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蔵くら日記

人生最後の数年を田舎暮らしで。2004年4月、実現のための行動開始!それは思わぬ展開でスタート・・。今では安曇野三昧

ハワイ島とアワビ

2011年11月03日 | 海外旅日記
ハワイとのつきあい30年という友人は、いろいろな情報を持つ。
私が希望しなかったこともあるが、有名な観光地は避け友人が気になっている処へ。

ハワイ島には最近人気上昇中の、養殖アワビの会社がある。
コナ国際空港から19号線へ出て南下。数分で大きなソーラーパネルが見える。
そこを右折つまり西へ数分、左側に日本語の看板。「あわび」と読める。
道路際の直営店は小さいプレハブなので、これが会社とは見えない

直営店と養殖場を持つBig Island Abalone Corporation(ビッグアイランド アバロニ コーポレーション)
プレハブの裏に広がるコナ・コーストに大きな養殖場があることが後でわかった。

引き戸をあけて「ハロー」
しっかり日焼けした女性が「いらっしゃい」
「あのー、アワビを買いに来ました」
「社長!生ありますか?」
小柄な、こちらもすっかり日焼けした男性が現れた。
 現在はもちっと老けて・・・
(撮影忘れで、パンフから拝借)

海なし県の群馬出身。水産会社に勤務の後、アワビの養殖に最適な環境であるこの地に事業を興したそうです。
今ではオアフ島のファーマーズマーケットやオンラインでも入手できます(日本へはかなりの送料を覚悟)

中くらいの生のアワビを10個
2個を部屋でお刺身に。ニョロニョロ動く身をはずすのはちょっとツラかった




1階庭にあるBBQガーデンで網焼きに

隣で初老アメリカ人グループがチキンを焼いている。
ラジカセをかけ、素晴らしい声でアメリカンポップスを歌いながらワイワイやっている・・・こんな光景は
まずアメリカ人だ

点火に苦労していたら、お隣りさんから指南を受ける
右下にあるボンベの栓を開き、あとは普通のキッチンコンロと同じ仕様で点火OK

数分焼いたあと醤油をたらして、はい出来あがり。残っていたズッキーニの輪切りも焼く。

潮の香りがたっぷり、コリコリしておいしかったです。
友人が会計係なので値段はわかりませんが、日本ではとても食べられないことだけは確か。

余談
19号線から右折したら、遠くに水しぶきがあがっているのが見えたのでアワビの前立ち寄った。
かなり高い




ここがレンタカーの写真を撮った海岸です。
こんな風景も。ヨガのポーズでしょうか? 地平線とラインを共有しているのでしょうか?


北海道で見る海岸より数倍大きかったです

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ハワイ島

2011年11月02日 | 海外旅日記
帰国の朝、ホノルルのホテル32階窓から。終りよければすべて良し


大阪在住の友人からの招待で、ハワイへ。
今年の秋はなぜかハワイ行きが混み混みで、チケットが取れない。

こちらの都合ではあるが、土曜日発着のため?
円高?
大震災&原発事故に配慮した自粛ムードのフラストレーション爆発?
子や孫の結婚式に、家族・親戚がどっと繰り出していたのか?
子連れと、いかにも飛行機初体験のお年寄りが目立った。

おかげでマイル利用もままならず、またまた積み残しとなった。
経費は往復運賃と滞在中の食費&雑費だけなので、これ以上愚痴は止めよう。
おっと、愚痴はあとひとつだけ。

ハワイでなく日本、とりわけ東北にお金を使う時期ではあった、と少しめげてはいる。

さて初日はハワイ島へ。
ハワイ島へは友人とホノルル空港で合流し、5時間後の乗り継ぎでコナ空港への予定だった。
そうそう10月から米国の突撃改定で、ホノルルで5時間以上滞在する場合は別途17ドルを支払うことになった。
理不尽だぁー。
理由がよくわからないのだが、オアフ島への移動日や帰国時は、
ホノルル空港に5時間以上いないから請求されなかったのかな?

ところがホノルルの国内線カウンターで、空席を打診すると2時間前の便をゲット可。
手数料50ドルと言われたが、結果的には30ドルですんだ。


さてハワイ島
何処へ行くにも公共交通手段はない。そこで国際免許証が活躍する。初体験である
コナ空港近くの「ダラーレンタカー」へ。日本で予約しているバウチャーを持参し契約手続きをする。
カウンターでは国際免許証、クレジットカード(番号預け)を提示し、保険関係の確認をし「日本語対応のナビはいらんか?」と勧められる。

殆ど1本道を走るので、友人は「いらんよ!」
コンパクトーカーの契約なのに、はいD-1に配置の車をどうぞと、もらった鍵の車種は”FORD系”
日産のX-TRAIL並の大きさ。

どひゃ~。

心配いりません、人も車もまばら。慣れれば助手席ナビで十分です。
こうして右レーン走行、右折小回り、左折大回りと呪文をかけながら、無事ハワイ島滞在4泊5日は終りました。
夕暮れが早いので、予定便でハワイ島入りした場合はちょっと怖かったことでしょう。

余談
ハワイでは日本の免許証だけでもレンタカーは借りられますが、トラブル処理を考えれば国際免許証はあったほうがよいようです。
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インド思い出:事件

2010年11月14日 | 海外旅日記

国鉄デリー駅前のの繁華街、パハールガンジには安宿やお土産屋が立ち並ぶ
ホテルの屋上がレストランになっているビルも多い。夜は電飾で賑やか



今日は帰国(10月26日)というサールナートの朝、現地の新聞記事によると

ベナレスのホテル(といっても多分安宿でしょう)で日本人が死亡していた。
前日私が滞在したホテルからは離れていたが、同じ地域だったらしい。
いわゆるクスリがらみ。

殺人ではないかと思わせる状況だという
枕銭(チップ)が1500ルピー(約3000円)も置いてあったことは、常識的にみておかしい
クスリの反応が出たこと
パスポートは残っており、自殺をにおわせている。
つまり強盗殺人ではないか?  と
因みに記事には死亡した青年の写真が掲載されており、日本では現場写真は載せない。

10年前には、宿の部屋の窓からハシシを投げ込み、
「クスリやってる」と警察にタレこみ、通報のお駄賃稼ぎがいた。

日本で報道されない、日本人が巻き込まれる事件は結構あるのだ
むかしカルカッタの通りで日本人の年配両親が、息子の写真を貼った画用紙に「Wanted」
インドの日本大使館には行方不明者の写真が掲示されている・・・と現地在住の人が言う


最近のすさんだ日本では、どうも殺人事件が多発していると感じる今日この頃。
自身が気づかないうちに犯罪に巻き込まれる事態もありうる

気をつけようね

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インド思い出:仏式結婚式

2010年11月04日 | 海外旅日記

初めて経験した珍しい仏式の結婚式

仏教徒が国民の数パーセントという国にあっては、やはり見聞きすることは珍しい。
カーストに嫌気をさした民衆のなかには、仏教に転向する傾向は僅少ではあるがあります。


午後に新郎のお宅へ招待され、お食事会


スリランカのお坊さんがお経をあげることになっているので、当方のご住職は来賓席、私は末席に。


中央のお坊さんが取り仕切り役


夕刻から改めてホテルで結婚式があるという

15年前位だったか宿泊したサールナートのホテル「ツーリストバンガロー」
中庭で朝食が食べられるホテルだった

そのホテルの庭園で仏式結婚式があり、ご住職の縁で招待され珍しい経験ができた。
以前泊まったベナレス郊外の「HOTEL DO PARIS」(映画「深い河」のスタッフが滞在したホテルだった)
ここでどえらい規模の結婚式に遭遇し、ごちそう攻めだった。勿論飛び込みそしてフリー

それに比べると仏教徒のそれは質素だ

まずは博物館前の広場で、盛上げ隊の演奏が続く




羨ましいな~という感じ


バナナの皮で作った皿にサモサをのっけて、食べ放題


行進は遺跡公園を過ぎホテルにやっと到着

まだまだ始まらない。

まだ始まらない

やっと新郎新婦が席につく


そしてセレモニーが始まった
スリランカの僧侶が長~い挨拶をするも、さっぱり分からないが座って聞く。


待ちくたびれたころ記念撮影


最後は館内でささやかなお食事を頂いて帰路についた

すべてが”インディアン タイム”
いつ始まるのか分からないというのは不思議だ。
招待客はじっと談笑しながら待っている

住職の教訓
「待って待ってお腹が空いたところで頂くと、なんでも美味しい。感謝も深い」

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インド思い出:ベナレス4

2010年11月03日 | 海外旅日記

安全安心のゲストハウスへ案内してくれたのは、ここのオーナーだった

サールナートへ戻る日の午前中に訪問


インド人ヨガの先生はMr.VIKAS
約束の合流場所から彼はバイクで、我々はリクシャーで追いかける。途中はぐれたが道を聞きながら数分後に再会。

OSHO MEDITATION YOGA CENTER
細い路地にその建物はある

同行の一善君はダンスが趣味であり、小学生を教えているそうだ

そのためか体が柔らかくVIKAS先生のスタイルをまねて実践







自宅に教室を開設しており、師匠の名前がOSHO


帰宅後ネットで見ると・・・
http://www.osho.com/main.cfm?Area=Magazine&Sub1Menu=OshoIntro&Sub2Menu=WhoAmI&Language=Japanese

禅やhaikuなどの文字が見える。日本にも教室があるから、つまりフランチャイズってところか。
西洋人や日本人の生徒の写真もあったから、ベナレスで修行している外国人がいるのだろう。
我々みたいな飛び込み組も・・・

ヨガや瞑想については全くわからない

サールナートに戻るためのリクシャーを手配してくれたので、観光客プライスより安く100Rs200円で住職のお寺へ。


途中長~い列車を発見。
昔カルカッタからサールナートへ行った時やベナレスからダージリンへ向かった夜行列車を思い出した


あんな自由な一人旅はもうできないかもしれないな
数年内に、今年積み残したラダックへ行けるといいのだが、さてどうだろう?

ベナレスは今はヴァラナシと表記、カルカッタはコルカタ。
デリー空港はえらく立派になっていた。国内線ターミナルが国際線に併設されるようだが、”インドタイム”のこといつ完成するかわからないそうだ。
ゆくゆくはヴァラナシ空港も建て替えになるだろう。

忘れ難しベナレス
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インド思い出:べナレス3

2010年11月01日 | 海外旅日記

聖なるガンジス河に祈りをささげる光のイベント


満月のその夜盛大に行われた


河のそばにしつらえられた祭壇


光に浮かぶ寺院?



その日はガンジス河近くのゲストハウスに滞在していた。
旅行中の中日なので、事前の計画ではちょっとリッチなホテルでゆっくりしたかった。
ところが、サールナート滞在先のご住職が心配した配慮は、教え子を通じたガート近くの安全ゲストハウスだった

韓国人マダムと超マッチョのインド人夫が経営する「BABA GUEST HOUSE」


なんとも庶民的な・・・

しかし食事は韓国料理が食べられて美味しかった。
ジュースもチャイもラッシー(乳酸菌ドリンク)も濃度が高くまったりしていた。
なかでも一押しは「ホット・レモン・ジンジャー・ハニージュース」

しかししかし

長期滞在者が多いためか下着の洗濯物が平然と・・・。これにはまいった!

日本の若者滞在者が多かったはずだ。こういうことだったのだ


ガートでしつこい若者が「ばば?」「ばば!」というから
「あんたにばば呼ばわりされる筋合いはないもんね!」

しまった、BABAホテルに泊まっているのか?と聞いていたのだった
でもまともにつきあっていると、どうせ「いくらだい?いいホテル教えるよ」とバックマージン稼ごうとするんだから・・・


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インド思い出:ベナレス2

2010年11月01日 | 海外旅日記

ご来光ボートの船上からガートを見る

観光客の目などいっこうに意に介することなく・・・
旅の連れがインド初めてなので、久しぶりに明け方のボートを調達することにした

午前5時半、ホテルを出てガートに降りると、客引き青年が「一人100Rs」だという。

日本人観光客プライスなら50RSと踏んで駆け引きをする。
ボートの船頭に聞くと50Rsでよいというので即決した。多分30Rsが妥当だったのだろう

因みに50Rsは一人1時間100円なり
喧嘩してまで交渉する額ではないが、ピンはねされるなら労働青年のチップにしてあげたいよ


雲がとけ太陽が顔をだす


沐浴し祈りをささげる人々


初めて死体をみた。たぶん重しをつけてガンガに沈めたのが浮いてきたのだろう


初めてインドに行った時、世話になった「久美子の家」は今も健在だという。日本人の若者がたむろしていたゲストハウスだ。


インド初めての連れは、狭い路地を自由に散策して愉しんだのはよかったが、英語を話さないから
日本語ぺらぺらインド青年を「インド人の友達が出来た」と私に紹介する。
あぶないあぶない!
絶好のカモだ




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インド思い出:ベナレス1

2010年11月01日 | 海外旅日記

ガンガの夜明け


ベナレスの治安はかなり良くなったと聞く
散乱していたゴミはいずこへ

民衆の服装が全体にレベルアップしているのが印象的。
経済発展は下層民衆の生活を底揚げしているのも現実なのである

しかしあふれかえっていた浮浪者は、どこへ運ばれたのだろう?

変わらないのはしつこい日本語ぺらぺらの「ともだち&自称ガイド」の若者たち

しかししかし、ガンガ(ガンジス河)は変わらずゆるゆると流れる

夕方のガートにて






本を読みながらのもの売りは珍しい


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南イタリア 「農家民宿でオリーブ摘み」

2010年01月30日 | 海外旅日記

11月はじめにローマから鉄道で4時間のアレッツオへ。オリーブ摘みを初体験
フィレンツェからの方が近い、築100年の農家民宿イル・レッジオロにて

宿泊した敷地内のオリーブの樹2本が我々の収穫樹。

まずは手の届く範囲で落とす
実をかき落とす道具は潮干狩りに使うような可愛い熊手


えいっと木登り婦人が、高い枝にくらいついて実を落とす。葉や小枝も一緒に落ちる


用意された道具だけでは高さが足りないよ~
というわけで、近くにあった白いポールに手持ち熊手を結びつけ
高い実も落とし、丸裸に収穫できた

樹の下に敷いた敷物を集め、ほれ収穫はこの通り!(オリーブの樹1本分)


アントニオおじさんのオリーブ畑は非常に広い。作業車について坂をあがると


脚立を使って作業している。我々には危ないから使わせなかったんだ


午後の散歩中、この農園ではバッテリーで動く新兵器を使っていた


帰る朝まで、落ちたオリーブの枝を部屋のテーブルに飾り楽しんだ


オリーブ絞りは出来なかったが、我々の到着直前の絞りたてバージンオイル250mlの2缶をプレゼントされた。


こっふぇる梅太郎のお気に入り天然酵母パン「バタール」に塗る。
軽くて香りよく後に残らないエクストラバージンオイルでした


またとないだろういい経験だった。
この民宿はイギリスからの長期滞在観光客が多いそうで、我々日本人のように3泊の慌しい客はいないのだろう。

安曇野で農家民宿といえば
現在私の手持ち情報では地球宿しか浮かばない.
こちらは若者向きというかマニア向きというか、年配者がくつろげる農家民宿との印象は少ないようだ

安曇野観光の新手ツールに、体験型農家民宿はどうだろう
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トスカーナ 「農家民宿に泊まる2 ごちそう編」

2010年01月18日 | 海外旅日記
昨朝今朝の外気温はー10度。しかし体が慣れたのか寒さはあまり感じない
いや、ひょっとしたら鈍くなったのか!

旅日記の続き
メモが見当たらず、記憶は彼方に消え行く・・・
でもっておいしく頂いた料理やレストラン内部の画像をスクエア展示(含ピンボケ画像)にて、どうぞ召し上がれ。



もっといい写真なら各々を拡大させるテクに挑戦するんだが・・・・

3泊4日滞在中、7食のご馳走でした。
フェレンツェ在住の、ご親戚の方がコーディネートしてくださったので、
シェフ夫婦が「日本の会席料理のイメージ」に仕上げてくださった料理の数々。そりゃぁ太るわな

築100年のどっしりした天井材、漆喰壁に似合うインテリア。
おじさんが呑んでも「Oban Single Malt Scotch Whisky」(画像はどこかな?)

まっこんな旅行も最後だろうて・・・・しっかり堪能した
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