残りの雪

2006-02-24 00:02:26 | ・立原正秋・文学
「僕は李朝の白磁をかなり持っているが、自分で気にいっているのは一点しかない。
すこしいびつな一輪插の壺ですが、この肌がなんともいえない。
いま窯から出てきたばかりだといったあたたかさがある。
そうだ、いつかそれをあなたに見せてあげよう 」   「 いびつなんですか 」

なにか翳があるが、まるで水を点じたようなその挙惜に、これは、と思った。
白磁と青磁をいじりはじめてからすでに久しかったが、
美的な体験が成立する場所として焼物には感情移入が容易だった。

時間と空間がいっしょになり、落ちつき場を掴まえられない、といった情態だった。

里子は睡っている自分の躯にあとからあとから雪が舞いおりてくるのをみた。
つめたくていい気持ちだった。

なぜ雪の夢ばかりみるのだろうか・・・。

「雪のなかにいると、さびしさを感じませんか」
「それはさびしいね」

いくら愛でても飽きない白磁だった。これまで、いろいろなものを愛し、
いとおしんできたが、対象にこれほど没頭したことはなかった。

雪のなかでの三日間は絵巻物だった。


 立原正秋 『残りの雪』(上下) 昭和49年4月 新潮社刊
   (昭和48・3・30 ~ 49・1・11 日本経済新聞284回連載)