白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

公開演奏

2008-06-08 | 音について、思うこと
来週日曜、公開演奏を行うことになった。
地元で開催される催し物のため、出演のオファーがあり
これを引き受けた。
音楽専用のホールという場所で、それもスタインウェイの
フルコンサートピアノを用いて即興演奏を行う機会など、
そうあるわけではないから、出演料などそっちのけである。





出演にあたっては、曲目の制約も何もないとのことで、
即興演奏を行うということで合意した。
何を弾くべきか、これから思案の一週間が始まる。





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思案の先に既に答えが予定されてしまっているのを
うっちゃってしまって、
方法の選択からはじめる。
あるぼんやりとした、意識にのぼりきらない音の群れの
織りなすかたちが見えるのを待って、
これに似合う既存の様式を呼び起こして、ことばにのぼせ
胸に飲み込む。
そうして、こころにひとすじの道すじを先取りして、
指を鍵盤におろす。





先取りした道すじは、かならず途切れる。
そこで、弾くのをやめるか、未知の音との境界に横たわる
クレバスに橋を渡すのかを、ぎりぎりのところまで待つ。
高さ、強さ、長さを、うねるような登坂になぞらえつつ
指のうごきに変換する。
指は手首と肘と肩と背と腰を伝って、胸腔につながる。
とぎれとぎれに意識が指し示す道すじを折り返しながら、
道すじ自身が内包している、ある方法の矛盾や限界を見る。
そうして、先ほどまでの試みを、捨てる。





それは即興の試みにとどまらない。
バッハやモーツァルト、バルトークをなぞるときも同じく、
方法と様式のなかにぼんやりと自らの像を見ることから
演奏を始める。
統一が現れるか否かにかかわらず、最後まで弾き進めるか
弾き進めないかを、絶えず指と胸との間で揺り戻す。
そうして、音の動揺に、自分自身の動揺を生き写しにする。
指はぶれ、よろめき、拍節の律動は周期性を破られる。
「音楽」が崩れる。





崩れたまま、舞台に立つかどうかは、わからない。
崩れたままであっても、方法や様式の瓦礫は音の水盤の底に
重く沈んでいて、
水盤が澄んでいればいるほどにこちらから覗かれ、
呼び起こされることにもなるだろう。
そうした「敗残の音楽」を、なお拒んで、
諦念をそっと拭って鍵盤に指をおろせるように、
いや、これとて拒むべきか、と、とりとめのない思案が
始まるということ。





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思案の先だからといって、晦渋な音が生まれるとは限らない。
それはよくいわれるような「美しい旋律」と「協和音」に
満ちているものかもしれない。
「甘く至極陶酔的で、自己中心的で」閉じているかもしれない。
とても沁みるようなものかもしれないが、おそらくは異常な
音であるかもしれない。





陶酔のように音を出すことは、方法に従えばたやすい。
それを弾いている自分自身が、あほらしくなって笑い出して
即興が終わる可能性を予測することもたやすい。
直観に従って演奏することに、もっとも障害となるのは不安だ。
不安であれば、音のすじ道などの一切が漆黒の闇に消える。
それは相対的な問題であって、音に光を欲しがるこころの
ありかたに由来する。





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先方から、リクエストをいただいた。
Over The Rainbow を聴きたい、とのこと。
一週間先まで、欲望が持続するかはわからないので、
保留をしたとは言いながら、今日もその曲を弾き進めた。





5月20日、フェスティバルホールで聴いた
キース・ジャレットの演奏による同曲は、既に去った。
僕は僕によるかたりで、初めてのようにして演奏を産まねば
ならない。
僕には虹が見えない。
虹の向こう側なら、思い浮かべることくらいは出来るだろう。
即興とはこころの仕事である。





それは、独善なのだろうか。
音を生もうとする試みは、消費の評点からは確かに無縁だが、
聴衆のこころの表層の快楽に媚びることはあってはならない。





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あるセミナーで、たまたま、あるひとに出くわした。
顔見知りでもあったから、会議が終わったあとに
コーヒーに誘った。





彼女との話のなかで、死に行くものに点滴を打つのをやめ
生の可能性があるものに点滴を打つ、その際の罪の意識に
ついて、という話題になった。
すべてのひとを幸せにできないことはわかっているが、
それでもなんとかなるかもしれない、という、
「絶望的な可能性」「絶望的な楽観」が重要だ、という
意見で一致した。





ありがたいことだ。





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1年8か月ぶりの公開演奏まで、あと7日。

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