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The Blessing of Gold~金の祝福

世の中のよいモノ・コト・人をボーダレスにアンブリエル視点で発信していく、AmbrielMワールド♪

電車のさとり

2015-06-10 | 日記

アンブリエルです

 

ワタクシ、わりと電車タイムに‘悟り’体験をいたします。

おそらく、ボーッとしてるからだと思われます。笑

 

というか、「唯一の」ボーッとタイムなのかもしれません。

 

現代人&勤勉な日本民族の呪われた?常として、何かしら忙しく思考を巡らせている・・

「アレしなくしゃ、コレしなくちゃ・・」

お風呂の中でさえ、本読んでたり「次、髪洗って・・」と脳が指示してるのを感じます。

 

ボーッとしてる時間はホント、大事だなーと思います。

 

ボーッとしてるときは、別に「何もしてない」状態ではなく、なにかしら「調整」が行われているカンジです。

たぶん、「間(ま)―スペース」なんでしょうね。

 

今まで整理つかなかった感情やら経験がスッキリしたり、

何か別次元からの諭しや気づきが入りやすい、キャッチしやすかったり・・

 

スペースがあるから、起こることなのだと思います。

 

最近では、その唯一の電車タイムでさえ、携帯でネットチェックしてたりするので、ほどほど気をつけねば、と思たりして。

 

サテ、昨日ワタクシが悟ったこととは。

 

電車のドア近くで車窓から外の風景をみていました。

ちょうど、田んぼがドワーッと広がっていて、まだ若々しい緑色の苗たちが整然と並んでおり、それはキレイな風景。。

 

「ウワーッ、もっとちゃんと見たいっ!」と思った矢先・・

 

目の前で、反対方向から来る電車がザッーと通り過ぎ。。

あわれ、最もナイスショットを見逃したのでした。苦笑

 

当然、ワタクシ心の中で「チェッ」が出ました。

 

でも、同時にふと逆側のドアからも見えることに気づき。

多少、間近ではなかったにせよ、ナイスな田園風景が見えたのでした。

 

このとき、ワタクシの中では、「天の計らいとはこういうことなにかもしれない。。」と悟ったのでございました。

 

つい、ワタクシたちは自分の思い通りにしたがって、それがかなわないと「チェッ」て思ってしまう。

で、往生際悪いとどーにかしてなんとかしようとする。(それは私デス。笑

そうすると、大体、物事がうまくいかなかったり、ドンズマリになったり。。

 

そういうときは、「自分が力足らず」でもなく、「環境が悪い」のでもなく。

 

たんにそれが「自分に今、ご縁がないだけ」。

うまくいかないのは、「善き」コトなのだと。

(この思考展開は、前回の「手放しpart.9」土俵を変えるに通じるお話。)

 

で、うまくいかなくしてるのは、私たちを導いてくれてるガイドさん方の「工作」なんだと。笑

 

わざと電車を走らせる。

違う方を向かせて、「こっちこっち!」と新たな世界や可能性をみせてくれようとしている。

 

そっちの方が自分にはずっとよかったりするのです。

 

要は、私たちがそれに気づくか気づかないか。

 

よく、話では聞いていたし、自分でも「そうだ」と理解はしていたけど、

昨日のこの体験ほど「悟った!」レベルに至ったことはござりませぬ。(ナゼか時代劇口調。笑)

 

だから「ボーッとタイム」、これからも大事にしようと思います。

 

Love, Light and Harmony!


不幸グセ、削ぎ落し中~

2015-05-15 | 日記

アンブリエルです

 

最近、‘不幸グセ’を削ぎ落し中デス~。笑

 

 

どういうことかと申しますと、最近「自分で自分のことを不幸にしてる」クセに気づきまして~。

 

例えば、

・わざとシンドイ方に行こうとする。

・もっと楽な方法があるのに、苦行コースを選ぶ。

・わざと不況和音を出すようなことを感じる・言っちゃう。

・ネガティブな方に光をあてて、自分や周りを卑下する。

・受け取り下手。・・etc..

 

(ああ、書いてるだけで重くなる。。笑

 

おそらく、コレをお読みのアナタも「あるある」と共感してくださるであろうと思いますが。

(だから、シェアしてるのですー。

 

で、こうした「不幸グセ」はどう変容できるのだろーか??とアンブリエルは考えました。

 

ここからはワタクシの個人的な見解です。

以下、参考までにドーゾ。

 

「ハート」がカギです。

手放しです。

 

いかに「ねばならない(やらなきゃ)」「義務感」「常識」を削ぎ落としていくか。

いかに「ハートに正直・素直になる」を貫けるか。

 

オーラソーマ風にいえば、

「ハートに従って軽やかに生きる」です。

 

てことで、ただ今、しつけや常識など、自分の信念と相いれない外側から押しつけられて自分に沁み込んだ「ねばならない」などを削ぎ落とし中~。

取り組み始めて気づきましたが、これが結構、強力な支配力でー。

 

わかりやすく、例を出しますね。

 

例えば、昨日ワタクシはブログを書こうという「義務感」をしょっていました。笑

なぜなら、前回アップしたときから約1週間あいていて、「そろそろ書かねばいけない」と思っていたのです。

 

昨日はお休みデー。

書く時間はたくさんありました。

でも、気持ちが追いつかず、ほっぽっていました。

 

そうすると、気になるんですよね。

何かにつけ、「ああ、書かなきゃ」って思ってる。

「一週間もあいたら、読者が離れてく」なんて恐れもあったりして。

 

でも書きたい意欲が落ちてるから、文も浮かんでこないし、書くエネルギーも追いつかない。

当然、動きも遅いし重くなります。

しかしながら、そこは長年培った?体育会系「義務感」意志の力でやっと夜に書き始めました。

 

一応の量は出来たものの、名文ではなく。笑(いつもは名文なのか??と問われると・・汗

要するに、「自分で満足してない」のです。

(一応、アップする記事は毎回、自分で推敲して自分OKがでたらアップしてます。)

 

それでもとりあえず書いたし、「アップしなきゃ義務感」はいまだ強力です。

頑張ってアップしようとネットにつなぐと・・

 

つながらない。笑

 

ナゼかPCの動きが重く。

(よっぽどPCの方が正直デス。

 

で、止めました。苦笑

 

 

・・要するに、「ハートに正直・素直」でない行為・行動は、不幸な結果を招く、ということ。

「エネルギーのムダ使い」ともいいます。

 

おそらく、そんな義務感からアップした記事は、読んでもあまり「よかったー」とは思っていただけなかったと思います。

 

昨日は、「こんなこと、金輪際やめてやる!」って思いましたね。笑

で、今日は「コレを書こう!」と思い、ノリノリで仕事帰りの(ワタクシにしては)遅い時間にこの記事を書いているとゆー。。

(でも、さすがに眠くなってきたので、文章思考力がニブってきました。ので、そろそろしめましょう。)

 

先に書いた、「ねばならない(やらなきゃ)」「義務感」「常識」は私たちのハートを重くさせている、不幸グセの張本人!とアンブリエルは思います。

でもそれって、人や環境が悪いわけでなく、自分で貼り付けてきた「やらなきゃいけない思いこみ」だったりします。

 

(ここで誤解なきよう申し上げておきますと。

常識や義務を全否定するわけではなく。

それらを放棄し、「自分勝手になる」とは異なります。

 

立場に応じて、それらと調和する場面は生きていく上で起こりうることです。

でも、それを「ハート」特に「喜び」と切り離して行うと、不幸パターンになる可能性は高いかと。

 

「ハートに正直・素直」でいるとき、私たちのハートはクリアです。

やりたいことがハッキリ見え、無理無駄をしなくなります。

迷いがなく、「これでいいのダ」とスッキリ爽快感に溢れてます。

 

それは「喜び」「ワクワク」とつながりやすくもなり。

結果がどうなっても「後悔がナイ」状態です。

 

・・とこのように、「不幸」グセを削ぎ落し続ければ・・あとは「幸せ」しか残らないでしょう。笑

たぶん、ココロだけでなく、肉体の細胞レベルまで軽くなるでしょうし~。(体重も変わってくるかもー。笑

 

 

13月暦でも、今月は「解放」の月。(G暦5/29まで)

手放しは、今がやり時ですゾ。

 

Love, Light and Harmony!


インターステラと0グラビティ

2015-04-16 | 日記

アンブリエルです

 

今日は、宇宙モノの映画を2本立てで見てきました。

 

インターステラ0グラビティ

 

インター~は、作中の宇宙描写が本物らしい、、という前評判を聞いてまして。

そうすると、宇宙人好きなワタクシとしては、それだけで「見たいっ!」になるんですね~。笑

 

で、見てきた感想としては。

 

インター~は、途中から話が難しすぎて、頭の理解力がついていけませんでした。苦笑

時空を超えた科学的話は、やはし難しかった。。

たぶん、あと2回位見ればわかるかも。

 

宇宙的な時間で考えると、人間の一生がすごく小さく見え、スケール感が大きくなりますね。

 

宇宙描写が・・の話から、勝手に「宇宙人(または高次元存在)が出てくる??」と期待してましたが、そこはちょっと期待ハズレで、残念。。

 

余談ながら、浦島太郎のお話はまるっきりの作り話ではなく、きっと宇宙や異次元がからんでいる話なんだろな、と思いました。

 

そして、0グラの方はといいますと。

コチラもTVなどでかなり評判になってた記憶がありましたが。

 

インター~が3時間くらいだったので、コチラはかなり早く終わっちゃったなーという印象。

確かに、無重力描写はグッドで、目新しいカンジがしました。

こちらは、話が大変タンジュンで分かりやすかったです。

 

2本見て非常に思ったのは、「当分、宇宙へ行くのはいいや」になりました。笑

 

 

・・と、今回は、個々の映画の内容云々ではなく、2本の映画を見て全体的に感じたことをシェアしたいと思います。

 

改めて、地球って私たちにとって、とても恵まれた惑星なんだなーと。

私たち生命体にとって、とても住みやすいんだってことを感じました。

 

宇宙からの有害光線から守られてて、大気、水、動植物があり、適度に昼と夜が分かれてて、季節もあって。。

そんなことを一つ一つ挙げていくと、長い長いリストになるハズ。

それは「奇跡」というしかない位、絶妙なバランス具合です。(絶対、神的領域デス!

 

インター~の方は近未来な設定で、いよいよ地球に住めなくなってきたから、他の星へ移住計画を、その前に候補惑星を探しに行く、という展開です。

 

0グラは、宇宙空間にいる飛行士がアクシデントを経て、無事地球へ帰還するという話。

 

どちらも、とてもじゃないけど、地球以外じゃ生きていくのが難しい、と一発でわかる説得力です。

 

ちょっと宇宙服が敗れたら息ができなくてアウト、無重力の宇宙空間に放り出されたらそのまま永遠に漂うしかない、「助けて!」っていっても誰も助けてくず、自分でやるしかない。。その絶望的孤独感ったら

 

ちょっとイメージしただけで、ゾッとします。

それはそれはオソロシイことです。

究極のサバイバル力が試されますー。(そんな苦労は絶対カンベンですー。泣

 

宇宙を見渡すと、圧倒的に、人間が住める環境は限られてます。

 

だから今、私たちがここ地球にいるって「生かされている」と感じるのです。

「生きることを許されている」っていう感覚。

 

なので、当然ながら「地球を大事にしなきゃ」って思いました。

 

住めなくなってから他の星に・・じゃなくて、その前に、環境破壊とか地球に私たちが住めなくなってしまう現実を創りだすことを止めなきゃって。

 

私たちはもっともっと、「地球に育まれていることに思い至って、感謝しなきゃ」って。

 

 

所詮、私たちはこの地球に一時、「間借り」させていただいているワケです。

 

その間に、大恩あるこの地球を壊すようなこと、しちゃいけないとシンプルに思いました。

それが私たちにできる、「間借り」させてくれた地球への恩返しだと思うのです。

 

 

映画館を出た後は、なんだか密封された宇宙船にいたかのように、酸欠状態なカンジで。笑

いや~、宇宙、この肉体では行きたくないですね(つくづく)。

 

ちなみに映画は早稲田松竹でやってました。

 

コチラでは、少し前の映画を期間短く、まとめて上映してるようです。

駅から近く、2本みれて1300円、食べ物持ち込み可、座席も広く、トイレもまあままキレイ。

映画好きさんにはオススメです。

 

Love, Light and Harmony!


只今、禊ぎ中~

2015-03-12 | 日記

アンブリエルです

 

大きな仕事の前には、「禊ぎ」状態になるというのが、アンブリエルさんのパターン。

 

ということで、春分の日の大仕事前に、ただ今、大規模な禊ぎ中~。

 

メールの送受信ボックスの整理に始まり、

(これが結構、たまっていてビックリ!中には3年前のとかが残ってました。笑

 

机の引き出し整理、

(ココは日頃から整理している方でしたが、それでも不要なものはでてくるもので。)

 

そして今は、本やCDの整理中。

 

本は、ワタクシがオーラソーマの先生になる前、論文を書くために購入したものなどがありました。(かなり懐かし~ゾと。

 

当時は、期限が迫っていたということもあり、とりあえず論文を書くため必要なところだけをはしょって読み、後で時間があるときにゆっくり読も~とか思ってました。。。が、案の定、それっぱなし・・というモノが結構あって。

(やはり、ナニゴトも一期一会。その「時」を逃してはイケマセンね~。笑

 

CDは結構、難しいですね。

いるものと不要なものの識別が。

 

やっぱり、「音」ってハートに直に響くので、手放す識別が難しい。。

むか~し購入したからといって、もういい曲じゃないかというとそうでもなく。

だって、何がしか自分のココロの琴線に触れるから欲しくなったわけで。

 

しばらくぶりに聞き返してみると、やっぱり「いい曲だな~」と思いだされて。

で、手元に残る、と。

 

 

今回のこうした「禊ぎ」は、自然な流れでした。

 

別に「やらなきゃ」と思ってやったわけでなく、追い立てられて仕様がないわけでもなく。

「あ、やろーっと。」ていう自発的な動きでした。

 

 

手放す・残す識別ラインは、

「これからの自分に必要なものとそうでないもの」。

 

 

毎年、1月に新年を迎え「生まれ変わる」感覚はありましたが、今年は何かが違う!

本当に何か一新される気がして、『新しく始まる』ワクワク感覚が大きいのです。

 

『古い私』を脱ぎ捨て、『新しい私』に生れ変わる、そんなカンジ。

 

変化というと、今まではなんとなく「コワイ」とか「そうはいっても過去が懐かしい」と、変化に抵抗する思いが出てきたりしてましたが。

 

今回はそれとは異なり、ホントにワクワク感が上回っていて。

「恐れ」から自由になっています。(ありがたや~。)

 

未来は絶対的に明るい、楽しい、美しい、ってなんだかわからないけれど、『確信』があるんです。

 

そういうときに、人はスペースの『禊ぎ』をしたくなるのでしょうか??

新しいものを受け入れる前に、まず手放してスペースを作る。

 

今回の手放しっぷりは、カナリ大判振る舞いデス。笑

ということは、入ってくるものも・・なのかな~?

 

 

Love, Light and Harmony!


あの植物は今

2015-03-09 | 日記

アンブリエルです

 

最近、雨が増えてきましたね。

春も、もうすぐです。

 

今日は、「あの植物は今?」をお送りします。笑

 

ちょっと前、一番寒い冬の間、セイギーヒーではオーラソーマ・コースが行われていました。

オーラソーマでは、ボトルに入っている鉱物(クリスタル)・色(光―キャンドル)・植物(花)をコース中飾り、3つの世界からの応援を招き入れるという伝統があります。

 

で、当時ワタクシは切り花でなく、ヒヤシンスの鉢植えを置き、コース進行中、並行してその成長具合も観察する方式をとりました。

 

おかげさまで毎回、スクスクと成長し、4日目くらいには花が咲き、それは最終日まで続いたのでございます。

美しい白いお花と、匂い立つ香りにうっとりしつつ、植物の着実な成長ぶりに驚きを感じたものデス。

 

日頃、ほとんど植物を育てる習慣のないワタクシは、

最終日くらいには花も終わって、花瓶だけ持ち帰り・・もしかすると、コース中終わってしまうかも、、そしたらその後は切り花を・・なんて思ってました。

 

ら、読みは完全にハズれ。笑

 

最終日、ヒヤシンスの花は花盛り。

これからますます咲いてきます!的な勢いです。

 

しかも花は縦長で、持って帰るにはちと大変。

他に荷物もかなりありましたしー。 

ということで、お花はそのままお店預かりしていただき、花が終わったら持ちかえろう、ということになりました。

 

そしてそれから一か月後、お店へいったら。。

 

こんなになってましたー。笑

  いうまでもなく、同じ植物デス。

花は終わりましたが、その後、葉だけが残りました。

ワカメのようなイジョーなまでの伸びっぷりは、「日の光を求めて」このようになったそうです。

 

室内においていたので、日光が少なかったようです。

それにしても、「葉って、こんなに伸びるもの??」と植物の貪欲なまでの生命力にオドロキを隠せませんデシタ。

 

さすが、生命力レッドの補色!

 

ですが、さすがに成長しすぎて、葉の色は薄いし球根がヨワってました。

ちょうどお店にお花屋さんがいらして、そのまま日に当ててたら元気になって、3年くらいは花をつけるそうです。

 

なら、頑張って育てよう!ということで、我が家へお持ち帰り~。

 

来年もきっと、スバラしいお花を咲かせてくれることでありましょう。

(そしたら、またコースで使おうかしら~?笑

 

 

Love, Light and Harmony!