marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(252回目)ローマ人への手紙(16章1~27節) 終わり

2017-01-31 21:57:44 | 日記
今日は2017年1月31日です。明日から2月です。きりがよいのでローマ書の最後になりましたので一区切りしようと思います。第16章にはパウロさんからローマにいる人々に挨拶が書かれて紹介されています。詳しく聖書の中に書かれていない人々の名前も見られます。パウロの伝道旅行において、また、すべての道はローマに続くと言われていた当時の発達した交通事情によって、パウロの宣教の働きは多くの人々のつながり、目にはみえないネットワークができたことだと推察されます。
◆ここに上げられた人々には、僕らが読んできたこの手紙が、確実に読まれ聞かせられていたということになりますね。どんな人生を送った人々だったのだろう。当時の人々と同じ内容の手紙を読みつつ、僕らはこれらの人々の名前を思いながらそれぞれの人生を想像します。何気なく読んでしまう、これらの人々が当時このパウロの手紙を読みつつ励まされ、生きて生活していたということをです。
僕らも、イエスが再び迎えに来るまでに、何度もこのパウロの手紙を読みつつ、励まされつつ生活していくのです。
◆パウロが上げるひとりひとり、霊に燃えたすごいバイタリティーがあった人々という感じがします。あの時代、信仰を持つにはしんどかったと推察されますから。(16:1)ケンクレアの教会の執事フィベ、パウロが紹介するこの女性はすごいバイタリティーがあったんだろう。少しお裾分けをいただきたいな。その他の箇所にも出てくる名前も読める。
(16:13)「主にあって選ばれたルポスと、彼の母とに、よろしく。彼の母は、わたしの母でもある。」とあります。実際のパウロの母親ではありませんが、そのようにも思っているとパウロが述べているところです。ルポスは、あのゴルゴタへのイエスの十字架を途中から無理矢理背負わされたクレネ人シモンの子であると言われています。シモンの一家は、あの時以降、キリスト者になり、シモンは群れの中で大きな働きをなしたと言われているそうです。その他、名前も挙げられていない多くの人々がいたことでしょう。
◇僕もこの日記を読んでおられるひとりひとりの顔を知りませんが、次の世界でお声を掛けられるかもしれませんね。(16:22)目を患っていたパウロはこの手紙をテルテオという人に筆記させていたようですね。
終わるにあたり、やはりこの手紙の最後の節がふさわしいので掲載します。
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(16:25-26)願わくは、わたしの福音とイエス・キリストの宣教とにより、かつ、長き世々にわたって、隠されていたが、今やあらわされ、預言者の書をとおして、永遠の神の命令に従い、信仰の従順に至らせるために、もろもろの国人に告げ知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを力づけることのできるかた、(16:27)すなわち、唯一の知恵深き神に、イエス・キリストにより、栄光が永遠より永遠にあるように。アァメン。
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◆「キリスト教という宗教を作ったのはパウロです。イエスはキリスト教の教祖ですが開祖はパウロです。クリスティアノイ(ギリシャ語でいうところのキリストに属する人々)という言葉がはじめて出てくるのは使徒言行禄で、それはパウロとの関係で出てくる。」(「はじめての宗教論 右巻」佐藤 優著 NHK出版生活人新書 p125 第4章 キリスト教と国家)
◆「パウロの一生はまことに劇的であり、その書く文章は明晰にして複雑である。名文家というのはこういう人のことを言うのであろう。・・・パウロの生涯も、投獄され、人々から追われ、最後は斬首されたと伝えられながら、その一生はまさに燦然として成功だったのである。」(「聖パウロの世界をゆく」曾野綾子 編著 講談社 p1)・・・ Ω 「ローマ人への手紙」 終わり  
 

世界のベストセラーを読む(251回目)ローマ人への手紙(15章22~33節)

2017-01-30 20:49:23 | 日記
今回はパウロさんのローマ人への手紙の第15章の最後まで述べたいと思います。
◆最後の第三伝道旅行の途中のコリントで書かれたと言われますが15章22節にはいりパウロは、あなた方のいるローマに行こうとしているが、そしてわたしの願いがそこで満たされたら そこを通ってイスパニア(スペイン)に行きたいと述べます。(※実際にパウロはスペインに行ったのでしょうか。ローマでとらわれ一度解放されて、スペインに足を伸ばしたという人もおります。聖書には詳しい町の記録のないイルリコ(今のユーゴスラビア)まで福音を満たして、この地にはもはや働く余地がないと(ローマ 15:23)述べているくらいですから。)
しかし、今はやらなければならないことがある、それはマケドニアとアカヤの人々の献金を持って、エルサレムに届けにいくのであると。何度かパウロは、旅行の上で本家のエルサレムに上っているが、その責任も果たしこの時が最後にエルサレムを訪れる機会となったものだろう。
◆エルサレムではローマへ行くためのきっかけがやはり起こってしまうのでした。それを機会にパウロはローマに護送されることになるのです。ユダヤの保守派と律法からの自由を唱えていたパウロが大変な非難に会うことは理解できただろうために、引き留めるものもいたのですが。(16:32)だから、このローマ人の手紙でも不信の徒から救われ、エルサレムに対するこの奉仕が受け入れられるように、そして喜びをもってローマにいるあなた達に会えるように祈ってほしいと書くのでした。そのエルサレムでも、キリストはパウロに現れこういうのです。
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その夜、主がパウロに臨んで言われた。「しっかりせよ。あなたは、エルサレムでもわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなくてはならない」。使徒言行録(23:11)
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キリストはパウロに4回現れていますね。回心の時(使徒言行録(9:5)、コリントで(同 18:9-10)、エルサレム訪問の時(同 22:18-21)、そして(同 23:11 この箇所) これは誰が何と言おうと、パウロの動かしがたい原動力となっているのです。直接、イエスと会話をしているのですから。
◆次の宣言を見よ。人々からでもなく、人によってでもなく、イエス・キリストと彼を死人の中からよみがえらせた父なる神とによって立てられた使徒パウロ、・・・(ガラテヤ人への手紙第1章1節)
◇どうか、みなさんが、自分の言葉でイエスと話ができるようになれますように祈ります。ローマ人への手紙も残るところ16章のみとなりました。ローマ人への手紙のパウロの言葉のひとつ一つは本当に私たちに勇気を与えてくれます。
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(8:16)御霊(みたま)みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかししてくださる。
(8:17)もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。
(8:18)わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現れようとする栄光に比べると言うに足りない。
(16:33)どうか、平和の神があなたがた一同と共にいますように、アァメン。・・・ 

世界のベストセラーを読む(250回目)脱線 キリスト者日本人であること

2017-01-29 23:32:21 | 日記
244回に”ドナルド・トランプの神学”を書きました。これからのアメリカ国と日本について皆さんにも考えてもらいたいと思います。アメリカ人の多くがキリスト者だというのに、それから派生してきた社会の成り立ちなのですが、現状、多くのキリスト者がいる国でありつつも、確かであるのか、そうではないのか、例えばCNNニュースなどに対してもあからさまにトランプさんは批判しました。また、僕らには見えてこないのですが、どうして労使交渉などのバトルがはげしくなるのか、また、どうしてアメリカの医療制度がボロボロなのか、堤未果さんの「貧困大国アメリカ」などを読むまでもなく、第一に不思議だし日本の国も今までもいいようにアメリカに振り回されているのか、日本はどう思わなければいけないのか。
◆パウロは福音はユダヤ人もギリシャ人もないと述べました。ですから、日本人キリスト者ではなく、グローバル世界においてキリスト者日本人であることをますますしっかり確認していかなければいけないと思いますね。(これは神学者大木英夫さんが述べていること)そのためには、やはり自分の言葉でイエスの言葉を捉えることです。一応、キリスト教国アメリカについて、昨今の世界の変化を聖書の話から読み解き説明をされている宗派や説教者の話をネットで見ることができます。時代が様変わりして変換期となったということだと思います。否、今までの実情があからさまになってきたということなのでしょう。僕らがニュースで見て知らされてきたのは、まさに大手のメディア媒体であったのですから。実情は見えていないし、知らされていないと言うことなのです。ですから、この国のその道の方達が浮ついた良心、心情主義のみばかりの落としどころで説教のみしているのは、ドメスチックな自己保身とのみ捉えられないようにしないといけませんよということですね。真摯にもっと勉強して欲しいと言うことです。この国に伝道するのであれば。
◆今から40年ほどまえであったか(といってもおそらく内情は変わらず当時は程度は軽かったのだろうと思うけど)、ハーマン・カーンという学者さんが次のようなことを言ってました。(彼についてはネットで検索されたし、安倍首相がこの人の賞をもらったとか記事もあり)
◇「君らはアメリカの社会というのを知らない。君らがアメリカで接触している連中は階層的にはアッパー・ミドル・クラスだ。彼らはヨーロッパ大陸から渡ってきた、プロテスタントやカトリック信者の子孫で、現在アメリカ社会の指導階級を形成している大学の先生とか、あるいは政治家だとか、実業界の指導者というのは皆そうである。たしかそういう階層の子弟はまさに宗教ばなれしている。金持ちや特権階級のドラ息子が少なくない。しかしながら、これがアメリカ国民を代表する階層ではない。かつてはロウ・クラスであったが、いまやミドル・クラスになっている広い層がある。これは今度のジミー・カーター大統領(当時)をも含めて幅広い中堅階層である。この連中の80%は敬虔なキリスト信者である。彼らの宗教はプロテスタントやカトリックではなくて、バイブルにストレートに帰れという趣旨で、輸入された宗教ではなくて、アメリカ社会のかつてのロウ・クラスであった者の中に育った固有の宗教である。そういう連中は非常に敬虔であり、信仰に厚く、教会にも根心にお参りする。大方の日本人はそういう連中とつきあっていないから、アメリカ社会のそういう面があることがよく分からないのである。」
◆40年程前の話とは言え詰まるところ世界をそして自国民を操作しているのもそういう一部の階層だということですね。世界の富の30億人分と同じ資産を個人で持っているのは世界で8人ほどいて、そのうち6人は米国にいるとの報道がされました。つまるところ、このネット自体も既にその仕組みの中にありますからね。
◆悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて言った。「もし、あなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう。」(マタイ伝 4:8-9) 僕らは、霊的な戦いをしているのです。・・・ Ω 

世界のベストセラーを読む(249回目)ローマ人への手紙(15章14~21節)

2017-01-27 19:54:12 | 日記
(15:14)さて、わたしの兄弟たちよ。あなたがた自身が、善意にあふれ、あらゆる知恵に満たされ、そして互いに訓戒し合う力のあることを、わたしは堅く信じている。(15:15)しかし、わたしはあなたがたの記憶を新たにするために、ところどころ、かなり思いきって書いた。それは、神からわたしに賜った恵みによって、書いたのである。
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パウロが、ローマの人々、そこにはユダヤ人やギリシャ人など異邦人キリスト者もいたわけだが、その人たちに対して堅く信じていると述べている訳であるから、2017年の僕らもイエスを信じた、あるいは信じている、信じたいと願う人々に対して、善意にあふれている、あらゆる知恵に満たされている、そして互いに訓戒しあっていると信じられているとすれば、これは安穏としてはいられないなと思うわけだな。
◆それにしても、このローマ人への手紙は、場所がコリント書かれたというから、ヨハネによる福音書よりは、時間としては早く書かれている訳だが、あなた方の記憶を新たにするためとは、イエスがエルサレムで十字架に架かられことは現場体験者の多くいたことだろうけれど、その預言が当のユダヤ人のあなた方の先祖伝来、あなた方も小さな頃から学んできた旧約に書かれた多くの言葉そのものの中に、彼、イエスのことを語り、また、異邦人に福音が述べ伝えられていくとの言葉がちりばめられていることを知ってもらい、また確かなこととして認識してもらうために大胆にわたし(パウロ)は語ったと述べる。これは、おそらく先の回にも書いたが旧約の引用箇所のことであろうと思う。実際にその箇所を読むと、パウロが異邦人の伝道の為に多少無理をして引き出したとう感がしないでもないから。
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(15:16b)こうして異邦人を、聖霊によってきよめられた、御旨(みむね)にかなうささげものとするためである。
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◆神に受け入れられるには、傷のない新しい献げ物が必要だから、パウロは神に異邦人が受け入れられるように聖霊によりきよめられ、御旨にかなうささげものとするためにわたし(パウロ)は働いてきたと述べる。煎じ詰めると種がまかれ、福音を受け入れたらきよめられ、御旨(みむね)にかなうものとなるように務めねばならないとうことになるねぇ。
◆(15:19b)イルリコという場所は、今のユーゴスラビアのことらしい。とうことは、聖書に書かれていない場所(都市)にも、ユダ人がいるとみれば広範囲にパウロは足を運んだのだろう。(15:23)今では、この地方にはもはや働く余地がなく・・・と書かれているくらいだから。そして、次はローマにたちより、イスパニア(スペイン)に行きたいと述べている。
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(15:20)わたしの切に望んだところは、他人の土台の上に建てることをしないで、キリストの御名(みな)がまだ唱えられていない所に福音を宣(の)べつたえることであった。
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僕は思うのだが、今は世界宗教にもなったキリスト教だが、多くの土台ができすぎてしまったのではないだろうか。他人の土台の上に建てることをしないとは、他人の語る言葉の上での納得ではなく、いついかなる時も、イエスの言葉を自分の言葉で読み続けなさい、自分の土台を築きなさいと語っているように思われてならないのです。・・・ 

世界のベストセラーを読む(248回目)ローマ人への手紙(15章7~13節)

2017-01-26 21:47:02 | 日記
ローマにいる旧来の律法遵守のユダヤ人ではあるがイエスを受け入れた人々と、また、イエスを受け入れたギリシャ人などの異邦人の一致をパウロはしきりに促す。食物規定以前、それより大きな業(わざ)、イエスが我々を受け入れられたのだから。
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(15:7)こういうわけで、キリストもわたしたちを受けいれて下さったように、あなた方も互いに受け入れて、神の栄光をあらわすべきである。(15:8)わたしは言うキリストは神の真実を明らかにするために、割礼のある者の僕(しもべ)となられた。それは父祖たちの受けた約束を保証すると共に(15:9)異邦人もあわれみを受けて神をあがめるようになるためである。「それゆえ、わたしは、異邦人の中であなたにさんびをささげ、また、御名(みな)をほめ歌う」と書いてあるとおりである。(15:10)また、こう言っている。「異邦人よ、主の民と共に喜べ」。(15:11)また、「すべての異邦人よ、主をほめまつれ。もろもろの民よ、主をほめたたえよ」。(15:12)またイザヤは言っている、「エッサイの根から芽が出て、異邦人を治めるために立ち上がる者が来る。異邦人は彼に望みをおくであろう」。(15:13)どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせてくださるように
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(15:9)の引用は、詩編18:49、(15:10)は、申命記32:43、(15:11)詩編117:1、(15:12)イザヤ11:10 である。
◆僕らは、分からないながらもすらすらと一応は読んでしまう内容であるが、今一度丁寧に読んでみよう。
(15:7)キリストがわたしたちを受け入れられたのだから、食物以前のこの壮大な受領の中に我等は、身近なお互いを受け入れることは神の栄光をあらわすことになるのであると。
(15:8)次の”神の真実を明らかにする”とは、どういうことなのだろう。ロマ書の初めに神学者カール・バルトの(1:17)は「信仰に始まり信仰に至らせる」を「真実から信仰に至らせる」と訳したと書いた。ロマ書の最後に来て、ここにパウロは”神の真実”という言葉を書いている。その意味は”神の業(わざ)は聖書に書かれ、歴史にあらわされてきた選民族の事実”ということができるであろうと思う。次の通りの民族の歴史であるということだ。
(9:4-5)彼らはイスラエル人であって、子たる身分を授けられることも、栄光も、もろもろの契約も、律法を授けられることも、礼拝も、数々の約束もかれらのもの、また、父祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのである。    
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◆父祖たちの受けた約束とは、創世記に既に異邦人が視野にはいった約束がなされていたのではなかったか。(創世記15:5-6)「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。
◆そして、主イエスご自身、その視野は十字架の苦しみを通してあったのである。異邦人ギリシャ人がイエスに会いに来た。(ヨハネ伝12:23)イエスはこうお答えになった。「人の子は栄光を受ける時が来た。」
◇(15:13)どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせてくださるように。・・・