黒部信一のブログ

病気の話、ワクチンの話、病気の予防の話など。ワクチンに批判的な立場です。現代医療にも批判的で、他の医師と違った見解です。

第5回子ども医療講座

2019-02-05 20:06:02 | 子ども医療講座シリーズ
 子ども医療講座の続きです。昔はあと3回したのですが、その内容は、事故予防、子どもの症状に対する対応、子どもによくある病気の話、予防接種でした。しかし、今は大幅に書き直さざるをえず、それはまた書き直したものが手元にありますから、それを逐次載せていきますので、今回で子ども医療講座を終了とさせて戴きます。
 
 今、子どもへの虐待による死亡した問題が流れていますが、私は一度でも(私も一度息子に手をあげてしまいましたから一度は厳しいかも)子どもに暴力を振るったら、見ていた人、それを知った人が届けたら、親も教師も処罰される北欧の社会にすべきだと思います。
 これに反対するのが保守派であり、今の安倍政権を支えている人たちです。世界で最も文化的に進んだ社会が北欧であり、それを実現させたのが、マルクスの流れをひく(レーニンは共産党です)社会民主党政権が長く支配し、さらにその中でも女性の教授、議員、社会的地位の高い人たちが、表ても活動し、裏でも夜に闇夜に紛れてポスターなどに墨をぬり、男性社会に抗議してきた歴史があります。
 また第二次世界大戦(日本の15年戦争です)の戦後すぐに広い住宅を労働者に建てたのです。日本のようにうさぎ小屋ではありません。それは広い住宅を与えることにより、労働者が豊かなこころをもつと当時の建設大臣(女性でした)が提案し、内閣と議会が承認し実現したのです。
 またその後すべての人間に対する暴力を否定し、人が人を殴ることを否定した社会にしました。北欧諸国はイギリスも含めて、ボクシングを否定的にとらえている社会です。ボクシングを無くそうとして、アメリカにつぶされています。スウェーデンでは、風俗映画と共に暴力を振るう映画も映倫で禁止されているはずです。
 もちろんセクハラはもとよりレイプなど問題外です。

 それから、これは日本でも通ると思いますが、親とした約束は約束ではありません。守る必要はありません。暴力団に取り囲まれて印鑑を押した契約書と同じです。親は、子どもにとって強い権力で逆らえません。立場が対等でない約束は約束ではありません。まして親に書かされた文章は本人の意志ではありません。これは皆さん心得ておいて下さい。成績が悪いとお小遣いを減らすというのもばつです。親が一方的に押し付けたものは、子どもは守らなくて良いのです。それを守らせようとした時に、子どもは反逆するか、いい加減にして好きなことをしていくか、しっかり守り落ち込んでいくかでその子の将来が決まります。それが、アレルギー特に食物アレルギー、発達障害、ニート、ひきこもり、登校拒否を生んでいるのです。
 
 今迄そういう発言をしませんでしたが、そう思っていました。お母さんたちのこころを傷つけることが心配でした。しかし、余りにも多くなりましたので、むしろ子どもたちを守るために言わなくてはいけないと思い言うことにしました。

 
 子どものこころを大切にして下さい。あなたの所有物ではなく社会の子どもです。赤ちゃんの目を見て下さい。きらきら輝いていればよいです。
くもった目をしていれば心配です。

 こどもを病気にしたくなければ、あなたの所から解き放って下さい。あなたの思うようにならないでしょう。でもそれが病気から解放します。私の子どもたちは大学を出ると次々と家を出てしまいました。そして独立して行きました。でも子ども時代大きな病気をしませんでした。

             第 5 回 子 ど も 医 療 講 座
                Γ 子 ど も の 病 気 の 見 方 」

§1.子どもの病気は、夜や休日になることが多い。
子どもを診ていると、子どもが病気になるのは夕方や夜にかけてや休日に多いです。朝出掛けに具合が悪くなったりします。また保育所や幼稚園、学校等の行事があると、病気になります。前の日や二日ぐらい前に病気になったり、行事が終わった時に病気になったりします。それをどう考えるか。私の見方としては「子どもにストレスがかかって、病気になる」と考えます。これは病原環境説という、病気の原因は環境にあるという考え方からきます。
 ストレスがあると病気になりやすいのです。子どもは新しい集団生活に入ると、どうしても病気になりやすい。今まで病気しなかった子が、幼稚園に行きだすと病気になったり、小学校に入ると始終病気をしたり、熱を繰り返したり、そういうことがよく見られます。
 一般の医者は、それは集団生活に入ってほかの子から風邪をもらってくるからだ、という説明をします。確かにウイルスをもらうこともーつの要因ですが、それだけでは病気にはなりません。それにプラスアルファが必要です。そのプラスアルファがストレス。つまり社会環境にうまく適応できない時、そういうストレスがあった時に抵抗力が落ちて、ウイルスをもらうと病気にかかってしまうという考え方です。
 医者が診察の時に、風邪をうつされちゃ困ると言ってマスクをする人がいます。おかしくて笑ってしまいますが、私はそんなことはしません。何故かと言うと本当に健康であれば、いくらかぜのウイルスが入っても、目の前でいくらコンコンやられても病気にかかりません。病院に勤めていた時にはかかったことがありますが、診療所を開業してからはインフルエンザにかかったことが一度もありません。インフルエンザが流行すると1シーズンで何百人という方がくるのですが、それでもかかりません。それは自分が健康であればウイルスが入ってきても、ウイルスを排除してしまうからです。そういう仕組みを人間は誰でも持っています。だから本当の意味で健康であれば、病気にかからないのです。それは精神的にも、身体的にもそして社会的にも健康であるという、これはWH0による健康の定義ですが、その3つが揃っていれば、病気にかかりません。ところがそれが難しいのです。特に集団生活に入ると難しい。それは他の人との関係が出てくるからです。子どもでもそうです。集団生活に入るとどうしても他の子との間の問題が出てきます。先生との関係も出てきます。そうすると、その子の性格によって一人一人違いますが、神経質な子はいろいろなことがストレスになって病気になってしまいます。たまたまそのストレスがあった時にウイルスが入ってくると、発病してしまいます。その時にウイルスが入らなければかからないのです。ストレスがあっても、ストレスだけでは病気になりません。ストレスにプラスアルファーが重なった時に病気になると考えるのが病原環境論です。
以前に勤めていた病院で皮膚科の先生が、ある時突然風疹にかかりました。それまで風疹の子どもを大勢診てきているのに、どうしてか説明できなかったのです。でも今の病原環境論ではうまく説明できます。体調が落ちたからだった時にかかったのです。
 ある学校で風疹が流行って、そこの学校の女の先生がクラスで10何人の風疹の子が出たがかかりませんでした。一度もかかったことがないのだけれど調べてほしいと言ってきて抗体を調べたら、抗体は陰性。つまりかかっていない。周り中ウイルスだらけだから、かかっておかしくないけれどかからなかっのです。当然有り得ることですが、今までの医学の説明だとうまく説明できません。病原環境説だと説明できます。
 もう一つ、そこでどういう病気になるか。誰もが同じ病気になるとは限りません。ウイルスが流行った時にはそのウイルスの病気になるけれども、それ以外のときにストレスがかかった時にそれぞれの弱点に病気が出てくるのです。
 ある子どもは喘息の発作、ある子どもはアトピー性皮膚炎がひどくなり、ある子どもは、アレルギー性鼻炎になり、それぞれその子の持っている弱点に病気が出てきます。そして、神経質な子ほどなりやすく、くよくよしない子は病気をしません。
 くよくよしないと、病気をしないものです。神経質な子ほど病気します。神経質な子ほど病気にかかりやすい。だからできるだけ子どもに神経質にならないように育てましょう。
日本のお母さん達は病気に神経質だとアメリカの文化人類学者が言っています。これは日本人の女性で高校を出てアメリカの大学で勉強して人類学者になり、アメリカ人と結婚して20年くらいして日本に帰ってきた人が言っているのですが、アメリカで子育てしている時に、アメリカ人の夫君が「何でそんなに病気に神経質になるんだ。そんなに病気に神経質だと、子どもが病気に神経質になってしまうぞ」と言われたのです。その日本人の女性人類学者は、自分が自分の母親に言われた事を自分の子どもに言っていたつもりだったのですが、そう言われて気が付いて周りを見回してみると、アメリカ人は自分の子どもに「そんなことしたら病気になるよ」とか病気の話をあまりしないのです。
日本人は一般的に「お元気ですか」とか、「病気しないですか」とか、病気を気にした会話が日常的に多いです。民族的に病気に神経質な所があります。できるだけ病気に神経質にならないように子どもを育てた方がいいと、その女性文化人類学者が書いてます。私もなるほどそうだなと思い、できるだけ伸び伸びとあまり神経質にならないように育てようと思いました。それで病気のことはあまり子どもに言わない方が良いと思うようになりました。

§2.両親の病気やストレスから、子どもも病気になる。
心療内科で有名なバリントというイギリスのロンドン大学精神科講師が1957年に出した本に、「子どもが両親に連れられて診療所にやってくる場合、3分の1のケースは両親の治療が必要で、3分の1のケースは両親と子どもの両方の治療が必要で、3分の1のケースは子どもだけの治療が必要である。」と書いています。確かに病気の子どもたちをよく診ていると、これがやっぱり当たっています。両親又はお母さんが病気になることによって、子どもが病気になりやすくなってしまうようです。前に勤めていた国立病院では小児科専門で、子どもしか診ていませんでしたが、開業してからお母さん方も診るようになると、よく病気になりがちな子というのはお母さんもよく病気になることが多いのです。だからできるだけお母さんが自分の健康を気をつけましょう。そうすると子どもも病気をしなくなります。病気に神経質にならないこと。それが必要なのではないでしょうか。
 ストレスから病気になるという説ですが、心と免疫の関係を明らかにする学問が1980年代からアメリカで始まっていて、1986年アメリカのハーバート大学の精神科の助教授ロックが精神神経免疫学の立場から「内なる治癒力」という本を出し、いろいろな実験の結果を書いています。例えば医学生を対象にした研究では、試験の1ヶ月前と試験直前と試験直後にいろいろ検査をしてみると、明らかに免疫の状態が変わっている。つまり試験を受けるといった日常的な緊張や不安がやっぱりストレスになっています。それが免疫機能にもはっきりした影響を与えていました。またよく知られていることは、最愛の人を失った人特に奥さんに先立たれたご主人が病気になりやすかったり、後を追うように亡くなったりということがよくあります。これは心のストレスによって病気にかかりやすくなってしまい、ひどい場合は死に至ってしまうのです。
重症なやけどを負ってから、数時間以内に催眠をかけて「あなたの体は冷たくなる、冷たくなる」と暗示をかけます。さらに続けて「どんどん良くなる、良くなる」と暗示をかけます。そうすると回復が非常に速いし、しかも後遣症も残さないで治る率が高くなるというのです。
 私がチェルノブイリに行った時にウクライナのチェルノブイリ博物館で聞いた話ですが、ソ連邦の兵士や消防士、警察官などが爆発した原子炉の消火に動員され、その時に大量に被爆した人達が出ました。その内のロシア出身の人達はモスクワヘ運ばれて、モスクワの病院で治療を受けました。そこへアメリカの専門家が来て骨髄移植をやったり、最新の治
療を受けました。所がウクライナ出身の兵士や消防士たちは、モスクワヘ連れて行ってもらえず、ウクライナのキエフの病院で在来のやり方での治療を受けました。その時にやったことは、他にやることがなかったので、過去にウラル山脈の核実験工場で被爆した事故(隠されていたのが、今は明らかになっていますが)の時に被爆して生き残って助かった兵士たちを呼んで、被爆した兵士や消防士たちを激励させたのです。「俺たちだってこれだけ治ったのだから、君たちも頑張れ」そう激励させました。それ以外は大した治療ができなかったのです。その結果、生存率はどうかというと、モスクワの方が悪くてキエフで残っていた方が生存率が高かったのです。つまり技術ではなくて精神的に生き残る意欲を持たせたり、希望を持たせることが非常に病気の回復には役立つということがわかったのです。彼らはそうは思わず、被爆した人にすることがなく、他に手立てがなくてやったのでしょうが、それが非常に有効だったのです。
 また暗示や催眠療法によるいぼ取りの話は、日本でも幾つもあるしアメリカやヨーロッパのどこにでもありますが、催眠をかけるとか暗示をかけることによって、いぼが取れるのです。いぼ取り地蔵などもそうです。取れると信じる人は取れるのです。不信を持って信じない人は取れません。(その後九州大学の心療内科での実験でも証明されました。)

§3.子どもと病気の関係をよく見てみよう。 
子どもと病気の関係をよく見ていると、病気との関係がだんだんわかってきます。

◇よく子どもが病気になると、お腹を冷やしたからだとか、布団を掛けなかったからだとか、食べ過ぎからだと言うお医者さんがいますが、寝冷えとか食べ過ぎなどは、私に言わせれば思い違いです。
というのは人間は医者もそうですが、病気になった時にその原因が何だかわからないと不安になります。だから何か原因を自分の身近な物に結び付けて考えたがるのです。それで納得して安心します。そうしないと自分が不安になってしまうから、そう説明して満足してしまうのです。だから全く科学的な根拠もないことを言うお医者さんが、ちまたに溢れています。それで最近は科学的根拠に基づいた医療をすべきだと言う様になったのですが、それがまた怪しいもので、「科学的根拠に基づく医療に基づいてやって下さいね」と言う厚生労働省の役人が現実には医師会の圧力に負けてしまいます。そういうことがいくらでも医療の世界にあるのが残念なことです。だから科学的根拠に基づいた医療と言うが、本当にそうか怪しいものです。
◇よく寒いから風邪をひくと言いますが、寒いから風邪をひくのでしたら、寒い地方は風邪が多いことになりますが、そんなことはないのです。だから寒いから風邪をひくのではありません。南極の越冬隊ではしばらくは風邪をひく人がいませんでしたが、ある年から風邪がでるようになりました。それは誰かが風邪のウイルスを持ち込んだというのです。
確かに寒い時期にインフルエンザがはやりますが、インフルエンザウィルスは乾燥した時期に繁殖し、熱帯では乾季に流行します。だから日本では冬流行しやすいのです。香港で新型が騒がれた時やメキシコの新型インフルエンザ騒ぎは、6月とか9月でした。
だけどかかる人とかからない人がいます。インフルエンザは大体かかる率が10%と言います。インフルエンザのウィルスを吸い込んでも1割の人しか発病しないのです。
結局寒いから風邪をひくというより、寒いことが嫌いな人が風邪をひく。だから、寒くても平気な人は風邪をひかない。私の子どもの頃は「子どもは風の子」と言われ、風邪をひくなどとは思われませんでした。

◇人間には生まれつき自然の治癒力があり、病気を治してしまう力があります。30年前にはまだ判っていませんでしたが、その後それが免疫学や遺伝子学などで次々と証明され、
病原環境論が裏付けられたのです。
 東大のある生物学者が今地球上で、非常に繁栄している種族は昆虫と考えました。昆虫はもっとも数も種類も多いのです(今は細菌と言います)。昆虫には何か繁栄する秘密があるのだろうかとある種の蠅を調べたところ、その蠅には外から細菌が入ってくると、抗生物質様の物質を生産していることが証明されました。その上ウィルスが入ってくると、ウィルスと戦う物質を生産している兆候があるし、癌に対しても抗癌物質を作り出している兆候があるのです。それで病気にならないようです。
そうすると人間は昆虫よりずっと進化した生物ですから、進化の途中で自分に有利なものを落としていく訳がないと考えました。不要なものを落として有利なものを獲得して進化していきます。だからそういう仕組みを必ず持っているのではないかと考えたのです。
癌になる遺伝子とそれを阻止する遣伝子があるということも判ってきました。それと同じように免疫、つまり体を防御する仕組みが少しずつ判ってきています。完全に解明するのはあと100年かかってもできないと思いますが、いずれにしろ自然に病気と戦う力がある。それが妨げられた時に病気になるのです。(ブログに載せてあります)

◇病気のひどさ、例えばインフルエンザにかかった時に発熱が37度台ですむ人と、40度になる人がいますがどこが違うのか。一生懸命そのウィルスや、結核菌などの細菌を調べた医師がいました。重症の人と軽い人とのウィルスや細菌を調べてみたのです。一生懸命その性質を調べたのですが、差がみつけられませんでした。そこで、かかった側の抵抗力に問題があると結論しました。ウィルスや細菌は同じですが、かかった人によってひどくなったり、軽くなったりします。もちろんウィルスの種類によって強い、弱いはあります。でも同じ種類にかかった時にも強い、弱いが出てきます。例えば麻疹にかかる時に、麻疹にかかって軽くすむ人とひどくなってしまう人がいます。どこが違うのか。それをかかる側の抵抗力に問題があると考えます。その抵抗力を落とす最大の原因はストレスと考えます。
◇ストレスがあって病気にかかります。そして病気にかかることによって、病気に不安になり、病気に不安になることによってさらにストレスになります。だから病気に不安になると悪くなります。よくいますが、熱が出ても平気な子はすぐ治ってしまいます。ところが熱に弱い子は、熱が出ると「もうだめだ」と思ってしまいなかなか治らないし、ひどくなります。これはお母さんの育て方によるのかと最初は思ったのですが、必ずしもそうではないようです。同じ兄弟でも片方は平気で、もう一人はだめという子がいます。お母さんの育て方だけでもありません。ただし、大きな病気にかかるとお母さんがその子に神経質になり、またなるのではないかと思う。そうするとその子も不安になり、それがマイナス効果です。いつも病気をしないで元気な子はお母さんの方も平気で、あの子は大丈夫と思ってほったらかしにしておくと、その子は病気に神経質にならないし、かかっても軽くすんでしまう。だから病気になった時に決して子どもをおどかしたり、怖がらせたりしないように。「そんなことすると悪くなるよ」とか、「そんなことするともっとひどくなるよ」とか言わないように。
 前の鴻巣の診療所にいた時にあったのですが、インフルエンザになった子を最初はお母さんが連れて来ました。「インフルエンザになった時にいろいろ合併症があるよ。ちゃんと治そう」というお話をしました。2日ぐらいしたら、40度の熱がずっと続いていると言って、今度はお父さんが連れて来ました。よく話を聞いたら、お父さんがおどかしているのです。「じっと寝ていなければ駄目だ。寝てないと脳炎をおこしちゃうぞ。」と言っていました。子どもがびっくりして「なったらどうしよう」と言って泣いています。それで「大丈夫だよ」と話をして帰しました。後で聞いたらその日の夜のうちに37度台に下がったそうです。私は解熱剤を出しませんから、解熱剤を使わないで下がりました。その後は高い熱は出ませんでした。つまり不安や恐怖があると、それだけでも病気は悪くなります。だから決して怖がらせてはいけないし、悪くなるようなことを子どもに言ってはいけません。すぐ良くなるからと言って下さい。

§4.まず全身状態を見ること。
◇私が前に勤めていた病院の泌尿器科の先生が、自分の子どもが熱性けいれんをおこしてひきつけたら、慌てて救急車を呼んでしまいました。医者が救急車を呼んだのです。そんなに慌てなくてもいい筈でした。医者だから自分の同級生に小児科医がいるし、自分の勤めている病院にも小児科医がいるのに、救急車を呼んでしまったのです。医者だってそうなのだから、素人の方が慌てたってちっともおかしくないです。

◇病気になった時に、まず全身状態をみること。
全身状態で病気の重い、軽いを見るのがまず大事。重い状態というのは全身状態が悪くなります。子どもはじっと静かにして布団から出て来ないです。
健康な子はじっとしていられません。治るとすぐ布団から飛び出してあちこち動き回り、じっとしていません。じっとしているというのは病気の兆候です。どっかおかしいのではないかと思って下さい。ぐったりとしたりうつらうつらしたりしている時は気をつけないといけない状態です。よく、うつらうつらしているのをぐっすり寝ているのと同じに考えて、「寝ているからかわいそうだから」と起こさないで病院へ連れて行かない人が少なくありません。ところが夕方になって、病院が終わってしまうからと慌てて病院へ連れて行く方がいますが、病院はやっていても検査ができないし、専門家もいなくなってしまいます。うとうと寝ているのは危ない兆候なので医者にかかった方がよいです。熱があるけれども元気に走り回ったりしている場合には慌てることはありません。
 よくあるのが、学校や幼稚園に行く時に熱はないのに何となく元気がなくて「行くのはいやだ」と言うことがあります。その時熱がないから行きなさいとは言わないで休ませた方がよいです。調子が悪そうだったら、どこかが具合が悪いのです。初期のうちは、はっきりした症状が出てこないが時間が経つと出て来ることが多いのです。だから全身状態をまず見ること。元気があるかないか、そこがまず大事です。

§5.熱だけで病気を判断してはいけません。
熱は病気の一つの症状ですから、熱の高さだけで、病気の重い軽いという重症度を考えてはいけません。熱はいろいろな病気で出ます。熱は、細菌や異物と戦う為に身体が熱を上げて細菌やウイルスと闘っているのです。また熱の高さは病気の重さとは必ずしも比例しません。特に年令の小さい子ほどそうで、扁桃炎でも39度から40度の熱が出ることがあります。熱がパッと出て一晩経ったら、けろっと元気になったということもよくありますが、それは熱を上げることによって病気と戦って病気に勝つと翌日元気になります。ところが完全には勝っていないと、又熱が出たりします。扁桃炎などによくあるのですが、朝熱が下がって、夕方になって熱が上がるのです。夜熱が出ても、朝になると又元気になります。それを繰り返します。1日の内に一回でも熱(38℃以上)が出たら、それはよくなっている証拠ではありません。これは解熱剤を使わなくてもなることがあります。そういう熱のタイプで病気の種類を診断します。一番多いのは扁桃炎、それから腎孟腎炎、それと肺炎。膿瘍と言って体のどこかに膿が溜まる病気もそうです。
 細菌やウィルスによらない病気は熱が出ないです。例えば喘息とかアレルギー性鼻炎など。もし熱が出るとしたら、病気になったために抵抗力が落ちて、そこでウィルスや細菌が動き出して二次的に病気を起こして熱がでているのです。
 「熱が出たらすぐ医者にかかった方がいいか」とよく質問されます。ある小児科医は「三日は、熱の様子を見ても良い」と言っていますが、私はそうは言いいません。心配だったらいつでも医者にかかったほうがよいと言います。熱が出たらすぐ心配でお医者さんにかかる人もいれば、1日様子を見る人もいるし、麻疹にかかっても医者に見せない母親だってごく稀にいます。それはそれで構わないのです。熱が続いても平気な母親の子どもはやはり熱が続いても平気ですから、悪くなる率が低いのです。余り不安にならないからです。だから心配ならいつでも医者にかかった方がよいのです。不安が病気を悪くします。でも三日も熱が続いたら医者にかかって下さい。二日なら様子を見てもいいです。
私の友人の医者で、鼻水なんか病気のうちに入らないと言ってお薬を出さない先生がいます。鼻水ぐらい平気だというのです。しかしその子どものお母さんは帰りに耳鼻科の先生のところに寄ってお薬をもらって帰るのです。つまり不安だからかかるので、その不安を解消してあげることが必要なのです。確かに私が子どもの頃は鼻水をたらしていたり、2本棒と言って両側の鼻汁がたれ流れて口の中まで入っている子がいました。それを袖で拭くので袖がテカテカになりました。今はそんな子はいません。この2本棒というのは蓄膿症だったのです。あとは水っ鼻です。日本だけではなく、ロンドンでもパリでもニューヨークでも昔は病気のうちに入らなかったのに今は病気のうちに入れられています。だから不安で心配だったら医者にかかるしかありません。心配でなければかからなくてよいです。(その後2008年頃から鼻水の薬の害が問題になり、アメリカとイギリスでは6歳以下には鼻水の薬つまり抗ヒスタミン剤を含むかぜ薬の販売を禁止しました。日本でそれを知っている医師は小児科医、耳鼻科医、内科医の半分以下です。)

§6.病気の見方
 病気になったら、見えるところはすべて見ましょう。

①まず顔色を見ます。
顔色が白いか、青いか、黄色いか見ます。まず元々色が白い人と貧血で白くなっている人がいます。それを見分けるのは、今までそうではなかったのに白くなったら要注意です。特に中学生つまり13、4歳ぐらいの女子に貧血の子が5%位います。女の子は生理があり出血して鉄分を失う上に、スポーツをすることによって筋肉へ鉄分を消費します。激しい運動をしていて生理があったら沢山鉄分をとらないと貧血になります。白い顔してすぐ疲れると言ったら要注意です。
また気持ちが悪くなったりすると顔色が青くなったりします。これはなんらかの原因で血圧が低下するためのことが多いようです。主に思春期以降に見られます。
顔色が黄色いのは黄疸を疑います。しかしカロチンをとりすぎても黄色くなります。柑橘類のジュースだけでなく、人参、トマト、かぼちゃ等のカロチンを含む食べ物を大量に食べると黄色くなります。ミカンを沢山食べると手が黄色くなるでしょう。それを柑皮症といいます。この黄色は手足から上がって来て顔まで来ます。顔が黄色くなるのはとり過ぎです。
黄疸を見分けるのは白目を見れば良いです。白目が黄色くなるのが黄疸です。顔色が黄色くても、白目が真っ白だったら柑皮症です。そしたら食事をチェックします。だからオレンジジュ-スがいいとか、特に生の野菜ジュース(トマトや人参が入っている)が良いと言って沢山飲ませると黄色くなってきます。手が少し黄色いぐらいはいいですか、身体まで黄色くなると取り過ぎです。
それから顔色を見れば元気があるかどうか、疲れているかどうか判ります。

②口の中。
子どもは上気道といって口や鼻の病気が多いですから、いろんな情報が得られます。まず頬で、口を開けて頬の粘膜を見ます。手足口病では舌の先や、頬の粘膜に白い斑点が出ます。麻疹の場合は頬の粘膜に白い斑点が初期のうちに出ます。ひどくなって発疹が沢山出てしまうと消えてしまいます。顔や体に発疹が出始めた時に、すぐ頬の内側の白い斑点があるかどうか見ましょう。この頬の白い斑点、コプリック斑と言いますが、これが臨床的な麻疹の診断の決め手です。コプリック斑は麻疹以外の病気では出ません。
口内炎がよくできる場合は、よく見ると、白い場合と赤い場合がありますし、痛いことが多いです。コプリック斑は痛くもしみたりもしません。
舌をよく見ると、地図状舌の人がいます。これは病気ではなく舌の性質です。よく見ていると、この地図のような形が5日から7日周期で変わります。痛くも痒くもありません。なぜこの話をするかというと、医者で治療を受けていた人がいたからです。これは治療したって治りません。その医者が知らなかったのです(こういうことはよくあります)。
舌が白くなり、苔状になることがあります。白くなる理由は、赤ちゃんの場合には舌がザラザラして荒れた時に「乳痂」といって母乳やミルクのかすがつくことがあります。スプーンの柄のところで(持つ方で)こすって落とすと取れますからすぐ判ります。
また舌苔といって、白く苔状になります。これは何かの病気の兆候と言うよりは、全身状態が悪いからそうなります。病気や全身状態がよくなれば治ります。
それから舌の表面には「乳頭」という一見ぶつぶつした小さい突起様のものがあるのですが、ウィルスによる病気の場合や川崎病の場合、溶連薗感染症の場合、この3種類の場合に、舌の乳頭が赤く腫れてきます。普通のウィルスの病気例えば風邪でもなりますから、腫れたからと言って川崎病や溶連菌とは限りません。舌がザラザラして赤くなります。
乳頭が真っ赤になると苺舌と言い、苺の表面みたいに見えるので苺舌と言います。
舌の奥の方に大きな乳頭があります。粒々がV字形に配列されています。ぶつぶつができているように見えますが、これは正常です。
ご存知ないと思いますが、扁桃はーつではなく沢山あります。一般に扁桃と言うと口蓋扁桃で、昔は扁桃腺と言ったのですが今は「扁桃」と言うのが正式な名前です。ほかに舌扁桃とか耳下扁桃とかありますが、みんなリンパ節の仲間、リンパ組織で体の防衛機構の働きをしています。扁桃は外からのウィルスや細菌などと戦う場所です。俗に盲腸と呼ばれる「虫垂」もリンパ節と同じ働きをしています。人間の身体でどんな臓器も決して無駄に付いているものはありません。何かの働きをしているから進化の過程でもふるい落とされずに残っているのです。
 子どもは扁桃が腫れて熱が出ることが多いですが、のどを見れば扁桃が真っ赤になっているからすぐ判ります。扁桃だけ真っ赤になる場合と、扁桃も含めてのど全体が真っ赤になる場合とがあります。扁桃炎の場合には、扁桃が赤くなり、さらに偽膜といって白い膜や白いぶつぶつがべったりついたりします。扁桃炎にはいろいろな合併症があり、放っておくと扁桃周囲膿瘍ができ、入院させられたりします。甘く見てはいけません。また、扁桃肥大と言われることもあります。しかし、子どもは4歳から10歳頃までは扁桃が最も大きく、その後だんだん小さくなっていき、大人になるとほとんど見えなくなります。大人で扁桃が腫れているのは扁桃肥大と言いますが、子どもでは普通ですが、それを知らない医師は扁桃肥大と言います。内科医はもとより耳鼻科医でも知らない医者がいます。
のどの突き当たりの咽頭という所を見ると、時々そこにぶつぶつができています。これをリンパろ胞と言い、扁桃と同じリンパ組織で扁桃と同じ役割をしています。外からウィルスや細菌が入ってくると腫れて目立ってきます。健康だと小さいのでほとんど見えません。
のどを見ることをしましょう。まず鏡の前でのどに懐中電灯を照らして自分ののどを見ましょう。練習して、高い声を出せば、舌の中央が下がって中が良く見えるようになります。それで、子どもにアーッと言ってごらんと言うのです。舌が邪魔して見えない時に舌圧子という器具を使うのですが、家では嫌がるようになると困るのでしないで下さい。

③耳の中。
耳の中は普通には難しくて見えません。耳の中をみると入り口からある程度の中までは見えますが、鼓膜までは決して見えません。鼓膜まで見るのは、耳鏡という道具を使わないと見えませんが、そこまで見る必要もありません。ただ耳垢がつまっているかどうかはわかります。特に耳垢塞栓と言って耳垢が硬くつまってしまうとそれで痛くなったりします。耳垢がたまるのは外耳道の病気です。耳垢というのは、自然と外に出るような仕組みができています。もし耳垢が固まって、かちかちになるようだったら、耳鼻科に行き薬で溶かしてもらって取るしかありません。健康なら自然に出て来るようになっています。
外耳道の皮膚は鼓膜の中央からできて、すーっと外に出て来て脱落します。あめ耳と言ってねっとりした耳垢の場合は、ガーゼをこより状にして中入れてとります。綿棒をつかってもよいです。しかし粉耳に綿棒を使うとかえって中に押し込んでしまうので使わない方がよいです。粉耳は耳かきで見えるものを取っていればよいし、放っておいても自然に出て来ます。
耳鼻科、眼科、皮膚科などの科の患者さんは6割ぐらいが子どもですが、子どものことを知らない医者が結構います。一般には、小児耳鼻科、小児眼科、小児皮膚科のトレ-ニングを受けていないからです。つまり内科医が子どもを診ているようなものです。大人を対象にした卒後教育を受けて、開業して子どもを診るという形になります。だから、その時に小児耳鼻科の勉強をしないと子どものことを知らないのです。小児科医と耳鼻科医に向けた小児耳鼻科の本も何冊も出版されています。
眼科にかかると、目薬が嫌いになることが多いです。押さえ付けて目薬をつけるので嫌いになります。目薬の付け方を眼科医が知らないのです。小児眼科医は知っていて、子どもに教えます。始めから目薬の付け方を教えると嫌がりません。

④耳下腺
耳下腺は、きちんと耳下腺と診断できない医者が少なくありません。耳下腺のある場所は、耳たぶのすぐ下で、腫れると馬蹄形に腫れてきます。腫れてきた時に、周辺にリンパ節や顎下腺があり顎の関節がありますから、その見分けが難しいのです。腫れた場合のポイントは耳たぶのすぐ付け根のすぐのところ、両側とすぐ直下を痛がるようだったら耳下腺を疑います。顎下腺はリンパ節と見分けがつきません。耳下腺、顎下腺、舌下腺というのは唾液を作る腺で、しばしばおたふくかぜ以外にも細菌とかウィルスによる耳下腺炎を起こすことがあります。内科医はもとより、小児科医でも見分けができない医者がいます。

⑤鼻の中も見ましょう。
鼻の中の奥の方、前鼻部といいますが、そこに下鼻甲介というひだが大きく腫れています。鼻がつまるのは、上鼻甲介、中鼻甲介、下鼻甲介が腫れて来て両側からくっついてしまい、息が通りにくくなるためです。それからアデノイドが腫れると、奥の方が腫れた感じになります。
鼻血は、入り口のすぐ奥の所、指が届かない所でキーゼルバッハ部位と言いますが、鼻の血管が密集して鼻血の出やすい所から出ます。それ以外の場所から出血する場合には、耳鼻科に行かないと止められません。この場所の出血は、圧迫するだけで止まりますから、鼻の外から内側の上に向かって圧迫します。鼻血はすぐ止まることが多いです。止まらない場合には時計を見て5分ぐらい押さえます。途中で止まったかなと見ないこと。その度に出てしまいますから、押さえ続けると5分ぐらいで止まります。それで止まらなかったら10分ぐらい押さえ続けます。それで止まらない場合には、耳鼻科にかかりますが、そんなことは滅多にありません。

⑥身体に発疹や傷はないか。
 身体に発疹や傷がないか、発疹が盛り上がっているか、平らか、赤いか赤くないか、硬いかやわらかいか、水疱になっているか、化膿しているか、むくんでいるか、皮がむけているかをよく注意して見ること。どこにあるか。片側か両側か。よく見ないと診断がつきません。百聞は一見にしかず。見せて頂かないと診断はつきません。

⑦おしっこやうんちはどうか。
うんちが出ているか出ていないか。下痢ではないか。下痢は水みたいなのか、泥のようなやや柔らかいぐらいか。色は黄色か緑か。不消化物は出ているかなどを、見るようにしましょう。うんちが緑色になるのは、黄色いビリルビンという胆汁色素が酸化されると緑色のビリベルジンと言う緑色色素になるからです。ビリルビンが下痢をすると緑色になるのは、下痢をすると便が酸性になり黄色が緑色になります。ほかの原因で酸性になっても緑色になりますから、色だけで心配することはありません。便の状態で判断することが必要です。
おしっこを頻繁に行く時は、膀胱炎のことがありますし、神経性頻尿のこともあります。そこで小さいお子さんの時に、おしっこした時にその場ですぐ聞かないと痛かったとは言いません。「今痛かった?」と聞くと「うん」と言う、後になって聞くと、今痛くないから「痛くない」と言います。時間が経つと前のことは忘れてしまいます。その場で聞かないと言わないことがあります。

⑧リンパ節。
よくリンパ腺といいますが正確にはリンパ節と言います。外から触れるもののーつで沢山あります。リンパ節は外から入って来たウィルスや細菌と戦う関所みたいな所です。
リンパ節が腫れた時は、何らかの細菌やウィルスによる病気が圧倒的に多いのです。もちろんほかの原因でも腫れますが、子どもは細菌やウィルスによるものが多いです。
1個だけ腫れるとか、1個とか2個とか部分的に腫れるのは細菌性のものが多いです。ウィルス性のものは全体にいくつも腫れてきます。例えば風疹とか麻疹とか、突発性発疹などですと、耳の後ろや後頭部のリンパ節が腫れます。風疹は首のリンパ節も腫れてきます。必ずしも痛いとは限りません。細菌性のものの方が痛いことが多いです。よくあるのは扁桃が腫れてそこからリンパ節にくると、押すと痛がります。リンパ節にはそれぞれ守備範囲があります。腫れたリンパ節からたどって細菌などの侵入場所を探します。
また首や、脇の下、そけい部という太ももの付け根などにもあります。またお腹の中や、脚の中にもリンパ節があります。リンパの流れは、行きは動脈でもって全身のすみずみまで行って、帰りにリンパ管という細い管を通って心臓へ戻ってきます。その細い管の途中にリンパ節があります。
時々リンパ管炎というのを起こします。例えば足が化膿した時に、ツーッとリンパ管に沿って赤く腫れ上ったりします。

⑨どんな症状があるか。
咳や鼻水や鼻汁があるか、その鼻汁の色はどうか、青はなか黄色い鼻汁か白い透明なはなか、くしゃみや鼻詰まり、喉の痛み。
吐いた場合には何を吐いたか、食べ物を吐いているか、それとも白い液状のものか。黄色や緑の色のついたものを吐く場合は、胃液ではなく十二指腸液、つまり胆汁の色です。十二指腸液が胃に逆流してそれを吐いています。胃液というのは無色透明などろっとした感じの液です。吐いた場合に気を付けなければいけないのは、胃液には胃酸が含まれていますから、顔や手足や体につくとただれますから、吐いたら必ずきれいに洗ってあげてください。
どこか痛いところがあるかどうか。痛いところは腫れているか、赤くなっているか、何もできてないか。そういう所をよく観察してください。
押すと痛いか、動かすと痛いか。お腹の上の方、みぞおちの辺りは胃があるのですが、胃から十二指腸、真ん中が小腸で周りに大腸があります。子どもはおへその周りの所を痛がります。子どもは大人を小さくしたものではありません。肝臓、大腸や小腸などの内臓の大きさが相対的に身体の大きさの割に大きいので、子どもはお腹が飛び出しています。おへその辺りまで、大腸が来ますから、へその周りを痛がっても小腸とは限りません。うんちがたまっている場合もあり、それで痛がることがある。痛い時に聞かないと、どこが痛かったかを子どもは覚えていないので、お腹が痛いというだけで、どこが痛いかと聞いても判りません。

§7.具合が悪い時は、すぐその場で、具合の悪いところをよく聞き出すこと。
その場で具合の悪い所をよく子どもに聞くことがポイントです。どこがいつからどのように何をした時に具合が悪くなったか、小さいほど記憶している時間が短いですから、すぐ忘れてしまう。もう一つは思春期になってくると、言いたくないと思って、言わないことがあります。具合が悪くても言わないので、この年頃はなかなか難しくい。

§8.頭部外傷の治療で、外来診察でよいもの。
 以前にそういう事件があったのですが、お箸をのどに突き刺してもよほど急な角度で突き刺さないと、小脳に刺さりません。しかし、まっすぐに突き刺すと背骨の間を抜けて脊髄を刺してしまうことはあります。一般的にお箸をくわえてはいけないと言うのは、お箸の先が尖っていると、のどへ突き刺さります。のど(咽頭)の粘膜のすぐ後ろに背骨があります。のどの粘膜を突き破ると骨にぶつかります。ここの骨は脊椎(頸椎)といい、この骨と骨の間に通って箸が脊髄を突き刺して即死します。死ななくても、半身麻痺つまり首から下の麻痺になります。私が知っているのは脊髄へ突き抜けてしまう例です。箸を口にくわえて動かないことです。
頭部外傷の診察で必要なことは、まず傷があるかどうかで、大きな傷があれば入院させて観察します。意識が変化するには時間がかかりますから。意識がおかしかったらすぐ入院です。小さな傷なら家に帰して様子を見ます。観察に必要なことは、
①意識がはっきりしていること。
意識がなくなるのはおかしいです。小さい子は興奮して、覚えていないことがあります。
②神経脱落症状つまり手足の麻痺や、聴覚、視覚、痛覚がないとか、言葉が出ないなどの症状がないこと。
③頭痛のみで、他に症状がないこと。
④吐き気のみで他に頭痛などの症状がないこと。
よく吐き気がある時にそれが頭から来たか胃から来たか見分けが難しいことがあります。それはしばしば頭をぶつけた原因が、具合が悪くて転んだ場合があります。病気があってそのために頭をぶつけたけが、それに気づかずに転んで頭をぶつけてその結果症状が出たと見てしまうことがあります。その代表的なのは嘔吐下痢症です。下痢があればわかりますが、吐くだけだと難しいです。
以前にも、学校の体育の授業ででんぐり返しをして、うまくできず転んで頭をぶつけてふらふらしために小児科を受診し、小脳腫瘍を疑って脳外科へまわしてそう診断されたのですが、親はいつまでも学校に問題があると思い込んでいました。小脳腫瘍のために平衡感覚がうまくいかず転んでぶつけたのです。小脳腫瘍が原因でしたが、学校に責任があると親が思い込み苦労したことがあります。このように原因と結果が逆なのに思い違いをすることがよくあります。
⑤頭の皮膚のこぶや皮下血腫(青色や紫色になるあざ)があること。子どもの場合には、皮下出血や傷があるとそこで力が使われて内部には及ばないことがほとんどです。
⑥頭の皮膚の小さい外傷で、表面だけのもの。
子どもの頭部外傷は多くは軽症がほとんどですから、子どもが頭をぶつけてもそう心配することはないです。
以上のもの以外は、入院し、精密検査ないし経過観察が必要である。

§9.その他のこと。
①いぼ
いぼは水いぼも普通のいぼもウィルスによるものですから放置しておけば必ず自然に消滅し、治ります。標準で6カ月から1年です。長いと3、4年かかります。ところが、暗示をかけると治ることがあります。いぼ取り地蔵もそのーつですが、その他にいろいろないぼ取りの方法があります。
ハックルベリーの話にもいぼ取りの話が出てきます。
また昔スイスであった話ですが、いぼ取りの機械といって大袈裟な機械を使って、ピカピカ光るようなライトをつけて音を出してそしてジーッとあてます。それを何日かやれば取れるといううたい文句でしたが、実際にその機械で取れたのではなく、暗示をかけることによってとれたのです。
 実際に九州大学の心療内科でやった実験があります。いぼの人達を二つのグループに分けて一つのグループには何も治療しないで、月に1回だけ経過だけ見せに来てもらいました。もう一つのグループは「これは九州大学で開発した最新のいぼ取りの薬だ」と言って、ただの青い水を塗ったのです。青い水を塗った人の方が早く取れました。これはいぼが取れると本気で信じたから取れたのです。

②鼻づまり
鼻がつまるからと鼻水を吸い取るのは、吸引器で強く吸引するのはお勧めしませんが、スポイト程度の柔らかい力で吸うのでしたら吸ってもよいです。子どもが嫌がったらやめましょう。耳鼻科で吸引されて、医者嫌いになったり、喘息様気管支炎の時の吸入を嫌がったりしますから。
耳の方に響くのは、鼻の奥ののどの手前のところに耳管口があって、ここから耳管が中耳につながっているので、強く圧をかけると中耳に圧がかかるからです。鼻をかむ時に、必ず片側を押さえてふんふんと軽くかませます。必ず片側ずつ鼻をかみます。強く鼻をかむと前にも鼻が出ますが、後ろにも行ってしまい、その圧力で耳管口から鼻汁が耳の中に入ってしまうことがあるからです。

③耳がボワーッとする
耳がボワーッとすることで一番多いのは、鼓膜がうまく振動してくれない時。鼓膜は外からの音を拾って振動します。鼓膜がうまく振動してくれない原因は、耳管がつまっているためです。よくトンネルの中に入ったり、高い山に行ったりすると、耳がボワーッとするのは、耳の鼓膜の外側と内側の圧力が違うとどっちかに押されて振動しなくなってしまう。それであくびをすると耳管を空気が通って圧力が平衡し、振動するようになります。よくあるのは耳管が鼻汁で詰まってしまったりするとその鼓膜の内側と外側の圧が平衡にならないと振動が悪くなり、それでボワーッとなったりします。そういう場合には耳鼻科に行って、耳管を通してもらうと治ります。耳管の口へ管を通して耳を通気します。耳の聞こえが悪い場合、幼児から学童低学年頃に多いのは滲出性中耳炎です。滲出性中耳炎では膿じゃなくて、液体が中耳に溜まります。そのために振動が悪くなり耳の聞こえが悪い。それは耳を外から見ても赤くなってないから、鼓膜を見てもわかりにくい。その場合には耳鼻科で診てもらわないと診断がつかないです。滲出性中耳炎は難しい病気で治療の第一段階は放置する。1か月とか、2か月何もしないで様子を見て良くなるかどうか。自然に治ることがあります。それが第一段階、あとは抗生物質を使ったりいろいろ治療をするのですが、これぞと決め手になる治療法は今のところありません。溜まってきて聞こえが悪ければ、穴をあけて出したり、場合によってはチューブを入れたりするのですが、これも現代病で最近増えている病気の一つです。

④下痢の食事療法
 下痢の治療というのは医者によって違います。というのは急性の下痢は、どんなことをしても必ず時期が来れば治ります。ただ速く治るか、時間がかかるかの違いが出るだけ。慢牲は別です。下痢止めは今は使わない時代です。特に0-157事件以来、下痢は止めない方がいいという考え方が出て来ました。元々嘔吐や下痢は体内の悪い物を外へだしてしまう体の働きと考えられ、止めない方が良いと考えられるようになりました。止めると毒素を残してしまうからです。食事療法が一番です。
ではどんな食事が良いか、実は下痢の治療の上手なお医者さんが非常に少ない。
以前にお話ししていたことと、今(2019.2)とは違ってきました。「おかゆにしなさい、うどんがいいと言いますが、それでは経過が長引きます」と言っていましたが、今またそこへ戻って来ました。先ず飲み物を飲ますこと。
下痢をしている時にいけないのは脂肪が含まれるものです。それは変わりません。冷たい飲み物は欲しがれば飲ませて構いません。欲しがる時にはあげてよいです。人間も動物も体に良くないものを美味しく感じませんから、一口味を見て決めます。お腹がひどく悪い時には、お腹が冷たくなっています。そういう時には、冷たいものを欲しがりません。冷たい物がお腹をこわすわけではありません。お腹が具合の悪い時にお腹が冷たくなります。それを冷たくしたからだと思い違いをしたのです。
最新の情報では、もっと積極的に進めてよいと言います。そのやり方は、吐き気がない限り、お腹が空いて食べたがったら積極的に与えてよいというのです。空腹感は回復のしるしです。欲しがらないのに与えてはいけません。子どもはお腹が回復してくると、「お腹が空いた」と欲しがりますから、欲しがるようになってから食事を与えます。それまでは飲み物だけにして下さい。それも欲しがらなければ与える必要はありません。
生後2カ月の赤ちゃんの胃でリンゴやバナナは消化できます。うどん、パン、お米などの穀類は生後4カ月過ぎれば消化できます。つまり果物の消化がいいです。だから流動食、次は果物、次はおかゆとかうどんの順になります。下痢をしていても、お腹が空いて食べたくてたまらなければ、どんどん穀類など脂肪を含まないものを与えてよいと言うようになりました。詳しくはまたにします。




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第4回子ども医療講座

2019-01-27 18:23:29 | 子ども医療講座シリーズ
 さあまた子ども医療講座を続けましょう。子どもを育てる時のいろいろなアドバイスが書かれています。
 是非、飛ばし飛ばしででもよいですから、御読み下さい。子育てに役に立つことがあると自負しています。できれば打ち出して、必要な所を読んで下さい。まとめて全部読む必要はありません。


              第 4 回 子 ど も 医 療 講 座

                   「 子 ど も の 生 活 に ま つ わ る 話 題 」

 子どもの生活にまつわることでいろいろ頭を悩ますことが多いでしょうが、子どもの性格を知っていると割にうまくいくと思います。
 でも一人ひとり違います。そこを見て育てて下さい。この講座を始めた頃は、自分の子の違いを判ったのですが、それを一般化できませんでした。しかし、経験を積み、今ははっきりと言えることは、子ども誰でも一人ひとり違い、どんなにして育ててもすくすく育つ、野に咲くたんぽぽのようなたくましい子どもと、上手に手をかけて育て方や指導の仕方を変えないとうまく花を咲かせられない洋蘭(シンビジウムなど)のような子どもがいることです。
 だからどの子も同じと思わないで下さい。子どもをよく見て、上手に育てること。そうしないと、ひきこもり、親や兄弟殺し、無差別殺人などを起こす子どもや、発達障害の子どもを生んでしまいます。50年小児科医をしていて気が付いたのです。というよりも、小児科医としては子どもたちより教えられ、開業して内科小児科をして母親たちから教えられ、心療内科をしていてこころの悩みを持った人たちから教えられて、現在の私が育てられたとも言えます。今の私の立場は、ここにあります。上手に子どもを育てて下さい。(2019.1.27)

①一般的には、子どもはどんなことでも少しは我慢してくれます。ところが我慢の限度が少ししかありません。だから、嫌だと言った時に、むりやりさせると大嫌いになってしまいます。嫌だと言うときに止めておく。これがこつです。
そうすればいつも少し我慢してくれます。子どもに口をあけさせようとする時、「はいお口あけて」というと、ほんのちょっとパッと口をあけます。でもそれが少しだけ。そのわずかの時間に素早く喉を見ます。これがタイミングです。その時を逃して嫌だという時に無理にあけさせようとすると、今度は抵抗して次からは口をあけなくなってしまう。医者によって無理やりする人がいますが、無理やりあけさせたりするとますます嫌いになってしまいます。口をあけなくなってしまいます。それを大人になる迄持ち越している人がたまにいます。
でも、私の所に通って頂ければ、治すことは可能ですが、時間はかかります。子どものこころを開かせなければできないからです。
なんでもそうです。目薬をつける。頭を洗う。それを嫌がる子がいます。それは無理やりすると嫌がってしまう。本当は目に薬をつけることも、頭を洗うことも気持ちがいいものです。まず気持ちがいいことだと教えることが大切です。つまり、初めての時です。それから、途中で嫌になった時にすばやく切り上げて終わらせます。ここのところがコツです。
子どもの我慢している時間には限度があって、限度を超えるともう嫌になってしまいます。嫌になったら、できるだけ素早く切り上げておくとまたやるようになります。気持ちがいいということを子どもが感じてくれれば、もう繰り返しやらせてくれるようになります。いかに気持ちよく感じさせるかということがこつです。
 ②子どもに、嫌なことは嫌だと言わせることです。自己主張させること。
もう7か月前後の時期から人見知りをしますが、これは自己を主張することであり、この時期にはもうプライドを持つようになります。
よく1歳頃の子どもは「いや、いや、いや」と連発します。ちょうどそういう頃です。それを止めさせようと思う必要はありません。一種の自己主張ですから。しばらく放っておきましょう。その時にいろいろ言ってもすべて「いや」と言います。少し時間を置くとしたいことを言うようになりますから、少し待ちましょう。
もう一つはどうしてもしょうがないことは、「しかたがないでしょう。しょうがないよね。まあいいでしょう。」というふうな言い方で教えていきます。決して「我慢しなさい」と言わないことです。我慢しなさいということは、嫌なのに無理やり我慢させることで、子どもがやっぱり「嫌だな」と心の中で思い続けてしまいます。嫌なことでも、「まあいいか」というように、くよくよしないで通り過ぎてしまうようにさせると、ある程度は我慢という形ではなく、我慢させられます。
私も若い時は、子どもに我慢することを教えなければと思ったのですが、それは思い違いでした。大人になるまでに我慢したことが無い人は、大人になってからがまんすることができるのです。子ども時代に、つまり自分の意志でなく、我慢させられると、大人になって自分の意志で自由にできるようになると、嫌なことを我慢しなくなります。
どこかでも言ったとは思いますが、盲導犬を養成する時に、生まれたらすぐ親犬から離して(離さないていろいろ教えてしまうから)、犬の好きな一家に預け、決して叱ったりしつけをしようとせずに、甘やかすだけ甘やかせて、一歳だったか忘れましたがある年齢になったら預け親から離して、訓練に入ります。その後は一切面会もさせません。そして訓練士と訓練指導犬とその訓練される犬がいつも一緒に行動します。そして厳しい訓練をします。その訓練に耐えさせるために「十分に甘やかしておく」のです。しかも二度と育てた親にも会わせません。会ったらしばらく訓練ができないくらい泣き続けてしまうのです。
人間でもそうでした。嫌なことを我慢したことが無い人ほど、じっと我慢するのです。

③子どもは何かをさせようとすれば、強制してやらせようとするとやらなくなります。また禁止すると、やりたがります。ですからできるだけ無理やりやらせないこと。やりたがるように仕向けて、やりたくなったときに、正しいやり方を教えるというのが、幼児教育の基本です。(それを逆手に取ろうとしてもうまくいきません)
例としてお話しますが、イソップ物語の北風と太陽が旅人のマントを脱がせるというお話があります。北風のように無理やりマントをはがそうとすると、しっかりマントを抱えてしまいます。周りからポカポカと暖かく脱ぎたくなるようにさせてあげると、マントを脱ぎます。
子どもも全く同じです。周りからしたくなるように仕向けてあげることがポイントです。上手に持っていくと、孫悟空が自分の思いどおりに世界中の隅から隅まで走り回ったと思っていたら、実はお釈迦様の手の中だった、というように子どもが自分の思いどおりにやっていると思っていたら、お母さんの手の中で踊っていたというようにすることができます。
実はそういうふうにするのが、本当の教育だと思うのです。確か、国木田独歩だったと思いますが、「忘れ得ぬ人々」という隨筆がありました。忘れ得ぬ人々というのは、本当は忘れてはいけない、でも忘れてしまう人のこと。
教育する時に、どういうふうにするかというと本人が自分の意志でまたは自分で考えてしたように教育し、教えていく。そうすると、教わった方は教えられたと思わないのです。自分でやったと思います。だから教えてくれた人を忘れてしまいます。だけどそういうふうに教育する教育者というのが本当はいい教育者であり、忘れてはいけない人なのです。
お母さんもお父さんも上手に子どもをそういうふうに教えたりしつけたりすると、いろいろな面でうまく行きます。これがなかなか難しいですが、そういうことをできるだけ心掛けるとよいです。

④1歳半頃までは理由を説明しても解ってくれないし、全然いうことを聞いてくれません。7ヵ月くらいまで、あまりいやいやと言わないうちは、子どもの関心を悪いことからそらせることでうまく行きます。おもちゃや子どもの関心をひきそうな物をもってきて「はい、これはどう?」と言って、子どもの関心を別な所へ移すことができると、いけないことは忘れてしまいます。
1歳前後になってくると、なかなかそれが難しくなります。親の意図を見抜いてしまったり、いやと言って親の言うことを聞いてくれなくなります。言葉が通じるようになる2歳過ぎから3歳近くになったら、いけないことはいけないと説明してあげます。なぜいけないかを説明します。それでも言うことを聞いてくれるとは限りません。だけどそれでも必ず説明します。それを受け入れてくれたら、ほめてあげます。ほめることによって子どもはまた同じことをするようになります。ほめられると、またほめられたいと子どもは思います。だから、ほめてあげます。親のいうとおりにしたことを当たり前と思わないことです。してくれたら、ほめてあげる。それから叱るときは、「あなたは良い子だから、こういうことはしてはいけませんよ」と叱るのです。頭ごなしに叱らない。したこと(行為)を叱り、子どもを「悪い子」などと否定しないことです。

⑤いろいろな時期に、子どもの指導の仕方があるのですが、一番むずかしい時期が1歳前後から2歳ぐらいまで。いわゆる第一反抗期。かんしゃくをおこしたり、何でもいやいやしたり、こうしようと言うと、いや。ではやめようというと、いや。何でも全部いや。そういう時期があります。どうしてもいけないことでない限りは、とりあえず放って置くこと。無視することです。それを何とかして止めさせよう、言うことを聞かせようと思わないこと。無視して知らんぷりすると、子どもは何とかして、お母さんの関心を引きたがりますから、泣いたり、かんしゃくをおこして関心を引こうとしますが、それがだめだと知ると、別のことを考えますから、おとなしくなります。そしてその時に、声をかけてあげると、自分の意志を「こうしたい」「ああしたい」というようになります。

⑥ですから子どもが泣くというのは、いろいろな意味がありますが、まず小さいうちは泣くことで、言葉を表現しているのだと思ってください。お母さんたちの中に、泣くことを非常に嫌がる方がありますが、私は泣くことは全然気になりません。(もちろん小児科医の家で育ったので、昔の医者は自分の家の一部が診療所でしたから、一日中赤ちゃんの泣き声が聞こえていました。そういう中で育ったから、泣き声は全然気になりません。赤ちゃんがわんわん泣いているところで平気で眠れます。)
小さいうちは、喋れないかわりに泣くことで表現しています。何らかの要求を満たして欲しいと表現しています。その要求が大人にわからないことに問題があります。おなかがすいているとか、おむつがぬれているとか、暑いとか寒いとか泣くことで表現しています。
もう少し大きくなって、多少言葉もわかるようになっても泣きます。今度は泣くことで自分の要求を通そうとます。逆に怒りを表現したり、泣いていろいろ表現します。
予防注射をされたあと泣くのは、怒って泣くことが一番多い。それからびっくりして泣いたりします。
転んでけがをした時、痛いから泣くというより、びっくりして泣くことが多いです。だから、その時、「痛かったの」と言ってはいけません。「大丈夫よ」と言って、安心させてあげます。大人だってそうですが、痛みというのはそんなに長続きしませんし、痛いと思ってもケガをした直後だけで、そのあとまで痛みが続くことはよほどのことでない限りはありません。子どもはびっくりするのです。だから泣き続けます。
予防注射をしたあと、三種混合の予防注射はあとまで痛いですが、他の予防注射は針を刺した時と、針を抜いた時が痛いです。特に針先が筋肉にさわると痛いです。だけど上手に刺せば、皮下に入っている間は痛くないです。神経がないから。筋肉に触ると痛いです。だから上手に針を刺せば、針を剌した時と抜いた時が痛いだけです。
予防注射は無理やり押さえ付けられてやられることと、ちくっと刺されたり、抜いたりする時の痛み、それに対して怒って泣くことが多いのです。あとまで泣いているのは、ほとんど怒っているためです。それを何とかして泣きやまそうとする必要はありません。怒らせておくしかないでしょう。ある程度怒りを発散させると、泣き止みます。つまり、ストレスを発散させるためには、泣くことも必要です。
大人もそうです。外国では男の人が公衆の面前で涙を出して泣いたりします。そういうことを平気で表現するようです。日本では男が泣くのはみっともないとされて、男の子に対しても「泣いてはいけない」と言いますが、泣くことは感情の表現で、できるだけ表現した方がストレスにならないです。だから「子どもは泣いてもよい」のです。
 悲しいことがあったり、悔しいことがあったり、怒ったり、いろんなことで泣きますから、その感情を発散させてあげましょう。ある程度泣くとおさまります。
また「うそ泣き」などと言いますが、関心をひこうとして泣いたりします。他に面白そうなことがあると、もう泣き止んでしまいます。子どもの気持ちを他へそらせばよいです。

⑦子どもは、一人一人みんな違います。だからよその子や、上の子と比較しないでください。何故かというと、一人ずつ違うからです。その子の個性がありますから。
生まれつき持っているものを気質と言います。後天的につくられたものが性格です。一般的には混同されて、同じように考えられていますが違います。
生まれつきの気質はなおりません。後天的な性格は、条件が変われば変わっていきますし、育て方や周囲の環境によっても変えられます。
例えば味の好みは、甘いものが好きな子と塩からいものが好きな子ともう生後1ヵ月ではっきりしてきます。糖水を飲ませると喜ぶがお茶や白湯を嫌がる子と、糖水は嫌がってお茶を喜ぶ子と分かれてきます。これは変えられません。
小さい時から、甘いものを与えたから甘い物好きになるわけではありません。けれども、後からなる場合があります。甘い物を制限されたために、甘い物に飢えていると、大きくなると甘い物好きになります。
一般的には、子どもはみな甘い物が好きです。それは脳の代謝にグルコースが必須であり、成長が止まるまでは甘い物が好きですが、大人になると元々甘い物好きな人以外はそれ程甘い物を食べなくなります。
だから一人一人みんな違います。生まれつきのものは変えられません。後天的なものは変えられます。だけど、小さいうちだったら、すぐ変わるけれども、大人になってからだと非常に変わるのは難しいです。

⑧同じように育てても一人一人みんな違います。一つは生まれた順番で、第1子であるか、長男、長女であるか、次男、次女であるか、末っ子であるかによって変わってきます。生まれた順番によって、性格が変わってきます。双子を育てる時に長男次男とか、長女次女というように分けて育てると、それで性格は変わって来ます。長男は長男らしくなります。
もう一つは、第一子は親(特に母親)にとっては、第一子は何をするにも初めての経験です。母乳、離乳食、保育所、幼稚園、学校と何でも初めての経験です。それで母親の関心が強くなります。第二子は、なんでも二回目の経験で慣れていますから、それ程苦になりません。それで適当にされます。その違いが子どもの正確に影響します。

 ⑨子どもを疑ってはいけません。子どもに嘘をついてもいけません。子どもは、大人が嘘をついたことが判ると、大人を信用しなくなります。だから嘘になるようなことも言ってはいけないのです。
予防注射に連れて行くときに、「注射をする?」と聞かれたら、「じゃ先生に聞いてみましょうね」と言って連れて行きます。また、何か買って欲しいといった時に、「買ってあげる」と言わずに、「お父さんに相談してみるからね」と答えましょう。嘘にならなければいい。本当のことを必ずしも言わなくともいいのです。
子どもを疑ったら、子どもは嘘をつくようになります。疑ってはいけません。嘘をついているとわかっても、信じているふりをします。普通、嘘をついたことのない子どもは、嘘をつき続けられません。だから後で嘘だったよと必ず言います。ところが繰り返し疑っていると今度は平気で嘘をつくようになります。「嘘つき」は嘘をついてもいいのです。たから疑ってはいけない。信じてあげましょう。嘘とわかっていても。

 ⑩大人が一方的にさせた約束は、本当は約束ではありません。一方的な押し付けに過ぎません。だから子どもは守らなくていいのです。大人でも暴力団に囲まれてさせられたサインや署名は、法律上無効にできます。手続きはかなり面倒ですが、取り消すことはできます。それと同じです。強制的にさせられた約束は、守る義務はありません。
本人が自分の意志でした約束は、子どもは守ります。昔、目黒で、バットで自分の両親と祖母を殴り殺した少年がいました。「成績が上がらなかったら小遣いをやらない」ということを、親が一方的に決め、しぶしぶ子供は同意したのですが、そういうしぶしぶ同意させられたことが一杯あって、中学生でしたが、カーッとなってやってしまった事件です。たまたま祖父が外に出ていていなかったので、祖父は生き残りました。子ども一人が大人四人に監視されて、中学まで育った。全部強制されて大人の思いどおりにさせられた。そういうふうに育ってしまうと、カーッとなってキレてしまうことがあります。「親を殺した子どもたち」というアメリカでのいくつかの事件を書いた本には、どの事件でも殺したあと「ああせいせいした」と言うと書かれています。
強制的な約束は、約束ではありません。強制することは子どものためにはならないのです。小さい時から何でも強制することは決していいことではありません。子どもを納得させること。その気にさせることです。そのためにはいろんな仕組みをつくることです。

⑪必ず言うことを聞かせる方法があります。実は私も前に勤めていた病院で、どうしても言うことをきかない子どもたちが数人いました。実際にやったことがあります。お母さんに見られると困るので離してやりました。
「ホワイト博士の育児書」という本にも書いてあるのです。特に何でもいや、いやしたり、わざと親がいけないということをやったり、危険なことをしたりする時に言うことをきかせる方法。それは子どもの自由を奪うことです。子どもは小さいうちは特にそうですが、しょっちゅう動いています。その動きを抑えてしまう。別の部屋に連れて行き、そこで子どもを動けなくさせます。肩や、手、足などを抑えて。泣こうが叫ぼうが全く動けなくします。
押さえ付けている間に、例えば噛みつくとか、お母さんの髪の毛を引っぱるとか、相手に痛い思いをさせるとか、こういうことをしてはいけませんよと言う。「今度したら、また動けなくさせますよ。これはしないでちょうだい。」と言い聞かせること。子どもがうんと言ったら、離してやればいい。うんと言わなくても、黙っておとなしくなったら、離してやればいい。大体2分から5分かかります。またやったら、同じことをする。別に強く押さえることはない。子どもが動けなければいい。とにかく子どもは、しょっちゅう体を動かしてないといられないものです。じっとさせちゃう。また同じことをしたら、またやる。「早ければ2、3回やればもうしなくなる。抵抗する子は1週間くらいかかる。」とホワイト博士の本には書いてありますが、私がした時は1回やると、大抵の子どもはそれでしなくなります。自由を奪う。自由を奪うだけでいいのです。そんなにギュッと押さえなくてもいい。とにかく動こうとしたら、動けなくする。何もできない。手も足も動かせない。目は動かしてもかまわない。泣こうがわめこうがかまわない。でも体は動かせない。そうするとみんな言うことを聞きます。体罰はしてはいけません。体罰しても効果はありません。
国立埼玉病院時代にはしましたが、その後はそんなことをしなくても子どもたちはみんな言うことを聞いてくれました。私がめったに「いけない」と言わないこと、しからないことを知ってもらうと優しく「しないでね」というだけでしなくなります。まだ話が通じない子は、例えば診察室の机の引き出しを開けてしまうとかしたがれば、開かないように引き出しを押さえてしまいます。それで他の方に関心をひかせます。

ルネ・デュボスが「人間と適応」という本に書いてますが、アマゾンの奥地にいるワイワイ族という人達が、今から百年くらい前までにやっていたことですが、野生の獣や鳥を自分の家族のように飼い慣らすにはどうするかという方法があります。それは猛獣でも鳥でも壷か大きな箱の中に入れて、真っ暗にして24~48時間ぐらい入れっぱなしにして何も与えない。外から一切光も食べ物も水もやらないのです。中で静かにしていて時間がたったら、ふたを開けて出してやります。出て来たら、食べ物や水をやります。その間に生きていなければしょうがないですが、生きていたら、もう家族同然のふるまいをするようになると言います。ただし、その一家だけです。家族の匂いを覚えさせて、森に離してやります。森の中で出会ったり、自分からその家に帰ってくる時は、もう家族の一員のようにふるまいます。  
だけど他の人に対しては全然違うのです。人間に対してではなく、その一家にだけ慣れるのです。そういうふうにワイワイ族がやっているという。
やっぱり似たようなことだと思いました。子どもも自分の自由を奪われるということで、言うことを聞くようになる。その時にちゃんと話をしてポイントを押さえておく。でもできるだけそういうことはしない方がいいです。どうしても危険なこと、どうしてもしてはいけないことをする場合には、それをするといい。叩いたり、痛い目にあわせると、これは反発するだけです。その時だけやらないで、陰で見えない所でやります。
もし中学生や高校生であれば、機会あれば仕返しを狙ってきます。ある荒れた中学で女教師がクラスの中を歩く時に注意していないと、ライターでスカートに火をつけられたりすることがあると言っていました。しかし、やはり荒れたクラスを受け持った別の女教師はそんなことはなかったと言いました。二人の間には、中学生に接する態度が違ったのです。後者の教師は時間がかかりますが、実に上手に子どもたちのこころをつかみ、荒れていたクラスをまとめていたのです。その人は日教組の活動家で学校側と対立しているのに、荒れたクラスができると校長から懇願されてそのクラスを受け持たされていました。
私もある病院で外来を担当した時に、モンスターペアレントと言われる親を、できるだけ私の日に来るようにしてもらいました。でも私にはちっともモンスターではありませんでした。

#2.子どもたちを上手に育てる方法。
日常生活の中でのこと
① お風呂
楽しく遊ばせながら、その間にすばやく洗う。お風呂嫌いにしないこと。

②しつけ
一番難しいのは、言葉でコミュニケーションをとれないような1歳前後から2歳ぐらいまで。2歳すぎて3歳近くになってくると、子どもにもよりますが、言葉は喋れなくても、親の言うことは理解できるようになり、言葉でコミュニケーションがとれるようになります。
しつけというのは、教育です。しつけなくてはいけないと言って、力(暴力や言葉、お金など)で強制する人達が日本でも外国でも沢山います。しかし、しつけというのはあくまで教育です。教えるということです。
幼児教育の基本は、興味を持って自分からやり始めるように仕向けて、やりたがった時に正しいやり方を教えることです。お箸を持つ、鉛筆を持つ。そこから始まります。トイレットトレーニングもそうです。トイレに行くことに興味を持たせる。そこから始まります。
興味がないのにやらせようとしても、難しいです。叱って、いうことを聞かせようとすると、叱られない所でやりますから、いろんな事故や外でのトラブルにつながります。親のいないところでやります。ですから叱ってはいけません。
 マナーは小さいうちは意味がわかりませんから、マナーに属することは、教えても意味がありません。マナーというのは大体、4歳過ぎで教えるのがよいです。3歳では理解できない子が出てしまいます。4歳では9割はうまくいきますが、できない子もいます。
よく見かけますが、若いお母さんたちの間で流行っているのが、おもちゃを「お借りします」と言わせる。ところが、「お借りします」の意味が子どもにはわからないからどうするかというと、「お借りします」と言えば、借りられると思っている。相手の子が嫌がっても「お借りします」といって、取ってしまうのです。そういう子が出てきます。意味がわからないのだから仕方がありません。言えば借りられると思っているのです。でも相手の方は嫌だと言っている。すると無理やり取ってしまいます。だから「お借りします」の本当の意味がわかっていないのです。
できるだけそういう場合は親が代わりに言って、借りればいい。嫌だと言ったら、「じゃしょうがないわね。あとで貸してね。」と言って、切り上げます。そうしてお借りしますの意味を教えるのです。

◇危険なことは叱ってはいけない。
危険なこと、危ないことはその説明をして、まず目を見て「これはしないでちょうだい」と目で訴えかけること。普通の子は大体それで言うことを聞いてくれます。じっと目を見て、真剣に訴えると、普通はしません。
どうしても言うこと聞かなければ前に述べたように、強制的な方法をとるのですが、それはあまりしない方がいいです。できるだけ繰り返し繰り返し言い続けることです。それで言うことを聞いてくれたら、一人でいても決してやりません。親が見ていないところでもやりません。

◇一人でやっていけないことは、親がついていても、やらせてはいけません。典型的なのは、親が抱いて窓やベランダから下をのぞかせる。これをやると、一人でいる時に自分でのぞいて落っこちて事故につながります。
北欧やアメリカのいくつかの州は、窓やべランダには柵をつけるように法律で義務づけています。のぞけないようにします。
いろんな想像できない、今言う想定外の事故があります。子どもの習性を知っていれば想定内なのですが。
窓際にべッドを置いていたら、子どもがベッドの上で、跳んだり跳ねたりしていた。窓が開いていてもちろん日本では柵がありません。それで飛んだ拍子に窓から飛び出して、下に落ちて命を落としました。ということもあります。これは高いアパートであった実例です。自分でのぞいたわけでも飛び降りたわけでもありません。ただべッドの上で跳びはねていただけで落ちました。そうすると窓には落ちないように防護をしておかないと危険だということになります。
それから高い所に乗せてあげることもいけません。わざと高い所に乗せてあげたりする親がいるのですが、そうすると子どもは一人で自分で上っていきます。箪笥の上なども上手に上ります。順番に引き出しを開けて昇っていきます。教えなくてもやります。
昔ある病院で、私の腰ぐらいのべッドの高さで、私の顔ぐらいまでの柵がありました。その子は、ベッドより低いぐらいの背の高さだから柵よりも低い。にもかかわらずふっと気が付くと下に降りているのです。柵を上げたべッドの中にいたはずなのに。「あれ、誰が降ろしたのかな?」と思うが、誰も降ろしていないのです。ちゃんと柵は上がったまま。変だなと思いました。それが2~3回ありました。ある時看護師がそーっと隠れて見てたら、上手に柵を上って反対側に向いて下に降りていたのです。
子どもは考えられないことをします。
だからこんなことはできないだろうなどと思ってはいけません。そうしないとびっくりするようなことをします。よく上手にできるなと思うようなことをやります。しかも周りで見ている時は決してやらない。だから気が付かない。誰もいなくなるとやります。

◇子どもがしてはいけないことは、大人がする所を見られてはいけません。できるだけやっているところを見せないことです。子どもは大人の真似をしたがり、必ず真似をします。
他の子をすぐひっぱたく子がいます。それは多分周りの大人から叩かれていたのです。叩かれる子はよその子どもや大人を叩く。だから叩いてはいけません。叩くというのが普通だと思っているのです。
最近子どもの虐待が目立っています。子どもを虐待する親は、子ども時代に虐待されていることが多いです。だから虐待している親を責められません。教育して直してあげないと治りません。それが判ってアメリカ、ヨーロッパでは虐待する親の教育プログラムが作られて、教育治療が進んでいます。
日本ではまだ遅れて、そういう負の連鎖が一般には理解されていません。自分がやられたことを子どもにやってしまいます。自分では判っていても止められないのです。それが悲劇です。それがどんどん増えています。それは叩いて子どもを言うこと聞かせようとすることは、日本だけではないですが、一般的に残っています。子どもを自分の思いどおりにさせようとするのに暴力を使ってはいけないのです。
乳幼児に虐待しても、こりずに同じことをします。怒られたことだけ覚えていて、なぜ怒られたか覚えていないのです。そしていつも自分が悪いことをしたと思い込みます。子どもの虐待で親を責めると、子どもは「違う、私が悪かった」と言います。

◇大人がしてはいけないことは子どもにさせてはいけません。日本では子どもだからいいだろうという風潮が、特にお年寄りにあるのですが、これはいけないこと。「子どもはいいけれども、大人になったらしてはいけない」ということをどこかで教えてあげないと、そのまま大人になってしまいます。それで、子ども時代にやったことを大人になってもやり続けて失敗します。子どもが何か悪いことをしたら、それはいけないことを教え、相手に対して親が謝ります。子どもを謝らせるというのは小さいうちは無理ですから、無理に頭を下げさせるというのは意味がありません。親が謝っているのを見て、「これは失敗したな」と子どもに思わせることが大切です。親に迷惑をかけたと思うようになってくれるのが一番です。そうすると自分で謝るようになります。
話は違いますが、悪い言葉を使った時に叱ってはいけません。知らぬふりして反応しないこと。違う話題にすりかえます。関心を示さないことです。芸人が芸をした時にお客さんに受けないと別の芸を考えます。それと同じです。無関心のふりをします。そうするとつまらないから親にはしなくなります。昔、国立病院時代にダジャレをよく言う意志が居ましたが、まず出勤して医局という医師のたまり場で試して、受けると病棟へ行って言い、さらに受けると外来で患者さん相手に使うのです。毎日違うダジャレを考えていたようです。それと同じです。叱るという関心を見せてはいけません。

◇しつけの基本的なことは、「しつけ」はあくまで教育だということです。やりたがるようにさせて、やりたがった時に正しいやり方を教えます。お箸の持ち方も始めから正しいやり方を教えます。絵の描き方、音楽でも、いろいろな習い事もそうですが、最初から正しいやり方を教えます。
大人もそうです。早く上達したかったら、スキーでもスケートでも、テニスでも先生について正しいやり方を覚えることが上達の秘訣です。その方が上達が速いです。変な癖がつくと、一生治りません。私がアイスホッケーの東京学連の講習会で教わったアイスホッケーのカナダから来たコーチは「最初についた悪い癖はもう治らない。上手にその癖をカバーするだけです。うまくなったら、上手にカバーするけれどもその癖は治らない。」と言っていました。 
実際にそうです。私もアイスホッケーでスケー卜をやっていて、変な癖がつきました。その後、中年になってスキーを始めたら、すぐ上達したけれども、ある程度うまくなったらその変な癖が同じように出て来ました。それはある程度ごまかすことはできますが、治りませんでした。大人でも同じなのです。新しいスポーツする時には、きちんと正しいやり方を教わりましょう。
子どもは特にそうです。初めてやるものは正しいやり方をきちんと教えます。根気よく教えて下さい。そうすると速く上手になります。お箸でも1歳半から2歳ぐらいで持ちたがりますから、持ちたがった時に正しいやり方を教えます。そうすると、3歳で小豆をお箸でつまめるようになります。

③添い寝。
添い寝というのは、ある時東大の小児科教授が添い寝をしてもいいと言い出した。それ以来一般に添い寝がいいと言うようになりました。
それまでの小児科医は何とかして添い寝は止めさせようという歴史でした。明治時代の後半に小児科医が生まれてからずっと添い寝は止めさせようとした歴史があります。なぜかというと、添い寝をして赤ちゃんを窒息死させる事例が後を断たなかったのです。
それでその東大教授が言い出した後、ある小児科医が全国調査をしました。その結果は、たった1カ月の間に2人添い寝で窒息死した例が見つかりました。だから添い寝はしてはいけないと思います。同じお布団に寝るということです。隣の布団に寝るのは添い寝ではありません。
また添い寝して寝かしつけていると、添い寝をしないと寝られなくなります。タバコを止められないお父さんたちと同じように、添い寝をしないと眠れない習慣がついてしまいます。だから添い寝はしないで下さい。側についているのは構わないです。一緒に寝ないこと。
これはプライドを持つようになる月齢、つまり生後7か月頃です。人見知りの始まる頃です。人見知りは一種の自己主張です。それが始まると治そうとすることに抵抗します。
だから人見知り前に治すことがこつです。

 ④指しゃぶり
指しゃぶりというのは要求不満の現れです。何でも口へ持って行くというのは。その一番は食欲です。
ヨーロッパやアメリカで指しゃぶりを止めさせようという動きがあり、その時に何をしたかというと、要求に応じて離乳食を早めていきました。欧米で離乳食をどんどん早く進めて来たら、指しゃぶりをする子や、口に物を持って行く子が減ってしまいました。
落ちている物を口に入れません。そうなるのは全員ではなく、3分の2くらいです。3分の1はいくら離乳食を早くしても、指しゃぶりをしたり物を口に持って行ったりします。
それでその次に、物をしゃぶったりくわえたりする欲望があるのではないかと考えて2ヵ月から4ヵ月の間にしゃぶらせたり、くわえさせたりさせました。それでまた指しゃぶりする子が減りました。お腹が一杯になってもそうしておくと、その内に指をしゃぶらなくなりました。
でも結局1割の子はどうしても残ってしまいました。これは何か判らない他の原因による要求不満と考えられています。これはその要求を満たしてあげないと治すのはなかなか難しいです。
いずれにしろ、子どもの要求を満たすと、1歳頃には指をしゃぶらなくなります。他の方へ関心が移って行きます。その時期をのがすと指しゃぶりは4~5歳まで続いてしまいます。
指をしゃぶることが、精神安定剤の代わりになって満足感を得ます。指しゃぶりを、引っ張って離しても無理です。
指しゃぶりを止めさせたかったら、両手を使う遊びをさせます。退屈させないようにして、常に飽きたらほかのもの、飽きたらほかのものと両手を使わせていると、指が口にいきません。つまり指から関心をそらせます。
でも寝る時には指しゃぶりをしてしまいます。その場合はぐっすり眠ったら指を抜いておくことです。一晩中指をしゃぶり続けていないと眠れないようになってしまうと、歯間が変形します。歯というのは面白いもので、動くのです。新しい歯が生えてくれば、整列していきます。少ないと間が空いてきます。だから、歯が生えるスペースが狭いと飛び出して来たりします。指をしゃぶると、真ん中の歯の間が開いてきます。それでいけないと言うのです。
おしゃぶりも同じです。おしゃぶりと指しゃぶりとどっちがいいかと言ったら、おしゃぶりの方がいいです。その理由はおしゃぶりは始終手に取るところにあるわけではないです。 
一般的におしゃぶりは3歳で離れることが多いです。子どもが恥ずかしく思うからです。それで自分で止めようと思うようになります。ところが指しゃぶりは5、6歳まで続いてしまいます。なかなか恥ずかしいと思わないからです。
おしゃぶりは赤ちゃんのものだと思っているから、おしゃぶりしていると恥ずかしいと思いますが、指は自分の指ですから恥ずかしくないのです。指しゃぶりが終わったと思ったら、爪を噛んでいます。

 ⑤食事とおやつ
おやつは「お菓子と果物」と思い込んでいる方が多いですが、子どもの食事というのは、必要なカロリーを1日3回の食事で満たせないので、おやつが必要です。1日に必要なカロリーを4等分して4分のlが1回の食事で3食食べ、残っている4分の1を何回かに分けておやつにします。夜遅ければ夜食が必要になります。
夜食べさせると虫歯になると食べさせない人がいます。大人たちはお腹が空いたら夜でも食べます。それを子どもには食べさせないというのはおかしな話です。子どもだってお腹が空きます。食べたら歯をみがけばよいです。
虫歯になるのはまた、別な理由です。
虫歯は、世界的に見て先進国では減っていて発展途上国で増えています。ということは何らかの生活上、または文化的な問題に関連しているのではないかということが疑われています。歯磨きが普及したためとか、フッ素を塗ったから減ったという証明はありません。
ただ歯を磨かないよりは磨いた方がいいです。多少は少なくなる程度です。だから歯磨きを無理やりさせてはいけません。歯磨きはできるだけ楽しくさせて毎日するようにさせましょう。無理やりきれいに磨こうとすると、子どもは嫌がります。嫌がるのを無理やりすると大嫌いになってしなくなります。折角お母さんたちが歯を磨かせようと思っても、子どもが嫌がって、一生歯を磨かなくなったりすることがよくあります。嫌いにしないことが大切。

 おやつはお菓子や果物ではなくて、軽い食事です。1回の食事の基本はお子様ランチ。
お子様ランチを食べる時に、お菓子やデザートから食べて構わないです。「お菓子やデザートは食事が済んでからにしなさい」と言うと、少食、偏食の習慣がつきやすくなります。それはお菓子が食べたいから「もうお腹が一杯、じゃ食べても良い?」と言って、お菓子やデザー卜を食べます。でも本当はまだお腹が一杯じゃない。だけど言った手前、子どもは食べないで我慢してしまいます。それで少食の習慣がついてしまいます。いつ何を食べても構わないです。
子どもの食事を見ていますと、先にお菓子を食べて、デザートを食べてそれからおかずを食べて、最後に白いご飯だけもくもくと食べたりします。別にそれで構いません。子どもの好きに食べればいいです。お腹が空いた時に欲しい物を欲しいだけ食べればいいです。
今から60年以上前にイギリスで小児科の女医さんが、一歳半頃の子ども二人を使って試みた実験が、クララ・デービスのカフェテリア実験と呼ばれています。科学史にも、スポック博士の育児書にも出ていたと思いますが、忘れました。
二人の子に今でいうバイキング式で、いろいろな子どもの食事を並べて、好きなものを好きなだけ食べさせました。その結果は、子どもたちはムラ食い、まとめ食いをしましたが、一か月と言う期間を取って調べたら、必要なものを必要なだけ食べていたのです。その結果を学会で発表したら、ヨーロッパやアメリカでいくつもの追試験がされてみな同じ結果になり、それが良いことになりました。日本では知られていません。一部の栄養士は知っていましたが、小児科医で知っている人はほとんどいませんでした。

甘いものを好きにさせたくなかったら、甘く調理した糖分のたっぷり入った食べ物を食事中に食べさせてしまいます。つまり糠分を充分満たしてあげれば、体が甘い糖分のものを必要と感じなくなります。そうすれば甘い物を好きになりません。でも生まれつき甘い物が好きな人は直せません。それはご両親のどちらかが好きだったら、仕方がありません。

沢山食べさせようと思うお母さん達がいます。それはうまくいきません。沢山食べる子はお腹が空くから沢山食べます。お腹が空くのは、どんどん大きくなる子、それからよく動く子で、そういう子は沢山食べます。女の子やおとなしい子はお腹が空かないから沢山は食べません。二歳でときどき大人並みに食べたりします。
 ハチドリという鳥が上野動物園にいますが、飛んでいる時に羽が見えません。止まると見えます。つまり羽を蜂の羽のように動かしているのです。ハチドリは大体自分の体重の10倍から15倍の食糧を毎日食べます。そのぐらい食べないと、羽を動かすエネルギーが得られないからです。よく動く子は沢山食べないと、お腹が空いてしまうのです。よく動く子というのは、のべつどこか体を動かしています。おとなしい子はそんなにお腹が空かないです。だから沢山は食べられないです。小さい子もお腹が空かない。だから少ししか食べないです。それで構いません。好きなだけ食べればいいです。
沢山食べると大きくなるというのは思い違いです。大きくなる子が沢山食べます。
ただ、私の年代から上の人達は必ずしもそうは言わないです。あの人は中学生時代に沢山食べたから急に大きくなったなどと言います。それは何故かというと、昔は食糧が充分なかったから、沢山食べられず少ししか食べられなかった。大きくなる素質があるけれども少ししか食べられなかった人は、ある時沢山食べると大きくなります。大きくなれなかった分を取り返します。
今の子どもたちは、食べたいだけ食べられる時代ですから、食べたいだけあげればいい。そうするとその子どもの持って生まれた大きさに成長します。それは変えられません。沢山食べさせたから大きくなる訳ではないです。犬だってそうです。犬の種類によって大きくなるタイプとならないタイプとあります。小さいタイプの犬に、沢山食べさせてもふとるだけで大きくはならない。それと同じです。
いずれにせよ、乳幼児期には子どもたちにお腹を一杯にしてあげて下さい。
 遊びながら食べるのを止めてはいけません。食べている間は与えてよいです。しかし、遊び専門になったら止めて、片付けてしまいましょう。

⑥トイレットトレ-ニングと排便の習慣。
 トイレットトレ-ニングは、トイレに行こうという気持ちにさせるのが一番のポイントです。オマルを置いておき、乗ってやってみようかと誘導する。トイレに行って見ようかと誘導するのも構いませんが、強制してはいけません。強制すればする程行かなくなります。興味を引くことです。それとなく親が「トイレに行ってくるからね」と言って、行くところを見せる。子どももトイレってどんなところかな、やってみようかなという気持ちにさせる。そうすると、興味を持ちます。嫌がったら止めておく。それからおむつもそうです。無理に取ってはいけません。何とかして取ろうとすると、おむつ関連のいろんな病気、おねしょやおもらしをするようになります。自然に取れるまで待つことです。自分でおむつをするのを嫌がるようになったら、取って良いです。ただ、うまく教えられないのにおむつを嫌がる子は、しょうがないのでおむつをするしかないですが、トレ-ニング用のパンツに替えても構いません。
おねしょを治療するのは小児科です。泌尿器料にかかるのなら、小児泌尿器科です。でも小児泌尿器科を専門にしている人は少数しかいません。おねしょに対して、指導が「途中で起こすと良い」と言うのと、「起こしてはいけない」と言うのと、二つに分かれていますが、両方とも思い違いです。その子どもに合わせるのが一番正解です。アメリカの小児科の教科書には、そう書いてあります。おねしょは放っておいても必ず治ります。ただし、早くて小学校2年生、遅いと6年生から中学1年生頃までかかります。それ以上超えることはまずない。だけど、おねしょはどうしてなるかという話をしただけで、一晩で治る子もいます。だから精神的な要素があります。100パーセントこうすればうまく行く方法はないけれども、6歳過ぎたおねしょの子がいたらお連れになって頂ければ、おねしょのお話をしてあげます。子どもにまず私の話を聞いてもらうことです。そうすると、ずっと少なくなります。要するに、緊張しておねしょをすることが多いのです。
子どもは面白いです。うんちを自分の分身、自分の身体の一部みたいに思うのです。だからよくうんちを触ったりします。汚いとは思わない。自分の身体から出て来たのだから身体の一部みたいなものです。それを叱ってもしょうがない。上手にすばやく片付ける。だからうんちをするときに、人に見られるのを嫌がったりする子がでてきます。またトイレでおしっこはするのに、うんちをしたがらなかったりする。これもおむつの中でさせるより仕方がない。おむつの中にすると、「出た」と言う。これはそのまま待ってるしかない。そのうちにおむつの中にするのが気持ち悪いとトイレに行ってするようになります。
便秘。便秘は大きくなってからは便がでないと気になる人の病気ですが、赤ちゃん時代は食事の量、つまり離乳食の量が少ないと便秘になります。

⑦夜泣き
夜泣きは悪い夢。人は夢を見てストレスを発散させています。嫌なことが昼間あると、それを夢で見て発散します。嫌なことがあっても、昼間は嫌だと言えないのに、夢の中では嫌だと言えるのです。夢の中で嫌だと言って泣いて夜泣きをします。恐ろしいことや怖いことはいつまでも覚えていて、毎晩その夢を見て泣く子もいます。子どもは恐ろしがらせたり、怖がらせたりしてはいけません。そうするとそれがずっと染み付いてしまう。特に乳児の初期や、妊娠の後期にお母さんがパニックになると、臆病な子になります。
幼児は現実と空想の区別が子どもにはありません。だからサンタクロースを信じるのは小学校の低学年くらいまで。現実と空想の区別がないからです。小学校の中学年になってくると、区別がつくようになります。区別がつくまでは怖い話をしてはいけません。現実と作り話の区別がつかないから怖がる。それで夜泣きをします。
ある小児科医が書いていましたが、ある子は高い高いをするとその夜泣くという。どうもそれが嫌だったようで、夜中にその夢を見て泣いて嫌だと言っていたのです。高い高いを止めたら、夜泣きをしなくなりました。夜泣きをする場合には何か嫌なことがある。嫌なことはどうやって見分けるかと言うと、子どもの目をよく見ることです。赤ちゃんの場合には目がまん丸で輝いて、いい顔をしていればいいのです。嫌だなって顔をしているとそれは嫌なこと。だから目をいつも見ていること。目を見ていると子どものいろいろな感情が分かります。

 ⑧薄着とはだし
薄着も同じで、嫌がる子にはさせる必要はありません。薄着が健康に良いという根拠はありません。薄着にさせたければ、小さい時から、薄着の習慣をつけます。でも物心がついた時から、薄着を嫌がる子もいます。寒ければ着ればよい。
はだしは、屋外では危険が一杯ありますからお勧めしません。
泥んこ遊びもやりたい子だけがすればよいです。泥んこ遊びをして手が荒れる子は防御して泥んこ遊びをさせます。終わったら手に薬をつけます。つまり子どもの日常生活をやらせながら、それでうまくいく方法を見つけてやらせてあげましょう。これが小児皮膚科医の考え方です。

⑨うがいとマスク
うがいをしても埃や汚れはとれますが、ウイルスや細菌はとれません。風邪をひかないためにうがいをしなさいというのは、あまり意味がない。マスクをしても風邪の予防にはなりません。マスクの隙間を風邪のウイルスは簡単に通過してしまいます。ただ風邪をひいた人は、他の人への濃厚な感染を防ぐためにはマスクをした方がよいです。これを「エチケット・マスク」と言います。
川口の歯科医が始めた濡れマスク法。これは夜寝る時に濡れマスクをして寝ます。そうすると風邪をひかないと言うのですが、のどの乾燥を防ぐためだけですから、それ程特効的なものではありません。ただのどの乾燥を防ぐためには濡れマスクというのは良いです。ただ慣れないと周りを濡らしてしまったり、息が苦しくなったりします。

 ⑩手を洗う。
手からも風邪のウイルスはうつると言いますから、手を洗うことはよいですが、そんなに必死になることもありません。普通は水道水で石鹸を使って洗えば良いです。ただ、あまり洗いすぎないこと。殺菌や消毒は必要ないです。ただし指輪ははずし爪は伸ばさないこと。 
食品を扱う職業の人はしっかりと手洗いをすべきです。でもしばしば調理師は手洗いをしていません。
アメリカでは手洗いを義務付けられてはいないようです。法律で義務付けるかはまだ論争中のようです。でも日本より食中毒が多いことはありません。
だけど日常的には厳重にする必要はありません。皮膚には1平方センチに約10万の微生物が住んでいます。その中には細菌は勿論いますが、細菌以外の生物もいます。そういう常在する細菌叢があり、それが皮膚を守る役目をしています。完全に出来上がるのが小学校の2、3年生ぐらいです。だからそれまでは「とびひ」があります。それ以後はとびひは起きなくなります。手を洗うと一時的にはその細菌も一緒に落ちますがまた増えて戻って来ます。逆に手を洗い過ぎると、その常在の細菌層を乱してしまい皮膚炎が起きます。

 ⑪本を読む
 最近の子どもは本を読まないと言う人がいる。しかし、子どもが本を読まないのは親が本を読んで聞かせないからです。できるだけ小さい時から絵本を続んであげましょう。
本を読むことでお話の世界に子どもを引き込むことです。いつまでかと言うと、本人が自分で読むからいいと言うまで読んであげてください。大体小学校の3、4年生ぐらいになると自分で読むようになります。それまでは読んでと言ったら読んであげましょう。1日1回ぐらいお話を読んで聞かせてあげます。お話の世界を作ること。それが子どもとのコミュニケーションの場にもなります。1日1回30分ぐらい、できるだけ子どもと一緒の時間を作ってあげてください。特に、兄弟ができた場合に、できるだけ1日30分~1時間程度上の子とお母さんと二人だけでいる時間を作ってあげます。下の子を入れない時間を作ってあげて、その時にお話をする時間を作ります。そうすると上のお子さんは安心します。

 ⑫体罰
 体罰はしてはいけません。フランスの小児精神科医に言わせると体罰やスパルタ教育、これは大人の自已満足にしか過ぎないと言う。体罰では教育効果は上がりません。体罰はしてはいけないこと。体罰をして言うことをきく子は、体罰をしなくても言うことをききます。きかない子は体罰してもきかない。たから意味がありません。

⑬水泳や習い事
泳げなくても、人生で困ることはありません。溺れるのは泳げないだけからではないのです。欧米で乳児からの水泳を始めるのは、水を怖がらせないためで、子どもの水の事故を減らすためです。健康には関係はありません。
いろいろな習い事。これも別にやらせたから良いと言うことはありません。やらせたかったら興味を持たせて正しいやり方を教えましょう。よく音楽家の子が跡を継いだりします。それは親のやるのを見て興味を持って、そして始終良い音楽を聴くから耳が肥えます。そうすることで上手になります。絵かきの子は絵が上手なのもそうです。いい絵を始終見ていれば上手になります。だから何かやらせたかったらそういう機会を一杯作って上げましょう。それから良い先生を探して教えてもらう。良い先生は、絵を描くこと、ピアノを弾くこと、そういうことに興味を持たせてくれます。楽しくさせてくれます。そうすると自分で練習したりするようになります。
スポーツも楽しいからするので、スポーツが健康に良いことは何もありません。芸術やスポーツは楽しいからします。楽しくなければする必要はありません。日常生活がちゃんと送れればそれでかまいません。この事はスポーツ医学を専門にしている整形外科などの医者は皆そう言います。学校の部活や少年スポーツは間違っています。アメリカでは野球でもピッチャーは1試合に何球まで、その後何日間か間を空けなければいけないということを、子どもにはしっかり守らせています。それを守らない指導者は弾き出されます。やっと日本も高校野球が2人投手制になったばかりでまだまだ遅れています。そのために身体を壊す子どもが後を断ちません。
芸術やスポーツは楽しいからするので、それに対して興味を持ち、才能があれば伸びていきます。才能があれば伸びるけれども、その子のもっている能力まで早く到達するだけで、そこから先は努力ですが、才能がなかったら駄目です。いくら練習してもイチロー選手のように打てるのは、能力がある人がなれるので、能力がなければいくら努力してもなれません。打撃というのはセンスですから、練習してもある程度までしかいきません。守備は努力すればうまくなることができます。
 早期教育は、早く上達し、早くたどり着くだけで、大人になって同じになります。早期教育はあまり意味がありません。スポーツで早く一人前の高いレベルに達してしまうスポーツ、例えば、水泳、体操、新体操、フィギュアー、シンクロナイズドスイミングなど、若い16、7歳で、世界のトップに立つようなスポーツというのは、寿命が短いようです。大体OB、OGになる年齢は、25~6歳です。私のしていたアイスホッケーはOB年齢は40歳、40歳になると外れます。野球も40歳超えてもやっている人がいます。40歳を超えてもやっている人達は、ハードなトレ-ニングを始めた年齢が遅いのです。落合選手みたいに練習嫌いで有名で練習をあまりしないで、それであれだけ能力を発揮している人は、寿命が長い。練習すれば上手になるというのは一種の幻想で、適度な練習が一番良い。

 ⑭よく遊べよく遊べ
子どもはよく遊ばせることです。遊びの中で、社会的なことを学ぶ。外遊びをできるだけさせた方が良いです。今は外は危険なことが一杯ですから、いろいろ注意しなければならないことが沢山ありますが、他の子と一緒になって遊ぶのが一番です。その中で人間関係を含めていろいろなことを覚えます。明治時代には、「学校ではよく学び、家ではよく遊びましょう。」と教えたそうです。アメリカでは教科書を家に持って帰るのを禁止しています。でも、日本人が行った場合は追いつかないので、許可を取って教科書を家に持って帰って家で教えるそうです。許可を取らないと持って帰れない。

 ⑮けんか
子ども同志のけんかは止めてください。子ども同志のけんかだからと、親が介入しないということはいけないことです。殴り合いのけんかは必ず止めなくてはいけません。言葉でけんかするのは構わないですが、それもできるだけ止めさせた方が良いです。けんかではなく、話し合いをさせること。そうしないと世界各地での内戦のようになってしまいます。暴力を使い出したら、際限がありません。やられたらやられた方が悔しくてやり返します。そうすると、またやり返します。その繰り返しにしか過ぎません。暴力を否定しているのが北欧社会。北欧は人間が人間を殴ることを禁止している社会です。人にやさしい社会です。

 ⑯日光浴
日光浴はしないのが現代です。今は、ほとんどUVカット製品が中心です。日光に当たることは良くないです。日焼けというのは熱と同じで、病気になったときに熱が出るのと同じです。日に焼ける害に対抗して日焼けをします。だから日焼けというのは病的な状態です。これが今の考え方です。日に焼かない。色の白い人は持って生まれた性質ですから、黒くなろうと思わない方が良いです。日に焼けるとシミ、そばかすやしわが沢山できます。小さいときに日に焼けたことが、大人になって出てきます。アンデスの高地に住んでいる先住民達、いわゆるインディオの人達は、私たちと同じモンゴロイドですが、4000メートル、5000メートルの紫外線の強い所に住んでいます。すると40代ぐらいでしわが一杯で真っ黒な顔をして、老人のようになっています。紫外線で早くしわがよります。しわを防ぎたかったら、日に当たらないこと。ですから外気浴の必要もありません。
人は18歳までに一生涯の半分の紫外線を浴びます。だから白人では10歳までに紫外線を防御することを教えます。日本も子どもに教えなければいけない時代になりましたが教えていません。それを元東北大皮膚科教授が言ったので、紫外線の話を書きました。
 日焼けするのはもう止めましょう。日焼けしてもすぐ黒くなって赤くならない子は、そう心配することはありません。日焼けしていけないのは、赤くなって黒くならない子、日に焼けない子、焼けてもすぐ冷めてしまう子、そういう子たちは気をつけないとやけどをします。水疱になってしまう。少しずつ焼いていくと、わりと強くなりますが、またシーズンが終わると、色が取れてしまいます。元々生まれつき色の黒い子は日焼けに強いですから大丈夫ですけれど、他の子は防御してやることが大切です。日に焼けて黒くなるのは、日焼けに強いからですから心配することはありません。一般的には、日焼けを防御するため帽子を被るとか、小さい子でも子ども用の日焼け止めクリームをつけて防御をします。

⑰下の子が生まれた時
 一つは赤ちゃんを守るために、触らせてはいけません。生まれたらすぐすることです。1回も触らせてはいけません。見ているだけ。赤ちゃんは触ってはいけないものだと教えます。上の子が女の子だったら、精巧な赤ちゃんのお人形を買って上げましょう。これはあなたの赤ちゃん、こっちはお母さんの赤ちゃん。おむつを替えたりおっぱいを飲ませたりできるような赤ちゃんの人形を買って上げて、分けてしまう。そうすることによって、上の子に赤ちゃんを触らせないのです。
初めての赤ちゃんを見ることは、子どもにとっては「不思議な生き物」です。ですからさわれません。大人でも初めて見る生き物は、すぐにはさわれませんね。
だから一度さわると繰り返しさわります。一度もさわったことがないとさわるのが怖いからさわらないのです。なぜさわるといけないかというと、始終さわらせると、赤ちゃんがくよくよしない赤ちゃんであればいいけれども、神経質な赤ちゃんはそれを嫌がって病気になります。それを止めるだけで病気が治ります。
 上の子への対策。上の子に対して、できるだけ赤ちゃんの世話は手早く切り上げて、上のお子さんの方にいつも目を向けていること。
もうーつ、上の子のいる前で赤ちゃんをほめないこと。赤ちゃんをほめると、上の子がやきもちを焼きます。上の子がじっと我慢して待ってたらほめて上げましよう。そして「さあ、今度はあなたの番よ、赤ちゃんの世話が終わったから、あなたの番よ」と言って、お相手をしてあげます。
上の子が赤ちゃんになりたがったら、赤ちゃんにしてあげてください。赤ちゃんというのは、寝ていなくてはいけません。おっぱいしか飲めません。おもちゃで遊べません。お菓子が食べられません。だから「お兄さんやお姉さんになると、お菓子が食べられて、おもしろいおもちゃで遊べるけれど、赤ちゃんとどっちが良い?」と聞いて、「赤ちゃん」と言ったら赤ちゃんにしてあげて、絶対おもちゃやお菓子を与えないで、遠くで見せて、「ほらお兄さんやお姉さんだったら、これができるけれど、どっちがいいかな」と言って、自分で選ばせます。お兄さんやお姉さんになりたくなって、「なる」と自分で言ったら、して上げてください。自分で選んだら、「さっきあなたお兄さんやお姉さんになりたがっていたでしょ。」と言って、自分の責任にさせます。親が強制的に「あなたはお姉さんだからとか、お兄さんだからこうしなさい。」というと、親にさせられたのです。ところが自分でお兄さんかお姉さんになると言ったら、自分で選んだのだから人に文句は言えません。自分の責任です。そうするとしょうがないと思います。そうすると、やきもちにならないです。

 ⑱赤ちゃん体操
 赤ちゃん体操やスキンシップも同じで、赤ちゃんが嫌がったらしないでください。赤ちゃんは体操も油をぬってのマッサージも必要はありません。自然にしていれば、うまくいくようにできています。それがうまくいかないのは、何かストレスがあるはずです。赤ちゃんの目を見ていれば判ります。「いやだな」という目をしていたら、やめること。

 ⑲保育所や幼稚園
一番問題は保育所です。日本の厚生労働省が、「母親が育てることが良い」と言って小さいうちから預けさせてくれないのです。保育所に行く最適の時期は人見知り前に連れて行くことです。人見知りが始まってから連れて行くと非常に抵抗します。人見知り前の方がスンナリと同化します。どうしてもそれがうまくいかなかったら、人見知り前に誰か預かってくれる人に預ける。そうやって、慣らしながら保育所に連れて行く。いきなり、1歳過ぎてから行くと、親と離れるのを非常に抵抗します。人見知りというのはどういうことかと言うと、自分の好き嫌いをはっきりと自己主張しているのです。だから良いことなのですが、親にとっては、非常に困ることでもあります。
幼稚園も3歳からというのは、子どもによります。うまく他の子と遊べる子は良いが、うまくいかない子は無理して3歳から入れない方が良いです。もし入れたのだったら、嫌がったらお休みしましょう。行ったり、行かなかったりさせておけば良いです。そうしているうちにだんだん上手に他の子と遊べるようになり、毎日行くようになります。9割の子が幼稚園に行けるようになるのは4歳なのです。
保育所や幼稚園の先生、小学校の先生たちは、私と違うことを言いますからそれを真に受けないことです。何故かというと、登校拒否を治せた教師の話は聞いたことがありません。つまり学校や、幼稚園や保育所へ無理やり連れて行くことによって慣れるということはありません。そのうちに大嫌いになってしまいます。息抜きをさせないといけません。嫌がったら、お休みをし、また行くのを明日にのばします。
 学校へ行くこともそうです。行くのを嫌がったら休ませなさい。「じゃ明日行こうね。今日はお休みしよう。」というと大抵翌日行くようになります。時々、嫌がるときには行かせないでお休みさせてください。母親が仕事を持っていると大変ですが、そういう時にはどこか預ける所を作るとか、考えておくしかないです。休み癖がつくというのは、思い違いです。
行くのを嫌がるには理由があります。だから嫌がる理由をなくせば行くようになります。最近の学校は楽しいことがないので、行きたがらない子が増えるのは仕方がありません。規則、規則で縛っているからです。子どもは楽しいことがあるから行きます。私の頃は給食があるから行くとか、友達と遊べるから行きました。最近は学校で朝早く行って遊べないし、夕方も遅くまで遊ぶことを禁止されていますから、楽しいことは何にもないです。でも学校によってはいろいろ工夫をして楽しい時間を作る所が増えています。

 ⑳給食、食べ物の好き嫌い
食べ物の好き嫌いは治す必要がない。好き嫌いの多くは食べることを強制するためです。食べたがらない時に強制しないことです。大人だって食べたい時と、食べたくない時があります。天麩羅が食べたい時もあれば、さっぱりしたお刺身が良い時もあります。嫌なときに無理に食べさせられると嫌になります。嫌な時に無理に食べさせないようにして下さい。そうすると食べたり、食べなかったりします。それで構いません。しかし、ある程度の好き嫌い、例えばピーマンが嫌いというのは仕方がありません。大きくなるまで待つしかないし、治せません。好きなようにさせておくしかないです。食べられる物があればいいです。ピーマンを食べなくても、ホウレン草を食べたり、小松菜を食べたりしてればいい。替わりの食べ物があれば大丈夫です。

(21)子どもは、良い大人になれば良い。
良い子である必要はありません。大人になった時に、よい大人になればよいです。ても、寄り道しても構わない。最終的に良い大人になればいいのです。いつもいい子で育っていく必要はない。そこのところだけ頭に入れておいて欲しい。途中でいろいろ悪さをしても、終着駅が大人ですから、良い大人になれば良いと思ってください。


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第3回子ども医療講座

2018-09-10 09:12:44 | 子ども医療講座シリーズ
            第 3 回 子 ど も 医 療 講 座                                   
       「 赤 ち ゃ ん を 楽 し く 育 て る た め に」
             -子どもを病気にしない育て方-
 始めに、この講座を始めた時に、恥ずかしながら「望まない子どもの誕生」を考えたことがありませんでした。でも最近は多いようです。もっと早期の性教育をすべきだと思います。特に子どもが生まれたらどうなるかということを教えなければいけない時代に来ているのに、それが遅くとも高校ですべきなのに、されていません。
 簡単に子どもを作らない、妊娠しないことを教えなければいけません。日本は低用量のピルの普及が遅れていて、その上避妊具も使用しないためなのではないでしょうか。
 望まない妊娠の第二は、強姦です。父親による娘への強姦も後を絶ちません。皆さん、強姦されたら、または望まない性行為を強制されたら、すぐに低用量のピルを飲んで下さい。そうすれば妊娠が避けられるはずです。ピルは、産婦人科で処方箋をもらうことができます。私が吹上診療所にいた時には、友人の産婦人科医に月二回来てもらい、産婦人科何でも相談外来をしていました。そのことを教えてくれたその友人も亡くなりました。とにかく、望まない子どもは作らないで下さい。できた時には、すぐ産婦人科医に相談して下さい。
 副題の通り、私の勧める育て方をすると子どもは病気をしません。ただし、親の言うことを聞かなくなります。そして自立して生きていきます。どちらを選びますか。

◎さて、いよいよ始めます。

1.赤ちゃんを育てるのは、親にとっても赤ちゃんにとっても、楽しいこと。
 赤ちゃんは、一日ごとに育っていきます。見ていると楽しいです。赤ちゃんが、おっぱい(母乳またはミルク)を飲んでくれると気持ちが良いです。痛くなるほどはった乳房を吸ってくれると、気持ちがよいです。母乳は自然に授乳が楽しくなります。母乳が出なくても、ミルクをごくごくとおいしそうに飲んでくれると、見ていても楽しいものです。赤ちゃんの仕草を見ていたり、声を聞いていたり、目を見ていると可愛いいでしょう。赤ちゃんの笑顔を見ていると、嫌なことも忘れます。

2.赤ちゃんを育てるのは、誰にでもできます。
 大切なことは、愛すること。愛することは楽しいこと。愛する人の子どもを産むこと。
いくら自分の子どもでも愛せない子どもは、うまく育てられません。愛情といつくしみをもって、赤ちゃんの世話をすることは、自然でやりがいのあることです。男だって赤ちゃんを育てるのは楽しいことです。ただ楽しさを知らないだけです。父親の育児は、技術よりも心、夫婦のいたわりあいや妻へのおもいやりが、良い父親になります。子育てで不安になることは、誰にでもあります。小児科専門医に相談して下さい。(今の小児科医はどうかな?)

3.楽しくないことは?
 ①赤ちゃんが泣く時。赤ちゃんが泣くのはなぜ。
 赤ちゃんは、言葉が話せないから、泣くことで要求や意志を表現しています。何を要求しているかを見つけて、満たしてあげればよいのです。(それが大変ですが。)

 ②それでも赤ちゃんが泣きやまない時は。
赤ちゃんが、どうしても夜、泣きやまない時、おしゃぶりをしゃぶらせたり、軽くゆすったりします。ゆりかごやゆりいすで、ゆっくりやさしくゆすること。急檄にゆすると「ゆさぶりっこ症候群」になってしまいますから、ゆっくりゆすること。
それから、自動車に乗せて近所をドライブするといい。これは、アメリカの育児書にも書いてあります。どうも自動車の軽い振動がいいのではないかと言われていますが、現実には何がいいかわかっていません。アメリカではそれが商品化されて、赤ちゃんのベッドにつけると自動車の振動の音がしてゆさぶる商品があります。それをつけてあげると、赤ちゃんが眠くなります。日本でも商品化されるといいのですが。あとは悪い夢をみて泣いている場合は、しっかり目を覚ましてあげると、普通は泣きやみます。でもなかなか覚めてくれません。

 ②おっぱいやミルクを飲んでくれない時。
赤ちゃんがおっぱいやミルクをあまり飲んでくれないと心配になります。母乳がいいのは、母乳を吸ってもらうと自然に気持ちが良くなることと、母乳をどのくらい飲んでいるか、量が見えないことです。沢山飲んでも、少ししか飲まなくても、お母さんにとっては量がわかりません。だから心配になりません。ところがミルクの場合は、「今日は50mlしか飲んでくれない。きのうは150mlも飲んだのに」と思うとどうしても心配になります。そこが母乳とミルクの違いです。だからミルクでもあまり飲む量を気にしないようにすると良いです。
昔はミルクを沢山飲むと大きくなると言われましたが、そうではありませんでした。赤ちゃんがおっぱいを沢山飲むから体が大きくなるというのは、思い違いでした。体が大きくなる子が沢山飲みます。生まれつき小さい素質の子は少ししか飲みません。
イギリスの小児科医がそれを証明しました。このことは日本にはあまり伝わっていないようです(多くの小児科医が知らないですから)。
昔高度成長経済期になるまでは、日本人は栄養不足でした。だから小さかったのです。私の世代もそうでした。私の同級生で中学を過ぎたころに、急激に大きくなった人がいます。
それは今まで栄養不足で伸びられなかったのが、その時期に沢山食べて栄養が満ち足りたから、その人の持っていた元々の遺伝的大きさになったわけです。それだけのことです。

今の人は生まれた時から、欲しい時に欲しいだけ食べることかできるので、大きい人が多くなりました。もう白人とそんなに遜色がなくなってきています。日本人が小さいと言われたのは、昔の話。それは乳幼児期と成長期の栄養不足だったのです。
実はイギリスでもそうだったのです。昔は労働者の体が小さくて貴族の体が大きかったのです。(それをもって階級制度を正当化しようとしたのです)でもそれは栄養の差でした。だから今はその差はなくなりました。(労働者も生活が豊かになり栄養状態が良くなったのです)それをイギリスの小児科医たちが証明しました。
だから、大きくなる子が沢山飲むのであって、遺伝的に大きくならない子は少ししか飲みません。それで構いません。だから欲しい時に欲しいだけ飲ませれば良いです。

 ④離乳食を食べてくれない時。
 離乳食も同じで、欲しい時に欲しいだけあげればいいです。ただし嗜好食品は除きます。基本的な食品に関してということになります。だから身体の大きい赤ちゃんやよく動く赤ちゃんは、よく食べます。おとなしいお子さん、あまり身体を動かさないお子さん、小さいお子さんはあまり食べません。それはカロリーをそんなに使わないから、そんなに沢山食べないで済んでしまいます。
だからできるだけ、離乳食を作るのも、手をかけて作らないようにしましょう。手軽に簡単に作りましょう。売っているものでも、高いものはあまり買わないことです。折角手をかけて、赤ちゃんが食べてくれないとがっかりします。そうすると、また作るのが嫌になってしまいます。だけど、ちょこちょこっと作れば「まあ食べてくれなくても、また作ればいいや」という気持ちになります。そうするとうまくいきます。市販の離乳食もそうで、折角買って来て食べさせようとしたのに食べてくれないと嫌になります。
どんどん食べれば、どんどんあげて構いません。欲しいだけあげて良いです。よく、食べ過ぎ飲み過ぎで病気になるといいますが、これは思い違いです。食べ過ぎたら太るだけです。お腹をこわすことはありません。飲み過ぎなら、おしっこが一杯出るだけです。それで病気になることはありません。(いろいろな思い違いが現代では一杯です。「思い違いの科学史」という本が出ているくらいです。惑わされないで下さい。特にネットは危険です。)

知恵熱とか、夏期熱とか言うことが昔ありましたが、それは昔、病気の診断がつかなくて、何で熱が出たか判らなかったのです。ところが、何で熱が出たか判らないと患者さんも医者自身も不安になります。だから、どこかに原因を求めたのです。だからその原因を身近なところに求めたのです。これが原因ではないかと思ったのです。現代ではそういうことはありません。(知恵熱も夏季熱ももうないです。でも赤ちゃんを着せ過ぎにすると体温が38℃になることがあります)
専門家でも、間違ったことを言う人がいます。今の医学は細分化され、自分の専門外については知らない医師が多くなりました。例えば小児科でも、新生児・未熟児科、内分泌科、血液悪性腫瘍科とか、循環器科、呼吸器科、腎臓、神経、精神などと多岐に専門が分かれています。整形外科ですら7以上の専門分野に分かれています。その一つに小児整形外科があります。このように耳鼻科、眼科、皮膚科、泌尿器科などでも小児専門と言う分野があります。ところが自分の専門以外のことで口を出します。その時に学問的な根拠がないのに自分で考えた事を言います。そうすると専門の分野で名前が通っている人だと、信じられてしまいますが、しばしば思い違いがあります。
一番多いのは、お腹を冷やすとお腹をこわすという思い違いです。お腹をいくら冷やしても、下痢をすることはありません。判りやすい例は、ダイバー(潜水作業者)です。水中ではものすごく冷えますから暖を取るために、ウエットスーツの中におしっこをします。そのくらい冷えるのに、その人たちは下痢をしません。海女さんたちも海からあがってたき火で暖を取りますが誰も下痢をしません。
赤ちゃんでも大人でもそうですが、下痢がひどい時にお腹を触ってごらんなさい。触るとお腹が冷たくなっています。それでお腹を冷やしたから下痢をしたと思ったのでしょう。でも原因と結果が逆だったのです。本当はお腹の具合が悪いから冷えたのです。お腹が回復すると自然にお腹は暖かくなります。冷えたからではなかったのです。
お母さん方女性に多い、よく腰が冷えるとか足が冷えるとかいうのも、冷やしたから冷えたのではなくて、貝合が悪いから冷えたのです。だから暖めても暖めてもそういう時は暖まりません。病気が良くなると、自然に曖まっています。
普及しなかったのですが、人間の皮膚温度を調べて病気の診断に使うというサーモグラフィーという検査機械があり、それで病気の診断をしようとしました。「皮膚のどこが冷たいか」で病気を推定するのです。つまり冷たくなっているのは病気のしるしです。病気だから冷たくなっていて、冷やしたから病気になった訳ではなかったのです。しかし、精度がよくなくて使われず、暑さ寒さのひどい時に気象情報のテレビ画像に使われたり、空港の入り口で熱のある人をチェックする為に使われています。
だから食べ過ぎ飲み過ぎも同じで、病気になることはありませんから心配しないで下さい。
太るだけです。ただ牛乳やコーラなどのカロリーのあるものを飲み過ぎると、それでお腹が一杯になり、食事を食べなくなることがあります。またしっかり食べていて牛乳を飲むと肥満の原因になります。

 ⑤言うことを聞かない時。
 なかなか子どもが言うことを聞いてくれません。これは生後7カ月前後、人見知りをし始めて以後のことが多いです。人見知りは自己主張の一種です。自分の好きな人とそうでない人を分けますが、他のことでも同じで好きなやり方しか受け付けてくれません。この頃にはプライドがあると言います。叱ってもあまり意味がありません。叱られても、叱られたりたたかれたりしたことは覚えているけれども、何故叱られたのか判らないのです。だから繰り返し同じことをします。最近多い子どもの虐待を見ても判りますが、タバコの火を体に押し付けられて火傷させられても、繰り返し同じ間違いをします。だから繰り返しやられて、身体にやけどの跡が一杯ついています。体罰は意味がありませんし、叱っても意味がありません。
3歳過ぎると、多少判ってきます。精神的なことからくる病気、例えば気管支喘息なども大体は3歳過ぎから発病します。
マナーや礼儀作法は4歳を過ぎてから教えます。それでないとしている意味が判らないからです。子どもに物を借りる時に、「貸してちょうだいと言いなさい」というお母さんが多いけれども、3歳までは意味がわからない。だから、お母さんが代わりに言えばいい。
ある子どもがお母さんに「おもちゃを貸してと言いなさい」と教わった。そうするとその子どもは2歳だったのですが、そう言えば自分が借りていいものだと思っていたのです。だからそう言って相手のおもちゃをとってしまいます。相手は嫌だと言ってるのに、貸してちょうだいと言って、持っていってしまうのです。つまり、マナーの意味がわからないから教えても意味がないのです。マナーは本格的には4歳過ぎ、幼稚園に入るころから教えます。
できれば、お母さんがやって見せて、まねをするように仕向けます。大人が教えるより少し上の年齢の子に教えてもらう方がうまく行きます。

子どもが言うことを聞いてくれないと、どうするかが悩みの種です。何かを止めさせたい時、できるだけ小さいうちは、関心をそらすことです。子どもというのは、関心が次々と移ります。ですからパッと「これはどう」とおもちゃや子どもが関心を持ちそうな他のことに関心をそらします。そっちがおもしろそうだとそっちにいってしまいます。そして、やっては困ることから離れていきます。そのようにして関心をそらせます。
例えば子どもが物を投げました。いけないことですが「投げちゃだめよ」と言わないで、知らんぷりして「ほらこっちで遊びましょ」と言ってパッと他へ誘導します。叱ると、しっかり子どもの頭にインプットされて覚えてしまいます。だからパッと他のことに誘導して、今のことを忘れてもらいます。そうすると叱らないで済みます。だからやめさせたいことや、嫌がることを他のことに誘導することで忘れて貰います。
叱れば叱る程、そのことをしっかり覚えていて、親が怒った時に仕返しに、それをします。
 悪いことをしたり、悪いことや危険なことをしようとしても同じですね。他へ関心をそらして忘れて貰います。
早い子は3歳、遅い子は4歳を過ぎるようになると、話が判るようになりますから、「これは危ないからしないでちょうだい」と話をします。「何故危ないか」も話しをします。判っても判らなくても構いません。同じことを繰り返し繰り返し言い続けることです。叱らないで下さい。危険なことほど叱らないで下さい。「危ないからしないで」を繰り返し言うしかありません。
叱って言うことを聞かせると、叱られない所、つまり親の見ていない所でやります。そして事故につながります。だけど、叱らないで言うことを聞いてくれると、親のいない所でも決してしません。そうすると、親がいなくても、事故が起きません。
そのかわり大変ですよ。根気よく繰り返し言い続けないといけないのだから。そして言うことを聞いてくれたら、ほめてあげて下さい。「いい子ね」と。
みんないい子になりたいから、お母さんの言うことを聞いてくれるようになります。

もし、どうしても叱る時には「あなたはいい子だから、こういう悪いことをしてはいけませんよ」と叱ります。
子どもの論理というのはおもしろいもので、良い子は悪いことをしてはいけないのです。良い子は良い子にしていなければいけません。でも悪い子は悪いことをしてもいいのです。だって悪い子なのだから。嘘つきは嘘をついていいのです。嘘つきなのだから。ぐずな子はぐずぐずしていていいのです。だってぐずなのだから。
だから、そういう非難の仕方を決してしてはいけません。つまりいつもいい子にしてあげる。「いい子だから、こういう様にしましょうね」と言う。決して命令しないこと。大人でもそうでしょう。命令されると嫌だけれど、「こうしましょうね」と言われるとなんとなくそういう気持ちになったりします。

子どもをうまく誘導すること。1回や2回、いや繰り返し言っても言うことを聞いてくれなくても、そんなことは仕方がないと思って下さい。繰り返し繰り返し、言うことです。

それから何かをさせたい時、やってもらいたい時には、親がやって見せること。楽しそうにやって見せると子どもはやりたがります。それから上のお子さんだとか、よその子がやっているのを見せます。それを見てやりたがった時に、正しいやり方を教えるというのが、幼児教育の基本です。やりたがらない時には、無理にやらせません。じっと機会をねらって、また同じことをやって見せます。やりたがるのを待ちます。育児は根気がいります。だから私は、育児は若い時にしかできないと思いますし、若いからできるのです。それは子どもを愛しているからです。愛していなければできません。最近は、子連れで結婚することも増えました。相手の子を愛して下さい。そうすれば虐待は無くなります。

 ⑥いつでも、どこでも、連れていかなければいけないこと。 
子どもを育てる時に一番大変なことは、24時間いつも一緒にいることです。これが大変です。いつも親から離してはいけません。ある程度大きくなったら、誰か大人に預けて出ていけます。子どもだけで置いて行ってはいけません。
日本ではそうではありませんが、欧米では家や車の中に大人がいないままに子どもを一人で置いていくと、法律で罰せられる国が増えています。それは子どもを守るためです。
車の中に子供を置いたまま事を盗まれ、盗人が子どもがいるのに気が付いて放り出されてしまうという事件がありました。あの事件の問題は親が非難されなければいけないのです。欧米ではまず親が処罰されます。もちろん犯人も処罰されます。そういう危険にさらしてしまったということが親の責任です。
アメリカの話ですが、レストランのガラスの外の自分の席の前にべビーカーに乗せて置いただけで警察官が来て問題になりました。それはフランス人だったので、目の前で見ているから大丈夫ということで何とかおさまったのです。それすら問題なのです。これは子どもを保護するため、とにかく誰かに預けて大人が側についていることが必要です。いつでもすぐ子どもの危険に対処できることが必要なのです。
べビーシッターが子どもを虐待したというテレビが放映されていましたが、アメリカではそれが問題になる程ふえています。子どもを安全に守ってあげることが必要です。子どもを育てることは大変なことなのです。日本でも、特に無認可保育所での問題があります。訴えても、子どもは戻りません。

4.赤ちゃんに、自分が愛されていることを感じさせることが大切。
 愛されていると感じさせるのは、とうしたらいいか。アメリカのホワイト博士が言うには「気持ちがいい」と感じさせてあげるとうまくいくと言います。そうすると父母の愛情を感じます。        
そういう状態の子どもは、あまり病気をしません。いつもいい気持ちにしてあげましょう。その為には
①いつもお腹を一杯にしてあげること。空腹を満たすことです。
それには早めの離乳をお勧めします。

 早期の離乳は、1)赤ちゃんの食欲を満たします。
2)そうすれば、寝る時もしっかり食べさせれば、夜中の授乳は無くなります。
3)指しゃぶりや物を口に入れることが無くなります。その結果、
4)異物の誤飲事故が減らせます。
5)大きくなっての指しゃぶり、その後の爪噛みをなくします。
6)3か月過ぎての母乳依存は、低カロリーのために、赤ちゃんの脳の代謝の栄養不足と、筋肉などの身体の栄養の不足が生じ、脳と身体の発達の遅れを生じます。乳幼児早期の低栄養は、脳の発達の遅れと体特に身長の伸びの遅れを生じ、遺伝的慎重に達しないことが出てきます。遺伝的に両親から受け継いだ、知能と身長をそのまま発揮させるためには、早期の離乳を勧めます。
 私の世代の身長が低いのは、小さい時の低栄養だったからです。
7)思春期の食にまつわる精神的な病気は、乳幼児早期の食生活に問題があるのではないかと疑われています。欲しい時に欲しいだけ飲んだり食べたりと自然の食欲に任せて育てると、食関連の病気(肥満、食欲異常症、食思不振症など)が少なくなると思われます。
8)食物アレルギーも、赤ちゃんへの早期の、しかも好きなものを好きなだけ与えることが、予防できると思います。食物アレルギーは、乳幼児への食べ物の押し付けや制限から生じている疑いがあり、私はそれをやめてもらうことによって治しています。
ついでに言えば、発達障害も神経質な子どもへの干渉、過保護などのしつけが厳しすぎることによって生じている疑いがあります。1歳半までに見つけて、早期に専門医に育て方のアドバイスを受けるとよくなる例が少なくないからです。それができる医師は少数ですが。

 授乳はいつでも欲しい時に欲しいだけ与えましょう。赤ちゃんの食事ですから、お腹が空いた時にあげましょう。
母乳はあくまで食事の一部ですから、お腹が空いている時以外はあげないで下さい。日本では泣くとすぐ母乳をあげる人が多いし、寝る時にあげます。つまり睡眠剤や、精神安定剤のかわりに母乳をふくませてしまう事が多いのです。そうすると、断乳(卒乳)も簡単にいきます。寝る時も離乳食が遅いとおなかが空くので欲しがります。
離乳食は早めに、赤ちゃんに合わせて進めましょう。赤ちゃんが主人公です。あなたの前にいる赤ちゃんに合わせて進めましょう。本や他人(医師、保健師、栄養士、助産師、友人)の言うことに、あなたの赤ちゃんが当てはまるかどうかは判りませんから、目の前の赤ちゃんに聞いて下さい。

早めの離乳食は、果物から野菜に進めます。まず果汁、そして果実がゆから、野菜の煮つぶしに進め、おかゆなどの穀類は生後4ヶ月過ぎてから与えます。
果汁がスプーンで飲めるようになったら、果実がゆに進めます。
初めはりんごソースで、アップルパイを液状にしたものをイメージして下さい。おろしたりんごを白湯で倍にうすめてお砂糖をいれておいしくしてどろっとするまで煮て与えます。
(甘いものを早くから与えると、甘いもの好きになるという思い違いを信じないで下さい。子どもの成長期特に乳幼児期は、脳の代謝にグルコースが必要です。だから炭水化物が必要ですが、手っ取り速い糖分を好み、成長が止まるとつまり大人になると欲しがらなくなります。ただし、親が甘いもの好きなら仕方がありません。)
美味しくして与えましょう。食べてみて美味しい物、上の子が欲しがるほどの物を与えましょう。甘く美味しくし、塩分も減らさず、美味しくしないと食べてくれません。それで悩んでいるお母さんたちがいますが、糖分や塩分を減らすことは、ワクチンを打たなければいけないことと同じ意味ではないでしょうか。無条件で信じてはいけません。何かを疑ったら、全て疑って下さい。私は、そうして今の考え方にたどりつきました。

初めはウースターソース状にし、なれたらだんだん濃くしてとんかつソース状にし、最後はおろしただけにして与えます。
それが食べられたら、バナナをフォークの背でよくつぶして与えます。
それから野菜の煮つぶしにします。うらごしなどする必要はありません。赤ちゃんも喜ぶし、手もかからない。離乳食もできるだけ早めに進めましょう。あなたの赤ちゃんを信じて下さい。食べられなければ押し出すか口に入れて味を見て吐き出します。食べるものを与えて下さい。本に書いてあること、他人の言うことには思い違いがありますが、あなたの目の前の赤ちゃんは現実です。あなたの赤ちゃんを信じて下さい。
ある赤ちゃんは、7か月過ぎまで母乳だけでしたが、這い這いできるようになり、ある時這い這いして行き、卓上のお茶碗の中に手をつっこんで、ご飯を掴んで食べ、それ以後母乳をいやいやして、ご飯や親の食べるもの以外を受け付けずに離乳した例があります。
離乳は、母乳から栄養価の高い親の食事に移行する過渡期なのです。世界でいろいろなことが行なわれていますが、とにかく幼児の食事に移行できればよいのです。

日本の子どもは戦後、どんどん成長して今は非常に大きくなりました。それに合わせて、離乳食を進めてあげないと、本当は、お腹が一杯にならないはずです。
どのくらいかと言うと、昭和20年頃の赤ちゃんは生まれた時の体重が2倍になるのに6か月かかりました。今は早いお子さんは2カ月、遅くて3カ月で生まれた時の体重の倍の体重になってしまいます。ところが、雛乳食の指導は70年前の昔とまったく変わっていません。それどころかアレルギーを作らないためとまことしやかに言い(全く根拠はなく)、離乳食を遅くすることを勧めます。私は食べものアレルギーも含めてすべてアレルギーは、育児の中で作られていると思います。なぜなら育児法を変えると治るからです。

だから離乳食を勧めないと赤ちゃんはお腹が空きます。お腹が空くから、指しゃぶりしたり、物を口に入れたりします。昔はヨーロッパやアメリカでも昔は離乳食が遅かったのです。それでフロイトは「口唇期」と言いました。
所が離乳食をどんどん早く始めるようになりました。どのくらい早くしたかというと、アメリカの小児科医で一番極端な人は生後1週間で果汁を始めて、2週間で離乳食を食べさせることをしました。でもこれは余りにも行き過ぎということになり、もう少し遅くするようになりました。その結果今は生後1ヵ月過ぎから果汁、2ヶ月過ぎぐらいには、離乳食を始めます。大きくなる子は、もう1ヵ月過ぎてから、食べさせてもよいのです。

何を指標にして判断するかというと、赤ちゃんが与えられたものを拒否できる意思表示ができるようになると、与えてもよいと言います。舌で押し出してしまうとか、ロを横に向ける、顔を横に向けるなどです。そういう意志表示ができるようになったら、離乳食を始めてよい時期です。これはアメリカ小児科学会栄養委員会の勧告です。
その理由は、生まれたばかりの赤ちゃんは原始半者がり、口に触ったものを飲み込もうとします。これは生まれたばかりの赤ちゃんが生き残るために必要なことなのです。しかし、1~2か月でそれをしなくなります。そこから始まります。

生後1ヵ月で果汁、2ヵ月で離乳食をと、または体重5kgで果汁、7kgで離乳食を始めると教わりました。昔はそう指導していましたが、大きな子や、体重がどんどん大きくなってしまう子や、それから良く体を動かす子は、お腹が空きますから欲しがります。ミルクや母乳ではお腹が満足しないです。大人が牛乳を沢山飲んでも、お腹が一杯にならないのと同じです。離乳食は少ない量で濃厚にいきます。母乳やミルクはうすいので、スープを飲んでるようなもので、しっかりお腹が一杯になるためには、離乳食の方が良いのです。
欧米で判ったことは、離乳食を進めていったら、指をしゃぶる子や物を口に入れる子が3分の1になりました。3分の2の子は、お腹が空くから指をしゃぶっていたのです。

早く進める離乳食は、果物から野菜へ進めます。
おかゆは穀類ですから、4ヵ月以後にしないと、赤ちゃんの胃で消化できません。バナナとかリンゴは生後1ヵ月で消化できます。だからバナナとかリンゴから始めておかゆに進めます。早く始める離乳食は果物から始めます。果物から始めて、野菜に進め、生後四か月になり、おかゆに進めます。
欧米では早くて6ヵ月、遅くて9ヵ月で離乳が終わります。だから、離乳期のミルクを売っている先進国は日本だけで、アメリカのメーカーも日本向けにだけ売っています。フォローアップミルクは発展途上国向けの物と先進国では考えられています。発展途上国では、離乳食を充分子どもに与えることができません。与える食べ物がないとか、手に入らないとか、お金がないとかという理由からです。だから遅くなります。そういう場合のためのミルクです。
与える量は、赤ちゃんが自分で食べる量を決めますから、食べるだけ与えて下さい。最近は食べてくれない子が出てきました。美味しくしていますか?。お母さんや上の子が食べたくなる程、おいしくしていますか。美味しくなければ食べません。食べ過ぎも飲み過ぎも病気になりません。みんな思い違いです。ふとったり、おしっこを一杯したりするだけです。お相撲さんを見て下さい。
無理して食べても病気にはなりません。(ただし成人病は別です。)

②赤ちゃんの能力を伸ばすように手助けをしましょう。
赤ちゃんがピョンピョン跳ねたがったら、跳ねさせてあげましょう。赤ちゃんが嫌がっているのに無理に赤ちゃん体操をさせてはいけません。子どもの性格によって、高い高いを怖がる子もいます。高い高いされたのを恐がって夜泣きをしてしまいます。そういう子には高い高いをしてはいけないのです。元気な子は高い高いをしたがり、喜びます。喜ぶ事をしてあげましょう。赤ちゃんの能力はいろいろあります。その能力を伸ばしてあげましょう。喜ぶことをやらしてあげればよいです。でもおっとりした子、おとなしい子はいろいろされることを嫌がります。そうしたらしないで下さい。それがストレスになり、病気になりますから。
スキンシップもやめましょう。赤ちゃんが喜んだらしてあげて、喜ばない時にはやめて下さい。あなたも彼氏からべたべた触られて気持ちが良いですか? 触って欲しい時も、抱いて欲しい時も、どちらも嫌な時もあるのです。赤ちゃんが要求した時にしてあげて下さい。
私は「いい子ね」とほめながら頭をなでてあげますと、子どもはみんな喜びます。これが本当のスキンシップです。子どもとこころが通じ合うことが必要です。

③周りのことに興味を持たせてあげましょう。
いろいろな面白そうなことをつくりましょう。ところが、おもちゃにはなかなか子どもは興味を持ってくれません。単純な絵柄よりは複雑な絵柄のものを赤ちゃんは喜びます。ガラガラもそうです。それから回転式のオルゴール。みんな親が喜びそうなものが売られていて、子どもが喜びそうなものが少ないです。いずれにしても、複雑なもの、変化のあるものを喜びます。子ども向けの番組で「セサミストリート」というのが20数年続いていて、見るとわかりますが、あれが子どもの興味をひく特徴です。パッ、パッ、パッ、パッと変わっていきます。次から次へと変わっていきます。大人はあんなのに追いつけないですけど、子どもはああしないと喜びません。いろんなことに興味を持ちます。周りのことに次から次へと興味を持ちます。興味を持つけれど、そこに集中しない。すぐ他のことに興味を持ちます。それが子どもの特徴です。できるだけいろんなことに興味を持たせる。それが子どもの能力を発達させることです。できるだけ、いい気持ちにしてあげる。赤ちゃんのしたがることを手助けしてあげる。そしていろんなことに興味を持たせる。結構、自動車の鍵なんかに興味を持ったりします。ガラガラ与ええても放りだして、鍵なんかを持ったりします。おもちゃより、日常的に使うものに興味を持つことが多いです。でも危ないもの、今後続かれては困ることはやめましょう。

④気持ち良くすること。
気持ちがいいという様にするには、どうしたらいいかというと、いつもお腹一杯にしてあげること、つまり空腹を満たすことです。もう一つは、嫌がることをしないこと。赤ちゃんが泣いて嫌がれば判りますが、泣かないと判りません。でも赤ちゃんが「いやだな」と思っても泣かないで我慢していることがあり、それがストレスになります。
その一番は赤ちゃんが要求しないのに、抱いたり触ったりしないこと。周りの大人が抱きたがったり、上の子がなでて触ったりすることを、嫌がる赤ちゃんにはストレスになり、いやな気持ちになります。中には平気な子もいますが、少数です。赤ちゃんの目を見るとよく判ります。「いやだな」という目つきをしていれば嫌なのです。止めましょう。

5.妊娠した時にすること。
 女性が妊娠を嫌がるのは、お腹が出て、あまり素敵なスタイルではないという。だからできるだけ美しさを保つためには、あまり太り過ぎないこと。まわりで栄養つけなくてはと言いますが、赤ちゃんの体重が3キロちょっと、胎盤に500グラム、羊水に500グラム、そうすると5キロ弱で十分です。これがお産の時の体重増加。多少お母さんが太る分を見て7キロというのが限度です。10キロ超えたらもう駄目です。つまりその分お母さんが太っているのです。
だから、妊娠したら太ったというのは、妊娠中に太っているのです。太らないように気をつけましょう。私が子どもの頃は、お母さんたちは痩せていて、栄養失調だったから、栄養つけなさいと言っていました。赤ちゃんを産むたびに、歯がポロポロとれたとかいう話を聞きました。今は皆十分、必要な栄養はとれていますから太らないこと。

 妊娠しての注意の第二は、妊娠中毒症を予防しましょう。水分、塩分をできるだけ控える。特に塩分を控えれば水分をとらなくてすみます。太り過ぎると、お産の時難産になりますが、妊娠中毒症も難産になったり、子どもがいろんな問題を抱えて生まれる原因になります。

その二つに気を付ければ大きな問題はなく、良いお子どもが生まれると思います。そして、期待された子どもを産むこと。待ち望んだ子どもを産むことが一番です。妊娠中にやっぱり夫婦関係も仲良くしなければなりません。

 お母さんが妊娠の末期から乳児の初期にパニックに陥ると、子どもは臆病になります。いつも楽しい気持ちでいると、うまくいきます。妊娠したらいつも楽しくしてください。そうするといい子が生まれます。

6.離乳食を進めること。
 赤ちゃんも一人の人間として認めてください。一人一人の赤ちゃんによって違いますから、一人一人の赤ちゃんに応じて離乳食を進めていきます。喜んでくれたら、とんどん進める。喜ばなければゆっくり進める。そこがポイントです。早ければ6ヵ月で離乳食が終って構いません。遅くて9ヵ月。日本は5ヵ月か6ヵ月で離乳食を始めますから、大変遅いのです。
 さらに最近は母乳信仰があり、母乳は赤ちゃんの最高の栄養と思い違いをしている人が居ます。3か月まではその通りです。しかし、5か月で終わりです。
 だから早期に離乳し、5~6か月で離乳食中心の食事にすることが大切です。

離乳が遅いので問題が起きます。日本の子どもは固いものを食べないと言う人達がいます。食べ物を良く噛まないとも言います。
私は離乳が遅いから。人見知りが始まる前までに固いものを食べさせてしまう。そうすると平気で食べます。それから、「良く噛むとおいしくなるもの」を食べさせます。すると噛むようになります。やわらかくて、噛まないでも食べられるものを食べさせたら、噛まないで食べてしまいます。すぐ飲み込んでしまいます。
噛まないと飲み込めなくて、良く噛むと味が出ておいしいと、良く噛んで食べるようになります。そうやって子どもに噛むことを教えます。小さいうちにもぐもぐすることを覚えさせます。それはもぐもぐすると美味しいともぐもぐします。
大体6ヵ月前後で乾燥したかさかさした物、ウエハース、マンナ、うすやきのおせんべい、ビスケットのかけら、パンなどをちぎって与えます。パンは決してミルクとか紅茶とかに浸さないで下さい。乾燦したものを口に入れてあげます。自分の唾液でもぐもぐしながら柔らかくして、こくんと飲み込むことのおいしさを教えます。そうするともぐもぐすることを覚えます。もぐもぐが楽しかったら、いつももぐもぐします。そうして噛むことを覚えます。
この話を東京の小児歯科のグループにしましたら非常に感動されました。「やっぱりそうなんですか」といわれました。とにかく、噛みなさいと言っても噛みません。噛むことを楽しませます。噛むとおいしい。そうして噛むことを教えていきます。そうすれば自然に良く噛んで食べる。固い物も食べます。
今、ドッグフードやキャットフ-ドで育った犬や猫たちが固い物を食べません。犬が骨を噛んでおいしい骨の髄を食べません。猫が魚の骨の間の肉を舌でざらざらっとこそげ落としてとって食べません。ドッグフード、キャットフードで簡単においしく食べられてしまう生活で小さい時から育ってしまうと、そういうことをしなくなってしまいます。
人間もそうです。だからいろんなことを教えてあげましょう。
「人見知り前に」をこだわるのは、人見知りは赤ちゃんが「自己を確立したこと」です。
だから、プライドを持ち、自分の好きな人と好きではない人を区別します。それが日常のすべてに出て来ます。自分の好きなやり方と嫌いなやり方をはっきりさせます。そして「がんとして」それを変えません。頑固な年寄り(私もそうですね)と同じです。

早く始める離乳食については、いくつかのポイントがあります。「甘いものを小さい時から与えると好きになるから、与えてはいけない。甘いもの好きにすると虫歯になる。」とよく言いますが、これもどちらも思い違いです。小児歯科の先生方にもそういう話をしたのです。「甘いものを制限しないでください。甘いものを食べたら、あとで歯を磨けばいいじゃないですか。」それはそうですと言われましたが、歯を磨けばいいのです。「海女物を食べたら、歯を磨くこと」を教えましょう。食べたければ歯をみがきます。
一番大切なのは、虫歯になるのは歯を磨かないからではありません。歯の質です。だから小学校では毎年虫歯予防デーで歯のきれいな子を探しますが、歯を磨かない子ではなく、きちんと1日3回磨いていて虫歯のない子を探します。これが難しいのです。虫歯のない子はたいがい歯を磨いてないのです。よく磨いている子はたいがい虫歯があるのです。だから大変ですが、たまにはいます。
虫歯は歯の質です。そしてなぜか先進国はどんどん虫歯の数が減っています。後進国は昔は少なかったのに、今は虫歯の数がどんどん増えています。何か生活環境や文化的環境に関係があるのではないかと私は考えます。
だから歯を磨くことは悪いことではないが、それで100%虫歯を予防できるわけではありません。それには、子どもが歯磨きを嫌わないようにすることが一番です。きれいに磨くために押さえ付けたりすると、子どもは歯磨きを嫌いになります。嫌いになると自分の意志が通る年齢になると歯を磨かなくなります。
歯磨きは楽しそうにやってみせて、自分で磨くように教えます。うまく磨けなくてもいい。毎日磨いて本人が一生懸命やっていれば、そのうち上手になります。楽しく磨く、毎日磨くことを教えることが基本です。嫌がったらやめましよう。甘い物は制限しないでください。

甘い食品というのは、子どもの食品にとって必需品です。なぜか、糖分というのは人間の身体の三大栄養素のーつです。これをゼロにはできません。
子どもに甘い物を制限したらどうなりますか。糖分が不足するから、欲しくてしょうがなくなります。目の色を変えて欲しがります。だから制限しないで下さい。
糖尿病の人達にも糖分を制限できません。なぜかというと糖分はある程度は食べないといけないから。糖尿病の人でも、ゼロにはできない。糖質制限食が流行していますが、スーパー制限はしないで下さい。減らす必要はありますが、ゼロにはしない方がよいようです。

子どもには、甘く調理した食品を食事の中で食べさせてしまいましょう。それで十分に糖分を与えておくとそんなに欲しがらなくなります。ただ例外はあります。お父さんかお母さんが甘い物好きで、甘い物に目がない人はしょうがありません。遺伝的に受け継いでしまいますから。これは環境だけでは治せません。

人間というのは、生まれつきのものと環境と、どちらが優位かというのは、いろんな論争がありますが、やっぱり生まれつきがかなり比重を占めて、プラス環境によって決まります。
特に性格的なもの、正しく言うと気質というのは生まれつきで、性格というのは環境によって変わるというふうに考えられています。だから、生後1ヵ月の赤ちゃんでも、糖水を飲ませると喜ぶ子と、お茶の方を喜ぶ子と分かれます。生後1ヵ月で判ります。これはいくら治そうとしても治りません。そして甘い物は十分与えて下さい。十分与えることによって満足感が得られると、それ以上欲しがらなくなります。よく話すのですが、「饅頭嫌い」という落語がありますが、饅頭を一杯食べると最後に「お茶が怖い」という落ちがありますが、そんなに甘いものを食べ続けられないのです。皆さんもそうでしょう。
 アレルギーの心配をするなら、卵に気を付けてください。卵が一番アレルギーになる人が多い。世界的平均で赤ちゃんの5~7%。ところが大人になると1%ない。ということは成長とともに解消されると考えられますから、早く与えるのを避けます。
周りにアレルギーの病気の人、喘息、じんま疹、アトピー性皮膚炎、花粉症、そういうアレルギーの人がいたら、1歳までは卵をあげません。いなければ生後半年から、硬ゆでで黄身だけあげます。白身はl歳過ぎてからにします。
周りにアレルギーの人がいる場合は、卵の白身は2歳から3歳過ぎまであげてはいけません。
1歳過ぎて黄身だけあげます。牛乳は2番目にアレルギ-が多いです。牛乳は6か月までは必ず沸かしてからあげましょう。沸騰させます。生の牛乳(温めただけでもだめ)をあげてはいけません。生クリームも与えてはいけません。
6ヶ月以後についてはあまり確証がありません。ただし、生の牛乳は腸から出血しますから、少し与えるだけです。大量に飲む時には、沸かさないといけません。1日200mlくらい飲むのなら、沸かさなくてもしっかり他に肉や魚を食べていればいいというのが、アメリカの小児科学会の見解です。
大人でもそうです。便の検査をする時でも、牛乳を沸かさずに飲んでいる人は便の潜血反応がプラスになります。だから、牛乳を飲まない方が余計な検査(大腸ファイバー)をしないで済みます。沸かすというのは温めるのではなく、グラグラ煮立てることです。内科医はほとんど知りません。便の潜血検査以外には特に問題が起きないからです。
小児科では大分知られるようになりました。離乳後も牛乳を沸かさずに一日1リットル以上飲ませていると、そういう場合肉などを食べていないことが多く、ひどい貧血になります。
私も一人診ています。血色素が3~4g/dLくらいで、研修医があわてて輸血しようとしたくらいでした。鉄剤を飲ませれば2か月くらいで治ります。

食物アレルギーは卵と牛乳の次は青味の魚です。というのは昔の話で、今は様変わりしています。私の観察では、アレルギーは家庭で作られているからです。親から離すと治ります。
今の食生活は変化しているので、食物アレルギーも変化しています。こんなことはアレルギーの専門家たちは言いません。私はデータを取っていないので信用されませんが、実践的な医療つまり「治ればよい」という考えで治療してきたから言えるのです。

離乳食を早く進めるのは、まず果物、お野菜で、アレルギーが少ないです。まれにはありますが、普通は考える必要はないでしょう。
おかゆは、4ヵ月もしくは、体の小さい子や女の子、動きの少ない子は5ヵ月ぐらいにならないと食べないかもしれません。食べるまで待てばいいです。急にある時から食べるようになります。カロリーが不足すると、食べるようになります。

7.嫌な気持ち、不快な気分にさせないこと
 必要ないのに、抱いたりさわったりしないでください。キスをしたり、ほっぺたをくっつけたりもそうです。赤ちゃんが喜んでくれたらしていいです。喜ばないのにしないでください。赤ちゃんはフワフワして、ぬいぐるみみたいでさわっていると気持ちがいいです。
だから親の方は自分が気持ちがいいから頬をくっつけたりします。でも赤ちゃんがそれで喜んでくれるとは限りません。喜ばないのにしないでください。目をみればわかります。
迷惑そうな顔をしてたら、やめましょう。男性が女性を触りたがるのも同じです。触る方は気持ちがいいが、触られる方は嫌です。
困るのは2人目、3人目のお子さんの時、上の子が赤ちゃんをおもちゃがわりにします。
私の知人でおもちゃ博物館の運動をやっている人がいうのですが、「先生、おもちゃで一番面白いおもちゃは何だか知っていますか。」「人間です。人間が一番面白いおもちゃなんです。」だから、赤ちゃんをおもちゃにしてしまう。ですから赤ちゃんをおもちゃにしないためには、赤ちゃんにできるだけ一度も触らせないことなのです。
初めてお子さんが生まれた時、お母さんたちは皆とまどうでしょう。どう触ったらいいか。だんだん慣れて上手になります。
子どもたちだってそうです。初めて見る自分以外の小さな生き物を見て、触らせないようにしておくと、触っていいかどうかわからないから、なかなか触らない。ところが、一回触って大丈夫と思うと、もう次から次へと繰り返して触るようになります。だから、一度でも触らせてはいけません。次の赤ちゃんを産む時には、必ず上の子には触らせないことです。

その内赤ちゃんが這い這いして自分から動くようになると変わってきます。できるだけ、女の子には赤ちゃんと同じくらいの大きさの赤ちゃん人形を買ってあげます。そしてお人形を「これはあなたの赤ちゃん」、本物の赤ちゃんは「こっちはお母さんの赤ちゃん」と分けてしまう。そうすると、ミルク飲み人形を抱かせ、お母さんが赤ちゃんにおっぱいを飲ませると、一緒になって自分の赤ちゃんにミルクを飲ませます。それをしてやらないと、自分も自分もと母親と一緒に赤ちゃんにおっぱいを飲ませたがります。
これをするのは女の子だけです。女の子は生まれながらにして女の子なのです。女と男というのは、私の考えでは、違う生き物だと思っています。考え方も行動範囲も違います。
育てられてそうなるのではないし、ホルモンの関係でもありません。生まれた時から違います。男の子は、赤ちゃんをおもちゃにするが、お世話はしません。
2歳過ぎから女の子は、「女の子にはオチンチンはないけど、赤ちゃんが産めるんだよ」というと、赤ちゃんが産めることが嬉しくて、それだけで納得してしまいます。不思議なものです。
男の子は赤ちゃんに関心のない子が多く、退屈するとやってきて、いじったり触ったりします。そうすると赤ちゃんがいろいろと反応するのが面白いのです。だから、始めからできるだけ触らせないのがよいです。でも一度触ってしまったら止められません。ではどうするかというと、おんぶできたらおんぶしてしまうとか、赤ちゃんは放っといても一人遊びしていますから、上のお子さんの相手をしてあげます。そうするとうまくいきます。ただ、這い這いしたり、動き出すと、なかなかうまくいかなくなります。
 でも赤ちゃん特に女の子に多いのですが、おっとりとして何をされても平気な子がいます。その場合はほっておいても病気をしません。
 乳幼児精神科医の渡辺久子医師がいうように、「たんぽぽは放っておいても花を咲かせますが、洋蘭は手をかけないと花を咲かせません。」それと同じで、神経質な子は、上手に育てないとうまく育ちません。

8.赤ちゃんは親の思い通りにならないもの。
 赤ちゃんは、親の思い通りにはいかないものです。そうすると、親は楽しくない嫌な気分になります。イライラしたり、強制すると反発します。させようとするとしたがらない。やめさせようとすると、したがります。みんな反対の方向にいきます。だから、上手にうまく関心をひきつけることです。しかし、それでも生まれた時から、一人一人性格が違います。それぞれ反応の仕方が違います。上の子でうまくいっても下の子でうまくいかなかったりします。それが子どもです。子どもにいろんなことをさせて上手にしたかったら、嫌なことをさせないことです。
それからできるだけ、ほめてあげましょう。ほめ上手になりましょう。子どもはほめて育てましょう。失散しても叱らないで「失敗しちゃったね、今度は上手にできるよ」とほめてあげます。子どもの時に自信をなくすと、大人になっても自分の行動に自信を持てなくなります。いつも叱られていると、自信を失います。「自分はできない、駄目なんだ」と思ってしまいます。「また失敗するのではないか、また怒られるのではないか」と思ってしまいます。ほめて育てましょう。
ほめて育てると、また今度もほめられると思い、一生懸命やります。そしてうまくいきます。うまくいくからまたほめられます。失敗する子は、また失敗するのではないかと思ってしまうと、失敗してしまいます。自分で自分に暗示をかけてしまうのです。
いけないこと、悪いことをした時もそうです。何をしたから悪いかと判らせて叱ることが大切です。そうすれば、したことを叱られているので、自分の生き方を叱られていないので子どもは違う受け取り方をします。でも女の子は小学校入学以後、男の子は小学三、四年生にならないと言うことを聞いてくれません。
最近流行っているイメージトレ-ニングと同じです。長島元巨人軍監督は選手時代から自分で始めたそうです。教わらなくてやったのです。だけど今の選手は教わってやります。試合の経過をずっとイメージしていって、いつもうまくいくイメージを頭の中に描きます。ボールが飛んで来て、うまく何球目かにジャストミートして、ホームランを打つ。ホームランを打ってぐるっとべースを回って帰ってくるところまでイメージする。それを寝る前にして、寝ます。明日の試合は必ずうまくいくと、自分に良い方にイメージをします。
それと同じように、子どもにも「大丈夫、うまくいくよ」といいイメージを植え付けましょう。そのためにはうまくいったら、すかさずほめてあげます。失敗しても今度はうまく行くよと、いい方にいい方に、誘導してほめてあげます。ほめ上手になりましょう。そうすると、大人になって自信を持って、いろんなことができるようになります。それから、嫌なことはできるだけやらせない。嫌がったらやらなくていいのです。いつも楽しいことだけを教えていきます。そうするとうまくいきます。
ボリス・ベッカーというドイツのコーチは子どもたちにテニスを教えましたが、球を拾いに行くのが嫌だと言うと、球にひもをつけて引っ張ると集まるようにしました。それで子どもたちは、練習をするようになり、男子と女子の世界一の選手を育てたのです。
今活躍しているゴルフの女子の選手は、最初親からテニスをやらされたが嫌になり、ゴルフに転向して日本一になりました。それは、テニスは飛ばした球を拾いに行かなければならないが、ゴルフはそれがないという理由でした。

9.赤ちゃんを一人の人間として扱う。
赤ちゃんが生まれたら、話しかけてあげてください。赤ちゃんが判っているか判っていないかは別にして、始終話しかけましょう。初めてのお子さんより2番目、3番目のお子さんの方が、言葉が早いのは、上の子が始終話しかけるからです。
初めての子はお母さんが始終話しかけましょう。そうすると言葉が早くなります。言葉というのは、我々が英語を覚えるように、一つ一つ単語を覚えるではありません。沢山の言葉が頭の中にあって初めて一つ言葉が出ます。だから言葉が出る頃に青森から東京に出てくると、初めて出る言葉は青森弁です。
だから言葉をいっぱい聞かせてあげます。できるだけ話しかけてあげましょう。話しかけることによって、それが判るかどうかはわかりません。でも話しかけることでお母さんは無意識に仕草をし、その仕草が伝わります。子どもはそういう仕草やお母さんの感情に非常に敏感です。つまり言葉でコミュニケーションができないから、それ以外のコミュニケーションで通じています。動物の世界がそうです。仕草やちょっとした鳴き声の違いで、お互いにコミュニケーションをとっているのです。そういうところを赤ちゃんが敏感に持っています。
言葉で会話ができるようになると、それが薄れていきます。大人になると、なかなかそういうことが伝わらなくなります。小さいうちはそういうことが敏感にわかりますから、私は赤ちゃんに仕草や顔の表情で語りかけます。それで赤ちゃんたちは、笑ったり反応をします。それに対しまた仕草や顔つきで答え、赤ちゃんと会話をします。お母さんたちはそれに気が付きません。それで子どもが私の顔や仕草を見て態度を変えるのに驚かれます。
言葉をかけてあげる時に自然に仕草が出ます。だから言葉をかけましょう。言葉より仕草が子どもに伝わるから、言葉の中味が伝わるわけです。
しかし、子どもは判っていても嫌だということがあります。注射をする時もそうです。私も「ちょっと痛いけれど我慢してね。痛ければ大きい声で泣いていいよ。」と注射をします。
それでも子どもは「嫌だ」と言って泣きます。でも暴れ方が違ういます。判っていると暴れないか、暴れても力一杯はしません。ところが、それを言わないでいきなり押さえ付けてやってしまうと次からは大変です。もう必死になって暴れますから、押さえ付けられないです。きちんと言葉で説明すると、嫌だけれども泣いてもそんなに大暴れしません。判っているからです。大人だって注射は嫌です。だけど上手にすればそんなに痛くありません。少しチクッと痛いだけですが、嫌うとひどく痛く感じます。注射恐怖症という病気もあるくらいです。
赤ちゃん(子ども)には、必ず目を合わせてお話ししましょう。目で訴えることです。何かして欲しかったら、目で「こうして頂戴」と言って、それで自分の感情を伝えるのです。繰り返し言ってそれが伝わると、子どもはそれを受け入れて言うことを聞きます。必ず目を合わせましょう。赤ちゃんもそうですが、どんな小さい時でも嘘をついてはいけません。本当のことを言わなくてもいいですが嘘はだめです。嘘でも本当でもないことを言えばいいのです。決して嘘は言ってはいけません。痛いのに、「痛くない」と言ってはいけません。「注射する?」と聞いたら「先生に聞いてみてからね」とか、ごまかすことです。「しない」とはいわない。しないと言ったのにすると、嘘になるからです。一回嘘をつくと、それからは親の言うことを信用しなくなります。私は嘘をつきません。「先生は嘘をつかないから、注射する時はそういうよ」と繰り返し言い、それを実行していると信用してくれます。そうすると外来に来ても泣かなくなります。私の外来は、国立病院時代から待っている子どもたちが泣かないのです。診察室に入っても泣きません。他の小児科医に不思議がられました。

10.赤ちゃんの目が輝いていることが大切。 
赤ちゃんの目というのはいつも輝いています。いつも楽しくて輝いています。だから赤ちゃんの目が輝いていない時は、何かどこかに問題があります。だから赤ちゃんが嫌な顔や、変な顔をしている時は本当に心配になります。それはうまくいってないからです。
赤ちゃんが楽しくなっていると、お母さんもいつも楽しくなっているということなのです。お母さんがいつも輝いていると、赤ちゃんも輝いています。私が前に勤務していた病院に、天真爛漫な看護師さんがいました。結婚して妊娠したら「いい子が生まれるに決まっている」としか考えません。「母乳は出るもの」としか思いません。そうすると妊娠8ヵ月ぐらいでタオルをあてないとあふれるぐらい母乳が出てきます。生まれてもお産を痛いもの嫌なものと思っていない。痛いのは当たり前くらいにしか思っていません。それで安産で、いい子どもが生まれ、のびのび育ちます。母親が育児に対して疑問を持たないのです。そうするとどんどん自然にうまくいきます。もっとも小児科の看護師なので赤ちゃんの扱い方は上手ですが。
でもそういう人はごく一部です。誰もと言うわけにはいきません。特に小児科の看護師をしていると、病気の子どもしかみていません。「自分の子どもがああなったらどうしよう」と不安になるのが普通です。普通の人が見ない病気を沢山見ているからです。
お母さんがいつも輝いていると子どもは輝いてきます。子どもに「我慢して頂戴ね」という言葉を使うのはやめてください。我慢するということは、ストレスがたまることです。大人もそうです。我慢してはいけません。嫌なことは嫌だといいなさい。「ノーと言えない日本人」を「ノーと言える日本人に」しようなんていう人がいますが、日本語は相手にノーと言わせない言葉なのです。そういう言葉の構造なのです。相手の顔を見ながら喋っていて、語尾だけ相手の顔色を見て変えたりします。そういうことかできる言葉です。
欧米の言葉は、「イエス」か「ノー」かが先にきます。日本語と同じ語順の言葉は韓国語しかありません。それ以外の言葉は全部最初に「イエス」か「ノー」がきます。つまり日本人は歴史的に言葉が始まる時代からそういう習慣があったのです。これからは、できるだけ「ノー」という言葉を言わせましょう。「嫌だったら嫌だと言いなさい」と教えることです。しょうがないこと、例えばお母さんが仕事で出かけなくてはいけない時、「我慢してね」と言わないで、「お母さんが仕事だからしょうがないでしょ、いいよね、楽しくやっててね」と言いましょう。できるだけ「我慢しなさいと」、「おとなしくしててね」、「良い子にしててね」とか言わないで下さい。「楽しくやっててね。」と言いましょう。その理由は、よくあるのですが、家では伸び伸びして走り回っているのに、幼稚園や学校に行くと良い子になって嫌なこともおとなしくして我慢している子がいます。そういう子は病気になります。我慢してストレスがたまります。むしろはっきり自己主張ができるように育てないといけません。 
「外でもいい子にしてね。おとなしくしてね」と言わないこと。みんないい子になりたいから、言うとおりになってしまいます。

11.大人になってもして欲しくないことは、赤ちゃんのうちから見せたり、教えたりしないこと。
できるだけ赤ちゃんが喜んですることを手助けしてあげましょう。そうすると一人一人の赤ちゃんの興味やしたいことが違います。その子の持っている興味や能力を伸ばしてあげましょう。赤ちゃんがやりたがっていることをやらせてあげます。ピョンピョン跳ねたがったら、跳ねさせてあげます。興味を持っていることを積極的にやらせてあげると、その子の能力は伸びていきます。興味の持たないことをやらせようとしないこと。いろんなことをやらせたいと、つい親は思ってしまいますが、そう思っているとなかなかやってくれなくなってしまいます。また子どもの気持ちにはムラがあります。その時々で変わっていきます。それを「一度決めたことだから」などと無理強いしてはいけません。嫌になったらやめましょう。


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子ども医療講座第二回

2018-07-19 09:58:05 | 子ども医療講座シリーズ
子ども医療講座の二回目を載せます。少し書き直してしまいました。時代は30年前でしたが、一部混同してしまった所があります。
でも時代が違っても本質的な所は変わりません。私の精神は今でも続いています。

病気は自分で治すもの。健康は自分で守るもの。という考えは変わりませんが、それを妨げるのが現代社会であり、日本の社会を決めるのが政治で、それをあなたの一票が決めるのです。北欧は投票率が高いし、政治に関心が高いし、文化は北欧に発するということも現実です。

そして今の政府が今の日本社会を左右しています。変えたければ、政府を変えないと変わりません。それが現実です。
あなたが変わり、社会が変われば、また別の人生があなたや子どもたちを待っています。

              第 2 回 子 ど も 医 療 購 座          
             「 子 ど も だ っ て 一 人 の 人 間 だ 」

1 子どもは社会の子どもです。親の所有物ではありません。
子どもは、今の社会では親の付属物的に扱われています。だからちょっと注意しても「うちの子に何をいうのと」親に言われてしまいますが、昔は町の中でいたずらすれば、注意するのは他の親だってしていましたが、今はしなくなってしまいました。かえって親から何か言われるのが嫌だから言わないという時代になってきました。
 しかし、子どもを産むのはお父さんとお母さんですが、育てるのは社会です。なぜかというと、子どもというのは、社会の中で人間になっていく。
社会の中で育たなければ、人間として成長しないのです。
昔、狼によって育てられた狼少年がいましたし、また十数年前、南アフリカで犬小屋の中で育てられた1歳半の子どもが見つかったことがありました。
 狼に育てられたという記録をねつ造だとする意見も少なくありませんが、それにしては多数ありますし、いろいろな動物によって育てられた人の記録があり、全てを否定することはできないと考えています。犬小屋で見つかった子どもは、両親が育児放棄し、犬と同様に扱ったのです。
 小さい時に狼に連れ去られて、特に乳児から1歳頃までを狼に育てられた子どもたちはほとんど人間に戻れません。狼によって育てられると狼になるのです。狼に育てられた人間は四つ足で非常に早く走れて、人間が走るより速く、生肉を食べて、狼のように吠えて言葉が喋れるようになりません。人間の社会に戻れずに亡くなっています。
 狼に育てられたという人の中で、二人だけ言葉が喋れるようになった人がいたという記録が残っていますが、その人たちが言葉で喋れるのは、言葉を覚えてから以後のことだけでした。言葉を覚える以前のことは喋れません。これは言葉の問題と関連しますが、言葉を覚えて初めて物事を記憶出来るようになるのです。言葉として記憶するから、言葉がなければ、まわりの風景を見ていても、それを表現することも記憶することもできない。言葉をーつ覚えたから一つ言葉を喋れるのではなく、沢山の言葉を覚えて、初めて一言、二言出てきます。覚えている映像を言葉として表現できないのです。
(そこからも私は、発達障害を遺伝的に持った素質と育てられ方によってなるという説を支持します。人として生まれても赤ちゃんの時から動物に育てられると人間として成長しないのです。南アフリカでの犬小屋で見つけられた子どもは新聞で報道された事実です。その子がどうなったかは報道されていません。)

 それはさておき、子どもは社会の中で社会によって育てられています。社会の最小の単位は家庭です。(本当は二人では社会ではなく、三人からを言うようです。)家庭から地域社会へと広がります。そういう社会で育って大きくなります。
例えば、昔中国から日本人の残留孤児たちが引き上げて来ました。その人たちは、みんな中国人の顔をしています。見るとすっかり中国人です。ところが日本に長くいると、日本人の顔になって来ます。外国人もそうです。日本に来たては外国人だけれども、日本に長くいると日本人的な顔になって来ます。逆に日本人がアメリカに長く行って、帰って来ると、アメリカ的な顔になってくる。つまり人間は社会に育てられ、そこで生活していると、その社会による文化によって変わって来ます。
 だから子どももそうです。あくまで社会に育てられて、成長しています。人間は誰でも、人間として生きていくためには、社会がなければ生きていけません。たった一人では人間として成長しません。だから子育ても、社会的なものです。子どもにとっては産みの親より育ての親が大切であると昔から言われていました。育ててくれる親がいることによって子どものこころは安定します。
 母親が一人で子育てに悩む必要はありません。周りの人に相談したり、みんなで子育てすれば良いです。子どもにとっては産みの親よりも育ての親が親なのです。逆に考えてみると、親は自分が産んだ子だとわかるけれども、子どもは自分を産んでくれたのは、本当に自分の親なのかわかりません。わからなくても構わないです。育ててくれた親が自分の親なのです。
 虐待している親から子どもを引き離すことは、社会の義務ですし、離されることは子どもの権利です。虐待されている子どもは、自分が悪いから虐待されていると思うので、親を非難しませんし、親からなかなか離れたがりません。でも離すことが社会としての義務です。離されてから、だんだん子どもは自分の置かれていた状況を判るようになり、離されたことを感謝するようになります。

 昔イスラエルにキブツという集団農場がありました。今はどんどん崩壊して、残っているかは分かりませんが、昔はこれが日本のヤマギシ会と同じように、原始共産体制をとっていました。持ち物はほんの僅かな私有物だけで、あとはみんな共有財産として生活していました。化粧品もハンドバッグも共有です。夫婦はひとつの個室で生活しますが、子どもは全部1ヵ所に年齢毎にまとめられて、集団生活をします。日常の生活の介助をしてくれる人達は、交替で勤務しています。そういう社会の中で、子どもたちが親から離されて不安定になるかというとそうではありません。夕食を親と一緒に食べて、寝るまでの団らんの2時間ぐらいの間を一緒に過ごすと、子どもの心は安定します。別に精神的、心理的な問題は起きなかったと言います。
 当時は(今でも)戦争状態でしたから、両親をなくした子どもが沢山いて、その子どもたちには、「この子はあなたが育ての親だ」ということで、育ての親を作ります。実際には夕食から寝るまでの間しか一緒にいないのですが、それでも親代わりの人を作ると子どもの心は安定します。そういう現実がありました。

 また、昔社会主義の時代だった中国で一週間保育という制度があって、月曜日の朝連れて行って、土曜日のお昼に連れて帰ります。親と一緒にいるのは、土曜日のお昼から月曜日の朝まで。だけど親がいて、その時間一緒にいれば子どもの心は安定します。特に問題は起きません。つまり子どもというのは、そういうものです。
 日本の厚生労働省の人達は、小さい子は親元で育てなければいけない、親が常時いなければならないと言っていますが、そんなことはない。子どもの心というのは、親がいるということだけで、安心します。
私が国立病院に勤めていた時、入院している子どもたちで親が付き添っていない子どもたちは、面会時間になるとみんな病棟の入り口まで行って親が来るのを待っていて、お母さんが来ると一緒にくっついて病室まで行くけれども、5分ぐらいしたらもう離れちゃって、ほかの子と遊んでいます。いると思うと、安心してノビノビ自分の好きなことをしています。そして、帰る時間になると、またやってきて、母親にピッタリくっついてしまい、帰る時には泣いたりします。でもお母さんが見えなくなると、けろっとしてまたほかの子と遊ぶようになります。つまり親がいるということ、そしてちゃんと会いに来てくれるということで、子どもの心は安定します。そして問題は起きません。
だが今は、子どもは親の物などという風潮があります。その点欧米では随分社会化されています。例えば、アメリカでは子どもの物をとったということで子どもが親を訴えると親は処罰されます。日本は処罰されません。そういう法律がないから。子どもの物をとってはいけないというのは、アメリカでは当たり前。もちろんアメリカの税制も全部個人が単位です。
 一人一人の人権を尊重して、北欧諸国からフランスあたりまでの国では、子どもの虐待に対して厳しくて、誰かが虐待をしているのを見て通報すれば、親が処罰されますし、強制的に子どもを離されます。親が必死で子どもを取り戻すためには、法律上では裁判で争わないと、取り戻せません。子どもの虐待を防ぐということが隨分進んでいます。
 しかしまだ日本では、子どもが虐待されているのを見過ごしていて、98年の統計では15人以上虐待で死んでいると新聞に出ていました。まだ福祉事務所や、警察がなかなか介入できません。それは、法的な整備がされてないから、し難いということと、子どもは親の物というのが社会的に一般的に思われているからです。その二つの問題点があります。
 やはり子どもを育てるのは社会で、みんなで子どもを育てていくという感覚がないとなかなか難しい。確実に少子化が進んでいますが、「子どもを産むのは自分たち夫婦二人で、特に女性の方にかかってしまうから大変だから、子どもは一人でいいや。もう2人3人と、育てるのは大変。」という思いにつながってしまうとだんだん産まなくなってしまう。それが少子化につながっています。もっと社会的に保育所とか子育ての仕組みをもう少し社会的に充実させていかないと、少子化の進行は防げない。「子どもは社会で育てる」ということがまだ日本では遅れていますし、行政や官僚の中ではそういう感覚は育っていない。
(この文章を書いてから20年経ちましたが、相変わらず日本の首相も官僚も与党議員も変わっていません。)
 近年、父親も子育てしようというコマーシャルを厚生労働省が流していましたが、父親が子育てできるような環境がなければ難しい。例えば、スウェーデンでは育児休業を父親もとることができる。子どもの介護のための休業が法律的に保障されていまして、病気の看護、病気になると父親か母親がどちらか片方が勤めを休んで看護することができるのです。それが法的に保障されている。そうすれば父親の育児参加というのは非常に楽です。簡単にできる。それから、父親の産休もある程度日数が限られますが、保障されています。子どもが産まれるときに、父親が休むという、休めるという、そういう条件なしに父親に育児に参加しろと言ったってなかなか難しい。ですからそのことをやっぱり社会的に作り上げていかないと、あのコマーシャルは抽象的なスローガンで終わってしまいます。
(父親の育児休暇はやっととることができる法律が整備されましたが、取得率は低いようです。)

2 生まれたら一人前。子どもの個人の権利と義務。 
子どもは生まれたら一人前、子どもの権利は子どもが生まれた時からあるというのが私の立場です。国際的には子どもの権利法案というのはできていますが、日本はまだ正式には批准していません。それは、批准するための環境整備が非常に遅れているからです。日本は先進国に仲間入りしたはずなのに、先進国に比べて子どもの権利というのは、はるかに遅れています。だから批准するためにはいろいろなことを整備しなければならない。だからすぐにとは政府は批准できない。
 日本に来て学生の制服を見て、囚人服じゃないかといったアメリカ人がいましたが、制服を強制するということも、もう時代遅れです。(私の子どもたちは、制服を強制する学校ではありませんでしたが。)
 給食もそうです。給食を食べなければいけないと強制すること自体がおかしいです。
食べなくたっていいのです。だけど日本では一部はそこまで行っている所も出てきていますが、まだまだ一部です。服装、頭髪、装飾品など、何でも決められたとおりにやらなければいけないと決まっています。それで日本でトラブルになっています。海外から来た子どもがピアスをしている。すると学校で禁止しているから、「だめです。とらなきゃ。」と取ることを強制する。その子は小さいときからしているから、それに対して反感を持つ。海外では自由な所が多いから。
 よく「服装の乱れは、いや、生活の乱れは非行につながる」と言う人達がいます。でもそれは思い違いです。なぜ思い違いかと言うと、そういう証明がありません。その人たちの思い込みに過ぎません。服装が乱れている人は、みんな非行に走るかといったら、そんなことはありません。逆に言うと、規則で縛るから反発してそういう服装をしたがります。管理教育からはずれて、言うことを聞かないのだとの意志表示でわざとそういう事をしたりするのです。
 今の中学は、朝練から夕方の練習まで一日中部活で縛って何もできないようにしています。「そうすると非行に走らない」という感覚でいる先生方が未だに多いようです。行動を規制すれば、非行に走らないというのは思い違いです。
法律を作って規制すれば、法律をかいくぐっていろいろ悪いことをする人が必ず出て来ます。いくら法規制をしても、非行に走る子は走ってしまう。それよりも子どもたちに生きる目標を与えることです。何かしたいこと、やりたいことをやらせる。そして目標をもって本気になったら、その子たちは非行に走らないのです。
少なくない有名人が、中学や高校時代に警察に手を焼かせたりしています。でもその人たちは、それぞれその人の人生を変えてくれた人が居て、良い人生をたどることができたのです。
 だから、今でも暴走族(最近は別の名前で呼ばれているようです)がいて、車を乗り回しているのですが、暴走族が一番少なかった時期はいつかというと、私が大学を卒業してちょうど全共闘運動が華やかになって、高校生も高共闘なんていって、学生運動に入ってきた時期が一番暴走族が少なかった。要するに自分の学校に対する不満がある子たちはみんなそっちに吸収されてしまった。暴走族に行かなかったのです。だから今は、そういう運動が何もないから、暴走族になって反抗しているだけです。
 だから、子どもたちの権利を認めて、自主性を認めて、自分たちでやらせるということ。それは何歳からかというと、私は生まれた時からと思っています。子どもにいつから人権があるかというのは日本では問題になっていませんが、世界的には問題になっています。
 子どもが人権を持つのは、精子と卵子が一緒になって受精した時か、それとも妊娠中絶がいけないという時期、(22週までは中絶できるが、23週になるともうできない。)つまり23週以後か、おぎゃーと生まれた時なのか、いろいろと各国で議論があります。
日本ではまだ議論されていないし、子どもの人権とか権利そのものが、議論されていない時代です。だから子どもの権利が認められていないから、子どもの自由も認められていません。
 子どもはちゃんと意識していますから、ちゃんと教えて行けば、いろいろ成長して行きます。赤ちゃんの時だって、教え方があります。
昔、猿に連れ去られて猿に育てられたという東映の大部屋俳優、名前は忘れましたが、その人が書いた文が少年雑誌に載っていて、それを少年時代に読んだときに、非常に印象深くていつまでも覚えています。その話では、年に一回夏に山に戻るのです。何も持たないで行く。つまり猿と同じように何も道具を使わないで山の中に生えているものや、生きている物を食べて生活をします。猿と同じように火を使わない生活ができるのです。普通の人が聞いたら、びっくりします。その人が都会で仕事をしているときに、時々ホ-ムシックになると動物園に行くそうです。動物園で動物たちと会話をしたと言います。どうやって会話をするかというと、しぐさだと言います。しぐさや声の出し方で会話をするのです。動物たちは、猿は猿同士しか会話をしていないかというとそうではなく、いろいろな動物同士でしぐさで会話しているのです。ところがだんだん人間生活が長くなると、そのしぐさが低下してしまって、通じなくなってしまったと言っていました。

 その話を覚えていて、ああそうかと赤ちゃんと会話をしようと思いました。赤ちゃんとどうやって会話するかと言ったら、しぐさと目つきです。しぐさや目つきでうまく表現すると赤ちゃんは笑ったりして反応してくれます。内藤寿七郎先生がどんな赤ちゃんでも笑わせられることを真似しようと思い、思いついたことです。
 それで今は、赤ちゃんや子どもたちと、しぐさや顔付きや目で会話するようにしています。それで赤ちゃんたちが笑ったりします。親は不思議そうな顔をすることが多いのですが、おもちゃを使ったりもしますが、泣きわめいていた子どもがちゃんと私の言うことを聞いてくれるようになるのを見て驚かれます。

 だけど人間はなかなかしぐさをできません。言葉を使わないとできません。だから言葉をかけてあげます。言葉をかけると自然にそのしぐさをとります。だから言葉をかけていろいろしてあげましょう。通じているのは言葉ではなくてしぐさだと思います。だから言葉を出さなくても、しぐさですぐばれてしまう。こっそり薬を混ぜようとしても、そのしぐさでばれてしまう。隠れて何かしようとしてもばれてしまう。表情や雰囲気に表れてしまうのです。
 それで動物たちはしぐさで会話をしていたし、赤ちゃんたちはそれを読み取ります。しぐさを読み取る能力が言葉のコミュニケーションがないほど高いです。言葉で会話をするようになると、だんだんその能力が落ちていってしまいます。言葉に頼ってしまいます。  
だから赤ちゃんたちとは、私はしぐさでコミュニケーションをとります。だから小さい赤ちゃんほど、私はいろんなしぐさをしています。見ていて頂ければわかります。大きい子になると、言葉だけになります。子どもは会話を通していろいろ学んでいきます。大きくなっていくと、保育所とか幼稚園に行きます。
 子どもで一番問題なのは、「朝、ちゃんと食事を食べないといけない」とか、「毎日ウンチをしなさい」とかいう親や先生がいます。「給食は全部食べなくちゃいけない」、「牛乳は飲まなくちゃいけない」と強制をします。学校だって毎日行かなければいけない。そういうことは強制する必要はありません。なぜかというと、全く根拠を持たない思い違いです。どこにそれを証明するデータや事実があるのでしょうか。たった一例などはあるでしょうが、学会で発表できるものを私は知りません。
 「学校は楽しくなくて当たり前だ」と書いていた人がありましたが、楽しくなかったら、学校へ行かなくなります。保育所でも幼稚園でも楽しいことがあるから行くのです。楽しくすることが、ポイントです。
 飽食の時代に食を強制することはおかしいと思います。(だから私は「食育」という言葉は好きではありません。食べ物アレルギーは、親による食の強制にあると思っています。実例もあります。だから治すことができます。)

 例えば小さい子どもの脳性麻痺のリハビリがあります。現在大人になっている脳性麻痺の人達は口をきくのも、身体を動かすのも非常に不便です。ところが小さい時にトレ-ニングをすると、ずっと改善します。そのトレ-ニング法が二つあります。
 一つは決まり切ったやり方で、このトレ-ニングをしたら、次のトレ-ニングをしてと決めたとおりに子どもたちにやらせる方法です。子どもたちというより赤ちゃんたちです。数カ月間続けます。ところが赤ちゃんたちはそれにのってくれないで、いやがります。
 それに対してもうーつのやり方は、その時その時に赤ちゃんの好んだやり方で次々とトレーニングを変えて行って、終わった時には一通り全部やっているという方法です。これは非常にテクニックが必要です。誰でもできることではありません。でもそのやり方だと子どもは喜んでやります。その二通りがあります。手はかかるけれども、子どもの気持ちを尊重してやるリハビリというのは、子どもたちも喜びますし、それで発達します。
決まった手順でやっていくやり方は、子どもが嫌うのでなかなか発達しません。嫌がってやらなくなってしまいます。
つまりこれは一つの例ですが、どんなことでも子どもを上手に扱えば、うまく子どもの気持ちを嫌がらないようにしていろんな訓練ができるのです。

 昔ドイツにボリスベッカーと言うテニスのコーチがいて、男性と女性の二人の選手を世界一にしたのです。子ども時代から指導したのですが、その方法は子どもたちにテニスをやらせる時、ボールを打つ練習をさせます。するとボールが飛んで行ってしまいます。そこでボールを拾いにいく必要がありますが、子どもは嫌がります。それを一個一個のボールにひもをつけて、ボールを取るときはひもを引っぱれば集まるようにしました。とにかくあれが嫌、これが嫌というと、そのたびその度に嫌なことをなくすようにしたのです。
 それでテニスの練習をさせたら一生懸命練習をするようになり、グラフなどの有名な世界一のプレーヤーが二人育ったのです。嫌なことをなくして練習させるのがこのコーチのやり方でした。だから喜んで一生懸命練習をして世界一になりました。嫌なのが当たり前だなんて言って、子どもたちに押し付けたら、だんだん練習しなくなってしまいます。だからどうやってやりたくなるように仕向けるか。そこがポイントです。

 アメリカのケネディ家とか、ロックフェラー家とか開拓時代からの大家族というのは、決して強制しないのです。子どもに後を継ぐことや、仕事を強制しない。ところが上手に、一家でやるというよりは、その家族集団の一族でやっていて、その中でいろんな道に入っていく人達がいるけれども、必ず上手に誰かが後を継いでいくように、仕向けていくのです。自然に誰かが継いでそれを守っていきます。長く続いている家というのは、そういう仕組みがうまくできているのです。またそれだけ一族で結集しています。
だけど、新興のいわゆる成り金といわれるような一代で一族を築き上げた人というのは大概うまくいかないのです。自分の子どもに後を継ぐことを強制します。するとなかなかうまくいかないのです。江戸時代でも、「売り家と唐様で書く3代目」なんていう川柳がありますが、3代目になると、一族は潰れてしまう。大体そういうのが普通です。強制して子どもたちに継がせようとするとうまくいかないのです。大体反発して辞めたりしてしまいます。上手にまわりから持っていくのがこつです。長く代々続いている家というのは、そのやり方が自然に伝わっているのです。だから自然に親は子どもにそういうふうに教える。すると自然にその子は親の後を継ぐようになってしまうのです。

 昔、お嬢様ブームといって、お嬢様という呼び方が流行った時期があります。お嬢様というのは、自分が受けた教育を一番良い教育だと思って自分の娘に教育します。そして育てられた娘というのが、お嬢様なのです。ということはある程度、家庭が裕福でなければできません。でないと、子ども時代自分は惨めだったから子どもにはそんな思いはさせたくないと思ってしまうと、子どもは別な道を進んでしまいます。それが現実です。自分と同じことをさせないと自分と同じように育ちません。裕福な家庭でないとそれはできません。そうして育てられたのがお嬢様なのです。
でも現実に、自分と同じくさせたいと思うとなかなかうまくいきません。ではどうしたらいいか。子どもは子どもの人生を歩んでもらうしかありません。それは自分の人生を見せて、よければ選んでもらうし、別の道がよければ別の道を選んでもらう方法しかありません。子どもに強制することはできません。一人一人の意志、一人一人の個性を見つけてあげて、育てて下さい。でも別々の道を歩んで行きます。同じように育ててもみんな違います。沢山の子どもを育てれば判りますが、一人や二人では判りません。
 だからのびのび育てて下さい。あなたにはあなたの人生があり、子どもには子どもの人生がありますから。

3 自然にのびのび育てよう。よく遊べ、よく学べ。
 明治時代は「良く遊べ、良く学べ」というのがスローガンだったそうです。学校では「学校でよく勉強しなさい。家に帰ったら、家の手伝いをしたり、よく遊びなさい。」と教えていた時代です。その時代にいろんな大企業の創立者たちが育っていますが、今、アメリカではそういう時代だそうです。家に教科書を持って帰ってはいけない。つまり、学校で教えることは知的な教育ですけど、家で教えることは勉強ではなく社会的な勉強や人間関係、そういうことを教えて行くのです。
 遊びの中で、そういうものを学んでいきます。子どもたちの遊びというのは、非常に大切なことなのです。だけど今それが無視されていて、子どもたちが仲間と遊ばなくなりましたし、遊びも違ってきました。
そうすると人間関係が作れない子どもたちが大人になって、今非常に苦労している人たちがいます。人間関係がうまく築けず、人前に出ると喋れないとか、ものが言えなくなるとか、いろんな大人の人たちが出てきた。それは子ども時代にそういうことをしていないからです。
 だから幼稚園、保育所、学校というのは、楽しいところでなければならないのに、楽しくなくて行くから、不登校とか、幼稚園いくのが嫌だとかいうことになってしまう。だから本当に上手な幼稚園や保育所の先生たちは、子どもに強制をしません。私の知っているある幼稚園では、費用は高いのですが、やりたければいつまででも運動場で遊んでいていいのです。他の子は部屋に入って、ピアノで歌を歌ったり、絵を描いたりしているのに、遊びたい子は外で遊んでいていいのです。保父(今は男性保育士と言います)さんも二人いました。女の子でサッカーがやりたければやらしてくれる。そういう身体を動かすことを外でもやれるし、部屋で絵を描いたりしていたければそれでもいいのです。運動会の参加も自由です。オペレッタを子どもたちにやらせるのですが、そうすると、劇というのは主役が一人いて、あといろんな役があるでしょう。ところがやりたい人はみんなその役になれるのです。海賊船の船長さんが3人出てきて同じ歌を歌ったり、お姫様が4人いたりするのです。やりたくなければ出なくてもいい。だからやりたいものをやりたいようにさせてあげる。子どもたちは喜んでやります。
 また子どもたちにはこうしたらいい、ああしたらいいという提案をさせます。そうするとそれを受け入れて一緒に考えてオペレッタを作っていく仕組みができてきます。非常に面白い所で、楽しくてみんな行くわけです。嫌がる子はあまりいない。行かなきゃ行かないでいいのですから。だけど大概ほかの子が誘うのです。運動会に出ない子、走らない子がいるけれども、ほかの子が一緒に行こうよとか、みんなで誘う。そうするとそのうちにだんだんやるようになります。そうして仲良くなってみんな一緒にやるから、最後は出ない子はいなくなるのです。自由にさせています。そうしていると子どもたちはのびのび育っていきます。園長先生たちは、じっとそれを見ているだけで、主役は子どもたちです。
 学校も本来そうあるべきだと思います。ただ学校の場合はもう少し規則があっても良いかもしれないけど、今はあり過ぎです。子どもの自由な想像力を奪っています。

4 「闇教育」―― 子どもに間違ったことを教え、子どもに服従と従順を教え込むという教育原理(「楽園を追われた子どもたち」より)
 19世紀の終わりから20世紀の初頭に子どもたちを親に従属させた、特にフランスを中心に行われた教育です。親や大人のいうとおりにさせる教育です。それを現代の研究者たちは「闇教育」と呼んでいます。つまり、「親のいうことは必ず聞く。親はいつも正しい。親は尊敬されなければならない。親は子どもの要求に屈する必要はない。子どもは尊敬に値しない。子どもの価値を評価してはいけない。子どもにやさしくするのは有害である。服従する人は強くなる。外見の方が心より重要である。見せかけの謝意の方が感謝の気持ちが欠けているよりましである。激しい感情の動きは有害である。肉体は不潔で嫌らしいものである。」というようなことを、まだまだいろいろありますが、子どもに小さい時から教え込むのです。そういうことによって、子どもに従順と服従を教える。そして親の言うなりにさせる教育です。
 「スパルタ教育」というのは、フランスの乳幼児精神分析医が書いているのですが、「今では経済社会が生んだ精神病のーつとされ、同時に両親や教育者のサディズム的欲望の結果であると見なされています。」(前出書より)。フランスや北欧諸国では、スパルタ教育はおかしいとされてきました。だけど日本ではまだスパルタ教育は教育法として通用しています。スパルタ教育が教育法ではないとされるのはあと30年や50年はかかるかもしれません。
 ですから、体罰は教育としての有効性を持たないのですが、まだ日本では教育に多少の体罰は必要であるという考えがなくなりません。子どもに体罰をして、良いということは一つもありません。ただ隠れてやるだけになります。中学、高校になってから体罰をされると必ず仕返しを考える生徒が出てきます。だから学校が荒れるのです。子どもを教師の言うなりにさせようとするから、問題が起きるのです。(この文を最初に書いてから30年たちましたが、まだ体罰を反省しない教育界です。体罰しても、体罰自体を批判せず、やりすぎだとしか言いません。教師によるいじめや体罰が容認されている社会です。でも首相の都合の悪いことを言う人を逃げたりしないのに、何百日も拘置し、面会も自由にさせない社会ですから、それを直すことは難しいかもしれません。)

5 子どもに期待をかけないで。 
 子どもに期待をかけないでください。子どもの数が少ないと、どうしても子どもに期待をかけてしまいます。しかし、お父さんとお母さんが作った子どもですから、両親より飛び抜けて優れた人ができる訳ではありません。自分と同じになればいいと思って下さい。身長も、成績も、性格も、病気もそうです。みんな受け継いでいます。
よく小さい子への早期教育というのがありますが、「才能が伸びる」というのは思い違いです。というのは世界的に、早期教育についていろいろなことがわかってきています。            
 早期教育については、日本は遅れています。それについては、元ソニーの井深大(いぶかまさる)さんが書いていますが、早期教育した時に、早くそこまで到達できますが、そこから先伸びるわけではないというのが正しいのです。だから大人のレベルに早く到達するかもしれません。だけどそこから伸びるわけではありません。
 よく言われることですが、小さい時は神童で、小学校では天才で、中学では秀才で、大人になったらただの人というふうになってしまうのです。早く到達できるのですが、そこから伸びることはないのです。
ある人に言わせると、天才というのは、2,000人に1人の確率でいると言います。だけど天才というのは、1%の才能と99%の努力で達成されます。だから多くの人は努力しないから天才は滅多に現れません。努力は本人の強い意志とそれを支える環境です。自分の意志がない限りそこまでいきません。
 あるお相撲さんの話ですが、高校で日本のアマチュア横綱をとって、将来横綱を期待されて相撲界に入りました。高校、大学時代に取ったタイトルは20幾つにもかかわらず、小結にもなれないで引退しました。当然横綱になる素質があった筈なのになれなかったのです。その原因は、稽古が嫌いで努力をしません。幕内力士は1千万以上の年収は保障されますから、楽に生活できます。私よりも収入は多いです。そうすると努力しないでこの位でいいやと思っていて努力をしません。折角の能力があってもそれで終わる人もいるのです。

6 子どもの食欲を奪わないで。 
 子どもの食欲を奪わないで下さい。食事は楽しく食べるものです。お腹がすいたその空腹感を満たす、楽しいことですが、食べなさいというと、食べなくなります。私の小さいころは食べなさいなんて言われる前から、食べちゃいました。なぜかというと食べ物がなくて、いつも飢えていましたから。しかし今の子は、いつでも食べたい物は食べられる時代です。要するに、贅沢さえしなければ、食事はちゃんと食べられる時代です。今は、飢えで死ぬということは、滅多にありません。(これもこの30年で大きく変わり、子ども食堂が全国に作られる時代になりました。残念です。)
 また沢山食べれば大きくなるというのは、これは思い違いです。
 昔はそうだったのです。大きくなる素質がある子が、食糧難のために食べられなくて大きくなれなかったのです。その子が、成長が止まる前のある時期、沢山食べられるようになるとどんどん成長します。ところが今は食糧事情が豊かですから、欲しいだけ食べられる時代です。そうすると大きくなる子は沢山食べます。つまり身体がどんどん大きくなるから、お腹がすいてしょうがないから、沢山食べます。ところがもともと小さい子は、お腹がすかない。体が必要としないから。だから少ししか食べない。少ししか食べないから大きくなれないのではありません。
 大きくなる素質がないから、少ししか食べないので、これは生まれつきです。それを無理に食べさせようとするから、ますます食べなくなります。しかし、それでも子どもはどんなに少食でも必要最小限の物は必ず食べます。そして少食の子はカロリーが少ないから動かない。動くとカロリーを消費するからお腹がすくから。それから、あんまり考えない。脳を回転させることもカロリーを使う。だから少食になるとそうなります。
少食にならないようにするためには、お腹がすいた時に、お腹一杯食べる習慣をつけましょう。食事を強制しないことです。お腹一杯になったらおしまい。お腹がすかなかったら食べなくていい。お腹すいたときにお腹一杯食べる。これを小さいうちからやっていると良いのです。日本では思い違いの栄養学が氾鑑しています。でもそういうやり方ではうまくいかないのです。

 自然界の動物たちは栄養学を知らなくても餌さえ豊富にあれば肥満にも栄養失調にもなりません。つまり動物たちも人間の身体も、自分の身体が必要とするものをおいしく感じるようになっています。ちょうどよくなると、満腹するようになります。だから自然界には太り過ぎのライオンもキリンやしま馬はいません。ところが人聞に飼われると食欲が狂ってきて、太り過ぎや痩せ過ぎがでてきます。拒食症のコアラや肥満の猫などがそれです。
せっかく食糧があってもストレスで食欲がおかしくなってきます。強制されたり、制限されたりすることがいけません。相撲の関取の世界は、食べることが仕事の世界ですが、どうしても食べられない関取もいます。無理に食べさせると吐いてしまいます。
 自然界のようにのびのびとしていればいいのです。そうすると太り過ぎにも痩せ過ぎにもならず、少食も偏食もおきません。

7 三つ子の魂、百まで。 
 三つ子の魂百までというけれど、三歳までに良い習慣をつけさせましょう。実は大人もそうです。お腹がすいた時にお腹一杯食べて、すかない時には食べないという習慣をしていると本来ストレスさえなければ、自然に良い体型を保って栄養失調や栄養が偏ることもありません。でもどうしてもいろんなことに惑わされたり、ストレスで食欲がなくなったり、逆にストレス解消で食べてしまったり、楽しいことがなく食べることにしか楽しみがないと太ってしまいます。
 大体3歳から6歳くらいまでに子どもの性格の半分が決まります。だからそこまでにできるだけのびのびと育ててあげましょう。
私も昔は間違った考え方をもっていました。子どもに我慢を教えなければいけないと思っていたのです。これは思い違いでした。我慢をさせると、子どもは大人になって我慢をしなくなります。つまり嫌だなと思うと、自分が主人公になれる大人になったら、ああいうことはすまいと思ってしまいます。あなたにそういうことはありませんか。誰でも何かしらあるのではないかと思います。嫌な思いをすると大人になってしなくなります。だから我慢をさせてはいけないのです。
 
 例えば盲導犬の訓練の話ですが、盲導犬は、生まれた時にすぐ親から離して犬好きの家庭でのびのびと育てます。決して「お手」なんて教えてはいけません。何も教えません。ただひたすら可愛がります。そして1年くらいの時期が来たら、育ての親から離して、人間の教官と犬の教官がぴったりくっついて、2匹と1人で行動します。猛烈な訓練ですから、それに耐えるためには、何にも教えてはいけません。それまでに犬が嫌だなと感じたことがあると、途中で訓練を拒否したり、訓練に抵抗したりします。それを避けるためには、それまでのびのびさせて育てます。そうすると頑張って盲導犬になっていくのです。人間もそうなのです。
 のびのび育てられた人は、大人になって頑張ったり我慢したりできるようになります。子ども時代に嫌な思いをすると、大人になって我慢をしなくなります。
 また小さい時に怖がらせてはいけません。子どもは、小学校の低学年までは空想と現実の境目がありません。だから怖がらせるとそれが現実と思い込んでしまいます。小さいうちはできるだけ怖がらせない。怖い思いをさせない。怖い思いをさせると怖がりになります。
よく臆病な子がいますが、「母親が妊娠後期から乳児期の間にパニックになると子どもは臆病になる」と言います。そういう経験があると、その時期に育った子どもは臆病になります。ですから、できるだけ妊娠している時は、母親も楽しい妊娠生活を送ることが大切です。そのために妊娠中に胎教などをするのですが、楽しくなれば何でもよいのです。そして生まれて来る子に不安をもってはいけません。
 これは確定していませんが、生まれつきの異常をもっている子というのは、お母さんが妊娠中に何か精神的な問題があったのではないかと疑われています。だからのびのび育てて良い結婚生活を送っているお母さんの子どもはそういうことはありません。
昔、私が未熟児網膜症の訴訟を支援していたときに、ある網膜症の親の一人が、私と一緒に活動していた産婦人科の医師の所に来て「お医者さんは何か隠しているでしょう。未熟児網膜症に効く良いお薬があるのではないですか。隠さないで教えて下さい。」といってきた。「医者の子どもには未熟児網膜症がいない。だから何か薬があるのだろう。」と考え、「だけど、貴重なものだから、一般には出さないのだ。」と思ったようです。
しかし、そうではなく、医者と結婚すると経済的に豊かになるから、未熟児を産む確率が減ります。特に極小未熟児と言われている未熟児を産む確率が低く、未熟児網膜症になる確率も非常に低いのです。その上、未熟児として生まれたら良い未熟児医療施設に入院させます。そこでは、未熟児網膜症になりません。そういう理由だったのです。
 関連して言いますが、ガンには何とかというお茶が効くとか、最近の研究結果でわかったなどと宣伝されているものについては気をつけなければいけない。これは科学史の中では有名な落とし穴(ピットフォール)です。いかにも相関関係があるように見えて全く無関係。ほかの要素が入ってくるため間違った相関関係です。
 
 科学史では、イギリスで有名な話があります。「美人に生まれるとその女性の産む子には体重の大きな子が産まれる」という相関関係を出した研究者がいます。これは思い違いでした。美人に生まれると、イギリスでは階級制度が未だに残っていて、1ランク、2ランク上の階級の男性と結婚できて経済的に豊かになり、豊かになると当然生まれる子も大きくなるというだけの話でした。そういう、偽の相関関係というのがいくらでもありますから、新聞やテレビ、本や最近はネットに出ていもすぐ飛びつかない方がいいです。大抵は何年か経つと消えてしまいます。それは偽の相関関係だからです。歴史的に見ると科学上の落とし穴に落ちたことになります。

 マナーを教えるというのは幼稚園に入る4歳頃が適当と、アメリカ小児科学会は言っています。マナーの意味が小さい子どもたちには理解できません。今の若いお母さんたちに小さい子にマナーを教えようとすることが流行っているのですが、1~2歳の子には無理です。例えば物を借りる時、「貸してくださいと言いなさい」と教えます。2歳ぐらいの子に言っても意味がわからないから、見ていますとその子は、相手の子に「貸してください」と言うと借りられるものだと思っていて、相手が嫌だと言っても「貸してください」と言ってとってしまう。そういうことがあります。それは「貸してください」ということにはならない、つまりマナーがわからないのです。

8 子どもは親(特に母親)をうつす鏡。
 「子どもの振り見て我が振り治せ」。子どもは親の真似をして育つ。
だから子どもにさせたければ、お母さんがやって見せることです。3歳ぐらいの女の子で、お母さんが「お邪魔しました」というと、一緒になって「お邪魔しました」と言う子がいますが、親の真似をして覚えていく。親が「これ貸してちょうだいね。〇〇ちゃん」と言うと相手がうんという。そこで「じゃお借りしますね。」ってこういうふうに言って借りて見せます。「いや」と言ったら「それではまた後でね」という。そうするとそれを子どもは見ていて覚えていくのです。

9 北風ではなく太陽になろう。
無理にやらせるのではなくやりたくなるように仕向けます。太陽のようにポカポカ照らして、上着を脱ぎたくなるようにさせましょう。北風のようにマントを引きはがそうとすると、子どもはしっかりマントにしがみつきます。
したくなるようにさせます。そのためにはどうしたらいいか。楽しそうにやってみせます。一番真似をしたがるのは、少し年上の子どもがやっているのを見せることです。楽しそうにやっているのを見せるとやりたくなります。毎日毎日見せてあげます。そうするとやりたくなります。
 やりたがった時に正しいやり方を教えることが幼児教育のコツです。これは幼児教育だけではなく、何でも新しく始めるときは正しい教育を受けましょう。どんなスポーツでも自己流にしないこと。正しいやり方を教わる方が速く上達します。楽しければいいやというのならそれでもいいですが、速く上達したかったら、正しいやり方を身につけましょう。
 私は医学部学生時代にアイスホッケーをやっていましたが、カナダからアイスホッケーのコーチが来て大学のマネージャーを集めて講演しました。「日本人は小さいから不利だと言うけれどそんなことはない。小回りして速く動けばいい。」と言うのです。成程と思いました。その時に教えてくれたのが、「初心者に正しいやり方をきちんと教えなさい。へんな癖がつくと、一生治りません。ただ上手にそのくせを隠すだけです。」と言いました。実際そうです。私にも癖がありまして、治らないです。ただ上手に隠すけれども、ふっとしたはずみにまた出てしまいます。

 幼児教育もそうです。最初から正しいやり方を教えます。お箸の持ち方。鉛筆の持ち方。何でもそうです。正しいやり方をやりたがった時に教える。それが嫌ならやらなくていいのです。お箸で変な持ち方をして、それをなおすといやがって箸を放り投げたりします。そしたら持たなくていい。持ちたくなったら正しい持ち方を教えます。そうしていると、だいたい3歳で小豆の豆がつまめます。
 はさみやナイフもそうです。小さいから危ないなんて言わないこと。幼稚園で料理している番組を見ましたが、4歳の子に包丁を使わせています。また別の保育所では、2歳の子にはさみを上手に使わせています。側についていて、こういうふうに使うものだと教えて、やりたかった時に上手に持たせてやらせます。教えるとそういう持ち方以外はしません。特に一年上の子に教えさせると、すぐ言うことを聞きます。はさみはこういうふうに持つものだとその子が教えると、それ以外の持ち方をしません。だから3歳になってナイフを教えたり、4歳になって包丁を教えたりしたってちっとも危険ではありません。正しい持ち方をきちんと教えることがコツなのです。教えないで、自分で勝手に使おうとすると危険です。

 子どもは親を映す鏡。お母さんは子どもを見て、自分を直して下さい。小さい子は必ず親の真似をします。特に母親の真似をします。お父さんも子育てに参加している方は、お父さんの真似もします。だから、こどもにどこか問題があったら、お父さんとお母さんが相談して、まず自分たちを治すようにしましょう。でないと子どもは治らない。子どもを治したかったら、自分を治すことです。
 一般的に言って、人を変えるのは難しいです。でも相手を変えたければ、まず自分が変わることです。そうすると、相手も変わってきます。人間関係は相対的な関係ですから、あなたが変われば、相手も変わります。夫を変えたかったら、自分が変わることです。つまり、夫との関係も、子どもとの関係も、貴方との相対的な関係です。常に、お互いに影響しあって生きています。それが家族であり社会です。だから自分が変わらなければ相手も変わってくれません。相手だけ変えようと思ったら無理です。
 お母さんが変わったら、まず子どもが変わります。そしてできるだけ、ほめて育てましょう。ほめ上手になりましょう。これはなかなか大変で難しいことです。なぜかというと、お母さん自身がほめて育てられた経験がないからです。だから尚更子どもをほめて育てましょう。それがあなた自身を変えることになります。幸いなことに私はあまり叱られたこともほめられたことも無く、放任されたような形でしたが、それでも自分の子どもが悪いことをすると、若い時は子どもを叱ってしまいました。
 
 だから全く叱ってはいけないというのは無理ですから、叱るのは3回に1回ぐらいにして、残りの2回はできるだけほめて育てましょう。絶対叱ってはいけないと言うと、今度はお母さんたちのストレスになりますから、時には叱ってもいいが、回数は減らしましょう。親だって人間ですから、子どもにもそう思ってもらうしかないのです。叱らず、ほめて、おだてて、育てましょう。動物の調教は、3割は餌で7割はほめること。鞭を使うと、すきあれば襲ってきます。

10 あなたも子どもだった頃を、思い出して下さい。
 子どもの立場、目線に立って下さい。子どもを信じて疑わないで、嘘(うそ)はつかないで下さい。子どもだってそれなりに判るのです。よく話を聞いてあげて、必ず説明して、話をして下さい。子どもを疑うと、嘘をつくようになります。嘘をついていても、信じた振りをして下さい。嘘を信じられると、子どもは嘘をつき続けられずに、あとで必ず「あれは嘘だった」と打ち明けます。それを嘘でしょとか、嘘つきねというと、今度は繰り返し嘘をつくようになります。なぜなら嘘つきだから、嘘をついていいのです。

11 悪い子にせず、良い子にしよう。 
 子どもを叱る時に、子どもを全部否定するような叱り方はやめましょう。例えば「あなたは悪い子ね。あなたはぐずね。ばかね。のろまね。どじね。馬鹿ね。駄目な子ね。」など。こういう言葉はできるだけ子どもに使ってはいけません。
子どもの論理からいうと、悪い子は悪い事をしていいのです、悪い子ですから。良い子は、悪いことをしてはいけないのです。良い子ですから、良いことしかしてはいけないのです。ドジだねというと、ドジをしていい。なぜならドジな子だから。だからそういう言葉を使ったり、そういう言い方をしてはいけないのです。
 「あなたは良い子だから、こういう悪いことをしてはいけませんよ。」と言う。「あなたは良い子でしょ。それはいけないことでしょ。」と言う様にして良い子にします。そして言う通りにしたら、すかさず「あなたはいい子ね」と一言、言ってあげてください。そうするのは当たり前だと思っても、言ってください。そうすると子どもは、またしてくれます。何故なら、どんな子どもでもいい子になりたいのです。だから私の外来に来た子を、どこか必ずほめます。ほめる事によって子どもは気持ちが良いから、また来てくれるし、私の言うことを聞いてくれます。
私の診療所(吹上診療所)に代診できている東大小児科の先生たちにはいろんな先生方がいますが、握手をしたり、どこか着ているものなどをほめたり、みんなそれぞれ医者によってやり方が違いますが、上手な医者は子どもをほめます。それで仲良くなり、うまく診療できます。だからお母さんたちも上手に子どもを操縦したかったら、「ほめ上手」になりましょう。そうするとお母さんの手の上で子どもは踊ってくれます。ただし、小学校を卒業するくらいまでが限度です。女の子はもう少し早く見抜いて親の思い通りにならなくなります。

12 幼児教育は、やりたがった時に正しいやり方を教えるのが基本。 
これから、いろんな習い事を教えることになります。習い事を教える時のコツがあります。決して強制しないこと。やめたかったらいつでもやめさせましょう。そうするとまたやりたくなり、やりたくなったら、また復活します。
ところが「やりだしたからには最後までやりなさい。」と強制する人が多いです。これは特に、お父さんたちに多い。そうするとますます嫌になってしまう。嫌になると二度としなくなります。だからやりたくなかったら、いつでもやめてよい。そうすると、時間がたつとまたやりたい気持ちが出て来て、またやりだすことがあります。だからやめたかったら、いつでもやめさせましょう。それから、「ピアノ練習した?」「ピアノ練習した?」これを毎日言うとしなくなります。習い事は楽しいからやります。スポーツもそうで楽しいからやります。楽しくなければスポーツではありません。強制訓練です。
 以前、毎日新聞に載っていましたが、欧米ではスポ一ツは楽しいからやります。日本では楽しいからやるのではなく、身体を鍛えるためや健康のためにやるようです。
 しかし、身体を鍛える必要はありません。日本でもスポーツ医学を専門にやっている整形外科医などの医師たちに聞けば、「人間は何も身体を鍛える必要はないです。日常生活をきちんと送っていければいいのです。」と言います。運動やスポーツは楽しいからするのであって、楽しくなければする必要はありません。運動しないと身体が衰えてしまうという人がいますが、それは専門家に言わせれば思い違いです。日常生活をきちんと送っていければいいです。高齢になって動かなくなると、体の動きを維持するために体操や歩くことが必要になりますが、決してノルマにしないで下さい。
山田真という小児科医が本に書いていますが、「体育というのはなぜ始まったか。小学校で体育をして整列させていっちにいっちにと並ばして歩かせていく。いろんな体操をする。何のためにするかというと、西南の役の後から始まりました。政府軍はお百姓さんが中心の軍隊だった。そうすると、進軍の時に前進できない。普段、種蒔きや稲刈り、田植えなどみんな横へ横へと進んでやっているため、並んで前進できかったのです。武士は前に進めます。それで、そこから体育を始めました。」と言う。だから軍隊生活や、集団生活をするうえでは体育は必要ですが、人間が生きていく上では必要がありません。日常生活を普通に送っていければいいです。

 できるだけ子どもの立場に立って下さい。自分が子どもの時にはどうだったろうか。いつも自分が子どもの時のことを思い出して、子どもに接してあげて下さい。子どものしつけのポイントは叱らないこと。危険なことをした時には、叱らなければいけないと私も若い時は思っていました。でもそうではなかったのです。
 アメリカの小児科学教科書に書いてありますが、危険なことをしてほしくなかったら、子どもの目を見て何十回でも「これは危ないからしないでちょうだい。」と言う。3、4歳を過ぎたら、判ってくれます。これで言うことを聞いてくれたら、一人でいても決してしません。叱られていうことを聞くのであったら、叱られないところでこっそりやります。そうすると事故につながります。
危険なことは親がやっているところを見られてはいけません。子どもは必ず真似をする。子どもだからやってはいけないが、大人だからやっていいというのは子どもには通用しない。子どもはみんな大人と同じだと思っていますから、同じことをやる。

13 着せすぎにしないように。
着せ過ぎにしないようにしよう。昔は、「子どもは風の子」といって、みんな薄着だったのだが、最近は「かぜをひくといけない」と言って、一生懸命着せようとします。「寒いから着ていきなさい」というと、子どもが病気に対して関心が強くなり過ぎてしまいます。病気に神経質にならないで育てましょう。
 それに寒いから風をひくのでもありません。寒いからかぜをひくのではなく、冬乾燥するとウイルスが繁殖しやすいからです。南極の観測隊では、しばらくかぜをひく人がいませんでした。極地ではウイルスは生存できません。所が誰か隊員の一人が風邪のウイルスを南極の観測基地内に持ち込み、それからかぜを引く人が出るようになりました。基地内は暖かいからです。

 「そんなことしたら病気になるよ」と言って子どもがしていることをやめさせようとするのはやめましょう。逆にしてほし言ってことを言いましょう。「こういうふうにしましょう」とか、「こういうふうにしたらいいよ。」と言いましょう。決して命令してはいけないし、子どもを脅かして言うことを聞かせようとすることもやめましょう。命令すると子どもは反発します。選択肢のーつとしてこういうこともあるということを教えましょう。その中のどれかを選択させるようにします。
子どもには、薄着を嫌う子と、薄着をしたがる子とがいます。これは強制できません。
 最近は厚着にする方が多い。それは赤ちゃんの時から親が厚着にさせるからですが、いくら厚着にしても嫌がる子と、親の言うなりになる子といます。しかし子どもに厚着をさせない方がいいです。子どもは一般に体温が高めですから寒さに強いのです。だから、親より一枚薄着にさせるのが標準です。でも子どもが寒くて着たがったら着せて下さい。暑がったら脱がして、できるだけ薄着にさせて下さい。薄着保育をやっている保育所もありますが、嫌がるのを無理に強制するのもお勧めしません。薄着が嫌な子は着せなさい。薄着の方がいい子は薄着でいいです。最近減っているのですが、一時男の子に毛糸のパンツをはかせるお母さんが多いでした。毛糸のパンツを、男の子にはかせるのはやめましょう。
よく女性は「お尻が冷える」と言いますが、男はそんなことを言いません。男の子のオチンチンがなぜ外に出ているかというと、睾丸の温度を低くするためです。睾丸というのは、温度がある程度低くないと働きません。その為あまり暖めない方がいいので、生まれる直前にお腹の中から外に出てきます。だから毛糸のパンツはだめなのです。
 小さい時から厚着にしていると、大人になっても厚着の習慣になってしまいます。だからできるだけ薄着にした方がいいのですが、嫌がるのを無理にはしないで下さい。

 朝の食事を食べなくてはいけないと言う人がいますが、これも思い違いですからする必要はありません。食べたくなければ食べなくていいです。というのは1日2食だって構わないのです。鎌倉時代頃までは朝と夜の1日2食が普通でした。それから現在でも相撲取りは1日2食だし、1日2食健康法を推進している民間のグループもあります。その人たちは2食しか食べませんがそれで健康です。
もう一つ、昔新聞やテレビにも出ましたが、ブックスダイエット法を提唱している九州大学の藤野名誉教授は、一日一回しっかり食べてあとは適当にするというダイエット法を提唱しています。朝はできるだけ水分だけの食事で、昼は軽く食べ、夕食をしっかり食べます。そうする方がうまく痩せられます。いずれにしろ、朝食を食べることにこだわらないのです。子どもは朝お腹が空かなかったら、食べる必要がありません。お昼にお腹が空いたらいっぱい食べます。それで構わないです。
 朝しっかり食べさせたかったら、早起きをさせて運動させます。運動して時間がたつとお腹がすきます。食べないと動けないというのは思い違いです。お相撲さんは、朝食べずに稽古をしてから食事をします。昔私は高校時代に陸上ホッケー部に入っていましたが、夏の合宿では「朝マラ」と言って朝食前にマラソンをしました。と言っても距離は短かったですが。食べないと動けないというのは思い違いです。
またお父さんやお母さんが早起きをしないと子どもは早起きをしません。子どもだけ早起きさせるのは無理です。子どもに早寝早起きをさせなさいと言うけれど、親が遅寝遅起きだったらそれは難しいです。子どもは親の真似をして生活しています。
また親が遅く寝て早く起きる生活をしても、それは子どもにはまねをできません。子どもは体力を回復するためには、一定時間寝る必要があるからです。遅く寝たら早く起きられません。
 最近の子はなかなか早寝をしないというのは、大人の生活がそうだからです。また小さいうちは、くたくたになるまで昼間遊ばせれば、早く眠くなります。しかしそういう体を動かして遊ぶ場所が少ないのです。走り回らせたり、外で遊ばせたりしないと、家の中で遊んだぐらいではくたくたに疲れません。屋外で身体を動かす遊びをすれば、くたくたになるけれど、そうはならないのが現状です。前にいた吹上診療所は、待合室を広くとって椅子席の周りをゆったりとさせたら、子どもたちが走り回り困りました。それだけ走り回る場所が少ないからです。

    
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子ども医療講座第一回

2018-06-23 18:32:05 | 子ども医療講座シリーズ
 これから約9回にわたり、子ども医療講座を掲載します。これは、私の前にいた職場の、吹上共立診療所の時に開いた講習会の内容ですが、時代にあわなくなった所もあり、()で補正しています。基本的には、医療は変わっていませんから。また、前著の「ココが間違い小児医療」の元にもなっています。

 私の医療の基本的なことが書かれていますし、これに基づいてする医療により、子どもたちがあまり病気をしなくなり、隣の市にある熊谷小児病院が、小児科をやめてしまったと聞きます。
 
 まず嘘だと思っても、試す価値はありますから、試みて下さい。



  第1回「 健 康 は 自 分 で 守 る も の。」
1)医療は病気をなおす技術であり、医者は医療の専門技術者である。
 ➀医師は多くは、細分化された分野の専門家である。
 医者は、素人から見れば医学医療全般の専門家に見えるが、内科、外科、小児科などの多くの科に分かれており、その上小児科を始めすべての科が、皆それぞれ更に細分化した専門分野に分かれている。
 小児科は、普通は小児内科を指し、新生児・未熟児科、循環器科(心臓)、呼吸器科、血液・悪性腫瘍科、感染症科、アレルギー科、内分泌科、神経科、腎臓科、肝臓または消化器科などに分かれている。外科系も、小児外科、小児整形外科、小児眼科、小児耳鼻科、小児皮膚科、小児泌尿器科、小児婦人科、心臓外科先天性部門、小児形成外科、更に小児精神科、小児放射線科、小児歯科があり、さらに矯正歯科、脳外科、麻酔科、移植外科なども子どもの医療にかかわっている。
 専門医としては、日本ではまだ麻酔科だけが信頼されている制度になっている。認定医とか専門医という制度は他の科でも実施されているが、博士号と同じで、信頼度が低い。現在は、専門に勉強し、専門に患者の診療にあたることで、専門医になることが多く、試験はあるが、専門医の資格をとったからといって、標準化された医療をしている保証はない。日本の医療が標準化されていないことにも問題があるし、専門医を養成する制度ができていないことにも問題がある。すべて個人の努力に負っていては、標準化されない。
 (私は、総合小児科医であり、子どもの病気を浅く広く知っていて、小児の耳、鼻、目、口の中、泌尿器などの簡単な病気を治療します。アトピー性皮膚炎、花粉症、気管支喘息などのアレルギーの病気の治療をします。大人を専門とする耳鼻科、眼科、皮膚科より、子どもの病気に関しては上手に治します。)
 だから専門医の中でも腕の上手下手はあるし、よく説明してくれるか否か、優しいか否かなどの違いもある。しかし小児の専門医で腕の良い医者は、何科にかかわらず子どもを扱うのが上手で優しい。病気がよくならない時や、専門的な治療を要する時は、子ども専門の医者にかかることをお薦めする。良い専門医を知っていることが、医者の腕でもある。あくまで選ぶのは医師個人であり、病院ではない。
 知識というものは、誰を知っているかが、何を知っているかである。自分では知らなくても、知っている医者を紹介するか、電話などで相談することができれば、知っているうちに入る。良い医者は良い医者を紹介してくれる。しかし、必ずしも近い所に居るとは限らないのが難点である。
 (よく白衣を着ないという医師もいるが、私は原則として着ている。白衣は服を汚さない為で、子どもは白衣を見て泣くと言うが、しっかり私の顔を見て、私が何も自分に危害を加えないことが判ると、泣かなくなるし、別に白衣を見ている訳ではない。しっかり私の顔を見ています。)

➁当たりはずれのある医療
 一般に医者は、専門医として教育され、大病院に勤務するので、自分の専門分野以外については詳しくは知らないことが多い。そういう専門医が、開業したり、一般病院に勤めたりする。そこで同じ科を標榜していても当たりはずれがある。これは日本の医師の卒業後の教育制度の欠陥からくる問題でもあるし、日本の医療が標準化されていないことにもよっていて、当たりはずれのある医療を生んでいる。アメリカでは、1970年代に医療の標準化が進み、一般的な日常の医療に関してはどこでもいつでも最高の水準の医療が受けられるようになっている。
 日本は当たりはずれがあり、開業医でも良い医者にあたれば、良い医療を受けられる利点もあるし、大学病院、小児医療センターや大病院に行っても良い医者に当たるとは限らず、はずれの医者もいる。結局は、どこにかかるかではなく、医者個人の腕に左右される。 どの医者が本当によく知っていて、腕が良いか、優しいかは、会っただけでは医者でも判らない。一緒に診療をしたり、患者さんを紹介して初めて判ることもあるし、上手な医師や上手な診療を知って、判ることもある。
 元日本医師会長だった故村瀬敏郎先生は、出身は外科医だったが、開業してから内科を加え、さらに小児科も始めた。私のアイスホッケー部の先輩で、部のOB会長だったので、小児科を始めた時に部のOBの小児科医たちが、いろいろ質問したがすべてに正しく答えたので、その後は誰も何も言わなくなった。先生はその後育児書を書き、医師会に予防接種センターを作り、日本小児科学会の予防接種専門委員会の委員にまでなった。後に日本医師会長になったが、医師会長としての評価は知らないが、医者としてはよく勉強していた。
 私自身は、大学における医局講座制度(医師の卒後教育と関連病院の人事管理を左右している、教授を頂点とする制度)を批判し、小児科の中の細分化された専門家にならず、小児医療全般に浅く広く知識を持つ総合小児科医(または小児科総合科医師)を目指してきたので、小児医療(小児内科でなく、子どもの医療全般)を浅く広く知っているが、細かい専門的なことはその分野の専門医に依頼している。
(だから専門医でもないし、博士号も持たない。私の腕が勝負である。
 予約制で混雑している小児科があるが、私の診療所は予約制ではない。予約しないと診てもらえないのはおかしいし、私の外来はそれほど混雑しない。なぜなら何度も来なくて治るからです。
 例えば、アトピー性皮膚炎や喘息様気管支炎の乳児なら2~3回、かぜなら1回、気管支喘息なら年数回、大抵の病気は1回で済みます。あとは、薬だけでなく、予防や食事療法など教えます。
 だからそれ程混雑しません。ネットで予約を取るなどは驚きです。この原稿の元を書いた時にいた吹上共立診療所時代もそうでした。治ってしまうし、予防を教えますから、患者さんがどんどん減ってしまい、経営的には苦労しました。今でもそうです。)

 知識というものは、知っているか知らないかであって、知っていれば100%、知らなければ0%である。知らない医者にいくら聞いても、答えないか、またはいい加減なことを言うだけである。専門家やプロの人たちは、素人にやさしく判りやすく説明してくれるものである。よく知っているからそうできるのであって、生半可な知識では上手に説明できない。だから医者に、よく質問することである。答えてくれない医者は敬遠しよう。(「医者は嘘をつく」という医者の書いた本も出ています。医者は聞かれると、何か答えないといけないと思い、知ったかぶりをします。)
 医者の言うなりになってはいけない。言うなりではなく、納得することが大切である。医師の言うことに納得したら、医師の言う通りにしてよい。

➂人はなぜ病気にかかるのか
 私は、「人はなぜ病気にかかるのか」について、病原環境説をとる。この説はアメリカのロックフェラー大学環境医学の故デュボス教授等が支持していた説で、欧米でも日本でも、基礎医学や精神科医に支持者が多く、内科、外科、小児科などの臨床医にはほとんど支持者がいない。私も開業後、デュボスの本を読んで、病原環境説の方が病気をうまく説明できるし、病気の治療に応用するとうまく行くので考え方が変わった。
 だが、現代の医者の多くは、「人はなぜ病気にかかるのか」、「なぜ病気が治るのか」という問題に対し、私の昔の考えと同じで、医療技術だけで病気に対応し、病人を見ず、病気を見ている。
 
➃自分自身でしよう。
 自分で自分の健康を守ろう。病気を治すよりも、病気を予防する方がやさしい。
 病気にかかった時には、医療技術は医者に学ぶが、実際に治すのは自分であるから、自分で病気を治すようにしよう。薬をもらっても、きちんと薬を飲み続けるのも、食事療法をするのも、リハビリをするのも自分の意志である。北野武に学ぼう。彼は医者にとっては不可能と思われた顔面の麻痺を、信じられない程の努力で治してしまった。北野武=ビート・たけしは、外傷による顔面神経麻痺を、努力して自分で治した。普通は回復は困難と思われる程の症状で、毎日毎日自分の努力で、動かない顔の筋肉を動かし、ついにほとんど判らないくらいに治してしまった。始めは顔の一部がピクピクしていたが、それも今はほとんど見られない。私は、その努力をしたというだけで敬意を表する。
 医者は、人が豊かな人生を送るためのお手伝いや援助をするだけで、自分の健康を守り、病気を治すのは自分自身である。
 その為のノウハウを教えましょう。但し自己過信はけがのもと。一度は腕の良い医者に診てもらい、治療法を教えてもらうこと。

2)病気は人間の生物学的過程だけで起きる訳ではない。
 ①病気は、人間と環境(自然環境と社会環境)の相互作用の中で発生する。(病原環境論) 人間は、他の動物や植物と違って、地球のどの場所でも適応して生きていける力がある。そして人間は、地球の自然環境を変えてきたが、地球が変わると人間も変わっていく。
 (人は南極も北極も、熱帯も、3000メートルを超える高山地帯にも住んでいますが、それができる生き物は犬くらいでしょうか?)
 人が環境にうまく適応できない時に、病気になる。自然環境に適応できない時も、社会環境に適応できない時にも、病気になる。
 ウィルスや細菌に違いがないのに、軽く済んだり重症化したりする違いがあるのは、人間の側に違いがあると考えた。そこから、環境によって人間が変化し、その変化が病気を生ずる原因となるという。

 ②人は身体とこころを持つ社会的存在である。
 人間には身体面と精神面とがあり、社会的に左右される存在である。社会の最小単位は家庭である。さらに社会は地域、職場、学校、民族、国、世界と拡大される。
 こころは社会的に左右される。特に子ども時代のこころの成長が、人間のこころを左右する。そして人間の社会的な生活がこころを左右し、それが病気を左右する。
 心身共に充実している時には、風邪をひきにくい。身体がいくら充実していても、精神面に問題があると病気になる。
(子どもを上手に育てると、病気をしなくなります。毛利子来さんや山田眞さんは、「病気をするたびに免疫ができて強くなる」と言いますが、私は「人間は自然に免疫システムを完備し、それを上手に働かせれば病気をしないし、かかっても軽く済む」と考えて実践しています。本当に病気をしなくなります。)
 WHO(世界保健機構)の健康の定義では、「健康とは」「病気でないだけでなく、身体的にも精神的にも、さらに社会的にも調和のとれて完全に良好な状態をいう」

 ③精神神経免疫内分泌学
 こころと免疫の働きが連動することが、近年証明された。ホルモンの働きもこころと連動することも判ってきた。この20年位のアメリカの精神科を中心とした動きで、ストレスによって免疫の働きが低下することも、動物実験で証明された。
 そのために、ストレスがあると抵抗力が落ち、その時に病気になりやすくなる。よく幼稚園や学校の行事があると、その前後に子どもが病気になるのもその例である。インフルエンザにかかるのは、通常50%(今は10~25%という)と言われ、受験などのストレス状態にある子どもがかかりやすい。こころと体の健康を維持していれば、かかることはない。
 また病気を怖がったり、不安があると病気が悪くなり、重症化しやすい。

◇マウスの実験では、過密の状態で飼うと、妊娠し難く、まばらにするとすぐ妊娠するという。不妊症もストレスが関与しているのである。
 不妊症と言われたら、生活を変えましょう。あなたの生活の中に妊娠を妨げている何かがあるのです。それを無くせばよいのです。それが何かは、私にはわかりませんが。
◇犬の実験では、ストレス状態におくと病気になりやすいことも判った。

◇重症の火傷を負った時に、病気と闘うように催眠をかけると回復が早いことも判っている。

 ④人間には、病気を治す力がある。それが妨げられた時が病気である。
 ここの所は、まだ証明されてはいない。しかし、昆虫の研究では、蠅の一種は体内で抗細菌、抗真菌の蛋白質を作り、抗ウィルス性や抗がん性の蛋白質も作っていると見られることが判ってきた。進化の過程で自分に有利な機能を落とすことはないから、人間はそれに替わるもっと進んだ生体防御機構を持っていると考えられる。そこから「人間には元々病気を治す力(自然治癒力)が備わっていて、その力が妨げられ、発揮されない時に病気になる。」と考える方がうまく説明できる。この考えだと、宗教によって病気が治ったり、癌の自然治癒なども説明がつく。
 (その後の免疫学と遺伝子学の進歩で、それが解明されつつあります。)

3)文明は人間の病気を発生させた一つの要因である。
 人間が自然の中で暮らしている方が病気が少なかった。文明が社会を変え、社会が変わることによって、病気が増えてきた。交通機関が発達するに連れて、地方の土着病が世界的な病気になり、また薬害、公害などが登場してきて、ますます増加している。
 社会が進むに連れて新しい病気が増える。放射線や発癌物質の増加により癌が増え、人間社会の入り組んだ関係からストレスが増え、精神病、心身症、アレルギー性疾患が増加している。その為先進国の方が病気が多く、医療費が増えて国の財政を圧迫している。
 文明は健康を増進させてもくれたが、その武器の一つが医学であるが、武器は医学だけではない。社会が変化したことによって病気に打ち勝ったものもある。
 天然痘が撲滅されたことや、伝染病が減少したのは、医学の力と共に、検疫や隔離など社会的施策によることも大きい。結核やライ病の減少は、主に社会的対策による所が大きい。

4)長寿日本一は・・・。日本一の長寿県は長野県か、それとも日本一の医療過疎県、沖縄県か。
 平成十三年の平均寿命は、女性84.93歳、男性78.07歳ですが、都道府県別では、女性は沖縄県が1位、続いて熊本県、島根県、長野県。男性は長野県が1位、続いて福井県、熊本県、沖縄県。しかし、65歳の平均余命は男女共に沖縄県が1位。(ここは現代の数字に直していかないといけませんが、この当時の話です。)
 自然環境や質素な食事が寿命を延ばすのか。
 人間の寿命に医療はほんの僅かしか寄与していない。寿命が大きく延びたのは、赤ちゃんや子どもや青少年。江戸時代には五歳までに25%以上が死んでいた。これは現代では難民キャンプの乳幼児死亡率に匹敵する。新生児や乳児の死亡や青少年の死亡が少なくなった分を中心に平均寿命が延びていた。日本の乳児死亡は世界一少ないから、平均寿命も世界一のはず。ひと昔前まで、男の子の死亡率が高く、生まれた時には男が多く、20歳では女の方が多くなっていたが、今は20歳でも男が多い。  老人の寿命も延びている。老人は環境の変化に弱く、暑さ寒さの気候の変化や、土地や家が変わったりすると変化について行けないが、冷暖房の普及や住居の改善、また食料の充足や老人の趣味なども広がり、寿命が延びている。しかし、中年の男性を中心とする癌、心筋梗塞、脳梗塞などの成人病による死亡が増加し、平均寿命の延びを鈍らせている。
 (世界的な傾向で、昔イリイッチというアメリカの牧師で、異端の行動をしてアメリカを追われたが、国連大学の講師になり、一時日本にも来たことがある人で、「病院化社会」を書いています。その中に、病気をなくそうと健診を勧め、それを集めて政府は個人の健康情報をつかみ、統制しようとしているが、それは無駄な努力だと言っています。嫌煙法も同じです。これで肺がんを減らすと言いますが、喫煙者が減っているのに、肺がんが増えているという矛盾はどう考えますか。禁煙より、まだ原発事故の緊急事態を解除せず、被爆地の被ばく限度を20ミリシーベルトにしています。これを解除して、1ミリシーベルトに減らすべきだと思います。でもそうすると、福島へ帰らせなくなるし、さらに、現状では福島市や郡山市に住んではいけなくなりますから、福島県は崩壊します。今「週刊金曜日」の報道では、福島県のがんが多発しています。私への内部告発では、大人の血液疾患(多分白血病と悪性リンパ腫)が増えて、福島県立医大の血液内科は混雑し、待たされることが多いと言います)

5)健康を守る方法について。
 健康を守るには、第一に暮らしやすい社会にすること。それには自分の住んでいる地域から変えていくこと。暮らしやすく、住みやすい町にする。世界の町を見て、住みやすい町にしていこう。なぜなら自分のこころが落ち着くからである。人間は一人だけでは生きていけず、社会があって初めて人間として生きていける。
 人間は生まれながらにして、人間ではない。人間に育てられて初めて人間になる。狼に育てられれば狼に、犬に育てられれば犬になってしまう。1990年11月、南アフリカで2年余にわたり犬に育てられていた2歳半の男の子が見つかったが、行動は犬であった。 子どもはまず家庭と言う社会で育てられる。そして保育所や幼稚園、地域社会へ出て行き、育っていく。うまくその環境に適応していれれば、病気をしないで育つが、適応できないと病気になる。だから、集団生活に入るとしばらく病気を繰り返すが、慣れて来ると病気をしなくなる。くよくよしないタイプの子どもは病気をしない。
 健康を守る第二は、くよくよしないことである。不安があれば、不安を無くすか、不安を忘れること。これがなかなか難しい。いつも楽しいことを考え、嫌なことは棚上げすること。
 第三は、健康に良いと言われることを実践してみること。禁煙、節酒、体重のコントロール、運動など。
 (でも健康に悪いことでも、あなたがやめられないことは無理に止めないことが良いし、健康に良いことでもできないことは、当面することはありません。それがかえってストレスになることを避けるためです。)

 第四は、生きがいをもつか、生活の中での楽しみをもつこと。(これが最大のポイントです。) 

6)以上に関連したいろいろな感想
◇新生児・未熟児科の医師は、普段は未熟児や新生児を診療していて、500グラムの未熟児でも救命したりするし、750グラムの未熟児ならそんなに難しくないというのだが、小学生以上になると体も大きいし、薬の量も多いので、診療するのが不安になるという。500グラムの未熟児は大人の手のひらに乗ってしまう大きさである。
 ところがその医師が、退院後の指導が上手でない。入院中の医療はアメリカにも負けない最先端を行っているのに、退院後の外来での診療は大きく先進国に遅れているのである。それは、離乳食の指導にある。日本の離乳食は先進国では一番遅い。そのため、食事が原因でのいろいろな病気が絶えない。指しゃぶり、物をすぐ口に入れる、少食、偏食、過食、甘い物好き、子どもの肥満など食事関連の病気が少なくなく、その多くは適切な離乳食指導で予防できるのではないかと思うが、実際にやっている所はない。

◇ある子どもが、転んで前歯が折れてしまった。近くの歯科(一般歯科)に行ったら、取るしかないと言われたという。母親はちゅうちょしていたが、たまたま風邪で私の所へ来たので、私のつたない知識で、歯が折れて取れてしまっても、すぐつければつくはずだから、折れ曲がっているがまだついたままなので、これならつくはずだと思い、近くには知っている小児歯科がなく、遠くの矯正歯科医を紹介した。その結果、その子の前歯はうまくついて元どおりになり、取らずに済んだ。

◇麻酔科が未熟児の呼吸管理をしていることが、余り知られていない。麻酔科は、現代では呼吸と循環の管理が専門であり、痛みをとることもしている科と考えた方がよい。
 子どもの麻酔は、どんな麻酔でも全身麻酔がよく、麻酔科専門医に任せた方がよい。
 麻酔に大きい小さいはない。心臓の手術でも、扁桃摘出の手術でもすべて同じ麻酔である。

◇麻酔科の専門医制度が信頼されているのは、きちんとした教育のシステムと専門医試験の公正さにある。元々麻酔科は、アメリカでの教育を受けてアメリカの専門医の資格を取った医師が日本へ戻り、各大学の麻酔科教授になって、日本の麻酔科を作った歴史がある。それで、アメリカの教育システムを導入し、専門医試験も私的感情を入れずに判定する仕組みが作られて維持されている。それで信頼されている。
 日本の他の学会の専門医や認定医は、博士号と同じで、適当に作られ、資格を持っているから本当に信頼できるかというと怪しいのが実情である。なぜなら、まず教育のシステムができていないことと、もう一つはペーパー試験を通ればよく、実地試験がないし、口頭試問はむしろ点数を与える仕組みになりかねない。口頭試問で落とせば、落とされた受験者の大学の教授が、試験委員の教授の大学の受験生を報復的に落としかねないからである。現在は実際に行われたという話はないが、昔は表には出ないが実際にあり、そのため試験官になると、よほどのことがない限り及第点を与えてしまうことになるのである。
 (麻酔科でも上手か下手かがあります。初代国立小児病院麻酔科医長の三川先生は、信頼に値する麻酔科医で、多くの麻酔科医が研修を受けています。今、その伝統が国立成育医療センターの麻酔科に続いているかどうかは知りません。一時は、都立清瀬小児病院の麻酔科の鈴木先生に受け継がれていました。三川先生はその後杏林大の麻酔科教授になられて、定年退職されました。最近の麻酔科医師による、子どもの死亡事件の話を聞くと、現代では麻酔科医師も信用できなくなったと愕然としています。私の若い時と時代が変わりました。)

◇小児外科医は、離乳食をも知っているのが普通である。小児外科医が一番子どもへの注射がうまい。それは新生児外科が多いし、入院する子どもの全員に注射点滴をするから、注射点滴が上手になるのである。大人と違って子ども特に乳幼児、さらに新生児未熟児の注射点滴は至難で看護婦にはできない。未熟児科の医師は500グラムの未熟児にも注射点滴をするのである。大人用よりも極めて細いと言っても、未熟児の血管の太さより太い注射針を血管に入れるのであるからすごい。若い時にしかできない技術である。

◇私は、今までの実績から、国立成育医療研究センター(旧国立小児病院)、都立小児医療センター(旧都立清瀬小児病院)、埼玉県立小児医療センターなどに紹介している。しかし、遠いので、近くの開業の医師を紹介することもある。しかし、紹介するのはすべて医師個人が対象であるべきだが、最近はなかなかうまく見つからず、入院ベッドが無い時や時間外には近くの次善の病院へ紹介せざるを得ない時もある。

◇私の後輩に、優れた内科医がいて、自分よりも先輩を追い越して内科講師になり、40代で某大学の教授になったのに、突然辞めて開業してしまった。内科はどこの大学でも、各学年のトップクラスがいく科であり、そこで多くの先輩を飛び越して講師になることが大変なことであった。(私の同級生でも、定年まで慶応病院で内科助手のままの人がいたが。)まじめな男で、術作を弄して出世を図る男でもなく、優れていたから抜擢されたのだと思う。しかし、何があったのか、教授を辞めて開業してしまった。彼が開業した土地の人は、期せずして優秀な内科医に診てもらうことになったのである。一般には、教授が開業しても良い医者とは限らないが、彼は開業医の息子であったから、開業しても上手にしていると思う。周りの住民は幸運である。

◇私の、小児科の先輩で、慶応の講師から愛知県の私立大学の教授になった人がいた。しかし、赴任すると当初の約束と違って、研究設備はほとんど揃っていないし、外来を毎日させられるし、一番怒ったのは連れて来た自分の弟子の研究ができないことであった。しかし、それでも我慢していたが、丁度その時に名古屋大学の教授が退職するので、後任の教授選が始まった。たまたま名古屋で開業していた慶応の先輩が、兄弟(兄か弟か忘れたが)が名古屋大学の小児科を出ていたので、実績や人柄から名古屋大学小児科の教授に兄弟で推薦し、名古屋大学も受け入れて最終選考にあたって母校の推薦状が必要になった。ところがなぜか慶応小児科が推薦状を出さなかったので、最終選考からはずれてしまった。 彼は激怒して、勤めていた大学教授の職を辞めて、開業してしまった。その後、誘われて某私立医大の客員教授になった。
 ところが、その反響はどうかというと、善し悪しは半々であった。何故なら、小児科の教授を定年退職した後の就職先がないことが多く、現役時代はよくても、退職後は惨めになることが多いからで、開業だったら年に関係なく、自分の働けるまでできるから、その方が良いのではないかいう声が、教授クラスに少なくなかったという。

◇一般に医師は、診断や治療が難しい病気はよく勉強するが、日常にありふれた病気や自然に治ることの多い病気は、軽視して勉強しないことが少なくない。だから難病や癌は日本やアメリカの専門書を読んだりするが、風邪やインフルエンザ、胃腸炎などの診断や治療がおろそかになっていることが多い。診断や治療が適切で無くても、患者の方が自然に治ってしまうから、医者に反省させることがないからである。
 これはどの科でも同じである。小児科以外の科は、主に大人が対象のため、子どもの扱いも、子どもの病気の治療も上手で無いことが多い。どうしても大人の治りにくい病気の治療が主で、子どもの病気が軽視される。
 例えば、蓄膿症(副鼻腔炎)、滲出性中耳炎、斜視、弱視、包茎、亀頭包皮炎、とびひ、水いぼ、蕁麻疹、アトピー性皮膚炎など。
 耳鼻科では、耳鼻科医と小児科医向けに、小児耳鼻科の本が出ているくらいである。
 内科医に子どもがかかった時の問題点は、すぐ解熱剤やステロイドの内服を使う医師が多いこと。子どもの病気を充分には知らないから、説明が不十分だし、診断も当てになら無いことが少なくない。特に突発性発疹、風疹、おたふく風の診断があてにならない。
 小児科医でも、一般に嘔吐下痢症の治療が下手である。これは私がまだ若い頃、大宮の中村先生に言われたことで、その時私は自分のことを言われたと思って一生懸命勉強したので、幸いにも上手になったのだと思う。私の知人の小児科医の中には、診察室の隣に点滴部屋というのを作って、6ベッドも置き、多いとそこが満員になるくらい点滴をしているという。私の診療所で大人も含めて最大で同時に点滴をしたのは二人で、子どもの点滴は滅多にありません。他の医者は嘔吐の初期治療が下手なので、脱水にしてしまうのだと思う。それを私はマッチ・ポンプだと思っている。

◇知識というものは、丸い球の様なもので、知識が少ない時は、球は小さくその表面積は少なく、知らないことも少なく、知識が増えると、球が大きくなると表面積も広がって、知らないことも広がる。知識が少ないと、何でも知っている気持ちになり、知識が増えるとほんの僅かしか知らないという気持ちになり、謙虚になる。

◇ウィルスが咽頭の粘膜についても、そこで感染が防御されれば、液性抗体は産生されないし、感染も成立しない。真に健康とは、このような状態を言う。その為には、身体的にも、精神的にも、社会的にも健康であることが必要である。

◇こころと身体はメタルの裏表である。こころが動けば、体も動揺する。体の具合が悪ければ、こころも健康ではなくなる。

◇ある膀胱炎の女性が、6回も繰り返していると言われ、ストレスと病気の話をした所、「そう言えば、膀胱炎になるのは、いつも身内が病気か、亡くなった時です。」と言っていた。

◇アメリカの医療の標準化とは、例えば時差が3時間ある東海岸から西海岸へ移っても、同じ治療をするから、看護婦は就職してもすぐ翌日から、何年も前から働いていたかのように、仕事ができる。アメリカは看護婦も専門化し、自分の専門の科に勤務することが普通である。だから手術室の看護婦は手術室に勤務する。しかし、地域や病院や医師が替わっても、手術の方式も、注射や投薬の仕方も、伝票の形式も同じになっている。病院ごとの違いや、医師が変わると方法が変わるというような日本とは全く違う。だから就職の翌日から、他の同僚と同じように仕事ができる。
 その背景には、専門医制度の確立と医療保険制度の違い、それに消費者運動の要求と盛り上がりがある。専門医制度は、一般に4年くらいだが、日本の十年に相当するくらい密度の濃い勉強と経験を積むことができるシステムになっている。
 医療保険も任意加入制が中心で、手術もいろいろな病気の治療も、病気ごとにこのレベル以上の医師というような条件があり、ほとんどの手術は専門医でないとできないし、その方法も決められていることが多い。その条件を満たさないと、保険金の支払いが得られないので、みなそれに従うことになる。
 消費者運動もラルフ・ネーダーを中心に活発で、議会対策も行われ、医療費が高いことからも、医師に対する要求が強いと思われる。
 (昔、ケネディが暗殺された時に、アメリカを知る医師たちの間では、保険マフィアに殺されたとささやかれていました。ケネディは日本と似たような国民皆保険制度を作ろうとしたためです。オバマは殺されたくないから、アメリカ医療保険業界と妥協した保険制度を作ったのです。その為、アメリカ医療は医療保険業界と製薬業界に取り込まれました。その為、医師の自殺も増えています。もうアメリカ医療は信頼できません。詳しくは、堤美佳の本に書かれています。)

◇腕の良し悪しは、かかって見なければ判らないのが、日本の現実である。アメリカでは金を出しさえすれば良い医療が受けられるが、日本では金を出しても最高の医療が受けられる保証はない。大学教授であっても、良い医師とは限らないのが日本の現状である。私の同級生もかなりいろいろの大学の教授になってはいるが、私がかかりたいと思う人はわずかであり、だから紹介しない。私が出身は慶応でも、慶応に紹介しないのは信頼できる医師が少ないことと、いても遠いことである。

◇しかし慶応小児科の元教授の松尾先生は信頼できる人で、若い時から優秀でひらめきがあり、私の小児科医になりたての頃にいろいろ教わり、私の医療技術と医療理念の形成を大きく左右した人で、私が慶応小児科から干されていた時にも分け隔てなく応援してくれた人です。
 私が、子どもが病気になった時に、安静も栄養も保温も必要ないと言っているのは、実は松尾前教授が卒業後四年目頃に言っていたことで、私はその時小児科1年目で、それに感心してその後ずっとそれでやって来たが、本当にその方がうまくいくので続けている。
 当時松尾先生は、小児科の看護婦の病棟主任が小児看護の本を書いていた時にその医学面のチェックを頼まれて、その文の中の「安静、栄養、保温」という言葉を全部削除していた。その時それがアメリカの文献に裏打ちされていることを知ったのである。

◇札幌の麻布脳外科病院の話がNHKテレビで2度放送されたが、ほとんど全身麻痺で植物状態と思われる患者さんを受け入れて、ほんの僅かに残されている機能、例えば目を動かすことや口を開けることなどを使って、話しかけたり、紙に書いた字を見せたりした、それに対する返事をイエス・ノーで答えさせ、意思の疎通をはかって、リハビリをさせ、努力して体を動かすようにさせ、半年1年かかって車椅子で生活できるようにさせ、驚異的な回復をさせる。この時の病棟婦長はその後筑波大学教授になったと思う。それを指導した院長を始め脳外科の医師たちもたいしたものである。

◇だから私は、脳死をもって人の死とすることに異論がある。生きる意思があるから生きているのではないのか。それが外から判らないだけではないのか。
 と言うのは、私の経験では、意識がなくなると急速に抵抗力が落ちて、外からの細菌やウィルスに対する感染を起こしやすくなり、死に到ることが多い。
 またいろいろな事故や遭難事件での生存者に共通することは、生きることに対する執念であった。こんなことでは死ねないという一念が生還に繋がるのだと思う。「もうだめだ死んでしまう」と思う人は、すぐに死んでしまいやすい。

◇気管支喘息で突然死があるが、ある心療内科の医師の話では、パニックになるからだという。パニックになって、「呼吸が苦しい、呼吸が止まってしまう、もう死んでしまう。ああもうだめだ。」とどんどん悪化し、呼吸が止まってしまうのだという。確かに乳児は別にして、幼児の突然死は少なく、年齢が高くなるに従って突然死が増え、成人になってピークになる。子どものパニックは、親特に母親がパニックになるとなるようで、母親が冷静になって子どもを励まし、必要なら救急病院へ連れて行くようにすると突然死にはならない。

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