黒部信一のブログ

病気の話、ワクチンの話、病気の予防の話など。ワクチンに批判的な立場です。現代医療にも批判的で、他の医師と違った見解です。

近況とハンス・セリエの「現代社会とストレス」

2021-10-01 10:17:44 | 社会
近況

 現在のコロナ環境の中で、私はすずしろ診療所の所長も外来診療も降りることになりました。生協理事会と、コロナウイルス肺炎に対する考え方や、対処の方針の違いがあり、それに加えて残念ながら私の年齢もあり、仕方がありません。コロナ肺炎にかかったことがきっかけでした。

 しかし、世界は多くの国で市民や労働者たちが動いています。グレタの呼びかけの世界デモは、世界99カ国で行なわれたとの報道でしたが、日本では誰かが賛同してなされたでしょうが、報道されませんでした。

 私も、Face Bookをしていますから、そこへのコメントや、このブログでのコメントでお返事したいと思っています。今は、先ず沖縄の辺野古基地です。名護市長選も負けそうです。
 
新型コロナ感染と福島の原発事故による健康被害は、ほぼ同じで、社会経済的に困難な階層にしわ寄せが来ますが、それでもアメリカやイギリスよりも少ないと思いますし、チェルノブイリ3国と比べると少ないと思います。それに関しては別の機会に載せます。その根拠は、コロナのことでお話ししたように、日本は世界の中では富裕な世界上位の15%にほとんどの国民が入ってしまうと見られていることです。また別にします。

           ハンス・セリエの「現代社会のストレス」

「現代社会とストレス」改訂版 ハンス・セリエ1975
ハンス・セリエは1936年にストレスの発見をしてから、全身適応症候群ないしはストレス症候群について約11万もの論文が発表され、セリエ自身も30冊の著書と1500余の論文を書いた。 それらをまとめ、1956年初版の「現代社会とストレス」の改訂版を1975年に出した。その要約である
 。
☆現在のところ、ストレスを何かの要求に応ずる身体の特異的反応と定義しておく。
医学上に用いられるストレスの本当の意味は、身体の磨耗の度合いといえる。
 身体の適応反応、つまりストレスにたいする生体の防御反応系が明らかにされた。
このような変化の総体、すなわちストレス症候群は、全身適応症候群G・A・S(General Adaptation Syndrom)とよばれている。そして、これは三段階の変化として観察されている。1、警告反応期 2、抵抗期 3、疲憊期。
 ストレス中の抵抗を保持するためには、神経系と内分泌系が特別に重要な役割を演じる。
この二つの系は、神経性緊張だとか、損傷、感染、害毒などのストレスを産むもの、つまり、ストレッサー(ストレス作因、ストレス刺激)に身体をさらすにもかかわらず、体内の構造や機能を正常にたもとうと務める。このはたらきは、恒常性維持機構(ホメオスタシス)と知られている。(現在は、この二つだけでなく、ほとんどすべての身体の系統が関連して作動していると考えられ、精神身体免疫内分泌学などと呼ぶこともあるほどである。


〇 米国の細菌学者ハンス・ジンサーは、「医学史上の科学的発見というものは、古来経験的に観察され実際に用いられてきた諸々の事実を、単に明確にするとともに合目的性を付与したにすぎない場合が多くみられる。」という。
〇 科学的発見の本質と言われるものは、何かを最初に見ることではなくて、すでに知られているものと今まで未知とされてきたものとの間に固い関係をつくることなのである。


☆ 病気との闘い―――ポノス
 いまから2400年ほど前、ヒポクラテスは、「病気とは、損傷に苦しむ(パトス)ということばかりでなく、闘い(ポノス)―――つまり、身体を自ら正常な状態に復帰させようとつとめる身体内部の闘争である。内部より病気をなおす自然の力、すなわち自然治癒能力が常に存在し、作用しているのである。」と語った。
 現代から250年前に、ジョン・ハンターは「病気とよびえぬ偶発的損傷のもたらす状態というものが存在する。すなわち、そこに生まれた損傷が、あらゆる場合に治療の素因と手段をあたえようとする傾向をもつのである。」と指摘した。
 19世紀の後半の中頃、フランスの生理学者クロード・ベルナールは、「生命あるものの最大の特徴の一つは、外界の変化の如何にかかわらず、生物が自身の内部環境を一定の状態に維持せんとする能力を有することであろう。」と指摘している。 そして、この自己調整能力がうしなわれると、病気や死が訪れるのである。


☆ ホメオスタシス(Homeostasis)―――生体の恒常性維持力
 ハーバード大学の生理学者W・B・キャノンは、この生体が正常な状態で維持される能力をホメオスタシスと名づけ、同一状態、あるいは、静的な状態のままにとどめようとする力を表わしたのである。これは簡単に維持力と解してもいいと思う。
 いまや、病気というものは、単に受け身の、損傷にさいなまれている事実にとどまらず、損傷にもかかわらず身体の各組織が一定の均衡を維持しようとするための闘争をも内に秘めていることが明らかになった。


☆病気とは何か。
☆ストレスとは何か。
〇ストレスの定義
1  略

☆第五部 その医療での実践
セリエは、純然たる身体疾患(身体医学)にストレス概念を応用する場合に、各種の侵襲
つまりストレスに対して、生体(人間)は同じ適応・防衛の仕組みをもって応対するという。
 この分析で、ストレスに対する生体自身の防衛を強化して、病気と闘う方法を教えてくれる。日常生活のストレッサー
〇 ストレス中の身体変化は精神状態に作用するし、その逆も成り立つ。
 身辺に生じるトラブルを分析し、我々の防衛と降伏に関する適応方法の役割を認識し、
 ストレスのはたす役目を区別し、毎日の生活におけるストレスに対して、どう対処するか。身を処する上にどう役立つか。
 これは哲学的な意義をもつ。
〇 ストレスは全体のうちのある部分が、自己保存(ホメオスタシス)のために払う苦闘の帰結であるとも言える。老化、個性の発達、自己表現の必要、人間の究極的な目標など、
 これは、人間の個々の細胞、社会の中の個人、全動物界における個々の種においても当てはまる。
 人間相互の関係を支配する情緒(承認の欲求、非難される恐怖、愛情、嫌悪、感謝、復讐など)は、我々がする行動で、他人に感謝の気持ちを起こさせることが、われわれの安全をいちばん適確に保証するようだ。
 自己防衛の価値をそこなわずに、自然にもっているあらゆる利己主義的な衝動を、せずに、利他主義にふりかえることができる性質はすばらしいことである。
相手に感謝しよう。
〇 到達しうる最高の目標のために闘え、
 しかし、決して無益な抵抗をしてはいけない

これはセリエの助言である。
人の究極の目標は、自分自身の光に従い、できるだけ十分に自己を表現することにある。日常生活のストレッサー


現代社会のストレッサー


愛他的利己主義の原理   セリエ

愛他的利己主義の原理   セリエ
「愛他的利己主義の哲学」は、・・愛と善意と感謝のインスピレーションを介して、達成感と安心感とを創り出すことを支持する。
 基本概念とガイドラインは、(三つの原則は )
1.あなた自身の自然のストレス・レベルを知ること。
 日常生活の危急に合致しており、また将来の安全と幸福を保証する価値があると考える仕事の量と種類に関する、人々の判断は違う。そして、この点に関しては、われわれのすべては、遺伝的素質と社会的期待によって影響を受ける。われわれは計画的に自己分析を行ない、自分が真に望むものをはっきりさせよう。伝統に関する基本的な変化と破壊の危険性に余りにも保守的にふるまうため、自分の生活のすべてに困難を感じている人が多すぎる。
2.愛他的利己主義。
 われわれの隣人の善意、尊敬、尊重、支援および親愛の利己的な蓄積は、われわれの閉じ込められたエネルギーを開放し、楽しく、美しく、さらには役に立つ物事を創りだすための一番有力な方法にとる。
3.汝の隣人の愛を受けよう。
 このモットーは支配的な愛とは異なり、人間の自然な構造に合致している。さらに、それは愛他的利己主義に基づくものの、倫理的に攻撃されないですむだろう。自分に対して他人が豊かな慈悲の心をいだいてくれるために、好ましい幸福感や恒常性が確保できるなら、だれもそれを拒否はしないだろう。しかも、だれでも依存する人達を攻撃したり破滅に追いやったりはしないから、事実上、責め立てられることはない。
 人間は文字どおり社会的生物であるから、あなたを取り巻く過密社会の真っただ中で、独りぼっちになってはいけない。一見信用できそうでなくても、また友人がいなくても、助けてもらえなくても、人々を信用しなさい。隣人から愛されるようになれば、独りぼっちにならずにすむだろう。
 
 これらは、細胞ばかりでなく、人々、さらには社会全体のホメオスタシスを保ち、また生存や安全、福祉のために絶え間なく戦いを続けなくてはならないストレッサーに直面したさいに助けとなる基本メカニズムの観察から導きだされたものである。これらの原則は・・・まだ、・・・いまもなお、進行中である。
 しかしながら、生活の質を改善する価値が純然たる経験的観察によって確立されているテクニックもたくさんある。
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コメント (1)
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大絶滅の時代

2021-01-24 17:42:36 | 社会
       大絶滅の時代

新型コロナが明らかにした世界の現実

  無限を前提とする資本主義と有限な地球生態系
                  
新型コロナが明らかにした世界の現実(自由と平等のサピエンス史)
 今、斉藤幸平が明らかにした世界の現実、つまりもう社会運動をして、今の現実社会を変えなければ、地球の第6番目の大絶滅の時代に突入するのではないかという危機意識が、各方面から提起されている。
 これらは1970年代から始まっていた。しかし、今それが明白な妥当性を持って語られるようになり、しかも緊急性をもつようになった。人類の大破滅を招かないために。
★ 無限を前提とする資本主義と有限な地球生態系
(「自由と平等のホモ・サピエンス史」三宅芳夫:世界2021.2.)
 約6億年前からの生物の歴史では、「ビッグ・ファイブ」と呼ばれる生物の大絶滅の短時間(地質学的時間として)に突発した時があった。直前の第5番目の絶滅は、恐竜時代であった。およそ7000万年前に大隕石がもたらした気候変動による恐竜の絶滅である。
 今資本主義社会がもたらした成長を止められない社会が、地球を破滅に向かわせている。だからクルッツェンはこの時代を、ホモ・サピエンス(人)が起こした地質学的時代「人新世」と呼んだのである。
今日の地球温暖化、アマゾンやボルネオ、そしてアフリカなどの熱帯雨林の劇的減少、生物多様性の縮減、未知の感染症のパンデミックなどの、相互に絡み合った危機は、すべて無限の成長を「可能性の条件」とする資本主義と有限な地球生態系との論理的な矛盾であると捉えることができる。ホモ・サピエンスによって作られた資本主義によって、6番目の生物の「大絶滅」が動き出している。
 人類は20万年の間、「バンド」と呼ばれる小集団で移動しながら、狩猟・採集生活を営んでいたと考えられている。この当時の人類の労働時間は、三、四時間を超えることはなく、栄養バランスもよく、虫歯も感染症もなかった。感染症は家畜との「共生」によってもたらされたものである。バンド社会では平等であった。人類史の中でもっとも自由な社会、支配のない社会であった。自由は自然権である。バンド社会は話し合いの社会である。ほとんど所有するものがないから、暴力を行使する理由がないから。
 この人類の世界史を三宅芳夫は解き明かした。
〇1万2000年ほど前から一部が植物栽培を伴った定住を始めた。小麦次いでオリーブが栽培され、ヤギ、羊、豚、続いて牛、馬が家畜化された。
〇紀元前3200年頃、メソポタミアで支配階層が出現し、徴税が始まり、国家が出現する。
 定住コミュニティから国家への移行の7000年の期間に、階級分化や、国家による支配、定住による感染症の発生(危険)などへの、狩猟・採集民の「抵抗」があったとスコットは説く。
 この時期には(1)狩猟・採集/バンド社会、(2)経済的格差のない数百人規模の部族社会、(3)農耕を基礎に経済格差のできた人口数千人規模の首長制社会の三つが併存していた。
 (この社会は近現代まで世界の一部には続いていた)。
〇その後、定住・農耕の拡大により、紀元一世紀ころには、ローマ、パルティア、漢の三つの帝国が並立した。農耕による土壌の劣化、建築材料や熱エネルギーは木材によって得られ、古代文明と人口を支えるために、森林の消滅と生態系の消失があった。少数の支配層と多数の民衆に階層分化し、長時間労働、栄養状態の低下、周期的な感染症の流行による大量死が19世紀末まで、20世紀の福祉国家の出現まで続く。
〇 首長制社会から始まった階級分化は、国家となって確固となり、政治的不平等と経済的不平等は強固な関連があった。
〇 バンド社会は、少ない労働時間、比較的良好な健康状態、そして平等主義であった。
争いは構成メンバーの話し合いで解決された。暴力は成立しない。それは「眠り」の間に報復に対抗できないし、ほとんど所有するものがないから、暴力を行使する理由もない。
〇その後、たびたび支配層の消滅により、不平等は一時的に圧縮されるが、再び再建されて現代にいたる。
〇 ペストのパンデミックの後は、労働人口の減少のために、一時的には民衆への労働分配率が上昇し、良い時代であったという。資本主義の登場で「近代社会システム」が形成され、16世紀半ばには「古き良き時代」は終わり、不平等が拡大し続ける。
〇 その後、科学革命、産業革命、動力革命(石炭)、第二次動力革命(電気と石油)と進んだが、16世紀から20世紀までの近代世界の受益者は一部の上層部に限られていた。
〇 世界システムの中心国家群は、20世紀初頭1914年から1945年までの30年戦争に突入した。その初めの時期にスペイン風邪のパンデミックが起きた。この結果、人類史でも稀な、富と所得の大圧縮が起こった。それが最も著しかったのが日本だという。アメリカ並みの不平等な社会から、デンマーク並みの平等な社会に移行した。
欧米でも階級妥協と福祉国家の形成、社会主義国家の成立で、中間層、労働者層をつなぎとめるために、格差の縮小の傾向が一定期間維持された。
〇 その結果、人口の一定部分が、バンド社会以来一万年ぶりに、自由と平等を享受できた時代となった。黄金の30年とも言われた。
〇 しかし、これは1970年代の新自由主義のグローバル化で、かつ資本主義国となった旧ソ連圏と中国をも巻き込んで、世界中で格差は再び急激に拡大し始める。
 それはナオミ・クラインに「新自由主義は、第二次世界大戦後(30年戦争後)に労働者が獲得したものを解体するための階級闘争だ」と言わしめた。こうした急激な不平等の拡大が、(資本の)自由主義と民主主義の妥協として成立した大戦後の政治システムを不安定化させ、格差の拡大による大量の貧困層の出現が、コロナウイルスのパンデミックの温床となった。
◎資本の複利的再投資の無限の反復が、富となる。年1.5%前後の経済成長が無いと資本主義は崩壊すると考えられている。
 成長のない「定常化社会」へ移行しない限り、地球生態系の危機に対処できない。定常化社会への移行は、資本主義を廃止して初めて可能になる。持続可能な可能な発展などというSDGs(持続可能な開発目標)は本質を隠ぺいする煙幕に過ぎず、斉藤幸平は「現代版の大衆のアヘンだ」という。
 もうローザ・ルクセンブルクの「社会主義か野蛮か」というテーマしか語られなくなっている。だから「脱成長のコミュニズム」を提唱する斉藤幸平に賛同したい。

                


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