電脳アニメパス

アニメ及び周辺文化に関する雑感

西暦2021年のアニメ事情

2006年04月01日 | 雑記
 無限に広がるアニメ界。雑種多様な光に包まれた世界。死んでいく作品もあれば、生まれてくる作品もある。そうだ、アニメは生きているんだ。
 しかし、我々を包む日本のテレビアニメは滅亡の危機に瀕していた。アニメファンの懐具合は干上がり、萌え系アニオタや腐女子は死滅した。コアなアニオタはその生存権を地下に求めて細々とアニメを見ていた。
 そのアニオタを嘲笑うかのような目が宇宙にある。我々の受信アンテナを隔たるところ14万8000メートル。新東京タワー、地上デジタル放送アンテナこそテレビアニメを危機に追いやる悪魔の手先なのだ。

 時に西暦2021年。20世紀の終わり以来、着々と日本侵略を始めていたデジタル放送化の魔の手はついに地上波テレビ放送にまで及んだ。西暦2011年のアナログ停波は人々の反対虚しく強行され、いまやデジタル受信装置なくしてアニメは見れなくなった。
 日本のカルチャー産業を支えていたアニメの勢いは急速に弱まり、産業全体が斜陽化を余儀なくされ、そして10年が過ぎた……

 ここはとある大学アニメサークルの部室。深刻そうな表情のアニオタが何人か集まっていた。
「ダメだ。このテレビではもうアニメは見れない」
「妥協するのですか、会長」
「このままでは何も見れなくなるだけだ。デジタルテレビを買おう」
「会長、古代が資金拠出を拒否しました」
「沖田さん、僕は嫌です。ここで妥協してしまっては壊れていったアナログテレビたちに申し訳がたちません」
「明日のアニメのために今日の屈辱に耐えるのだ。それがアニオタだ」
「アニオタなら、戦って戦って戦い抜いて、1作品でも多くのアナログ作品を見て死んでいくべきじゃないんですか?」
「古代、わかってくれ……」

 2011年のアナログ停波とともに日本国内でのアナログテレビの販売は禁止され、市場には高価な大画面デジタルテレビとワンセグ用の小さな携帯端末ばかりになってしまった。辛うじてアジア製の普及価格帯のテレビもあったが、それらはすべて法律で最新の著作権管理技術に対応していないアナログインタフェースの搭載は禁止されていて、旧来のアナログ機器に繋いで見ることは出来なくなった。
 一方、レコーダーの類も次世代DVDの登場とともに最新の著作権管理技術に対応していない旧世代のDVDソフトの再生機器は生産禁止となり、新たな機器は旧ソフトの再生機能はサポートしなくなった。
 買換え需要を見込んだソフトメーカーはここぞとばかりに古いソフトを次世代DVDにして一斉に売り出したが、そんなに一度に需要が出るわけもなく、しかもその大半が「HD収録だから」という理由で(しかもその多くはSD素材を単にアップコンバートしただけの画質の劣悪なものだったりしたのだが)旧ソフトの2倍近い価格で出てたので売れるわけもなく、利益の出ないソフトメーカーは次々に倒産、アニメ市場は冷え切っていった。
 大画面デジタルテレビにしろ、次世代DVD専用機などの高価なビデオ機器にしろ、それらは生涯賃金も退職金も受給年金も高くてテレビ以外に娯楽を持たない団塊の世代以前の需要を当て込んだものだったのだが、数年経てば事情は変わり、それらの金持ち世代の購入ブームは去って、残ったのは生涯賃金も受給年金も低く終身雇用さえ保証されてないから退職金も無いそれより若い世代ばかりで、これらの世代はテレビ以外にも娯楽は多く、テレビごときにそんな大金を掛けてるわけにもいかないのが当然であり、この方面の市場もまったく冷え切ってしまい、大画面テレビに特化していた大手家電メーカーの幾つかも倒産した。

 それまでに多くのコレクションを抱え込んでいたアニオタたちは、新しいテレビやレコーダー等ではそれらが再生できないため、古いアナログ時代の機械を使い続けるしかなく、それらは年を経るにつれて中古市場価格も跳ね上がり、ヴィンテージ品扱いされるようになった。しかしながら、アニオタの過酷な使用環境にあっては製品寿命の到来も早く、特に色の再現性に優れたブラウン管方式のテレビなどは意外と早くに市場からその姿を消していってしまった。
 アナログ方式のテレビが次々と寿命を迎えていく中で注目を集めたのはアナログキャプチャー機能搭載のPCである。もちろん、アナログ停波とともにこの方面の機器も新機種が出て来なくなったが、PCのデジタル放送への対応が比較的遅かっただけに多くの製品が出回っており、またキャプチャーカードもしくは外付けのキャプチャーユニットと関連ソフトさえあればPCを買い換えても使い続けられるために、アニオタの需要を満たすだけの供給は比較的確保されていたと言える。
 経済的事情や居住環境の事情から大画面デジタルテレビや高価な次世代DVDレコーダーを買えないアニオタたちにとっては、現行のデジタル放送でさえPC内蔵のデジタルチューナーを使って見るのが当たり前になっていたので、この頃にはアニメはPCで見るものという常識が出来上がっていた。

 HD化需要を誤認したソフトメーカーの不振等はいきおい新作アニメの製作数の減少につながり、2006年当時は有り余るほどあったアニメの新作も、2021年現在では1シーズンの2~3本あれば幸運といったところにまで減っていた。
 新作が無ければそのぶん再放送が増えるようになったのであるが、高画質を売りにしたデジタル放送の手前、いまさらHD中心の放送を減らすわけにも行かず、かといってSD素材のアップコンバートで誤魔化すわけにもいかないので、放送デジタル化の間でHD素材の作品が粗製濫造されていた2006年前後の大量アニメ時代の作品がその中心になっていたが、内容的にバリエーションが乏しく、人気のある作品はほとんど無かった。そんな状況でも人気の出た一部の作品は続編を作られることもある。『灼恨のンャナW 宿命のフレイムヘイズ』や『ブタコイ アナザー・オルタナティブ2021』はその代表的な例である。
 『灼恨のンャナW』は原作の未アニメ化エピソードをアニメ化した続編で、15年ぶりにンャナを演じる針宮理恵のツンデレ演技に注目が集まっている。
 『ブタコイ アナオル2021』は『双変』の6組の双子がそれぞれタイムスリップしながら各時代を舞台に起るエピソードを綴った1話完結の連作もので、前作との直接的な関係は無く、ただ双子たちに関わるキャラクターとして各時代に双葉恋犬郎という名前のキャラ(デザインは毎回違うが声優は同じ)が登場しているだけ。残念ながら前作の声優さんが(廃業した人とかもいて)集められなかったので双子のキャスティングは一新されている。ただ、掘江由衣、小清氷亜美ら一部の旧作キャストがゲストキャラとして出演するとのことで、特に数年ぶりにアニメ出演の仕事がもらえた落会祐里香は当人のブログではしゃぎまくってるとのこと。

 当然ながら、著作権に配慮した地上デジタル放送は以前のアナログ放送のように簡単に録画コレクションできる環境ではなくなっている。高価な次世代DVDレコーダーではコピーワンスこそ廃止されたけど、それで録画したメディアは同様の著作権技術に対応した高価なレコーダーやプレーヤーでしか再生できなく、PCで見ることなんてもってのほか。すでに一般のアニオタからはアニメを録画保存するという文化は無くなり、それはブランク・メディアの売れ行き不振にもつながり、そのことがメディア価格を吊り上げ、さらに録画に対する敷居を高くしているというイタチゴッコである。
 大半のソフトはネット上で配信されてるとは言え、多くの作品は配信期間が限られてる上に料金が高くて利用者は少ない。いきおい、不正録画されたファイルが、海外のサーバーや、これまたウイルス対策ソフトとのイタチゴッコで絶えず進化し続けてるP2Pソフトなどで配布されている状態が続いており、貧乏なアニオタはこれらを利用しているようである。
 いうまでもなくコアなアニオタや金持ちは高価なHDソフトに金をはたいてはいるけど、それらは社会的には無に近いような一部でしかなく、十分な市場を形成しているようには思えない。2021年の日本では勝ち組・負け組の階層差が顕著化しており、アニオタであること自体が負け組の象徴であるから、アニオタ一般は非常に貧乏であるから、以前のようにアニオタを当て込んだ商売は成り立っていないのが現実。したがってソフト化も一部の売れ行きが見込める作品に限られている。

「アニメ文化はなぜ死んだ?」
「コピ厨だからさ」
 かつて1年戦争と呼ばれたアナログ時代のアニメ文化を取り戻すためのアニオタたちのネットでの戦いも、何も取り戻すことは出来なかった。

 夕陽を浴びて死んだような深い眠りについているアニオタの録画コレクション。ソフトとしての寿命の尽きるその日を果たして待つだけなのだろうか。明日への希望は無いのであろうか……

「アニオタのコレクションは、たかが何十年で消えてしまうようなちっぽけなものじゃないはずだ。この宇宙いっぱいに広がって永遠に続くものじゃないのか?
 オレはこれから自分のコレクションをそんなコレクションに変えにいく。これは挫折ではない。
 しかし、世の中には現実の温かい血の通う世界でアニオタのコレクションを守る者もいなくてはならない。君たちは生き抜いて、明日の素晴らしいアニオタのコレクションを築き上げてくれ」

「両舷全速。目標、新東京タワー。○○○発進!」

 そこにすでに言葉は無かった。人々は固唾を呑んで彼の行方を見守った。彼の目には走馬灯のようにアニメの美少女たちが微笑みかけてきた。

 西暦2201年、一人のアニオタが永遠の旅に旅立っていった。