水仙のこぼれ話

         風に揺れる水仙の花から時折余談が零れ落ちてくる

休日の大学

2017-04-29 | 散歩の写真


わが家の近くに某大学の学部がある。わが家の辺りが学生の通学路になっている。
4月が学生の数が多く、賑やかで明るい。5月の連休明けの頃から学生数は減っていく。

最近まで大学構内には関係者は入れないと思っていたが、不審者以外は入ってもいいことをしり、昨日は孫の手をとって入って行った。
本日、散歩の途中構内に立ち寄った。噴水は涼やかな音をたてていたが、
守衛さん以外に人がいなかった。広い構内を独り占めしているようで、面白かった。




噴水のみ動く土曜の商学部

プレパト・茶摘唄

2017-04-28 | 散歩の写真
夜の「プレパト」で一位の句は、尾木ママの

   トンネルの上も日本や茶摘唄  尾木ママ

でした。現代的、機械的、西欧文化依頼的なトンネルとの対比で茶畑をとらえ、
しかもそれを茶摘唄という音の世界へもっていった。中々な着想の構成美と思う。

「増殖する俳句歳時記」に江戸中期の尼僧俳人田上菊舎の

   山門を出れば日本ぞ茶摘唄   菊舎

というのが載っている。清水哲男氏の解説をふまえると、京の宇治にある黄檗宗万福寺を訪れた菊舎は、隠元禅師によって開山されたこの万福寺の純粋の中国文化で構成されているこのお寺の山門を出ると、宇治茶の茶畑が広がっていて茶摘唄が聞こえ、ここはやっぱり日本だとの感慨を覚えたというのがこの句の趣旨のようだ。

現代文化との対比で茶摘唄をとらえるか、中国文化との対比で茶摘唄をとらえるかの違いはあるが、句の構成は似通っている。
茶そのものは中国からの伝来のものなので「茶摘唄」にすることによって純粋な日本文化となる。




富士塚や一歳の汗登り切る

青の粒子

2017-04-27 | 散歩の写真


暫くぶりにやや本格的な散歩ができることになり、近所の砧公園に散歩に出かけた。
染井吉野は葉桜になっていて、遅めに咲く八重桜は綺麗な飛花落花となっていた。
チューリップも見事に綺麗で、ささやかながらも幸福感を持つことができた。
何よりも自分で自由に散歩ができるのが幸せである。




青空の青の粒子の飛花となる

飾りの春

2017-04-25 | 散歩の写真


今日外出時の乗り換えに東急二子玉川駅を使った。
この辺りは数年前に大規模な再開発事業が行われ、大きなショッピングセンターやバスターミナルが出来上がっている。
駅とバスターミナルの間の広場にはこの写真のような人口的な春の設えがなされていた。
この付近は少し行けば本物の花や蝶々など春を感じる自然がたっぷりある地域なのになあとも思う。



佐保姫の名残の飾り駅のベル

2017-04-24 | 散歩の写真


近所の運動公園には写真のように鯉幟が整列していた。
暫く外出していなかったので、もう鯉幟が整列していたのかと驚いた。
月日の流れは本当に速い。今年はもう3分の1は過ぎようとしている。

そういえば、時の流れの速さに乗って、我々世代は高齢者になってしまっており、
世の中は子供達の世代が頑張っている。その次は孫たち世代が控えている。
ちょっぴり寂しくもあり、ホットもしており、また、頼もしく感じてもいる。


青空へ夢の広がる鯉幟