maria-pon

お着物Enjoy生活からバレエ・オペラ・宝塚etcの観劇日記に...

Poniaで百合帯

2006-09-24 23:13:54 | きもの
というわけで、結局最後は 白い帆船(カティサーク号か)が青い海原を走る芥子色地の重厚な袋帯と、珍しい爽やかで鮮やかなグリーン地に大きなちょっとシンプルにデフォルメされた大きな百合の刺繍の名古屋帯の2本で大いに悩んだわたくし。

帆船は夏帯なら即決だったのですけど、2重太鼓でいつ締めるのかしら、という難しさが・・・。
らふさんは、敢えて 夏帯でないところが希少価値、とおっしゃるの。
紬をうんと格上に見せる、とか、お正月に勢いのあるおめでたい感じにキリリと、というのも良いかも~とかなり後髪惹かれたものの、微妙な用途の大人顔の帯だから、大正ロマン乙女の目をかいくぐって、次回訪れたときにもわたくしを待っていてくれるかもしれないわ、とあきらめることに。



で、連れて帰ったのはこの帯でした
とりあえず、大島には合いそう~

今すぐ、という季節のものではないので温存しておくつもり(また?)です。



Ponia-ponでアンティークワールド♪

2006-09-24 22:09:07 | きもの
爽やかなお天気が続いています



窓を開けると金木犀の香りが流れてくるのも心地よい今日この頃。
朝晩は肌寒く感じられるほどですが、この香りに包まれたくてつい窓を開けてしまうのですよね・・・(風邪を引かないようにしなくては!)

さて、先週のことになりますが、根津のアンティーク着物やさん、「Ponia-Pon」に行ってまいりました。
もとはと言えば、MINXのお着物仲間のいそじんさんが、お気に入りのキモノやさんとしてご紹介くださったお店。前回お伺いしたときにはさほど心揺すぶられるものとの出会いはなかったのですが、店主のらふさんがいらっしゃると俄然画期的なリコメンデーションを受けられるといそじんさんに伺い・・・。
お忙しいいそじんさんに、らふさんがお店にいらっしゃる日を確認いただいて、大量に商品が入荷したとHPにUPしたその週末に、満を持して再チャレンジしてみました!

近くにある弥生美術館の高畠華宵の絵から抜け出してきたような大正ロマンの香り漂う刺繍の帯やはんなりとした昼夜帯、華やかなお嬢さんがお召しだったのだろうと思われる錦紗のキモノなど、「ジ・アンティーク」と定冠詞をつけたくなるようなものと並んで、ちょいとお洒落な捻りの入った紬などもあり。
大正ロマン帯が引き立つキモノ、ということで、現代に近いものも入れていらっしゃるそう。
それもやはり 店長のらふさんの眼でチョイスされたものゆえ、好みが合えば、ストライクゾーンドンピシャのキモノ満載で困ってしまうかも・・・?
キモノは裄の長いもの、ということで素敵な朱のグラデで大きな菱形の小紋を羽織らせていただきました。とても着映えるかなり華やいだものなので、地味キモノ好きなわたくしは、本日は帯に集中することに・・・。

帯も桃色地にバラの刺繍のもの、ピンクとブルーの細いストライプの繻子に白いマーガレットのような小菊と赤紫から青紫のグラデで大きな葉が、刺繍されたものですとか、結構ツボ。
途中、こんな帯はどういうコーディネートが映えるのでしょう?と黒地に大きなグレーの水玉の名古屋をお見せすると、横段で基本は小豆と渋ローズ、ところどころにレンガが入った縞のお召しを持ってこられて・・・・。自分では単純な無地や万筋、あるいはPOPなモダンキモノをあわせてしまいそうなところにこの複雑な滋味溢れるお召しを持ってくることでシンプル柄の大胆な帯がグッとお洒落に。
突然お召しを一枚欲しくなるわたくし。時々、裄の長いものの出没するそうですので、気長に探してみることに致しますわ

華宵の話になったので、わたくしは同時代の叙情画家ですと蕗谷虹児が好きなんですと申し上げると、「頭の悪いヒトには着こなせないタイプのキモノですよね」と。
そうそう、大人のちょっとワルで怜悧な女性の魅力満載なのですよ~。

気になる方は「昭和モダンキモノ叙情画に学ぶ着こなし術」をどうぞ!



「Turandot」というオペラ②

2006-09-23 08:16:14 | OPERA
荒唐無稽に見える行動、これらの登場人物は極めて寓話的に各々の役割を担っています。


冷酷さと拒絶、のトゥーランドット。愛と勇気のカラフ。献身と自己犠牲のリュー。
それぞれが与えられた役割に基づいて素晴らしく流麗に作曲されたアリアを美しく歌い上げるところにオペラ的快感と感動が生じます。
(わたくしは、死に行くリューのアリアで鼻水をすすりあげました!)
と同時にピン、ポン、パンの3人の官吏が辛いお役目を愚痴ってみたり、故郷を懐かしんでみたりと、清濁併せ呑んだ人生を渡りつつ軽妙に歌い上げることで物語の硬直化を防ぎ、時に批判的な視点を取り入れて、この寓話に血肉を与えています。
この3人は、イタリアの民衆的な即興劇コメディア・デラルテの登場人物パンタローネ、アルルカン、ブリゲーラをベースとして造形されたキャラクターでそれぞれが首相でバリトンのピン、式部長官のテノール、パン、料理長でテノールのポンに対応。イタリア人にとっては異国のお話ながら、グッと身近な存在が狂言回し的に入ることで物語りに厚みが生まれているとも言えましょう。



ヴェルディのように、愛と国家の相克、運命に翻弄される人間の苦悩、といった大きな主題を持たず、あくまで甘い男女の愛をロマンチックで美しいメロディーに乗せて、ときとしてエキゾチックな背景で彩りながら作品を発表してきたプッチーニの最後の作品。
リューの死、までで筆をおくこととなり、最終的に完成された作品としてまとめあげたのはフランコ・アルファーノではありますが、プッチーニのテーマである「愛の勝利」は最後の合唱で高らかに歌い上げられています。


今回、フィレンツェ歌劇場はイタリアの19世紀末から20世紀初頭にかけての 2人の偉大なオペラ作曲家、ジュゼッペ・ヴェルディとジャコモ・プッチーニの「白鳥の歌」を持って来日しました。

生来悲劇好みで、壮大なスケールのドラマを描き続けてきたヴェルディは最後に人生を達観した大人の視点で飄々と喜劇を楽しみ、同時代にドイツで発展した交響曲やワーグナー風の「動機」による作曲技法がオペラ界の主流となりつつある中、プッチーニは最後のメロディー作曲家として全身全霊で愛を歌い上げる・・・。

今回、それぞれ、ストレーレル、ゼフィレッリの定評あるプロダクションを超えたとも言われる、ルカ・ロンコー二の知的でリリカルな演出、チャン・イーモウの中国の伝統美を活かしつつもダイナミックな視覚的効果で強い印象を与えるプロダクションで観られたことも嬉しい、来日公演。
進化し続けるヨーロッパの名門歌劇場の実力を堪能したことでした。


「Turandot」というオペラ①

2006-09-23 06:55:37 | OPERA
プッチーニのOperaにはありがちなことですが、このTurandotもまた、登場人物の造形がなんとも感情移入しづらい。

そもそも、謎をかけては求婚者の首をはねるという残酷な姫の動機は、何千年も前に異民族の侵略者に陵辱されて殺された伝説の姫の遺恨、というのだから、すでに??。
勇気ある求婚者、タタールの皇子カラフも、国敗れて流浪の民となった生き別れの父王ティムールにめぐり合った直後、トゥーランドット姫に一目惚れ。父の制止も、カラフの微笑み一つを心の支えとして何もかもを失った老王のために物乞いまでして付き添う女奴隷リューの嘆願も退けて姫と命を賭けた謎々に挑む当たり、国を再建するのが先では?と指導者としての資質を問いたくなります。
見事3つの謎を解いたカラフに、身を委ねるのは嫌だと父皇帝にわがままを言うトゥーランドット。
今まで、何人もの王子の首を刎ねてきたのに今更契約を遂行しないのは王女の名に相応しからぬ詐欺行為です。契約は守られなければならぬ、と言うも、暴走する王女をもはや留められない父皇帝アルトゥム。絶対君主としてあがめられるも娘のわがまま一つ抑えられない情けない皇帝です。
すでに勝利を手中に収めているのに、カラフは自分から謎を出します。
夜明けまでに自分の名を当てよ!
ここで情熱的に歌い上げられるのが有名な「だれも寝てはならぬ」

彼の名を訊き出せ!真夜中にお触れを出された臣も民も迷惑ですが、ここで父王ティムールとリューは捕らえられてしまいます。カラフと一緒のところを見られていたのでしょう。ティムールをかばって名を知っているのは自分だけだと言い張って拷問にかかるリュー。拷問されても名を明かさない強さを「それは愛の力です」と答え、「氷の様な姫君の心も」と死をも恐れない愛の力を訴えて自害。
カラフは一部始終を見ていますがここでは何のアクションも起こしません。
父王はさぞかし失望させられたことでしょう。


答えを強要していたがリューの死にうたれた民衆が去り、2人きりになったところで、怒りと愛に駆られて口づけするカラフ。この口づけで姫の心が溶け、愛の二重唱。カラフは名を告げ、姫に運命を委ねます。
夜明けの広場で民衆と皇帝を前にして、高らかに告げるトゥーランドット姫。
「彼の名は愛!」


・・・書いていて恥ずかしくなってきました。
が、これが、見ていて感動の涙を随所で流してしまう説得力を持つ作品なのですから、全くプッチーニ恐るべし、です。




Firenze「トゥーランドット」

2006-09-21 01:36:58 | OPERA
19日、NHKホールでFirenze歌劇場の公演「トゥーランドット」を観てきました。



Firenzeを拠点に世界で活躍するユダヤ系インド人、マエストロ ズービン・メータ指揮。
氷のように冷たい姫は豊かな声量に定評のあるアレッサンドラ・マーク。
彼女の謎に挑む皇子カラフはカール・タナー。
カラフを慕う女奴隷リューはバルバラ・フリットリのはずがノラ・アンセレムに。

小雨の中、大入りで期待にざわめくNHKホールのステージに始めに上がったの上記の誰でもない、招聘元NBSの総裁佐々木(ササチュー)氏。
嫌な予感・・・。2つのエクスキューズ。
まずはリュー役の変更。「ファルスタッフ」のアリーチェ役で絶賛を浴びたフリットリ、今朝になって発声練習の段階で突然声が出ない、と、気づき急遽Wキャストのノラ・アンセレムの出演が決まったこと。
2つ目は、アレッサンドラ・マークが足の手術の経過が思わしくなく、未だ車椅子が離せない。
声には問題がなく本人のたっての希望もあり出演はするが、客席に向かって傾斜している舞台の上を車椅子で動く安全を確保するため常に6人の侍女がつきそうとのこと。
フリットリは、アリーチェがエクセレントな出来でしたので彼女のリューも楽しみにしていたのですが、結果から言うとアンセレムのリューは大変良かったのでNoProblem。それにしても声と言う代物はまことにデリケートなものなのだなぁと感慨深い。
アレッサンドラは・・・うーんこういっては失礼かもしれませんが豊かな声に比例した体型の持ち主でもあらせられるので、意外と車椅子でのミニマムな動きでも違和感ナシ。

幕が開くとそこにはもう一枚左右に分かれるスクリーンが。
「赤いコーリャン」で世界Debut、「黄色い大地」でそのダイナミックな色彩感覚により鮮烈な印象を残した、現代中国を代表するインターナショナルに活躍する映画監督チャン・イーモウの演出。
多分OPERA「蝶々夫人」を見る度に日本人が感じる違和感を中国の人も「トゥーランドット」に感じてきたであろうと推測するのですが。
書や巨大な絵巻物を紙芝居的に使用し、各国の皇子の処刑シーンは大きな刀図鑑(?)にて、女奴隷リューにたいする責め苦の場面では「油地獄」などとキャプションのついた拷問図鑑(?)を持ってくることで間接的に示したのは必要以上に陰惨な様相を呈す危険を回避して東洋趣味を満足させるクレバーな演出だと思ったことでした。
左右対称に位置した合唱団の民衆、コメディ・デラルテの典型的な登場人物3人になぞらえた大臣ピン、ポン、パン。色彩豊かな豪華なセット。10人のしなやかな中国人ダンサーによる艶やかな舞。
1998年、紫禁城を舞台に初公開され、その後瞬く間に「トゥーーランドット」のスタンダードとなったこの演出。

チャン・イーモウの起用はメータの発案だとか。
優れた指揮者は、優れたプロデューサーでもあるのでしょうか。