marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(496回目)(その1)若者よ、憲法九条を変えてはいけない! 永遠法と自然法と人定法

2018-03-27 07:00:00 | 日記
  少し政治的なこと・・・・。表題のように白か黒か、旗色を鮮明にすると、先入観をインプットするようですが、これに真逆の考えも否定するものでは決して無く、ただ、世界のベストセラー(ここでは『聖書』のこと)に絡んで僕が思っていること。表題のことは、かの井上ひさしさんが憲法について語り、ノーベル賞作家の大江健三郎さんや知識人、故加藤周一さんが「九条の会」を立ち上げていることとも関係なく、僕の心情的からくるところのこの肉体を維持することからくる(それは当然、今のこの国にいて生活している訳だから政治に関わるので)、個人的な思考の欠落部を埋めようと正直に考えていることです。
◆もっと老齢化も当然進み、いわゆる「永遠の生か死か」の問いかけから、僕が思っている根っこの部分をもとに(受難週に入ったが、これを僕はイエスが十字架に掛かったことからとしているのだが:これはどうしてもそちら側に行くように思うが決して心情に流されるものではなく、歴史的事実として)考え、生活することは、僕自身のボケ防止にもなると思っているのです。しかし、次世代にも係わる重要なこと・・・。
◆僕らの生活そのものに係わる事柄は、政治におけるアンケートで、この国では「どちらともいえない」という回答が多いけれど、それだけ、この国は心情がらみで肉体に引きずられている言葉に安住しているというようにも思うのだが、(それは島国だからなのか、農耕民族だからなのか、否、これもこの国の良い意味での宗教的総和観<これは僕の造語>というようなものなのか・・・)その肉体の保持にも影響してくるのが政治というものであるから、実は「どちらともいえない」などいう返答は、「賛成です」というのと同じとみられてしかたがない。というか、為政者のお考えどうりにお進めください、と言っているのと同じこと。よって、「反対である」と返答してちょうどいい具合なのがメディアへの回答なのであると僕は考えている。そもそも、煎じ詰めればこの国の人々は自分の考えを言葉にすること自体あまり得意とする人々ではないのではないかと思われます。
◆第一に「憲法に自衛隊明記」と一面トップの地方紙の記事。政治的な事柄はあまり書きたくないけれど、同じ自民党内からして党改憲推進本部の細田博之本部長に最終一任なんていうのは、政治家自体がすでに言葉を失っている。説明も何も無く結論先にありきで、石破茂元幹事長が進め方や内容に不満を呈し・・・とある。地方では、いろいろ民間でも疑義が呈されて勉強もされているのだけれど、政治家が一番空気に任せてしまうことでは、だから、ますます、だめだろう、ということがどうして分からないのかなぁ・・・というか、どうどう巡りで。
◆イエスが、十字架に掛かられる前にゲッセマネというところ祈りをする、その後の捕縛の場面、彼自身、答えを出しているのかいないのか・・・
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「そこで言われた。『しかし今は、財布のあるものは、それを持って行け。袋も同様にもっていけ。、また、剣のないものは、自分の上着を売ってそれを買うがよい』。・・・弟子(でし)たちが言った、『主よ、ご覧なさい。ここにつるぎが二振りございます』。イエスは言われた、『それでよい』。」                              <ルカ福音書(第22章36節、38節)>

「そこで、イエスは彼に言われた。『あなたの剣を元のところにおさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる・・・』」 <マタイ福音書(第26章52節)>

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 永遠法、自然法、人定法については次回 ・・・続く   







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