高田博厚の思想と芸術

芸術家の示してくれる哲学について書きます。

マルセル「稜線の路」63

2022-10-28 13:00:30 | 翻訳
230頁

(アリアーヌ) なんということ。私はあなたのようではないわ。私たちは、三人とも、絶対的に誠実な弁明を互いにしなければならないと、私はどうしても判断するの。

(ジェローム) それは趣味の問題だ!

(アリアーヌ) 私の見るところでは、それは不可欠のことよ。

(ジェローム) 彼女がそれに肩入れするかは疑わしいとぼくは思う。

(アリアーヌ) 彼女にそれを決心させるために、私は何でもするわ。

(ジェローム) それはありそうもないことだな。

(アリアーヌ) そうね。この状況のなかには、何か…

(ジェローム) 状況はぼくには、反対に、極端なまでに平凡なものに見える。

(アリアーヌ) あなたが思うほど平凡でもないわ。

(ジェローム) 確かなことは、ぼくは立ち合わないだろうということだ、その… 会見には。

(アリアーヌ) あなたは私のために立ち合うでしょう。正直になって。私は今まで、要求がましくなったことはありません。

(ジェローム) 要求がましい、ということで、何を理解するかによるね…

(アリアーヌ) その… 会談の後では、あなたは、自分に善いと思えるままに行為できるでしょう。あなたはすっかり自由になるわ。(アリアーヌ、電話機の処へ行き、(つづく)


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(つづき)受話器を外す。)十五番をお願いします。サナトリウム・ボーソレイユですか? マドモアゼル・ヴィオレット・マザルグとお話しできますでしょうか?

(ジェローム) きみはどうかしてる! (アリアーヌ、彼を安心させるために頭で合図する。

(アリアーヌ) もしもし! あなあたですね、ヴィオレット… だめ、だめ、切らないで、おねがいだから… 思いがけなく、あなたがロニーに来たことを知ったの。具合はどう? モニクちゃんの… レントゲン写真が良くないの? かわいそうなヴィオレット! でもその年齢ならね、小さな患部は、とてもよく、とても早く治るわ。気を動顚させたらだめよ… モニクちゃんは熱があるの?… そう… それは大したことじゃないわ。立派に治療できるわよ。シュミット医師は第一級の人物よ。とても博識で、とても人柄が善いわ…

(ジェローム、小声で。) そして、とても巧みな実際家だ。

(アリアーヌ) あなたも分かるわよ、彼の、私が買う点が。彼は人をひじょうに元気づける性格なの。楽天主義そのものね… 私、あなたに、できるだけ早く会いたいわ、ヴィオレット。今晩、夕食後、八時半頃に、ここまでちょっと来てよ。みんな、あなたに、ゲンチアナ酒を勧めるでしょう。ボーソレイユから五分よ… (つづく)


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(つづき)あなたの沈黙は私にはたいへん辛いことを分かってちょうだい。私、あなたに五六回手紙を書いて、三回往復電報も打ったわ… 何も… 私、想像するしかなかった… とうとう、私、あなたが私をひどく恨んでいるのだと確信するようになったわ。(アリアーヌの声が力を無くす。)私、自分を弁明しようとした… 自分を苛んだわ… 私は、ひたすら理解したいだけなのよ、ヴィオレット、断言するけれど、私はあなたが思っているような人間ではないわ、私は… たいへん辛苦している… 来てちょうだい、あなた、私たちは、すべてのことをはっきりさせましょう。またね、今晩。(アリアーヌ、振り返る。)あなた、まだここに居たの?

(ジェローム) そうさ。

(アリアーヌ) 何を考えているの?

(ジェローム) ちょっと驚いているんだ。それだけだよ。

カーテンが下がり、すぐに再び上げられて、同じ自然景観が望まれている。部屋は殆どすっかり闇の中にあり、隅のランプが一つだけ灯っている。ジェロームは座って頭を両手で抱えている。誰かがドアを叩く。ジェロームが、打ち沈んだ声で、お入りください! と言う。ドアは開かれない。彼は、お入りください! と、もっと力のある声で繰り返す。