数の歌手のリストが並びます。

そして、だいたい「中島みゆき」が、そのリストのトップにあります。

で、みゆきさんを選択し、カテゴリで「アルバム」を選ぶと、
"あら、びっくり!"
"「問題集」が、入っているではないですか!"

アルバム発売から4ヶ月、やっとJOYSAWND に、「問題集」が配信されたと、喜び勇んで選択してみると、アルバムのはずが、そこにある曲は
「問題集」1曲のみ。

えっ、絶句、、、(*_*;

そこで、JOYSAWND のサイトで調べてみました。

一応アルバム全曲配信されるみたいです。

ただし、時間差で。

以下に、サイトからの情報をまとめました。

配信済み
「麦の唄」
「問題集」

2015.4.5配信予定
「愛詞(あいことば)」
「ジョークにしないか」」
「病院童(びょういんわらし)」
「産声」
「身体の中を流れる涙」

2015.4.12配信予定
「ペルシャ」
「一夜草(いちやそう)」
「India Goose」

4月12日(日)には、アルバム全曲配信が完了するみたいです。

ただ残念ながら、
「NIGHT WING 」 は、
工藤静香嬢バージョンはありますが、みゆきさんバージョンの予定はないみたいです。(T_T)

行けるかどうかわからないけど、12日を楽しみに待ってます。(^^)v

ついでに、書き忘れていた話題を。

前に、「縁会2012~3」Blu-rayが、
「7回DEGジャパン・アワード ベスト高音質賞・音楽部門(ポップス他)」にノミネートされてると書きました。

書きっぱなしで、結果を伝えてなくて、スミマセンm(__)m

"中島みゆきさんの「縁会」は水準が高く、カメラワークもフィックスが中心なので落ち着いていて、音にもパワーがありました"
と、評価はされましたが、
"しかし作品性という点で、「スティング/ザ・ラスト・シップ」"が、部門賞に決まりました。

結果は、残念でしたが、初回版不良交換があったので、賞にノミネートされただけで、何か良かったような気がしてます。

また、先日テレビをつけたら、いきなり
「空と君のあいだに」のイントロが流れてきて、手が止まりました。

その番組は、
「クイズドレミファドン! 1万人が選んだ この春に聴きたい最強ヒット曲ベスト」
で、まさに
「空と君のあいだに」が、出題された瞬間だったみたいです。

この番組は、幾つかのテーマ別ベスト10を選んで、イントロクイズにしていて、
「空と君のあいだに」は、
ドラマ部門の9位でした。

あまりのタイミングの良さに、我ながらみゆきさん運がいいと、感動してしまいました。(^o^)v

ただの偶然なんですがね。f(^_^;

偶然、途中から見たので、「空と君のあいだに」以外の曲があったのかは、不明です。

柏原芳恵嬢の「春なのに」は、春歌ランキング45位でしたね。

しっかり、答えてました。(^^;

こんなことで、喜んでるのは、病気の故ですので、気にしないで下さい。(--;)

お読み頂いて、本当にありがとうございました。(^^)

では、また(^-^)
コメント (2)
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三代目桂米朝師匠、ありがとうございました。

2015-03-22 01:01:00 | 独り言&本
三代目桂米朝師匠が、お亡くなりになりました。

89歳でした。

ここ何年か、入退院を繰り返されていたようなので、案じていたのですが、、、。

三代目桂米朝師匠は、
五代目桂文枝師匠、
六代目笑福亭松鶴師匠、
三代目桂春團治師匠
とともに、『上方落語四天王』と呼ばれ、戦後上方落語衰退期を支えた方です。

『上方落語四天王』のことは、
"好きなモノ その2―上方落語―"の
故五代目桂文枝師匠を取り上げた時にも書きましたが、悲しいことに、故人のほうが多くなってしまいました。

春團治師匠も
『残された四天王も僕ひとりになり、寂しい思いでいっぱい』
と仰っておられます。

戦後、十人程度に減った噺家を現在の二百人近い数にまで増やした師匠方の中心が、『上方落語四天王』でした。

その中で、最大が米朝一門です。

月亭一門や、桂枝雀一門や、桂ざこば一門等々、バラエティ豊かな弟子や孫弟子、曾孫弟子の集まる一門の中心が、米朝師匠でした。

更に、噺家を増やすだけでなく、生真面目で、研究熱心で学者肌の師匠は、数多くの埋もれていた上方落語の演目も復活させました。

演じるだけでなく、文献として残し、継承することにも情熱を注がれました。

そんな著作の中で"読む上方落語"と言っていいのが、ちくま文庫の
「上方落語 桂米朝コレクション」
だと思います。

「上方落語 桂米朝コレクション」
(ちくま文庫 全8巻)
「第一巻 四季折々 百年目 他」
「第二巻 奇想天外 地獄八景亡戯 他」
「第三巻 愛憎模様 たちぎれ線香 他」
「第四巻 商売繁盛 はてなの茶碗 他」
「第五巻 怪異霊験 猫の忠信 他」
「第六巻 事件発生 らくだ 他」
「第七巻 芸道百般 軒づけ 他」
「第八巻 美味礼賛 饅頭こわい 他」

これこそ、上方落語の教科書だと思います。

頭の中で米朝師匠が、様々な噺を語って下さってるような楽しい錯覚に陥ります。
(ただの妄想でありますf(^_^;)

あまりの可笑しさに、読みながら吹き出すこともあるので、通勤時の読書は、要注意ですが。(^^;

故桂枝雀師匠の
『上方落語 桂枝雀爆笑コレクション』(ちくま文庫 全5集)
とともに、私の宝本です。

その米朝師匠の語り口は、上品で"はんなり"してるのに、モッチャリしてなくて、シャッキリしてるというか、切れ味鋭く立て板に水の小気味良さなんです。

声に関しては、
五代目桂文枝師匠の高音の魅力、
三代目桂春團治師匠の低音の魅力、
六代目笑福亭松鶴師匠の愛敬あるどら声、
と比べると、米朝師匠のお声は、一言で表現しにくいお声なんです。

高さは中庸で、優しく聞きやすく、なめらかで、上品というのが、私のイメージです。

しかし、噺に入ると登場人物に合わせて、自由自在に声を変え、語り分ける七色の声なんです。

その七色の声と、細かい言葉使い、計算され尽くした細かい仕草で現す人物のメリハリの見事さは、流石です。

大袈裟な仕草や、極端な声の強弱をつけなくても、自然と人物の語り分けが判るところが、聴いていて心地良いんです。

語り分けの見事さに、テンポの良さが相まって、グイグイ噺に引き込まれていくのが、快感なんです。

悲しいですが、追悼番組で、この快感を味あわせて頂きます。

大ネタ「地獄八景亡者戯」もあります。

長らく「近日来演 桂米朝」の看板がかかっていた、地獄の寄席に
「本日来演 桂米朝」
の大看板がかかるんでしょうね。

と、思っていたら、息子さんの桂米團治さんも、早速寄席で、
「地獄八景亡者戯」前半で、ネタにされていたみたいですね。

米朝師匠自身も、あちらの寄席で同じようにご自身のことをネタに、この大ネタを演じられてるんじゃないでしょうかね。

ただ、米朝師匠のことなので、歴代の大師匠連から埋もれた噺を聞き出しているかもしれませんね。

米朝師匠、多くの噺を教えて頂き、ありがとうございました。

心を豊かにしていただいて、本当に感謝してます、ありがとうございました。


読んで頂いた皆様、ありがとうございました。(^^)

では、また(^-^)


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「ちいさいモモちゃん」、ありがとうございました。

2015-03-15 22:14:00 | 独り言&本
突然ですが、作家の松谷みよ子先生がご逝去されました。

お亡くなりになられたのは、2月28日で、89歳でした。

"好きなモノ1・本"で、記したように、大好きな作家のお一人です。

いや、大好き以上の存在でした。

松谷先生の
「ちいさいモモちゃん」は、私の読書の原点だからです。

「ちいさいモモちゃん」は、小さい私に、本を読むことの面白さを教えてくれました。

「ちいさいモモちゃん」は、
『モモちゃんが うまれたとき』から始まります。

モモちゃんが生まれた夜、ジャガイモさんと、ニンジンさんと、タマネギさんが、カレー粉の袋をしょって、やってきます。

次に、チューインガムが、最後に、ソフトクリームが、お祝いに訪れます。

しかし、まだモモちゃんは、小さくて食べられません。

だから、ママに、
「大きくなったらね」、と言われて、みんな帰っていきます。

この第1話から、引き込まれて、夢中になって読んでました。

たぶん、小学校の1年か2年の図書の時間のことです。

現実の世界に、不思議が、ごく自然に混じり合う物語が、空想癖の強かった私に、ぴったり合ったんだと思います。

(今は、妄想癖が強いおばさんになってますが。(笑))

この「ちいさいモモちゃん」は、シリーズとなっています。

「ちいさいモモちゃん」(1964)から始まって、
「モモちゃんとプー」(1974)、
「モモちゃんとアカネちゃん」(1974)、
「ちいさいアカネちゃん」(1978)、
「アカネちゃんとお客さんパパ」(1983)、
と書き継がれ、
「アカネちゃんのなみだの海」(1992)
で、完結します。
(初版年)

シリーズ完結まで、28年です。

「アカネちゃんのなみだの海」のあとがきで、松谷先生が記していますが、このシリーズは、先生と二人の娘さんの物語です。

だから、様々な現実世界の問題が、出てきます。

「モモちゃんとアカネちゃん」では、
一番生々しい現実である離婚も、真っ正面から描かれています。

ただし、先に書いたように、現実世界に不思議を溶け込ませながら。

『ママのところへ死神がきたこと』
夜遅くに帰ってくるのは、パパの靴だけという日が続きます。

ママは、靴にご飯を食べさせたり、お風呂がわいてますよ、と言うのはバカげていると、嘆きます。

しかし、飼い猫のプーに、靴はご飯を食べないし、お風呂にも入らないのに、なぜ起きて待っているのかと問われると、
「今日の晩、もし靴だけじゃないパパが帰ってきて、お腹すいてたら、困るでしょ」と答えるのです。

そんなママの所に、死神が度々現れるようになります。

『森のおばあさん』
死んだら子供たちが困る、何とかして死神をおっぱらわなければ、とママは森のおばあさんに相談に行きます。

森のおばあさんは、ママに、植え木鉢を見せて、鉢の2本の枯れかけた木が、パパとママだと告げます。

そして、2本の木を別々の鉢に植え替えると、ママの木は育ち、パパの木は歩き出しました。

パパは歩く木で、ママは育つ木。

小さな植え木鉢の中で、根っ子がからまりあって枯れてしまわぬように、根分けをしなくてはいけないと、息ができるようにしなくてはいけない、とママは決意します。

次の物語は、
『おわかれ』
となり、ママとモモちゃん、アカネちゃん、プーのお引っ越しになります。

久しぶりに、読み返しながら、プーとママの会話でウルウルきてしまいました。(TT)

「アカネちゃんのなみだの海」のあとがきで、
「コツコツと靴だけが帰ってくる話も、死神も、歩く木も、私にとっての真実でした」
と記されています。

松谷先生の
「自伝 じょうちゃん」
に、このあたりの具体的なことが、書かれています。

この
「自伝 じょうちゃん」
の解説で綿矢りさ先生は、影のある不思議と表現して、怖かったと書かれています。

影のある不思議は、松谷先生の本でしか読んだことがないとも書かれています。

確かに、私も児童文学で影のある不思議は、読んだことがないです。

ただ、綿矢先生と違って、中学生の時に読んだので、怖いとは思いませんでした。

児童文学で、こう言うことを書いてもいいんだ、と驚くと同時に、子供を対等に見てくれているんだと感動したのを思い出しました。

それに、"上手い表現をするなあ"と生意気にも感心したことも、思い出しました。

それで、このコツコツ歩く靴や歩く木が、今でも強烈に焼き付いているんです。

訃報を聞いて、30年以上前に買った、
講談社児童文学創作シリーズ「ちいさいモモちゃん」を本棚から出して読み始めました。

そして、シリーズを1冊ずつ。

やはり、今読んでも面白いし、考えさせられる話も多いんです。

改めて、この本が読書の面白さを教えてくれたんだと思いました。

「ちいさいモモちゃん」ありがとう。

松谷みよ子先生、ありがとうございました。

安らかにお眠り下さい。

お読み頂いて、ありがとうございました。(^^)

では、また(^-^)



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