黒部信一のブログ

病気の話、ワクチンの話、病気の予防の話など。ワクチンに批判的な立場です。現代医療にも批判的で、他の医師と違った見解です。

気管支喘息の精神神経免疫学

2022-05-13 10:57:09 | アレルギー疾患の精神身体医学

      子どもの気管支喘息

    子どもの気管支喘息 

 

           子どもの気管支喘息           

私の方法で、気管支喘息の発作が出ないようにすることができます。治るとは言えませんが、それは気管支喘息の遺伝子を持っている人が、何らかのストレスによって発作が出るので、ストレスを無くせば、発作を起こさなくできます。

私は、日本の専門医とは違い、世界の流れに従っています。小児喘息という病名は、一部の人が使いますが、大人と同じ気管支喘息です。特別な病気がある訳ではありません。

  • 1.気管支喘息とは-

喘息(ぜんそく)と言えば気管支喘息を云います。アレルギー性疾患に関して、日本の小児科医の間に意見の違いがあり統一されていず、いろいろな意見があります。「小児喘息」という病名は思い違いです。大人の気管支喘息の多くは子ども時代の発病ですから、みな「気管支喘息」です。その医師が知らないだけです。

関西は鍛練療法で、関東は体質改善療法ですが、体質は変わりません。いずれも世界の流れを無視しています。私は世界の流れにプラスして、病気の原因は環境にあるという環境病因論で、今までこの方法でうまく治して来ました。一度試して見てください。

環境を変えれば発作を起こさなくなります。昔から空気に良い所へ行くと良いと言われましたが、それよりも家庭内や幼稚園、学校を変えることや、育て方を変えることで変わります。土地を変えると親の対応も変わるのではないでしょうか。大切なのは、子どもをのびのび育てることです。ドイツのシュタイナーやフランスのモンテッソーリ、さらにお釈迦様の孫悟空への態度も同じです。叱らないことです。その方法は、いろいろあります。

こどもを医者に任せずに、病気をよく知ることが大切です。

喘息の死亡率は、1年に2万人に1人以下。死亡の原因は医師又は両親の「重症度の判定」の失敗によると言いますが、心療内科医は発作がひどくなった為に、患者が「呼吸が止まっちゃう」、「死んでしまう」と不安からパニックになって、自分で「死ぬ」と暗示をかけて自分から死んでいくと言います。だから吸入で少し楽にして、親が「ほら吸入したから大丈夫だよ」と言い、子どもを安心させるとパニックになりません。その為乳児を除き、年齢が低い程死亡率が低く、年齢が高くなるに従って突然死が増えてきます。大人になると、医師でないと「大丈夫」という暗示効果が効かないようです。

  • 2.症状

ヒュ-ヒュ-ゼ-ゼ-いう「喘鳴(ぜいめい)」と咳をし、息が苦しいと肩呼吸をし、ひどいと発作性の呼吸困難を起こすのが特徴です。すっと楽に吸えて、息をはく時に

ヒュヒュして苦しいのです。診断基準はなく、私は臨床的に診断します。

 喘息は気道(気管支の粘膜)の慢性の炎症が起き、二次的に種々の刺激に気管支が過敏に反応して気道が狭くなり、そこへ粘稠な痰がからむ病気です。  

アレルギーは二次的なので、炎症をおさえるステロイド(特に吸入)を使うことが多くなっています。

かぜ、タバコの煙、過労、ストレスなどが、誘発したり悪化させたりします。

最近「咳喘息」という診断が増えてきましたが、この診断基準はなく、言わば診断のごみ箱、つまり診断のつかない長く続く咳をそう診断しているのです。喘息であれば、ヒューヒューする喘鳴や呼気性呼吸困難(息を吐く時に苦しい)があり、気管支拡張剤の吸入によっておさまることが多いものです。でも必ずしもそうではありません。

私は、心因性の咳を疑っていますが、それを証明するのが大変なので、対症療法をしています。数人は明らかに心因性の咳でした。原因を無くしたら止まったからです。

これに対しては喘息のような薬による発作予防が効きません。

 ◎特徴①症状が周期的に出現すること。特徴②夜間の発作

 発作は午前2時から4時頃の、深夜、夜明け前がひどく、日の出と共におさまっていきます。日中おさまってもまた夜中に起きます。1日の中で良くなったり、悪くなったりするので、夜ひどいが昼間良くなったと見てはいけません。夜なら一昨日の夜と昨日の夜、昼なら昨日の昼と今日の昼と、同じ時間帯で比較して判断して下さい。

 軽い時は、起床直後に咳や発作が始まることがあるし、寝ている時や起床直後だけ出る咳とか、朝や日中に子どもは「苦しい」とか、「ゼーゼーする」とは言わず、「(胸が)気持が悪い」と云うことが多いです。その時子どもの背中に耳をあてて、ヒュヒュしているか音を聞いて見て下さい。この時に携帯用吸入器を使います。

 ひどいと苦しくなり、鼻をピクピクさせたり、肩で呼吸をしたり、のどの下の陥没が目立ち、横になって寝ているより身体をおこしていた方が楽(起座呼吸)になります。

ひどくなると息を長く止めていられなくなるために、食事が食べられなくなり、口もきかなくなり、水も飲めなくなります。

更にひどくなると、顔色が蒼白になり、口唇が紫色(チアノ-ゼ)になります。携帯用の吸入器で苦しさが止まらなければ、突然死もあるから、すぐ小児科医のいる病院へ行って下さい。親が不安にならなければ、そうなりません。あわてたり騒がないこと。

〇発作が起きた時に、何か嫌なことを我慢してはいないか、ストレスになっているものを探して、それをなくすことが発作をおさめ、続く発作の予防になります。

◎特徴③季節的変動

 発作や咳は、春秋の季節の変り目や梅雨時、台風の季節に多いです。気候の変化に弱いです。だから気象予報特に台風の予報ができます。

☆こどもでは3歳前後に発病することが多い。こどもでは男:女=2:1。

 主に乳児期にアトピー性皮膚炎になった子が多く、次に喘息様気管支炎の子がなることが多いですが、突然なる子もいます。

 気管支喘息の過半数は10歳以前に発病し、残りは40歳までに発病しますが、まれに50歳を過ぎてからも発病します。30歳以後は、男女比は1:1。

きっかけの精神的要因として、こどもでは親子関係(特に母親)と兄弟関係が多く、母親の関心の強い子に出やすいと言われてきました。しかし、最近はむしろ保育者(祖父母に預ける、託児所、保育所、幼稚園)や学校の先生や友達関係によることが多い。発作が多い時は、いじめに注意。本人は言いません。友達の母親から聞くなどするしかありません。

 

☆こどもの気管支喘息は治るか?

 年齢と共に(特に思春期になると)精神的にも成長して自立し、それまでのストレスが、ストレスでなくなると、喘息から抜けられますが(その代わりに親の言うことをきかなくなる)、大人になってまた別のストレスがあると、喘息が出ることがあります。

  • 3.気管支喘息の治療方針

目標は (1)日常生活は普通。家庭で、学校で、地域社会で、スポーツやレクリエーションに参加できる。 (2) サルタノール吸入の必要性がなく、週1回以下の使用で済む。 (3)気道過敏性が改善(運動や冷気の吸入による症状の誘発がない)。(4)1年以上発作がない。

気管支喘息の治療

☆喘息のコントロールは段階的にしていきます。まずは発作の予防です。それには・・

 私は病気の原因を、遺伝子プラス環境要因と考えます。同じ遺伝子を持っていても喘息を起こすとは限りません。しかし、遺伝子は親から受け継いだので逃れられません。

 両親、祖父母、兄弟など身内に、気管支喘息、アトピー性皮膚炎、花粉症などのアレルギー性疾患のある子に起きます。

 アレルギーの検査はそれを調べるだけです。しかし、何も出ないこともありますし、検査して陽性でも、発病していないこともあります。つまり、遺伝子を受け継いでも病気は受け継がないので、環境を変えれば発病しません。それで発病しないことはまれではありません。

 それで第一は、その環境対策特にストレス対策です。

☆予防の第一はストレス対策

 これで発作を起こすのを止めます。

 喘息の子どもに共通する性格傾向は、普段は元気がよく、悪く言えば少しわがままなところがあり、他人をかきわけて前へ出ようとするタイプが多いが、こころやさしくて、「いやだ」と言っているように見えるが、いやなのにいやだと言えずに、がまんしてしまい、その時ゼーゼー始まる。中には、相手のこころを読んで、自分からがまんしていることもあります。

 乳幼児期の発病は、母親や兄弟などの家庭内に原因があることが多いですが、幼稚園や保育所に原因があることも最近は増えています。

一人っ子や第1子では、母親または他の家族による干渉で、赤ちゃんが要求しないのに、抱いたり触ったり、ほっぺをつついたり、キスしたり、中にはなめたりしています。

赤ちゃんを、親や上の子、祖母のおもちゃにしないで下さい。

第2子以下では、上の子による干渉によることが多いようです。本人はイヤとは云わず、気付きにくいです。がまんするとヒューヒューしてきます。上の子は、可愛がると言って、触ったりします。触られる方は嫌なのですが、嫌とは言いません。「いやだな」という目つきをしますが、泣きません。それで気がつかないのです。

上の子にいびられたりかまわれたりした時に、少し大きくなると上の子に向っていきますが、結局は負けたり我慢したりします。そうすると夜寝てから夢に見てくやしがり、夜中に発作が起きたりします。

大切なことは、どんなことでも、「イヤだな」と思って我慢しないで、はっきり「イヤダ」と言うか、又は、「仕方ない。まあいいや。そういうものだ。しょうがないね。」とくよくよしない。「がまんしなさい」とか「あきらめなさい」と言ってはいけません。「しょうがないよね」が一番です。

今まで私が見てきた原因は、

 保育所でのハイハイの強制。保育所や幼稚園での給食の強制、剣道、プール、水に顔をつける、器楽、どろんこ遊びなどがあります。すべての子が、いやがる訳ではなく、喜ぶ子もいますから気がつきにくいです。中には、幼稚園児で園長先生の剣道の時間に自分はよいが、できなくていつも怒られている子がいて、それを見ていると可哀想で発作が起きる子がいました。その日を休むと発作は起きません。

小学生では、塾や公文、習い事、ピアノ、バレエ、バイオリン、習字、そろばん、野球やサッカー、柔道、空手などがいやなこともあります。「自分でやりたいと言って始めたことだから、最後までやりなさい」と言うのは、やめましょう。嫌になったらいつでもやめることです。そうしたらまたやりたくなることもありますが、無理にやらせると、一生しなくなります。

また、いじめが原因なのに1年以上気が付かなかった例もあります。いじめ対策をしたら起きなくなりました。この子が一番長引いた例です。嫌なことをやめれば、喘息も良くなります。

ストレス対策で発作や咳が出なくなれば、他の対策の必要はありません。それだけで治った子もいます。とにかく、子どもだって一人の人間(ただし発達途上の)だから、のびのびと育てることが一番です。悪いことをしない限り、好きにさせるとよい。そうすれば自然に喘息は治ります。

 

  • 4.薬物療法①-発作時の治療-

気管支喘息に関する国際会議が指針とする治療法。日本の主流派と異なります。

世界的には吸入優先。なぜなら、直接気管支に作用するので、副作用が少ないから。

しかし、大量に吸入すると全身にも作用します。飲み薬は一旦血液中に吸収されて全身に回り、気管支に届きます。

  1. サルタノール・インヘラー( 気管支神経刺激剤サルブタモールで携帯用定量吸入器)

の吸入 。発作時のべネトリンのネブライザー吸入と同じ気管支拡張薬。発作時に一時的に使用します。同じ系統の薬では一番心臓への作用の少ない薬。メプチンエアーも同系だが少し強いです。(これは発作時の薬)

 軽いうちに吸入します。少しヒューヒューしたり、胸が気持ち悪くなったり、咳こみが始まった時に、すぐ吸入します。これでおさまったら、おしまいです。1回に1吸入。効かない時は、30分たったらもう1回してもよいです。1日に2回まで。おさまらない時は、薬を飲みます。

4歳以上ならできる子もいますが、小学生にならないと難しい子もいます。使いすぎると副作用が出るので、おさまらない時は病院へ行き、ネブライザーの吸入をしてもらってください。

 なお、サルタノール吸入が出来ない場合は、2週間を限度としてネブライザー吸入器の携帯用を、今後(今はまだありません)貸し出す予定です。それ以上続く時は購入して頂きます。これで夜の救急受診が減ります

サルタノール吸入だけでコントロールできていれば、他の薬の必要はないのです。

気管支神経(β)刺激剤の吸入液

第一選択薬はサルブタモール(ベネトリン、サルノール)

第二選択は プロカテロール(メプチンエアー10μg、キッズエアー5μg)

理由: β作動薬の心臓毒性は(サルブタモールを1として)

テルブタリン(ブリカニール)    0.5   

サルブタモール(サルタノールベネトリン)1    吸入器あり、妊娠中可

ツロブテロール(ホクナリン、ベラチン)3.3

プロカテロール(メプチン)      83   吸入器あり、使うならここ迄。

ここからは使わないほうが良いもの(心臓への毒性が強いもの)

クレンブテロール(スピロペント)   500

サルメテロール(セレベント、配合はアドエア)300~600  吸入器あり

ビランテロール(配合はレルベア)       200~3000  吸入器あり

ホルモテロール(アトック、配合はシムビコート) 1400   吸入器あり

フェノテロール(ベロテック)        2000  エロゾルあり

 イソプレナリン(プロタノールL、アスプール液、配合はストメリンD)9000超 エアロゾルあり、これはイソブレテレノールです。

  1. 追加してインタール吸入を毎日吸入します(予防の薬)。妊娠中可。

サルタノール吸入を毎週4回以上使用する場合は、発作予防の吸入をします。発作には効かないので、サルタノールと併用です。

 インタール(クロモグリク酸)吸入は1日2~4回、最初回数多く、効果(発作が出ない)が出て来たら減らしていきます。通常2~4週続けないと効果が出て来ません。75%に有効で、6週間使って効果がなければ中止し、次の吸入薬を使います。

 

  1. 吸入ステロイド剤

インタール吸入で効果不十分ならば、吸入ステロイド剤を使います。→予防の薬で毎日使います。吸入後うがいをして口の中の薬を洗い流します。通常1回1吸入で、1日に朝晩2回吸入します。

副作用はカンジダ症、発声障害で、必ずうがいすること。

第一選択は、キュバール(ベクロメタゾン)エアゾール50、100、

第二選択は、プデソニド(パルミコート)ドライパウダー、妊娠中可、

できれば使いたくないのは、フルタイドエアゾール、フルタイドロタディスクです。半減期が長いので、頻回の使用で血中濃度が高くなると、ステロイドの副作用が出ます。

〇吸入ステロイド

ステロイドの力価、           血中濃度の半減期、作用時間、

ベクロメタゾン(キュバール)        2.8    中

プデソニド  (パルミコート)       2      短

フルチカゾンP(フルタイド、アドエア)  14.4    超長

フルチカゾンF(レルベア)        24~33   超超長

 

〇β2気管支刺激剤+ステロイド剤を合わせた吸入剤は、アドエア、レルベア、シムビコートです。子どもには不要です。

  1. 以上で効果不十分の場合→→以下の5.6.のいずれか、または併用します。
  2. β2 気管支神経刺激剤(気管支拡張剤)、内服薬

〇短時間作用型=ブリカニール、ベネトリン。

1日3回飲む。飲み薬は効果が出るまでに30分程度かかります。

〇長時間作用型=ツロブテロール(ホクナリン、べラチン)、メプチンなど。

1日2回内服。気管支を拡げて、痰を出やすくします。

 いずれも、副作用として、手のふるえや心臓がドキドキすることがある。

→なったら止めること。副作用が出た時に、薬が早く切れるので短時間作用型を勧めます。ツロブテロール(ホクナリン)テープは1日1回夜胸にはります。入浴後がよい。入浴時まで1日はります。効果が出るまでに2~3時間かかるので、即効する吸入を勧めます。

 

  1. ロイコトリエン受容体拮抗剤―モンテルカスト(キプレス、シングレア)は有効(オノンは欧米では評価されていません)。 これを持続内服します。肝障害、血管浮腫などの副作用が大きいので、最後の選択肢です。催奇形性があり妊娠中は不可。
  2. 上記のいずれでも効果不十分の場合

 経口ステロイド剤(プレドニゾロン、プレドニン)の追加使用、ステロイド剤の注射などですが、重症化したら入院してすることが安全です。

 

8.テオフィリン除放剤内服。(テオドール、テオスロー)長時間作用型気管支拡張剤。日本では使われていますが、世界的には原則として使いません。入院して血中濃度を

測定して使う薬です。多すぎると中毒を起こし、少ないと効果が無いからです。使わな

いで下さい。副作用は頭痛や吐き気、重症化するとけいれんや不整脈が出ます。

 

9.抗アレルギー剤

 ザジテン(ケトチフェン)、アゼプチン、セルテクト、アレジオンなど。

保険では気管支喘息に適応となっていますが、有効性の証明はありません。世界的には

使われていません。

特徴④咳や発作がおさまらなければ、治療の薬や方法を変える。「効かないからもう一回吸入するとか、もう一回薬を飲む」ことはしないこと。効かない時は治療方法を変えないと良くなりません。

 軽い時は水を飲む。深呼吸をする。おさまらない時はサルタノール吸入をします。次に咳止め薬、気管支拡張剤。ボスミン皮下注射。ステロイド内服と注射。等々と効かなければ治療法を変えていく。ネオフィリン注はやめましょう。

副作用:効く薬には副作用がある。薬の量は、年齢、体重、重症度、時間などで量を決定します。自分で調節して、失敗すると、心不全から死に到ることがありますから、自己調節してはいけません。

  • 5.発病の予防

 アレルギー性疾患のある家系では、母乳をすすめます。でも、母乳が出なくても心配ありません。ミルクで充分です。アメリカ小児科学会では、母親の食事を制限しても意味がないと言います。それは母乳に出るのは、食べた物の10万分の1以下ですから。

子どもの食事制限は意味があります。卵は1歳まで与えないこと。牛乳(ミルク)アレルギーの場合は、豆乳にします。離乳食を遅らせても効果はありません。

それ以外は、食事にこだわらないこと。ただし、生のたんぱく質を1歳まではさけましょう。(喘息に関係ありませんが、蜂蜜も1歳までは与えてはいけません)

 牛乳は6ヶ月過ぎたら(ミルクアレルギーのない場合)わかして(沸騰させて)さまして与えます。乳幼児では生の牛乳は避けて下さい。アレルギーの問題と、加熱処理されていない牛乳は腸で出血するので、大量に飲むと貧血になります。学童や大人も出血しますが、肉などを食べていれば問題ないと言います。実際に大腸がん検診ではしばしば牛乳を飲んでいる人が便潜血陽性になります。

 ゲノムの研究で判ったことは、ほとんどの哺乳類は幼児期になると母乳を分解する乳糖分解酵素を産生する遺伝子の働きが止まって、母乳を消化吸収できなくなり、飲めなくなり、離乳するのです。

しかし、人間と犬や猫では、母乳や牛乳を飲める人が多いです。それは山羊や牛を飼っていて、適応したと考えられています。でも農耕民族を中心に牛乳を飲むと下痢する人が多いのです。牛乳は飲まなくてもよいのです。

☆運動は喘息によいか?

鍛錬療法―身体を鍛えることでこころを鍛えると言います。

 運動、スポーツは何をしてもよいが、水泳以外は運動誘発性喘息があります。でも運動をしなくても治ります。

運動誘発喘息の起きる仕組みは不明ですが、多分に精神的なものと考えます。なれると減ってきます。運動して息が切れるのを、発作と錯覚するのではないでしょうか。

喘息の時に、運動を制限することはなく、子どもの意志に任せればよい。

 特に、発作が起きた時に、親があわてず騒がず、不安にならず、病気に負けてしまわずに、「喘息なんて飛んでいけ」とがんばるこころを育てることが大切。どんなことでも嫌がるのを無理にしいてはだめ。いかにその気にさせるかが大切。

 

  • 6.アレルゲン(アレルギーの原因、抗原)は調べた方がよいか?

 アレルギーの病気は検査で判るものでは無く、症状で診断します。他の医師はすぐ検査をしましょうと言いますが、検査では診断できず、確かめるものに過ぎません。

 〇気管支喘息の場合、三大アレルゲンは、

ハウスダスト(主に粉ダニ、ヒョウヒダニ)(70%)、真菌(かび)(10%)、花粉(10%)で90%を占める。次はペット。

☆吸入性―ハウスダスト、ホルムアルデヒド、窒素酸化物、浮遊粒子状物質。

花粉―2~4月―杉、4~5月―ひのき、松類(黒松、赤松)、5~8月―いね、カモガヤなどイネ科植物、5~6月―小麦、8~10月―ブタクサ、

真菌(かび)―アルテルナリア、アスペルギルス、ぺニシリウム、カンジダなど。

その他―動物の毛や皮屑(犬、猫、小鳥、うさぎ、ハムスターなど)、昆虫。

☆食餌性―そばが有名。

☆薬品類―特にアスピリンや解熱鎮痛剤、サルファ剤。

☆検査で出ないこともあるし、検査で出ても発作を起こすとは限らない。

 

  • 7.環境整備は、

 ストレス対策で治らない時にすることです。それをした結果、思わないことがストレスになっていたこともあります。

 家庭環境のコントロ-ル―エアコン使用、ほこりやケバがたたないようにする。毛布はカバーをする。ペットは飼わない-犬、猫、鳥、ハムスター等。-ペットの皮屑が誘発します。空気清浄機もある程度は有効です。

 一般的な刺激物を避ける--タバコや花火、蚊取り線香の煙、強い臭い(ペンキ、消毒剤、家具)、冷たい飲み物や吸込む空気の急激な温度、湿度の変化を避けるなど。

 特に、タバコを吸う父親が多かった時代は、正月に発作を起こす子が多かったでした。

 今は、実家に帰ると発作を起こす子が増えていませんか。たばこか祖父母たちの過度の可愛がりです。

 

〇メディカル・トリビューン2006年8月31日号より

「家族生活のストレスが小児喘息の憎悪因子に」

・険悪な家族関係や不安定な家庭環境が悪影響を及ぼす。

・乳児期の喘鳴と親がストレスを経験した時期との関連を実証した研究がある。

・小児期の喘息が育児の困難な家庭で好発することを実証した研究もいくつかある。

・親や保護者が高レベルのストレスを経験し、育児が困難である家庭では、小児が喘息を発症するリスクが最も高いことも実証した研究もある。

・喘息児が地域社会で暴力に遭遇すると症状の憎悪が引き起こされることを明かにした研究もある。

・小児ではストレスが喘息の憎悪を引き起こすことを実証した研究7件もある。

 例えば、喘息児ではストレスの多い出来事を経験すると、発作リスクがほぼ倍増することを明かにした研究。小児では急性および慢性のストレス増大が、その後の2週間の喘息発作リスクを3倍に増大させることを実証した研究など。

〇思春期の若者たちには、

  1. 発作の原因や誘因に気づかさせることが第一である。
  2. それに対しての気持ちの持ち方を変えさせる。決して「いやだな」とか「発作が起きるのが恐い」と思わせずに、「起きても大丈夫」と思うようにさせる。
  3. その為にも治療法をよく説明し、理解させるる
  4. また、補発作の原因や誘因となる生活スタイルを変えるようにさせる。
  5. そして最後に、心理的要因が取れない場合には、説得療法と共に、他者催眠法から、自己暗示法へ導き、自分で自己暗示をかけて発作が起きないようにする。

 25歳までは、自分の気持ちの持ち方を変えることができるから、効果的である。

〇喘息の話

日本では主に明治時代以後に始り、高度経済成長以後急増、特に近年に増加。狭い地域に人口が増えるとなりやすい。都市に多く、農漁山村に少ない。一般的には先進国に多く、発展途上国に少ないが、発展途上国でも増えている。

 喘息の疾病率;アメリカでは人口の5%(こども7~19%)、日本では都市では5%以上、農村でも増え、川崎や四日市では8%以上。スカンジナヴィア地方では特に低い、イヌイットや黒人、アメリカ先住民(居留地)に少ない。

 例1;アメリカ先住民(居留地)。――アメリカ先住民は昔、居留地に囲い込まれた頃、気管支喘息はみられなかったとの記録があるという。所が居留地は岩山や砂漠、草原などの生産性の低い土地で、人口が増えてくると生活が出来なくなり、都市へ流入し、その中から喘息になる人がでてきたのです。今、都市では白人と同じ割合で喘息になり、また居留地でも喘息が出てきています。

例2;横浜喘息(明治時代の外国人)。――明治時代に横浜に来た欧米人たちは、主に貿易商と外交官たちだったが、その病気の一つに喘息があり、横浜に来てから病気になって、仕事にならず、帰国していく途中、船が横浜港から遠ざかると共に、喘息の発作は軽くなり、おさまったという。これを横浜喘息と呼んだ。

例3;アメリカ黒人の気管支喘息――アメリカの軍隊の中での調査で判ったことは、昔は若い黒人兵には気管支喘息が無く、その後だんだん出てきて、増えているといいます。昔、日本の徴兵検査では、喘息はだめで徴兵されませんでした。

例4;現在はアメリカの若者のブタクサ花粉症が増えています。

 現在、日本の大人のスギ花粉症とアメリカの若者のブタクサ花粉症、それにヨーロッパのイネ科の牧草の花粉症が増えています。日本は中高年層にスギ花粉症が増え、失業率や労働条件が関係しているものと考えられます。日本でも若い人の花粉症が増えています。欧米では、若者の失業率が高いこともひとつの要因ではないでしょうか。

  • 5.アレルゲン(抗原)・・・過敏になる原因

 三大アレルゲンはハウスダスト(室内塵)、真菌(カビ)、花粉で計90%。

吸入性―室内塵(ハウスダスト)で、コナダニ、ヒョウヒダニなどを含む。

 花粉―スギ、ひのき、ブタクサ、イネ科植物、松類、白樺など。

 真菌(かび)― アルテルナリア、アスペルギルス、ペニシリウム、カンジダ。

 その他―動物の毛や皮屑(ふけ類)(犬、猫、鶏、小鳥、うさぎなど)、昆虫、木材の木粉(杉、ラワン、松、輸入材など)、薬品類、細菌類、絹、真綿、ソバ、ソバガラ、除虫菊、

食餌性――食餌アレルギー、蕁麻疹、(こどもだけは喘息もあります)

 動物性―鶏卵の卵白とその加工品(乳児の5%にある)、牛乳と乳製品、青身魚類(サバ、カツオ、サケ、アジ、マグロ、)甲殻類(カニ、エビ、)イクラ、イカ、タコ、肉類(牛、豚、鶏)

 植物性-豆類(大豆、ピ-ナッツ)、木の実類(クルミ)、小麦そば、果実類(キウイ、マンゴ)米、チョコレ-ト、里いも、じゃがいも、さつまいも、ごぼう、いちご、オ-トミ-ル、

 薬品類(内服)――サルファ剤、解熱鎮痛剤(アスピリンなど)、抗生物質(ペニシリンほか)、かぜ薬(総合感冒薬)には解熱鎮痛剤が入っています。

 職業性――カキ、ホヤ、木材粉、羊毛、羽毛、茶の花粉、パン粉、薬品散剤。

 感染性――細菌、ウィルスなど

 仮性アレルゲン(誘発因子をもつもの)――ナス、ホウレン草。タケノコ、マツタケ、きのこ類、長いも、山芋、サンマ、カレイ、タラ。鮮度が落ちたスズキ、アサリ、ハマグリ。

▽花粉の季節

 2~4月スギ 4~5月-ひのき、松類 5~8月-イネ、カモガヤ、ハルガヤなどの稲科植物 5~6月-コムギ 8~11月-ブタクサ 9~10月-よもぎ、アキノキリンソウ。

  • 6.気管支喘息や花粉症を誘発したり、悪くする要因

 ①呼吸器系感染(かぜ、気管支炎)--細菌、ウィルス

 ②自律神経系の乱れ--迷走神経反射――ストレスから来る

 ③ホルモン系の影響(特に女性の月経前後)

 ④運動誘発性喘息(水泳だけは無い)、なぜ発病するのか判っていません。

 ⑤環境誘発因子――煙(煙草、花火、蚊取線香)。光化学スモッグ、排気ガス。ク-ラ-の風。雨、台風。カビ、ハウスダスト、ダニ、ペットの毛やふけ、花粉。

  • 7.アレルギーは変化します

 アレルギーの病気が、変わったり(アレルギーマーチと呼んだり、一つが出ている時は他のアレルギーは出ない)、アレルギーの原因が変わったりします。

 例1;以前国立病院で、喘息外来をやり、気管支喘息の治療に減感作療法をしていました。その時、その治療で、あるアレルゲンに過敏にならなくなったのに、喘息発作がおさまらないので、再びアレルゲンの検査をした所、原因が変わって、他のアレルゲンに過敏になっていたのです。

 例2;昔、インターン時代に、アルバイトで、ある病院の夜間外来と当直に行っていた時、寿司屋の板前さんが蕁麻疹になって、よく治療に来ていました。その人は青身魚で出たので、洋食屋に転職しました。所が今度は肉や牛乳で蕁麻疹が出るようになったといいます。

 例3;国立病院時代にも、前の診療所でも、ある抗生物質にアレルギーが出る人に、アレルギーの起こる仕組みと背景を説明し、起きたらすぐ飲むようにステロイドホルモン剤を渡して、使ってもらったら、アレルギーが起こらず、ステロイドを使わずに済みました。その説明を信頼してくれなければ、またアレルギーが起きたかもしれませんが、幸い起きず、それで病気を治療できました。

 例4;元九大心療内科教授の池見酉次郎先生のうるしかぶれの研究では、ゴルフ場職員で実験した所、催眠状態でうるしかぶれの人の腕に水をぬり、「うるしをぬった」というとかぶれ、うるしをぬって「水をぬった」というとかぶれない人が多かった。特にうるしかぶれでひどい目にあった人に、その傾向が強かったといいます。もちろん例外はありました。また、うるしの木のそばへ行くとかぶれるという人に、他の木の枝の間にうるしの枝を混ぜて、それを知らせずにその下をとうらせたら、誰もかぶれなかったといいます。

 例5;19世紀アメリカの内科医マッケンジーは「造花のばらを使ったいわゆる『バラ花粉症』の発病」の逸話があります。32歳の女性で、15年間5~9月の激しいアレルギー性鼻炎と夏の終わり頃に起きる喘息発作に悩まされていました。17項目の刺激(恐怖や過労、興奮、夜風にあたるなど)が発作の引き金になりました。特に干し草やバラの臭いに敏感でした。この患者に、治療がよくなりかけた時に、本物とそっくりの造花のバラを幕の後ろから出して、手に持って彼女の前に腰かけた。5分もしないうちに彼女は完全な鼻アレルギーを起こしたのです。『実はこのバラは造花なんです』というと、彼女はひどく驚いて、自分で確かめた。激しいくしゃみをしながら帰り、二、三日してまた来院した時に今度は本物のバラの花を出し、匂いをかぎ、花粉を吸い込んでもらったが、症状はでなかったといいます。心理的要因が関与していることを示しています。

  • 8.アレルギーはコントロールできる。

 嫌なことは、「いや」と言い、嫌なのにどうしてもしなくてはならない時は、「生活のため」と考えて、「仕方が無い」、「そんなものだ」、「まあいいか」と思うようにしよう。くよくよせずに、楽しいことを考えて、仕事や生活をしていると、アレルギー性の病気から逃れるか、かかっても軽く済むことが多い。ストレス対策が、アレルギーを軽減します。

  • 9.現代は、アレルギーの遺伝子にスイッチを入れる環境にあふれています。

 だから、アレルギーの人が増えているのです。しかも、何も考えないで、赤ちゃんや子どもに、勝手に大人の食べ物を食べさせてしまい、アレルギーを起こして慌てている親が少なくありません。赤ちゃんや乳幼児のストレスも考えましょう。赤ちゃんを自分のものと考えず、社会の子どもと考えて、のびのびさせよう。

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アレルギー疾患の説明療法-1

2022-05-06 17:56:59 | アレルギー疾患の精神身体医学

                花粉症の説明療法

  人はなぜ病気になるか

 

1.人は環境に適応できない時に病気になる

◇病気になるのは、人が生活する環境に適応できない時に病気になるのです(病原環境論または適応説)。環境には、自然環境(細菌やウィルス、寄生虫や動植物、花粉などを含む)、社会環境(家族から地球規模までの人間社会)、心理または情緒的環境(社会がもたらすストレス)があります。特に現代では、社会的環境が大きく、家庭、親族、保育所、幼稚園、学校、職場、地域、クラブなどの人をとりまく環境が、心理・情緒的ストレスを産み、それによって抵抗力(免疫)が低下し病気になるのです。

◇判りやすく説明するために、人間を川に例えます。川にはそれぞれ堤や堤防があり、川の水が少なく静かに流れている時は、水はあふれません。この状態が、人間では健康なのです。所が大雨や台風で、川の水が増えてその堤防の弱い所を越えて氾濫し、水があふれ出ます。人間では、水があふれた時に病気になるのです。その堤防の弱点は、その時々によって異なります。その人の弱点は親から受け継いだ遺伝と生まれ育った環境や今までにかかった病気、現在の生活習慣やおかれた生活環境(自然や社会的)によっても作られます。その人の持つ弱点は年齢、性別、性格、考え方によっても異なるので、かかる病気が異なるのです。

◇ヒトゲノム計画により、人の遺伝子がほとんど解明されました。しかし、そこで判ったことは、同じ遺伝子を持っていても、同じ病気になるとは限らないのです。多くの遺伝子は、遺伝子のスイッチが入ると働き出し、スイッチが切れるとその働きを止めるのです。スイッチを入れるのが環境因子であることも判ってきました。遺伝子と環境の相互作用。

 例えば、哺乳類のほとんどは、乳児期には母乳が飲めるが、幼児期になると飲めなくなるのです。それは、幼児期になると母乳を分解する酵素を作り出す遺伝子のスイッチが切れてしまい、母乳が飲めなくなるのです。しかし、人間はなぜ大人になっても牛乳が飲めるのかが謎です。でもすべての人がそうではなく、牛乳が飲めない人がいて、その率は農耕民族に高く、牧畜民族に低いのです。環境に適応して遺伝子が変化してきたと考えられています。牛乳嫌いや牛乳を飲むと下痢をするのは別に特別ではないのです。

例えば、遺伝的に同じはずの一卵性双胎児の一人が喘息になり、もう一人が喘息になる確率は16~25%であり、他のアレルギー疾患では同じと見られていますが、統合失調症はもっとずっと低いのです。アメリカの調査で、アイルランド出身の双子の、一人はアイルランドに残り農業を継ぎ、もう一人はアメリカへ渡って都市労働者になった1000組を比較したら、摂取カロリーはそれ程違わないが、成人病になる確率はアメリカに渡った方が圧倒的に高かったのです。

 遺伝子にスイッチを入れる環境は、自然環境と社会環境です。社会環境の中に、社会によってもたらされる精神心理的、情緒的環境も含まれます。社会は最低3人から構成されますから、家庭も社会的環境です。だから家庭環境によっても変るし、食生活によっても変わります。また、環境によっても遺伝子は変化します。遺伝子と環境とは相互に影響しあって、発現したり、しなかったりし、その結果病気になったり、ならなかったりするのです。遺伝子は1世代で100の変化を蓄積すると言います。遺伝子は環境条件に左右され、ある種の環境でなら、ある形で発現するのです。遺伝子は、環境や発達に左右されない特定性と、環境の変化に適切に対応する能力(可塑性)を持ちます。

 

2.病気と戦う仕組み

◇人には病気にならないようにする防御システムが様々に働いています。

①外から人の身体に入ってくる場所すべてに細菌やウイルスなどの微生物が住み込み人と共棲していて、外来の微生物と戦ってくれます。例えば大人の皮膚1平方cmに10万の微生物が住んでいます。だから大人は「とびひ」にならないのです。目、鼻、口、のど、耳、陰部、腸などすべての外界と接する部分には微生物が住んでいます。それが病気にならない理由の一つです。胃には強い酸性の胃液があり、多くの細菌はそこを突破できません。突破しても小腸には1gの腸内容物に三千億から五千億の細菌や微生物が住んでいて外来の微生物を排除してくれます。皮膚や腸に住んでいる種類は家族ごとに微妙に異なりますし、老化によっても変わります。

②体内にはまずリンパ球をはじめ、リンパ組織(扁桃やリンパ節や虫垂)が働いて防御線を張っています。外来の異物を見つけ、戦うのも、抗体を作るのもリンパ球です。インターフェロンやサイトカインというものを作るのもリンパ球です。リンパ球はいろいろな働きをして微生物や異物、がん細胞などと戦ってくれます。その他に多くの身体の働きで、自分の病気を治す力(自然治癒力)があります。がんになっても、少なくとも3万人に一人は自然治癒します。世界でその人たちの3500人の報告も出ています。

 

3.ストレスと病気

◇環境にうまく適応できない時に、防御システムの働きが低下します。だからストレスがあると免疫の働きが低下し、病気になり易くなります。その時に細菌やウイルスが入ってくると病気になるのです。過労も心労もストレス状態の一つです。

 ストレスを起こすのがストレッサーと言い、それによって引き起こされる状態をストレスと言い、ストレスになると身体の色々な働きが乱れて病気になるのです。ストレスはたまるものではなく、状態です。なったらすぐ身体は反応しています。その時病気になるかならないかは、その時の、その人の状態や環境によります。

◇ストレスがあると、身体が反応します。ストレスはたまるものではありません。一度でもストレスです。ストレス対策は、気持ちの持ち方を変えることです。

 嫌なことは「嫌だ」と言いましょう。でもどうしてもそれができない時は、「仕方がない、そういうものだ」とか「まあいいか、しょうがないや」と、いつまでも「いやだ」をひきづらないことです。でも、いじめ、セクハラ、嫌がらせなどは、そうしてはいけません。

◇子どものストレスは、第一に「いやなこと」を我慢することです。だから神経質な子は病気をしやすく、くよくよしない子は病気をしません。自己主張の強い子は病気が少なく、心やさしい子やいやなことを我慢する子が病気をしやすいのです。大人も同じですが。

 子どもは、赤ちゃん時代は親が防御して下さい。赤ちゃんが「いい気持ち」にならないことがストレッサーです。いつもいい気持ちにしてあげて下さい。お腹いっぱいにすること、早めの離乳食、オムツをとりかえること、赤ちゃんが要求しないのに抱いたり触ったりしないこと。赤ちゃんをお人形さんにしないで下さい。おもちゃではありません。

 叱らないで、他のことに関心をそらして、いけないことを止めさせましょう。関心を他のことにすり替えることで、叱らずにすみます。そしてすぐ「いい子ね」とほめましょう。

いつもいい子にしてあげて下さい。親のして欲しい事をしてくれたら、すぐほめましょう。

 人見知りは自我の芽生えで、自我ができるのは3歳ごろ。この頃になると自己主張が強い子は病気が少なくなります。そして小学校入学から思春期まで、病気が少ない時期です。でもおとなしい子、こころが優しい子、いやだと言えない子は病気になります。

 

◇食事を強制したり、制限したりせず、少なくとも3歳までは欲しい時に欲しいだけ食べさせて下さい。少食、偏食は食事の強制から生じますし、甘いもの好きは甘いものを制限することから始まります。子どもに与えたくないものは、一度も与えてはいけません。「少しならいいだろう」は間違いです。もっと欲しくなるものです。嗜好飲料、スポーツ飲料は子どもの飲み物ではありません。また甘い食品、糖分(グリコーゲン)は大脳の発達に必要ですから、子どもの食事の必需品です。子どもは、食事もストレッサーになることがあります。嫌いなものを強制しないで下さい。また牛乳は、前述のように、飲めない子がいますから強制しないで下さい。また牛乳の飲みすぎもいけません。

 

4.病気は身体の変調、不調

◇病気は、外から入り込んだものではなく、自分自身の身体の変調です。変調というのはピアノやギターの調律がはずれた状態で、同じピアノでも良い音が出ない状態です。良い音が出ている時が健康なのです。

 例えば、かぜでも、外から入ってきたウイルスや細菌と戦って、身体の変調を起こして熱が出たり、咳やのどや身体の痛みやのどが腫れたりしているのです。だから、治ると自然に熱が下がったり、咳や痛みや腫れがとれていくのです。

◇だから病気は、自分自身がなっている変調した「状態」なのです。病気を嫌わないで下さい。病気を嫌うことは、自分の心が、自分自身の病気になっている身体の状態、つまり自分の身体を嫌うことになり、心の奥底(潜在意識の中)で、抗争(葛藤)を起こして、病気が良くなりません。病気を認めて、病気と上手に付き合って下さい。良くなるように自分の身体をなだめて、「良くなる、良くなる、だんだん良くなる」と自己暗示をかけて下さい。きっとあなたの身体の病気はよくなっていくでしょう。子どもは親が暗示をかけて下さい。よく病院に来ると、子どもが元気になるのは、ここに来ると良くなるとの暗示効果です。

 

5.不安は病気のもと

◇また不安になると、病気になったり、病気が悪くなったりします。不安になると「もっと悪くなるのではないか」とか「もっと苦しくなるのではないか」と思ってしまいます。それが自己暗示になって、あなたの身体はだんだん悪くなります。不安だと良くならないのですから、不安を打ち消しましょう。その為に、薬を飲んだり、医師にかかったりするのです。子どもは、お薬を飲ませて、「さあこれで良くなるよ」と言って下さい。それでよくなるのです。薬の効果と暗示の相乗効果です。それで良くならない場合は、それが効かない何かストレスになっていることが、子どもにあるのです。それを探して、なくすようにしましょう。

◇病気に神経質な人ほど、病気になりやすいのです。日本人は昔から病気に神経質です。挨拶の言葉には病気に関連する言葉が多いです。最近のゲノムの研究では、日本人の98%、白人の67%が神経質になる遺伝子配列を持っていると言います。しかし、それが発現されるのは環境によります。だから、くよくよしない人が長生きするのです。長寿の人に「その秘訣は何ですか」と聞くと、大抵「くよくよしないことです」と言います。

不安をかかえてはいけないから、不安なら医者にかかり、不安をなくしましょう。良い医師は、安心をさせてくれます。医者は安心を売る職業ですから、不安を増やすような医師は避けましょう。また、親は子どもを不安にさせるような言葉を話さないようにしましょう。「かぜをひくから」、「注射をされるよ」、「病気が悪くなるよ」などなど。

 子どもを脅かして、言うことをきかせようとしてはいけません。ほめて言うことをきかせましょう。子どもはほめられたいから、親の言うことをきくようになります。大人も同じです。大人同士でも、感謝の気持ちを表す「ありがとう」を言い合いましょう。

 

6.病気と上手に付き合いましょう

◇一病息災になりましょう。

先の川の話に戻って、堤防の一ヶ所から水があふれて、川の水位が下がると、他の場所から水があふれません。それと同様に、一つの病気を持っていることによって、他の病気になる可能性が減ります。これを一病息災と言います。病気とうまく付き合い、なだめすかして、病気と仲良くして下さい。何とかして病気を治すと、また別の病気になる事がありますから。これは慢性の病気の話で、急性の病気は別です。

◇人生を楽しみましょう。たった一度の人生ですから、楽しくなくてはつまりません。楽しい人生を送ることによって、病気は逃げていきます。楽しい事を考え、思い描き、いつも、どこでも、楽しいことを考えながら、勉強したり、仕事をしたりしましょう。楽しくしていれば、病気は良くなります。

 

7.病原環境論

◇病原環境説は、ヒポクラテスに始まると言われています。ヒポクラテスは、病気をその「人」の状態として捉え、病気の原因を、気候の変化と不適正な食事、その他外界の激変にあるとしました。その後、ドイツの病理学者、衛生学者で政治家(進歩党)のウィルヒョウによって再興され、さらにロックフェラー大学環境医学教授デュボスによってヒポクラテスの復権が提唱されました。1970年代の国連環境委員会のアドバイザー委員長をしたデュボスでも、この説を臨床医のあいだに広められなかったのです。パブロフの条件反射を進めて、人はどんな環境に置かれたらどう反応するかの研究に進むべきだったのですが、神経経路の研究へと進み、体の細分化へ研究が進んでしまったのです。デュボスの説を支持しているのは、基礎医学者と精神科医に多いのです。アメリカの精神科医を中心に、精神神経免疫学や、さらに精神神経免疫内分泌学なども提唱され、動物実験もされ実証されていますが、これらはすべて病原環境説に含まれます。 

 

 

 

    花 粉 症(鼻アレルギー)にはこう対処しよう。

☆花粉症をよく知ることです。

 花粉症がどんな病気か知って、上手に対処しましょう。大げさに騒がれていますが、そんなに騒ぐものではありません。世間や、大学教授や専門医と称する医師たちの思い違いがあります。総理大臣の言葉を鵜呑みにしないのと一緒で、自称専門医という医師の言葉を鵜呑みしないことです。病原環境論はこう考えて対処します。

 

☆こころと身体は、表裏一体、メタルのうら表です。一つに連動しています。こころが落ち込むと身体つまり病気も悪くなります。

 病気は自分のからだの変調(バイオリンの調律がはずれている状態)ですから、病気を嫌わずうまく付き合いましょう。

 病気になっているのはあなたの体です。病気を嫌うことは自分が自分の体を嫌うことになりますから、嫌わず「早くよくなって」となだめて過ごして下さい。そしてなぜなるか、どうしたら上手に病気とつきあってこのシーズンを過ごすかの術を覚えて下さい。病原環境論は、上手な対処法を教えます。それで今までよりずっと楽に過ごせます。

完全に治すには、今の生活、家族関係、職場の人間関係などの、あなたの生き方を変えるしかありません。私は、高校時代から通年性のアレルギー性鼻炎でしたが、開業医になってからは、年一、二回なるだけです。当時からストレスで起きていることを実感していました。こころにダメージを受けるとなるのです。

 

これからは花粉症に負けずに生きていきましょう。

☆花粉症は

花粉症は鼻のアレルギーの病気で、こどもでは10%、大人は30%位の人がなります。気管支喘息、アレルギー性鼻炎(鼻アレルギー)、アトピー性皮膚炎、じんましんにかかったことがあるか、家族にいる人がなりやすいのです。(遺伝的要因ないしは遺伝子をもつ)あなたの家族にいると思います。

 

なぜなるのか、

遺伝的素質(遺伝子)プラス環境因子(自然環境=花粉、社会環境=家庭、社会などの心理的、精神的、感情的ストレス)によって発病します。

遺伝的に同じはずの一卵性の双子の研究で、1人が喘息になった時にもう1人が喘息になる確率は25%(最近は70%もあるという)くらいで、花粉症も同じと考えられています。遺伝子ゲノムの研究では、同じ遺伝子を持っていてもその遺伝子を働かせるのは遺伝子にスイッチを入れることが必要で、スイッチを入れるのが環境要因(多くはストレス)ということが判っています。ある時スイッチが入って発病します。

これは病原環境論を裏付けるものです。遺伝子は、環境によっても変化します。だから日本ではスギ花粉症で、他の国では別の花粉症です。遺伝子が変化することを証明したのがノーベル賞学者利根川進名誉教授です。また人間には一億もの抗体を作る能力があることも証明しました。

 

花粉症

日本では、スギの花粉が風により広い地域に散らばり、交配するのに十分な程の、わずかな量で引き起こされます。今、中年世代を中心に全世代に増えています。

杉のない北海道は白樺です。アメリカでは若者のブタクサ、ヨーロッパでは若者の稲科の牧草が多いです。複数の原因であることもあります。欧米で若者に多いのは、若者の失業率が高いからと考えます。

スギ花粉症は、スギの多い地域より、都市部に圧倒的に多いです。関東では、杉並木で有名な日光市も古河電工の衰退(足尾銅山の閉山)と共に次第に増えていきました。そこから都市部までの間の土地には余り増えていません。

 

アレルギー性鼻炎のうち、

季節的なものを花粉症と言います。スギが主でイネ科や、ブタクサがあります。

花粉のシーズン(代表的なもの)

2~4月はスギ(ゴールデンウィーク前に終わります)、4~5月はひのき、松類、5~7月はイネ科植物、カモガヤ、ハルガヤ、小麦、8~11月は、ブタクサなど。

一年中続くものを通年性アレルギー性鼻炎と言い、本質的には同じで、しばしば複数の原因をもつことがあります。通年性のものには、室内吸入抗原が多く、ハウスダスト、ヒョウヒダニ、コナダニ、ペットのふけ、かび、化学製品、植物製品などがあります。原因がはっきりしないことも少なくありません。

○よくあること:血管運動性鼻炎

 アレルギー性鼻炎のある人が、季節を問わず、温度、湿度の変化、ほこり、煙草の煙などの刺激物を吸入すると一時的になるもので、一時間位でおさまります。

 

症状は、

くしゃみ(ひんぱんに、発作的に出る)、鼻水(水様、多量に、とめどなく出てかむのが間に合わない)、鼻づまり鼻のかゆみ目のかゆみ発赤およびのどの痒み耳のかゆみ口呼吸。通常30歳代にあらわれ、中年を過ぎると、年齢と共に軽くなっていきます。最近は小学生にもでるようになりました。

特徴はかゆみで、かゆみを伴うとアレルギー性鼻炎や花粉症と言います。

 

☆対策として、スギ花粉を避けることと言われて来ましたが。

マスク、眼鏡・ゴーグルが勧められますが、アンケート調査では、「あまり改善が見られず」との結果で、期待する程の効果は得られていません。窓をあけず、空気清浄機を使うと大分違うと言います。ひどい症状の人には多少とも軽減効果があるようです。

洗濯物はマスクをして干し、マスクをして花粉をはたいてから取り込むか、室内で干すこと。外出から帰った時には、上着などをはたいてから家に入りましょう。シーズン中はできるだけ外出を避けること。防御が第一です。

次には、鼻水をかまないこと。じっとがまんしていると自然に止まります。しかし、一度でも鼻をすすったり、鼻をかんだりすると、それまでと同じくらい鼻水が出続けます。それにはティッシュペーパーを鼻につめたり、折りたたんで鼻の入り口にあて、マスクをして口で呼吸し、鼻をかんだりすすったりしないようにします。そうすると泉の水が枯れるように鼻水が出なくなります。

☆最大の防御法は、ストレスをなくすことです。でもこれが難しいのです。

 

薬物療法の基本、上手に病気と付き合う方法の一つです。

第一は、抗ヒスタミン剤の飲み薬(かぜの時の鼻水の薬)で、なった時に飲みます。

ねむけ(神経抑制)の少ない「第二世代の抗ヒスタミン剤」(下記)を勧めます。

 俗に「抗アレルギー剤」と言って毎日飲み続けることを勧める医師や薬剤師がいますが、世界的には「なった時に飲み、よくなればやめる」のが普通です。アレルギーが治ることはありませんし体質も変わりません。予防薬ではありません。

 第二世代の抗ヒスタミン剤は、ねむけ(神経抑制)と鎮静作用を減らすために開発されました。まだ鎮静作用が残るのは、ザジテン、リザベン、セルテクト、アゼプチン、アレギサール、ジルテック、アレロック、など。

眠気が少ないのは、アレグラ、アレジオン、クラリチン、タリオン、エバステル、ピラノア、デザレックスなどがあります。世界的にはクラリチンの評価が高いです。

 鼻のかゆみくしゃみ鼻水に効き、鼻づまりは少しよくなるくらいです。目や耳、皮膚のかゆみにも効きます。

副作用は眠気と神経抑制で、できるだけ眠気が出にくい薬を選びます。効かなければ他の薬に変えると、効くことがあります。自分に合った薬を探しておくことです。

*ロイコトリエン拮抗剤(シングレア、キプレス、オノン)を、抗アレルギー剤として処方する医師もいますが、アレルギー性鼻炎には効きません。耳鼻科医の半数は処方しません。気管支喘息にはキプレス、シングレアが有効で、オノンは海外では評価されていません。

 

第二は、予防の薬です。外用薬(点鼻液、点眼液)だけです。

インタール系(インタール、ミタヤクなど)の吸入薬と点眼薬があります。毎日2~4回して、早くて3日くらいから効果が出始めますが、2週間くらい続けていないと効果が出ないこともあります。だから2週間続けて効果判定します。

しかし、75%の人に効果があると言います。効果があれば症状は出ないし、副作用も少ないので良いのですが、毎日続けていないと効果も続きません。大変ですがお勧めです。

第三は、治療薬ですが、医者によっては予防の薬だと言っています。飲み薬と同じ第二世代の抗ヒスタミン剤の点鼻薬と点眼薬(ザジテン、スプデル、リボスチン、アレギサールなど)で、毎日1日2~4回点鼻または点眼し、効果が出たらシーズン中、1日2回を毎日続けます。これも続けていないと効果が続きません。

 

第四は、即効性の一時期な改善薬(ステロイド薬

ステロイドの鼻へのスプレー(点鼻液)と点眼液。

1)どうしても以上の薬で、鼻水がひどく止まらない時に、ステロイドの点鼻液(フルチカゾン、アルデシン、リノコート[ベクロメタゾン]、ナゾネックス)を併用します。点鼻液は、かえって刺激になり、くしゃみが出て使えないこともあります。

 これを単独で使用する時は、初期には各鼻孔に1回ずつのスプレー噴霧を1日2回し、3~4日後に症状が改善したら減量して、1日1回の維持療法とします。

副作用は、結核菌をもっている人(昔結核をやった人やツベルクリン反応強陽性の人)の結核の発病と、1日中頻繁に使うと血液中に吸収され、長く使っていると副腎抑制を起こします。

2)眼のかゆみには、ステロイドの目薬(フルオロメトロン)で、かゆくなった時に使い、おさまったらやめます。うすい0.02%と濃い0.1%があります。また、ひどい人は、他の薬と一時的に併用します。長期に連用することは、勧めません。軽い人には、使いやすいです。即効性がありますが、副作用は緑内障を悪化させることと、コンタクトレンズのかびをふやすので、使えません。一時的に使うには、問題ありません。

〇薬がない時は、水で目を洗うことです。冷たくしてもかゆみが楽になります。

 

☆自分にあった薬を探すこと。上手に病気とつきあって、シーズンを乗り切ること。

☆ はな水をかまないこと。かまない方が止まります。ティッシュペーパーを鼻につめたり、折りたたんで鼻にあて、マスクをして口で呼吸し、鼻水をかんだりすすったりしないようにします。そうすると、泉の水がかれる様にしだいに出なくなります。でも、一度でもかんだり、すすったりすると、それまで出たのと同じだけ鼻水が出続けます。

 

最大の原因は、ストレスで、いやなことをがまんすることです。いやなことは避け、どうしても仕方がないことは、「しょうがないな」とか、「まあいいか」と、くよくよ考えないようにすること。仕事上のことは、生活のためだから仕方がないと考え、楽しい事を考えて、のびのびと暮らすこと。楽しいことがあると、アレルギーは軽くなるし、去っていくこともあります。高齢者が軽くなるのは、定年退職することや、子どもたちが独立してストレスが少なくなるからです。かし、別のストレスが出てきて、別の病気になることがあります。

 

☆一病息災で、一つの病気になっていると、がんや心臓病や脳梗塞などの他の病気になる確率が低くなります。花粉症で死ぬことはありませんから、うっとうしいがラッキーです。もっともストレスの多い人は、いくつも病気をかかえますから、その場合は仕方がありません。

  • してはいけないもの

 ステロイドの注射(筋肉注射)、ステロイドの飲み薬(代表的なものはセレスタミン)の長期使用(成人で14日までは可)と子どもへの使用。子どもの成長を抑制し、感染を起こしやすいです。

 ステロイドは外用で使うのが安全で副作用が少ないので、お勧めします。

 鼻の粘膜を焼くことは、長期にわたっての副作用や安全性が確立されていません。

☆その他

免疫療法

舌下免疫療法は、通院治療期間が長く、効果発現までの期間が不明であり、有効性の判定に差があります。また、ごくまれに致死的な副作用もあります。

同様の喘息への減感作療法は、ブタクサや草花では部分的には改善しますが、スギでは確認されていません。昔喘息の患者さんに行なっていましたが、長い期間かけて感受性をやわらげても、喘息そのものは治らず、検査したら別の原因が陽性になりました。

結局労多くして功少なしでした。それで私はやめました。 

 

          鼻水とかゆみの薬の話

 

抗ヒスタミン薬の話

抗ヒスタミン薬は、かぜ薬の中に含まれる鼻水の薬として広く使われています。また、アレルギー性鼻炎の時の鼻水を止める薬として、またじんましんやアトピー性皮膚炎のかゆみを止める薬としても使われています。

その薬が、今世界で問題になっています。日本でも2007年頃から学会では取り上げられていますが、まだ一般には知られていません。

 抗ヒスタミン薬の用途

 鼻炎(かぜやアレルギー性の)の時の鼻水(水様性のもの)を止める。

 皮膚のかゆみを止める。じんましん、アトピー性皮膚炎、皮膚の湿疹やかゆみ、鼻や耳やのどのかゆみなど。

 間違って使われている場合として、第二世代の抗ヒスタミン薬が俗に抗アレルギー薬と称されていた時期があったため、すべてのアレルギーに効くかのように思われて、医師が気管支喘息や食物アレルギー(かゆみのない場合)に使うことがありますが効果はありません。

 薬の有効性や安全性に関する正しい知識が医師の間に浸透していないので、しばしば不適切な使用により本来得られるべき利益を患者が得られていないばかりか、副作用の不利益を受けている可能性が高いとアレルギーの専門医は言っています。

代表的な副作用は「眠気」ですが、「眠気が強いほど効果が強い」とか、「眠くなるのは効いている証拠」というのが誤った認識をしている医師の代表的な説明であり、そう認識している人も少なくないのです。

 最強の眠気の強い薬(ピレチア)は、睡眠導入剤や麻酔時の前投薬として使われているくらいです。しかし、この使い方はアレルギー専門医に言わせると、睡眠構築への影響や翌日に中枢抑制作用が残ることなどを考えると適切な使い方ではないと言います。

 ここでは、体内でのヒスタミンがアレルギー物質に対して反応して働いているのですが、それは省略します。しかし、決して無駄な働きではなく、体が異物に対する対応の反応の一つなのですが、体に症状を生じて労働生産性や勉学能率などの行為(パフォーマンス)や、日常の生活を維持しにくくなります。

 それで、適切な抗ヒスタミン薬の使用により、それを改善しようとするものです。上手な薬の選択と使用法により、症状を改善し、中枢神経系の働きを障害しないことが望ましいのです。

ヒスタミンの働きと抗ヒスタミン薬の作用は

・全身の粘膜下組織や上皮にいるマスト細胞(異物や病原体に反応する大型の白血球の仲間のような細胞)がヒスタミンを放出します。ヒスタミンが鼻水を出したり、アレルギー症状を起こします。

・アレルギー症状の出ている場所では、ヒスタミンは症状を起こす原因です。それでそのヒスタミンの作用を止める必要があります。

・脳内にあるヒスタミンは、パーフォーマンスの維持の中心的な働きをするために、これを抑えてはいけません。

・だから、治療する時は、脳内でのヒスタミンの働きを維持しながら、症状を抑えることが必要です。

 

抗ヒスタミン薬は、開発の時期と、開発の目的(昔はヒスタミンの脳内での働きが判っていなかった)によって、第一世代と第二世代があります。第二世代の方が中枢神経系への移行が少ないことと、局所でのヒスタミンへの作用がより効果があることが優位と言えます。

 

治療としては、

・症状改善効果

・中枢神経系の抑制作用

・治療が長期にわたる場合には、労働生産性や勉学の能率などのパーフォーマンスへの影響を考慮する必要があります。

1.症状改善効果、つまり局所におけるヒスタミンの抑制の効果

 第二世代の方が、科学的根拠があります。

 症状つまり鼻水、くしゃみ、鼻づまり、かゆみなどは、薬剤間に臨床的な症状改善効果に差があることの科学的根拠はないという研究があり、効果が得られない場合には、薬の変更ではなく、薬の増量を検討すべきであるとしています。

2.中枢神経系の抑制作用、つまり脳内におけるヒスタミンの抑制作用

 中枢神経の抑制作用は、眠気とインペアード・パーフォーマンス(気づきにくい能力ダウン)の二つです。眠気は自覚できるのですが、インペアード・パーフォーマンスは自覚症状がないことが特徴です。しかも、眠気とインペアード・パーフォーマンスが必ずしも相関せず、眠気がなくてもインペアード・パーフォーマンスが発現されている場合があります。

 脳内のヒスタミンの抑制作用は、 第一世代では50~90%であり、第二世代では0~30%です。だから特に必要性がない場合には、第二世代の使用が勧められています。

 しかも、第二世代の薬の中でも鎮静作用やインペアード・パーフォーマンスの差があります。用量をふやすとインペアード・パーフォーマンスが増すものと増さないものがありますから、その確認をしておくことも必要です。ただし、普通のかぜの時には保険適用がないため、アレルギー性鼻炎の病名をつけます。

 ・脳の働きを活性化しているヒスタミン刺激を抗ヒスタミン薬で抑えることが、中枢神経の抑制作用を起こします。

 ・中枢神経の抑制作用は、眠気を起こすこととパーフォーマンスの障害(集中力、判断力、作業能率の低下)を生じます。

 ・インペアード・パーフォーマンス(気づきにくい能力ダウン)は、気が付かないうちに患者の日常生活の質や、パーフォーマンスに大きな影響を及ぼすので、注意が必要です。

 これは、訳しにくいため、薬剤師や医師へのアンケートでこの訳に決まりました。

 ・中枢神経の抑制作用の程度は抗ヒスタミン薬によって違いがあるために、前記の障害を起こしにくい薬を選択すべきです。

3.治療効果をパーフォーマンスで評価することの重要性

 薬の有効性や安全性だけでなく、長期に使用される薬は、社会的、経済的な影響を考えなければなりません。ですから、脳の働きを正常に維持しつつ、症状を改善することが求められています。添付文書に自動車運転の注意書きが「有り」と「無し」では、「無し」の方が明らかにパーフォーマンスの改善が示されたと言います。

○ 特に小児に関しては、

脳内ヒスタミン神経系における機能は、

・覚醒の増加と徐波睡眠の減少  ・けいれんの抑制    ・学習と記憶の増強

・自発運動の増加        ・摂食行動の抑制    ・痛みの受容の増強

・ストレスによる過興奮の抑制   などがあります。

ですから、脳内ヒスタミン神経系の抑制があると、眠くなり、食欲も増え、けいれんを誘発する可能性もあります。小児の作業記憶が急速に発達する10歳頃までの時期に、脳内ヒスタミン神経系の抑制作用の強い薬を長期間飲ませると脳の発達に悪影響を及ぼすと可能性があると言います。

 それでアメリカのFDA(食品薬品管理局)は2008年の勧告で、6歳以下の年少児への抗ヒスタミン薬を含んだ市販のかぜ薬の使用を控えるようになり、自主回収されるようになったと言います。イギリスでも6歳未満の使用をしないように勧告されています。

 私も数年前に検討し、小児への投与として、ペリアクチンの4~5日以内の短期間であれば、鼻水のひどい時に使用することは差支えないと結論しました。でも、できるだけ、第二世代の抗ヒスタミン薬特にフェキソフェナジン(アレグラ)かエピナスチン(アレジオン)の使用が望ましいようです。

 

注意すべきこと

成人に対してよくかぜ薬として処方される薬について、(小児にもよく使われています)

・PL顆粒1g(1回分)には、眠気と中枢神経の抑制作用が強い抗ヒスタミン剤のプロメタジン10mg相当が入っていて、ピレチア5mg(抗ヒスタミン薬)の2錠分で、麻酔前投薬や睡眠剤として使われている薬です。絶対に飲まないで下さい。でも、かぜ薬として常用されています。

・ボララミン(クロルフェニラミン)は2mg一錠で、ウイスキー90mL(シングル3杯)を飲んだ時と同じインペアード・パーフォーマンスを起こすと言います。

 レスタミン(ジフェンヒドラミン)30mgでも、それに近い作用があります。

これらの薬は、多くの医師がそのことを知らずに処方しています。知らないから処方するので、多分知ったら処方しなくなると思います。インターネットで「PL顆粒」と検索して下さい。そのことが書かれています。

・第二世代の抗ヒスタミン薬でも、ザジテン、セルテクトが鎮静作用つまり眠気と中枢神経の抑制作用が強いと言います。

 新薬についてのデータは入手していませんので省略します。  

下記の表以外の薬については、調査中ですが以下があります。

鎮静性   ペリアクチン、クレマスチン(フルミノール)、アタラックス、タベジール、

軽度鎮静性 エメダスチン(ダレン、レミカット)、レボセチリジン(ザイザル)、

非鎮静性  ロラタジン10mg(クラリチン)、べポタスチン(タリオン)、デザレックス5mg(デスロラタジン)、ビラノア20mg(ビラスチン)、ルパタジンフマル酸10mg(ルパフィン)

 

 

                    

 

 

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アレルギー疾患の心理的脱感作療法Ⅱ

2022-04-29 17:01:47 | アレルギー疾患の精神身体医学

    アレルギー疾患の心理的脱感作療法 Ⅱ

 「いわゆるアレルギー疾患の精神身体医学」-2

☆これは池見酉次郎教授グループが、アレルギー疾患を心理的脱感作療法で治した経験です。  種々のアレルギー疾患を持つ81名にこの治療を実施した結果、皮内反応陽性の2名が抵抗を示して軽快で終わり、残りの方は治癒したのです。しかも皮内反応も減少したのです。

 うまく画像が載せられなかったので、ここに載せます。 

 

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アレルギー疾患の心理的脱感作療法

2022-04-29 15:56:52 | アレルギー疾患の精神身体医学

    アレルギー疾患の心理的脱感作療法

 「いわゆるアレルギー疾患の精神身体医学」

☆これは池見酉次郎教授グループが、アレルギー疾患を心理的脱感作療法で治した経験です。

 種々のアレルギー疾患を持つ81名にこの治療を実施した結果、皮内反応陽性の2名が抵抗を示して軽快で終わり、残りの方は治癒したのです。しかも皮内反応も減少したのです。

☆私自身は、気管支喘息の減感作療法を国立埼玉病院時代にしていました。慶応大学小児科教室で当時講師(後に藤田保健衛生大学医学部小児科教授、北里大学医学部講師)の石田尚之先生に教えられて始めたのですが、減感作療法で反応が無くなっても喘息発作は収まらなかったのです。それでおかしいと思って再度スクラッチテストをしたら、別のアレルゲンに反応するようになったのです。減感作療法で軽快しても別のアレルゲンに変わったので、喘息はおさまらなかったのです。

 また皮膚のスクラッチテスト、皮内反応、血液検査などで陽性になっても、無症状の人は沢山いました。スクラッチテストや皮内反応、血液のアレルギー検査なども必ずしも一致するとは限らないことも判りました。

 それで精神心理的要因がからんでいると考えていたことが、きっかけとなりました。それからはアレルギーの減感作療法はやめました。効果が私の期待ほどではなかったからです。

  ☆それで説得療法に変わっていきました。

 私の方法は、一つは「人はなぜ病気になるのか」という私の理論を説明しました。その上で、その病気について説明しました。しかし、診療時間が少ないので、プリントに書いて渡しました。病気の症状、治療法、薬の説明と副作用の説明などです。これを読めば他の医学書を読む必要がないように詳しく書きました(これから順次ブログに載せていきます)。

 特に気管支喘息は発作状態が続く場合には入院させます。入院することによって家庭や幼稚園、学校、近隣などの社会から切り離すことができるからです。それと治療によって良くなります。ところが明日退院ですというとその晩発作を起こす子どもがいました。

 それでその原因を探り、嫌がっていることを突き止め、無くすようにしていきました。  何らかのストレスが発作の原因だったのです。  気管支喘息は明らかに何らかのストレスが発作のきっかけで、それを無くすと発作を起こさなくなりました。明け方の発作は、大人の方特に男性では夢が原因ではないかと疑い、発作の時に見ていた夢を記録してもらったら、やはり全員が仕事の時の夢でした。

 明け方に心臓や脳卒中の発作が多いことは、やはり夢が影響していると考えています。  夢はストレスの解消に役に立ちますが、その時に発作も起こしてしまうのだと考えています。  蕁麻疹や食餌アレルギーは、原因の食べ物を食べなければ良いし、接触性皮膚炎は原因物質を避ければよいのですから、取り敢えずは治療とその後避けるものを指示します。

 アレルギー性鼻炎や花粉症が一番治すことが難しいのです。それで説得療法は主に花粉症の方を対象にしました。それは効果的で、完全には治りませんが、軽くすることができました。軽い年には、ほとんど薬を使わずに済む人も出ました。

  ☆今回は池見酉次郎先生の昔の論文を載せます。これがアレルギーを精神心理的要因で起きると考えるきっかけになった論文です。これは製薬会社の雑誌に載っていた論文で、当初「Ⅰ」だけ持っていて、その後会社から「Ⅱ」を送ってもらいました。

 前に書いた「精神神経免疫学」の所を読み直して下さい。

 クーエの自己暗示も前に載せたのですが、また載せました。それを活かすには以前に載せた自己暗示法のやり方を参照してください。「心療内科」の項にあります。

 ☆新型コロナワクチンに対するアナフィラキシーショックは、これで説明できます。ワクチンを嫌がる人に起きます。ワクチンの副作用は、多くは嫌がる人に起きやすいのです。それを安全だということがおかしく、補償をしないこともおかしいのです。特に、ワクチンによる死者が1700人にもなるのに、一切保証しないことは、国家による詐欺ではないでしょうか。最高4500万円もの補償をすると言っていたのですから。それを因果関係不明と称して補償をしないことはおかしいとは思いませんか。不明なのに病理解剖も行政解剖も司法解剖もしないのですから。死因の究明をしないで、因果関係不明とか、死亡原因は不明とかいうのは医学ではありません。ワクチンによる死者は政治的に抹殺されたのです。

 コロナを怖がる人は、重症化しやすいです。かかると死の恐怖に襲われます。それで助からなくなります。高齢者は重症化しやすいとか、慢性疾患を持っている人は重症化しやすいなどと宣伝すると、そういう人たちの中には自分はそれに該当すると思ってしまい、重症化することがあります。

 誰でも、例えば日航機の墜落事故や、列車の転覆事故、舟での漂流などで、助かる人と助からない人の違いはどこにあるかを探してきました。物理的につぶされて無くなる人は別にして、隣り合わせに坐っていて違いがある場合には、絶対にあきらめない人が助かるようです。船乗りたちでも、転覆して漂流しても、何かにつかまって決して手を離さない人が助かります。もう駄目だと思ったら、それが死を招きます。

 病気でもそうです。病気にかかっても、もう駄目だと思ったら負けます。絶対に回復することを信じて生きていくことです。それが同じ病気にかかっても、軽く済む人と重症化する人の違いの条件の一つです。もちろん基礎疾患があれば、それがマイナス要因です。しかし、同じ条件のはずなのに、違いが出るとすれば、心の持ち方が左右します。  決してあきらめないこと。後遺症を減らすには、回復が始まったら、自分でリハビリを始めることです。リハビリは病院がしてくれるものではなく、自分でするものです。人任せにしたら回復が遅れます。  以上が自己暗示の結果起きることです。だから自己暗示によって病気から回復するようにしましょう。クーエはフランスの薬剤師でしたが、多くの人たちの病気を治してきましたが、決して自分が治したとは言いませんでした。治す方法を教えたのです。 

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自己暗示

2022-04-28 10:55:21 | アレルギー疾患の精神身体医学
          自己暗示

           自己暗示                
                            クーエ「自己暗示」より抜粋
 (この書は、私が催眠療法を学ぶきっかけとなった感激した本ですが、今は手元にありません)。

 あなたは自己暗示で、あなたの持つ自然治癒力を解放し、充分にその能力を発揮させていける。しかし、その過程にはいろいろな妨害がある。
 ある考えが精神に提示されたとしても、精神に受入れられない限り、決して現実にはならない、ということである。逆に意識がその事実だけを念頭におきだしたら、痛みはかえって増してくる。
 ①ある考えが精神を独占してしまった場合、その考えは実際に、肉体的もしくは精神的状態となってあらわれる。
 ②ある考えを意志の力でおさえようと努力すれば、その考えをますます強めてしまうだけである。

 自己暗示の基本法則
 「意識に入ってくる考えは、無意識によって受け入れられたら、かならず現実に変わり、今後の生活の中で永続的な要素となる」(=無意識的自己暗示)。

 自己暗示の過程は、
(1) 考えを受け入れ、 (2)その考えを現実に変える、という2つの段階から成り立つ。
この2つの作用を行うのは無意識である。その考えが、本人の心から出たものか、外部から他人の媒介で提示されたものか、などは問題にする必要はない。

 本質的には、どんな暗示も自己暗示である。必要な区別は、
② われわれの意志や選択のおよびえない所で起こる無意識的自己暗示と、
②われわれが実現したいと思う考えを意識的に選び、それをなんとかして無意識に伝えようとする誘導自己暗示の2つだけである。

 エミール・クーエは「自分には人をなおす力などなく、また、生まれてこのかた、人をなおしたこともない」という。「患者を健康にする道具は、かれら自身の中にそなわっている」クーエはただ、健康についての考えを患者の内面に呼び起こす助けをしているにすぎない。今後は患者自身で自分の運命を扱って行けるはずだし、またそうしなければならない。

 自己暗示の一般的法則
 どんな原因からであっても、暗い考えに襲われたら、われわれの注意を何かもっと明るいものへ移さなければならない。病気にかかったら、くよくよ悩むことによって身体の器官のもつあらゆる機能を病気にゆだねてしまい、自分の生命力をわが身の破壊にさしむける結果となる。
 心から根こそぎにすべきものの1つは恐怖(不安)である。恐怖(不安)は、心が否定的な考えにこだわるだけでなく、その考えと我々の心が親密になり、しだいに効果を強める。

 われわれは自分自身のためにも、隣人たちの欠点や弱点にこだわらないようにすべきだ。他人の欠点をいつも考えていると、その考えが絶えず心の中にあり、無意識的にそれを受け入れ、われわれ自身の性格の中にそれを実現させる危険が大きい。
 自分自身のために、否定的な考えを避けるべきだ。

 他人に対しても、尚更そのこころがけでいなければならない。「顔色が悪いね」とか、「具合が悪いんじゃない」と本人が云いもしないことをいう時、相手がとりあわなければよいが、本気にすると、相手の健康を害していることになる。
 子どもに対しては、もっと深刻で、慎重にしなければいけない。
 「カゼをひきますよ」、「病気になりますよ」、「転びますよ」などと悪いことを暗示してはいけない。繰り返し聞かされているうちに病気になってしまう。
 同じように、悪い子、馬鹿、間ぬけ、ぐず、のろま、不良、親不孝者、なまけ者などと云ってはいけない。それを受け入れられなければよいが、受け入れてしまったら、そうなってしまう。「僕は悪い子だ。悪い子は、悪い事をしてよいのだ。」と考える。
 (だから「あなたは良い子だから、こういう悪いことはしてはいけません」としかりましょう。良い子は悪いことができないのだから。)

 一般暗示
一般公式
 「毎日、あらゆる面で、私はますますよくなってゆく。」 (Day by day,in every way, I’m getting better and better.)→→「すべての面で、一日ごとに、ますますよくなっていく」
 ひもを1本用意して、それに結び目を20つけるとよい。寝床についたら、目を閉じ、筋肉の力をぬき、らくな姿勢をとる。次にひもにつけた結び目をたぐりながら、一般公式の暗示を20回唱える。言葉は、自分の耳に聞こえるくらいの音量で、声に出して唱える。無心に、子守歌でも口ずさむように、単純な気持ちで、努力せずに唱える。
 朝、目が覚めたら、起き上がる前に、就寝前と同じ様に公式を繰り返す。
 規則正しく繰り返すことがこつである。あとは、種を蒔いたのだから、芽が出てくるのを待ち、芽が出たら若葉になるのを待つ。まだかまだかと気をもまないこと。
 こんなことをしても良くなる訳がないと不信の念を抱くかぎり、暗示の効果は消滅するだろう。信頼が大きいほど、結果は早く訪れてこよう。

 自己満足している人は、自分以外の他人の美徳を認めることができない。
 自分の考えを意識的に誘導できる時間は、睡眠の直前と直後である。このときにかけられた暗示は、より確実に受け入れられるだろう。この時間が一般公式をくり返し唱えるのに最適である。

 努力逆転の法則で、努力するほど、うまくいかない。(努力し過ぎてもいけないこと)
 シェヴルールの振り子の実験(略)

 特殊暗示
 特殊暗示は、一般公式ほどの効果を持ちえない。
 特殊暗示をかけるには、誰からも妨げられない部屋へ行き、座り心地のよい椅子に腰をおろして目を閉じ、筋肉の力をぬく。云ってみれば、昼寝をしようとする時と同じ具合だ。
そうすれば、無意識の潮が、特殊暗示の効果をあげるのに充分な高さまで満ちてこよう。
 今度は、言葉によって、自分の望んでいる考えを呼び出す番である。これこれの改善が起こるだろうと、自分自身に告げる。その時に、こころにその考えをおしつけたり、努力したり、注意力をむりやりその考えに向けたりしてはいけない。緊張せずに、なんとなく心にうかべるようにする。

☆特殊暗示の仕方
 無理な要求はしてはいけない。3つの段階を含む。
 ①改善の即時開始、②迅速な進展、③完全かつ永久的な治癒、

◇例:難聴
 「今日この日から、私の聴力はだんだん好転していく。日一日と少しずつよく聞こえるようになるだろう。その好転ぶりは、徐々に速さを増して、かなり短期間のうちに、まったくよく聞こえるようになり、一生その状態は続くだろう。」
◇恐怖やいわれのない予感
 「今後、私は幸福で、確信にみち、快活な状態をますます意識するようになるだろう。私のこころに入ってくる考えは、強く健全なものであるだろう。日々に自身を増して、自分の実力を信じるようになる。そして同時に、その実力はさらに強まった形で表れることになろう。私の生活は、ますます平穏で、安楽で、明朗なものになっていく。この変化は日々に深みをまして、遠からぬ将来に私は生活を一新させていることだろう。かって私を悩ました憂慮はもはや消滅しているだろうし、舞い戻ることなど決してないだろう。」
◇記憶が悪い人は
 「私の記憶は、今日からあらゆる分野で増進するだろう。受け止められた印象はさらに明確なものになり、努力せずとも、児童的に記憶されるだろう。思い出したい時には、すぐさま正確なかたちで心にうかび出てくるだろう。記憶の増進は迅速に行われ、たちまち以前には思いもよらなかったほどになろう。」
◇短気、かんしゃくには、
 「今後、私は日を追って上機嫌になるだろう。沈着と快活がふだんの精神状態となり、やがて諸事万端この心持ちで受けとめるようになろう。私は周囲の人々に激励と助力をさしのべる中心的人物となり、私自身の上機嫌さを彼らにも移してしまうだろう。この快活な気持ちはついには私の習性となり、どんな事態をもってしても、私からそれを奪うことはできなくなろう。」
◇喘息には
 「今日この日から、私の呼吸は急速に容易となるだろう。まったく自分でも気づかぬうちに、そして自分ではなんら努力せずとも、私の器官は、肺と気管支の健康を回復させるのに必要ないっさいのことをするだろう。大車輪で働いてもまったく不便を感じなくなろう。
私の呼吸は、のびのびして、深く、快いものになるだろう。私は、自分の健康増進に必要な、汚れのない空気を吸い込むだろう。その結果、私の全器官は活気をおび強さを増すだろう。さらに私は平静に安眠して最大限の休養をとり、快活な気分で目覚め、日々の仕事に楽しい期待をかけるだろう。この過程はすでに今日始まっており、遠からず、私は完全かつ永久的な健康を回復するだろう。」
 ☆よくなってきたら、それに合せて暗示の内容を変えていけばよい。

◇痛みには
 痛みに反撃をはじめる時は、すわって目を閉じ、冷静に、そして自信をもって、「これからこの痛みをとりのぞいてやる」と自らに告げる。望みどおりの結果が得られたら、「今、回復した安楽な無痛状態は永続的になり、患部はみるみる補強されて正常な健康状態に達し、以後はその望ましい状態が常に続くだろう。」と暗示をかける。
 痛みが軽くなっただけで、完全にとりのぞけない場合は、次のような暗示を用いると良い。「もう大分楽にになってきた。もうすこしで完全に止るだろう。私は正常な状態に戻り、今後もその状態が続くだろう。」

◇難しそうに見える仕事にとりかかる時に
 まず目を閉じ、静かにこう云う。「私がしなければならない仕事はやさしい。まったくやさしい。やさしいから大丈夫できる。私はそれを手ぎわよく、立派にやってしまうだろう。しかも仕事を楽しんでやるから愉快になってきて、身も心も仕事にみごと調和して、結果は、期待を上回りさえするだろう。」これで自信がでてきたら、進行方法を考え出す段階へ入る。
◇思案投げ首のとき、一晩寝て考えろ。
 悩んだら、くどくど考えず、「一定の時間がすぎたら、解決策が自ら浮かんでくるだろう」という暗示をかけ、ぐっすり眠って無意識の力に任せるとよい。朝目が覚めた時に、良い案が浮かぶことがある。時々これを実行している人がいる。うつらうつらしている時に、よい案がひらめくからと、枕元に鉛筆とメモ帳をおいている。
 ジョギングや山登りの最中にひらめくのも、同じである。無意識に任せると、良い考えが浮かんでくる事が多い。
◇発作の伴う病気には
 「今後私は常に、いつ発作が起こってくるかを前もって予知するだろう。その接近に際しては充分な警告をうけるだろう。警告を受けても、恐怖や疑念は生じまい。私は、それを避ける力が自分にあることを確信してやまないだろう。」
 警告が出たら、――これは間違いなく出る―― 患者は一人になって、発作が進行しないように特殊暗示をかける。
 まず「平穏と自制」の暗示をかけ、さらに「 正常な健康状態がすでに再起しつつあること、精神が充分に統制されていること、どんなことがあってもその均衡は乱れないことなどを、何度も、しかも努力を避けながら、唱える。

◇神経性疾患や恐怖、憤怒といった激情は、肉体的運動となって表れることが多い。
 (恐怖は身震い、動悸、歯のがたつきを、また憤怒は手の握りしめを起こす。)
 「怒りのかわりに、同情、忍耐力、上機嫌を感じるだろう。したがって肉体の状態も安楽かつ自由になるだろう」
◇1つの単語を繰り返してもよい。
 「沈着、歓喜、力、愛、純潔」
 しかし、特殊暗示は単なる補助手段であって、ひまがなければ無視してもかまわない。

☆痛みの処理--
 --心配、恐怖、意気消沈といった心の苦悩にもよい。
 何かの考えを口に出して唱えていれば、その間は、その考えが心を占めている。
 しかし「痛くない」という考えだと、すぐその反対の連想の「痛い」が心を占めてしまいやすい。(それで「だいじょうぶ」とか「平気だ」とか言う言葉を思い浮かべる)
 そこで頭痛、歯痛などの痛みで悩んでいる時は、座って目を閉じ、静かに、その痛みをこれから取り除いてやると、自分に保証する。そっと手で患部をさすりながら、できるだけ早口で、音を絶え間なく流すような調子で、「それは消える」、「消える、消える、・・・・・消えた」。約1分くらい息が苦しくなるまでぶっ続けに早口で唱え、一番最後に「消えた」としめくくる。
 痛みがひいてきたら、「もうじき完全に止まってしまう」という暗示をかける。
 痛みがひいたら、「もうぶり返すことはない」という暗示を。
 痛みがひどく、これに立ち向かえない場合は、ベッドに横たわるか椅子にもたれて、心身ともに力をぬく。努力はことを悪化させるだけだから、痛みに考えをまかせてしまう。
痛みをじーっと感じて待っていると、しばらくすると、気力が湧いてきたら、また始めよう。
 痛みは、われわれの肉体的機能がどこか狂っている危険信号である。初期症状の出す貴重な警告である。(痛みがひいたら、その原因を考え、まず心身の休息をとるべきである。痛みがとれたからと、すぐ仕事をしてはいけない。私は、危険というよりは、警告信号、注意信号だと思う)

☆子どもは
 子どもの生まれる前から始めよう。妊娠中の女性は衝撃や驚愕、精神的ショック、パニックを感じてはいけない。子どもが臆病になる。ひどいと流産したり、障害が残ることがある。
 生後数ヶ月の子どもに直接適用しうる自己暗示は、愛撫だけである。けれども母親や乳母の精神状態が乳児のこころに刻み込まれて行き、その時の精神形成が末長く尾を引く。
 特殊な病気になったら、子どもを膝の上に抱き、患部をやさしくなでながら、健康の完全回復を、言葉で念ずるのである。
 子どもが母親の云うことが理解できるようになったら、次の方法になる。
 夜、子どもが寝ついたら、母親は子どもの寝ている部屋に入り、子どもを起こさないように注意しながら、枕元から約1メートルの所に立って、必要と思われる暗示をささやき始める。子どもが病気なら「お前の病気は治っていく」という形式の暗示を20回繰り返す。
子どもが健康なら一般暗示の公式だけで充分である。同時に子どもの、健康、性格、知能などに関する特殊暗示をかけてもよい。部屋を出る時は、再び子どもを起こさないように注意する。目を覚ましそうな気配を示した時は、「眠りなさい」という命令を5、6回ささやけば、また寝ついてしまうだろう。
毎晩これを休まずに数週間実践するとだんだん効果が表れてくる。子どもがまだ言葉を話す以前から始めることだ。そして子どもが日々のさまざまな問題に自分で対処できるようになったら、そして少し難しい事が起こっても親の助けを求めに来なくなったらやめる時がきた。
 子どもが話せるようになったら、朝晩大人と同じ一般暗示を繰り返すように教えてもよい。
 7~8歳の時に、就寝後暗示をする時は、男の子は父親が暗示をした方がよい。
 女の子は母親でよい。
 思春期に、はなはだしい困難や危険に当面している徴候がみえた時には、再びその特殊な困難に関する特殊暗示のかたちで、就寝後暗示をかけてやるとよい。この場合も、他の場合と同様に目的だけを暗示してやればよく、目的を達する手段の選択は無意識の自由にまかせるべきである。しかし性に関することは難しい。
 子どもが話し方を覚えたら、すぐ苦痛に立ち向かうすべを教えることだ。
 子どもに目をつぶらせ、その患部をそっとなでながら、自分と一緒に「なおる、なおる、なおる・・・なおった。」と繰り返し唱えさせる。(日本では、「痛いの、とんでけ、とんでけ、とんでけ・・・とんでった」の方がよいだろう。)そして自分でやるように教えていく。

☆☆自己暗示は医療にとって替るものではない。
 医療の働きを、より効果的にし、今まで医療だけでは治らなかった人々を治すためである。
 自己暗示は、自己修養の手段である。
 自己暗示の効果は道徳にも及ぶ。将来犯罪者を立ち直らせる方法になろう。
犯罪は病気なのだから、病気として取り扱うべきである。
自己暗示は内的生活の原則を教える。
                          以上   
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アレルギー疾患の精神身体医学

2022-04-28 10:44:45 | アレルギー疾患の精神身体医学
           アレルギー疾患の精神身体医学

 説得療法

 説得療法とは
はじめに
 私はこの言葉を九大の故池見酉次郎教授の文献から知りました。でも私はそんなことを知らずにしていたことでした。ただ私は、患者数が多く、一人ひとり違うので、個別にしていましたが、花粉症の時だけは、待合室を使って集団で行ないました。
 池見酉次郎教授の論文はその内にブログにのせますが、取り敢えずそこに書かれていた「説得療法」の説明を載せます。
 「心理的脱感作の第一段階として、先ず説得療法を行なった。これは被験者たちを一堂に集めて、心身相関についての全般的なことをいろいろ話したり、われわれがやった心身相関の実験をスライドなどで見せたりした後で、自由に質疑応答させ、さらに個人面接までおこなって、問題の症状が起きた時の条件などを細かく聞き、各人がなっとくが出来る状態にまで、再教育する方法である。」
 しかし、それだけでうまく治癒する人もいるが、出来ない人に本格的に心理的脱感作療法をするというのです。私はそこまでできませんでした。そこまでの準備と時間が無かったからです。次に載せる「自己暗示」に書かれている、思い込みの激しい人を、うまく誘導するには催眠療法を使わないとできないからです。
 「自己暗示」はフランスの薬剤師エミール・クーエの自己暗示法で集団で集めて、自己体験の話をさせたりしてから、自己暗示で病気を治すように話をし、病気を治していたというのです。
 私のした説明療法は、必ず思い出してもらうために、詳しい説明をプリントして渡すことでした。ある雑誌に70枚作っている医師がいると書かれていたので、私は100種類以上作って渡していました。一度聞いても忘れてしまいますから、文書にして渡して、繰り返し読んでもらいます。それで安心してもらうことが狙いです。
 当初は小児科専門でしたから、主に感染症と脱水とアレルギー疾患でした。感染症はアメリカの感染症の本からとりました。アメリカの医学書は実践的なので、私は誰にも習わずに、アメリカの医学書で静脈切開を覚えました。読んだ通りにして行けば、出来ました。
 今でも手元にあります。これは先輩の松尾慶応小児科教授から薦められて買い求めた本です。私は陰に日向にいろいろな先生方から応援してもらい、今があります。慶応だけでもなく、医学だけでもなく、いろいろな分野にわたります。感謝しています。
 アメリカの医学書は実践的で、いろいろな日本の医学書に書かれていないことを学びました。例えば麻疹と風疹の見分け方や、水痘の水疱の鑑別、解熱剤による麻疹の内攻や脳症の発病、インフルエンザや水痘以外でも解熱剤で脳症になること、アセトアミノフェンでもライ症候群になることなど、あまたにのぼります。
 日本の医学書は書いた人を知らないと、信用できません。大学を問わずそういう医師は少数です。例えば、名古屋市立医大小児科教授だった小川先生は、弟子たちに「信頼できると思ったら、電話してでも患者の治療法の教えを請いなさい。教えてくれなければ二度と聞くことはない。自分の患者を助けてくれるなら、救急車でも、ヘリコプターでも呼んで、連れて行きなさい。」と教えていたと浜松医療センターの新生児科医長から聞きました。残念ながら、その弟子であった小川助教授は教授になれずに、埼玉医大の中山喜弘教授に呼ばれて埼玉医大総合医療センター教授になりました。その小川教授は病床で、自分の後任に東大出身で長野県立こども病院にいた田村正徳教授を指名しました。良い医師は、良い医師を知っているのです。
 中山教授は私の父(千葉大卒)の同級生の弟で、慶応を卒業して千葉大の医局へ行きました。田村教授は小児科医師連合での友人でした。皆、腕の良い患者さん思いの小児科医で人を使うのも上手で、信頼できました。いずれも私を支えてくれた人たちです。
 大学闘争や青医連運動、小児科医師連合運動をしたおかげで私は多くの医師たちと知り合い、教えを受け、支援を受けました。あの頃はみんなあつく医学や医師のあり方を語りましたが、今は過去の話になりました。それだけの想いで医者になってはいないと思います。
 外来診療でする場合には、よほどの信頼関係ができていないと難しいです。評判を聞いて来てくれる人は、信頼関係が作りやすいのでうまく効果が出ることも多いです。
 薬だけくれればよいという患者さんは難しいです。
 吹上共立診療所時代には、黒部教信者と言われるほど信頼してくれる患者さん、というより母親たちがいました。そうすると子どもたちが病気をしないか、しても軽く済んだり、兄弟が同じ病気にかかると受診せずに治ってしまったりして、患者数が減少してしまい、常に新患を増やす努力をしていました。それでも今の医療制度では経済的に成り立たず、乳幼児健診や予防接種、住民基本健診や特定健診などの内科の健診で稼ぐしかありませんでした。
 ウイルス疾患では、解熱剤と抗生物質を出さなければ、使う薬が無いし、胃腸炎は食事療法で済むし、嘔吐症の場合は絶飲食の時間をおくとか、診断がポイントであり、治療ではお金をとれず、説明だけになったのです。
 それで説得療法は、主にアレルギー疾患が対象でした。アトピー性皮膚炎なども一度新聞に取り上げられて何人か来られましたが、子どもはみな1か月以内に治ってしまいました。
 気管支喘息も発作を起こさなくなるし、蕁麻疹、食事アレルギーも軽快し、スギ花粉症とアレルギー性鼻炎だけが、軽くなるが完全に治癒とはなりませんでした。ストレスが何かをつかむことが難しく、ストレスを無くすことができなかったからです。乳幼児の喘息様気管支炎も難しいケースでも1年で治りました。
 大人は難しいのは、思い込みが大きく、それを変えさせることが難し野です。その内に載せますクーエの「自己暗示」に詳しく書かれています。それで集団で、教育と暗示をし、それを強化するための自己暗示を教えることで改善を図るのです。

 これから順次私の持っている文献や、私の作ったプリントをブログに載せていきます。資料に基づいて書いたものですが、昔作ったものの中には時代と共に変わってしまったものもあるかも知れません。できるだけ直して載せますが、出来ていないものもあることはお許しください。日本は医療が標準化されていませんから、最先端医療を除いたら、十分対応できると思います。

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資本主義と危機

2022-02-06 16:59:22 | 人新世
                    資本主義と危機を読んで

   <資本主義と危機 を読んで/span>

 これを読んで、斉藤幸平の解説の通り、私と同じようにマルクス主義を思考の原点、資本論を物の考え方の教科書と考えていた人たちが経済哲学思考の面で残っていたことに悦びを感じました。特にフォスターは医学の面で、私の敬愛していたフィルヒョウを評価してくれました。結局、私はヒポクラテスから、フィルヒョウの時代を経て、ルネ・デュボス、心療内科、精神神経免疫学へと発展した流れの中にいたのです。
 この本の中で、歴史の流れの順に取り上げられ、最後に出たフォスターの文が最も良いと思います。世界の全体を知りたければ全部読んで、どんな考えがあるかを知ることですが、結論だけでよい人は、これで十分です。
 以下は私の主観で作った抄録と感想です。


 自然の回帰は何をもたらすか 
                              ジョン・ベラミー・フォスター

 ☆ 物質代謝の亀裂
マルクス派のエコロジーとは
マルクスの物質代謝の亀裂論の概念が基礎である
第一段階エコ社会主義としては、古典的マルクス主義はその力点が「プロメテウス主義」にあり、それゆえに反環境的であると論じた。この点では、緑の理論をマルクス理論に移植することによって発展しなければならないとされた。
第二段階的エコ社会主義とは、バーケットとフォスターが取り入れたアプローチで、古典的な史的唯物論それ自体の基礎に立ち返ることです。
 それは物質代謝の亀裂理論です。つまりいかに、資本蓄積の過程が人間と自然の社会的物質代謝に亀裂をもたらしたかというマルクスの理論です。それはマルクスの時代には、土壌と養分サイクルの攪乱に明確に表れていたという。
 マルクスによる「自然の普遍的物質代謝」、「社会的物質代謝」、「社会的物質代謝の相互依存的な過程に生じる修復不可能な亀裂」を結び付ける考え方です。このことが、商品生産内部における使用価値(自然的形態)と交換価値(価値形態)の区別を含むマルクスの価値理論に密接に関連づけられています。
 さらに言えば、資本主義にあるさまざまな物質的矛盾は、(資本の)蓄積と階級(分裂)のシステムに起源をもつ生態学的なものであるのです。
 過去20年の間にマルクス派のエコロジーは発展してきた。マルクスのエコロジー的な批判を足がかりにしてさまざまな環境問題にある具体的な側面のほぼすべての理解ができるのです。その根本には、資本主義には自然の「疎外された媒介」があるという前提に基づいているのです。
 「疎外された労働」と並び「物質代謝の亀裂」が重要です。
 クラーク、ホールマンとフォスターが収奪という概念を説明してきたのです。
 つまり、マルクスの収奪という概念は、土地に対する収奪だけでなく、様々な形で現れる人間の肉体的存在にたいしての収奪があり、それが物質代謝の亀裂と、奴隷制、植民地主義、女性の抑圧の連関をつなげています。
 これが「自然の掠奪」です。

☆ エコ社会主義とグローバルな危機
資本主義がグリーンになるということは何にも根拠がありません。
 資本の論理に反対することによってのみ持続可能な人類の発展にたどり着くことができると言えます。その理由は、資本主義は資本の蓄積システムの略称であり、蓄積という指標しかないからです。そのシステムから見れば、世界全体の気候を破壊することやエコシステムを破壊することはほんの一つの外部の出来事でしかないのです。
 私たちは、資本主義による地球の創造的な破壊全体の結果である惑星の生物地球化学的な循環に生じた亀裂について話をしていて、規模についてではありません。
 日本のマルクス主義経済学者都留重人、あらゆる側面において持続不可能なシステムが原因となって生じたさまざまな惑星的プロセスの崩壊であると論じている。
 資本主義には価格しかなく、科学が残りの化石燃料はすべて地中に埋まっているべきであると言っても何もできないのです。何をしてくれるのですか。
 資本主義は構造的危機に陥っています。
 要するに、私的利益と制度化された個人の私欲に基づいて、収益性に通じる道として階級の分裂や環境破壊をあおりながら、抑圧的な国家に施行され、そして帝国的な戦略を取り入れている無計画なシステムがあるのです。それはローカルでもひどく、グローバルには破滅的です。
 エコ社会主義は自由と持続可能性への道であるだけでなく、人類の生存にとって欠かせない道です。
 (自然科学の発展を持ち出す人がいるが、それは私に言わせれば、単に技術的な点に過ぎず、思想的には何ら進歩していないのです。それは人文社会科学と自然科学の分断で生じたことでもあります。)
 マルクスは、終着点ではなく、出発点なのです。進化論が進化し続けているように、マルクス理論も進化しています。マルクスによる批判の力は、唯物論的かつ弁証法的であること、そして批判の伝統に根ざしていることです。
 必要なのは、自然・社会科学を包括していく統一された弁証法的分析です。自然科学者たちは、人文社会科学から切り離されたために、その論理を失っています。
 それで私的唯物論の伝統が重要なのです。
 
 廉価な自然
 資本主義は常に廉価な自然に基づいて来ています。マルクスは、当時に廉価な食料について言及しています。価格が高騰すれば資本主義が立ちいかなるという人は、短絡的であり、物事を覆い隠しています。
 資本主義は原価が高騰しても崩壊しはせず、環境を収奪する手を緩めることもありません。
 それは労働の収奪に基づいており、労働の搾取を続けることができる限り、資本主義は続きます。
 資本主義が現在抱えている経済的な矛盾とは、過剰蓄積なのです。原料を持ちすぎていることです。今日ある主な制約は、資源を過剰搾取した結果として経済が生み出した廃棄物を吸収するということで、シンク・エンド(廃棄物の投棄可能量の限界)なのです。危機は今存在しているのです。
 マルクスの言う「疎外された媒介」とは、労働の疎外であり、自然/エコロジーの疎外すなわち物質代謝の亀裂なのです。
 弁証法は、媒介、内在的(そして外在的)な諸関係、総体性、転化そして超克に関係しています。それは変化していくものそして流動的なものとして万物をとらえます。

 そしてジジェク批判(ムーアとラトゥールへの批判派省略)
 ジシェクはさまざまな科学の内部における唯物論的弁証法が、とりわけ社会主義者たちが、どのようにこの概念をはぐくんできたかについて知らず、そして進化論の発展と生態学の形成にとってどれだけこの概念が大切であったのかを分かっていないようです。また集合体理論がマルクス派の弁証法にとっては不可欠な概念となった「創発」を分析することにつながっているのです。この「創発」という概念は、ジョゼフ・ニーダムによって最先端科学へと組み込まれました。これらはすべて創発主義的でエコロジー的なマルクス主義の伝統の中に深く組み込まれています。ジジェクはすべての物を「同一の次元」に置くことで様々な相互作用を見落とし、弁証法を平坦なものにしてしまったのです。

☆ パンデミックから見えた危機の本質
 物質代謝の亀裂理論から見れば、マルクスが「周期的感染流行」を、資本主義的商品生産が著しい影響を及ぼした人間の自然との物質代謝のなかで発生した亀裂としていたのです。
 エンゲルスが示した「イギリスにおける労働者階級の状態」の疫学的分析です。(私のいつも読み返す原点です)
 マルクスの友人で、ダーウィンの弟子の進化論生物学者レイ・ランケスターは、生態学的分析の進歩に加えて、あらゆる疾病がもつそのさまざまな原因の社会的役割と、とりわけそこにある資本主義との関係を説明する立場をとったのです。レイ・ランケスターの父は水によるコレラの出所を突き止め、細菌論の発展に寄与した一人です。
 マルクス主義の伝統から生まれた社会的疫学には歴史があり、ルドルフ・フィルヒョウの著作もエンゲルスの影響を受けています。エンゲルスは、資本主義によってもたらされた疫学的問題を「社会的殺人」の一形態だとみなしました。
 ノーマン・ベチューンはそれを「第二の病」と呼びました。アメリカで天然痘と闘ったフローレンス・ケリーもそうです。リチャード・レビンスは『資本主義は病か』という論文を出しています。

 構造的ワンヘルスが疫学内部で興隆しています。ロブ・ウォレスがその中心で、分野横断的で、疾病病因論でさまざまな科学を結び付け、動物疾患の原因を資本の循環とアグリビジネスが持つ役割までたどって明らかにするという点で独特であり、レビンスやレウォンティンたちの弁証法的生物学にある概念を使っています。物質の亀裂という概念も参照しています。
 これが新型コロナを含めた疾病が発生する構造について、現時点では、最も発展した分析です。
 人新世は、私たちが生きるために依存している惑星の生化学的な循環に生じた人類の亀裂の拡大と、それが人類の存在にとって脅威であることを示しています。科学的な見れば、人新世が意味するのは、社会にある力の一つとしての自然の回帰です。
 社会は自然から独立しておらず、自然を征服するという啓蒙主義的な考えに対し批判が必要だという認識です。この唯物論的視座こそがエコロジーを生み出したのです。

 新型コロナのパンデミックが教えるものとは
 直面している惑星の危機のうち、気候変動はその一部にすぎないこと、パンデミックの根源は資本主義経済のさまざまな活動であるということです。
 その解決方法は、「本質的な平等とエコロジー的な持続可能性のある社会、つまり社会主義を創り出していくことです。
 さまざまなエコロジー的限界が、少なくとも先進国経済にたいしては、定常経済が必要です。定常経済は純資本形成のない社会であり、GDPで定義されるような「成長」のない経済です。定常経済は、大部分の人々の生活における改善、技術的進歩、文化的発展とエコロジー的状態と両立可能です。
独占資本主義的経済は、浪費によって成長し、浪費が経済を支配します。
マーケティング活動は、人々に本当に必要ではないもの、本当に欲しいものではないものを買わせる目的でされています。
莫大な軍事費、マイノリティーへの抑圧費が費やされ、助成金が化石燃料企業に与えられています。
私たちに必要なのは、「人々が必要とするものに向かう社会経済を創りだすことです。量的な拡大ではなく、質的な発展です。人間が生存していくには、今日の方向性の多くを反転させる必要があります。

マルクスはより豊かな社会を待望していました。彼はプロメテウス主義と呼ばれるもの、つまり自己目的的な生産の際限なき成長に反対していたのです。彼は、社会主義の物質的基準として、自然と社会の物質代謝に配慮し、準拠した生産者たちの手によって、エネルギーを保存し、これから必要とするものを提供していく合理的な規則を生み出しました。
その目標は持続可能な人類の発展だったのです。




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人新世の資本論を読んで

2022-01-19 10:19:11 | 免疫の仕組み
          脱成長のコミュニズムによせて
 
 引き続き、「人新世の資本論」から、脱成長のコミュニズムについての私の感想を述べます。

脱成長のコミュニズムによせて

 コロナ禍も人新世によって生まれたもの
民主主義とは何か
資本主義によって商品化が進み国家への依存が進む
資本主義による国家の崩壊
 コロナ禍で医療機器や経済の混乱が起きた
 気候危機でも、食糧難などが起きるし、食料自給率の低い日本はパニックになるだろう。
選択肢は単純で、コミュニズムか単純だ
 それしか抜け出す方法がない
トマ・ピケティが社会主義に転向した。 
それは参加型社会主義である
 ピケティは労働者が自分たちで生産の「自治管理」、「共同管理」が重要であると
 それは晩期マルクスの立場に近づいているが・・・。
物質代謝の亀裂を修復するために
 マルクスは、この亀裂を修復するのは、自然の循環に合わせた生産が可能になるように労働の領域を抜本的に改革することである。
 肝腎なのは労働と生産の変革なのだと斉藤幸平は続ける。
今までの脱成長派は、消費の次元での「自発的抑制」に焦点をあてたが、マルクスは社会的生産・再生産に焦点を当てた。
 労働・生産の場から変革が始まる。
社会運動による「帝国式生産様式」の超克
 生産の場はコミュニティを生み出し、更に社会の輪を広げる
 ライフスタイルとしての帝国的生活様式を生み出すのが、帝国的生産様式である。
 トップダウン式の政治主義では解決しない。
 「社会運動なしには、いかなる挑戦といえども国家の制度を揺るがすほどのものを市民社会から生み出すことはありえない」と社会学者マニュエル・カステルは言う。私も運動無くしては得られないと思う。
 斉藤幸平は「私たちが先に動き出そう」という。私は30歳代の彼に呼応して、70歳以上のラジカルとしてこれから動き出す。
★ ではどうしたらよいか
晩年のマルクスの考えを読み解き、エコロジー、共同体研究の意義から、資本論に秘められた真の構想は、「使用価値経済への転換」、「労働時間の短縮」、「画一的な分業の廃止」、「生産過程の民主化」、「エッセンシャル・ワークの重視」の五点である。
エッセンシャル・ワークとは、社会にとってなくてはならず、それが無いと社会の仕組みが止まっている職業。運輸、通信、銀行などに加えて、清掃事業、上下水道、教育、福祉、介護、医療などのケア労働など、コロナ禍でもテレワークのできないことが多い職業。
船からの荷下ろし、原発事故後の廃炉作業、停電の復旧なども。
☆脱成長のコミュニズムの柱
①使用価値経済への転換
 使用価値に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する
 資本主義は価値が重要であり、使用価値や商品の質、環境負荷などはどうでもよい。
コミュニズムは生産の目的を使用価値にして、生産を社会的な計画のもとに置く。GDPではなく、人々の基本的ニーズを満たすことを重視する。これが「脱成長」の立場である。
人々の繁栄にとって、より必要なものの生産へと切り替え、同時に自己抑制して行く。
これが人新世において必要なコミュニズムだ。
②労働時間の短縮
労働時間を短縮して、生活の質を向上させる
金儲けのための意味のない仕事を減らす。そして社会の再生産にとって本当に必要な生産に労働力を配分する。
 例えば、マーケティング、広告、パッケージングは人々の欲望をあおることを禁止するし、コンサルタントや投資銀行は不要である。コンビニやファミレスを深夜空けておく必要はないし、年中無休も必要はない。消費期限切れで廃棄処分される食品も多い。使い捨ての商品も多い。
夜間や休日診療所も、ほとんどの救急車出動も必要ないものが多い。風邪や発熱で救急医療を求め、人々はコンビニ医療を求めるように仕向けられている。医師の処方した薬の三分の一は廃棄されている。風邪や発熱の多くは薬を飲まずに治る。それより上手に生きれば病気をしない。
 これらの必要のない労働を減らす必要がある。
 オートメーション化によって生産力が高まり、賃金奴隷から解放される可能性が高まっている。しかし、資本主義の下では失業の脅威となる。それを恐れて過労死するほど必死に働き、体の具合が悪くても失業の脅威や日銭を失うために、仕事を休むことができない。そんな資本主義を捨て去るほうがよい。
 コミュニズムはワークシェアにより、GDPに表れない生活の質(QOL)の向上を目指す。しかし、労働時間の短縮のために生産力をあげれば良いという訳でもない。
 エネルギー効率、エネルギー収支比の問題がある。オートメーション化で減らした労働者の数だけ、化石燃料の消費をしているのである。化石燃料を再生可能エネルギーに替えれば、生産性は落ち、経済成長派困難になる。二酸化炭素の排出量削減によっておこる生産力の低下は「排出の罠」と言われている。生産力が落ちるから、それだけ働かなければならない。それだから「使用価値」を生まない意味のない労働をなくし、他の必要な部門へ労働力を割り当てる必要がある。
 だからこそ、労働の中身を、充実した魅力的なものに変えていくことが重要だというマルクスの主張を再評価すべきである。
 ③画一的な分業の廃止
 画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる
 労働時間が短縮されても、退屈で辛い労働であれば、人々はストレス解消に走るだろう。労働の中身を変えてストレスを減らすことは、人間らしい生活を取り戻すためには不可欠なのだ。ストレスを提唱したハンス・セリエは、その最後の改訂版の著書の中で、長時間労働の中で、なぜか農場主と農業労働者のストレスは少ないという。
 徹底したマニュアル化は、作業効率を向上させるが、労働者の自律性をはく奪する。退屈で無意味な労働が蔓延している。これは殆どすべての労働現場において蔓延している。
 余暇としての自由時間を増やすだけでなく、労働時間のうちにも、労働をより創造的な自己実現の場に変えていくことが求められる。
 それでマルクスは「精神労働」と「肉体労働」の対立を将来の課題として提唱したのである。労働者たちが「分業に奴隷的に従属する事がなくなり」、「労働が単に生活のための手段であるだけでなく、労働そのものが第一の生命欲求」になる。そしてその暁には、労働者たちの能力の「全面的な発展」が実現できるはずだという。
 この目的の為にも、生涯にわたる平等な職業教育をマルクスは重視する。労働者が資本による「包摂(取り込み)」を克服し、真に意味で、産業の支配者になるために。
 人間らしい労働を取り戻すべく画一的な分業をやめれば、経済成長のための効率化は最優先事項ではなくなる。利益よりも、やりがいや助け合いが優先されるから。
その時に科学やテクノロジーを使うことで、人々はより一層様々な活動ができる。これが「開放的技術」である。
私が書く病気の話のプリントは、医療技術の開放と言えよう。
 ④生産過程の民主化
 生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる
 「使用価値」に重きを置きつつ、労働時間を短縮するために、開放的技術を導入していこう。そのような「働き方改革」を実行するには、労働者たちが生産における意思決定権を握る必要がある。それが「社会的所有」である。
 社会的所有によって生産手段を民主的に管理するのである。
 生産する際にどのような技術を開発し、どのように使い方をするかを、民主的な話し合いによって決定しようという。技術だけでなく、エネルギーや原料についても民主的に決定されれば、様々な変化が生まれる。
 この生産過程の民主化は、経済の減速を伴うことである。
 生産過程の民主化とは、「アソシエーション」による生産手段の共同管理である。社会的所有がもたらす決定的な変化は、意思調整の減速である。強制的な力のない状態の意見調整には時間がかかる。
 大学のウェブ講義については、10年かけて論議され、決まらずにいたのが、コロナ騒ぎであっという間に実現してしまった。民主化は時間がかかる。それと斉藤幸平は言っていないが、新しい科学の発見や技術の開発ができても、それが社会全体で共有されるようになるには時間がかかる。科学史はそれを教えてくれる。地動説や重力の理論が一般化されるには、それに反対する社会的な重鎮が死んでからである。私の病原環境論は、複数病因説は、アレルギーの心身症説は、いつの時代に一般化されるのであろうか。まだまだ多くのことが、技術的なことは取り入れられても、根幹の考え方は取り入れられずに残されている。
 だからこのことはすべてのことには適用できない。あくまで生産過程の場である。

 マルクスのアソシエーションは生産過程における民主主義を重視するために、経済活動を減速させる。
 生産過程の民主化は、社会全体の生産も変えていく。知識や情報は社会全体のコモンであるべきなのだ。知識が持つ「ラディカルな潤沢さ」は回復されなくてはならない。 
 市場の強制から解放されることで、各人の能力が発揮されるようになり、効率化や生産力の向上が起きる可能性はある。
 コミュニズムは、労働者や地球に優しい「開放的技術」をコモンとして発展させることを目指す。
⑤エッセンシャル・ワークの重視
 使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視
 それでオートメーション化やAI化には明確な限界がある。
 一般に機械化が困難で、人間が労働しないといけない部門を、「労働集約型産業」という。その典型はケア労働である。
 脱成長コミュニズムは、労働集約型産業を重視する社会に転換する。それによって経済は減速する。
 ケアやコミュニケーションが重視される社会的再生産の領域では、画一化やマニュアル化やオートメーション化は難しい。求められる作業は複雑で多岐にわたることが多く、イレギュラーな要素が常にあるために、ロボットやAIでは対応できない。
 これこそが、ケア労働が「使用価値」を重視した生産であることの証しである。
 ケア労働は「感情労働」と呼ばれる。相手の感情を無視したら、台無しになってしまう。
 感情労働は対象人数をふやすことができないし、時間を短縮することが難しい。
 ある程度はパターン化し、効率を上げることは可能であるが、儲け(価値)のために労働生産性を追求すると、サービスの質(使用価値)が低下してしまう。
 資本主義の下では、生産性が低いからということで、無理な効率化や、理不尽な改革コストカットがされてしまう。
 その最たるものは医療である。
★ブルシット・ジョブ対エッセンシャル・ワーク
 ブルシット・ジョブとは、意味のない仕事つまり使用価値のない仕事である。(前述)
 エッセンシャル・ワークは使用価値が高いものを生み出す労働である。ここでの矛盾は、マーケティングやコンサルティングなどの仕事が高給で、必須な労働が低賃金で、恒常的な人手不足になっている。
 ケア労働は、社会的に有用なだけでなく、低炭素で、低資源使用である。
 経済成長を至上目的にしないなら、男性中心型の製造業重視から脱却して、労働集約型のケア労働を選択することができる。
 これけがエネルギー収支比が低下していく時代に、最もふさわしい労働のあり方である。
★ケア階級の叛逆
 世界のあちこちでケア労働者が、資本主義の論理に対抗して立ち上がっている。
 保育士の一斉退職、教員スト、介護スト、コンビニの24時間営業の停止や高速道路のサービスエリアでのストなどがある。これは世界的な流れである。
 ブルシット・ジョブに従事していた元日産のCEOのゴーンの年俸や年次の成功報酬などは、「使用価値」を生産する末端の労働者の賃金と比べると、信じられない程巨額である。
 
★脱成長コミュニズムが物質代謝の亀裂を修復する
 生産を「使用価値」重視のものに切り替え、労働時間を短縮する事であった。労働者の創造性を奪う分業も減らしていく。それと同時に生産過程の民主化である。
 その結果は、経済の減速である。
 利潤最大化と経済成長を無限に追及する資本主義では、地球を守れない。
 脱成長コミュニズムは、人間の欲求を満たしながら、環境問題に配慮できる。生産の民主化と減速によって、人間と自然の物質代謝の「亀裂」を修復していける。これには電力や水の公営化、社会的所有の拡充、エッセンシャル・ワークの重視、農地改革などの包括プロジェクトが必要である。
 コロナが生み出した、また、コロナ禍を生んだ、人新世という環境危機の時代に、必要なのは脱成長のコミュニズムである。
△ブエン・ビビール(良く生きる)
 エクアドルの憲法には、国民の「ブエン・ビビール」の実現を保証する国の義務が2008年に明記された。
 ブータンの「国民総幸福量」も先住民からもっと学ぼうという価値観の見直しの一つである。
 ナオミ・クラインは「将来世代への義務やあらゆる生命のつながりあいについての先住民の教えから学ぼうとする謙虚な姿勢を伴っていなくてはならない。」という。
△気候正義
 資本主義が引き起こす環境危機は、グローバル・サウスにおいて矛盾が激化している。
 今や自然回帰ではなく、新しい合理性が必要になっている。
 都市化が行き過ぎて、問題が起きているが、それを自然に戻せというのは不可能であり、都市の修正が迫られている。二酸化炭素排出量の7割は都市が出している。コミュニティの相互扶助も解体され、大量のエネルギーを消費する生活は、持続可能ではない。だから気候危機に立ち向かい、相互扶助を取り戻すためには、都市生活を変えなくてはならない。
 バルセロナの試み「フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)」と気候非常事態宣言
 市民の力の結集で、240以上の項目を掲げる。
 経済成長を捨てて、市民の生活と環境を守ることである。そこには、
  都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充、自動車や飛行機・船舶の制限、エネルギー貧困の解消、ごみの削減・リサイクル、
  飛行機の近距離路線の廃止、市街地での自動車の速度制限(時速30km)などグローバル企業と対峙しなければできない。
 そして「既存の経済モデルは経済成長と利潤獲得のための終わりなき競争に基づくもので、地球の生態学的なバランスを聞きに陥れている。この経済システムは経済格差を著しく拡大させている。豊かな国のとりわけ最富裕層による過剰な消費に、グローバルな環境危機、気候危機の原因がある。」という。
 これを生んだのは、バルセロナのワーカーズ・コープの伝統であるという。
 マルクスの言う「可能なコミュニズム」が労働者協同組合である。
〇 そして気候正義にかなう経済システムを
 協働的なケア労働、他社や自然との友愛的関係、誰も取り残されない社会、への移行を
〇 ミュニシバリズム―国境を越える自治体主義
 バルセロナの呼びかけたフィアレス・シティのネットワークはアフリカ、南米、アジアに広がり、77の拠点が参加している。
 国境を越えて連帯する、革新自治体のネットワークの精神をミュニシバリズムという。
国際的に開かれた自治体主義を目指している。
 グローバル・サウスから学ぶ
 食料主権を取り戻す
  農産物輸出国なのに、飢餓率が26%にものぼる南アフリカの例
 南アフリカの食料主権運動のサトガーたちのスローガンは「息ができない」である。
 これはブラック・ライブズ・マター運動のスローガンを踏襲している。
 人権、気候、ジェンダー、そして資本主義。すべての問題はつながっている。
〇 今こそ、気候正義を大義として、ラディカルな潤沢さを求めていこう。
それには経済、政治、環境の三位一体を
 生産のコモン化、ミュニシバリズム、市民議会、
〇 最後に
 ハーバード大学のエリカ・チェノウェスらの研究では、「3.5%」の人々が非暴力的方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるという。
 フィリピンのマルコスを打倒した「ピープルパワー革命」1986
 シュワルナゼ大統領を辞任させたグルジアの「バラ革命」2003
ニューヨークのウォール街占拠運動
 バルセロナの座り込み
グレタ・トゥーンベリの学校ストライキ

「未来はあなたが、3.5%のひとりとして加わる決断をするかどうかにかかっている」
 とこの書をしめくくる。

★さらに斉藤幸平は、
「大洪水の前に」のあとがきで、
 感謝して、この本を捧げるとともに、宮沢賢治の次の言葉を送りたい。
 「新たな時代のマルクスよ/これらの盲目な衝動から動く世界を/素晴らしく美しい構成に変へよ」
 と述べる。



続いて斉藤幸平の対談集「大分岐の前に」から載せます


「未来への大分岐」斉藤幸平編



〇 マイケル・ハート
 リーダーなき社会運動は持続しない。サンダース現象は、ウォール街占拠運動の連続です。
 ウォール街を占拠した人たちが、運動の継続を求めて、それをサンダースに求めたのです。
 彼らの要求を表現する「手段」が、サンダースだったのです。サンダースはいろいろな運動をして来た人々の主張を取り込んで、政策にしたのです。
 サンダースの発する声の背後に、ウォール街占拠運動や、ブラック・ライブズ・マター運動、パイプライン建設に反対する環境運動(ダコタ州のスー族居留地を通すことへの反対)、学生ローンのボイコット運動(オキュパイ・スチューデント・ローン)などのさまざまな運動体の主張が流れこんでいる。
 
(サンダースは民主党下院議員の中で、進歩的グループを4人で結成しましたが、今は4割を占めるほどになり、大統領候補を争うまでになっています。その進歩派議員は、様々な人種や女性、若い議員で占めています)

△イギリス労働党党首のコービンはどうか。
 コービンを支えているのは、労働党の中での核の存在ですが、活動の中心は35歳以下の若者たちと70歳以上の高齢者で、中間の年齢層が余りいないのです。
 若い支持者は、サンダース支持層に似ています。違うのは社会主義的な政策を訴えてきた長い歴史を持つ等に調和しながら、うまくやっていることです。
 70歳以上の支持者たちは、労働党がラディカルだった1960年代以前から党員だった人たちです。

△選挙がすべてではない。
 社会運動が社会を変えるのです。
 政治を民主化するだけでは不十分で、社会全体を民主化することが重要なのです。
△コモンから始まる、新たな民主主義
 コモンとは何か
  民主的に共有されて、管理される社会的富のことです。
  コモンは水、空気、電気などです。土地も入るようです。
 コモンの自主管理を基盤とした民主的な社会が、コミュニズムです。

マイケル・ハートの最後の言葉は、
 この時代に左派の意味が失われてしまうわけではないのです。
 自由、平等、連帯、そして民主主義―私にとって左派が意味するのは、やはりこういった一連の言葉であり、こうした言葉の持つ可能性を問い続けなくてはなりません。
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人新世の資本論を読んで

2022-01-19 10:00:57 | 人新世
          脱成長のコミュニズムによせて
 
 引き続き、「人新世の資本論」から、脱成長のコミュニズムについての私の乾燥を述べます。

脱成長のコミュニズムによせて

 コロナ禍も人新世によって生まれたもの
民主主義とは何か
資本主義によって商品化が進み国家への依存が進む
資本主義による国家の崩壊
 コロナ禍で医療機器や経済の混乱が起きた
 気候危機でも、食糧難などが起きるし、食料自給率の低い日本はパニックになるだろう。
選択肢は単純で、コミュニズムか単純だ
 それしか抜け出す方法がない
トマ・ピケティが社会主義に転向した。 
それは参加型社会主義である
 ピケティは労働者が自分たちで生産の「自治管理」、「共同管理」が重要であると
 それは晩期マルクスの立場に近づいているが・・・。
物質代謝の亀裂を修復するために
 マルクスは、この亀裂を修復するのは、自然の循環に合わせた生産が可能になるように労働の領域を抜本的に改革することである。
 肝腎なのは労働と生産の変革なのだと斉藤幸平は続ける。
今までの脱成長派は、消費の次元での「自発的抑制」に焦点をあてたが、マルクスは社会的生産・再生産に焦点を当てた。
 労働・生産の場から変革が始まる。
社会運動による「帝国式生産様式」の超克
 生産の場はコミュニティを生み出し、更に社会の輪を広げる
 ライフスタイルとしての帝国的生活様式を生み出すのが、帝国的生産様式である。
 トップダウン式の政治主義では解決しない。
 「社会運動なしには、いかなる挑戦といえども国家の制度を揺るがすほどのものを市民社会から生み出すことはありえない」と社会学者マニュエル・カステルは言う。私も運動無くしては得られないと思う。
 斉藤幸平は「私たちが先に動き出そう」という。私は30歳代の彼に呼応して、70歳以上のラジカルとしてこれから動き出す。
★ ではどうしたらよいか
晩年のマルクスの考えを読み解き、エコロジー、共同体研究の意義から、資本論に秘められた真の構想は、「使用価値経済への転換」、「労働時間の短縮」、「画一的な分業の廃止」、「生産過程の民主化」、「エッセンシャル・ワークの重視」の五点である。
エッセンシャル・ワークとは、社会にとってなくてはならず、それが無いと社会の仕組みが止まっている職業。運輸、通信、銀行などに加えて、清掃事業、上下水道、教育、福祉、介護、医療などのケア労働など、コロナ禍でもテレワークのできないことが多い職業。
船からの荷下ろし、原発事故後の廃炉作業、停電の復旧なども。
☆脱成長のコミュニズムの柱
①使用価値経済への転換
 使用価値に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する
 資本主義は価値が重要であり、使用価値や商品の質、環境負荷などはどうでもよい。
コミュニズムは生産の目的を使用価値にして、生産を社会的な計画のもとに置く。GDPではなく、人々の基本的ニーズを満たすことを重視する。これが「脱成長」の立場である。
人々の繁栄にとって、より必要なものの生産へと切り替え、同時に自己抑制して行く。
これが人新世において必要なコミュニズムだ。
②労働時間の短縮
労働時間を短縮して、生活の質を向上させる
金儲けのための意味のない仕事を減らす。そして社会の再生産にとって本当に必要な生産に労働力を配分する。
 例えば、マーケティング、広告、パッケージングは人々の欲望をあおることを禁止するし、コンサルタントや投資銀行は不要である。コンビニやファミレスを深夜空けておく必要はないし、年中無休も必要はない。消費期限切れで廃棄処分される食品も多い。使い捨ての商品も多い。
夜間や休日診療所も、ほとんどの救急車出動も必要ないものが多い。風邪や発熱で救急医療を求め、人々はコンビニ医療を求めるように仕向けられている。医師の処方した薬の三分の一は廃棄されている。風邪や発熱の多くは薬を飲まずに治る。それより上手に生きれば病気をしない。
 これらの必要のない労働を減らす必要がある。
 オートメーション化によって生産力が高まり、賃金奴隷から解放される可能性が高まっている。しかし、資本主義の下では失業の脅威となる。それを恐れて過労死するほど必死に働き、体の具合が悪くても失業の脅威や日銭を失うために、仕事を休むことができない。そんな資本主義を捨て去るほうがよい。
 コミュニズムはワークシェアにより、GDPに表れない生活の質(QOL)の向上を目指す。しかし、労働時間の短縮のために生産力をあげれば良いという訳でもない。
 エネルギー効率、エネルギー収支比の問題がある。オートメーション化で減らした労働者の数だけ、化石燃料の消費をしているのである。化石燃料を再生可能エネルギーに替えれば、生産性は落ち、経済成長派困難になる。二酸化炭素の排出量削減によっておこる生産力の低下は「排出の罠」と言われている。生産力が落ちるから、それだけ働かなければならない。それだから「使用価値」を生まない意味のない労働をなくし、他の必要な部門へ労働力を割り当てる必要がある。
 だからこそ、労働の中身を、充実した魅力的なものに変えていくことが重要だというマルクスの主張を再評価すべきである。
 ③画一的な分業の廃止
 画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる
 労働時間が短縮されても、退屈で辛い労働であれば、人々はストレス解消に走るだろう。労働の中身を変えてストレスを減らすことは、人間らしい生活を取り戻すためには不可欠なのだ。ストレスを提唱したハンス・セリエは、その最後の改訂版の著書の中で、長時間労働の中で、なぜか農場主と農業労働者のストレスは少ないという。
 徹底したマニュアル化は、作業効率を向上させるが、労働者の自律性をはく奪する。退屈で無意味な労働が蔓延している。これは殆どすべての労働現場において蔓延している。
 余暇としての自由時間を増やすだけでなく、労働時間のうちにも、労働をより創造的な自己実現の場に変えていくことが求められる。
 それでマルクスは「精神労働」と「肉体労働」の対立を将来の課題として提唱したのである。労働者たちが「分業に奴隷的に従属する事がなくなり」、「労働が単に生活のための手段であるだけでなく、労働そのものが第一の生命欲求」になる。そしてその暁には、労働者たちの能力の「全面的な発展」が実現できるはずだという。
 この目的の為にも、生涯にわたる平等な職業教育をマルクスは重視する。労働者が資本による「包摂(取り込み)」を克服し、真に意味で、産業の支配者になるために。
 人間らしい労働を取り戻すべく画一的な分業をやめれば、経済成長のための効率化は最優先事項ではなくなる。利益よりも、やりがいや助け合いが優先されるから。
その時に科学やテクノロジーを使うことで、人々はより一層様々な活動ができる。これが「開放的技術」である。
私が書く病気の話のプリントは、医療技術の開放と言えよう。
 ④生産過程の民主化
 生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる
 「使用価値」に重きを置きつつ、労働時間を短縮するために、開放的技術を導入していこう。そのような「働き方改革」を実行するには、労働者たちが生産における意思決定権を握る必要がある。それが「社会的所有」である。
 社会的所有によって生産手段を民主的に管理するのである。
 生産する際にどのような技術を開発し、どのように使い方をするかを、民主的な話し合いによって決定しようという。技術だけでなく、エネルギーや原料についても民主的に決定されれば、様々な変化が生まれる。
 この生産過程の民主化は、経済の減速を伴うことである。
 生産過程の民主化とは、「アソシエーション」による生産手段の共同管理である。社会的所有がもたらす決定的な変化は、意思調整の減速である。強制的な力のない状態の意見調整には時間がかかる。
 大学のウェブ講義については、10年かけて論議され、決まらずにいたのが、コロナ騒ぎであっという間に実現してしまった。民主化は時間がかかる。それと斉藤幸平は言っていないが、新しい科学の発見や技術の開発ができても、それが社会全体で共有されるようになるには時間がかかる。科学史はそれを教えてくれる。地動説や重力の理論が一般化されるには、それに反対する社会的な重鎮が死んでからである。私の病原環境論は、複数病因説は、アレルギーの心身症説は、いつの時代に一般化されるのであろうか。まだまだ多くのことが、技術的なことは取り入れられても、根幹の考え方は取り入れられずに残されている。
 だからこのことはすべてのことには適用できない。あくまで生産過程の場である。

 マルクスのアソシエーションは生産過程における民主主義を重視するために、経済活動を減速させる。
 生産過程の民主化は、社会全体の生産も変えていく。知識や情報は社会全体のコモンであるべきなのだ。知識が持つ「ラディカルな潤沢さ」は回復されなくてはならない。 
 市場の強制から解放されることで、各人の能力が発揮されるようになり、効率化や生産力の向上が起きる可能性はある。
 コミュニズムは、労働者や地球に優しい「開放的技術」をコモンとして発展させることを目指す。
⑤エッセンシャル・ワークの重視
 使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視
 それでオートメーション化やAI化には明確な限界がある。
 一般に機械化が困難で、人間が労働しないといけない部門を、「労働集約型産業」という。その典型はケア労働である。
 脱成長コミュニズムは、労働集約型産業を重視する社会に転換する。それによって経済は減速する。
 ケアやコミュニケーションが重視される社会的再生産の領域では、画一化やマニュアル化やオートメーション化は難しい。求められる作業は複雑で多岐にわたることが多く、イレギュラーな要素が常にあるために、ロボットやAIでは対応できない。
 これこそが、ケア労働が「使用価値」を重視した生産であることの証しである。
 ケア労働は「感情労働」と呼ばれる。相手の感情を無視したら、台無しになってしまう。
 感情労働は対象人数をふやすことができないし、時間を短縮することが難しい。
 ある程度はパターン化し、効率を上げることは可能であるが、儲け(価値)のために労働生産性を追求すると、サービスの質(使用価値)が低下してしまう。
 資本主義の下では、生産性が低いからということで、無理な効率化や、理不尽な改革コストカットがされてしまう。
 その最たるものは医療である。
★ブルシット・ジョブ対エッセンシャル・ワーク
 ブルシット・ジョブとは、意味のない仕事つまり使用価値のない仕事である。(前述)
 エッセンシャル・ワークは使用価値が高いものを生み出す労働である。ここでの矛盾は、マーケティングやコンサルティングなどの仕事が高給で、必須な労働が低賃金で、恒常的な人手不足になっている。
 ケア労働は、社会的に有用なだけでなく、低炭素で、低資源使用である。
 経済成長を至上目的にしないなら、男性中心型の製造業重視から脱却して、労働集約型のケア労働を選択することができる。
 これけがエネルギー収支比が低下していく時代に、最もふさわしい労働のあり方である。
★ケア階級の叛逆
 世界のあちこちでケア労働者が、資本主義の論理に対抗して立ち上がっている。
 保育士の一斉退職、教員スト、介護スト、コンビニの24時間営業の停止や高速道路のサービスエリアでのストなどがある。これは世界的な流れである。
 ブルシット・ジョブに従事していた元日産のCEOのゴーンの年俸や年次の成功報酬などは、「使用価値」を生産する末端の労働者の賃金と比べると、信じられない程巨額である。
 
★脱成長コミュニズムが物質代謝の亀裂を修復する
 生産を「使用価値」重視のものに切り替え、労働時間を短縮する事であった。労働者の創造性を奪う分業も減らしていく。それと同時に生産過程の民主化である。
 その結果は、経済の減速である。
 利潤最大化と経済成長を無限に追及する資本主義では、地球を守れない。
 脱成長コミュニズムは、人間の欲求を満たしながら、環境問題に配慮できる。生産の民主化と減速によって、人間と自然の物質代謝の「亀裂」を修復していける。これには電力や水の公営化、社会的所有の拡充、エッセンシャル・ワークの重視、農地改革などの包括プロジェクトが必要である。
 コロナが生み出した、また、コロナ禍を生んだ、人新世という環境危機の時代に、必要なのは脱成長のコミュニズムである。
△ブエン・ビビール(良く生きる)
 エクアドルの憲法には、国民の「ブエン・ビビール」の実現を保証する国の義務が2008年に明記された。
 ブータンの「国民総幸福量」も先住民からもっと学ぼうという価値観の見直しの一つである。
 ナオミ・クラインは「将来世代への義務やあらゆる生命のつながりあいについての先住民の教えから学ぼうとする謙虚な姿勢を伴っていなくてはならない。」という。
△気候正義
 資本主義が引き起こす環境危機は、グローバル・サウスにおいて矛盾が激化している。
 今や自然回帰ではなく、新しい合理性が必要になっている。
 都市化が行き過ぎて、問題が起きているが、それを自然に戻せというのは不可能であり、都市の修正が迫られている。二酸化炭素排出量の7割は都市が出している。コミュニティの相互扶助も解体され、大量のエネルギーを消費する生活は、持続可能ではない。だから気候危機に立ち向かい、相互扶助を取り戻すためには、都市生活を変えなくてはならない。
 バルセロナの試み「フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)」と気候非常事態宣言
 市民の力の結集で、240以上の項目を掲げる。
 経済成長を捨てて、市民の生活と環境を守ることである。そこには、
  都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充、自動車や飛行機・船舶の制限、エネルギー貧困の解消、ごみの削減・リサイクル、
  飛行機の近距離路線の廃止、市街地での自動車の速度制限(時速30km)などグローバル企業と対峙しなければできない。
 そして「既存の経済モデルは経済成長と利潤獲得のための終わりなき競争に基づくもので、地球の生態学的なバランスを聞きに陥れている。この経済システムは経済格差を著しく拡大させている。豊かな国のとりわけ最富裕層による過剰な消費に、グローバルな環境危機、気候危機の原因がある。」という。
 これを生んだのは、バルセロナのワーカーズ・コープの伝統であるという。
 マルクスの言う「可能なコミュニズム」が労働者協同組合である。
〇 そして気候正義にかなう経済システムを
 協働的なケア労働、他社や自然との友愛的関係、誰も取り残されない社会、への移行を
〇 ミュニシバリズム―国境を越える自治体主義
 バルセロナの呼びかけたフィアレス・シティのネットワークはアフリカ、南米、アジアに広がり、77の拠点が参加している。
 国境を越えて連帯する、革新自治体のネットワークの精神をミュニシバリズムという。
国際的に開かれた自治体主義を目指している。
 グローバル・サウスから学ぶ
 食料主権を取り戻す
  農産物輸出国なのに、飢餓率が26%にものぼる南アフリカの例
 南アフリカの食料主権運動のサトガーたちのスローガンは「息ができない」である。
 これはブラック・ライブズ・マター運動のスローガンを踏襲している。
 人権、気候、ジェンダー、そして資本主義。すべての問題はつながっている。
〇 今こそ、気候正義を大義として、ラディカルな潤沢さを求めていこう。
それには経済、政治、環境の三位一体を
 生産のコモン化、ミュニシバリズム、市民議会、
〇 最後に
 ハーバード大学のエリカ・チェノウェスらの研究では、「3.5%」の人々が非暴力的方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるという。
 フィリピンのマルコスを打倒した「ピープルパワー革命」1986
 シュワルナゼ大統領を辞任させたグルジアの「バラ革命」2003
ニューヨークのウォール街占拠運動
 バルセロナの座り込み
グレタ・トゥーンベリの学校ストライキ

「未来はあなたが、3.5%のひとりとして加わる決断をするかどうかにかかっている」
 とこの書をしめくくる。

★さらに斉藤幸平は、
「大洪水の前に」のあとがきで、
 感謝して、この本を捧げるとともに、宮沢賢治の次の言葉を送りたい。
 「新たな時代のマルクスよ/これらの盲目な衝動から動く世界を/素晴らしく美しい構成に変へよ」
 と述べる。



続いて斉藤幸平の対談集「大分岐の前に」から載せます


「未来への大分岐」斉藤幸平編



〇 マイケル・ハート
 リーダーなき社会運動は持続しない。サンダース現象は、ウォール街占拠運動の連続です。
 ウォール街を占拠した人たちが、運動の継続を求めて、それをサンダースに求めたのです。
 彼らの要求を表現する「手段」が、サンダースだったのです。サンダースはいろいろな運動をして来た人々の主張を取り込んで、政策にしたのです。
 サンダースの発する声の背後に、ウォール街占拠運動や、ブラック・ライブズ・マター運動、パイプライン建設に反対する環境運動(ダコタ州のスー族居留地を通すことへの反対)、学生ローンのボイコット運動(オキュパイ・スチューデント・ローン)などのさまざまな運動体の主張が流れこんでいる。
 
(サンダースは民主党下院議員の中で、進歩的グループを4人で結成しましたが、今は4割を占めるほどになり、大統領候補を争うまでになっています。その進歩派議員は、様々な人種や女性、若い議員で占めています)

△イギリス労働党党首のコービンはどうか。
 コービンを支えているのは、労働党の中での核の存在ですが、活動の中心は35歳以下の若者たちと70歳以上の高齢者で、中間の年齢層が余りいないのです。
 若い支持者は、サンダース支持層に似ています。違うのは社会主義的な政策を訴えてきた長い歴史を持つ等に調和しながら、うまくやっていることです。
 70歳以上の支持者たちは、労働党がラディカルだった1960年代以前から党員だった人たちです。

△選挙がすべてではない。
 社会運動が社会を変えるのです。
 政治を民主化するだけでは不十分で、社会全体を民主化することが重要なのです。
△コモンから始まる、新たな民主主義
 コモンとは何か
  民主的に共有されて、管理される社会的富のことです。
  コモンは水、空気、電気などです。土地も入るようです。
 コモンの自主管理を基盤とした民主的な社会が、コミュニズムです。

マイケル・ハートの最後の言葉は、
 この時代に左派の意味が失われてしまうわけではないのです。
 自由、平等、連帯、そして民主主義―私にとって左派が意味するのは、やはりこういった一連の言葉であり、こうした言葉の持つ可能性を問い続けなくてはなりません。
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人新世の資本論を読んで

2022-01-18 10:03:43 | 人新世
              人新世の資本論を読んで

 「人新世の資本論」(斉藤幸平)を読んで感じたことと、半分は抄録です。まぜこぜになりましたが、私の気持ちです。次に「脱成長のコミュニズム」を載せます。2020年9月に斉藤幸平の本を知ってから、私の考えがまとまってきました。また二十代の昔に戻った気持ちです。ジグザクデモの名目上の指揮者になり、その後随分長くマークされました。私には怖いものはありません。今の若い人たちは、すぐ「怖いとか、恐ろしい」とか言いますが、私には何ということのない、想定内のことばかりです。誰かが言っていたことですが、「武士は、家の敷居をまたいで一歩外へ出たら、七人の敵に会う」ということをいつも考えて歩いています。安心、安全な社会は、自分の自由を売り渡して得ていると、あるアメリカ人が日本を評して書いていました。私の学生時代に慶応の文学部の教授(名前がどうしても出てきませんが)が言うには、自由や民主主義にはいくつもあると。資本家にとっての自由とは、搾取し掠奪する自由なのです。学生運動時代から遠ざかっていましたが、また私を元気にしてくれる時代が出てきました。 
 
 人新世の資本論を読んで思うこと

 ☆ この書は「大洪水の前に」の後に書かれた啓蒙書ないしは啓発書のようです。
これはマルクスの有名な言葉の引用からで「どんな株式投機の場合でも、いつかは雷が落ちるにちがいないということは誰でも知っているのであるが、しかし、誰もが望んでいるのは、自分が黄金の雨を受けとめて安全な場所に運んでから雷が隣人の頭に落ちるということである。大洪水よ、我が亡き後に来たれ! これが、すべての資本家、すべての資本家種族のスローガンである」。
 だから「大洪水がやってくる前に、『私たちはすべてを変えなくてはならない』」という。

☆ 人新世の資本論の「はじめに」は、「SDGs(持続可能な開発目標)は「大衆のアヘン」である!」で始まります。
 かってマルクスは、資本主義のつらい現実が引き起こす苦悩をやわらげる「宗教」を「大衆のアヘン」だと批判した。SDGsはまさに現代版「大衆のアヘン」である、という。
 人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、クルッツェンは、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新世」と名付けました。
 そして気候危機は、既に始まっています。「100年に一度」と呼ばれる異常気象が毎年、世界各地で起きています。もうすぐそこに「急激で不可逆な変化が起きて、以前の状態に戻れなくなる地点」が迫っています。
☆ グローバル・サウスとグローバル・ノース
 グローバル・サウスとは、グローバル化によって被害を受ける領域およびその住民を指す。
 現代では新興国の抬頭と先進国への移民増大による格差社会の進行によって、先進国内での貧困の増大も激しくなり、地理的位置と関係が無くなりました。マルクスの言う万国のプロレタリアートではないだろうか。
しかし、現代では、資本家と労働者という分類ではおさまらなくなり(ジジェクの「パンデミック」参照)、あえてこのような言葉で表現しています。言い換えれば世界のレベルでの「富裕層」と「貧困層」ではないでしょうか。先進国の貧困層をグローバルサウスに含めています。
 グローバル・ノース(先進国を中心に世界の富裕層)における大量生産、大量消費型の社会を「帝国的生活様式」と呼ぶ。それはグローバル・サウスからの資源やエネルギーの収奪によって成り立っているのです。
 日本もそこに住む我々も、グローバル・サウスの人々の生活条件の悪化を、つまり資本主義の収奪を前提として、生活しているのです。それが見えなくなってしまっています。
 先進国に次いで、発展したのは韓国、台湾、香港、シンガポール、そして中国と言われた時代がありました。今はブリックス諸国(BRICS)、つまりブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカという人口の多い国で、発展している国々です。
 それで分類が難しくなり、グローバル・ノースとグローバル・サウスという呼び方が始まったと思います。当初は世界の南北問題が、格差社会の進行で、世界の富裕層と貧困層のことを指すようになったのです。
☆ 労働者だけでなく、地球環境も搾取と収奪の対象になっています。
 その為の気候変動なのです。しかし、それも限界に来ています。もう世界には安価な労働力も安価な自然も消滅しつつあります。
 資本主義が経済成長を優先する限り、気候変動を止められないとグレタ・トゥーンベリは訴えました。しかし、資本は成長を止められません。だから資本主義を止めるしかなくなっています。

☆ マルクスは環境危機を予言していたと斉藤幸平はいう。
資本主義は自らの矛盾を他へ転嫁し、見えなくしてしまう。だが、その転嫁によって、
更に矛盾が深まって泥沼化していくことが必然的に起きるであろうと。しかし、資本による転嫁は最終的に破綻する。
〇そして斉藤幸平は、三種類の転嫁を述べるが、それは
 (1)技術的転嫁――生態系のかく乱
   マルクスは農業による土壌疲弊を扱った
 (2)空間的転嫁――外部化と生態学的帝国主義
   この点もマルクスは土壌疲弊の問題として扱っている
 (3)時間的転嫁――「大洪水よ、我が亡き後に来たれ!」
   マルクスは森林の過剰伐採を扱うが、現代では気候変動である
 そして資本主義より先に、地球がなくなってしまう

☆ 新型コロナは、その矛盾を拡大し、見えるようにしてくれたのです。
「大洪水」は今まさに「すぐそばに」せまってきているというのです。今、自分たちの「帝国的生活様式」を見直さないといけないという現実に直面しています。
だから「大分岐」なのだ。今まさに我々は選択を迫られています。
ローザ・ルクセンブルク(ドイツの女性社会主義者で暗殺された)の「社会主義か、野蛮か」というスローガンが生き生きと再登場してきました。野蛮を防ぐにはどうしたらよいだろうか。

☆グリーン・ニューディールはどうか
 これは気候ケインズ主義だと斉藤幸平は切り捨てます。グリーン・ニューディールの最後の砦がSDGs(持続可能な開発目標)なのです。これは「緑の経済成長」を掲げています。それは可能なのか。
気候ケインズ主義というのは、気候におけるケインズ経済学のやり方で、ケインズはマルクス経済学の台頭に対抗して出てきた資本主義擁護の経済学です。しかし、歴史の中でもう当てはまらなくなり、学問的価値は落ちています。
ニューディール政策とは、アメリカが1930年代に経済停滞した時に、経済に政府が介入し、公共投資を行ない、社会保障も行なったルーズベルト大統領の政府がとった政策で、それでアメリカ経済が復活したのです。

〇「地球の限界」を、2009年ロックストロームが提唱
 地球システムには、自然本来の回復力が備わっている。だが、一定以上の負荷がかかると、その回復力は失われ、急激かつ不可逆的な、破壊的変化を起こす可能性がある。これが「臨界点」であると。
この考え方は正しいと思う。それはまさに「人間そのもの」にそういう現象があるからです。例をあげれば、過重労働です。人間の体に負荷をかけると、その臨界点を超えるともう元に戻れなくなります。その結末は、うつ病による自殺、心筋梗塞、脳卒中、癌の発病です。
 ロックストロームは、その臨界点を9項目にして測定しようとしました。(気候変動、生物多様性の損失、窒素・リン循環、土地利用の変化、海洋酸性化、淡水消費量の増大、オゾン層の破壊、待機エアロゾルの負荷、化学物質からの汚染の9項目)
 しかし、ロックストロームの測定では、気候変動や生物多様性などの4項目は既に「地球の限界」を超えてしまっているというのです。人類は、自然を支配しようとした結果、地球環境を取り返しのつかないような形に変えてしまっています。2019年ロックストロームは「緑の経済成長という現実逃避」という自己批判をしました。経済成長か、気温1.5℃未満の上昇か、どちらか一方しか選択できないことが判ったのです。ロックストロームの結論は、経済成長をあきらめることでした。
〇ティム・ジャクソンの「成長なき繁栄」では、先進国ではエネルギーの消費の効率化は進むのですが、後続して進むブリックス諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)などは逆に悪化しています。産業革命以来の資本主義の歴史をみれば、経済成長は化石燃料を大量に使用することによって成し遂げられたのです。経済成長と化石燃料は、不可分、つまり切り離せない程密接に関連しています。
〇この事態を、「効率化すれば、つまり技術進歩が、環境負荷を増やす」という「ジェヴォンズのパラドックス」(1865年)が説明してくれます。
〇市場の力では(ケインズ主義経済学では)気候変動は止められません。
 世界の富裕層が「裕福な生活様式」によって二酸化炭素を排出しています。世界の富裕層トップ10%が二酸化炭素の半分を排出しているというデータも出されています。世界の下から50%の人たちは全体の10%しか排出していないのです。

☆しかも、先進国に住む人たちのほとんどは世界のトップ20%に入っており、日本人のほとんどは世界のトップ10%に入っていると考えられます。つまり、私たち自身が、自分の享受している「帝国的生活様式」を抜本的に変えていかなければ、気候危機にたちむかうことなど不可能なのです。
☆ 電気自動車の本当のコスト
それは原子力発電の本当のコストと同じなのです。原料の生産から、廃棄処分までを計算
すると高額になります。決して安くはありません。電気自動車に使われている原材料を、採掘から加工の費用まで計算するとそうなります。
☆ 人新世の生態学的帝国主義
「緑の経済成長」を目指す先進国の取り組みは、社会的・自然的費用を周辺部へと転化しているのに過ぎません。鉱物、鉱石、化石燃料、バイオマスを含めた資源の総消費量です。 膨大な天然資源を消費しています。それは殆ど循環せずに消費されています。資源総消費量を大幅に減らさなければならないのです。
(バイオマスとは、自然の動植物を使った有機的資源のことです。わかりやすく言えば、家庭の生ごみなどを肥料にしたりすることなど)
 電気自動車の生産は、その原料の採掘にも石油燃料が使われ、二酸化炭素が排出されます。バッテリーの大型化によって、製造工程で発生する二酸化炭素はますます増えます。
国際エネルギー機構によれば、2040年までに電気自動車は現在の200万台から2億8000万台にまで伸びるといいます。ところがそれによって削減される世界の二酸化炭素排出量は、わずか1%と推計されているのです。
 〇バイオマス・エネルギーの導入によって二酸化炭素排出量をゼロに実現しつつ、大気中の二酸化炭素を回収して地中や海洋に貯留する技術もそう簡単には実現はしません。
 バイオマスには膨大な農地が必要になるし、二酸化炭素を貯留するにも大量の水が必要になります。これはマルクスの言う「転嫁」にしか過ぎません。
 結局は、グリーン・ニューディールが本当に目指すべきは、経済のスケールダウンとスローダウンなのです。
☆ 気候変動への適応とは、気候変動はもう止められないということだといいます。
そこで出された答えは一つで、成長を止めること。つまり脱成長ということが選択肢になるのです。今まで、ずっと経済成長が善であると語られてきました。経済成長によって貧困者を救えると。しかし、どうもそうではなさそうです。
☆ケイト・ラワースの「ドーナツ経済」であり、彼女の言う「地球の生態学的限界のなかで、どのレベルまでの経済発展であれば、人類全体の繁栄が可能になるのか」という問いであったのです。その結論は、持続可能性の為には、現在の世代は、一定の限界内で生活しなくてはなりません。
1日1.25ドル以下で暮らす14億人の貧困を終わらせるには、世界の所得のわずか0.2%
を再分配すれば足りるというのです。
☆ 経済成長と幸福度は相関するのか
いくら経済成長しても、その成果を一部の人々が独占し、再分配を行なわないなら、大勢の人々は潜在能力を実現できず、不幸になっていきます。

☆ そこで未来の選択肢となるのは
国家に依存しないで、民主主義的な相互扶助の実践を、人々が自発的に展開し、気候危機に取り組む可能性があるのです。それが公正で、持続可能な未来社会のはずです。
アメリカのサンダースもイギリス労働党のコービンも、グリーン・ニューディールでした。
☆左派ポピュリズムを支えたのは、主にZ世代と呼ばれる1990年以降生まれの世代(30歳以下)です。ついでミレニアル世代(アラフォー以下)だといいます。彼らを、斉藤幸平はジェネレーション・レフトと呼ぶ。
ちょうど私たち70歳以上の世代が若い時には、多くが左派であったように。私が大学生協の常任理事を務めていた当時、慶応の学生の3割しか左派がいなかったのですが、東大や多くの国立大では9割が社会党、共産党支持でした。慶応の学費闘争の後に、一時的には慶応でも左派が増え全学自治会を制しました。それがジェネレーションでしょうか。

☆ 斉藤幸平は「取り残される日本の政治」という。失われた30年ともいう。
 しかし、私はそうは思わない。私たちが闘ってきた時代は、若者たちが政治を動かした。
 慶応で学費反対闘争が起こり、バリケード、直接民主制、自主講座という闘争形態を生み出した。学費値上げは阻止できなかったが、学費は物価連動制となり、医学部の授業料が、私学の中では最も安い大学となったのです。それが1964年のことでした。
 今判ったことですが、同じ1964年に、アメリカではカリフォルニア大学バークレー校でマリオ・サヴィオを中心とした学生たちが抗議の運動を展開していたことです。
 アメリカでベトナム反戦運動が起きた頃に、日本でもベトナム反戦運動が起き、べ兵連が登場しました。私は、また20~30年後に、アメリカでも日本でも、若者たちが立ち上がる時が来ることを予想し、期待してきました。今若者たちは、社会への不満を、暴走したり、いろいろな問題行動をして叛逆しています。そのエネルギーが政治的になると、また若者たちの運動が起きます。

☆ 今まさにその時が来ました。そして「未来への大分岐」の中で、マイケル・ハートは「(イギリス)労働党のなかでもコービンを支持している核の存在なのですが、・・・。活動の中心になっているのは、三十五歳以下の若者と七十歳以上の高齢者で、・・・。」
 「若い支持者たちは、サンダース支持者にとても似ています。」
 日本もその時代が来たのです。斉藤さんが呼びかけたのです。若い人か抬頭してくることを私は待っていました。私たちの世代は二十歳代を先頭に闘ったのですし、マルクスだって26歳で新聞に評論を書いたのです。若い世代が新しい社会を築くのです。
 斉藤さんは「さあ、眠っているマルクスを久々に呼び起こそう。彼なら、きっと「人新世」からの呼びかけにも応答してくれるはずだ」という。

☆ コモンという考え方
コモンとは、社会的に共有され、管理されるべきと見のことを指す。
水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として自分たちで民主的に管理する
ことを目指す。「社会的共通資本」とも似ているが、
 コモンは専門家任せではなく、市民が民主的・水平的に共同管理に参加することを重視する。
最初は医療もコモンに入ると思っていましたが、歴史を見たら、農業が始まる以前には医療は怪我の治療位であり、農業の開始、産業革命、資本主義社会の進行と共に、病気が増えて医療が必要になったのです。もっと穏やかな社会にすれば、医療の必要性は大きく減ります。私のしている育児法は子どもの病気を減らします。大人の病気も減らせます。だから水や空気とは違い、医療はコモンとは言えないのです。
 そして最終的には、このコモンの領域を拡大していくことで、資本主義の超克を目指す。
 マルクスにとっても、「コミュニズム」とは、生産者たちが生産手段をコモンとして、共同管理・運営する社会のことだった、と明快に解いてくれる。
 コミュニズムとは、知識、自然環境、人権、社会といった資本主義で解体されてしまったコモンを意識的に再建する試みにほかならない。
 マルクスはコモンを再建された社会を「アソシエーション」と呼んでいたという。
 労働者たちの自発的な相互扶助<アソシエーション>が<コモン>を実現するという。
 グレーバーは資本主義の下でアソシエーションを実現する方法が、福祉国家だった。
 しかし、それを解体したのが新自由主義だったから、歴史は元に戻らず、次の社会を構築するしかない。それは何か。
☆ そこでマルクスの復権、再構築を目指す
〇リービッヒの「掠奪農業」批判にマルクスは感銘を受けた。
人間は絶えず自然に働きかけ、さまざまなものを生産し、消費し、廃棄しながら、地球上で、生きている。この自然との循環的な相互作用を、マルクスは「人間と自然との物質代謝」と呼んだ。
 人間はほかの動物と違う関係を結ぶのが「労働」だというが、私は異議を唱える。昆虫には、人間と同じように労働している種族がいるのではないか。しかし、結論には納得する。
 「人間の労働は」、「人間と自然の物質代謝」を制御・媒介する、人間に特徴的な活動である。
 マルクスは、資本主義は物質代謝に修復不可能な亀裂を生み出すと警告した。
 マルクスはリービッヒの「掠奪農業」批判を超え、過剰な森林伐採、化石燃料の乱費、種の絶滅などのエコロジカルなテーマを資本主義の矛盾として扱っていたという。
 〇ドイツ農学者のフラースは、古代文明の崩壊過程を描く。フラースは過剰な森林伐採のせいで、地域の気候の変化、そして農業が困難になったせいだという。これに注目していたという。資本が環境を変え、そして環境が破壊されて、文明が崩壊するという。
☆資本主義の下では、持続的な成長は不可能であるからと、マルクスはその後の世界をエコ社会主義と描いたという。
〇ヨーロッパ中心主義はどうか。
 サイードのマルクス批判に応え、それを晩年に脱却したという。
 (エドワード・サイードは、パレスチナ生まれのアメリカ人でアラブ系学者の代表。ヨーロッパ文化批判の「オリエンタリズム」著者)
 〇当時のロシアには、ミールと呼ばれる農耕共同体が残存していた。それをナロードニキたちが広げようとしていた。(ナロードニキは、19世紀末期のロシアの社会主義者たちで「人民の中へ、ヴ・ナロード」を提唱し農村へ入った)
 ロシアにおける土地の共同所有
 アジアにおける村落共同体
 古代ゲルマン民族の共同体である「マルク協同体」
共同体の中に平等主義に出会う
イスラエルのキブツ、日本のヤマギシズムや幾つかの試みの中にも共同体思想はあった。
☆ 持続性と社会的平等
農耕共同体の再評価
社会の繁栄にとって不可欠な「自然の生命力」を資本主義は破壊する。私にとって、資本主義は医療、つまり人間の精神、身体を破壊する。自然の治癒力を破壊する。


◎ 「新しい合理性」― 大地の持続可能な管理のために

<これは資本主義の下での合理性ではなく、「新しい合理性」である。医療でも、政府厚生労働省や多くの医学者は「科学的根拠」という言葉の下に、ちっとも根拠のないことを科学的と称してきた。今回のコロナ対策の大半は、そうである。スウェーデン政府の衛生政策担当者は、おずおずとそう語って、それでも申し訳程度にいろいろな施策をちょこっとしている。自信がないからである。私は歴史を総括し、自信を持って、斉藤幸平を支持する。
本当の合理性、斉藤幸平のいう「新しい合理性」を支持し、それを医療にも適用したい。
△伝統に依拠する共同体は、「経済成長をしない循環型の定常型経済であった」という。
生産力をあげることを、敢えてしなかった。生産力をあげることにより、平等ではなくなり、権力関係を発生するからである。
これは対等の取引をしていても格差を生ずるという「数理が語る格差拡大のメカニズム」によく書かれている。それは市場経済に内在する不平等である。(日経サイエンス2020.9)
だから、経済成長しない共同体社会の安定性が、持続可能で、平等な人間と自然の物質代謝を組織していた。(とマルクスは認識していたという)
マルクスが目指したコミュニズムは、平等で持続可能な脱成長型経済なのだ。
資本主義を乗り越えるために、マルクスはぼんやりとした形で、より高次のレベルで、定常型経済という共同体の原理を、復興させようとしていたのである。

★ 「脱成長コミュニズム」が到達点だ
これは社会の発展段階での、共同体思想の取り込みだと思う。これは「生産力至上主義」とも、「エコ社会主義」とも全く違ったものに変化した。「脱成長コミュニズム」だった。
斉藤幸平は「大洪水の前に」から、更に成長し、「脱成長コミュニズム」を提唱する。
斉藤幸平は、私の記憶の中に強く残っていたマルクスの言葉「各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて」を、高らかに宣言してくれた。
そして「マルクスによれば、コミュニズムにおいては、貨幣や私有財産を増やすことを目指す個人主義的な生産から、将来社会においては、「協同的富」を共同で管理する生産に代わるという。これが<コモン>の思想だという。
斉藤幸平は、マルクスの遺言を引き出した。この地球的危機である「人新世」を私たちが生き延びるために欠かせないのが「脱成長コミュニズム」だと。

☆ 人新世の資本論
「人新世」という地球の危機、気候危機の時代は放っておけば、起用理由が絶滅した時
代のような、大変動が起きるだろうという。それが「人新世」という時代区分をクレッツェルが提唱した。
 そしてその時代を乗り越える為には、「何をなすべきか」。
 この危機を乗り越えるには、資本主義を止めなければならない。だから資本主義に替わる社会システムを生み出さなければならない。それが「脱成長コミュニズム」であるというのだ。
 そしていろいろな道を検討する。
  加速主義
  エコ近代主義と緑の経済成長
  バスターの加速主義的なコミュニズム
  素朴政治
  政治主義と左派ポピュリズム
 
これらは政治・政策によって実現される「政治的」プロジェクトのために、「生産の領域における変革の視点」、つまり「階級闘争の視点」が消えてしまう。
 斉藤幸平はさらに続けて言う。それどころか、ストライキのような「古くさい」階級闘争やデモや座り込みのような「過激な」直接行動は、選挙戦におけるイメージダウンになるという理由によって、政治主義によって排除されていく。
  だが、香港でもパリでも世界の各地でも、人民の素朴な発想によって、政治的指導者の思惑を超えて、実行されてしまう。私たちが若い時にしたように、香港でバリケードを作り、火炎瓶を作り、大学に籠城した。
 そして、資本と対峙する社会運動を通じて、政治的領域を拡張していく必要性を説く。
 そうだ。社会的運動を作る必要があるのだ。それを作ろう。
 その一例が、「気候市民議会」、イギリスの環境運動「絶滅への叛逆」、フランスの「黄色いベスト運動」など。
 社会運動が、民主主義を刷新し、国家の力を利用できることを、証明した。

☆アンドレ・ゴルツの「開放的技術」である
 「開放的技術」とは、「コミュニケーション、協業、他者との交流を促進する」技術である。ちなみに、閉鎖的技術とは、人々を分断し、利用者を奴隷化し、生産物ならびにサービスの供給を独占する技術を指す。(医療でも同じ)
閉鎖的技術の代表格は原子力発電である。医療もそれに準ずる。
閉鎖的技術は、民主主義的な管理にはなじまず、中央集権的なトップダウン型の政治を求める。特定の技術は、特定の政治形態と結びついている。気候工学も閉鎖的技術である。

まず必要なのは「開放的技術」である。そして「潤沢さ」が危険である。「潤沢さ」を資本主義的な潤沢さから、生活そのものを変え、その中に新しい「潤沢さ」を見出すことが必要である。脱成長と潤沢さのペアを見つけよう。

日本人にとっては、理解しやすいであろう。それは「武士は食わねど高楊枝」の世界を
どれだけ日本以外の人たちに理解してもらえるだろうか。英語には、「こころゆたか」という言葉はない。我々青医連の仲間たちは、昔、「清く、貧しく、美しく」生きる医師を目指した時期があった。昔の赤ひげ医者であるが。
 いくらランボルギーニという高級車に乗っても、いくら博士や大臣になっても、トランプ大統領のように、アメリカの上層の20%の中の1%の中の1%の中の1%の中の1%の中の
4人の一人であり、かつ大統領になっても、こころゆたかであろうか。

☆ 欠乏を生んでいるのは資本主義である
本源的蓄積が欠乏を生み出す。本源的蓄積とは、イギリスで行なわれた「囲い込み(運
動)」のことを言う。共同管理されていた農地から農民を締め出したことである。なぜしたかというと、利潤の高い羊の放牧にするためだった。
 マルクスいう「本源的蓄積」とは、資本が<コモン>の潤沢さを解体し、人工的に作った「希少性」を増大させることを指す。つまり、資本主義は、その発端から現在に到るまで、人々の生活をより貧しくすることによって成長してきたのである。
 だから格差社会のメカニズムが解明したように、対等な関係の取引を繰り返していても、格差社会が生じてしまうのである。それが資本主義である。

☆ 「コモン」とは何か
イギリスでは、入会地のような共有地は、「コモンズ」と呼ばれていた。人々は、共有地で、果実、薪、魚、野鳥、きのこ、どんぐりなどを採取して生活していた。
資本主義によりこの「コモンズ」は解体された。人々は生活している土地を奪われ、共有地に入れなくなり、生活手段を奪われて、多くは都市に流れた。
しかし、資本主義とは、人々があらゆるものを自由に市場で売買できる社会である。
人々は労働力を売ることによって貨幣を獲得し、市場で生活手段を買うことになった。これで商品経済は発展し、資本主義は舞い上がった。
☆ コモンはまだまだある
河川もコモンである。河川は飲み水や、魚を提供し、さらに無償のエネルギー源だった。それが化石燃料に変わった。そして排他的独占が可能になった。
 土地と水がコモンだという。私はそこに空気と太陽光も加えたい。
 本源的蓄積が始まる前は、コモンは潤沢であった。誰でも、無償で、決まりを守れば必要に応じて利用できるものであった。

☆ ローダデールのパラドックス
「私財の増大は、公富の減少によって生じる」という逆説である。
 アダム・スミスは、私富(私財)の合計が国富としたが、それに対する批判であった。
 19世紀初頭の経済学者ローダデールは、本当の豊かさは公富の増大にかかっているという。国富が増えても、国民は豊かにはならないという。

☆ マルクスは、これを発展させて「価値」と「使用価値」の対立とした
富とは使用価値のことであり、空気や水や土地などが持つ、人々の欲求を満たす性質である。それに対して財産は、貨幣で測られる。それは商品の「価値」の合計である。「価値」は市場経済でしか存在しない。
使用価値は「価値」を実現するための手段になり、経済活動の目的であったはずだったのが、「価値」を増やすために犠牲にされた。これをマルクスは「価値」と「使用価値」の対立とした。
 コモンズの解体による人工的な「希少性」の創造が、「本源的蓄積」の真髄であるという。
☆ まとめ
 コモンズとは、万人にとっての「使用価値」である。
 コモンズに「希少性」を生み出すことによって、商品「価値」をつけたのだ。
 資本は、気候ショックも、コロナショックも、希少性によって金儲けをする。もう抗生物質は、利益が少なく、製薬企業の撤退が始まっている。そして儲かるワクチン製造へ転換した。今が「希少性」による価値の増大で、大儲けのチャンスである。
 使用価値を犠牲にした希少性の増大が私富を増やす。これが資本主義の不合理さなのである。
☆ 現代の労働者は、奴隷と同じである
 意志にかかわりなく、暇もなく、延々と働くという点では、労働者も奴隷も同じなのである。資本主義のもとでは、替わりはいくらでもある。先進国では、その為に移民を受け入れている。日本でも、研修生という名目で受け入れている。
 労働者は、首になって仕事が見つからなければ、究極的には飢え死にしてしまう。この不安定さをマルクスは「絶対的貧困」と呼んだ。世界銀行はこの定義を、一日一人1.9ドル以下で生活する人とした。世界で7億人(10%)の人がこれに当たるという。
 〇負債という権力
 負債を背負うことで、人々は従順な労働者として、資本主義の「将棋で言う盤上の」駒として、働くことを強制される。
 それは第一に、住宅ローンであり、第二に、奨学金ローンである。第三に、ちょこちょこ借りることができるカードローンである。
 
☆ コモンを取り戻すのがコミュニズムだ
 マルクスによれば、斉藤幸平は続ける、コミュニズムとは、否定の否定である。一度目は、資本によるコモンの解体であり、二度目はコモンの再建である。コモンの再建により、「ラディカルな潤沢さ」を回復することを目指す。
 資本主義を乗り越えて「ラディカルな潤沢さ」を21世紀に実現するのがコモンなのだ。
☆電力もコモンであるべきだという
 なぜなら、現代人は電力なしには生きてはいけない。水や空気と同じように、電気なしには生きていけない。水や空気と同じように、電力も「人権」として保障されなくてはいけない。そして、市場に任せずに、任せたら貨幣を持たない人には与えられないから、国有にもしてはいけない。国有だと、閉鎖的技術になるためだから。
 電力をコモンとして市民が管理することが求められる。市民の手による「<市民>営化」と呼ぼうという。
☆コモンの“市民”営化
 ここには太陽光も風力も、水や空気も、排他的(私的)所有と馴染まない。
 再生可能なエネルギーは、開放的技術だという。そしてどこでも作れることにより、希少性がなくなる。それは資本主義にとっては、利潤を生みだせなくなる。
 だから、再生可能エネルギーの普及には、“市民”営化が必要になる。
 私は医師として、医療もコモンにすべきと思う。医療を開放的技術にし、排他的所有から引き離さなければならない。原始的社会では、医療は人々の中にあった。今は、高度化し、閉鎖的技術となり、「金の切れ目は、命の切れ目」と言われるほどになってしまった。
 医療もコモンにできる。私は、それを心掛け、医師を貫いてきた。医療の知識を開放し、医師でなくても家族なら医療行為はできるから、それを広めてきたつもりである。

☆ 生産手段を「コモン」に
 それが労働者協同組合である。ここは省略する。
 そして斉藤幸平は、教育や医療、インターネット、シェアリング・エコノミーなどをコモンにして市民の手に取り戻そうという。
 ここにきてやっと医療が登場した。ここにおいて全く私の考えと一致した。

☆ ワクチンも医療も市民の手で管理しよう。
☆ ラディカルな潤沢さが増えるほど、商品化された領域が減り、GDPは減少する。それ
が脱成長である。
 私たちは経済成長からの恩恵を求めて、一生懸命に働き過ぎた。
もう働かなくていい。脱成長のコミュニズムで、ラディカルな潤沢さを得て、生きていこう。

☆ そこで自由が問題になる。自由にはいくつかあると、私は学生時代に教えられた。現代
にあるのは、資本主義的自由、つまり個人的自由しかない。
 マルクスの掲げる自由は、物質的欲望から自由になることであり、集団的で、文化的な活動の領域に、人間的自由の本質があるという。

☆斉藤幸平はいう。自然科学が教えてくれないことと。
 私は、以前から医学は自然科学ではなく、社会科学であるというシゲリスト、ルネ・デュボス、白木博次の意見を支持してきた。今はさらに自然科学も、社会的に左右されるから、昔のような自然科学と社会科学という対置はできないのではないかと思う。
「人新世とは何か」でボヌイユは、人文社会科学と自然科学とが分断され、統合を支持する人たちはネオヒポクラテス派と言われ、世界の隅に追いやられたという。まさに私はその一人でした。
 また 私は、「人間は体(肉体)とこころを持つ社会的存在である」と提唱してきた。自然界には、蟻や蜂などの社会を営む生き物がいる。人間は、特に社会が無いと人間ではない。
 それは、昔、狼などの動物に育てられた人は、人間社会には戻れなかった。人間の姿をした狼である。この存在を否定する意見もあるが、言葉をしゃべれる年齢で猿にさらわれた人が人間界に引き戻されて生きていたという事実がある。略

◎コロナ禍というパンデミックからの出口はどこか
 もちろんコロナによるパンデミックは、資本主義が生んだものである。
新型コロナは、いろいろなことを教えてくれた。それが資本主義の終焉の兆候であり、気候変動の原因であることを。
 ここでコロナによるパンデミックによって、かき乱された世界の出口が見えてきた。

☆私がたどった出口への道
(1)ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大の「そろそろ左派は経済を語ろう」亜紀書房
(2)「ナオミ・クラインとアルンダティ・ロイ対談」世界2020.9.
(3)「ジェネレーション・レフト宣言」斉藤幸平、世界2020.11.
(4)「コロナと創造的破壊」広瀬純、週刊金曜日2020.9.18.
(5)「人新生の資本論」斉藤幸平、集英社新書
(6)「未来への大分岐」斉藤幸平編、集英社新書
(7)「自由と平等のサピエンス史」三宅芳夫、世界2021.2
(8)「未開と野蛮の民主主義」酒井隆史、世界2020.10

◎ そして私は出口を見つけることができた
私は、20歳代のマルクス主義から、挫折して医療の世界に埋没していた。私にとって「資本論」は理論構築のための教科書であった。その中で到達したのは、自然の体の働きに応じて生きることが大切だということを学んだ。社会が病気を作るのである。
だから現代社会は病気の人が多い。社会を変えれば、かかる病気が異なる。残念ながら社会主義体制下のソ連邦や中国、キューバなどの疾病統計を入手していないので、詳細は言えないが、マルクスの目指した「脱成長コミュニズム」を実現できれば、誰もがその人の持つ寿命をまっとうできると思う。人は誰でも死ぬ。雌雄がある生物には必ず寿命がある。
人は死を恐れ、それを宗教にすがった。マルクスは宗教をアヘンと言った。
私は、宗教に対して、「心療内科」を提唱する。心療内科も到達点は、こころの安寧である。そしてブッダのラディカル・ブッディズムを勧める。ブッダは死を語る時に、「死後の世界などは生きて帰った人がいないから判らない」と説いたという。また奇跡も、信じれば救われるとも言わず、ブッダ崇拝も禁じた。だからラディカル・ブッディズムは宗教とは認められていない。自己修養の教えである。
 そしてここに来て私が待っていた若者が出てきた。斉藤幸平だ。
 おまけに、30歳代以下の若者と70歳以上のラディカルな人との共闘を呼び掛けてくれた。
 社会の3.5%に入ると思う人々よ、立ち上がれ。と呼び掛ける。

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