東京大学工学部1号館15番教室にて、
建築史学会記念シンポジウムがありました。
私にとって大事なのは、このシンポジウムが公開だということ。
一般に向けてありがたくも公開してくださる、これは行かねばなるまい。
風邪をひいて具合が悪いなどとは言っていられない、行かねば。
もちろん内容のすべて理解できないのはわかっています、当然です。
だけど、参加したくてしたくて行きました。
たっぷり3.5時間近くのお話も雰囲気も楽しかった。やはり行ってヨカッタです。
お隣の学生さん、小型のスケッチブックにメモしてました。
アーキテクトぽいね。
さすがに専門的な難しいことはわからなかったけれど、
魅惑の今後につなげるためにも、自分ながらのポイントをメモしておこう。
会場には、倉方先生や内田先生のお顔も見受けられました。
本日の豪華メンバー教授陣→藤森照信氏×初田享氏×陣内秀信氏
(本当は鈴木博之氏「建築の世紀末」も加わるはずだった→関西でシンポ)
その師匠は、村松貞二郎×伊藤ていじ×稲垣栄三
それぞれの先生方の印象などを語られる。
お互いに意識をしていた。独特の美学をもっておられた。
テーマは゛東京゛だった。
第1部はそれぞれの東京論と題して著書から派生したお話。
★藤森『明治の東京計画』1980
近代建築プロジェクト
①現物をみる ②人に会う(遺族に会う) ③文献を読む
モノとヒトと資料。
・銀座煉瓦街 ・官庁集中計画 ・市区改正計画
都市計画研究を止めた。面白くなくなる。
法律が都市計画を動かす。法のコントロール下ではおもしろくない。
規則を守ることにむいていない。キライ。自分の研究にも出ている。
★初田『都市の明治』1981 筑摩書房。
スタートは擬洋風・和洋折衷から商業建築への研究。雑誌『商店建築』
父が洋服の下手職人で、夜店に行こうかと。商店は身近な世界。
人のやっていないことをやろう。
カフェー(→のばすのがポイント)と喫茶店。
関東大震災後、喫茶店が急激に増えた。陳列販売。建物のデザインも洋風へ。
まちあるきの自由に楽しむ。→都市をみていこう。
★陣内『都市の空間人類学』1985 『都市のルネサンス』
東京はつまらないと逃げ出して、正反対の街へ行っちゃった。
ベネチア・ローマ留学 三年して帰ってきたら、♪神田川~
☆『見えない都市』磯崎新
みえるように描き出そう。山の手に目を向けて歩いた。
◎マーク人物
★長谷川堯 早稲田大学文学部 文学部がポイントね。
★岡野健男『文学における原風景』
★樋口忠彦『日本の風景』
★前田愛 ◎『都市空間のなかの文学』
以前、私は樋口一葉関連で資料を調べていて、お名前を知った。
★小木新造『江戸東京学への招待』 元・江戸東京博物館
★中川理『重税都市』
◎設計をやるか歴史をやるか・・・。
今の歴史家(建築史家)は設計に興味を示さない、
むしろやるとカッコワルイというのがある。
藤森発言・・・
施工と設計は明確に分かれていて対立的ですらある。
設計はバカでもできる。笑
本質的なことを書く、文章を書くのは緊張する。
歴史家は格が一番上。
デザイナーに負けないように歴史をやる。
初田・・・
歴史で食べてますから・・・設計は趣味ですの世界。
デザイナーを残すことができるのは、歴史家。
陣内・・・
日本ではアーキテクトと呼ばれるのは建築家だけ。
もっとおおらかにアーキテクト的なスピリット。
東京の都市を捉えて作品をつくっていくべきではないか。
司会 伊藤毅氏(東京大学)
3人の先生方は戦略的に考えている。
ただ好きなようにやってきたわけではない。
準備期間があって、成果を出す。30代前半デビューで。
ああー 薬が切れてきた。お風邪が・・。
たぶん、つづく。 ここらへんで、おやすみっちょるん。
→写真は薬医門である赤門のとなりの八重桜。
建築史学会記念シンポジウムがありました。
私にとって大事なのは、このシンポジウムが公開だということ。
一般に向けてありがたくも公開してくださる、これは行かねばなるまい。
風邪をひいて具合が悪いなどとは言っていられない、行かねば。
もちろん内容のすべて理解できないのはわかっています、当然です。
だけど、参加したくてしたくて行きました。
たっぷり3.5時間近くのお話も雰囲気も楽しかった。やはり行ってヨカッタです。
お隣の学生さん、小型のスケッチブックにメモしてました。
アーキテクトぽいね。
さすがに専門的な難しいことはわからなかったけれど、
魅惑の今後につなげるためにも、自分ながらのポイントをメモしておこう。
会場には、倉方先生や内田先生のお顔も見受けられました。
本日の豪華メンバー教授陣→藤森照信氏×初田享氏×陣内秀信氏
(本当は鈴木博之氏「建築の世紀末」も加わるはずだった→関西でシンポ)
その師匠は、村松貞二郎×伊藤ていじ×稲垣栄三
それぞれの先生方の印象などを語られる。
お互いに意識をしていた。独特の美学をもっておられた。
テーマは゛東京゛だった。
第1部はそれぞれの東京論と題して著書から派生したお話。
★藤森『明治の東京計画』1980
近代建築プロジェクト
①現物をみる ②人に会う(遺族に会う) ③文献を読む
モノとヒトと資料。
・銀座煉瓦街 ・官庁集中計画 ・市区改正計画
都市計画研究を止めた。面白くなくなる。
法律が都市計画を動かす。法のコントロール下ではおもしろくない。
規則を守ることにむいていない。キライ。自分の研究にも出ている。
★初田『都市の明治』1981 筑摩書房。
スタートは擬洋風・和洋折衷から商業建築への研究。雑誌『商店建築』
父が洋服の下手職人で、夜店に行こうかと。商店は身近な世界。
人のやっていないことをやろう。
カフェー(→のばすのがポイント)と喫茶店。
関東大震災後、喫茶店が急激に増えた。陳列販売。建物のデザインも洋風へ。
まちあるきの自由に楽しむ。→都市をみていこう。
★陣内『都市の空間人類学』1985 『都市のルネサンス』
東京はつまらないと逃げ出して、正反対の街へ行っちゃった。
ベネチア・ローマ留学 三年して帰ってきたら、♪神田川~
☆『見えない都市』磯崎新
みえるように描き出そう。山の手に目を向けて歩いた。
◎マーク人物
★長谷川堯 早稲田大学文学部 文学部がポイントね。
★岡野健男『文学における原風景』
★樋口忠彦『日本の風景』
★前田愛 ◎『都市空間のなかの文学』
以前、私は樋口一葉関連で資料を調べていて、お名前を知った。
★小木新造『江戸東京学への招待』 元・江戸東京博物館
★中川理『重税都市』
◎設計をやるか歴史をやるか・・・。
今の歴史家(建築史家)は設計に興味を示さない、
むしろやるとカッコワルイというのがある。
藤森発言・・・
施工と設計は明確に分かれていて対立的ですらある。
設計はバカでもできる。笑
本質的なことを書く、文章を書くのは緊張する。
歴史家は格が一番上。
デザイナーに負けないように歴史をやる。
初田・・・
歴史で食べてますから・・・設計は趣味ですの世界。
デザイナーを残すことができるのは、歴史家。
陣内・・・
日本ではアーキテクトと呼ばれるのは建築家だけ。
もっとおおらかにアーキテクト的なスピリット。
東京の都市を捉えて作品をつくっていくべきではないか。
司会 伊藤毅氏(東京大学)
3人の先生方は戦略的に考えている。
ただ好きなようにやってきたわけではない。
準備期間があって、成果を出す。30代前半デビューで。
ああー 薬が切れてきた。お風邪が・・。
たぶん、つづく。 ここらへんで、おやすみっちょるん。
→写真は薬医門である赤門のとなりの八重桜。