大好きがいっぱい

女・四十代半ば。残りの人生「大好き」で満たされたいもんだ

愛犬介護日記~旅立ち

2011年08月19日 | 愛犬介護日記


14日未明・・・なぁが一人で旅立ちました。

いつもは夜更かしするか、
子供と一緒に早くに寝てしまっても、大抵11時過ぎには起き出して、なぁの様子を見るのですが・・・

朝4時、息子の目覚まし時計が鳴りました。
息子は起きませんでしたが、私は夢見が悪かったのもあって目が覚めました。

もう朝なんだ・・・と、ぼんやり思いました。

子供と一緒に9時から寝てしまった・・・そうだ、なぁはどうしているだろう?

そう思って、なぁの様子を見に行きました。



なぁは息をしていませんでした。
突っ張るように伸ばした足は固くなっていました。

なぁは、たった一人で逝ってしまいました。



なぁは、抱き上げるとまだ温かかった。

どうして気づいてあげられなかったのだろう?

どうして今日に限って寝てしまったのだろう?

どうして?

どうして?

逝く前に、小さな声で私を呼んだだろうか?

水は飲みたくなかっただろうか?

苦しくはなかったか?


ここ数日、舌さえ殆ど動かなかったのに、水を飲ませるのさえ難しかったのに、
それが本当の別れの兆候だと、どうしてもっとちゃんと考えなかったのだろう?


悲しみと同時に襲ってくる強い後悔の念が、胸を締め付ける。

前の日と変わらず、ただ眠っているだけのような“なぁ”の姿が辛かった。


何もしてあげられなかった・・・
もっともっと、ちゃんとみてあげれば良かったのに・・・

まだ時間があると、明日も同じように来るんだと、勝手に勘違いして先延ばしにしてきた・・・

でも、明日なんて無かったんだ。


その日、私は“なぁ”にしたかった事のひとつ、添い寝をして過ごしました。






翌日、なぁは小さくなって我が家に戻って来ました。

写真を見ているといまだに涙が出ます。

なぁが居た場所を見て、そこに存在しないことを確かめて、また悲しくなります。


死ぬということは、もう二度と会えないということ。

触れ合えないということ。

どんなに望んでも、そのぬくもりを感じることはできないということ。

なぁの眼差しに目を細めることもできないし、

私の大好きだった“なぁ”の匂いも、もう嗅ぐことはできない・・・