2021年6月16日(水)歌舞伎座にて
第二部 14:10~
「桜姫東文章」下の巻を観てまいりました。
序幕「岩淵庵室の場」
二幕目「山の宿街権助住居の場」
大詰「浅草雷門の場」
桜姫は2004年歌舞伎座で、玉三郎と段治郎で観ています。
あの頃、市川猿之助一座のスーパー歌舞伎で大活躍されていたのですよね、段治郎さん。183㎝の長身で、並びが良く、ダイナミックな動きと手足の長いシルエットが荒唐無稽な鶴屋南北の世界によく似合っていました。
この時の配役で印象に残っているのは町人に身をやつして桜姫を見守っている忠義の家臣、葛飾のお十を春猿、粟津七郎を門之助という、この頃よく組んでいた並び。いかにも物堅いお侍の雰囲気の門之助と色っぽくて、桜姫の身代わりに置屋へ赴くのが品の良い若奥様が忠義のためとはいえ何たる自己犠牲・・・と思ったことが蘇りました。段治郎さんは今は喜多村緑郎として新派に、春猿は河合雪之丞として同じく新派に・・・。時の流れを感じます。
今回は36年前に大ヒットした玉孝再び・・・ということで、お二人の実年齢を考えると信じられない、美しさと様式美の世界に酔いしれました。
筋書の玉三郎のコメントに、体力的に厳しいかと思っていたが、上下に分けての上演ならば全精力を注げるのでは、と挑戦する気になった理由を残していらっしゃいます。
四月と六月、上下に分けての上演ということで、下段の前に、上段の説明が。
長谷寺のNO2,僧残月(中村歌六)と、桜姫の吉田家のお局長浦(上村吉弥)は密通が露見して、今や、ひっそりと北本所岩淵の庵室でほそぼそと暮らしている。
古物商とのやり取りの際、薬になるかと百姓が持ち込んだトカゲが毒と分かって落としていく。貧しい庵の衝立に掛かるは長浦が桜姫より賜った小袖。その向こうに臥せっているのは白菊丸の生まれ変わりと信じる桜姫をかばって長谷寺を追われた清玄。白菊丸と心中前に分け合った香箱を後生大事に懐に入れているのを金子と勘違いする残月と長浦。その後、葛飾のお十(片岡孝太郎)が亡くした子の供養を頼みに訪ね来て、清玄が連れてきた桜姫と釣鐘権助の赤子を連れて帰る。実はお十は桜姫を陰ながら守る吉田家の家臣チームの一員。残月と長浦は、蜥蜴を煎じて清玄を毒殺。穴掘り人足をして生計を立てている釣鐘権助のところに長浦を使いに出す。そこに連れてこられたのは流浪の桜姫。残月は驚き、襦袢姿の桜姫に件の小袖を着せかけますが、ムラムラと口説きモードになったところで権助と長浦が戻ってきて、腕の入れ墨を夫婦の証と、間男の罪だと言って、庵を乗っ取り、二人を追い出す権助。
ここ、小袖を着付け、長浦の化粧箱を見つけて、銀の髪飾りを装着、ティアラ?を付けて、姫の正装となる手順を舞台上で観られるのがなんとも興味深く、姫の日常を垣間見る思い。
このようにして、落ちてまた姫に戻り・・を繰り返す、落ちても本質の姫は変わらないという、桜姫の個の強さがこの作品の魅力だなぁと思わせるところ。
それにしても、桜姫の運命がジェットコースター過ぎて、本当に歌舞伎って・・・と面白くてたまらない。
愛しい権助との再会を喜ぶ桜姫。庵と墓堀人夫の体の権助と、絢爛たる赤姫の桜姫のGAPがスゴイ。これはまずいと下々の生活に慣れさせるために女郎をさせようと(この発想もスゴイ)話をつけるために出かける権助。はよ帰ってたも・・と繰り返し縋る姫が可愛い。行燈もなく暗闇に心細くしているところに、雷が落ち、清玄が息を吹き返す。(コワい)清玄は白菊丸との因縁を説明したうえで思いを遂げたいと心中を迫る。逃げ惑う姫。出刃包丁を振りかざす錯乱した清玄と怯えながら海老反る姫の型のの美しさよ・・・。逃げ追いかける大立ち回りの末、清玄は掘られた墓穴に落ち、手にした包丁が喉に刺さるが、その状態で穴から出てきて柳を両手に息絶える・・・。壮絶なり。
そこに(早変わり!一人二役の妙!)帰って来た権助、女郎屋へ連れて行こうとすると人魂が出て怯える姫。介抱する権助の頬に、毒に当たった清玄の頬に浮かんだのと同じ青あざが・・・。察する姫。
15分の休憩を挟んで2幕目は、桜姫の身請け代で長屋の大家に収まった権助の新居。「山の宿町権助住居の場」
この頃はまだ街外れだった浅草。町内の捨て子を添え金目当てで引き取った権助、この子がお十の夫仙太郎(中村錦之助)が勝手に捨てた子と知って仙太郎を強請る。金の代わりにお十を置いていかせるが、そこに置屋から桜姫が戻されてくる。権助と同じ釣鐘を彫ったのが細腕故に風鈴にしか見えず、「風鈴お姫」と人気女郎となっていたが、枕元に化け物が出るというので、戻されてきたのだった。身代金を返せという代わりに、お十を差し出す。籠に乗せられたお十に物陰で見ていた仙太郎が「粟津七郎が離縁する・・・」と書かれた離縁状を渡す。実はこの二人が吉田家の家臣で、桜姫守護のための働きを称える文であると観客は察する流れ。下町の女郎生活を経た姫は、赤姫の衣に黒白だんだらのつぎはぎをした小袖姿同様に、話し言葉も伝法な江戸っ子言葉と姫言葉が奇妙に入交じり、それをスッとした顔でさらりと言うものだからおかしくてたまらない。枕を並べて二人が煙管片手に横になる様は今や似合いの一対の夫婦。くつろぐ時間は短くて、町内の寄合いに呼ばれる権助。一人になった桜姫に清玄の霊が、傍らの赤子が桜姫の子であり、権助は清玄の弟であると告げる。酒に酔って帰宅の権助、松井源吾にあてた密書を取り落とし、自身が信夫の惣太という侍であることを明かす。自分が奪ったものとして都鳥の一巻を取り出して桜姫の父である吉田少将と弟の梅若、そして一巻を狙った入間悪五郎を殺害したことを口走って寝入る。全てを知った桜姫は、我が子を探して流浪していたこともあり、葛藤の末に権助の血を引く子を手にかけ、続いて、権助にとどめを刺し、敵討を果たす。
大詰 浅草雷門の場
幕が降り、幕が上がると浅葱の幕。それがパッと一瞬で消えるとそこはパァッと明るい雷門の門前。葛籠を背負うは武者人形の如き奴の軍助(中村福之助)。粟津七郎とお十、そして桜姫の弟の松若(片岡千之助)が捕手を追い落す。葛籠を開けるお十と松若。都鳥の一巻を持った桜姫が現れます。松若が家宝の都鳥の一巻を手にしたことで吉田家再興は果たせたと、夫と子を殺したことで自害を図る姫を止めるところに、大友常陸之助頼国(仁左衛門3役目!)と七郎、軍助が現れる。権助の悪事が露見した以上、桜姫は自害するに及ばず。吉田家再興を祝しての大団円で幕。
鶴屋南北ものならではの江戸の夜、雷、人魂とおどろおどろしい闇が濃く、同時に桜姫のあでやかな姿と共に、華やかで明るい場面のコントラストが強い。高僧は心中未遂故の心の弱みから堕落し、生臭坊主が落ち延びていく。聖と俗のコントラストもまた、強く、男の未練は転生した先、自身が殺害されて霊となっても連綿と続く。
一見、運命に翻弄されているような桜姫は、罪びとを愛し、自らは身を落としながらも、最後まで、お家再興という望みを捨てず、あばら家で見つけた化粧箱から、髪飾りを取り出して立派な姫の姿を再生させたと同様に、艱難辛苦が夢であったかのように、姫として再生を果たす。家に翻弄される時代の姫であるのに、とことん自分自身であり続けるスーパーお姫様として、初見では衝撃と興奮がなかなか収まらなかったのを覚えています。
玉三郎丈の筋書でのコメント、「改めて実感したのは、精神的負担のまるでない役だということです。様々なものを抱えた人たちの中にあって、ひとりだけ逸脱しているのです。遊女にまでなっているのにお家騒動も解決して、あっさり姫に戻っていく。五代目(岩井)半四郎のために桜姫本意に書かれた作品で、非常に不思議な、とても良いお役です」
これが全てですね。
玉三郎様の声のトーンの自在さと赤姫が似合う美貌、仁左衛門様の粗末な着物の裾をからげておみ足を晒しても穴に落とされ、喉に刀を突き立てて蘇っても・・・思いのままに生きる悪党と前世の迷いに絡めとられる僧侶の2役を鮮やかに演じ分ける技量。
このお二人の、錦絵の如き美しさ。
鶴屋南北の描く江戸の光と影の強さ、深さと共に、一生忘れられない舞台、でした。
コロナ下で、客席両隣が空席に設定されていたのがなんとももったいないことでした。。。